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マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2012/09/17


みんなの思い出



オープニング

●封都
「――京にザインエルがいないかもしれない?」
 学園執行部の大鳥南は夏ももう終わろうかという頃「京に変化あり」という報告を受けていた。
 赤毛の少女の問いかけに忍装束姿の忍軍の男は頷く。
「以前は中心部まで踏み込もうとすると、ザインエルから強烈な霊波が叩き込まれて来たんだが――ここ最近それがぱたりと止んでいる。どころか規模が小さいとはいえあれだけ救出作戦やって姿も見せない。さらに妙なのは、市の中心部に防衛施設らしき建造物が建てられてるって報告があがってる事だ」
「防御施設?」
「京市民の大半は中心部に連れ去られてる。だから、霊波が飛んでこねぇからってんで奥まで入っていこうとした隊がいてな、そいつらが遠目に見たらしいんだが、壁に囲まれた小さな要塞みたいなもんが幾つか建造中だったらしい」
「要塞ねぇ……詳細は?」
「不明だ」
「ちょいと直接話を聞いてみたい所やね。その隊の人達は今何処に?」
「連中は、『詳しく調査する為接近する』って声を光信機からこっちに届けたのが最後だ。それきりだ」
 最期の報せ。
 帰ってはこなかった。
 南は瞑目した。
「文字通り……消し飛ばされたのかもしれねぇ。あの後、京の中心部に逆巻く竜のような稲妻が落ちた。遠目にも解った豪雷だ」
「雷……米倉か?」
「解らん。だが、妙だとは思わないか? 中心部の守りを固めるなんざ今更過ぎるだろう」
 確かに守りをガチガチに固め始めるというのは、ザインエルらしくないと南は思った。どちらかというと、その使徒――先にも名前が出た――米倉創平あたりが好みそうだ。
「あちらからすれば、ザインエルが中京城で構えてさえいれば俺達は中央へは迂闊に手を出せないんだから、わざわざ要塞築いてまで守りを固める意味がない」
「せやからザインエルは京にはいないかもしれない、と?」
「根拠はもう一つある」
 学園に在籍しているはぐれ悪魔から聞いた話しなんだが、と前置きしてから忍びは語った。
 話によれば、ザインエルが元々所属していた別次元の世界で行われている戦いが、春頃から天界側の不利に傾いてきていたそうだ。天界側が不利になったのは、階級に見合わない力を持つザインエルが上の階級の天使達に疎まれ、地球へと飛ばされ戦線に巨大な穴が空いた為だという。しかし天界側不利で推移していたその戦線だったが、夏の頭頃からまた徐々に天界側が押し返し始めたのだと。
「連中が勢いを盛り返したのはザインエルがまた戦線に復帰したからだって噂が流れているらしい。あまりに不利になったもんだから、慌てて左遷した奴さんを呼び戻したんだとよ」
「……それ、確かな話なんか?」
 疑わしそうに南は言った。
「そこはまぁ、はぐれ悪魔からの情報だからなぁ。魔界を裏切ってるから堂々と次元を超えてその戦線にいける訳じゃねぇ。別件での調査活動のついでの悪魔伝手のそれまた伝手の伝手の噂話の域をでない話さ。だが夏の頭ってのは、京の中心部に踏み込んでも霊波が飛んでこなくなった時期に一致する」
 京都。
 ザインエルそのただの一柱が強大過ぎる為に、ゲートの破壊は絶望的だと言われていた。
 だが、もしも、ザインエルが不在だというのならば――
「……実はひっかけで、油断させて手元まで引き込んで、がぶりとやる腹なのかもしれへんで?」
 南は疑った。美味い話には裏があるものだと信じている。好機を逃す事はそれなりにあったが、引き換えに大怪我をするような事だけはなかった。きっと先の隊の面子も南のような構えであったなら、生きて帰れたに違いない。
「……だとしたら手の込んだ話だな。まぁその辺りの判断はアンタ達に任せるさ。だが、命がけで獲って来ている情報を活かすも殺すもアンタ達次第だって事は、忘れてくれんなよ」
「わかっとるわ」
 大鳥南は顎に手を当てると思考を巡らせ始める。唸る。
 それが事実なら、京都を、目の前にありながら奪還の手を伸ばせなかったあの街を、取り戻せる好機が、今、目の前にあるのかもしれない。危険だからと見逃すか、それとも踏み込んでみるか――
 脳裏を過ぎったのは、ゲートに心を吸われて、虚空に消えていった願い達。
「…………まぁ、ちょいとくらいなら、調べてみる価値はあるのかもしれへんな」
 赤毛の少女はそう、ぽつりと呟いたのだった。

●囮
「要するに俺たちは、囮になるってことだしね。ある程度は近付かないとお話にならないな」
 久遠ヶ原学園の斡旋所が作戦説明に使用する一室で、中山律紀(jz0021) が腕組みした。
 京都に建造されているという謎の建築群。それが何なのか、探ることが今回の目的だ。だが目立たぬよう少人数とはいえ、ただお邪魔しますと乗り込んで、無事で済むとは考えられない。
 そこで偵察班を二班編成しどちらかが情報を持ち帰ることを期待し、彼らの偵察行動を少しでも容易にするよう陽動班三班が一定時間敵を引きつける……という作戦だ。
 この部屋に集まっているのは陽動班の一班、西側を担当する。
 陽動と一言で済ませてしまえば簡単だが、実態は相当な困難を極める。
 調査対象となる建築物は五条大宮付近にあると推測されている。五条通というのは京都市をほぼ東西に横切る幹線道路だ。京都駅を超えて堀川通りを北上した国道一号線は、堀川五条で東へ向かい、山を越えて滋賀県、はては東京まで繋がる。一方堀川五条を起点として西へは国道九号線が延びる。五条大宮は、五条堀川の西に位置する大きな交差点である。
 この付近では五条通は灌木の植わった中央分離帯を挟んで、片側四車線の車道に幅広の歩道が続く。概ね北側は低い民家や商店が連なるが、南側はビルやマンションなど大きな建物が並び、随分異なる印象を与える。
「つい最近、西側で結界外のサーバントを撃退する作戦に参加したんだけどね。結界に入ったらすぐ斥候のサーバントに見つかって、大変だったよ。車で飛ばしてる間は、ほとんどの敵は振り切れたけどね。それでも長射程の攻撃は脅威だと思う。そもそも今回は、振り切るだけじゃダメだからなあ」
 道路沿いに車を走らせた場合、結界の西の端から目標の建物までおよそ6キロ。
 律紀が地図を指し示した。
 JRが上を通る五条千本の南側の『中央卸売市場』と、その少し西側、五条通を跨ぐ歩道橋がある『五条新千本交差点』だ。
「やっぱり候補はこの二ヶ所かな?うーん、どっちも一長一短なんだよね……」
 『中央卸売市場』は広い敷地を建物が囲んでいる為、阻霊符で敵の進行を多少遮って、開口部で迎え撃てる。敵が建物を壊してくれば、接近もある程度感知できる。
 『五条新千本交差点』は、歩道橋から高さを利用した作戦が可能だ。車両を確保していればの話ではあるが、撤退も容易だろう。
 どう思う?と、律紀が場を見渡した。


リプレイ本文

●西の囮
 来る度に京の都は荒んでいくようだった。
「再びこの地に舞い戻る事になるとはな」
 面を通してこぼれたクライシュ・アラフマン(ja0515)の声。かつての血みどろの激戦が思い起こされるのだろう。
 打ち合わせの時点で『気にするな』と言われたが、他人の表情を無意識に読む癖のある中山律紀(jz0021) には、クライシュの面はどこか落ち着かない。それでも落ちついた声と態度は、仲間として信頼できるものではあった。
 路面には多くの車が打ち捨てられていた。結界に覆われたその日から、ずっとそこに残されているのだ。
 若杉 英斗(ja4230)はそれを器用に避けながら、東へとバンを走らせる。
(これで何度目だったっけな……まぁ、京都を解放するまでは何度だって来るさ)
 補強材で少し小さくなった窓から、新井司(ja6034)は警戒を怠らない。
(鬼の居ぬ間に――か)
 時折白い影が過る。ヴォーパルバニーだ。
「牽制射撃を頼む。敵を引き離してくれ」
 英斗がアクセルを踏み込む。司が当たれば幸いと威嚇射撃を放つ。戦兎は引き離されると、それ以上追ってはこなかった。連中にも持ち場があるのかもしれない。
 だが目的地に近づくごとに、明らかにその数は増して行く。ザインエルが不在かもしれないとはいえ、いまだ京都は危険のただ中にある。
(この作戦が勇気なのか、無謀なのか……見極めるにはまだ、色々足りないわね)
「ところで……なんかさっきからすごい匂いがしませんか」
 バックミラー越しに、英斗が車内をちらりと見遣る。視線の先には鷺谷 明(ja0776)。悠然と笑みを浮かべて座っていた。
「まあ後のお楽しみだよ」
 律紀がごく細く、窓を開けた。

「あと2ヶ月もすれば観光シーズンで良い感じの所が多くなるんだがな〜〜京都は。そんな所にこんな連中が居座るのは腹が立つな」
 大城・博志(ja0179)が、窓外に見え隠れするウサギ型サーバントを忌々しげに見送る。
 2台目のバンでハンドルを握るのはフェリーナ・シーグラム(ja6845)だ。
「またここに来るとは思いませんでした……ね」
 まだ血の匂いが漂うような不穏な気配に、街は満ちていた。
「武者や凶鳥が出てくると厄介、ですね」
 かつて見た天界の眷属達の姿が思い浮かぶ。
「次の信号を左へ、その次を右です」
 助手席の紅葉 公(ja2931)が地図を見ながら声をかけた。事前に可能な限りの情報を集め落とし込んである。
「あ、ちょお待って」
 よく通る声が響き亀山 淳紅(ja2261)が顔をのぞかせた。
「そこは通り過ぎて、向こうの道から入って欲しいんやけど、ええかな」
 今回布陣場所として選んだ小学校を通り過ぎた、先の道を示す。
 小学校の敷地はほぼ正方形である。西に体育館、南に校舎が建ち、残りはグラウンドだ。北側は4mほどの通路を除き、ほとんど全てが店舗や住宅が立ち並ぶ。東側には南北に走る道路に面して正門があった。
 国道からの進入路は2本。比較的幅の広い西側の道路と、地図で見る限りは少し狭いように思える東側の道路である。淳紅はそちらの状況を確認したかったのだ。本来なら退避路として3本は確保したいところだが、付近の道路は国道に出る道以外は全て、京の中央――敵の本丸に向かっている。接近は良策とはいえないだろう。
「うわ、これはあかんなあ……」
 電柱が迫る幅2m程の道路に、思わず淳紅が声を上げた。少し行けば幅は広くなるが、少ない敵でも完全に行く手を塞がれてしまう。徒歩ならともかく、車は到底無理だ。
「つまり脱出路は1本ですか。少し厄介ですね」
 フェリーナがハンドルを切り、開いていた正門から車を滑り込ませた。

●白の巨人
 北側通路の傍、物置小屋などが並ぶ一角に英斗は車を進める。もう1台のバンが校舎の玄関に隠れるように停車するのが見えた。
「あちらとは放して置いた方が良い。最悪どちらか1台が残れば脱出できる」
 明が声をかけた。かつて陽動で退路の確保を怠り、危険な目に遭った。二度と同じ轍は踏まぬ。
 車を降り、一同が集まった。校舎を後背にすることで、四方から攻撃されることを防ぐ布陣。
「慣れが出てくる頃だ、気を引き締めて行こう」
 英斗が楯を手に、生真面目に呟けば。
「精一杯引き付けて、さっさととんずらこきましょーってね」
 淳紅は歌うように魔法書を開いた。
「では打ち合わせ通りに、中山はタイムキーパーと治療に専念を」
 司の言葉に、律紀が頷いて光信機を取り出した。
「作戦開始を連絡するよ」
「さて、はじめましょうっ!」
 車を降りたフェリーナが、愛用の銃を油断なく構える。
「YO−DO−!」
 博志がラジカセのスイッチを入れると、大音量で音楽が流れ出した。同時に幾人かが銃口を空に向ける。
 だがどういう訳かあまり敵が来ない。バンを追ってきたヴォーパルバニーを幾体か片付けると、拍子抜けするような間が訪れた。既に救出すべき者もいない小学校に撃退士。出方を窺われているのかもしれない。
 そこに、グラウンドを横切って明が疾走して来る。引き離されない程度にグレイウルフが追いかける様子は、まるで鬼ごっこだ。
「適当に釣ってきた。全滅させない程度に、程々に頑張るかねえ?」
 合流すると踊るように身を翻し、青黒い飛沫滴るウォーハンマーを振り被る。
 ギャウン。
 鼻面を打ち据えられ、碌に吠えることもできずに狼は吹き飛んだ。
「おっと、吠えられないのは困るな。気をつけよう」
 まるでゲームを楽しむように、明は得物を構え直す。
 クライシュの光輝く剣が、跳躍する戦兎を切り裂いた。
「有象無象の獣達よ、俺の羽撃きを止められるか!」
 次第に数を増していく敵。だがまだ作戦は始まったばかりだ。
「援護します!余り近づき過ぎないで、散開しましょう!」
 クライシュと明の間から、公は火焔球を放つ。吹き飛ばされた狼が、グラウンドを朱に染めて転がった。それでも尚、犬歯を剥きだし起き上がる。そこにフェリーナの銃弾が撃ち込まれた。
「中山、いま何分?」
 トンファーの一撃を戦兎に叩き込み、ステップを踏み体勢を立て直した司。
「残り45分。今のところ順調だね」
 明の言ではないが、程々に敵が集まっている状態だ。今の所は順調と言っていいだろう。

 そのときだった。
 まるで地震のように、グラウンドが揺れる。
「来ました、ホワイトジャイアントです」
 後衛に位置取る公の目に、白い巨体が映る。体高5mもの巨人。鈍重な動きだが、その分多少の攻撃は跳ね返す強靭さを誇る。
「連中の鼻先を挫く、お前らには傷一つ付けさせはしないさ」
 クライシュが後衛に声をかけると、一歩進み出た。大量の雑魚を引き受け、白い巨人は他に任せる。
「来たか。俺は俺に出来ることを全力でやるさ」
 英斗の口元が一層引き締まる。ホワイトジャイアントの前に躍り出た。 
 動きの鈍い相手に先制攻撃。手甲のスネークバイトを挨拶代わりにお見舞いする。強撃を受け、ジャイアントが一瞬よろめく。だがタフな巨人は倒れない。巨大な足を振り上げると、英斗を踏みつぶそうとする。
 手にした楯が一際輝くと、巨人の足は音を立てて傍の地面にめり込んだ。
「くっ……さすがに馬鹿力だな」
 防御力に秀でる英斗ですら、直撃は危険だと思われた。仲間と離れすぎない距離を保ちつつ、次のタイミングを伺う。
 その眼前で、先刻確かに傷付けた巨人の足が、じわじわとふさがってゆく。
「回復するのか……!」
「ならば回復する前に削るのみ」
 明がウォーハンマーを飛燕翔扇に替え、素早い動きで投擲する。肩に当たった扇はブーメランのように向きを変え、明の手元に戻る。
 その一瞬の隙。ヴォーパルバニーが巨人の陰から躍り出た。鋭い爪が咄嗟に避けた明の脇を掠める。
「鷺谷さん!」
 踏み出そうとする律紀を、明は視線で制する。……自分のことは自分で何とかする。そう言ってあるね?
 アストラルヴァンガードのスキルはこのメンバーでは温存すべきだ。そう含められていたことを思い出し、律紀は唇を噛んだ。

「抑えられるか、試してみるわ」
 司の瞳が青く輝きを放つ。駆け出すと、青い光を纏ったトンファーを巨人に撃ち込んだ。『絶氷』の効果が巨体をその場に釘づけにする。
「かかったわ。今のうちに」
「いきますよ」
 普段はふわりと柔らかな公の表情が、きゅっと引き締まる。手にした霊符が燃え上がるように輝くと、光球が現れホワイトジャイアントの頭部――これまでの記録によると痛打を与えられるという――を狙った。
 高さはあるが、避けられぬ相手を外すことはない。
 頭を半分吹き飛ばされ、巨人は凄まじい咆哮をあげた。校舎全体が震えるようだ。
 嘆くように、怒るように頭を手で覆う巨人。だが今度はその傷が塞がることはなかった。
「頭を潰せば回復しないのかもしれません」
 公の声が弾む。
「次が来るわ」
 フェリーナがグレイウルフを撃ちながら、注意を促す。新たなジャイアントが2体、接近するのが見えた。
 それでも対処方法が判ったのは大きい。同じように打ち砕くだけ。
「あと20分。半分過ぎてるよ!」
「こんなに長い1時間なんて、初めてやで……!!」
 律紀の報告に、淳紅が悲鳴のような声を上げた。そう言いつつも、手にした魔法書からは休むことなく雷光が迸る。
 雷光を纏う旋風に取り巻かれ、巨人の動きが一層愚鈍になった。どうやらこのホワイトジャイアントは、付随効果がかかりやすいようだ。
 そう思った時。手にした魔法書が、すっと光を失った。
 顔を上げ辺りを見渡すと、公が悔しそうに霊符を仕舞うのが見えた。
 魔法攻撃を無力化する存在。ついにファイアレーベンが襲来したのだ。
「潮時だな」
 明がグレイウルフを目がけ、持ち替えたウォーハンマーを叩き込む。これ以上敵を呼ぶ必要もない。
 瞬間、司が駆け出した。

●朱の大鴉
 飛来した怪鳥は2体。グラウンドを横切ると、旋回して戻って来る。こちらの位置を確認したようだ。
 全力疾走で屋上に到達した司は、ロングボウを構える。司の位置からは敵を真正面に見ることができた。
 怪鳥に視線を据え、意識を集中する。その姿はまるで狩りの女神のごとく。
 一杯まで引き絞られた弦が解放されると、唸りを上げてアウルの矢が怪鳥目がけて突き進む。
 先に来るファイアレーベンの翼の付け根を司の矢が射抜くのと、業炎が司を襲うのはほぼ同時だった。
「!!」
 ファイアレーベンが空中でぐらつくのが、炎の向こうに見えた。冥魔の気を纏う阿修羅の一撃は、天界の眷属には大きな影響を及ぼす。だが、逆も同じこと。
 司はどうにか踏みとどまると、次に飛来するファイアレーベンを睨む。
 
「あかん、司ちゃん危ない! 逃げるんや!」
 淳紅が校舎に駆け込んだ。中の構造は既に把握している。一気に屋上目指して駆け上がる。
 公が上空に向けサルンガを引き絞った。
 フェリーナの両腕を覆う紺色の光が膨れ上がり、海中の光のように揺らめき、輝く。
「凶鳥め、借りは返させて貰いますよ!」
 かつて遭遇した強敵。今度は簡単に負けはしない。
「ただ護られているだけじゃ、もうイヤなんですッ!」
 ライフル自体が叫んだかのようだった。怪鳥を地に叩きつけんと放たれたアウルの銃弾。
 キェエエエエエ!
 ファイアレーベンが鋭く啼いた。そのままバランスを崩し、校舎に激突。
 が、まるで相討ちのように放たれた火焔が地上を覆った。
「しまった!」
 業火は怪鳥にとって最も危険な相手を狙った。つまり公とフェリーナをだ。
 公は咄嗟に魔法障壁を展開し、炎の威力を減殺する。だがまともに狙われたフェリーナは、炎に焼かれた。
「シーグラムさん!」
 なんとか倒れずにいるフェリーナを、律紀が力いっぱい引き摺り、建物の陰に退避する。
 先刻、淳紅が駆け込んだ校舎の玄関を見ると、堕ちた怪鳥の身体でバンが見えなくなっていた。近くに誰かがいれば、巻き添えを食ったことだろう。律紀は僅かに身震いしながらも、叫ぶ。
「あと10分! もう少しだ!」

●Time is up
 屋上にたどり着いた淳紅が目にしたのは、四肢から血を滴らせながらも弓を構え続ける司の姿だった。
「無茶したらあかん! こっちへ!」
 澄んだ声で必死に司を呼ぶ。地上からの攻撃に晒され、傷つきながらも突進して来る怪鳥の姿が見えたからだ。
 吐き出す業火ごと自分に向かって飛び込んでくるファイアレーベンに司が弓を射る。駆け寄る淳紅の目前で、司が炎に包まれた。

「亀山さん大丈夫? ……うわ、新井さん!」
 律紀が声を上げる。
 ボロボロの司を背負う淳紅も、かなり負傷していた。翳された律紀の手が淡い光を放つ。
「申し訳ないけど、俺のヒールもそろそろ尽きそうで。完全には治せないんです」
 律紀が振り切るように顔を上げる。長い一時間がようやく経過したのだ。
「撤収です! 応援を呼びます」
 できれば自分達だけで脱出したかった。だが定員一杯では、車体は不安定になる。全速力を出せず、攻撃を受ければ横転もあり得るのだ。
 集めた敵を、今度は蹴散らして逃げ出す。
「IYA−−−吼えよ、焦く炎よ」
 博志の詠唱に、巨人が炎に包まれた。撤退の為に温存しておいた術を、思う存分ぶちかます。
 クライシュの光剣が、動きの鈍くなった敵の足を狙って閃いた。巨体が膝をつく。
「車へ急げ! すぐに新手が来る」
 英斗が楯で巨人の拳を押し戻していた。
 怪我の酷いフェリーナと司を、淳紅と律紀がそれぞれ背負った。公が傷をものともせず、守るようにつき添う。一団を庇うように、英斗とクライシュが回り込みつつ移動する。
 さっきまではさほど広くないと思ったグラウンドの端が、やけに遠い。
 こうなってはヴォーパルバニーすら脅威だ。血の匂いに惹きつけられたか、勢いを増した爪でとびかかってくる。
 割って入る英斗。1体を受け流すその隙に、別の1体が襲いかかる。飛び散る鮮血。
「不死鳥モード起動!」
 どんな状況でもけして諦めない。その強い心が、全身に力を与える。
「……で、何ですか、それ」
 明が放り投げた物体を見咎め、英斗が声をかけた。
「知らないか? 『くさや』だよ」
 悪臭の正体を楽しげにあちこちへ放り投げる。その腐臭は慣れると癖になるそうだが……ともかく知能の低いサーバント達の嗅覚は誤魔化せるかもしれない。
「IYA−−−猛よ、注ぐ炎よ」
 進行方向の敵に、最後まで温存していた博志の範囲魔法が炸裂。炎が開いた退路を、撃退士達が駆け抜ける。
「あ、忘れてた。おまけ」
 持っていた鞄に火を付け、放り投げた。夏の売れ残り花火を詰め込んだ鞄が、盛大に火花と煙を吐く。
「煙幕〜〜〜」
「どれ、ではこちらも」
 追い縋ろうとするホワイトジャイアントを、明が殴りつけた。地面から湧き出た無数の腕が、巨人の足を絡め取る。それを振り返りもせず、駆け出す。
「五条通りに味方が、急いで!」
 バンから身を乗り出し、律紀が呼んでいた。

<了>


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 紫水晶に魅入り魅入られし・鷺谷 明(ja0776)
 歌謡い・亀山 淳紅(ja2261)
重体: −
面白かった!:7人

たぎるエロス・
大城・博志(ja0179)

大学部2年112組 男 ダアト
アトラクトシールド・
クライシュ・アラフマン(ja0515)

大学部6年202組 男 ディバインナイト
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
優しき魔法使い・
紅葉 公(ja2931)

大学部4年159組 女 ダアト
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
撃退士・
新井司(ja6034)

大学部4年282組 女 アカシックレコーダー:タイプA
手に抱く銃は護る為・
フェリーナ・シーグラム(ja6845)

大学部6年163組 女 インフィルトレイター