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マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/11/19


みんなの思い出



オープニング

 文化祭。
「そこの可愛いお嬢さーん、ヤキソバおいしいよー食べてってー」
「もうすぐイケメン主演の演劇やります! 大事なことなので2回言いますがイケメンです!」
「ぎゃー『メガネ男の娘メイドの激辛喫茶』って何ー!?」
 あちらこちらでテンションMAXの声を張り上げる学生達。
 ある者は客を呼び込み、ある者はその呼び込みを冷やかしつつそぞろ歩く。久遠ヶ原学園は学舎の内外問わず、人波で身動きすらままならない程だ。
 その中に、大学部講師であるジュリアン・白川(jz0089)が混じっていた。
 白川は突然振り向くと、普段の胡散臭いほどに張りついた微笑すら消えた真剣な顔で、近くの学生に問いかける。
「すまない。この娘を見なかったか?」
 差し出す写真には真っ直ぐな長い黒髪の美しい、妙齢の女性。
「いえ、この人ごみじゃ……ちょっとわからないです」
「美人ですねー先生の彼女ですかあー?」
 茶化した学生はその瞬間、人間の表情がこれほどまでに様々なものを籠められるのだということを知った。
 黙して微笑む白川の顔には、単なる拒絶という単語では言い表せない、冗談が凍りつくほどの複雑な感情がこびりついている。
 ……うん、深く追究するのはやめよう。
「もし見かけたら、身柄を確保の上連絡を貰えれば有難い」
 白川が自分の携帯電話の番号を、小さなメモに書いて手渡して来る。

 彼女の名前は池永真弓。
 所謂深窓のご令嬢で、自分で現金で物を買ったことがないというレベルの世間知らずなのだそうだ。
 白川の知人に連れられて学園に来たが、少し目を離した隙に勝手にいなくなってしまったという。
「誰かに誘拐されるなどはないはずなのだ。だが余り身体が丈夫な方でもないので、なるべく早く見つけたい。悪いが協力して貰えないだろうか?」
 報酬はもぎ取る。白川は確約した。


リプレイ本文

●捜索依頼
 眉間に皺を寄せ、ジュリアン・白川(jz0089)はひたすら進む。
「ごきげんようミスター白川、随分お急ぎのようですがどうかしましたか」
 夜来野 遥久(ja6843)がすれ違いざまに声をかけた。
「ああ夜来野君か。実はだね……」
 事情を聞いた遥久は、少し考え込むように顎に手を当てた。
「それは、貴方が走り回っては逆に大変です」
 随時出会った学生に連絡を入れるように頼んでいては、無駄に振り回される羽目になるのは間違いない。そこで遥久は自分の出店を連絡拠点として使うことを提案する。
「情報を一ヶ所に集中させ、真偽のほどを確認してから動く方が効率的でしょう。いかがです? 『ももばら』で寛ぎながら情報が集まるのをお待ちになっては」
 魅力的な笑顔を浮かべ、遥久が提案した。
 ホストクラブ『ももばら』――文化祭期間限定の出店だが、連日の賑わいは屈指の物となっている。既に本職にしてはどうかというメンバーもちらほらいるとか。
「有難う、拠点はお言葉に甘えよう。折角だが私はもう少し回ってみるので、何かあったら連絡をお願いするよ」
 白川は携帯の番号を記したメモを手渡し、立ち去った。

「珍しいタイプの方ですね――逆に覚えていそうですが……」
 暮居 凪(ja0503)は写真を見つめた。
(残念な人が多い中、こうもストレートな方は却って覚えやすいかと……)
 凪の久遠ヶ原学園の学生における評価はさておき、確かに現代日本では却って目立つタイプではある。
「女好きな人は確実に声をかけるタイプだと思います。たぶん座して構えた方が情報は入りますよ」
 写真を示し、きっぱり断言。
「何か他にご協力は必要でしょうか?」
「一応情報を統括してくれる協力者はいるのでね。何かあればそちらにお願いしたい。ところで参考までにだが……」
 耳を傾ける白川に、凪は『残念な人』『女好きな人』に関する個別情報を囁く。
 その内容に関しては物議を醸しかねないので、ここでは伏せようと思う。
「有難う、ご協力感謝する。何かあったら連絡を貰えるかな」
「判りました。白川先生もお時間があれば、喫茶など回ってみるのも宜しいかと。先生の舌を満足させる場所も多いでしょうし」
 凪は微笑して白川を見送った。

 虎綱・ガーフィールド(ja3547)は催しの準備を終え、満足そうに一息ついた。
「ふむ、此処の仕掛けは完成か」
 彼の部活は【しっと団〜極秘アジト〜】という。
 しっと団……表向きは、ぬいぐるみクラブ。
 その実態はカップル撲滅を掲げて学園内にバカ騒ぎを起こす、モテない撃退士による特殊テロ組織であるっ! (以上、部活説明より)
 ……どんな催しをするつもりだったのかは、触れない方が良さそうである。
 そこに足早に通りかかった白川に、虎綱は声をかけた。事情を聴くと頷く。
「此処で出会ったのも何かの縁。お手伝いしましょう」
 虎綱はこの時点では、ちょっとした暇つぶしのつもりだったという。

「へージュリアン先生人探してるんだ〜☆」
 魔法少女【プリティ・チェリー】こと御手洗 紘人(ja2549)が可愛く小首を傾げる。
 白川が真弓の立ち寄り先として目をつけた『猫の家』の前で遭遇したのだ。
「チェリー君も見かけたら宜しく頼むよ」
「はーい、チェリー覚えてたらね☆ あっひまちゃん☆ 遊びに来たよ〜☆」
 市来 緋毬(ja0164)に挨拶もそこそこに、猫まっしぐら。ではなく、チェリーが猫にまっしぐら。
「今日も可愛いね〜☆ もって帰っちゃいたいくらい☆」
 手近の猫を抱きあげると頬ずりする。
 猫耳メイド姿の緋毬は、申し訳なさそうに白川に応対していた。
「こんな大きな学園で迷子は大変ですね。でもすみません、お店が忙しくて手を離せなくて……お手伝い出来れば良いのですが……」
「ああいや、もしここに立ち寄ったら連絡をくれればで充分だよ」
 そのときチェリーが危険な物体を手にする。
「なにこれ〜? 猫じゃらしー?」
 緋毬がそれを見て思わず叫ぶ。
「あ、エノコロは……!」
 エノコロ草。別名、ネコジャラシ。麦をもっとふわふわにしたような雑草で、その名の通り猫を遊ばせる際に使われる。
 チェリーがそのエノコロを振り回した瞬間だった。
 溢れだす目の色を変えた猫、猫、猫。『猫の家』名物・猫ウェーブである。
「って何処にこんだけ猫いたのー! だが……このチェリー……舐めてもらっては困る! とりゃー!」
 ジャンプで逃れようとしたチェリーを更に襲う猫。
「はわわ! チェリーさんしっかりですっ猫さん私は救出を……にゃぁぁ」
 緋毬も共に猫の波に呑まれたしばらく後。
「酷い目にあった……あれ、でもなんかいい感じ☆」
 肉球踏まれることによるマッサージ効果が有るとか無いとか。
 とっくに逃げ出していた白川に、事の真偽を知る由はない。

 クリスティーナ アップルトン(ja9941)は『黄金色カフェ・MAPLE』の出店準備中、白川に声をかけられた。
 事情を聞き、頷く。
(ミスター・ジュリアン、いつになく真剣な顔ですわね……ここは私も一肌脱ぐしかありませんわね)
 グラマラスな肢体の胸をぐっと寄せて・上げて腕組み。
「類は友を呼ぶ、といいますわ。私の美しさに引き寄せられて真弓さんが現れるかもしれませんわね」
 ああ、真弓さんが美人だったのでちょっと対抗心的な。
「そうそう、ミスタージュリアン、ついでに占いなんていかが?」
 誘われて何となくくじを引く。
「あら、ラッキーですわ。学食のおばさんがオマケしてくれるかも、ですって。これはお土産のロゴ入りTシャツですわ」
 満面の笑みのクリスティーナ。店番を妹に頼むと、捜索に加わることにした。

 BB弾の炸裂する音と共に、『ギメルめ、食らえ!』だの『門木の馬鹿野郎!』だの、不穏な叫び声の響く『戦技研究会』の出店前。
 龍崎海(ja0565)が物音を意に介する様子もなく、静かに考え込む。
「そういえば絵が好きな人だから、美術系や絵がある場所には連絡してみたのでしょうか?」
 初夏の頃、海は部長と共に、京都市内に取り残された真弓を救出している。彼女の事はよく覚えていた。
 元々はたった一幅の掛け軸を取りに、危険な京都へ乗り込んだのだ。
「成程、その線はあるな」
 白川が頷く。そこで海は、ふと顔を上げた。
「いっそ池永さんの情報を放送し、連れてきた人に賞金を出すという文化祭のイベントのふりをするというのはどうでしょうか?」
 悪く利用する者が出ないとは限らないが、探しまわるよりは早いとの判断だ。
「それも考えたがね……私はその際の混乱の、収拾をつける自信がない」
 白川が苦笑いを浮かべる。連れてきた者に賞金では、却って真弓の身に危険が及ぶ可能性があるのだ。
「成程。では聞きこみしておきます。性格が『少々個性的』というのなら、クレームなどの情報を集めてみるのもいいかも知れませんね」
 海は言葉を選んで進言した。

 白川は美術作品展を開催している建物に向かった。
 近付くほどに喧騒は遠ざかり、建物に足を踏み入れるとただ静寂。
 ロビーのベンチでは、高虎 寧(ja0416)が昼寝を決め込んでいた。
「んー、文化祭文化祭と。騒がしいのは良いけれどやはり適当な休みが欲しい処で」
 美術品展示の為に程良く温度湿度が管理された建物は、快適な休憩所だった。
「休憩中にすまないが、ここにこの女性が来なかったかね?」
 何故か声を潜め、遠慮がちに声をかける白川。薄目を開け、寧はぼんやりと写真と白川の顔を見比べる。
「………んー、あっち」
 入り口を指さし、寧は小さなあくびをすると、そのまま気持ちよさそうに寝入ってしまった。
「おい君、本当か? ちゃんと目を覚ましたまえ!」
 揺すっても反応しない寧を諦め、白川は別の女子学生に尋ねた。フィーネ・ヤフコ・シュペーナー(ja7905)が知る限り、真弓らしき人物は来ていないという。 
 
 外に出た白川は、見知った学生を見つけた。片手に大きな袋を提げた神楽坂 紫苑(ja0526)である。
 袋の中身はニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、その他諸々。とあるカレーの屋台が余りに手間取っているので、我慢しきれなくなって手伝いに回っているらしい。
「今年の文化祭、去年よりにぎわっているようだが。部外者が紛れ込んで見つかるか?」
 紫苑が、しげしげと白川を見つめる。
「この人ごみだし、走り回って先生と真弓さんの体力持つか? 怪しいと思うぞ?」
 白川は自分の体力について抗議したい気持ちはあったが、真弓の体力に不安があるのは確かである。
「もしもどこかで見かけたら、教えてくれたまえ」
 軽く手を上げて紫苑が応じた。それを見送り、白川は考え込む。
「体力か……確かにそろそろ疲れている頃かもしれないな」
 そこに雑踏の賑やかさとは異なるざわめきが広がる。
「おい、なんかそこで女の子が倒れてたぞ」
 その声に白川が振り向き、駆け寄る。
「ちょっと通してくれたまえ!」
 だがぐったりと座り込んでいるのは、ニオ・ハスラー(ja9093)だった。
 その金色の長い髪が見えた時点で違うと判ったが、学生が倒れているなら見過ごすわけにもいかない。
「大丈夫かね、一体どうした?」
「うっぷ……口から何かが……ああ……SAN値が減るっす……」
 などと、意味の判らないことを言っており。
 ――30分前――
 ニオは元気いっぱい鼻歌を歌いながら、学園内を闊歩していた。
「ぶんかさーい♪ ぶんかさーい♪ やっほー♪ やっほ〜♪」
 食べ物を提供する出店の全店制覇を目指し驀進するニオの目の前に出現した、謎の看板『闇鍋』。
「きっとすごくおいしいに違いないっす! なんとなく勘っす!」
 野生の勘も偶には狂うこともある。いや寧ろ、野生の勘すら狂わせる魔力か。
 ――時間戻る――
「まさかあんな物が出てくるなんてっす……文化祭怖いっす……」
 所謂押すなよスイッチ的な魅力に魅入られし者、ニオ。
「で、先生は何してるんっすか?」
 まさかこんな状態の女子学生に迷子探しを頼むわけにもいくまい。白川はそう思ったが、万が一真弓が闇鍋に遭遇していたケースに思い至り、事情を説明する。
「わかったっす、探すの手伝うっすー!」
 己に『ライトヒール』で復活を試みるニオ。だがちょっと待て、効用は細胞の活性化であるからして……以降は乙女の沽券にかかわる為割愛。
「しんそうのごれいじょうが行きそうな場所……珍しい出店や美味しいものを売っている出店、もしかしたら歩き疲れてどこかで休憩しているかもしれないっす!」
 寧ろ自分が休憩した方がいいのじゃないか。
 白川はふらつきながらも歩き出すニオに引っ張られながら、そう思った。

●令嬢逍遥
「ふむ大きな迷子の人探しであるか、白川教諭も大変であるな」
 雪風 時雨(jb1445)は、眼鏡の位置を直しながら手渡された連絡先のメモを眺める。
 そう言いつつも『大きな迷子』に時雨も心当たりがなくはない。電車の乗り方も碌に知らない頃ひとり街に出て浮かれてしまった、かつての自分自身だ。
「個人的にはあまり彼女を責めないで欲しいであるな。俗世より隔離された者にとっては市井は中々に魅力的な所なのだ」
 心に刻みつけられた『常に世の為人の為にあれ』という雪風家の家訓が蘇る。
「こう人が多くては辺りもロクに見渡せまい。仕方ない、ヒリュウに任せるか」
 ふわりと現れたヒリュウは、直ぐにキィと鳴き舞い上がる。
 召喚獣と視覚を共有しながら、時雨は人が多く楽しげに賑わう場所を探す。
 焼そばやたこ焼き、お好み焼きにフランクフルト、ありとあらゆる食べ物を売る出店を集めた一角に、長い黒髪の若い女が、ゆっくり歩いて行くのが見えた。
 女に呼びこみの声がかかる。だが見えず聞こえずのような風情に、声をかけた者も僅かに首を捻り、すぐに別の方向へ声を張り上げた。
「情報通りだな、おそらくあの者だろう」
 ヒリュウが女に向かって舞い降りる、そのときに目にする光景が途切れる。視覚共有の制限時間だ。
 人をかき分けて行くと、目の前に現れた幻獣を目を見張って見つめる女。
 女の警戒心を解く為、スキル『和気藹々』を使い和やかにヒリュウの鼻先を撫でてみせる。
「ヒリュウが珍しいかな。撫でても大丈夫だぞ」
 不思議そうに女が手を伸ばすのを見届け、時雨はメモを取り出し情報拠点に連絡を入れる。
 現在地を手早く伝え電話を切って振り向くと、ヒリュウを取り巻く子供の群れが目に入った。
「かわいいー! 一緒に写真撮りたいー!」
「む……我のヒリュウとか? 仕事中だが今日は祭……仕方あるまい、手早く頼む!」
 歓声が上がる中、召喚時間一杯までなんだかんだでサービスする時雨。
 だがその間に、肝心の女の姿は人混みに消えていた。

「あーそれ可愛い、似合う似合うー」
 手作りのアクセサリーを並べた店先で、百々 清世(ja3082)はピアスを試す女子学生を褒める。
 勿論、相手は初対面。だが清世にとってそんなことはどうでもいい。だって今知りあったしー?
 一応令嬢の事を聞いてみるが、目撃情報は得られず。
(こんな可愛い子なら、女の子より男の方が覚えてそうかなー)
 女性チェックの素早そうな知り合いを思い浮かべ、連絡を取ってみる。

「千尋ちゃん、迎えに来ましたよー?」
 櫟 諏訪(ja1215)が、『癒し処かたすみ』に姿を現した。
 疲れた人を(間違った意味で)天国へ送るべく奮闘する藤咲千尋(ja8564)が、パッと顔を輝かせる。
「すわくんおまたせ!! どこからまわろっか!!」
 二人はまさに今ラブラブ真っ最中の恋人同士だ。
「初めての文化祭、楽しみ!! あ、でも迷子さんはちゃんと見つけなきゃね!!」
 はしゃぐ千尋を、諏訪は心から可愛いと思う。
 さり気なく手を繋ぐと、顔を真っ赤にして俯くが、振りほどいたりはしなかった。
「こっちも試してみませんかー?」
「えっ!?えっ!?……あーん……」
 別々のフレーバーのクレープをちょっとずつ分けあったり、そんなことも新鮮で楽しい。
「こっちの味もおいしいですかねー?」
 諏訪はわざと、千尋の頬についたクリームを指で拭い、口に入れる。
「すわくん!! なにするのー!?」
 恥ずかしさをごまかすのに軽くあげられた拳を、おおげさな様子で避ける諏訪。
 だが彼のアホ毛レーダーだけは、ちゃんと捜索を続けていた。

 白ワイシャツに黒タイ、黒ベスト姿の加倉 一臣(ja5823)が、小野友真(ja6901)のいる『かたすみ』を覗き込む。
「おーい、迎えに来たぞ」
「あ、今行くー」
 ぱたぱたと片付けて飛び出してくる友真と並んで歩きながら、捜索の成果について連絡。
 ホストスタイルでイケメン顔を生かし、そこらで『ももばら』の宣伝をしつつ情報を集めた。
 だが成果は芳しくなかった。何と言っても人が多すぎる上に、皆自分のことで精いっぱいなのだ。
「クレープと綿菓子食べたいー……えっと、女の子も好きなもんやし、そこにおるかもしれんで?」
 明らかに付けたした言い訳だが、赤面する友真の頭を一臣は笑ってくしゃくしゃと撫でた。
「よし、じゃあそっちいくか」
「でもなー……ちょっとぐらい遊ばせたげてもええんとちゃうかなあ」
 友真が頭をなでられながら、呟いた。

 屋台が並ぶ一角を手分けして捜索するのは、神凪 宗(ja0435)と平山 尚幸(ja8488)。
 深窓の令嬢ならば、ジャンクフード系は物珍しく思うだろう。
 目につく出店で少し変わった物を見かけては、入手。
 尚幸は次々にそれらを胃に収める。
「ええもちろんガチで探してるんですよ……美味しい出店を……じゃなくて、池永真弓さんを」
 肉巻きおにぎりを食べ終えた尚幸は、取り出した煙草を咥え辺りを見回す。
 瞬間、その飄々とした表情がキュッと引き締まる。
「次の情報を得るために、あの美味しそうなでたこ焼き屋で聞き込みを……」
 いそいそと次なる店の攻略に向かう尚幸。
 宗は綿菓子、りんご飴、カルメラ焼、ドングリ飴……様々な駄菓子を取りそろえた。 
 雑踏を見渡せる休憩所に立ち、通りすぎる人々を観察する。
 そこにいかにも無防備な様子で辺りを見回しながら、黒髪の女がやってきた。
「どうした、何か探しものか?」
 宗は相手を警戒させないように注意しながら声をかける。
 女は小首を傾げ、何も答えない。その視線が、宗の手元に固定される。
「食べるか?」
 綿菓子を差し出すと、不思議そうに眺め、無防備に顔を突っ込んだ。自分と余り年が変わらないように見える女にはあり得ない行動だ。
「な……おい、大丈夫か?」
 黙々と綿菓子を食べる女の顔も髪も、砂糖の糸でべたべたである。
「しょうがないな、少しそこで待っていろ」
 濡らしたハンカチを持って宗が戻った頃には、女の姿はそこになかった。
 仕方なく連絡を入れると、ほどなくしてクリスティーナ、ニオと共に白川がやってきた。
「申し訳ない、白川殿。少し目を離した隙に消えてしまいました」
「いや、この辺りまで来たことが判っただけで助かる、有難う」
 クリスティーナがいつの間に入手したのか、焼きそばをもぐもぐ。
「おいしいものにつられてこの辺りにいるかもしれませんわね」
 つられたのはお前だ、と誰か全力で突っ込んで頂きたい。
 ニオはやっと当初の目的地に到着し、辺りをきょろきょろ見回していた。
「おいしそうなもの、見たこと無いもの、いっぱいっすー!」
 宗が思わず笑いながらドングリ飴を差し出すと、ニオは目をキラキラさせて受け取った。
「あぁ、やはり。良いものね――」
 喧騒の中、漂うように歩く凪が、その楽しそうな様子を見てそっと微笑んだ。
 学生達の生命力と熱が、冬に向かって動き出す空へ吹き上げるようだった。

 三善 千種(jb0872)と月居 愁也(ja6837)もその近くにいた。
「令嬢……って、逆に安くて美味い系につられたり?」
 いい匂いのする屋台や、女性好みの喫茶店を順に回っていく。
 千種は通りすがりの男子学生にあたる。
「こういう可愛いお嬢さんみませんでしたかぁ?」
 軽やかな踊るような足取り。令嬢より男子学生の興味は千種に向く。
「見かけたら連絡するからさ。ケータイ教えて?」
「あーありがと! 連絡はホストクラブ『ももばら』にちょうだいね☆」
 まあたぶん、その電話はかかって来ない。

 御守 陸(ja6074)は『ティータイム同好会』の仮装喫茶で執事の扮装で、ウェイターの担当中であった。
 店には店員、客問わず吸血鬼や王子、お姫様や動物の仮装をした人間が大勢。
 何故なら入店時のお約束――其れは、店員もお客さんも全員仮装を行うことであるからだ。
 自分を見つめる黒髪の女に気づき、陸は声をかける。
「いらっしゃいませっ。どうぞ楽しんでいってくださいっ」
 だが女は首をかしげる。
「随分とお若いのですね、どちらのお宅にお仕えなのです? こんなところにいておうちの方はお困りでは?」
 どうやら執事服に反応したらしい。
「えっと、これは仮装なんですよ。良かったらお客様も何か着てみますかー?」
 くじを引いた真弓は、猫耳と猫の尻尾をつけて着席。
「こちらのお宅の流儀ですか。面白う御座いますね」
 笑いながらも余りの忙しさに、その場を離れ走りまわることになる陸であった。
 アンナ・ファウスト(jb0012)は座る真弓をじっと見つめている。
「……ああ、あの人ですね」
 初めは余りの人混みに、たった一人を見つけることなど不可能だと思った。
「人混みは苦手なんですけどね……」
 だがたった一人を探すことを考えるより、偶然に期待する方が楽しそうだと発想を変えた。ついでに姉を探しながら歩き回り、疲れきって座り込んだ喫茶店のテラス席から、目的の人物を確認した。
 しかしアンナは、直接令嬢に接することはなかった。
 メモの番号に連絡を入れると、そのまま相手を観察する。
(何か、騒動を起こしてくれたら面白いんですけどね……)
 クールな表情の下で不穏なことを考えるアンナであった。
 
 虎綱は、何度も入る発見報告を整理している。
「ふむ、これだけ証言がありながら捕まらないということは……」
 既にどこかで倒れているのではないか?
 そう心配した虎綱だったが、ついにカフェで真弓の姿を発見した。
「へい! 彼女暇ならお茶しない?」
 まさかこれが不幸の始まりだったとは。
 にこやかに真弓の前の席に座りこみ、愛想よく声をかける。
「池永真弓殿とお見受けする。そろそろお疲れでござるかな? 白川殿が探しておられたでござるよ」
 携帯電話を取り出し、白川の番号を押そうとしたまさにその時。
「不埒な輩め、お嬢さんをどうするつもりだ?」
 肩に置かれた手の感触と同時に、耳元に囁かれる声。
 ウェイターと見紛う服装の一臣が、背後に回り込んでいた。
「当店のVIPに対する失礼、見過ごすわけにはいかないな」
 ごごごと紅蓮の炎を纏う愁也の笑顔が怖い。
「あーじゅりりーん、こっちこっちー! 池永ちゃん発見ーほめてほめてー」
 清世が適当に声を出す。
「誤解でござるよ!? 某は令嬢の探索に協力し……」
「え、あれ?」
 胸倉を掴みあげられた虎綱が見せるメモで漸く事情が伝わる。
「紛らわしい声のかけ方するから……」
 愁也が溜息をつきつつ、連絡をつけようと携帯を取り出す。
「あ、あれ? 真弓さんは?」
 真弓はまたも、いつの間にか姿を消している。
 一臣が何事かと駆けつけた陸に代金の立替を申し出て、その場はおさまった。
 おさまらなかったのは、取り残された虎綱だった。
 そう、事情があったとはいえ、女性にカフェで声をかけ、一緒にお茶を飲む。
 この光景を見られたしっと団団員の立場や如何に。
「誤解でござるーーーーー!!」
 絶叫を残し、何処かへと連れ去られていった虎綱のその後は、誰も知らない。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
 ぼんやりと座り込む女に、御影 蓮也(ja0709)が声をかけた。『戦術部』の喫茶室である。
「あ、申し訳ありません、少し休ませていただいております……」
「どうぞごゆっくり」
 蓮也は軽く会釈すると、厨房で携帯に送信された写真を思い返す。
 依頼を受けてから、ウェイターの傍ら何度も確認した。見間違うはずがない。
(間違いないな……疲れているようだし、ここで引き留めるか)
 必要な連絡を済ませた後、香り良く淹れたダージリンのカップを真弓の前に置いた。
「あら、有難うございます」
「お口に合えばいいのですが、どうぞ。ごゆっくりしていってくださいね。あちらにダーツゲームもありますので、興味があれば」
 せっかくの学園祭なんだから、来てくれた人には楽しい思い出にしてほしい。
 例えそれが見ず知らずの相手であっても……。
 蓮也の向けた微笑は優しかった。

●身柄確保
 風紀委員会、独立部隊――彼らは正規の風紀委員会ではない。
 だが規律を愛する心は正規の風紀委員に勝るとも劣らず。知恵と力を振り絞り、自主的に学園の平和維持のため日夜努力している。
 出店の裏方で携帯のメッセージを確認し、部長のイアン・J・アルビス(ja0084)がふっと息をもらす。
「さて、楽しそうにしてると来るかもしれないのですか。……怪盗ですかね……」
 文化祭の期間中、出店でのクイズ出題に喫茶の対応。忙しく走り回っていたイアンだったが、彼には裏の顔があった。
(目立ちたくないのだが仕方あるまい……人助けの為だからな)
 などと己に言い含め、しっかりいつもの衣装を装着。そう、その姿こそ。
「闇夜を貫く白い閃光! 怪盗ダークフーキーン見参!」
 仮面をつけたダークフーキーンは、高笑いを残し部室を出て行った。
 令嬢はあちらこちらで見かけられているのだが、いつも気が付くと姿を消している。
 ひょっとしたら自由な時間を楽しみたいのかもしれない。
 それならこの扮装で声をかければ、何かのイベントだと思うだろう。
(何か面白いゲームなどに惹かれているのではないだろうか……)
 ダークフーキーンは令嬢を探して軽やかに駆け回る。
 そこに蓮也から連絡が入った。
『真弓嬢発見。戦術部の喫茶店にて』
 駆けつけると果たして、慣れないダーツに興じる令嬢がいた。
 ダークフーキーンは恭しく近付くと、マントを翻し真弓の手を取る。
「さて、お嬢さん。よろしければ私と来ていただけないだろうか」
 あ、これもナンパじゃないよ、念の為。神出鬼没の怪盗は、お嬢さんをも入手するのだ。

 ダークフーキーンに連れられ、ホストクラブ『ももばら』に真弓が到着。
 他にも連絡を受け、次々と人が集まる。
「ミスター白川に連絡して差し上げなければなりませんね」
 遥久の呟きに、友真が反応する。
「あ、俺が連絡します!」
 携帯を手に、あれ、電波がー?等と言いつつ、友真は外に出た。愁也はその後ろ姿を見送る。
(友真も同じこと考えてたか……先生ごめん!)
 暫く適当な時間を潰し、友真は携帯を弄る。
(真弓さんかて、たまには遊びたいんやと思う……先生には悪いけど、ちょっとの間ゆっくり楽しませたげたいねん)
 友真が戻ると、真弓は上座にちょこんと座り、辺りを物珍しそうに見渡していた。
 周りを部員のホスト一同が固め、まさに逆ハーレム状態。
「あっチョコプリン……甘いもん好きー。いただきますー」
 嬉しげに頬張るも、一臣の視線に気づき我に帰る。
(しまった、俺も楽しませる側やった……)
「見習いやけど、美少年枠として頑張ります」
 キリと顔を作ると、そそくさと空いた食器を片づける。
 遥久が高く指を鳴らした。
「折角の文化祭です、楽しんでいただきましょう」
 その声に友真がマイクを掴んだ。
『鰹出汁タワー入りまっすー!』
 『ももばら』名物、鰹出汁タワー。美しく積み上げられたシャンパングラスに、何故か高級洋酒の代わりに淡い琥珀色の鰹出汁が注がれる。
 由来は定かではないが、その味わいの深さには定評がある……らしい。でも、出汁。
「これが噂の……頑張りますよー!」
 諏訪が目を輝かせ、アホ毛を揺らして張り切る。え、そんなに楽しみなのか、出汁。
 一臣が盛大にコール。それを愁也、清世が拍手で盛り上げる。
 \場を盛り上げる為ならば/\例え火の中、出汁の中/\一気に干すぜ、鰹出汁!/
 真弓は注がれる物が何かはいま一つ判っていないようだが、綺麗に流れて次々とグラスを満たしてゆく液体にすっかり見入っている。
「僭越ながら、合わせて一曲」
 自称アイドル陰陽師、千種がマイクを受け取り立ちあがった。
(さぁ、ホストを踏み台にして私が目立ちますよー!)
 本音を隠しつつ、明るく元気な歌で盛り上げる。
「「「かんぱーい」」」
 グラスが涼やかな音を立て、合わされる。
 千尋は諏訪をグラスを合わせ、思わず弾けるように笑いだす。だって、出汁。
「千尋ちゃん、文化祭デートどうだった?」
 愁也がそっと耳打ちするのに、先刻までの楽しいひとときを思い出す。赤面しているのが何よりの証だが、反射的にばちーんと愁也の肩を叩いた。
「来年も一緒に遊びましょうねー!」
 微笑む諏訪のグラス越しの視線に、同じようにグラスを掲げて答えた。
「ら、来年も一緒にまわりたいね!!」
 グラスを空けた遥久が、クールに感想を述べる。
「……出汁ですね」
 だから何故出汁なのか。未成年者でも安心なのは確かだが。
 真弓が周りを見渡し、不審そうに液体を嗅ぐ。やがてそっと飲み干した。
「……不思議な味がします。久遠ヶ原には面白い飲み物があるのですね」
 真弓がグラスを置くのとほぼ同時に、入り口のドアが開いた。
「ずいぶん探しましたよ、真弓さん」
 少し硬い表情の白川がそこに立っていた。対する真弓は、柔らかく微笑みを返す。
「あら……白川さん、ごきげんよう」
 胡散臭いほどの微笑が消えた普段と違う白川の表情に、学生達はざらつく違和感を感じ一瞬の間が訪れる。
「じゅりりんー!池永ちゃん見つけたのおにーさんたちー。ご褒美ちょーだいー」
 その違和感をぶっ飛ばし、清世が白川の背後から飛びついた。
「百々君!? ああ、それは勿論、後で……」
 思わず反応した白川を見て、ここぞとばかりにメンバーが色めき立つ。要は色々誤魔化した。
「先生も駆けつけ三杯やでー!」
 友真がグラスを差し出せば、愁也はどんぶり鉢を運んでくる。
「先生、サービスのうどんです! 良かったらどうぞ!」
「本日はお疲れ様でした、ミスター白川。宜しければチョコプリンもどうぞ」
 遥久が差し出したスプーンを反射的に咥えたところを、愁也がバッチリ写真に収めた。
 こうなってはシリアスも何もあった物ではない。
「先生、怒らんといてあげてなー」
「楽しみたいのはきっと、真弓さんも同じだと思うんです」
 友真と愁也に念押しされ、白川も観念した。
「安心したまえ、ただ彼女の身内の方が心配している。そろそろ連れて帰らなければならんのだ」
 白川がそう言って真弓に近づく。手を貸そうとすると、真弓は黙って両手を差しのべた。
「足が疲れましたの」
 片眉を器用に跳ね上げ、白川は黙って真弓を抱き上げる。
「では失礼。諸君には今日は本当に色々助けて貰った。お礼は改めてさせていただくよ」
 丁寧にドアを開けて見送る『ももばら』一同の前で、車に乗り込んだ二人は去って行った。

「……判っているでしょうが、皆に迷惑がかかります。余り勝手な行動は控えて頂きたい」
 ハンドルを握る白川の口調は、感情を押し殺したような響きだった。
 バックミラーの中の真弓は、ただ柔らかな微笑を湛える。
「あら、怒らないって御約束ではなかったかしら?」
「怒っている訳ではないことは、ご存じでしょう」
 真弓はそれには答えず、窓外に流れる久遠ヶ原学園の光景に目を遣った。
「皆様、とてもいい方ばかりでした」
「それは良かった」
 暫し無言の間。言葉を選ぶように、真弓が呟く。
「また、お会いする機会が、あるかしら」
 その問いは答えを得ることなく。ただ宙を舞い、消えた。

<了>


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Wizard・暮居 凪(ja0503)
 歴戦勇士・龍崎海(ja0565)
 オシャレでスマート・百々 清世(ja3082)
 世紀末愚か者伝説・虎綱・ガーフィールド(ja3547)
 冷徹に撃ち抜く・御守 陸(ja6074)
 輝く未来を月夜は渡る・月居 愁也(ja6837)
 蒼閃霆公の魂を継ぎし者・夜来野 遥久(ja6843)
 真愛しきすべてをこの手に・小野友真(ja6901)
 闇鍋に身を捧げし者・ニオ・ハスラー(ja9093)
重体: −
面白かった!:9人

守護司る魂の解放者・
イアン・J・アルビス(ja0084)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
何も怖くない(多分)・
市来 緋毬(ja0164)

大学部4年213組 女 鬼道忍軍
先駆けるモノ・
高虎 寧(ja0416)

大学部4年72組 女 鬼道忍軍
凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
命繋ぐ者・
神楽坂 紫苑(ja0526)

大学部9年41組 男 アストラルヴァンガード
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
幻の空に確かな星を・
御影 蓮也(ja0709)

大学部5年321組 男 ルインズブレイド
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
雄っぱいマイスター・
御手洗 紘人(ja2549)

大学部3年109組 男 ダアト
オシャレでスマート・
百々 清世(ja3082)

大学部8年97組 男 インフィルトレイター
世紀末愚か者伝説・
虎綱・ガーフィールド(ja3547)

大学部4年193組 男 鬼道忍軍
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
冷徹に撃ち抜く・
御守 陸(ja6074)

大学部1年132組 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
銀光鉄槌・
フィーネ・ヤフコ・シュペーナー(ja7905)

大学部7年165組 女 ディバインナイト
猛る魔弾・
平山 尚幸(ja8488)

大学部8年17組 男 インフィルトレイター
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
闇鍋に身を捧げし者・
ニオ・ハスラー(ja9093)

大学部1年74組 女 アストラルヴァンガード
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
翼の下の温かさ・
アンナ・ファウスト(jb0012)

高等部1年13組 女 ダアト
目指せアイドル始球式☆・
三善 千種(jb0872)

大学部2年63組 女 陰陽師
戦場を駆けし俊足の蒼竜・
雪風 時雨(jb1445)

大学部3年134組 男 バハムートテイマー