●巨大蟹出現
そのディアボロは、情報通りに巨大な蟹そのものだった。
「わぁ、ほんとに大きいカニ、ボク、大阪行った時にも見た事有るよ」
犬乃 さんぽ(
ja1272)が感心したように呟いた。
某外食チェーンの看板を思い浮かべ、テーマソングを口ずさむ。
ちなみに目前のディアボロは、その看板よりまだ大きい。
「巨大ズワイガニっていったら私も大阪がお約束だと思ってたんですけどね?」
神林 智(
ja0459)も同じものを思い浮かべたようだ。
(ここも京都なんですね……京都に依頼で来るのは2度めかな)
ふと春の頃を思い出す。
あれが初めての実戦で、結局みんなの影に隠れているしかなくて。大して役に立てなかったっけ……。
「なんて言ってる場合じゃない、早く皆さんを助けないと!」
智は自分を鼓舞するように、言葉に出した。
時駆 白兎(
jb0657)はディアボロをちらりと見た後、その前後に威容を晒す護衛艦を値踏みする。
「ふむ、ただでさえ金が掛かる護衛艦に損害を与えようとは……総被害額を考えるだけで嫌になりますね」
小学生ながらもその辺りの大人が到底及ばない経済観念でもって、白兎は依頼の重要度を推し量る。
「万一のことがあれば人的損害も馬鹿になりません、手早く片付けましょう」
自衛隊の撃退士部隊と簡単な打ち合わせを済ませると、早速行動に移る。
ディアボロが逃亡しないよう、阻霊符は使用済みである。つまりディアボロは、前後を護衛艦に挟まれた状態だ。
逃亡するとすれば、護衛艦を破壊しない限り桟橋を移動することになるだろう。そこでディアボロを左右から挟撃し叩く作戦となる。
桟橋の陸地側はともかく、海側は急ぎ展開する必要があった。
「硬い蟹さんか。弱い場所見つけてなんとかしないとかな?」
猫耳に猫の尻尾装備の猫野・宮子(
ja0024)が腕組みする。これが彼女の戦闘スタイルだ。
「とにかく…魔法少女マジカル♪ みゃーこ出陣するにゃ♪」
離れた岸壁から、海面にジャンプ。煽られたスカートがひらりと広がるが、中にはスクール水着装備で問題なし。
そのまま波間に水しぶきをあげて飛び込むかと思われた宮子は、すっくと立つ。これぞ鬼道忍軍の誇る水上歩行の見せ場だ。
「ボクも行くよ! みんなが困ってるのを、正義のニンジャとしては放っておけないもん!」
続いて海面に飛びおりたさんぽも、宮子と共に水上を駆けてゆく。
自衛隊の救護班が、一般人を誘導するために護衛艦に乗りこむことになった。智はそのボートで護衛艦の傍まで連れて行って貰う。
が、その間にもディアボロは横歩きで行きつ戻りつしている。自衛隊の撃退士部隊がなんとか進行方向を押さえているが、いつ突っ切るか判らない状態だ。
「まぁ、見た目はともあれ……ですね」
佐藤 としお(
ja2489)の表情が一瞬硬くなる。相手は一見蟹だが、凶暴なディアボロであることに違いはない。のんびりしている暇はなさそうだ。
「本当にやるのか?」
翡翠 龍斗(
ja7594)が声をかける。飽くまでも淡々とした口調だ。振り向くとしおが笑顔を見せる。
「うん、一番早そうだしね。お願いするよ」
「着地までは、責任取らないからな」
二人が駆け出す。ディアボロとの距離を図りつつ、接近。
そこで龍斗の身体を無数の光軌のように竜が取り巻いたかと思うと、それが集まり一頭の巨大な竜となる。と同時に、アウルの力が臨界点に達する。
組んだ両手にとしおが足をかけると、龍斗は力任せに放り投げた。
その行方を見届けるより先に、龍斗は戦斧を構える。
三神 美佳(
ja1395)がヘッドセットに呼びかけた。相手は智だ。
「あの、あの、もう大丈夫でしょうか?」
『もうすぐ着岸するわ! 大丈夫!』
「神林さんも、だいじょうぶみたい、です!」
美佳が精いっぱいの声を張り上げる。
「時は金なり。真実です」
白兎の周囲に、無数の白い光が表れる。一つ一つが明確になるとそれが召喚陣を描いていることが判る。それらが集まると、後方に鱗を鈍い青に輝かせるストレイシオンが出現。同時に青い燐光が、四人を包む。ストレイシオンの防護結界が発動したのだ。
紫色の輝きが御幸浜 霧(
ja0751)を包むと、車椅子を置いて立ち上がる。
「カタギのお人が危害を受けるのを見過ごすわけにはいきません。早いところタマ取ってやりましょう」
あくまでも上品な物腰だが、言葉はちょっと何かが色々漏れている。尤もこれは彼女が眼の前の敵に対し、真剣である証なのだ。
「時駆殿、翡翠様、ご武運を」
霧は二人に『聖なる刻印』を施す。ディアボロの及ぼす悪影響を少しでも遠ざけるようにと。
龍斗は静かな眼差しでそれに答えた。霧と共に駆け出す。
「どれほど硬いのかは知らんが。天魔、お前という悪夢を終わらせる」
黄金色の軌跡を描く戦斧の一撃が、ディアボロの脚を狙って叩き込まれた。敵は僅かに移動し、それを硬い表皮で受け止める。
すぐに大きな鋏が龍斗を狙って振り下ろされるが、重い分だけ狙いが甘い。召喚獣の防御陣が効果を発揮し、直撃を免れた龍斗にとっては大きな負傷とはならなかった。
龍斗は身体を捻りながら、敵を観察する。
「成程、全く無傷という訳ではないな」
甲羅に当たる部分や鋏には、新しい傷が無数に見えたのだ。おそらく自衛隊の撃退士達の攻撃でついたものだろう。
となれば、攻撃を集中させるのみ。
霧が頷く。杖から迸る雷光が敵の身体を支える脚の関節を狙って放たれた。だが右に左に動くことを止めないディアボロの細い関節を確実に仕留めるのは至難の業だった。
「これが効けばいいのですが……!」
美佳の魔法書が光を放つ。そこから生じた炎の塊が真っ直ぐディアボロに向かう。硬い甲羅は光を散らした。大きなダメージが与えられた様子はない。が、元よりそれは予想のうちだ。『フレイムシュート』の効果は敵の動きを制限すること。
苛立ったように海側へ移動するディアボロの動きが、ほんの僅か、緩慢になったように見えた。
白兎が手を振ると、ストレイシオンが進み出る。稲光を放つ光球がディアボロに向かって放出されると、その甲羅に焼け焦げのような跡が残った。
ディアボロはその攻撃と、大きさに気を取られ、ストレイシオンを敵と見定め鋏を振り上げる。
「係船柱や係留索を壊さないようにお気を付け下さい」
霧が鋭く声をかけストレイシオンの背後に回り込む。そろそろストレイシオンの召喚時間が切れる。桟橋の機能が壊滅的に破壊されるのは避けるべきだ。
●水際にて
一方、ディアボロを挟んだ海側では。
龍斗に放り投げられたとしおの身体は宙を舞い、ディアボロの上で頂点となる放物線を描いて落ちる。固い桟橋の上で膝を使って衝撃を吸収し、着地。そのまま受け身の体勢で転がると、なんとか立ち上がった。
そこにさんぽと宮子が、海面を蹴って桟橋に飛び上がる。
「おまたせっ!」
桟橋の下に寄せられたボートから、智も合流。海側班も戦闘態勢が整う。
先に攻撃に移った陸側の動きに合わせ、到着時点よりもディアボロの位置はこちらに近づいているが、まだ逃げる気配はない。今はとりあえず、目前のストレイシオンの大きさに気を取られているようだ。
宮子がクロスファイアを手に、挨拶代わりに連射を撃ち込む。だが敵は全く動じる様子がない。
「本当に甲羅の所は固いみたいにゃね……どこか攻撃が通る場所見つけないとやってられないにゃ」
呆れたような言葉が漏れる。
「見た目が蟹だし、同じように弱い場所がありそうなんだけどにゃ? ……あの目なら攻撃通るかにゃ?」
甲羅の前についた、黒く丸い二つの目。
「にゅ、攻撃に気を取られてる今なら…マジカル♪ 目潰しにゃ!」
当たっていれば、おそらく大ダメージとなっただろう一撃。だが大きな鋏がその小さな目をしっかりとガードしていた。
「にゃー、当たらないのにゃ」
相手の大きさの割に、狙いが小さすぎるのだ。
そこに美佳の連絡が入り、ディアボロは硬いが全く攻撃を受け付けない訳ではないことが報告される。
「それなら、これでどうだ!」
としおが眼鏡をはずし、上空に投げる。攻撃開始の合図だ。
落ちてきた眼鏡はアサルトライフルに姿を変え、敏夫の腕に収まった。
即座に『アシッドショット』が放たれる。狙い澄ました一撃だったが、上下に蠢く鋏と脚が邪魔で、上手く当たらない。二発が無駄になり、残る一弾。
だがとしおは焦る気持ちを抑え、敢えて軽口をきいてみせる。
「ヒーローの必殺技は、最後に決まるものだからね」
息詰まるような集中力。銃口を離れたアウルの弾丸は、言葉通りに見事鋏の関節に吸い込まれていった。さしもの防御力を誇るディアボロとはいえ、急所を貫かれてはたまらない。目に見えて鋏の振りが乱れてくる。
「これ以上ここで好き勝手にはさせないもんね」
さんぽが召炎霊符を取り出し、印を結ぶ。
「いくよっフレイムシュリケーン!」
炎の塊が、としおのつけた傷を狙って襲い掛かった。
腐食の効果は徐々にディアボロの身体を傷めつけつつあるはずだ。
ディアボロは両側から攻撃を受け、桟橋の上に身を沈める。
「何か変です!」
としおが叫ぶ。と同時に、鋏でガードされたディアボロの口と思しき部分から、細かな泡が噴き出した。所謂カニの泡と違うのは、その噴出が急で大量だったことだろう。
接近していたさんぽと宮子は、その泡を素早く避ける。
「そんなのニンジャにはきかないよ!」
「うにに! こっちに意識向いてる隙に攻撃撃ちこむにゃー!」
宮子が『迅雷』の爆発的な推進力で最接近すると、体液が流れる鋏の根元を狙って銃弾を撃ち込む。同時に甲羅を足場に反転、距離をとる。
さんぽは霊符を手に、叫んだ。
「みんな、今奴の動きを封じるよ……幻光雷鳴レッド☆ライトニング! 大ガニだってパラライズ★」
真紅の魔砲忍法による雷光に打たれたディアボロは、その場で痙攣したように長い脚をひくつかせる。上手く麻痺状態に持ち込んだ。
●硬さ故
撃退士達の猛攻を、召喚獣の攻撃を食らい、ディアボロの甲羅の一部分が白っぽく変色している。
自衛隊の撃退士達も、護衛艦の上から同じ場所を狙ってくれていた。
「よし、崩れたな」
龍斗が言葉にした通り、さしもの頑強な甲羅にも目に見える程の亀裂が走った。
戦斧に替えて狙撃銃を手にする。
「文字通りの魔弾だ。有り難く受け取れ」
至近距離からの魔弾は、ディアボロの柔らかい身を内から引き裂いた。硬い甲羅が仇となり、一撃が数発分のダメージとなる。
たまらずディアボロが海へ向かって逃げ出す。足止めの効果もここまでだった。
「チャチな変異体の分際で、どこへ行こうというのですか」
霧が回り込み、振り翳す鋏を楯に受けながら、あらわになった肉を裂く。それでも尚、死に物狂いのディアボロは走り続ける。
「まったく、効率が悪いな」
白兎が全速で後を追う。ディアボロと並走しながら、その前方に蒼白い煙を纏うスレイプニルを高速召喚。チャージラッシュを命じると、勇猛なスレイプニルは躊躇うことなく重い身体を敵にぶつける。
さしもの巨蟹も行く手を阻まれ、動きを止める。
その背後で智がクレイモアを握りしめる。普段の穏やかな表情はなりを潜め、その目に宿るのは強い意志。
(場所は違っても、今も頑張ってる人たちがいる。撃退士も、一般の人達も。だったら、私だって……)
智の剣が光を帯びる。『滅光』の効果で、その光はディアボロに相対する物となる。
「役に立たないわけにいくもんですか!」
飛び出すとディアボロの脚に剣を絡ませ、体重を乗せて関節を力いっぱいあらぬ方向へ踏みつける。そのまま足場とし、開いた傷口に剣を突き立てた。たまらずディアボロが、脇を締めるように鋏を引き寄せ、智を挟みこんだ。
「!!」
「お前の相手は、ボクだっ!」
名乗りを上げたさんぽの全身が光り輝く。いやでも目がそちらに行ってしまう、恐るべきニンジャアイドルパワー。
魅了された訳ではないだろうが、ディアボロが一瞬さんぽに気を取られる。
「神林さん、少し伏せててください!」
その隙にとしおが味方の開けた甲羅の穴を狙って、『スターショット』を放った。
智を離したディアボロは、その鋏をとしおに打ち下ろす。互いに相反するカオスレートの痛撃。
だがすで巨蟹は内も外もボロボロだった。ただひたすら敗走の体勢に入った無防備な敵。
「マジカル☆ニンジャアクス、クロックアップ!」
霊符を戦斧に替えたさんぽが、激しい一撃を撃ち込む。
「ターゲット・インサイト……デット・エンド・シュート! もう足掻く必要は無い」
龍斗が静かに撃ち込んだ魔弾に、ついにディアボロは活動を止めた。
「天魔、俺に……いや、俺たちに出会った不幸を呪え」
身に纏う光がすうっと鎮まる。
先程まで暴れていたディアボロも、倒れてみればいかにも蟹だった。
(今まで依頼で相対した敵がアメフラシ、狼男、恐竜、巨大蟹……私はいつから珍獣ハンターになったのかしら?)
智は思わずかくりと、首を傾けた。だがそれは人に害なす敵を討伐してきた智の歴史だ。
宮子も同じように倒れたディアボロを見つめている。
「ん、何か蟹が食べたくなった来たよ……今日の晩御飯は蟹に決定かな」
海産物センターに寄ってから帰ることにする。
光纏を解いた霧が、愛用の車椅子に落ち着き、ほう、と溜息をついた。
顔を上げると、鉄の威容が目に入る。迷いながらも事後処理中の自衛隊の撃退士部隊に声をかけた。
「その、もしご迷惑でなければなのですが。護衛艦の中を見学などは出来ないのでしょうか?」
遠慮がちに尋ねると、小隊長が相好を崩した。
「勿論歓迎するとも」
誘導されて、タラップへ向かう。同時に、号令。
見事に一定間隔に並んだ白い制服の列が、一斉に撃退士達に向かって敬礼した。
「すごいですね、ちょっと照れ臭いですけど」
霧の車椅子を押すとしおが、そう言って笑った。
<了>