●Fase0
静寂に包みこまれた、封じられた都。
天界に支配されたこの地で一度でも刃を交えた撃退士なら、その静けさに却って不穏さを感じることだろう。
五条通を西へ。50人の撃退士集団が土埃を上げて駆ける。
町屋を背景にそびえ立つ、西洋風の石造りの砦。それが視界に入るまで、街はひたすら静かだった。
黒瓜 ソラ(
ja4311)がスコープ越しに、城壁を偵察する。
「ひとふたみよ……いつむぅ……なや……沢山、ですねぇ……」
言葉遊びのように数え上げるのは、骸骨兵士。弓を構え、城壁から撃退士達にうつろな眼窩を向けていた。その姿をカメラに収める。
「威力偵察ですからね……精々敵さんにとって嫌な奴になってやりますよぅ……」
瓦礫の陰で固定したライフルに身を伏せる。
ファイアレーベンが炎の筋を引きつつ塔から飛び立った。
先行の撃退士達による地上からの集中砲火を掻い潜り、投下する火球が降り注ぐ。
時折城壁から延びる青い炎は、サブラヒナイトの放つ鬼火の矢か。
「……始まったか」
カルム・カーセス(
ja0429)が光信機の具合をチェックする。
『OK、感度良好。問題なし』
別班の中山律紀(jz0021)が応答した。
今回の作戦は余りにも不確定要素が多い。全体の状況を把握することが必須となるだろう。
最前線に立つ自分達には感知しえない情報を得る手段が必要だ。
「増援に回り込まれて挟撃って事もあるかもだ。ま、心配し過ぎかもしれねえが」
カルムが光信機の向こうの律紀に依頼する。
「そっちで何かあれば知らせてくれ。あと、他2隊でも妙な動きの敵が居れば連絡頼むぜ」
『判った、注意しておくね。何かあったらすぐに連絡するよ』
「周辺警戒は、B班さんに頑張ってもらわなな」
小野友真(
ja6901)は、苦い思いを蘇らせる。
「二度目の偵察、か……今回はもっと上手くやりたいもんやな」
以前の作戦に参加したときは、仲間に瀕死の重傷を負わせてしまった。
(もう二度と、あんな思いはしたないねん……折角の機会やし、勉強させて貰います、ね!)
今回は同じジョブのメンバーが多い。その立ち回りも、敵の姿も、あらゆるものを経験として吸収して見せる。
砦を睨む瞳に、普段は見せない鋭さが宿った。
御堂・玲獅(
ja0388)は屈みこんでチョークで×印をつけている。
他2隊が引きつけているせいもあるだろうが、現時点では砦からの攻撃はない。
持参したミシン糸や紙テープを周囲の建物や瓦礫の間を縫って仕掛けてみたが、街中には小物サーバントの1体も見当たらなかった。
「籠城戦、ですか。厄介ですね……まさに虎穴に入らねば虎児を得られないのですね」
「こけつにいらずんば……こけつってなんだろう?」
雪室 チルル(
ja0220)が腕組みして首を傾げた。
「ぼけつとかほけつとかとは違うことは確かだよぅ」
「えっ? えっ?」
ソラが真面目な顔で混ぜっ返すと、チルルは一層混乱する。
「虎の巣穴の事ですねー。虎の子っていうぐらいですし、虎の子供は貴重だったんでしょうねー」
澄野・絣(
ja1044)が何処か危機感のない口調で答える。
それは、すべらかな黒髪をひとつに束ね、和装にきりりと襷掛けた姿と好対照であった。
「えー、虎の赤ちゃんどうしちゃったんでしょう。かわいそうですよね」
まるで自分が誘拐されるかのように、若菜 白兎(
ja2109)がシルバータージェの陰で身を震わせる。
「例え話やからな〜ほんまにさらったかどうかわからへんて」
友真が小動物のように縮こまる白兎の頭に軽くぽふんと手を置き、落ちつかせてやる。
●Fase1
律紀からの連絡が入った。
『そろそろこっちは出るよ。城門は任せた』
カルムが振り向き、ほんの僅か口の端を上げ不敵な笑みを浮かべる。
「んじゃ、行くとするかね。邪魔なデカ物に一発ぶち込みにな」
煙草を揉み消し、平山 尚幸(
ja8488)が立ち上がる。
「ああ、早くすませてゆっくりしたいな」
その淡々とした言葉からは、煙草によって抑えられていた衝動が身の内に滾りつつあることは窺えなかった。
(厄介なのはファイアレーベンとサブラヒナイトだな……)
アサルトライフルの引金の感触を求め、所在無げに折り曲げられる指。意識は周囲の敵の気配を探る。
魔法書を手にした絣が進み出た。砦への距離を計る。
「今の私の最大射程はこの程度ですねー」
B班が城壁上の敵に攻撃を続けている為、まだ今のところ狙いを定める余裕があった。
すっくと立つ絣の手元の魔法書から光が溢れ、輝く翼が突進した。
響く轟音。固唾を飲んで見守る撃退士の目前で、城門はほんの僅かに震えたようだった。
宣戦布告に、城壁上のサーバント達の動きが変わる。
無反動砲での攻撃には何ら反応を示さなかった敵が動いた。V兵器による攻撃は多少なりとも影響を与えられるということかもしれない。
絣は続けてもう一撃を叩き込む。
再び轟音。そして城壁上からの攻撃の矛先は、明らかに狙いを変えた。
降り注ぐ弓矢が一瞬途切れると、蒼炎の矢が絣を狙って放たれる。
「来ると思っていましたよ」
玲獅がランタンシールドを構え、絣の前に躍り出る。サブラヒナイトの射程内に入れば、魔法の矢が襲ってくることは判っていた。青い炎が楯に弾かれ、残光を散らし消滅する。
「お互いに接近し過ぎるな、纏めてやられるぞ!」
カルムの声が響く。
ほぼ同時に、業火が地を舐めた。
2体の怪鳥が飛来したのだ。身体の大きなファイアレーベンは、余り高く飛ぶことはできない。大きな翼をグライダーのように広げ、地上からの攻撃を物ともせず突っ込んでくる。
城壁からの攻撃が届かぬ所にいる人間共を、自らを犠牲にしても焼き尽くさんとするかのようだった。
激しい炎に晒された表皮は強張り、破れ、血を噴き出す。
「前に出すぎるな、城壁から射られる!」
視界を染める赤よりも赤黒い霧を漂わせた尚幸が、声を上げる。
仲間を誤射しないようセミオートに設定したアサルトライフルを炎纏う猛禽に連射。赤黒い軌跡を描く弾丸が、ファイアレーベンの身体に吸い込まれていく。
ソラは危うく遠のきそうになる意識を鼓舞し、気力でライフル構え直し銃口を空に向けた。
「……ボクは儚いんで、全力で抵抗しますよ! ダストトゥダスト……くたばれバカ鳥」
猛火に炙られた皮膚から血を滴らせながら、ソラの瞳は熱を反転したかのように冷たく冴えていた。白銀の髪が、ジワリと滲み出る黒に浸食され、明暗に染め分けられる。
己の心が囁く、敵への負の感情。凍えそうな程に冷たいその声に耳を傾けると、冥魔の気を纏った弾丸がファイアレーベンの首を吹き飛ばす。
炎を撒き散らしながら、怪鳥はそのまま落下してゆく。
「もろたでぇ!」
友真の瞳の赤が、燃え上がるような光を放つ。
血に濡れて引金の上で滑る指をなだめ、必中の一撃。胸を貫かれたファイアレーベンは中空で仰け反ると、そのまま砦の中へと墜ちて行った。
他班からの攻撃も受けていたのだろう、上空に炎の怪鳥の姿はもう見られなかった。
「だいじょうぶですか? すぐに手当てしますね」
白兎が自分の負った傷も忘れ、重傷のソラに手をかざす。星を思わせる淡青色の光のシャワーがやさしく降り注ぎ、傷を癒していく。
「御堂せんぱい、そちらはどうですか?」
「一先ずは怪我の酷い方を優先しましょう……スキルを使いきるのは避けなければ」
玲獅が唇を噛む。
散開していた為に全員が負傷することは避けられたが、それでもこの惨状である。
このまま突っ込んでどこまで耐えられるのか。
だが、行ける所までは行くと決めた。いつも通りの冷静な声で告げる。
「ファイアレーベン撃退により、第一フェーズ終了。第二フェーズに移行します」
●Fase2
ファイアレーベンが墜ちたためか、城壁上のサーバントの数が目に見えて増えた。
弓を引き絞る骸骨兵士がずらりと居並び、絶え間なく矢の雨を降らせる。
城門のすぐ真上では一体のサブラヒナイトが立ち、群がる撃退士達を睥睨していた。
「さて、どんなもんか見せてもらおうか」
カルムの眼が城門を見据える。
「何が効くとか分かるといいんやけどね」
デジタルカメラを動画撮影モードのまま起動させ、友真が首に下げた。
多少ぶれようとも、撮られた映像は貴重な資料となるはずだ。
友真の全身が仄暗い影を纏う。意識を集中すると、銃を構えた両腕に金色の輝き。
それが一際輝くと光を纏う弾丸が城門に吸い込まれていった。
「効いてる感じか? じゃあ俺も最大火力でいくぜ。……つーか、それで傷一つ付かないとかだと流石に凹むんだが」
魔法書を開くと、発する雷光にカルムの面が浮かび上がる。
「あ、悪ぃが城門に専念するんで、出来れば援護ヨロシクだ」
「お任せください。そちらには一矢も向けさせません」
光り輝く裁きのロザリオを手に、玲獅が答えた。
言葉の通り、翳す十字架から迸る光の矢が、城壁の上の骸骨兵士に向かって確実に撃ち込まれる。
「よし、任せた」
己の中の力を引き出すように、意識を研ぎ澄ます。
溜めに溜めた魔法の雷光が放たれ、辺りに火花を散らす。
「あたいの一撃で門を吹き飛ばすんだから!」
そのすぐ傍らで、チルルが自分の身長よりも長い大剣を構えた。氷を思わせる白い冴えた光が刀身を輝かせ、その切っ先で大きく膨れ上がる。
「いっけー!」
振り抜いた剣から吹きつける猛吹雪。氷砲『ブリザードキャノン』は煌めく氷の欠片を振り撒き、城門を直撃した。
僅かに、だが確かに、城門は轟音と共に震えた。
「効いているみたいですねー。ではここからは、使い慣れてる弓ですよー」
傷の癒えた絣が、魔法書を長大な和弓に持ち替える。
満月のように引き絞られた弓は、ひょおと音を立てて城門に突き立つ。またも振動する城門。
連続して叩き込まれる、惜しみない火力。
目に見える変化はほんの僅かだが、一撃ごとに扉の隙間が開かれてゆく。
それをサーバント達が黙って見過ごすはずもない。
最も効果的な的を選ぶように矢を番えたサブラヒナイトが、ギリギリと弓に力を籠める。
「あぶないのです……!」
シルバータージェをツヴァイハンダーに替えた白兎が、温存しておいたシールドスキルで蒼炎の矢を受け止める。防御に秀でた白兎とはいえ、一歩間違えば大怪我をする危険な賭けだった。
「いいぞ、そのままだ」
サブラヒナイトの意識が白兎に向いているのを確認し、尚幸が躍り出る。
放つのは魔弾・『喰』の一撃。
獰猛な獣のように襲い掛かる赤黒い炎が、サブラヒナイトの鎧の肩口を抉る。
「ふ、はは、食らえ、食らえ……!」
尚幸の意識にはもう、己自身と鎧武者しか存在しなかった。
骸骨兵士の矢がその頬を掠めても、まるで気にする様子もなく引金を引き続ける。
ただただ、銃弾を撃ち込む。その瞬間に銃から伝わる振動だけが、世界の全て。
サブラヒナイトと対峙する尚幸の姿を、ソラはスコープ越しに確認した。
痛手を食らいながらも、青く輝く危険な矢を放とうと構える鎧武者に照準を合わせる。
「ショッギョムッジョ……天魔殺すべし……慈悲は無い。サツバツ!」
歌うように呟くと、苛烈な一撃。
確かにそれは相手の脇を掠め、踏鞴を踏むようにサブラヒナイトの巨体が揺れた。
●Fase3
城門が軋む音は、一撃ごとに強くなっている。
あともう少しで破壊も不可能ではないように思えた。
かといって時間が無限にあるわけでもない。城門攻撃にメンバーを割いたため、サブラヒナイトへの対応で尚幸と白兎の負傷が蓄積していた。
惜しみなく使ったため、それぞれの攻撃スキルも限界に近付いている。ここで新たな強敵が現れては対応しきれないかもしれない。
玲獅の脳裏には、かつて遭遇した厄介な敵の記憶が蘇っていた。
(ここで襲われては余りにも不利ですね)
「サブラヒナイトの行動停止確認。第三フェーズに移行します」
玲獅の声が鋭く響く。
それと同時に、長射程兵器を持つ者の攻撃対象が、城壁上のサーバントに移る。
浴びせられる猛攻に骸骨兵士達が一体、また一体と倒れて消える。
「無理はすんなよ?」
カルムがチルルに『ウィンドウォール』をかけた。風の加護が、暫くその身を護るようにと。
「大丈夫! あたいに任せといて!」
怯む気配すら見えないチルルの笑顔がそれに答えた。そしてすぐに玲獅と頷き合う。
玲獅が素早くアルジャンシェーヌの鎖を城壁の上に向かって投げた。強く引くと、城壁に食い込んだ十字架の分銅が固定される。
それを確かめ、ほぼ垂直の壁を鎖を頼りにチルルが登りきった。
「やったわ! あたいが一番乗りよ!」
転がる骸骨兵士の残骸を踏みつけ、誇らしげに叫んだチルルはその瞬間、息を飲む。
城壁の向こう側に見えたのは、高い塔。そして……。
「こっちがおるす、なのですよー!」
チルルに敵の意識を向けまいと、わざと大音響を立てて白兎が城門にツヴァイハンダーを叩き込む。
その一撃に城門の閂が砕けるのと、チルルの叫び声が響くのはほぼ同時だった。
「だめーーー!」
チルルの見たのは、城門前に整列したサーバントの群れ。ケルベロスが開く城門を睨みつけ、イフリートが猛る炎を噴き出していた。その他にも溢れんばかりの敵、敵、敵。
顔を上げると、新手の鎧武者が城壁に佇みこちらに弓を向けていた。
「危ない、チルルちゃん早う降りて!」
友真が数を増す骸骨兵士の矢を浴びながらも、援護に回り込む。
そこに律紀からの連絡が届いた。
冷静な、だが隠しきれない緊迫感が伝わる声が、懸念していた出来事の到来を告げる。
『カルムさん、増援だ。要塞の外壁に沿って現れた。牽制2班が対応してるけど、余り長い時間は無理だ。俺達が引き次第撤退してもらうよ』
「判った、そろそろ潮時だな」
カルムが通信の内容を皆に知らせる。
ソラの銃弾が、城壁めがけて撃ち込まれた。
「潮時ですね! はやくこっちに! 援護しますよ!」
「多少注意を外らすくらいは出来るだろ」
カルムは発煙筒に点火し、城門へ向かって思い切り放り投げた。光と煙の向こうに、蠢くモノ達。
白兎と友真、チルルが転がるように走って来た。
「なんかいっぱいいました! びっくりしたのです!」
「中の様子はばっちり撮れたわよ! ……たぶん?」
万一写真が駄目でも、視認情報の報告はできる。それだけでも大きな収穫だ。
殿を護りつつ、尚幸と絣、玲獅も引き上げてくる。
「さんじゅーろっけーとんずらどろん! あいるびーばぁっく!」
銃を肩に担いで、ソラが勢いよく立ちあがった。
だが、城門からサーバント達が出てくることはなかった。
敵は、その凶悪な牙を研ぎ澄まし、有利な陣地で待ち構えるつもりなのだ。
「京都を解放するのには、あそこに乗りこんであいつらを倒さなあかんのやな……」
煙の向こうに霞む砦を、友真は決意を籠めて見つめた。
<了>