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石造りの暗い塔の中。ひたすら機を待つ耳に、中山律紀(jz0021) の声が響く。
『連絡だ。……行こう!』
一斉に回廊上に躍り出る。
「さぁ、行くぜっ!」
千葉 真一(
ja0070)が気合を入れた。
「邪魔だ。ゴウライブラストっ」
まだ残っていた骸骨兵士が群がって来るのを、レガースの足で一蹴。
「後、よろしく頼むぜ!」
「新年早々、ハードですね」
楯清十郎(
ja2990)はお天気の話でもするような口調でそう言いながら、眼前の敵に『パールクラッシュ』を見舞う。
「押し通らせて貰います」
落ちて行く骨に目もくれず、細い回廊上を駆けて行く。
石田 神楽(
ja4485)の鋭い視力は、白い骨が回廊上にずっと続くのを捉えた。
「さて、ここまで来ましたか。後は私たち次第、ですね」
「ここで失敗する訳にはいかんもんな……」
宇田川 千鶴(
ja1613)が頷く。
それは仲間が開いてくれた道。回廊上には、事前情報にあったサブラヒナイトの姿もない。
ほんの少し目を細め、牧野 穂鳥(
ja2029)は冷たい空気を肌に受けた。
京の地を踏む度に、より深くこの地を近くに感じる。前よりもっと、確実に人の気が敵の気を押しのけている。
(繰り返そう何度でも。取り戻すその日まで……)
サイドテールの髪を揺らし、穂鳥も進む。
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は回廊の先に待つ監視塔を真っ直ぐ見据えた。
(この地にも久しぶり、ですね……必ず勝って終わらせましょう……)
そこで表情がほんの少し緩んだ。黒髪の美しい少女の輝く笑顔が脳裏に浮かぶ。
(……あの方にも無事帰ってきて下さいと祈って頂いてますしね)
慌てて真顔に戻り、駆け出す。
監視塔に着くと負傷した者を集め、律紀が癒しの風を送る。
そして三方に分かれ、屋上を目指す。
西側では、真一が改めて気合を入れる。
「変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
ヒーローネームは『豪放磊落たる我』を意味する。変身ポーズは、士気向上と不退転の覚悟を決める為の、彼なりの儀式だ。
(全員無事に帰還させる、それが楯たる僕の役目で目的だ)
清十郎は『シールド』を展開し、静かに心に誓う。
神楽は穂鳥と共に、場を前衛担当に譲る。
(報告の人影が本当にシュトラッサーなら、周囲のサーバントと分断する必要がありますね)
東側の壁に身を顰め、九曜 昴(
ja0586)は愛用のマシンガンをたすき掛けに背負う。
(いつでも撃てるように……ね)
桐原 雅(
ja1822)の静かな瞳が、屋上を見据えた。
「ボクらの目標は京都の解放。だから……こんなところでもたついてる暇はないんだよ」
静かにアウルの力を籠め、『闘気解放』を使う。
南側には、千鶴が息を顰める。
『準備は良い? 一、二、三、GO!』
律紀のカウントに合わせ、一斉に動き出す。
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ほぼ正円の屋上には、不思議な光景があった。
斜めに位置取り、控える四体のイフリート。
ちょうど真ん中に、派手な尾羽を広げた双頭の孔雀が二羽と、青い異国風の衣を纏った少女がひとり。その周囲を黒い物が二〜三、せわしなく行き交う。動きからして蝙蝠のようだ。
戸次 隆道(
ja0550)の吸いこまれそうな闇色の瞳が赤に変わる。
(個人的にはあの指揮官にも興味があるんですけどね……)
敵の位置を確認し、次の動きに備える。
「一匹たりとも通しませんよ?」
そこに雅からの通信が入る。
『待って、あの孔雀。以前の報告書にあった、メレクタウスっていうサーバントだと思う』
過去の戦闘では、撃退士達を混乱に陥れたこともあるという。一目で強敵と分かる気配を持つ双刀使いはもちろん気になる。だが……。
『あのサーバントも厄介、だね。ボク達は念のために、まずあれを倒す』
『僕の銃弾で焼き鳥になるがいいの……』
雅に同意するように、昴の声が混じる。
隆道は一瞬考えをめぐらした。
全員で孔雀に打ちかかるのは位置取りからして難しい。ならば当初の予定通り、イフリートの対応に当たる。火焔攻撃も厄介なことには違いないのだ。
こうして第一陣が屋上に姿を現す。
「お前がここの護り手か。勝負だ!」
真一の声が響く。彼の身体能力は『チャージアップ』で引き上げられている。
だが相手が強敵である可能性は、勿論頭に入っている。
(出来るだけ先輩の支援を効果的に活かせるよう意識して立ち回らないとな……)
一見スタンドプレイに見える真一の行動は、敵の意識を自分に向けさせる為だ。
少女が視線を真一に向けた。金の炎が燃え上がるような、鋭い目。
瞬間、不思議な音が流れ出した。
高く低く、強く弱く。例えるならば、笙の笛。絶えなる音色が屋上と、そこに立つ者を包みこむ。
少女に近づこうとした真一の足が止まる。
真一を、敵の攻撃から守るために傍にいた清十郎も。
南側に躍り出た千鶴も、一番近いイフリートに向かって駆け出そうとした隆道も、マシンガンを構え孔雀を撃とうとした昴も……。
屋上に顔を覗かせた神楽は、後に続く穂鳥を手で制した。
「千鶴さん?」
最も信頼しあう相手の名を呼び掛ける。返事はない。
その声が合図かのように、場は突然動き始めた。
真一が鋭い蹴りを、有ろうことか清十郎に向かって、繰り出した。
咄嗟に楯で受け止めた清十郎は、手にした杖を真一に向かって振り降ろす。
それを無関心な冷たい瞳でちらりと見やると、青衣の少女は片手を上げて軽く振り降ろす。
イフリートが突進し、辺りを焼き尽くす轟炎を放った。
条件反射のように、昴がマシンガンの引鉄を引く。
「……ッ!」
その弾丸が千鶴に向かうのを見て、咄嗟に神楽はPDWを構え『黒塵』で軌道を逸らそうとする。だが混戦状態の中、逸らす先が見当たらない。
回避能力に秀でた千鶴がどうにか自力で致命傷をかわすのを見てほっとするのも束の間、今度は千鶴が直刀を突きの形に構え、昴に向かって駆け出した。
神楽は千鶴の足元を狙い、一か八かアウルの銃弾を撃ち込む。
(避けてくれると、信じていますよ……)
信頼する相手だからこその、無謀。果たして千鶴はひらりと脇に避け、進路を変える。
混乱は敵味方の判別ができなくなる状態である。
その為、幸いにも一番近い動く物がイフリートだった隆道は、当初の予定通り『烈風突』で敵を押し込む。
それ以外の四名は、偶々視界に入った動く物が味方だった為に、誤認が生じた。
「間に合わなかったみたいだね……でも、これ以上は歌わせないよ」
雅が孔雀に『薙ぎ払い』をかけ、すぐに離脱。
歌うことにのみ特化された孔雀は動作も鈍く、弱かった。あえなくスタンにかかると、動きを止める。
「もう一体、ですね!」
ファティナが霊符に力を籠め、『マジックスクリュー』を放った。渦巻く風が孔雀を巻き込む。よろよろと反動で歩みを進め、それでも尚、首を上げ、そのまま床にどうと伏した。
だが青衣の少女は孔雀を気に留める様子もなく、飾りのついた双刀を握る。
その不吉な輝きが空を切り裂くと、真一と清十郎の身体から夥しい血が噴き出した。
降り注ぐ赤い雨の中、膝をつく二人に少女が近づく。
回復要員としてギリギリまで控えておくはずだった律紀が、異様な物音に顔を出した。
そこで目にしたのがこの光景だ。
(まずいな……)
混乱状態から引き戻すには『クリアランス』が有効だろう。だが、接近しなければ使えない上に、三回分しかない。
『中山さん、聞こえますか。私が残りの孔雀を狙ってみます。その間に皆さんをお願いします』
一先ず目前の昴が正気に戻ったところで、穂鳥からの通信が入る。
『判った、任せて。牧野さんも敵には気をつけて!』
穂鳥は『ディスペル』『天清衣』を自らに掛け、魔法に対する防御力と攻撃力を高める。
「みんなで、元気で、帰る」
自分に言い聞かせるように呟くと、孔雀の喉元を狙って魔法書を開いた。
カマイタチのように風の刃が飛び出し、西側に居た孔雀の双頭が吹き飛んだ。
これでひとまず、混乱状態は回避できるはずだ。だが、喜ぶ暇はなかった。
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「心意気だけは認めてやる。だが、こちらから丸見えで突っ込んでくる奴があるか」
少女の甲高い声が響く。剣先が真一の鼻先に突きつけられた。
「お前達、捕えた天使を何処に隠しておる! 答えれば見逃してやらんでもない」
想定外の質問に一瞬呆気にとられた真一だったが、血に濡れた口元を不敵に歪めた。
「そんなこと知らねぇな。ま、知ってても、脅しに屈して口を割ったりはしないぜ」
「そうか、なら死ね」
咄嗟に回避体勢をとった真一だったが、少女の剣のスピードは凄まじかった。
「誰かが答えねば、今度こそ本当に止めを刺してやる。二度は言わない、答えろ!」
「待て! 俺達は本当にそんなことは知らない。君は誰を探してるんだ?」
突然、律紀が声を上げた。
「それが判らないと、答えようがないだろ」
勿論、これは時間稼ぎだ。きっと皆は判ってくれる。
少女の顔が、苦悶するように歪んだ。いや、寧ろ泣き出しそうな顔と言っても良かったかもしれない。
「クー・シー様が、あたしを、置いて行くはずがない! お前達がさらったんだ!」
激昂に、隙が生じる。
律紀の方を見ていた少女の背後から、穂鳥が跳び込み、真一の襟を掴んで引き戻す。
そちらを向かせないよう、神楽が、昴が、少女を攻撃。斬り払いで避ける隙に、雅が清十郎を助け起こし、一緒に跳び退る。
「一度場を掌握したからゆうて、油断は禁物やで?」
千鶴が魔法書を取り出し、双刀の範囲外から攻撃を仕掛ける。その攻撃を受け止め、少女は連続のバック転で後ろへ下がる。軽業師のように身軽だった。
南側に居た二体のイフリートが少女を護るように位置を変える。
おそらく後の二体も呼び寄せられたのだろう。
だが、隆道により押しやられていた北側の二体は、屋上ギリギリに釘づけにされている。ここから離れるなという命令でもあるのだろうか、跳び下りて移動することもしない。
所詮一般サーバントの知能では、その程度の命令しか理解できないのかもしれない。
一方、穂鳥は回廊に戻り、真一を降ろす。『レジスト・ポイズン』を使うと、真一の顔に浮かんでいた青黒い影が治まってゆく。続いて運ばれてきた清十郎にも。
律紀が当面の処置として、真一にヒールを施す。
「サンキュー、助かった」
起きあがって真一は頭を振った。血は止まったが、まだ体のあちこちに疼痛が走る。
「もっとちゃんと治してあげたいんだけど……まだ戦いは、終わってないから」
律紀が立ち上がった。
おそらくは使徒であろう少女だけではなく、イフリートが四体も残っている。
「丈夫なところが僕の取り柄でしてね。これ位なら耐えられるんですよ」
血だらけの顔で笑って見せた清十郎は、自力で傷を塞いだ。
「さあ、借りを返しに行きますよ」
互いに頷き返し、また彼らの戦場へと駆け戻る。
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真っ直ぐ突っ込んでくるイフリートに、隆道が頭部を狙って『闘神阿修羅』で力を増した蹴りを入れる。
僅かに身体を捻った火精はその蹴りを両腕で受け止める。脇から飛び出す別の一体が、焔を放つ。
周囲を焦がすような轟炎を、隆道はまともに受けないように素早く後退さり、距離をとる。
互いに相反するカオスレートに属する同士、まともに攻撃を食らってはダメージが大きすぎる。
それが判っているので、隆道は必ずしも自分ひとりで倒そうとは思っていない。
ただ、他の敵に合流させない、それが狙いだ。
昴が腰に構えた「地獄の番犬」の異名を持つマシンガンを、イフリートに向ける。
力を増したアウルの勢いに煽られたセーラー服が、ふわりと波打つ。放たれた強い一撃が火精の顎を砕き、頭部を吹き飛ばす。
「カ・イ・カ・ン……なの」
普段眠そうに見える昴の瞳が、恍惚の光を帯びて見えた。残る一体に向き直る。
「君……不利、だよ……逃げたら? でも撃つけどね」
遠慮なしに冥魔の気を纏う『ダークショット』を撃ち込み、反撃を受ける前に屋上から飛び降りる。
「戦略的撤退……なの」
屋上の南側のイフリートは、交互に現れては撃退士を少女に近づけまいと邪魔をする。
「来るで!」
火精の動きを見て、千鶴が叫ぶ。
猛火を避けて跳び退りざま、反撃。魔法書から延びる閃光が、敵の肩を抉った。
神楽の虹彩が、異様な形に歪む。
「私の『黒』は敵と、味方に対する『脅威』を狙い撃つものでして」
PDWを只管に連射。倒す為ではなく、味方の攻撃を効率よく通す為。
真一の背に、アウルの奔流が焔の翼を形作った。
「ゴウライ、流星閃光キィィィック!」
必殺の蹴り、『ブレイジング』がイフリートの横腹にめり込む。
傷だらけの身体にイフリートの炎を浴びながらも、まだその闘志は衰えない。
寧ろ窮地に陥る程、燃え上がるようだ。
だが大技による疲労は、如何ともしがたい。回り込んだ清十郎の楯に庇われつつ、後退する。
その様子を、少女はただ厳しい眼で見つめているだけだった。
何処かからやって来た蝙蝠が、その周りを飛び交う。
雅が少女を指さした。
「キミに退けない理由があるのと同じ……ボクらにも戦う理由がある」
ほんの僅か眉を上げ、少女は雅を見る。
「だからあえて言うよ……『キミを倒す』って」
ファティナがにじり寄る。
「許して下さいね、私達も負けられない理由がありますので」
この地を、京都を取り戻すためには、何やら事情のありそうなこの少女も倒さねばならない。
そう、心に言い聞かせる。
「お前たちにも、理由がある」
少女は刀を軽く振るう。すると蝙蝠が一匹、ついと飛び去った。
「勿論、あたしにも! そしてお前たちより、本気だ!」
言うが早いか、双刀を振りかざし、振り払う。風そのものが刃のような、猛攻がファティナを襲った。
と同時に、そのまま屋上から回廊へと軽く飛び下りた。残ったイフリート達も後を追う。
「ここはくれてやる。精々救い主を気取るが良い!」
甲高い声を響かせて、少女はあっという間に北へ向かって駆け出して行った。
見下ろすと、要塞の北側にも門があった。サーバントの群れがそこへ殺到して行く。
「大丈夫? 立てる?」
律紀の声にファティナが身体を起こすと、心配そうに自分を覗きこむ雅と穂鳥の顔が目に入った。
「お二人とも、無事でしたか!」
「それはボクの台詞なの」
抱きつくファティナを、渋々雅は受け止める。まあ今日は、これぐらいは許してあげてもいい。
清十郎は、少女が去った方角を見つめる。
「こんな酷い寝正月は今年だけしますよ」
今もなおそこに居るだろう人々を思い、そう誓うのだった。
奇妙な形ではあったが、おそらくシュトラッサーである少女は去り、南要塞からサーバントは消えた。
これでやっと、八要塞のひとつが陥落。
だが撃ち込まれた楔は、中京城に陣取る存在にとって、無視することのできない存在となるだろう。
<了>