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古都の光景に不似合いな、西洋風の石積みの壁。
人間の作った都を睥睨するように、あざ笑うように、聳え立つ。
「無粋な天界の者どもが、大きな顔をしていますのね」
ユーノ(
jb3004)にはその壁が、天界の不遜さを表しているように見えた。
魂そのもの、またそれが放つ輝きである感情を摘み取ることを無粋と思うが故、敢えて人の世界に身を投じたのだ。
「紛い物が本来そこにあるべき方々を追い払い、人々から感情を奪い続けている……無視している理由がありませんの」
長い時を見つめて尚、曇りなく前を見る紫の瞳に静かな炎。
アラン・カートライト(
ja8773)が嘲るように鼻を鳴らす。
「全く、センスの欠片もねえ光景だな。可愛い妹が見たらがっかりするぜ」
はるばる海を超えて日本に来たのに、まだ最愛の妹に京都を見せてやれていない。
それもこれも、この地に陣取る天使どものせいである。
傍らで城壁の一角に開いた穴を見据え、六道 鈴音(
ja4192)は霊符を取り出す。
「ココを落として勢いに乗りたい所ね」
前にアランと同行したときの作戦では、中京城を挟んだ彼方の北要塞を見つめていた。
今や南要塞は、いよいよ中に乗り込むところまでこぎつけた。
「京都では、どうも陽動と縁があるわね」
突入を静かに待つ新井司(
ja6034)。
(前回は敵の姿を収めるため、その前は人を逃がす為、今回は指揮官を倒す為、か……)
「近づいている、のよね」
それは自分に言い聞かせるように。
雲を掴むようだった要塞攻略戦は、多くの撃退士の尽力によりここまで到達した。
尤もエヴァ・グライナー(
ja0784)の琥珀の瞳が生き生きしているのは、それが理由ではないようだ。
「電撃戦、浸透戦術、斬首作戦、殲滅戦―――ああ、心が踊るわ。奇襲って感じがする」
自分のアウルの力を思うさま発揮してみたい。身体から、自信と興奮が立ち上るようだ。
夜姫(
jb2550)が愛用の刀を握る手に力が籠もる。
(折角京都に来たというのに、本場の団子屋が全て閉まっているとは……)
趣味の為にも、この街を取り戻さねばならない。
(今の私が何処まで行けるか……試す良い機会ですしね)
大八木 梨香(jz0061)の声が各人の耳に響く。
『光信機に問題はありませんか。支援班が攻撃を開始します。それが途切れたら突入です』
全員が軽く片手を上げて同意を示す。
「大八木さん、どのポジションだって責任重大ですよ。はりきっていきましょう!」
鈴音が敢えて明るく声をかけた。
「防御に難がある人を守って下さいね。期待してますよ」
久瀬 悠人(
jb0684)の橙色の瞳が、深い青に変化する。
「ようやくここまで来たわけだ……なら、ちょっとぐらい無茶しないと、だな」
普段我が道を行くタイプの悠人だが、流石に今回は任務の重みを感じているようだ。
瑞姫 イェーガー(
jb1529)は黙して唇をかみしめる。
瑞姫は、自分が対天界戦に於いて不利なことは承知している。
ふと上げた視線が合い、梨香が頷いた。
――それでも、仲間の力を信じてる。どのポジションだって責任重大。足手纏いにはなりたくない。
城壁に開いた穴に向かって、支援攻撃が注がれる。
それが止んだ余熱の向こうへ、撃退士達は一斉に駆け出した。
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鈴代 征治(
ja1305)が見た目に似合わぬ健脚を生かし、真っ先に躍り出る。
普段の穏やかさの消えた鋭い表情。
開口部の真近のイフリートが目前に迫るが、待ち受ける余裕があった。
「少し、下がって貰うよ」
柄の長いハルバードを力を籠めて振るう。ウェポンバッシュが決まり、進路を塞ぐ火精が後退し道を開けた。
征治は北東目指して駆けつつ、中央の広場に向かって煙幕手榴弾を投げ込む。白い煙が視界を奪うが、骸骨兵士は相変わらずこちらを見定めて攻撃を仕掛けてくる。
夜姫が続く。刀を振り抜くと、アウルを籠めた一撃で強かに打ち据えた。
「貴様の相手だけをしているほど暇ではない」
『薙ぎ払い』によるスタン効果で火精が動きを止めたのを確認すると、迫りくる骸骨兵士にすぐさま視線を移す。
前方から槍兵・刀兵が湧きあがり、回廊の上からは弓が降り注ぐ。
瑞姫はその数に、一瞬、圧倒される。だがすぐに首を振ると、弱気を意思の力で押し籠めた。
夜姫の後を追って東側の回廊の下へと潜り込む。
両腕に赤黒い流星のような幾何学模様が浮かび上がると、アウルの弾丸が飛び出し骸骨兵士の膝を砕いた。
ユーノが『闇の翼』で、宙を滑るように移動する。
「最初で躓く訳には参りませんの」
雷帝霊符の放つ光が、動きを止めた火精を容赦なく貫く。
続くアランは、『闘気解放』によって破壊力を増した刀身で斬りつけ、そのまま回廊の下を縫うようにして進む。上方からの矢を少しでも防ぐためだ。
回廊の先には静かな監視塔。強敵が待ち構えているだろうその場所に、向かう仲間がいる。
その行く手を塞ぐのは、回廊上のサブラヒナイト。東西に二体、巨大な弓を構える姿が見える。
「今回の見せ場は、紳士らしく連中に譲ろう、土台を築くのが俺達の役目だ」
北東の方角からイフリートの炎が延び、地を這う。
「炎の魔神の割には低温ね。それじゃあ薬缶の水を沸かすこともできないわよ?」
挑発するようにエヴァの声が響く。最初のイフリートを仕留め、意気は益々高く。
青い電撃が迸り、次なる得物を狙い定める。
「Der Schatten aus der Zeit!痺れてなさいな!」
打たれた火精は、痙攣したように動きを止めた。庇うように骸骨兵士が回り込む。
瑞姫は意を決したように、淡く燐光を放つ機械剣を構える。
「私にだって……できることが、ある!」
無数の三日月の刃が、強烈な冥魔の気を纏って襲い掛かった。動かぬ火精の腕が吹き飛ぶ。だが、猛攻から逃れた骸骨兵士の繰り出す槍が、逆に瑞姫の肩を貫いた。
「イェーガーさん、こっちへ!!」
梨香が飛び出し、瑞姫を銀色に光る楯の影へと庇う。
「私って、本当は炎系魔法が得意なのよね。炎だとイフリートには効果ないかなぁ」
愛用の召炎霊符の代わりの雷帝霊符に力を籠め、柱の影で鈴音が残念そうにぼやく。
だが味方の危機に、片手を高く突き上げる。
「援護しますよ! 吹き飛べ、骸骨ども! 六道赤龍覇!!」
赤い竜が空を駆けるように火柱が燃え上がり、巻き込まれた骸骨兵士がバラバラに砕け散る。
それが作戦開始の合図となった。
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「今です。夜姫さん、お願いします」
「判りました」
「新井様、参ります」
「よろしく頼むわ」
短い会話が交わされる。
夜姫が征治を、ユーノが司を抱え、『闇の翼』で回廊の東側へ舞い上がる。
ほぼ同時にアランが西側へ踏み出す。
「俺が男を守ってやるなんて滅多にないぜ。有難く思えよ、久瀬」
押し寄せる骸骨兵士に斬りかかった。
「なるべく急ぎます。耐えてください」
悠人がその隙に、回廊の柱の影へ回り込む。鎧武者からは直接見えない位置だ。
(ここからが俺の本当の仕事になるな。結構重要だぜ、これ)
「――て事で相棒、出番だ」
白い鎧の身体に赤い瞳のスレイプニル、ランバートを召喚。
「あの鎧を、意地でも俺たちのいるこの”地”に叩き落せ」
逞しい脚が地を蹴り、馬竜は重い身体に似合わぬスピードで空へと駆け上がった。
サブラヒナイトは、地上で派手に骸骨兵士が粉砕される様に気を取られ、背後の気配に気づくのがほんの一瞬遅れた。
勇敢で忠実な馬竜は、危険を物ともせず敵に体当たりする。まるで怪獣映画のワンシーンのような光景だった。
「……くっ、たかが鎧が、俺たちを見下すな。頑張ってくれよ、ランバート」
悠人は、相棒の受けた身体の痛みを共有している。幾度かの激痛に表情が歪む。指揮官を守るため、骸骨兵士達が召喚獣に矢を射かけているのだ。
だが落下防止の柵がある訳もない回廊の上で、鎧武者の姿勢がようやく崩れる。
宙を舞った巨体は、轟音と共に地上に叩きつけられた。
「よーしよくやった、ランバート。さぁてと――暴れてこい、グロリア」
スレイプニルが姿を消し、代わりに獅子のような咆哮を上げティアマットが現れる。
西北と、西南。残ったイフリートが迫り来る。
味方の居ないその方角へ召喚獣を向かわせると、悠人は『狂化』を使う。刺だらけの鱗の隙間から黒い霧が滲み出ると、召喚獣は文字通りの大暴れを始める。
一方で東側の回廊上には、司と征治が降り立つ。
途中、骸骨兵の弓が射かけられたが、ユーノと夜姫は身を呈して二人を無事に送り届けた。
その厚意に報いる為にも。
「落ち、ろぉーーー!!」
吠える征治の斧槍の強い一撃を受け、サブラヒナイトの足がずるり、と回廊上を動く。
弓を収めた鎧武者が、まるで効かぬわと言わんばかりに、刀を構える。
征治の攻撃の間に、司は『雷貫』で回廊上の骸骨兵士をなぎ倒す。狭い回廊上に固まる敵が次々と落ちて行く。勿論、落下でダメージを受けるとは限らない。今はとにかく、後発組の為に道を開け、敵を自分達で引き受けるだけだ。
「ここは任せてください」
ユーノの身体から電光が弾ける。『壊雷』を受けた骸骨兵士が、混乱に陥り同士討ちを始めた。
「ありがとう、行くわ」
魔具を取り回しの良い鉄拳に替えた司が、『怯炎』による炎の拳を叩き込む。
一発、二発。
サブラヒナイトの刀が身体を掠める中、征治と交互に攻撃を叩き込み、相手を回廊の端に追い込む。
だがあともう少しというところで、落ちない。二人の額には汗と血が混じり、流れる。
「往生際が悪いですよ」
踏みとどまろうとする敵の向こう脛に、夜姫が『薙ぎ払い』をかけた。
ついに宙を掴むような動作のまま、東側の鎧武者も地上へと落ちてゆく。夜姫はそのまま後を追う。
「新井様、行きますよ」
ユーノが司を再び抱え、地上へと舞い降りる。
「東側のサブラヒも落としたわ。回廊は骸骨兵士も半分ぐらいは落ちたと思う」
司の通信に、梨香が返答する。
『お疲れ様でした。B班に連絡します』
司が静かに呟く。
「これで、最低限の役割は果たせたかしら」
「そうですね。次は地上の敵の掃討が、私達の仕事になりますね」
ユーノは、東南の回廊上に次々に現れた人影を見つめた。
地上では、連絡を待ち構えていたエヴァが飛び出す。
「落ちてきたわね、大本命よ。その鎧の中でジンギスカンにしてあげるわ!」
物理攻撃の効くイフリートは瑞姫と梨香に任せ、サブラヒナイトにあたる。
「Fomalhaut n'gha-ghaa naf'lthagn―――火鬼の王よ、我が呼び声に答えて馳せ参じ給え」
エヴァが呪文を詠唱すると、巨大な炎の塊が現れ、その周りを無数の小さな火が踊る。『火鬼の王の招来』による意思を持ったような炎塊が、鎧武者を焼き尽くそうと襲い掛かった。
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征治はそのまま回廊を西へと走る。
西側回廊上の骸骨兵士が、まだ多く残っている。弓兵を少しでも減らしておきたい。
白と黒の光が身体を包む。『ケイオスドレスト』が、単身斬り込む征治の負担を減らす。
「邪魔をするな」
タイミングを見計らって放たれた『封砲』の勢いに、骸骨兵士がある物は砕かれ、ある物は足元を掬われ、落下してゆく。その先に見えるのは、起きあがろうとするサブラヒナイト。
征治は息を整え、体力を回復。フラッシュライトを渾身の力で投げ落す。閃光にサブラヒナイトが身構え、一瞬の隙ができた。
「もらったーーー!!」
槍を逆手に両手で持つと、征治が身を躍らせる。
「これで、つらぬけーーー!!」
己の体重を掛けた槍による一撃を狙う。思いの他長い一瞬、脳裏に優しい面影がよぎり……腕に強い衝撃、次の瞬間全身を打つ激痛。
「く……!」
背中に一撃を食らったサブラヒナイトは膝をついたまま、転がる征治を見つけ、刀を振りあげる。
「ほらこっちだ!」
クレイモアをアサルトライフルに持ち替えたアランが連射。
物理攻撃を半減するフィールドがあることは判っているが、今はとにかく敵の意識を征治から引き離すのが先決だ。
重々しく立ち上がった鎧武者は、煩い虫を見るかのようにアランを向いた。
その手から剣が消え、強弓が現れる。鈍重そうな外観に反し、その動きは俊敏であった。
蒼炎の矢が放たれる瞬間、鈴音が駆けつける。
「させるかっ、六道封魔陣!」
白い文様が鈴音の前に現れ、魔法の一矢を受け止める。鈴音の頬に、腕に、赤い筋がいくつも走る。
「みんな、無茶しすぎ!」
「俺はいつだって、愛しい妹の僅かな幸福の為に生きてるのさ」
駆け込んだ柱の影。鈴音の苦情に、征治を背負ったアランが笑い返す。
「あいつが京都を旅行したがってるんだ。最愛の妹の頼み事を断る奴は兄じゃねえ、何としてでも俺は叶えてやる。だからこんなところで倒れたりしねえよ。……なあ、鈴代? 男なら判るだろ?」
アランの呼びかけに征治は思わず苦笑を洩らす。
「理由はともかく。皆が元気で帰らないといけないですよね」
残る敵はサブラヒナイト二体に、イフリート三体。それに骸骨兵士達。
まだ、終わりではない。
鈴音がきっと鎧武者を睨みつけた。
霊符が輝き、『六道鬼雷刃』の雷光が迸る。
「雷系もけっこう得意ってことよね、私!」
力強く言い切る鈴音にその場を任せ、征治とアランはイフリートと対峙する悠人を支援に向かった。
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イフリートの炎を楯で受け、梨香が足を踏ん張る。
「イェーガーさん、今です!」
「ごめん、もう少し頑張ってね」
瑞姫が『ファントム・バレット』の魔法弾を撃ち込む。
倒せなくても、構わない。強敵に立ち向かう仲間を少しでも危険にさらさないように――!
その魔法弾も尽きる頃、氷の刃が弱っていた火精を釘づけにする。
「お疲れ。援護するわ」
司が『薙ぎ払い』で敵の動きを止めたのだ。
「順番に、確実に仕留めてまいりましょう」
ユーノの放つ雷光に貫かれると、漸く火精は動きを止めた。
だが休む暇はない。
「いい、敵大将の頭が転げ落ちるまで耐えるわよ!」
すぐ近くでエヴァと夜姫がサブラヒナイトを引き付けている。
そして突然、それはやって来た。
すいっと視界を横切る黒い影。それが蝙蝠なのだと判ったときにはもう、影は飛び去っていた。
突如サブラヒナイトが、雷に打たれたように棒立ちになる。東側でも、西側でも。
悠人の眼前で、イフリートが横っ跳びに走り出した。
正門を守護するケルベロスまでもが、踵を返すと北へ向かって全速で駆け出す。
骸骨兵士も、あるいは立ち、あるいは這い……。
「待ちなさい! 逃がさないわよ」
エヴァの放つ雷光に反撃することもなく、サーバント達は一斉に北へと去って行った。
『……作戦完了。皆様、お疲れ様でした』
梨香の声。静まりかえった城壁内に、じわじわと安堵の空気が広がっていった。
こうして南要塞は放棄された。
まだ八要塞のうちのたったひとつ。
だが確かに打ち込まれた楔は、人間の勝機を強く謳うだろう。
<了>