●覆面の集い
カーテンを閉め切った教室内は、異様な雰囲気に包まれていた。……主に、ビジュアル面で。
黒い仮面をつけたルナジョーカー(
jb2309)が、 黒いマントを翻し、芝居がかった口調で一同を見渡す。
「や〜あ諸君、お待たせぇ。怪盗ブラック、ただいま参上☆」
随分気に入っているようである。普段の自分と違う扮装は人を開放的にさせるものらしい。
袋井 雅人(
jb1469)のくぐもった声が自称・怪盗ブラックに呼びかける。
「ジョーカーさん、これ、せめて目のとこ開かないですかねえ……」
普通に名前を呼んでいる雅人。
ちなみに『防火用』と書かれたバケツを被っている状態だ。
かぶり物を持参しない場合、適当にその辺にある物をかぶせられるのが仕様である。
「……あのぉ……。……どなたか丸わかりですよぉ……?」
顔を包帯で覆った月乃宮 恋音(
jb1221)が、目深に下ろしたフードの陰からそっと呟いた。
「そうですよルn…おっと、怪盗ブラックでしたね」
こほん、とマーシー(
jb2391)が咳払いをする。こちらも扮装を持ってくるのを忘れたらしく、隣の教室から借りてきたカーテンをすっぽりかぶっている。埃っぽくてなんだか臭いが、暫くは耐えるしかない。
「そのとーり! さて早速始めるか。まずは俺から。バレンタインには本命チョコを彼女からもらっちゃった訳で。これは当然、きちんとお返しするべきだろ? それ以外は論外だがな☆」
いきなり場の半数(推定)を堂々と敵に回す司会進行。
覆面の向こうからの黒いオーラは全く意に介さない。
「では次! そこのカーテン君から行ってみようか!」
「えっ!?」
指名されたマーシーが立ち上がる。
「ええっと、その……バレンタインデーにはやっぱり、本命を貰いました。勿論お返しはする予定です」
もじもじするカーテン。その全身から幸せオーラが漂っている。
「一口にお返しといっても、チョコだけとは限らないですよね。今、何をお返ししようか悩んでる所なんです」
「良ければ召し上がれ」
そこに大きなカボチャ頭にローブを纏った季節外れのハロウィンスタイルの鴉乃宮 歌音(
ja0427)が、マシュマロとクッキーの乗った皿を差しだす。
「皆の衆、紅茶でよかろうか?」
ご丁寧に声まで変えている為、おそらく彼の知り合いであっても本人とは判らないだろう。
香り高い紅茶がテーブルの上を回されていく。
「なんだか去年の事を思うと、懐かしいね〜」
般若の面を被った星杜 焔(
ja5378)が、包丁を取り出す。その手が小刻みに震えているのが何だか怖い。
だがその手元にあるのは、ふわふわのロールケーキ。
「去年のこの座談会で誰が予想しただろうか〜」
すたん。ロールケーキの切り口に現れる、無駄に可愛いマルチーズの顔。どうやって作ってるんだこれ。
「まさかの俺が……」
ナイフを温めては、渾身のケーキを綺麗に切り分ける。
「次シーズンでは既に、リア充になっているなんて〜 」
切っても切っても金太郎飴ではなく、マルチーズ。
この般若、去年もこの回に参加し、その際には身の上話を物悲しく語っていた。だが今やラブラブの婚約者がいるリア充なのだ。人間一年の間に何が起こるか判らない。
「しかも、本来俺が餌付けする側だったのに……彼女が自分の為に、チョコレートケーキを作る姿を見られるなんて……夢かと思うレベルだったよ……」
その間も量産されるマルチーズの顔。人数分に切り分けられたが、さてこのケーキ、一部の人間にはどんな味がすることやら。
「まあ、本命チョコくれたのは……生物学的には男性だったけど……」
般若握る包丁が、今度は確実に当惑に揺れる。
「そういうのって、多分ふざけてるのだろうけど。こうあからさまだと、良い気がしないよね」
髪の毛お化けのように長髪を垂らした、杉 桜一郎(
jb0811)が声を上げた。
「とはいえ、女の子も冷やかしで結構くれるんだけどさ。なんで僕がそういう対象になるのか良く判らないし」
普段はくりくりの可愛い小坊主風なのでかつら一つで別人である。ちょっと不気味ではあるが。
「だいたい普段から『可愛い』とか言ってきてさ、ある意味憤慨ものだよね。こういうのにお返しも期待されて困ったものだよね」
深いため息が、かつらの陰から漏れた。
「まあ、さすがに男は友情の延長線だろうけどね。そんなことしなくても友達は友達なのにさ!」
かつらの陰の小動物的なスマイルが、それが天然ゆえの誤解であることを告げていた。
だが本人が気づいていないなら、その方が幸せかもしれない。ずっと気付かずに済むならば。
猫の着ぐるみに猫のお面を被ったエルレーン・バルハザード(
ja0889)の肩が、ふるふる小刻みに震えているのは気のせいではない。
だが般若も髪の毛お化けもそれ以上詳細を語ることはなかった。
そっち系のネタを期待した点では空振りだったが、猫面の下で屈託なく笑顔を浮かべる。
「でもほわいとでーって、この国のいいしゅうかんだよねっ」
ちなみに去年のこの会では屋根裏に潜んでいて、捕獲された猫面。
「あのねー、ばれんたいんにはねー、だいじな人にちょこれーとあげたのー」
女子の声で可愛く告げられ、ざわ……と空気が揺れる。
「いつもみたいに嫌がられたけど、飯綱落としでスタンさせて縛り上げて口に突っ込んできたー」
揺れた空気が凍る。ちょっと待て、それあげたって言わない。
「で、お返しね。そりゃあ、私のらぶがいっぱいこもってるんだから……おかえしは、同じぐらいのらぶを要求するのっ」
えへん! と胸を張り、Vサインをする猫面。
この場合の同じぐらいのお返しとは、やはり夜陰に乗じて背後から渾身のアウル力で叩きつける的なそういう……という訳ではないだろう。
「あー……そうか、いいホワイトデーになると良いな。じゃあ次!」
誰だか知らない相手の身を案じつつ、怪盗ブラックは話題を切り替えた。
「んー、でも貰ったのがお菓子なんだから……」
オレンジ色の花飾りのついた華やかな仮面で目元を覆ったソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が、紅茶を手に呟いた。
念入りにフードの付いたローブを被っている為、声で女子と判るだけである。
「お菓子とかでいいんじゃないかなー、とは思うね。ケーキやらプリンやらのスイーツとかね。渡されるのがお菓子なんだから」
何となく救われたような空気が流れたのは気のせいか。
「ちなみにあたしは、バレンタインデーには仲のいい人と交換したぐらいかな。ホワイトデー? 良く知らないというか、馴染みがないな」
外国からの留学生も多い久遠ヶ原、こういう学生も多い。
「こら、参加させといて俺より遅いってどういう事だ」
机の周りを擦りぬけ隣に座った紫音=コトニー(
ja5322)を、狐面の鴻池 柊(
ja1082)が低い声で咎めた。
「少し遅れた位、気にしちゃ駄目だよー? それにしても、此処も面白い事が尽きないよねぇ」
赤い長い髪に縁取られた、華やかな羽飾りのついたマスクがくすくす笑う。
そこで一同の視線が集まり、意見を促された形になった。
狐面がため息をつく。
「ホワイトデーは日本にしかないんだよな、確か。――俺は今年も無理やり幼馴染に食べさせられたからな」
結構世間にはアグレッシブな女子が多いようである。
「という訳で、幼馴染にはアクセサリーと菓子なんかを渡したいところだな。勿論3倍返しの予定だ。……一部は5倍返し、だが……」
狐面が心なしか曇る。なんだかんだ言いながら、女性に優しい律儀な性格のようだ。
「それぞれにお礼はちゃんとしないとねー? 女の子の笑顔は見たいしね」
マスクの羽根飾りが揺れた。
「んー今年は男にも貰ったからねぇ。そこのお礼は悩むよねぇ」
意味ありげに隣の狐面に顔を半分向ける。
「は? 紫音、お前まさか……店の客に貰ったのか?」
狐面が押さえた声で囁いた。
「貰ったよ? 欲しかったワインとか。流石、俺だよねー?」
彼の実家の店(=お茶屋)で時折やらかしている(=お座敷に出る)とは聞いていたが……。
「どうして皆騙されるんだ……」
頭を抱える狐面を意に介するする様子もなく、マスクが明るく言い放つ。
「でもホワイトデーに男から告白するっていうのも、良いと思うんだよね。男だって切欠が欲しい奴もいるんじゃない?」
ちょび髭のついた鼻眼鏡の虎落 九朗(
jb0008)が何故かそこでガタァ! と椅子を鳴らした。
集まる視線に、咳払いし、立ち上がる。
「えーと、この学園に来る前。故郷に居た頃は、それこそクラス全員に友チョコ配ってたし。バレンタインもだが、ホワイトデーも特別って感じはなかったんだよな」
鼻眼鏡に、真剣な表情がミスマッチ。
「だが今年は、ちょっと意味合いが違って。……貰ったんだ。そして、返すつもりだ。クッキーを」
そこで鼻眼鏡は、机の上で固く拳を握る。
「っつーか指輪、特に高い方なんて買える訳ねぇだろ?! 仮に買えても付き合ってるわけでもないし引かれるわ!!」
だんだん言葉に熱が籠っていく。
「そもそも『いいな』と思ってるけどこれが恋なのかもわかんねぇしっ! 悪いか、初恋もまだだよ! これが初恋かも知れねぇけど!」
初めは驚き半分だった周囲の視線が、だんだん面白い物を見る目つきに変わって行く。
だが勢いづいた鼻眼鏡は、語ることをやめない。
「一目惚れなんて信じてねぇし。だって、あれじゃん、内面も知らないで好きになったなんて、それ、外見が好きってだけだろ!? それってすげぇ失礼じゃね?」
笑いをこらえつつ、赤毛のマスクが鼻眼鏡の肩を軽く叩く。
「いいねー少年。俺で良かったら相談に乗るよ」
「いや、外見に気を使ってりゃそれでも悪い気はしねーのかもしんねえけど……」
おにーさんのようなおねーさんのような相手に、鼻眼鏡は混乱する胸の内を語るのだった。
●大切なもの
桜木 真里(
ja5827)はこの間、ウサギのお面の下に柔らかな微笑を浮かべ、皆の話を聞いていた。
変わった集まり程度に思い参加したものの、意外と真面目な意見が出てきて面白い。
だが頭の中では、ずっとホワイトデーのお返しについて考えている。
水を向けられ、立ち上がる。
「今回のバレンタインはあげたり、貰ったりしたね」
少し考え込むウサギ面。
「ホワイトデーや3倍返しについては特に異論はないよ。むしろ、こういうお返しの機会があるのって俺は嬉しいな」
だが、と言葉が切れる。
「ホワイトデーって何を贈れば良いんだろう……」
友人はそれほど悩まない。好きな洋菓子店のお菓子の詰め合わせをプレゼントするつもりだ。
問題は、大切な彼女への贈り物だ。
付き合い始めて最初のバレンタインデー、そしてホワイトデー。
「できれば彼女の喜ぶ顔が見たいんだ。それもとびきりの。それを考えすぎて、頭が回らなくなってきて……」
本人も気がつかないうちに、いつの間にか言葉は途切れ、椅子に座りこむ。
きっと逆の立場なら、答えは簡単なのだろうけれど。
ウサギ面の悩みに、翡翠 龍斗(
ja7594)が頷く。
「当たり前のことだな。渡さないと気が済まないし、彼女の笑顔を見たいのは当然だ」
長い緑の髪をざんばらに、鬼女の面に山伏のような出で立ち。それで語る彼女の話が全くあっていない。
「バレンタインにはプレゼントを交換した。いや……本命には初めから、俺から渡すつもりでいたんだ……で、相手からは貰えればなんでも嬉しいんだけど、本命を貰って……しまってな……」
なんか照れてる鬼。何故その扮装にした。
「当然、ホワイトデーにもプレゼントする。色々考えたのだが、少しでも性能の良い盾を渡したいなぁと思っている」
鬼は語り続ける。
「彼女は盾職だしな、なるべく怪我の比率を低下させるためにはそれが一番だと思ってな……俺がいつも傍で守ってやるわけにもいかないから、せめてもの気持ちだ……」
「頑張っていい楯を探してくれよ! じゃあ次は、そっちのネコさん!」
延々と続きそうな語りを、黒マスクが遮った。
「……ん……? とりあえずホワイトデーについて?」
三毛猫のお面を被った九十九(
ja1149)が、一見あまり気乗りしない様子で顔を上げる。
というか今日はネコじゃなくて本人だった。
「バレンタインには貰った。感謝と想いをこめて、お返しはするつもりだねぇ」
机の上で手を組み、淡々と語る三毛猫面。
「ん……彼女の都合上、今年は貰えないかもと思ってたんだけど。次の日に本命チョコを貰ったのさね」
一見淡々として見えた三毛猫面の声に熱が籠る。
「勿論、愛する彼女から貰えるのは嬉しいさね。でも渡すのが遅れた理由ての聞いて、びっくりしたんだね。購買で普通に買えると知らずに、籤を一生懸命引いてたんだって……」
面で隠れて判らないが、きっと顔はすごい笑ってる。誰もがそう確信した。
「そういう天然さも可愛いなぁ……なんて改めて思ったのさねぇ……」
「わかりますよー!」
それまでおとなしく頷いていたカーテンのマーシーが、三毛猫面に大きく頷いて見せた。
「こういう機会に、新しい一面を発見して可愛いなーって思うんですよね! いや、僕の彼女はくの一なんですけど苺が好きで……」
聞かれもしないのに、語りだす。
「本来ならクールな忍者なのに、苺ですよ苺! ギャップ萌えとはこのこと!」
机に突っ伏し、バシバシ叩きながらもだえるカーテン男。
「もひもひ食べて、こっち見て『にへ』って見せる笑顔とかもうね! どうしたらいいの!」
狐の張子面の下で、緋山 要(
jb3347)は幸せそうな面々を見遣っていた。
(バレンタインか、余り縁がなかったからな……)
過去にクラスメイトから受け取ったのは、毎回義理の10円チョコ程度だった。
三倍返し等の言葉は知ってはいるが、そのお返しとなればせいぜいが女子の好みそうなキャンディ程度になる。そしてその後、その子たちがよそよそしくなったのも仕方のないことだろう。
なので質問に答えるとすれば。
「バレンタインは貰ってない。だからホワイトデーにも予定はないな。ああ、でも……」
唯一の予定、それは母親に一言連絡を入れること。
離れて学園に来ることを、最後まで反対していた母。
バレンタインもこれまでは母がくれた物が一番多かった。
……過保護かもしれない。それでも自分を愛し、頼りにしていることには間違いがない。
頼る者が自分しかいないなら、それに応えてやりたいと思う。
「どんな形でも、相手の気持ちが籠っているなら。それは嘘じゃないと思う」
ひょっとこのお面を被った亀山 淳紅(
ja2261)が大きく頷く。
「ふふふー、今年はね、……自分も本命チョコもらえたんよー♪ バレンタインの本命チョコレートは、やっぱり単なるチョコレートやなかったんやね」
去年は今だ見ぬ本命チョコレートへの憧れを謳っていたひょっとこが、今年は喜びに口を突き出している。
「特別なものとか大事な物は、いーっぱい入ってた! でも、気づいたんよ。本命に限らず、この日にはみんな、感謝とか、大事な物をこめてチョコを渡してくれてるんやなぁ、って……」
しみじみと語るひょっとこ。どうやら一年を経て、欲しかった物を手に入れたらしい。
「だから、本命のお返しには何か記念になる物を。友達とかにも、何か美味しいお菓子、クッキー・フィナンシェ・マカロン辺りでもお返ししようと思ってるんや」
そこでひょっとこが、ふっとため息を漏らした。
「でもな、心理的に余裕がない状態やったら、周りの幸せな空気が世界とリア充を憎め爆破しろと囁いてくるんや。義理にも大事な物が籠ってるってこと、絶対気づかんと思うんやわ……」
なんだ1年後のこの勝者の余裕。
だが、そんな大切なものを知る者たちは、お互いに頷き合う。
すっぽりかぶったドーナツ袋をかさかさ鳴らし、真野 縁(
ja3294)が囁く。
「待て、なんだね!」
「うぉうー……」
大きな犬マスクに首輪をつけられた大狗 のとう(
ja3056)が、しょんぼりと項垂れる。
「縁、1人だけずるい」
「ふ、袋はドーナツのだけど、ドーナツなんて食べてないんだよー!」
縁がリードを引くと、のとうの首輪が引っ張られる。
「縁、ひっぱっちゃ駄目な!! 首が絞まっ……ぐうぅ!」
覆面を思いつかないのとうに、いきなり犬のマスクをかぶせ、尚且つ首輪まで用意する縁。
犬人を連れた長髪の紙袋というシュールな二人組である。……どこからその格好で来たのか。
意見を求められ、紙袋が答える。
「バレンタインには友チョコあげたの! ホワイトデーにも友チョコあげる」
何かもごもご口に含んだような声なのは気のせいだろうか。
「既製品でも、素敵な想いがつまったお菓子でも、友達を想うお菓子でも。一緒に食べれば嬉しさ楽しさ3倍なんだね! これが3倍返しだと思うよ。楽しい時間が一番のお返しかなー?」
犬マスクもほぼ同じ意見だった。
「そうだよね。笑って一緒にお菓子を食べるとかで十分よなー」
紙袋と犬マスクの下には、満面の笑み。
バレンタインデーにまつわる微笑ましい話を聞いて、改めて思う。
誰かを想うことは素敵な事。そしてその相手が思い返してくれればもっと素敵。
(正直、恋愛とかよくわかんねぇけど……向けられた想いには目を逸らさず、ちゃんと向き合いたいのよな)
犬マスクがどこか神妙な顔をした。
●ホワイトデーなんか!
購買の茶色の紙袋を被った中山律紀(jz0021)は、この時点で相当打ちのめされていた。
(おかしい……あのひょっとこさん、確か去年いい声で嘆いてた人だよね。なんで今年は勝利者宣言なの!?)
「んじゃ次はそこの紙袋の君、行ってみようか☆」
怪盗ブラックことルナジョーカーに声を掛けられ、一瞬びくっと肩を振るわせる。
「えっ俺!? えーと、俺は……義理は貰いました。それも男子の方が多かったけど。あと、先輩から『2月14日は褌の日だ』って教わりました!」
しーん。
その窮地を救うように、ウサ耳にビン底眼鏡を掛けた若杉 英斗(
ja4230)が立ち上がった。
ムキムキの肉襦袢に身を包み、ポージングを決める。
「俺のカレンダーにホワイトデーはない! ウサ耳仮面、参上!!」
ぴくぴくっ。ほーらホラホラ、大胸筋がアピールだアピールうぅうう。着ぐるみだけど。
尚、プライバシー保護のため、音声は加工してお届けいたします。という前フリで、喉をトントンと叩く。
「そういえば、先日学園バレンタイン選手権なんていうものがありましたね。私の非モテの友人達がどういうわけかランクインしてたんですよね。俺? もちろん圏外です」
ムキムキッ。泣く子も黙る上腕二頭筋ッ! 着ぐるみだけど。
「あ、そうそう。気がついたら非モテだった友人に彼女ができてました。この友人もランクインしてましたね。俺は圏外でしたけど」
ビシビシッ。ナイス脚ッ!
ところで何故かここで、ロールケーキの箱を片付けていた般若面がびくっと身体を震わせ、ナイフを取り落とした。
「まあそんな訳で……あれ? なんだか視界が滲んで前がみづらくなってきたな、眼鏡が曇ってる。いやこれは汗ですよ、汗。という訳で、アンケートですね。何気にちょっと貰いましたのでお返しはするつもりです、圏外でしたけど」
ゆらゆら空しくウサ耳が揺れる。
「気持ちとしては、どーんとプライベートビーチぐらいあげたいのだけど、予算的には飴などでしょうか? ……以上です」
ウサ耳仮面は気が抜けたように、すとんと腰かけた。
「……チョコレート、義理でも、食えるものなら……」
無表情のつぶらな瞳、閉じた口元。(イメージ⇒[・_・])
四角く白い箱から、赤坂白秋(
ja7030)の絞り出すような声が漏れる。
その手元のアンケートにはただ「貰った」「渡す」と書かれ、何を渡すかは空欄になっていた。
「俺はあの日、半ば諦めながらロッカーを開いた。どうせ何もない、でももしかしたら……? そんな期待を胸に秘めて」
そんな彼の目に飛び込んできたのは、ラッピングされた箱。しかも、3つ。
「その瞬間。天上の雲が割れ、黄金の光と共にラッパを携えた天使達が降りて来た。あ、ちなみに、凶悪な奴じゃなくて、可愛い奴な、子供の。貰えた、チョコが貰えた……その事実に胸を躍らせながら箱を開けようとして……俺は気付いた」
箱A:豆腐が乗った板チョコ
箱B:五寸釘や藁人形がはみ出てるチョコ
箱C:お札貼ってある、邪悪な気配がする、蓋の隙間から視線を感じる、恐くて開けない
「俺は途方に暮れた。それらのチョコとの接し方が分からなかった」
白い箱が、わなわなと震えている。思い出すのも辛い記憶のようだ。
何かそこに救いがあるかのように手を差し伸べ、箱が叫ぶ。
「ホワイトデーに何を返すのかって? そんなの、俺が聞きてえよ……ッ!」
残念ながら、その問いに答えられる者は誰もいなかった。
カーニバル用のお面である華麗なマスケラをつけたアストリア・ウェデマイヤー(
ja8324)が、優雅に立ち上がる。
「欧州ではホワイトデーのような風習はありませんでしたので、面白いと思います」
若い女性が持つには少し不釣り合いなスカーフを掃い、机にそっと置く。
「あちらではバレンタインには男性からというのも結構ありますので。だいたいバレンタイン当日に結論が出ますので、こちらは1ヶ月の間ドキドキできますしね」
そこで言葉を切り、何かを溜めるように間をとった。
「ただですね。女の子としては、気もないのに物をくださらないで欲しいですね」
マスケラがどこか苦悩を秘めているように見えた。
「誰だって気になる相手からプレゼントされれば、嬉しいもの。それが何か特別な意味のありそうなものなら尚更です。誤解させるようなプレゼントは、お勧め致しませんわ!」
……何やら乙女心が傷つくような出来事があったらしい。
日本の行事に対する彼女の印象が悪くならなければいいのだが。
ちなみに手元のアンケートには、ドイツ語で走り書きされていたという。
1.バレンタインデー⇒そんなものはなかった
2.ホワイトデー⇒そんなものはない
3.3月14日は⇒数学の日に決まってるじゃない!!
●それでもホワイトデー
「あー……なんか大変だったみたいだなぁ。お互いに誤解が解けると良いんだが」
怪盗ブラックが、気遣った。
黒葛 琉(
ja3453)はここまでの話を興味深く聞いていた。
「後は……うん、そこの魔法少女さんはどう?」
一瞬誰のことかと思ったが、入り口で借りたお面がそういえばそうだった。
「えと、じゃあ面白はんぶ……いや、真面目な話を」
こほん、と咳払い。
「俺、チョコ好きだから、バレンタインにはカタログ見て自分用に買ったりするんだけど。それが自作自演に見えるっぽいのを先ずどうにかならないか考えたいんだ。限定チョコとか買うしかないだろう!」
普段こういう場面ではちょっと残念美形気味の琉だが、魔法少女お面の今日は残念しか残っていない。
「後、男女関係無くバレンタイン当日にチョコ上げたりお返し貰ったりもしたけど。何だかお歳暮やお中元みたいな遣り取りっぽかったんだ、いやそれはそれで楽しかったが!」
魔法少女がぐぐっと拳を握る。
「この場合のホワイトデーはマジでどうなるの?」
妙に力が入っている。
「バレンタインだけでも皆の懐具合、極寒状態だったんだ。三倍返しとか死活問題だろ! 絶対無理! 義理チョコには相応の何かを用意してあげて……!」
懐具合を心配する魔法少女だったが、それはバレンタインデーにめいっぱいの愛を届けたから。そしてホワイトデーには感謝を届けるつもりである。
お中元だってお歳暮だって、本来はそういう気持ちから発生したものだから。
犬の着ぐるみに紫の首輪の鳳 静矢(
ja3856)が、骨型のマシュマロを齧るのをやめて顔を上げた。
「私の場合は、くれた相手が困らない程度に、気持ちを込めた御礼の品を渡したいと思っている」
ずいぶんでっかい柴犬だが、耳はピンと立ち、尻尾はきりりと巻いている。
「バレンタインデー、ホワイトデー……どちらにも言える事だが、本命以外にも渡さねばならないという決まりなど無い。プレゼントしたいと思った相手には渡す。日ごろの感謝、恩、色々と思いはあるだろう」
柴犬の黒いつぶらな瞳が、一同を見渡す。
「……つまり、値段や何倍返しなどに意味はない。御礼や感謝のこもったプレゼントであれば、それで十分なのではないか?」
フードの顔を伏せたまま、恋音がホワイトデーの説明を始める。
元々、聖ウァレンティヌスが殉教した一月後に、当時の男女が再度愛を誓ったという故事から、海外では『フラワーデー』など、恋人同士が贈り物をしあう日という習慣があったらしい。
ホワイトデーは、それを日本のメーカーが販売促進のために広めたものと言われている。
「ですので……感謝の気持ちを伝えることが大事でぇ。……ホワイトデーだからというより、物や額自体は無意味……だと、思いますぅ」
それに対し、バケツの下から雅人が熱心に語りかける。
「チョコをもらった立場で思うんですが。額に意味があるとすれば、自らの意思での3倍返しだと思います!」
実はもう、ほとんどバケツを被ってない。何故なら訴えたい相手が目の前に居るからだ。
「チョコそのものの価値ではなく、そこに込められた深い気持ちに答えたくて! それできっと、見栄をはっちゃうんですよ」
一生懸命に語る雅人に、何人かが頷く。
「だから、友達でも本当に好きな人にでも、その人の為に選んだこと、それが大事なんだと思います」
だが、コアラのマスクの陰で、下妻ユーカリ(
ja0593)は怒りに震えていた。
両手で机をたたく音が、妙な迫力を伴って教室に響き渡った。
「お菓子を……なめるなっ!」
場が静まり返る。
「あっ、ごめんねフライングしちゃった」
コアラが照れたように頭を掻く。
「だけどスイーツマスターとして、これだけは言わせてもらいたい。お菓子をなめるな、ってね!」
バレンタインデー結構、ホワイトデー結構。
何を贈るのも、誰に贈るのも自由、それは判る。
「だけど忘れないで欲しいんだ、肝心要の、チョコの……お菓子のことを蔑ろにしないでって」
お菓子を愛する者として、義理と名付けられようと本命と呼ばれようと、スイーツが与えてくれる喜びは至上の物。
手作りだろうと市販品だろうと、それを口にするときの幸せは何物にも代えがたいはず。
「せっかくお菓子がいっぱい集まる日があるのに、じっくり味わえないなんてもったいないよっ。余計な雑音に惑わされず、ただ食べる。それが重要なんだよ!」
そこでアンケートを取り出す。
「というわけで。ホワイトデーには、新作チョコが欲しいな!」
笑顔のスイーツマスター、ぶれない。
誰かが彼女のお菓子愛にふさわしい新作チョコを届けてくれることを祈ろう。
「結論はそれかぃ! と、そこのカボチャさんはまだ意見聞いてなかったかな」
怪盗ブラックが、ハロウィンスタイルの歌音に声を掛けた。
カボチャが、少し首を傾げる。
「御覧の通り、私は菓子を振る舞う方なので、見返りはいらない」
服の裾を芝居がかった仕草で持ち上げ、軽く腰を屈めた。
「そう、独善。私の菓子を食べて頂きたいだけ。だが独善だからこそ、作る菓子は手を抜かない。なんの、お代はラヴとスマイルで結構」
結局のところ、皆独善かもしれない。
親愛という形もあれば、男から女に渡しても構わない
家族から貰った? いいじゃないか
そこに何らかの愛があるのだから、深く考える必要はない
量も手作りも値段も関係ない……。
カボチャが歌うように語った。
ルナジョーカーが、怪盗ブラックの扮装を解いてにかっと笑う。
「あー結構面白かったな。んじゃ後は宜しくな!」
それぞれが提出したアンケート用紙を纏めると、律紀に手渡した。
「えーと……結局、お店にお願いするのは、ホワイトデーには勘違いしない程度で懐に優しい手頃なお菓子、それと新作チョコ用意しておいてねってことかな?」
つまるところ店が用意できるのは、品物だけなのだ。
何を選ぶか、何を籠めるかは、それぞれの心の中にあるもの。
悩む時間も含めての贈り物なのは、きっとバレンタインデーも同じだろうから。
<了>