▼みんな集まれ
玄関ドアが勢い良く開くと、山本若菜の笑顔があった。
「いらっしゃーい! あがってあがって!」
「お邪魔します。あ、これよかったらどうぞ」
大きな鞄を肩にかけた虎落 九朗(
jb0008)が、オレンジと黒でラッピングされた包みを差し出した。
「わあ、ありがとう! 開けてもいい?」
中身の南瓜クッキーに若菜が歓声を上げる。
「こんにちは、お先にお邪魔しています」
奥から大八木 梨香(jz0061)がティーポットを手に現れる。
ひとしきり飲み物などが行き渡ったところで、それぞれが若菜に指定されたサイトへアクセス。
「みんな今日は宜しくね! 基本登録はスタッフIDで済んでるから、早速アバター作ってみて」
「よーし、不届き者なんて見つけたらすぐ通報してやるー」
星空 魅蘭(
ja9632)がはりきってスマホを手にする。
が、実は魅蘭もハロウィンのなんたるかを正確には判っていない。
(まいっか。梨香ちゃんの隣にいて皆にハロウィンの楽しみ方を教えてもらおーっ)
素知らぬふりをして座りこむ。
その近くで無言でスマホを操作する穂原多門(
ja0895)も、同様だった。
(……ハロウィンの楽しみ方か……実は俺も良く解ってない部分があるのだが、共に学ぶつもりでがんばるとするか)
身体の大きな多門が手にすると、スマホが小さく見える。
(楽しいひと時を乱す者を放置するわけにはゆかぬか、取り締まりに尽力しよう)
ハロウィンパーティーに参加するというには余りに生真面目な表情で、黙々と画面に向かう。
蒼井 御子(
jb0655)がうきうきとした様子で、テーブルのお菓子に手を伸ばした。
「トリック オア トリート! うんうん、このイベントの時だけはこの見た目に感謝、だねっ!」
一見とても高3には見えない御子が、クッキーを片手に説明を始める。
「あ、大八木さんに一応説明しておくね。ちょいと勉強したことあるしっ
ハロウィンっていうのはね、もともとはケルトの人が10月31日にやっていたお祭りというよりも、お化け対策のイベント、だね」
「お化けを祀るのですか……やっぱり地蔵ぼ」
違う違う、と全員が首を振る。
「子供達をお化けに仮装させて、お化けのする災いの再現として、お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ! なんて話になったわけだねー。お菓子をあげる事を食べ物を供える事、なんて考えるとこっちっぽいかな? お供えしないと祟るぞ、ってね」
またちょっと地蔵盆に近くなってきた感じもするが、それは置くとして。
「で、そういうイベントを発展させたのが今のハロウィン、だね。どっちかというと仮装の方がメインになってる感じかな。ホラ、仮装なら誰だってやれるお祭り、だしねー」
「なるほど、それでお化けの格好。ではどちらかというとなまはg」
「いい加減にしろ」
若菜のツッコミと共に、購買の支給品とは違う小さなピコハンがピコンと音を立てた。
その間も柴島 華桜璃(
ja0797)は、何やら唸りながら画面を操作している。
「う〜ん、ん〜……違うな〜、う〜んう〜ん……」
若菜が大丈夫かと声をかけると、顔を上げて人懐こい笑顔を向けた。
「ん〜、何かいろいろ考えると時間がいっぱいかかりそうだし、あたしそっくりなのを作ったら良いよね〜」
「おけおけ。何か判らなかったら聞いてねー」
「SNSって、やった事無かったから興味あったんですよね〜♪ 一人だとちょっと不安だったけど、みんながいたら大丈夫かな〜って。ふうっ、これで良いかな」
いい仕事した! という笑顔で華桜璃が満足そうにつぶやく。
一方で雪成 藤花(
ja0292)はスマホを手に思案顔。
(アバターはどれも可愛いのですけれどね……)
折角のハロウィンだから楽しまなければ損。でもアバターでのチャットは余り慣れていないので、やや苦手意識も。
しかも今回は不届者のお仕置きという役割がある。単に好みのアバターを作ればいいというのではないかもしれない。
そんなことを考えながら画面を見ていて、藤花は視線を感じた。
ふと目を上げると、姫路 眞央(
ja8399)の切れ長の瞳がじっとこちらを伺っている。
怖いものに遭遇した子猫のようにびくっと身体を震わせて、藤花は慌ててまた顔を伏せた。
(姫路さん……の敵、の関係者は敵、なのでしょうか……)
「とっとちゃん、どうしたの?」
桐生 直哉(
ja3043)が藤花の様子をいぶかしんで声をかける。
「い、いえ、なんでもないです」
藤花はそう言いながらも、直哉を楯に眞央の視線を遮る位置に移動した。
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、眞央は自分のアバター作成に取り掛かる。
「登録名、ほむら、と……」
黒髪ロングツインテールに、長い睫毛の猫のような大きな瞳。
ミニのゴシックロリータ風ワンピースに横縞オーバーニーソックスを合わせ、萌えの絶対領域確保。
色合いは黒と橙基調でハロウィンらしく、背中にファンシーな悪魔の羽がピコピコ動く。
「ああ……私の娘はいつ見ても可愛いな」
愉悦の表情を浮かべる30代。しかも娘じゃなくて実は息子らしい。
なにげにこの人が不届き者に限りなく近い気がする。
その可愛い娘を自分から奪った男(※誤解)を思い出し、眞央はもう一人の監視対象に目を向けた。
奴の友人という情報の……
「ちがーう、そうじゃない!」
「はうっ」
ノートパソコンに向かう梨香が、ピコハンの当たった頭を押さえる。
画面にはシンプルな白いシャツにスカートをつけた、初期設定アバターが映っていた。
「もー、なんでそれで行こうとするかなあ?」
若菜が呆れたように言った。
「大八木、己に似せて作りたいか、己の理想像に似せて作りたいか。まずはそこからだ」
眞央が何やら武道の奥義を伝えるように大仰に言った。
(ハロウィン初めてなのかな……なら一層楽しんでほしい)
藤花がさっぱり判らないと言いたげな梨香に、助け船を出す。
「せっかくですし、『普段の自分にできないこと』をしましょう。ハロウィンは魔法のような一日なのですから」
こんなのはどうですか? 等と少し梨香に似た基本アバターを提案。メイド服風ミニ丈ワンピースを着せてみる。
御子が笑いながら画面を覗きこんだ。
「ボクからはヴァンパイアレディ、なんて提案させてもらうよ。ゴシックスタイルで妖艶に、なんて感じかなっ」
アニメ風の可愛らしいアバターがちょっと大人っぽい等身に変わり、大胆に胸の開いたドレスを身に纏う。
多門がそれにフードつきの黒マントの追加を提案。
「西洋の魔女的な感じでどうだ」
「今はハロウィンイベントの最中だし、それっぽいアクセサリーとかつけてみようよ」
直哉が画面を操作し、衣装に合うパーツを手早く探す。
紫色のキャンディ型イヤリングに、片方に緩くまとめた長い髪には黒とオレンジのレースの髪飾り。
「おおーっ可愛い! 良かったね大八木さん!」
やっぱり協力者を募って良かった。若菜は心からそう思った。だがこれでは終わらない。
九朗が容赦なく梨香の三つ編みをほどいていく。
「さ、アバターが決まったところで。大八木先輩も、仮装してみようか?」
「え? あの、ちょっと!?」
「この中から好きなのを選べ。遠慮はいらないぞ」
眞央が持参したスーツケースから溢れだすレースにフリルの波。
(妻や娘の服選びを思い出すな……)
眞央の陶酔の表情に、危険を感じた梨香がじりじりと後じさりする。
「それから、あとはこの魔女帽子と黒マントを付けて欲しいだけだから」
九朗の大荷物、パソコンだけではなかったらしい。何故か本人も久遠ヶ原ではない何処かの制服風に着替え済み。何かのコスプレらしいが、こだわりが伝わりにくいシンプルデザインだ。
「本当は眼鏡もコンタクトにするといいんだけど……うん、先輩、可愛いな」
「え、ええっ!?」
九朗に生真面目な口調で言われ、梨香は激しく動揺する。
(うーん……九朗君、天然物のタラシ要素あるわあ……)
若菜が腕組みをして唸った。
こうして他のメンバーも仮装に身を包み、騒々しくも準備が整う。
「んじゃいくよ? せーのぉ、ろぐい〜〜ん!」
華桜璃の掛け声と共に、いよいよスタート。全員が異世界の住人となる。
▼ゲームスタート
ログイン後、『りかりん』はクローズドコミュニティを設置する。
梨香は中学時代のあだ名を利用。……残念感漂うアバター名である。
コミュニティの名称は好きに付けていいと言われたが、思いつかなかったので藤花が提案してくれた『白樹』にする。一瞬何か寒い風が吹き抜けたのは気のせいだろう。
−りら『よかった、うまくいきましたね』
ふわふわの背中までの銀髪に、翠眼の幼女がコミュニティに表示される。藤花の『りら』だ。
名前はあの人の想い出の花。髪色もあの人の本来の色。藤花の真っ直ぐな思いを籠めたアバターだ。
纏うのはオレンジと黒のゴスロリ風ワンピース、猫耳と天使の羽根。ときどき羽根がキラキラと舞い散る。
−魅蘭『不届き者見つけたら私が逮捕するぞっ☆』
南瓜カラーリングのセクシー婦人警官が、おもちゃの拳銃を構える。
−華桜璃『よーし、フレンド登録してから、あとは好きに動きましょう!』
ジャック・オ・ランタンの帽子を被り、橙色のビスチェとマント、橙色と白色のストライプのロンググローブ&サイハイソックス、パンプキン型スカートがお茶目である。
このときばかりと、めいっぱいの特別アイテム仕様。いやでも目立つアバターだ。
−かぼたん『待ち合わせ場所と時間だけは決めておこうよ』
宝石箱のようなアンティークランタンを持った、ジャック・オ・ランタンの怪人が提案する。
……直哉のネーミングセンスも壊滅的だった。
−ワカナ♪『んじゃ頑張りましょー!』
赤い髪のツインテールにセクシーなパンクファッション。釣る気満々の若菜が答えた。
シューティングゲームはソロプレイと対戦形式とが設定されている。
対戦用控え室のひとつに、タキシードに赤い裏地の黒マントを纏った、吸血鬼風の美少年。
−Crow『某東の方の弾幕ゲーで鍛えた技、見せてやる!』
九朗のアバターだ。がっしりした自分とは正反対の、線の細い銀髪赤目のいたいけな少年をかどわかすイケナイお姉様を捕獲予定……そんな人がいるんだろうか。
それがいるのだ。
−×××『上手ね、私にも教えてほしいな』
−Crow『ノーマルのノーコンクリアがギリギリだけどな』
わざとつっけんどんに答える。すぐに乗るような相手は、おそらく警戒されるだろう。
相手が尻尾を出すまで、適度な会話を続ける。やはり魔性の少年の素質あり。
−タモン『上手いもんだな』
西洋甲冑に身を包んだ、多門のアバターだ。
「美丈夫のイメージで行くか……」
今時珍しい古風な表現である。美青年風だが、線はしっかりした雰囲気のキャラクターだ。
「大八木もやってみるか?」
「えっ、私はゲームは余り……」
そう言いつつもキーボードを叩く。当然あっという間に降り注ぐカボチャの餌食だ。りかりん、即撃沈。
「穂原先輩はお上手ですねえ」
感心したように呟く梨香に、多門が我に返る。
「しまった、いつの間にか夢中になっていた。見回りだ、見回り」
ゲームの魔力って怖い。
その頃、華桜璃も目一杯シューティングを楽しんでいた。
−華桜璃『必殺! エナジーアロー!! おりゃぁ〜!』
一見大人びて見えるプロポーションの華桜璃だが、こういうときは年相応の無邪気さ全開。
「難しいと思ってたけど、これは意外と面白いね♪ えっ? あっ!? エナ、エナジーアっ、え、あっああ〜っ」
画面の中には南瓜の群れ。哀れ、華桜璃は目を回して吹き飛んだ。
「ふえ〜ん、やっぱり難しかったよ〜……次はチャットの方にいってみようかな?」
遊ぶ所はしっかり遊んでから、でもお仕事も忘れずに。
別の控室では、青いロングヘアーに緑の瞳、黒いキャミソール風ワンピに紫の羽根ストールの美女がいた。御子のアバターだ。
「いかにもって感じだよねー」
イヤリングや靴など、ちょっとした小物に課金アイテム。おしゃれ上級者のコーディネイトだ。
−ミコ『やだこれ、ちょっと難しすぎない?』
普段の雰囲気とは異なる、ちょっとゲームが苦手なお姉さん風。
−***『良かったら組んで対戦しませんか?』
よし、かかった。御子が嬉しそうにスマホを握り直す。
チャット会場は盛況だった。
下手をすると仲間の見分けがつかない程である。だがコミュニティを設定したお陰で、仲間のアバターの上にはハートマークが出てすぐに判別できた。
小さい『りら』はともすれば紛れこみそうな中を、あちこち無邪気に首を突っ込んで回る。
−○○○『こんにちは、よかったらおしゃべりしませんか』
スポットライトのエフェクトに照らされ、パンク風衣装にシャギーヘアの少年アバターが話しかけてきた。
−りら『こんにちは、はじめまして』
−○○○『ひとり? 可愛いワンピだね、センスいいな』
慌てているのは藤花の方である。
「わ、どうしましょう、若菜さんー!」
会話を続けながら、メールアドレスを尋ねてきた画面をスクリーンショット。
「ナイス、藤花ちゃん!」
若菜が早速アバターで駆けつけ、何か操作をする。
だが相手も慣れているのか、一瞬の隙に人波に紛れ込み逃げ出そうとする。
「そういうのはこの世界ではアウトだよ」
直哉の『かぼたん』がランタンで照らし追いかけた。
マーキングが成功し、パンク少年(中身不明)はお縄となった。
「成程、上手いものだ」
眞央がそれを見て、『ほむら』を操作する。
−ほむら『ゎたしとお話してくれるひとゎいませんかぁ。。。。。』
色々大丈夫か、三十路男。
尤も大丈夫じゃないのはこれで引っかかる奴の方なのだが……それは眞央の演技力のお陰かもしれない。
▼ハロウィンは続く
「いや〜大漁!」
表の顔は様々な不届き者達が、次々とかかっていった。
「随分駆逐できたって兄貴が喜んでるわ。ありがとね! あ、もしここ続けたい人いたら、今のアバターアイテムそのまま使っていいって」
「あ〜、楽しかった〜♪ え、これからも使っていいの〜? やった〜♪」
華桜璃が万歳する。
実は変な人に声をかけられてちょっとへこんだりもしたのだが、今回で対処法も判ったので安心して遊べそうだ。
「ハロウィンはともかく……皆さん楽しそうでしたね」
魔女帽子で顔を煽ぎながら、梨香が呟いた。
初めは戸惑っていたセクシー系女子の振りも、最後はちょっと楽しかったらしい。
仮想空間でも、今こうしている自分達も、同じ時間を共有し楽しむ集まり。要は切欠は何でもいいのだ。
多門が生真面目に告白した。
「実は、自分もあまり良くハロウィンについてはわからなかった。同じだな」
「あ、実はわたしもー」
魅蘭がひらひらと手を振った。
それでも楽しければいいじゃない? 悪戯っぽいウィンクがそう言っていた。
<了>