●伏魔殿
一見何の変哲もない、鉄筋コンクリート製の校舎。
これが強固かつ異常なセキュリティシステムを備えているとは、およそ誰も想像できないだろう。
後に、御堂・玲獅(
ja0388)はこう述懐したという。
「特別報酬、と言われて釣られた私が間抜けでした」
仁王立ちしたジュリアン・白川(jz0089)が力強く言った。
「いいかね、くれぐれも油断せず。心を強く持って行きたまえ!」
そんな彼の腕を、権現堂 幸桜(
ja3264)ががっしと掴む。
「こういうスパイみたいな事、やってみたかったんです! 先生♪ 一緒に逝きませんか?」
のっけから漢字が間違っているのはわざとなのか。
「その格好は、先生もやる気満々なんですよね?」
揃いの暗視ゴーグル姿の男の娘は、可愛い外見に似合わぬ力強さで白川を戦線に強制連行。
「つまり……USBメモリをとってこいってことだよな? そんな簡単な事でいいのかよ〜!」
久我 常久(
ja7273)が巨体を揺すってガハハと笑い、ひ弱そうなパツキン教師の言を振り返る。
「ぽっと入ってささっと取ってくるだけだろ〜?
想像を絶する残酷なモノ? なに? 武器でなぐられたりすんの?
精神攻撃? ガハハ! こんな学校にそんな武器やら精神攻撃なんてモノ……」
そのとき常久の脳裏を走馬灯のように駆け抜ける、学園に来てからの想い出の数々。
「いや、ありえるな」
ここは久遠ヶ原学園。どんな異常事態でもあり得るのだ。
それを身をもって体感しながらも、敢えて飛びこむ脛に傷持つ……じゃない、それぞれに事情を抱えた学生達。
酒代で金欠の非モテ騎士ラグナ・グラウシード(
ja3538)は、いい加減普通の人間なら心が折れそうな辛酸を舐めつくして尚、伏魔殿に立ち向かう。
「背に腹は代えられぬ! 必ずUSBメモリを手に入れるぞッ!」
フェルルッチョ・ヴォルペ(
ja9326)が嬉しそうに笑った。
「おおー特別参加報酬かーいいないいな、ぜひ欲しいナ! るっちょ今月購買でお買い物しすぎて金欠なんだよネ」
購買は時々危険。物欲センサー常時稼働中。
「何だかスパイ大作戦みたいで楽しそうだし参加するョ♪」
実利と趣味が合致したようだ。
そこまで切羽詰まってはいないものの、猫野・宮子(
ja0024)も特別を報酬狙っている。
「ん、お金は色々と入用だし頑張ろう。……魔法少女マジカル♪ みゃーこ行くのにゃ♪」
猫耳猫尻尾装備の魔法少女は、危険を回避し誰かの後をついて行く気満々だ。
ずるい? 作戦といってほしいのにゃ♪
大谷 知夏(
ja0041)は特別報酬にはあまり興味がない。最後尾からのんびりついて行くつもりだった。
教師の説明からして、かなり面白い映像が期待できる。
(新聞部とかに持ち込んで、小金とか学食の食券でも、稼ぐっす!)
携帯電話を後ろ手に、にこにこ微笑む。瞬時にこの計算、逞しすぎる。
一方で、主目的が異なる学生達も結構いた。勿論主旨は判っている……はずだが。
木ノ宮 幸穂(
ja4004)と雨宮 祈羅(
ja7600)はきゃっきゃうふふと楽しそうである。
「キラ姉と一緒なんて凄く嬉しいな」
幸穂は上機嫌で祈羅にじゃれついている。
「かわいいかわいい妹と一緒に行動できてるから、もうすでにうち勝ち組!」
共に妹を可愛がる恋人に対し、祈羅は謎の対抗意識。そして最後はこれだ。
「まぁ、楽しくやれればいいと思う!」
そんな意識で大丈夫か?
だがどういう訳か、仲よし姉妹の多いのが久遠ヶ原。
「ボクだって頑張るよ! あのU、UFO? あ! USBをがんばって奪うんだ!」
ぐぐッと小さな拳を握りしめる清良 奈緒(
ja7916)を、猫谷 海生(
ja9149)はほんわかと優しく見つめる。
「にゃ〜♪ からくり屋敷みたいで楽しそうなのね」
奈緒の挙動の一つ一つが海生の癒し。もしも途中で奈緒が泣いちゃうような事態になったら、なでなでして慰める予定である。
様々な思惑を秘め、ミッション開始。
「あはァ、忍者らしく裏口からこっそり進入致しましょうかねェ……♪」
黒百合(
ja0422)がショットガンを構えると、突撃。
天然なのかわざとなのか、向かう先は台詞に反し東側の正面玄関。
それを合図に撃退士達が東西の入り口に殺到する。
●西の死闘
自動ドアがすうと開く。そこはほの明るいホールだ。
鷹司 律(
jb0791)が物陰から階段室を見通すと、3つの白い物が動いているのが見えた。
高さは1m20cm程。白い頭部に真ん丸な黒い目のような物がふたつついている。土台部分がスカートのような物で覆われた、ちょっと可愛い外観である。
ロボットが少し移動した隙に、薄闇に同化し身を隠す。『ハイドアンドシーク』で気配を消し階段室まで近寄ろうと試みたのだ。
「行ける所までこれで行ってみるか……」
だが人間や天魔には有効であろう効果は、機械を幻惑することはできない。柱の陰からもう2台のロボットが滑り出す。
それを見てラグナがダッシュで壁に到達。不自然な切れ目等がないかを調べる。
「ここが出入り口なら、セキュリティの操作盤はここにあるはず……」
運よく見つけたらセキュリティを切ってしまうつもりだ。そうすれば誰も傷つかなくてすむ!
「あったぞ!」
ラグナが勝利者の笑みで壁のくぼみを押すと、操作盤らしきものが現れた。
だが、世の中そんなに甘くない。当然ながらロックがかかっていた。
アンジェラ・アップルトン(
ja9940)が突然、購買支給品の『学園長プロマイド』を画面に翳してみる。顔認証システムになっていないかとの期待を籠めてだ。
「ロボは悪しき者ではない……故に破壊は好まぬ」
可能ならばセキュリティシステムの解除で済ませたい。
だが機械音声は無情に告げた。
『パスワードを入力してください』
当然と言えば当然。何故かご丁寧に『パスワードリマインダ』というアイコンが出てきたのでぽちり。
『通っていた幼稚園の名前はなんですか?』
……判る訳がない。そしてこれ自体が罠だった。
操作盤の画面が赤く点滅し、アラーム音が響き渡る。システムは侵入者あり、と判断したのだ。
階段室の前に、5台のロボットが集まる。こうなったら対決するしかない。
それを見て、レイラ(
ja0365)がほう、と溜息を洩らす。
「どっちもどっちのような気がしますけれど、先生たちも大変なのですね」
そう言う彼女は……後に待ち構える罠に備えた水着姿。やる気満々というか、やられる気満々というか。
「これも修行だと思って頑張らせていただきます」
その覚悟や、潔し。
「では、ある意味天魔よりも強いというセキュリティシステムに挑みますか」
勇ましく大楯を構えた玲獅。生真面目に己の役割を全うする。
「身体の傷にはヒールを、心の傷にはクリアランスを試してみます。脱落せず皆で頑張りましょう」
クリアランスってそんなことに効くのだろうか?
それはともかく、火蓋は切って落とされた。
ロボット2台が押し寄せ投網を放出、侵入者の進路を阻む。
だが撃退士たちは一度交戦すると決めたら遠慮はしない。
次々とロボットがくず鉄と化して行く。購買に持って行けばひょっとしたら100久遠で買ってくれるかもしれないが、真偽のほどは定かではない。
グラン(
ja1111)がその混乱の様を、そっとデジカメに収める。
(学生を動員してしょうもないことを……報酬もでるのは大人の力といったところでしょうか)
白皙の青年は、冷徹な表情で脳内ツッコミ。
だが参加者を観察するのを面白がっている辺り、案外ノリはいいのかもしれない。
「では参りましょう」
何故か自分だけは圏外だと確信している辺りがクールビューティーのなせる業か。
そのグランより後から現れる、水葉さくら(
ja9860)の姿。
ノリでここまで来たもののいまひとつよく内容を理解しておらず、まるで遠足にでも行くかのようなのほほんとした表情。
「えと、机の上からUSBを取ってくるだけで良いんです……よね?」
まあ端的にいえばそれだけ、なのだが。
接近するロボットに叩き込んだ蹴りは容赦なかったので、とりあえず大丈夫だろう。
破壊されたロボットを後に、西側攻略隊は階段室へ向かう。
地下への階段は幅2m。縦列で進むしかない。
階段室まで一気に到達できる位置で待機していた佐藤 七佳(
ja0030)の背に、アウルの光の翼が出現した。
「久遠ヶ原撃退士の中で最速を目指す以上、多少遅れても問題ないです」
階段を降りるというよりは、飛び込み。スキルの勢いに落下速度を乗せ、トラップが作動するより先に階段を通過するつもりだ。
七佳に続いて宮子も跳び込んだ。
「うにゃ、罠が発生する前に一気に抜けてしまえば問題ないにゃ…って、間に合わなかったにゃ!? ふみぃん!?」
猫の尻尾がびん! と逆立つ。
耳にかかる熱く湿った風に、思わず足が止まった。
七佳の動きに反応して、やや遅れて物理防御システムが作動したのだ。
「猫野さん、私の後ろに」
律が敢えて先頭で、仲間の為に全ての罠を己が身で受けとめようと飛び出した。
そこにマジックハンドのくすぐり攻撃が襲いかかる。
「くッ……そこは……!」
頬を染め苦悶に呻く美青年、なかなか絵になる。
律が無我夢中で忍苦無を振るうと、幾本かが叩き折られる。が、新たに現れる機械の腕。
「キリがな……うわあ!?」
足元を伝う異様な感触。ピンク色のゲル状物質が、階段を滝のように流れた。
トラップは、階段を進むメンバーに次々と襲いかかる。
「こ、こわいっ!!」
奈緒は耳に吹きつける風を単純にそう思った。リアル小学生だからね。
「にゃう、くすぐったい。奈緒ちゃんこっちに」
海生が奈緒を抱き寄せると、風を噴き出していると思われる装置を、クリスタルダストで破壊する。
その2人をマジックハンドが狙う。
海生はくすぐりに強いのか、不思議そうな顔をしているが、奈緒は笑いながら全力で暴れている。
「ボ、ボクこういうの、いや、いやだ!」
その上足元を流れるゲルの感触。奈緒の顔は涙でべとべとだ。
「……牙ぁ……姉ちゃん……!」
「待ってて! 今、助けてあげるからね!」
助けを求められた姉ちゃんこと幸穂が、階段の上から弓を番える。足を踏み入れてしまうと、長弓は使えないのだ。
マジックハンドを幾本か壊したところで、幸穂も飛びこむ。が、その瞬間。
「うひゃあっ!?」
弱点の耳にダメージ。
「耳は弱いんだってばー」
「耳とかくすぐりとか……鬼畜か!? うちは特に耳弱んだよ!」
後に続く祈羅は、いきなりのマジ切れ。
魔法書から光の羽根が飛び散り、笑い死にしそうになっている幸穂をマジックハンドから解放する。
ぜえぜえと肩で息をしつつなんとか体勢を立て直すと、幾度目かのゲルの波。
一定時間を経過するごとに、新しく流れてくる仕掛けらしい。
(まぁ、こけて済むなら、別にいいんだがな。ドジじゃないけど、よくこけてたからな、別に慣れてる)
祈羅はどこか諦めの境地だが、幸穂はいいこと思いついたという満面の笑顔で言った。
「これは、近くの人下敷きにすればいけないこともないよね」
しがみつく奈緒と、何故か物珍しそうにピンク色のゲルをこね始めた海生を両脇に抱えると、階段にダイブした。
「ゴフッ!?」
防壁陣でカッコよくマジックハンドを防ぎつつ進んでいたラグナ、背後から想定外の衝撃を受けゲルの海に沈む。
が、何事もなかったかのように起き上がると、小天使の翼で宙に舞い上がり、機械の腕をかわしながら先へと進む。
その姿をアンジェラは眩しそうに見遣った。
(相変わらずラグナ様は凛々しく美しい……私もあのお方に追いつけるよう励まねば)
非モテ騎士、もしかして非モテ卒業の兆し?
「こんなこともあろうかと!」
レイラがビニール傘を開くと、逆さにしてその上に乗った。ゲルの波に乗り、快調に滑り降りる。
漸く階段の先の床が視界に入った……ところでレイラが仰け反り、突然バランスを崩す。
「ひゃあん!?」
どういう仕掛けなのか、確実に耳を狙う湿った熱風と襲いかかるマジックハンドの洗礼。
水着姿のレイラが長い黒髪を乱し、悶えながらも必死に羞恥に耐える姿は、これ以上の詳しい描写が躊躇われる位だと思って頂きたい。
さくらがおろおろと、声をかけた。
「あ、あの……大丈夫ですか……? あ、やだっ」
マジックハンドを減らそうと振り上げた脚を、機械の腕が捕らえた。さくらの頬がみるみる紅潮する。
「え、うそ……っ!」
「支援する、なるべく動かないで」
見かねたアンジェラが支援を試みる。
彼女が纏うのは露出のない厚手の革服。耳はヘッドフォンで覆われている。実は衣服の下にも幾枚も重ね着した鉄壁仕様だ。胸と腰が弱点との自覚がある為らしいが、物凄い防御力だ。
アンジェラのバトルヨーヨーが唸りを上げると、折れたマジックハンドが宙を舞った。
どうにか逃れたレイラ、さくらと共に、跳躍。一気に階段下を目指す。
「うー、ベトベトにゃ……こうなったら壁を使うにゃー!」
宮子が壁走りでマジックハンドの残骸を蹴散らして先へと進む。
だが漸く地下室にたどり着いた一同を、次なる精神攻撃が襲う。
「うぐあああああ! 違う、違う違う違う! わ、私は、ああッ……汚らわしいッ!」
呻くラグナは、何かケガラワシイ物を見てしまった経験があるようだ。一般的な青少年としては健全な行為の範疇、余り気にしなくていいとも思うが。
その先ではいち早く地下に到達したはずの七佳が、床に座り込み膝を抱えていた。
「うう……黒歴史が発掘される……」
涙目で回想するのは、少女時代の想い出。ハンサムでやんちゃな少年と、自分を投影した少女の恋物語の漫画をノートに描き散らしていたあの頃……。
想い出として捨てきれない半面、仮に自分が死んだらあれだけは誰の目にも触れさせず抹消したい。きっと心当たりのある人も多いだろう。
遠足姉妹御一行様も、涙目で座り込んだ。
(あれは小学生の時……クラス間違えてるのに気付かないでそのまま知らない人の席に座り続けていた……恥ずかしかった)
幸穂の目から生気が失われていた。
逆に祈羅は赤面しながら、頭を抱えジタバタしている。
脳裏によみがえるのは、部活中の成り行きで、恋人と二つのストロー使って同じカップからジュースを飲むというベタな展開を披露したこと。
どうしてあんなことになったのか! 煽った部員が悪い!
奈緒と海生は、ほとんど泣き上戸の酔っ払いみたいになっている。
「昔ね、後ろから母ちゃんを抱きつこうとしたら別の人に抱き着いた……
思い出したくないのに……母ちゃーーん!!会いたいよぉー」
「うにゃ、ココア飲み干したあと、氷食べようとしてぶちまけたの、恥ずかしかった……にゃう〜」
わんわん鳴く奈緒を、うるうるした瞳の海生が抱きしめ、撫でまわしている。
なんかもう、いろんな意味で見ていて辛い光景である。
そんな中、律はなんとかして装置を破壊しようと、記憶が鮮明になる方へと進んでゆく。
その脳裏に浮かぶのは、ワセリンで光る筋骨隆々な体に兎頭の集団。夜道で取り囲まれ、ふと気が付くと一緒にポージングしつつ踊っていた記憶……。
あれはきっと天使のせい! 頭を振りつつ、苦悶の表情で律は突き進む。
「……これが装置だ……!」
レイラはつい今しがた追加された、過去の依頼での恥ずかしい記憶に苦しめられながらも突撃。
「これも仕事ですもの、鉄の意志で我慢です!」
全てを振り切るように蹴り込まれたシルバーレガースの足が、謎の装置を破壊した。
「はうぅ!」
玲獅はそう叫んだ後、壁に額をつけ何かをぶつぶつ呟いていた。
だが謎の音波が途切れると、垂れていた首を上げ、ひきつった笑顔を作る。
「こ……ここまで来れば、後はUSBだけですね!」
だが目は笑っていない。いつも冷静な玲獅の、滅多にお目にかかれない姿だった、
それら全てを、何故か無傷でここまでたどり着いているグランのデジカメが冷徹に記録していた。
●東の惨劇
時間は少し前に遡る。
東側の玄関で、加倉 一臣(
ja5823)が両手で顔を覆った。
「チーム名が既にダメだろ……」
「嫌な予感しかしねえな、この依頼……」
月居 愁也(
ja6837)も溜息をつき、頭を掻く。
チーム名【絶望】は部活の略称なのだが、今後の行く末を暗示しているとしか思えなかった。
尤もらしく七種 戒(
ja1267)が腕組みする。
「大人の事情とお約束、か……ふっ」
まあだいたいは前フリがある時点で、お約束なのである。
胸元を寛げた黒のライダースーツに身を包んだリリアード(
jb0658)が、ウィンク。
「奪うのが誰かのハートじゃなくて残念」
この辺りは大人の余裕と言うべきか。
「ふふ、でも面白い依頼……」
マリア・フィオーレ(
jb0726)が肩口で切りそろえた黒髪を揺らし、小さなほくろを添えた唇を緩ませた。
マリアとリリアードとは魂の双子とでも呼ぶべき、楽しいこと大好きな似た者同士である。
今回の依頼もゲーム感覚だ。
「とにかく戦闘回避、進む邪魔はされたくないものね。行くわよマリア」
リリアードが楽しげに声をかけると、マリアも答える。
「目指すは一番乗り。遠慮はなしよ」
黒百合は壁に身を隠しながら内部を伺っていた。
3台のロボットが、階段室の付近に動くのが見える。
中庭で拾った小石を少し離れた床めがけて放り投げると、そのうちの1台がするすると床を滑って来る。ガードロボットだけあって、残る2台は逆に階段を塞ぐようにくっつくと動きを止めた。
「あらァ、意外と賢いわねェ……その方が楽しいけどォ♪」
ほぼ同時に、アラーム音が響き渡る。
西側チームの行動で、セキュリティシステムが作動したようだ。
一臣が銃を構え、さらに増えるガードロボットに狙いを定める。ロボットは階段室の前で壁を作った。
「どかないならァ……こっちから行くわよォ♪」
黒百合が他の追随を許さない猛スピードで飛び出す。『迅雷』による突進だが、ロボットを攻撃せずそのまま離脱。攻撃をしてこない相手をどう判断すべきか迷ったように、ロボットは階段を離れ黒百合に接近する。
そのうちの1台に、一臣はストライクショットを放つ。
多少頑丈に作られてはいるのだろうが、撃退士の本気の一撃に耐えられるほどではなかった。切断された回路から火花を散らし、ロボットは沈黙する。
「おみたん、かっこいー!」
まるで他人事という風情で壁にもたれる百々 清世(
ja3082)に気づき、一臣は固い微笑を浮かべる。
「ももたん、お願い手伝って……?」
明確な攻撃に、ロボットたちは一臣を敵と認識し迫り来る。
「え、ここで囮とかそうゆうの、まじ俺の仕事じゃなくね……?」
共に囮の役割を担うことになっていたはずだったが、清世の認識において助ける対象に一臣は入っていない。だって、男の為に身体を張るなんてあり得ないし。
その間にもロボットに愁也が『破山』を叩き込み、戒が狙い澄ました弾丸をお見舞いする。
「モモちゃんにお願いした時点で間違いだと思うんだ……」
この段階で既に意思疎通の不具合。チーム【絶望】、マジ絶望。
「ロボット結構来るねー、んじゃるっちょもやっちゃうョ……!」
様子見を決め込み、のんびり一臣と愁也の苦闘を眺めていたフェルルッチョ。特別報酬ゲットの為には遮るモノは排除するしかないと判断した。マシンガンをオートでぶっ放しながら突っ込む。
常久はその陰から、巨体を揺らして階段へ接近。
「潜伏潜伏……隠れてゆっくり突撃じゃい!!」
敵を欺くにはまず味方から。『遁甲の術』で潜伏し味方を出しぬく!
……そんなふうに考えていた時期がワシにもありました。
「なん……だと?」
「後は宜しく〜」
ガードロボット3台に囲まれる常久を置き去りに、皆が階段へ向かった。
「しかし、地下室とは随分と趣味がいいのぜ」
地下へと延びる階段を見下ろし、ギィネシアヌ(
ja5565)が不敵に微笑む。
その階段では阿鼻叫喚の事態が進行していた。
ロボットの破壊により、セキュリティシステムは本格稼働。
「いかん、こっちへ!」
白川は迫り来るマジックハンドを背面に受け、幸桜を庇う。
「すごい……判ってて罠に引っかかるなんて……先生流石です」
幸桜が感心したように呟いた。
どう流石なのかは突っ込んだら負けだが、白川の敗因はそこではなかった。
(しまった……女子学生ではなかったのを……忘れ……)
さりとて今更突き放すわけにもいかず。去年の経験から多少耐性がついていたのを幸いに、なんとか幸桜を抱えたまま通りぬける。
続いてマジックハンドエリアに突入した清世。微妙で絶妙な想像以上のテクに、清世は『ポーカーフェイス』を使って表面上耐えた。
「女の子、早く通過してね……回数節約のために……」
戒は横たわる清世を飛び越えつつ、微笑みかけた。
「今の清にぃ……輝いてるな」
一方マジックハンドの妨害に銃で応戦する一臣だったが、突如耳に吹きかけられた湿った温風にその出処を確認しようと振り向いた。
その瞬間、押し寄せるピンク色の滝に足を取られて転倒。咄嗟に腕で身体を支えたが、その姿はピンクの大海に出現した踏み頃の足場。
「リリィ、先行け!」
愁也がリリアード、続いてマリアに『縮地』をかけ、移動力を増加させる。彼女たちが進みやすいよう、戒は『回避射撃』でマジックハンドを妨害し進路を開く。
リリアードは『ハイドアンドシーク』で己の気配を殺し、闇色の弾丸宜しく飛び出す。……一臣を踏みつけて。
マリアも同様に気配を消し、念には念を入れ『サイレントウォーク』を使い後に続く。……一臣を踏みつけて。
ギィネシアヌはその後方に続き、迫るマジックハンドを撃ち抜きつつジャンプ。
「時に、尊い犠牲を払わねばなるまい……だぜ!」
何故かわざわざ横たわる一臣の足・尻・背中と軽やかな三段跳び。そのまま離脱して行った。
そこに黒百合の声が響く。
「しばらく頭下げててねェ……」
言うが早いか、影手裏剣炸裂。階段室の狭い空間に棒手裏剣が飛び散り、機械の腕を吹き飛ばす。
この攻撃でさしものマジックハンドエリアも、一部が安全地帯となる。
黒百合はそのままゲルを蹴散らし、階段を駆け下りていく。……一臣を踏みつけて。
その後も次々とかかる体重を背中に感じながら、一臣は考えた。どう考えてもチーム員より多いな?
そもそも先に行けとは言ったが踏んで行けと言ったわけではない。だが自分で招いた事態を黙って受け入れた。
「わかった、俺の屍を超えていけ」
その声はゲルの海の泡となり、誰の耳にも届かなかった。
知夏は一連の光景を、携帯を構えパシャリ、パシャリ。
期待通りの面白画像がデータファイルに並んで行く。
「大丈夫っすか、どっこいしょ!」
写真を撮り終えると、一臣に手を貸して立たせてやった。その背中の靴跡に手をかざすと、柔らかな癒しの光。
「これでもう大丈夫っすよ♪」
無邪気な笑顔。
「お、サンキュ! 助かった」
一臣がゲルを拭い、微笑む。地獄に仏とはまさにこのこと。
だが知夏の腹のうちは、本人しか知らない。
彼女の期待は復活させた相手が、更に別の所で愉快なハプニングを起こす事にあるのだ……。
ぴょんぴょんと階段を下りていく背中を見送り、一臣はマジックハンドが掃討された壁にもたれる。
仲間が帰って来るまで、念の為階段の最下段付近で待機することになっている。
「ももたん、俺ら暇だな……」
「暇だな……ここ、火気厳禁か?」
清世がポケットを探るが、煙草はマジックハンドに磨り潰されゲルにまみれた哀れな姿。
そこに壁を軋ませ、駆けてくる常久。ようやくロボットを撃退したらしい。
「壁なら問題ないだろ!!」
どうしてこの男が鬼道忍軍なのか謎だが、マジックハンドを蹴散らし身軽に壁走りで迫る巨体。
「させるかー!」
仲間の為の妨害というより暇つぶしの為、床のゲルを常久に浴びせかける一臣。
「ぬおっ!? 負けんぞー!」
足で手で、ピンクのゲルをぶつけ合う男たち。見ようによっては楽しい海辺の光景に……無理だった。
その頃地下倉庫では、戒と愁也が奮闘していた。
階段を下りて少し進むと、突然嫌な気分が湧きあがって来たのだ。
敢えてその気分が強くなる方に進み行くと、妙な機械の中に混じって電源の入った装置が目に入る。
戒が悲壮な決意を固める。
「……あれだ! ここは私が食い止める……!」
「戒さん……絶望は共に乗り越えるものだぜ……?」
苦悶を意志の力で無理やり抑えた笑顔で、愁也が隣でパルチザンを構えた。
「しゅーやん……この大馬鹿野郎が……!」
戒の目に涙が滲む。絶望の走馬灯が、激しく戒を苛んでいるのだ。
温泉で見た、初等部女子の絶望のバスト。
己の胸元から儚く零れ落ちるあんまんの白い軌跡は、スローモーションで蘇る。
「あんまん、馬鹿にすんなあああ!!」
経緯を知らないものにはさっぱり分からない呪いの言葉を叫び、戒が踏み込む。
「腐海は滅べ……っ」
愁也もよく判らない悲痛な叫びと共に、槍を持って突撃。
悪夢の詳細は既に失われたはずだが、何かとても大切なものを失ったことだけは忘れられずにいるようだ。それが彼にとって幸せな事なのか、事実は誰にもわからない。
「大きさなんて問題じゃない、形だァ!!」
「あれは事故であって俺はノーマルだーー!!」
絶望のコンビネーションが、邪悪な装置を打ち砕く。
愁也は最後の力を振り絞り、ギィネシアヌに『縮地』をかけると力尽き、床に座り込んだ。
既に沈黙した装置の前で、顔を覆い泣き伏す。そう、心の傷は涙で洗い流すがいい。
「先生ー?」
幸桜の声に、白川は我に帰る。額に浮いた脂汗を手の甲で拭うと、安堵の息をついた。
戒と愁也の活躍のお陰で、快電波は停止している。
「権現堂君……君は大丈夫か?」
キョトンとする幸桜に、白川が声をかける。だが去年の経験で耐性のついた白川より、ずっと幸桜は精神攻撃に強いようだった。やはり男の娘としての半生には、色々想像を絶する経緯があるのだろうか。
「先生は精神攻撃もすべて受けるなんて……すごいですね」
乾いた笑いを浮かべるしかない白川であった。
そしてリリアードが、ついに目的の部屋にたどり着く。
「戒ちゃん、愁也ちゃん、アリガトね。後で美味しいものでもおごるワァ」
ドアには当然鍵がかかっている。
「施錠? ライフルと言う名の鍵があるわ」
解錠(物理)が炸裂し、ドアが開く。
リリアードと共に踏み込み、素早く室内を見渡したマリアが、部屋の奥のデスクの上に無造作に置かれたUSBメモリを見つけた。
「ふふ、ここが一番安全かしらね」
マリアが目的物を、リリアードの胸の谷間にそっと差し入れる。
「……あら、ふふ。とても良い保管場所じゃない? さすがはマリアね」
リリアードが悪戯っぽく笑った。
後はいち早く撤退するのみ。
マリアが用意していたダミーのUSBメモリを、辺りにばらまいた。これで奪い合いに巻き込まれることはないだろう。
反対側のドアが開くと同時に、元来た方へと2人は駆け出す。
「お、上手くいったのぜ?」
ギィネシアヌが振り向いた。万一の事態に備え、マリアを護衛すべく付き添う。
階段へ驀進する3人の気配に、一臣は常久との戯れの手を止める。
「お、帰って来たか」
「あら、一臣。頭が高いんじゃなぁい?」
リリアードが遠慮も容赦もなく一臣を踏みつける。帰りも当然足場ですよね、そうですよね。お御足滑りますもんね。
全てを受け入れゲルの海にうつ伏せる男、一臣。
「あら、なんて踏みやすい足場!」
軽やかに、だが脚に力を籠め駆け抜けるマリア。
その前方で諦めたようにマジックハンドに捕らわれる清世の姿が涙を誘う。なんでさっき暇なときに、ゲル投げせずに壊しておかなかったのか。
残り少ない『ポーカーフェイス』の続く限り、清世は微笑み続ける。
「……女の子に、させられる訳、無いでしょ?」
例え顔が戻らなくなっても、レディファースト。
リリアードとマリアの背後で、ギィネシアヌは警戒を続ける。万が一伏兵に襲われたら、遠慮なく叩くつもりだ。……もうそんな元気のある者は残っていないが。
ふたりが無事に地上に出たことを確認した後、ギィネシアヌは踵を返し、座り込む戒と愁也を回収に向かう。仲間想いと思いきや。
(想い出大事、なのぜ)
こっそり持ち込んだデジカメの中、2人の姿は永遠に。
そこでふと違和感を感じ、ギィネシアヌは振り向く。
「…………」
扉の隙間の人物を見なかったことにして、視線を外す。
引き戸大好きフェルルッチョにとってその作り付けの棚は、特別報酬より抗いがたい魅力を発していたようだ。幸せそうに挟まっている。
「ほらほら、どきなさいよォ……!」
突然床から腐泥と血液で構成された巨大な左手が現れ、辺りを薙ぎ払う。その手が消滅した後に駆け込んできた黒百合は、そのまま西側の階段を駆け上がって行った。結局彼女の目的はなんだったのか?
「で? USBメモリは?」
ほとんどが額に落ちかかった前髪を掻き上げ、白川が心底疲れた声を出す。
「ここよ、先生」
リリアードが胸の谷間から蠱惑的な仕草で目的物を取り出し、もったいぶったようにちらつかせた。
だが教師モードON時の白川は揺るがない。
人肌でほんのり温かいメモリを、躊躇なく受け取った。
「これだ、間違いない!
ここのラインストーンを白にすべきだと私は主張したんだが、星さんはピンクと言って聞かなくて……!」
どこまでも大人げない大人達であった。
そんな想い出の詰まった写真達がどうなったのか……知らない方が幸せなことも、世の中にはある。
<了>