●戦場
島津・陸刀(
ja0031)が己の拳を掌に叩きつけた。
「おーお、ゾロゾロ雁首揃えちゃって。熱心だこと」
軽い口調に反しその紅の目は炎と燃え、敵陣をひたと見据える。
宇治川の戦。京都を人の手に取り戻すための、避けては通れぬ合戦だ。
激戦の中央であろう右手を見遣り、高虎 寧(
ja0416)は思案する。
(結界に取り込まれた京都なのだけれど、脅威が減退しているなら好機という処よね)
学園の撃退士達が死闘を繰り広げる激戦地は、彼我の立てる砂埃と合戦の物音、血の匂いに満ちていた。
この左翼の一部隊でも、かなりの負傷者を出している。
敵の総数、そして京都ゲート事件でも難敵として知られたサブラヒナイトの強さもさることながら、非常に厄介な敵が立ち塞がっていたためだ。
「魔法反射に状態異常、物理半減……オンパレードだな」
髪を埃っぽい風になぶられながら、御影 蓮也(
ja0709)が呟く。
言葉こそまるで他人事のような口ぶりだが、他人に見せない内心には強く熱い意志。
(今度こそ京都を取り戻す。その為にはまず目の前の奴らを片付けないとな)
先陣を切った一隊は、初めこそ敵を圧していた。だが、最前線の数名が鳥の歌を聞き混乱に陥り、戦線は危うく崩壊しそうになる。
敵味方の境なく、そして己の負傷を物ともせずに鬼神の如く暴れ回る撃退士は、下手な敵より脅威であった。撃退士の精神に干渉する程の音波は、一度捕えた者を簡単に離してはくれない。どうにか気絶させることで動きを止めても、効果が切れないうちに目覚めては暴れまわる。
そして慌てる撃退士達に高火力の魔法攻撃が襲い掛かり、多くの負傷者が出た。
相談の結果、状態異常を引き起こす鳥型サーバント――かつて京都に天界ゲートが出現した際に確認された、催眠サーバントに似ていた為メレクタウスと呼称――と、高火力の魔法攻撃を仕掛けてくる銀色の孔雀型サーバントに対応する班が編成された。これらを潰してしまえば、楽とは言い難いにせよ味方の負担はかなり軽くなるはずだ。
水葉さくら(
ja9860)が、小声で独り言。
「孔雀が3羽……いえ、頭が2つあるから、5羽……なんでしょうか……?」
頭の数で勘定するとは、新しい発想ではある。
「のんびりしてはいられません。皆さん、準備はよろしいですか」
沙 月子(
ja1773)の全身を、黒髪に似た漆黒の炎が包む。
「味方の被害は最小限に、敵へのダメージは最大限に。そして速やかに」
凛とした声がそれに続く。
「3番中隊、六道出撃します!」
黒い瞳に強い意志を宿し、六道 鈴音(
ja4192)は仲間と共に駆け出した。
●右班
「梨香ちゃん、くれぐれも気をつけてくださいねっ」
宮本明音(
ja5435)がぎゅうと大八木 梨香(jz0061)を抱きしめる。
「あ、はい、有難うございます。……あっきー先輩も、お気をつけて」
熱烈な抱擁にうろたえる梨香だったが、きゅっと唇を引き結んだ明音の真剣な表情に心うたれた。
こんなにも一生懸命に、自分の故郷を取り戻そうとしてくれる仲間がいる……。
が、梨香は全く知らない。
(梨香ちゃんや他の可愛い皆さんにかっこいいとこ見せちゃいますよ! 天魔だろうとなんだろうと梨香ちゃんの出身地を荒らそうものなら容赦なし、で!)
真剣な表情の下の、明音のこんな心情を。
ラグナ・グラウシード(
ja3538)は、そんな二人を見ないふりをした。だって女の子同士だし。
いくら常日頃リア充を滅殺せんと血の涙を流しているとはいえ。同じディバインナイトがいちゃいちゃしてても悔しくなんか、ない。本当だ。
「……奪った物は、返すのが筋だろう? さあ、厚顔無恥な天魔どもめ! 京都を返してもらおうかッ!」
全ての怒りを天魔に叩きつけんと声にツヴァイハンダーに力を籠めて。
最初の目標は、危険な声で歌うメレクタウス。
中央奥に鎮座する銀孔雀の射程はかなり長い。左右二手に分かれ、銀孔雀の攻撃で一度に全員がやられる危険を回避する。
だがサブラヒナイトの大弓の射程はさらに長く、行動開始からメレクタウス到達までには一撃、下手をすれば二撃食らうことになるだろう。その間はメレクタウスの音波を受ける危険があった。
「俺はこれでいい」
愛用のヘッドフォンを示した蓮也以外のメンバーに、ラグナが耳栓を配る。音を遮断し、混乱を防ぐためだ。
「大八木殿、我らは戦友を守る盾……守り抜くぞッ!」
梨香が頷く。だが耳栓は拒否した。
「聴覚無しでサブラヒナイトの抑えは無理です」
梨香の役割は、サブラヒナイトが長射程の弓を使わないよう引きつけることだ。
いかに固さを誇るディバインナイトとはいえ、最接近しての対峙となれば危険を伴う。しかも骸骨兵士が周囲を固めている。その剣先がいつこちらに向かうとも限らない。
「もしも混乱したら、遠慮なく殴り倒してください。眼鏡は外しておきますから」
どこまで冗談か本気か判らない調子で梨香が言った。
「任せて、メレクタウスはすぐに片付けるわ。偶には真面目に武士の末裔として。撃退士の力を発揮するわよ」
寧がショートボブの髪を揺らし、耳栓を自分の耳に押し込む。周囲の雑音が遠ざかり静寂が訪れた。
蓮也がヘッドフォンをはめながら、己に言い聞かせるように言った。
「一番厄介な奴から仕留めるぞ。鳴かせてやるかよ!」
互いの準備が整ったことを手ぶりで確認し、頷きあう。
6名は一斉に駆け出す。
本来は寧の足は速い。だが今は仲間のスピードに合わせて走る。孤立分断に陥り挟撃されるは愚の極み。逸る気持ちを抑え、味方と連帯し決して敵と単独相対せぬように、己に言い聞かせる。
月子と明音はサブラヒナイトの弓の射程外ギリギリで足を止めた。
「目障りな個体から始末するとしましょう」
月子の唇はうっすらと笑みを湛えつつ、冷酷な言葉を紡ぎ出す。瞳が闇に潜む猫のような黄金色に変わると、漆黒の焔が全身からから湧きたつように膨れ上がった。
「初めまして。そしてさようなら」
残酷なほどに優しく響く言葉と共に、黒く光る魔法の鏃が容赦なくメレクタウスに襲いかかった。双頭の孔雀の広がる尾羽が、幾本も千切れ宙を舞い、地に降り注ぐ。
それが宣戦布告。
前衛の骸骨兵士が数体、前に出るのが見えた。同時にサブラヒナイトが弓を番える。当然狙いは、今攻撃を仕掛けてきた月子である。
青い炎に包まれた魔法の矢が、ひょうと空を裂いて飛ぶ。
月子の前に回り込んだラグナの全身が、銀色に輝いた。
「……護ってみせるさ、誇り高きディバインナイトの名に賭けてッ!」
炎の矢は長身のラグナの身の丈より長い大剣に遮られ、霧散する。青い光が散る中でラグナがほとんど恍惚と言っていい表情を浮かべる。
護りに命を駆ける正に騎士(ナイト)の鑑。なのに非モテ。一体何が悪いのか。
そのすぐ傍で、明音は口をつぐみ意識を集中する。
「本当は疲れるからあんまりやらないんですよ……」
立ちのぼる青白い光が輝きを増すと、まるで花弁が舞うように光が煌めいた。
「……ていやっ、と……!」
高められたアウルの力が、光となって双頭の孔雀に向かって真っ直ぐ飛んでゆく。
無音の中、双頭の孔雀が首をのけぞらせるのが見えた。
歌っているのかもしれない。あるいは、叫んでいるのかもしれない。
メレクタウスの姿は、庇うように進み出た骸骨兵士の陰に隠れ確認できなくなる。
それを見て、蓮也の眼がすっと細められた。それ自体が意志をもったように、手にしたカーマインの赤い糸がうねる。
「数が多いならまとめて減らす、駆けろ! 真弾砲哮(レイジング・ブースト)!」
味方が接近する前に敵が集まるなら、まさに好機。渾身の範囲攻撃が骸骨兵士とメレクタウスを襲う。
息つく暇もない混戦の最中、一同は左手に銀の光輝が弾けるのを見た。
……左班に、銀孔雀の魔法攻撃。
だが、仲間を信じ任せるしかない。こちらはこちらの役割をこなすことが先決だ。
ラグナを先頭に寧、梨香が吶喊。
迫るメレクタウスに、サブラヒナイト。その先には、巨大な尾羽を誇らしげに広げる銀色の大孔雀。
「派手にぎらぎら光らせおって……メスでも誘っているつもりか?!」
ラグナの発想の安定ぶりには恐るべきものがあるが、残念ながらサーバントには生殖能力はない。例え形態が似ていても、本来の生物とはまったく異なる存在だ。
嫉妬の炎を燃やすラグナを先へ行かせるものかと、骸骨兵士が3体迫りくる。
「後でゆっくり相手してあげるわ、そこでじっとしてなさい」
寧の『影縛の術』がうち2体をその場に釘付けにしたが、残る1体が回り込む。
「行かせないと言ったのよ」
脚に力を溜め飛び出した寧のスピードは、敵の先を行く。
体重を乗せた槍の一撃が、骸骨兵士の腰骨を砕いた。ばらりと骨が散らばる傍から、さらさらと砂のように崩れてゆく。
ラグナは『銀の楯』を使い続け、ギリギリまでサブラヒナイトの矢を受け止める。
その脇を堅実防御を使い守りを固めた梨香が、すり抜けた。
矢を使わせない為に、敢えて目前に躍り出ると槍を構え突進。至近距離からの攻撃に、鎧武者は弓を大太刀に持ち替えた。梨香の攻撃力では、サブラヒナイトにはほとんど傷を付けられないことは承知の上だ。メレクタウスが倒れるまでの時間を稼ぐためだけの牽制攻撃。
蓮也の声が響く。
「大八木、俺の声は聞こえるか。固い鎧だが、隙間に潜り込ませればなんとかなる」
幾度も京都で視線をくぐりぬけてきた蓮也は、サブラヒナイトの弱点を知っていた。
物理攻撃を減ずる能力も、鎧の隙間を狙った攻撃には弱い。
「わかりました! やってみます!」
梨香が答えた。
勿論蓮也には聞こえていないだろうが、隙を見て繰り出すスピアの狙いが変われば、意図が伝わったことは判る。
蚊の差すほどの攻撃とはいえ、煩わしいことこの上ない。そう言いたげに、鎧武者は大太刀を振り下ろす。
「梨香、危ないっ!」
明音が思わず呼び捨てで叫ぶ。
「よくもやってくれましたね……あっでも、後でばっちりしっかり応急手当できちゃうのか」
色々何かが漏れているが、明音の本気モード、スイッチオン。
再び意識を集中すると、光の羽根を撒き散らしながら閃光が迸る。
片方の首を飛ばされたメレクタウスは、よたよたと骸骨兵士の後ろに逃げ込もうとした。
「逃がしませんよ」
月子がその一角を狙い『アーススピア』を使う。大地から突き出た土の針が、骸骨兵士とメレクタウスの足元を苛む。
「そこ!」
寧の繰り出した槍がメレクタウスの残る首を貫いた。と同時に、離脱。『影縛の術』の呪縛から解かれた骸骨兵士が前に繰り出す前に、距離を取ると、素早く耳栓を外す。
「もう大丈夫よ!」
全員が耳栓を外す。戻ってきた物音に一瞬気を取られたその時。骸骨兵士が僅かに後退する。
「敵の動きが……でかいのが来るのか!?」
蓮也が骸骨兵士達に紛れんと皆に注意を促そうとしたが、ほんの僅か遅かった。
瞬間、辺りを閃光が包みこむ。
圧倒的な光の奔流に、一同は翻弄された。
皮肉にもサブラヒナイトと対峙していた梨香だけが懐に潜り込み、難を逃れた形になる。皆の姿を確認したいが、打ち込まれる鎧騎士の太刀がそれを許してくれない。
「ぐぅ……ッ!」
ラグナが大剣を地面に突き立て、寄りかかった。月子の楯となり、2人分のダメージを食らっては、さしものラグナとて無傷では済まない。
「大丈夫ですか、グラウシードさん」
「まだまだ私は倒れんさ……見せてやろう、我が大剣の力ッ!」
切れた額から流れる血が頬を伝う。痛々しい姿だが、ドMなラグナにとってはむしろご褒美。
「私の事ならお気遣いなく、簡単に倒れはしませんから」
月子は冷静な口調を崩さない。だがその目はひたと敵を見つめる。
「普段なら私が倒れても代わりになる人はいるでしょう。でも、ここにはいない。それがすべてです」
だから、倒れたりはしない。何があっても。
「さあみんな、出ていらっしゃい」
月子の幻想動物図鑑から、小さな光が次々と現れる。その一つ一つが獰猛な獣となり空を駆け、牙を剥きサブラヒナイトに襲い掛かった。
「チャージ中に接近してしまえば!」
体勢を立て直した蓮也が、黒と白の光の乱舞に包まれる。『ケイオスドレスト』で守りを固めると、カーマインの赤い糸を手繰り、一気に鎧武者に接近する。細い剛糸が鎧に絡む。
前を塞ぐ楯の脇から一斉に加えられる攻撃に、さしものサブラヒナイトも膝を折る。
明音は、痛みの走る腕で魔法書を掲げた。銀孔雀の攻撃を咄嗟にスキル『茴香』で緩和したものの、その反動で肩が悲鳴を上げている。
でも怪我したら女の子達から心配されてちょっとおいしいかな! などと思ったことは流石に顔に出さず、渾身の一弾。魔法書から飛び出した輝跡が、サブラヒナイトの包帯に覆われた顔を突き抜けた。
「ガス欠〜……」
肩で息をしつつも、明音は顔を上げる。物理攻撃に耐性のあるサブラヒナイトさえ倒せば、こちらのもの。魔法書をソーンウィップに持ち替えれば、本来の物理派ダァトの血が騒ぐ。
「ただのダアトとは一味違うってことで……!」
びゅんと唸りを上げて地を打つ皮鞭。
普段見せる親しみやすい女の子という雰囲気は掻き消え、そこに立つのはまさに修羅。
指揮官を失い、ばらばらに攻撃を仕掛けてくる骸骨兵士はもはや彼らの敵ではなかった。
●左班
敵陣に見える双頭の翡翠色の孔雀を見据え、鳳 静矢(
ja3856)が呟いた。
「今度のあの孔雀は厄介だな……」
京都に天界ゲートができる前、桜の下で歌っていたモノと同じ姿。
以前のメレクタウスの歌は撃退士には影響しなかった。だが今回の孔雀は彼らの目前で幾人もの撃退士を混乱に陥れ、同士討ちに追い込んだ。
「メレクタウスか。以前の依頼で出会ったわね。死ぬまでひたすら歌い続ける孔雀さん」
鈴音も同じ作戦に参加していた。ふとその時のメンバーが思い起こされる。
季節は巡り、花は散り、今はあの木々も赤や黄色に色づいているかもしれない。
宇高 大智(
ja4262)は北の空を睨んだ。
(奪われたもの全てが戻るわけじゃないけど……京都を取り戻す)
あの空の下、美しい都は踏み荒らされ、沈黙に耐えている。
(仲間と力を合わせて挑むよ。もちろん、全員で無事に帰還するんだ)
大切にしている腕時計に力を借りるかのように、そっと手を添えた。
静矢が掌に乗せた耳栓を、握る。
「面倒だが、同士討ちは避けねばならん」
全員が耳栓をそれぞれの耳に押しこむ。ここから暫く、互いのやり取りは手ぶりのみに限られる。
互いの顔を見つめ合い、頷く。
いざ、突撃。
「頭が二つあると、なんとなく狙いにくい……ですね」
さくらが小首を傾げ、双頭の孔雀の異様な姿を評した。だが元より的の小さな頭を狙うつもりはない。
サブラヒナイトの弓の射程外に位置どると、影の書を装備。
狙うはメレクタウス。実態のない影の槍が胴を狙い撃ちする。
同じように距離を保ちながら、鈴音が召炎霊符に念を籠める。黒い瞳に、強い意志の光。
「骸骨を近づけるのはマズイわね」
今は正面に見える双頭の孔雀だが、骸骨兵士の動きによっては狙いが定めにくくなる。
「なるべく急いで片付けてしまわないと」
霊符から発した紅蓮の炎と漆黒の炎が、メレクタウスの翡翠色の身体を斑に染め上げる。
飛び散る羽根を確認すると、反攻に備え鈴音は素早く大智の陰に回った。
(私は防御が紙なのですよね……宇高さんごめんなさい)
大智の澄んだ瞳が、鈴音に向けられる。黙って頷くと楯を構え、鈴音を背後に庇った。
青い炎に包まれた魔法の矢が敵陣から放たれる。サブラヒナイトが攻撃に出たのだ。ガシャガシャと骸骨兵士達が蠢き、こちらもメレクタウスを庇うように展開する。
先頭を疾走する静矢は、鎧武者の矢を正面から大太刀で受け止めた。絶大な威力を誇る青い炎と静矢の纏う紫の光が、ぶつかり合う。
「誰もやらせはせん……!」
青炎の残滓に鮮血を散らしながらも、静矢は前へと進む。
その身体から立ち上る紫光が輝きを増した。カオスレートを冥魔寄りに変動する『滅影』を使い、刺し違えも辞さぬ覚悟で双頭の孔雀に突進。
「まずは厄介な貴様からだ」
振り被った大太刀はしかし、メレクタウスには届かなかった。
「鳳さん、危ない!」
後方に位置し、広く視野を確保していた大智の声は、耳栓に阻まれる。
中央に位置していた銀の大孔雀が、僅かに位置を変えたのが見えたのだ。
一杯に広げた見事な尾羽が一瞬、太陽のように輝くと、凄まじいほどの光が空気を震わせる。
存在を忘れていた訳では決してない。だが聴覚を遮断しているために、視覚に頼らざるを得なかったのだ。どうしても当座の脅威である正面の敵の攻撃に意識が向く。
静矢、そして続いて飛びこんでいた陸刀が閃光に晒された。
天界に反するカオスレートの影響を受け、二人が食らうダメージ量が増大する。
光が消えると、骸骨兵士共がメレクタウスとの間に立ち塞がっていた。
「仕方ない、まとめて行くぞ……!」
静矢の纏う紫光が燃え上がるように広がると、大太刀に収縮。振り抜くその先に大きな紫鳥が出現し、広げた翼で骸骨兵士を薙ぎ払う。
陸刀は閃光に焼かれ血をしたららせる両腕の隙間から、不敵な笑いを覗かせる。
圧倒的な力で立ち塞がる敵の存在が、遠い痛みの記憶を呼び覚ます。それを打ち払うように地を蹴り、静矢が開いた空間に飛び出す。
まるで全身炎の弾と化したかのように。誰にも見せない拳に怒りを点して。
「大人しくしてろ」
突き出した拳が放つ『烈火爪』。注ぎ込まれるアウルの炎が、双頭の孔雀の身体に爆ぜた。
そのショックで凍りついたように、メレクタウスはその場に釘づけにされる。翡翠色の身体は、じわじわと紅色に侵食されていく。
「動かない相手なら外さないわ。下手くそな歌はやめてもらうわよ! 六道呪炎煉獄!!」
鈴音の発した轟炎が唸りを上げて迸り、双頭の孔雀は己の羽根の舞い散る中にその身を沈めた。
「よし、やった!」
大智が声を上げ、もどかしそうに耳栓を捨てる。最前線の二人の容体が気になって仕方がないのだ。
そこに鎧武者の青炎の矢が迫りくる。
「させるかっ」
一歩も引かず大地を踏みしめ、構えた楯に矢を受ける。脇からさくらが駆け出した。
ちらりと右翼を見遣ると、今度は銀の閃光があちらに延びる。
向こうのメレクタウスも倒れただろうか……だがさくらは振り切るように前を見据える。
まずは自分達の役割を果たすこと。ほんのわずかな時間でも、銀孔雀が動かないこの隙に。
(次に危険なのは、やはりサブラヒナイトですね……)
一切の躊躇もなく、相手を自分が倒すつもりで真っ直ぐ突き進む。手にするのはディバインブレイド。物理攻撃を弱めるフィールドを纏う鎧武者には、魔力の剣で挑む。
サブラヒナイトは弓を構え、休むことなく射かけてくる。その矢を『シールド』スキルで受け止めながら、さくらは魔法の刃で斬りかかった。
怨嗟の声を上げ、サブラヒナイトは弓を消し大太刀を手にした。振り被るや否や、目前のの小柄な体を叩き潰さんばかりに振り下ろす。
普段の華奢で可憐な姿からは想像もできない力強さで、さくらはそれを真っ向から受け止める。
一瞬動けなくなるさくらを狙って、骸骨兵士が群がって来る。その髑髏は陸刀の拳で吹き飛ばされ、残された体は砂のようにボロボロと朽ち果てた。
「お前らの相手はこっちだ、来いよ」
負った傷など全く意に介しない様子で、紅の瞳に微笑を湛える。
己に向けれらた骸骨兵士の刃をすんでの所で身を沈め掻い潜ると、立ち上がる勢いで拳を突き上げる。吹き飛ぶ相手には目もくれず、すぐさま次の骸骨を視界に捕える。
接近した大智が、血塗れになりながらも拳を振るい続ける陸刀を気遣う。
「島津さん、無理はしないでください!」
(今はとにかく、当てる……っ!)
薙刀を構え、回り込む。
鈴音がきっと骸骨兵士とその向こうのサブラヒナイトを睨みつけた。
霊符に宿る火球が膨れ上がると、火柱となる。とっておきの大技を使う時だ。
「まとめて火葬してあげるわ! 六道赤龍覇!!」
それはまるで、真紅の龍が空に駆け上がるが如く。巻き起こる炎の渦が敵を飲みこみ、荒れ狂う。
骸骨兵士が蹴散らされ、静矢の前に、ぽっかりと空間が広がった。
真正面に、さくらに気を取られたサブラヒナイト。
「取って置きだ……くれてやる!」
力強く踏み込んだその勢いのまま、紫黒に染まる剣を付き立てる。冥の気を宿した『紫冥刃』による一撃に、鎧騎士の半身が大太刀を握ったままに吹き飛んだ。
●残照
左右両翼から進撃した二班は、銀の大孔雀に肉薄する。
それぞれ残る骸骨兵士を掃討する者を残し、両側から距離を取って接近。どちらかが魔法攻撃に晒されても、どちらかが耐える。あるいは間合いに踏み込み、一気に叩きのめす。
互いの連携に失敗すれば、誰かが大怪我をするかもしれない。それでも躊躇の暇はない。
静矢が己の身の内を見つめるように、目を閉じる。ふわりと紫の輝きが揺らぐと、見える傷が癒えてゆく。カッと目を見開くと、太刀を構え直し全速で駆け出した。
銀孔雀は、こちらの魔法攻撃を返して来る。ならば全身全霊をもって斬りつけるのみ。
陸刀とさくらがその後を追う。
大智の癒しの術で陸刀の傷はあらかた塞がった。これでまた全力で戦える。あらん限りの闘気を解き放ち、己か孔雀か、どちらかが倒れるまで。
さくらは獲物を、取り回しの良いメタルハルバードに持ち替えている。
その気迫に圧されたか、銀孔雀が左翼に向かって羽根を広げた。味方を失った今、己の身を守るにはそれしかないと考えたのだろうか。光を集めた尾羽が禍々しく輝く。
「俺カッコいいアピールの必要はないさ、もうお前は死ぬ……くたばれ! リア充ッ!」
背後から忍び寄ったラグナが、大剣を振り翳した。
剣は『リア充を必ず屠る!』という恐るべき執念を纏い、白く輝く。
しつこいようだが、サーバントは生殖能力を持たない。ある意味永遠にリア充たり得ない存在なのだ。つまりラグナの怨念はまさに八つ当たり。
だが彼のアウルが悲哀によって力を増す以上、それは知らない方が良いことなのかもしれなかった。
「……見せてやろう、我が大剣の力ッ!」
悲しみを纏い振り下ろされた大剣は、今まさに閃光を発しようとする銀の大孔雀の尾羽を切り裂いた。
破れた羽が放出するエネルギーは減殺され残照とでも呼ぶべき威力になって尚、撃退士達の身を焼く。
全速力の移動はまさに捨て身の選択。だが傷つきながらも怯むことなく、彼らは突進する。
静矢の周りに漂う紫の霧が突き進むに従い凝集してゆく。その色が黒ずみ、剣を包む。天界の眷属を討つための『紫冥刃』の斬撃。
「逃げずにいたことは褒めてやる。手向けだ、受け取れ」
視界を遮るように広がった翼が千切れて宙を舞う。
さくらが身体ごと突っ込むように、エメラルドスラッシュの一撃。孔雀はバランスを崩したために、致命傷を逃れる。だが噴き出す鮮血がダメージの深さを物語っていた。
「これで終わりだ」
陸刀の拳が孔雀の心臓と思しき辺りを打つ。
痙攣したように長い首をくっと伸ばし、そのまま銀色の大孔雀は吹き飛んだ。
暫しの静寂の後、3番中隊全体からわあっと大きな歓声が上がる。勢いを得て、撃退士達は残る鎧武者と骸骨兵士を蹴散らして行った。
足元に転がる大孔雀は、先刻までの神々しさを失っていた。
誇らしげに広げられていた尾羽はズタズタに破れ、みすぼらしく泥にまみれている。銀色の身体は生気を失い、もはやアルミ箔程の光しか認められない。
蓮也はそれを見下ろし、然程の感慨もない様子で呟いた。
「何とか排除完了、第一関門突破ってところか」
心の内ではこれからまだまだ続くであろう、長い道程を思う。
だがたった今、第一歩は成功した。京都を取り戻すことは、夢物語ではなくなったのだ。
大智がスキルの続く限り、負傷者を回復して行く。
「なんとかもったな。全員が無事で、本当に良かったよ」
ほっとすると同時に、思わず笑みがこぼれた。屈託のない素直な笑顔だった。
アストラルヴァンガードが自分だけの中、二班に分かれた作戦。別れた班のメンバーが無事かどうか、内心ではずっと気になっていた。
皆で無事に、学園へ帰る。それに成功したことが何よりも大事だ。
「もうヘトヘトだよー……月子ちゃん」
明音が月子の隙を狙って、背後から抱きしめた。
「お疲れ様でした。ですがこの戦闘が終わっても、戦いは終わりではありません。まだまだこれから、ですね」
背中に明音をへばりつかせたまま、月子は北の空を静かに見据える。
「いつになったら京都を取り戻せるのでしょう……」
取り出した眼鏡をかけながら、梨香が呟いた。三つ編みはほつれ、疲れ切った表情だったが、リジェネレーションを使ったおかげで、サブラヒナイトに受けた傷はほとんど癒えている。
「頑張ればもうすぐですよっ。そしたら梨香ちゃん、京都いっぱい案内してくださいね!」
明音にぎゅーっと正面から抱きつかれ、梨香は赤面しながらただうんうんと頷いた。
●ゲートの彼方
身を低く屈め、送り届けた孔雀達が撃退士によって倒されたことを報告する従者に、大天使グラディエルは軽く手を振って応じた。
「気にすることはないわ。使い道があったのなら、それで構わないのよ」
事実、サーバントの数体が倒れたところで、大天使にとっては気にかけるほどの事もなかった。
だが今回は、別の点に興味をひかれる。
(ザインエル様の使徒ともあろう者が、あれの使い方を見誤るとは思えないわね)
そこまで甘いシュトラッサーを、彼の地の守りに残したとは考えられない。
となれば撃退士という者達は、それだけの力を持つ存在だということになる。
凶歌をかいくぐり、銀孔雀を討った者達。……面白い。またいずれ機会があれば、その力を試してみたい。
(そもそもダレス・エルサメクが、このまま引き下がるはずもないわね)
ならば近いうちに機会は訪れよう。
「詳しい報告が届いたら、改めて知らせて頂戴」
大天使は目を細め、微笑した。
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