●門の内
聳え立つ城壁に、戦乱によって生じた物音が反響している。
城壁の上に陣取るサブラヒナイトの蒼炎の矢を掻い潜り、滑空するファイアレーベンの落とす火球を避け、取りついた一隊が城門を攻撃。
城門がこじ開けられると同時に、城壁を破壊する班が行動開始の予定だ。
彼らの活動を少しでも楽にするために、敵戦力を引きつける一隊。
「あれー、なんで俺こんな危険な依頼受けてるんだろ?」
綿貫 由太郎(
ja3564)の感慨も尤もだった。だが来てしまったのだからしょうがない。
「魔法無効と物理半減がコンビ組んでるってのが、何とも嫌らしいねえ」
由太郎の言葉を受け、ナタリア・シルフィード(
ja8997)の青い瞳が、土埃に霞む城壁を見つめる。
「それでも何とかして片付けないとね……別のどこかで戦ってる者達の為にも」
魔法書を胸に抱き、自分に言い聞かせるかのように静かな口ぶり。
今は、出来る事だけをすればいい。焦りは禁物だ。
「片付けるとも……取り戻したい、そう願う友がいるもんでな?」
七種 戒(
ja1267)が長い黒髪をさらりとかきあげた。
「ま、そんな訳で今回も宜しく頼む」
顔見知りの龍騎(
jb0719)と彪姫 千代(
jb0742)にふと笑って見せた。
「おー! また一緒だぞ! 今回も宜しくだぞ! 今回は俺、いつも以上に頑張るんだぞ!」
本格的な冬に入り底冷えのする京の町で、相変わらず上半身裸の千代が戒にこたえた。
そんな千代を、龍騎はどこか遠い所にいるかのように見つめ、自問自答する。
(リュウは京都にナニしに来たんだろ……イッパイ貼り出された依頼の中から)
瓦礫の街を見ても、難しいことは何も浮かばないし感じない。
確かにここは自分の見知った街のはずなのに。帰りたい気持ちや懐かしい思い、そんなあるべきはずの物がない。
この街を取り戻したい。そう言って別の作戦に向かった再従兄弟を思う。
(ナニを考えて、戦うんだろ……?)
だが口をついて出たのは全く違う言葉だった。
「湯葉食べたいな」
「リュウ、ユバってなんだ? ウマいのか?」
千代に湯葉を説明する困難さに、龍騎は首を捻るしかなかった。
その時、ヘッドセットを通じて大八木 梨香(jz0061)の淡々とした声が告げた。
「城門、開きます」
一同の視線が集まる中、撃退士達の猛攻を支えきれなくなった城門がゆっくり開いて行く。
城門破壊に戦力を注ぎ込んだ一隊が下がると同時に、出番だ。
一斉に駆け出す。
由太郎は冷静に状況を整理する。
(ま、何が何でも敵を全滅させろってんじゃないならやりようはあるかねえ、今回の場合は)
彼らの任務は、城壁が破壊されるまでの時間稼ぎである。
ある意味、硬直状態を生み出せれば勝利と言っていい。後は自分たちの消耗度合に応じて撤退するのみだ。
が、それ自体が非常に困難であることはすぐに判明した。
上空から降り注ぐ骸骨兵士の矢を掻い潜り、到達した城門の向こうには、多くのサーバント達が待ち構えていたのだ。
叶 心理(
ja0625)は、久しぶりに相見える敵を睨み付ける。
槍や剣を携えじりじりと迫る骸骨兵士達の向こうに、門番たる三つ首の異形の獣が見て取れた。
(ケルベロスには因縁もあるが……この場面じゃ奴さんだけに気を取られるわけにもいかねぇな)
無理に倒すのは今回の目的ではない。皆無事に帰還、それが成功の最低条件なのだ。
なので突出はせず、城門の影に身を寄せ、敵を観察する。
城門の庇で上方は良く見渡せないが、城壁内を縦横に廻る回廊にサブラヒナイトと思われる影は確認できた。
そして正面には、ひと際頑丈そうな建築物。
「あれが要塞の中枢でしょうか」
梨香がデジカメにその姿を収める。
一同の後方に控えた雪風 時雨(
jb1445)が、阻霊符を展開しつつ高らかに声を上げた。
「ストレイシオンよ、結界を展開せよ! 皆の命は我が預かる……作戦開始!」
現れた召喚獣が、待ちかねたように暗青の鱗に輝く身体をくねらせた。
撃退士達の身体が、青い燐光を纏う。ストレイシオンの防御結界だ。
同時に、腹に響く激突音。城壁破壊班が、行動を開始した合図だった。
●戦端
戒は顔を上げ、『索敵』で見えない敵の位置を探る。回廊が視界を遮り、見通しが悪い。
「どちらにいらっしゃいますかね、っと」
その目が、東西の塔の上に見え隠れする、巨大な怪鳥の影をとらえた。二体のファイアレーベンが、城壁に取りつく人間共を焼き払うべく羽ばたく。
城外の仲間の放つアウルの軌跡が、怪鳥目がけて幾筋も迸った。
「アレは落としときたいなー」
危険な火球を放つファイアレーベンだ。
「大八木氏、ちっときついけど、門番相手の壁役頼むな」
軽く片手を上げ、梨香に合図すると場内に踏み込む。余り城門から離れるのは得策ではないが、皆で固まっていては範囲攻撃の的になるだけだからだ。
ケルベロスの正面を避け、視界を確保する位置でアサルトライフルを構える。
先行する戒を狙って槍を繰り出す骸骨兵士を、由太郎のショットガンが粉砕した。
「先ず落ちて貰わないと、先に進まない敵っているよね」
間髪いれず『クイックショット』を、飛来するファイアレーベンに惜しみなく撃ち込む。
心理は先行する二人とはやや距離を取って、城内を見渡す。頭上に気を取られる隙に、地上の攻撃を受けてはたまらない。
サブラヒナイトは二体。城門右手の回廊上に一体視認できた。もう一体は先刻城門の上から射かけてきていたが、東側城壁の異状に気付き、そちらに移動している。
「あなたの相手はこちらよ」
回廊上のサブラヒナイトに向かって、『セルフエンチャント』で攻撃力を増したナタリアの魔法書から、雷光が走り出る。
魔法の効かないファイアレーベンはインフィルトレイターに任せ、物理攻撃が通りにくいサブラヒナイトを単騎で抑える。
幸い懐に飛び込んだおかげで、サブラヒナイトも蒼炎の矢を使い辛いらしかった。
互いに距離を取って動きまわる撃退士達が、骸骨兵士と近すぎるためかもしれない。
位置をずらしながら攻撃を続け、こちらに引きつける。城壁に二体、向かわれては困るのだ。
心理はクロスファイアを上空に向けた。
「まずは、こっちを片づけとかないとな」
こちらの視界が回廊で遮られている分、ファイアレーベンからもこちらは見え難い。
高度を落とした怪鳥の巨大な身体は集中砲火を浴び、次々と落下して行った。
城外の仲間のあげる歓声が、城壁に木霊する。
「一気に行きます」
駆け出した神棟星嵐(
jb1397)の表情が消え、身に纏う魔装が黒一色に染まる。
冥魔の気を帯びた無数の三日月の刃が、迎え撃たんと進み出た骸骨兵士を巻き込みながら、右手のケルベロスに襲い掛かった。
渾身の『クレセントサイス』の猛撃の前に、さしものケルベロスとて無傷とは行かなかった。
血飛沫が回廊を支える柱を汚す。
(……まずいな)
秋月 玄太郎(
ja3789)が水泡の忍術書を展開する。
元来単独行動を好む性質であり、自分の目で戦況を確認できる場所に位置取る玄太郎である。
崩れかけた躯で尚向かってくる骸骨兵士達に止めを差しながら、強力なサーバントの動きを追う。
傷つけられたケルベロスは、星嵐を目下の敵と認識したのだ。三つのカッと口を開き、次々と猛炎を吐き出す。
その鼻面を狙って、玄太郎は水の泡をぶつける。
緩和された炎は、それでも星嵐の身を焼くに十分な威力を残していた。
「くっ……!」
カオスレートの差は攻撃力を増すと同時に、受けるダメージも増加させる。
なんとか意識を保っているものの、星嵐は地面に膝をつく。その足元に赤黒い水溜りが広がった。
「早く、さがれ!」
回り込んだ心理が、拳銃で牽制しつつ、星嵐を抱え強引に城門の方へ引き戻す。
梨香が槍と楯を構えその前に立ち塞がった。
駆けつけた戒が軽く眉を潜めた。
「酷いな。ま、無いよりはマシ、ていう? これで動けるだろ」
星嵐の傷ついた身体に、応急手当を施す。
「今日の戒は真面目なんだな! かわい子ちゃんとかイケメンとか言ってないぞ」
千代の元気な声が、戒に突き刺さる。
「フッ、普段敢えて道化を演じるカムフラージュに騙されるようじゃ、まだ甘いな」
精一杯胸を張り、戒が不敵に微笑んだ。
「いつもやってたら、カムフラージュにならないよね」
龍騎が戒を疑わしそうな眼で見つめたが、すぐに向き直る。
「さてチヨ、僕達も行こうか。敵は全部やっちゃってイイんだよね?」
「おー、行くんだぞ! 何があってもリュウは俺が守るんだぞ!」
無防備な笑顔を見せる友人を、渋面を作ってみせながらも龍騎は信頼している。
(嬉しくナイよーだ、ハズカシイだろーバーカ!)
今この場所にいるのも、千代がいたから。だがそんなことは言ってやらない。
「梨香、そっちはちゃんと守ってよ?」
「……後は頼んだんだぞ! 俺ちょっと行ってくるんだぞ!」
ヘッドセットを通じて流れる声に、梨香は短く答えるのが精いっぱいだった。
手負いのケルベロスは、荒れ狂う炎を幾度も吐き出す。梨香の楯が銀色に輝き、その猛攻をどうにか受け止める。だが一人で長く抑えるのが難しいことは、明らかだった。
そこに、新手の気配。
イフリートが炎の塊となって、飛ぶように駆けて来る。
梨香に向かって伸びる炎を、心理の回避射撃が何とか逸らす。
「煙草の火を借りるには、ちと大層すぎるな」
由太郎はそのままイフリートが近付かないよう、牽制攻撃。
(必ずしも倒す必要はない、寄ってきたら追い払えば充分だ)
それでも残った『クイックショット』を撃ち込み、相手に身の危険を感じさせる程度の攻撃は続ける。
後方に控えていた時雨が、時間を計る。ストレイシオンの結界が限界に来たのだ。
カツサンドを放ってやると、ストレイシオンは嬉しそうにばくりと食いついた。
「ご苦労、大儀であった! 皆、これより折り返しだ!」
すぐさま高速召喚で二体目のストレイシオンを召喚し、切れ間無く結界を展開する。
(城壁は、どうなっておるのだ……?)
今回のメンバーには、回復職がいない。その代わりのストレイシオンだが、時間がは限られている。
「仕方があるまい。我もゆくぞ」
時雨はトート・タロットを取り出した。
●乱戦
残る一体のケルベロスに、千代と龍騎が突進する。千代は自分達に『ナイトミスト』を使い身を潜めていた。
龍騎のシルバーマグが紫の雷光を弾かせ、ケルベロスの頭部を狙い吠える。『ダークブロウ』がケルベロスの手前の骸骨兵士を吹き飛ばしながら炸裂。
「一撃必殺はお互いサマだね。ほら、こっちだ」
敢えて狙う頭を一つに絞らず、続けてアウルの弾を浴びせる。
猛り狂うケルベロスが対象を定めず吐き出す炎が、偶々龍騎の肩を掠めた。
「……あんまり怒らせないでよ」
銀の瞳に鋭い光を宿し、怯むことなく立ち向かう。
龍騎に注意の向いたケルベロスに、千代が密かに肉薄。
「ここならワンコも俺の射程内なんだぞ!」
千代の身体を中心に、冷気が放出される。『氷の夜想曲』だ。その睡眠効果に、傷の浅い骸骨兵士達までが次々と動きを止め、地面に倒れる。
「リュウー! 俺、やったんだぞ! うまくいったぞ!」
飛び跳ねるように千代が声を上げる。
が、さすがにケルベロスまでは無理だったようだ。周りの味方が消えた分、遠慮なく炎を吐き出して来る。続く限りの回数を試すが、ダメージを与えることはできても、ついにサーバントが眠りに落ちることはなかった。
「まだ倒れぬか! 中々タフであるな」
時雨もタロットを繰り出す。
「流石に厳しいか」
全体を見渡していた星嵐だったが、弓を引き絞り『ゴーストバレット』の強い矢をケルベロスに撃ち込んだ。
その星嵐に向かって、ケルベロスが口を空ける。
水泡の忍術書を土塊の忍術書に替えた玄太郎が、土塊を叩きつけた。
「援護する。そのまま続けてくれ」
まずはとにかく、一体。
そう念じる玄太郎の眼が、接近する影を捉えた
「まずい、左からイフリートだ」
西の塔で様子をうかがっていたイフリートが、凄まじいスピードで突進してくる。
その勢いのままに放たれた炎が地を舐め、撃退士達に襲いかかった。
「リュウ、危ない!」
千代が龍騎を突き飛ばす。初めて出来た大事な友達。何があっても……護る!
イフリートの轟炎に焼かれながらも、千代は龍騎の前に立ち塞がる。
「バカ、チヨ! 後ろ!」
龍騎が身を起こし、ケルベロスの鼻面に銃撃。
チヨが引かないならリュウも引かない……!
「城壁は、どうなっておる!?」
傷を共有したストレイシオンの悲鳴のような鳴き声に、時雨は叫ぶ。
「もうすぐ防御結界の限界であるぞ! そろそろ締めに入る、準備は良いか!?」
もう一方のケルベロスと対峙する側も、満身創痍であった。
ナタリアは城門からあまり離れない位置でサブラヒナイトを釘づけにしていた。幾度か放たれた蒼炎の矢が間近に掠めたが、それでも怯むことなく持ち場を守る。
由太郎、心理、戒はお互いの距離を保ちながら、ケルベロスとイフリートの炎に立ち向かっていた。だが序盤でファイアレーベンを掃討するのに注力したため、タフな敵を倒しあぐねている。
梨香もひたすら炎を楯で受け耐えていたが、もうスキルも使い果たしつつあった。
まだ誰も倒れていないのが不思議なほどだった。
その時だった。
ずっと右手から鳴り響いていた打撃音が、明らかに変わったのだ。
同時に土埃が押し寄せ、視界を奪う。耳を打つのは、鬨の声。
『城壁貫通! すぐに撤退してくれ』
梨香は耳元に届いた吉報を、すぐさま知らせる。
「チヨ、行くよ!」
龍騎はふらつく足を踏みしめ、最後の力を振り絞って、残しておいた『ダークブロウ』を放つ。
闇色の閃光に巻き込まれ、骸骨兵士の残骸が宙を舞った。
まだ残っていた強力な攻撃に、ほんの一瞬、敵の攻撃の手が緩む。
「殿は任せよ!」
時雨が戦いきったストレイシオンを労う。
「御苦労……何、褒美? よしやきそばパンか?サンドイッチか? むう……よかろう、この食いしん坊めっ!」
急いで投げたご褒美に嬉しげにストレイシオンが食らいついた。次に召喚したスレイプニルに掴まると、時雨は仲間が追撃されないよう、敵の眼前を横切り、翻弄する。
そしてそのまま全速で撤退した。
「最低条件はクリア、ってとこかな」
心理が瓦礫に座り込み、今は小さく見える南の要塞を眺める。
仲間の開けた城壁の穴は、次回の攻略に大いに役立つことだろう。
任された時間を戦い抜いて、全員が生きて戻った。何よりの成果だ。
「梨香殿、単騎でのでケルベロス対応、ご苦労だった」
時雨の声に、梨香が疲れきった顔を上げる。
「これを進呈しよう。遠慮なく受け取るが良い」
「あ……有難うございます……」
青汁を手に、泣き笑いのような表情を浮かべるしかない梨香だった。
<了>