●おさびし商店街
某私鉄沿線、長菱(おさびし)駅はこぢんまりした駅だった。
長菱商店街はその駅から歩いて数分という立地である。真っ直ぐ延びた通路を挟んで様々な店舗が並んでいるが、シャッターが下りたままの店も少なくない。
近隣の住宅地に向かってバス路線が整備されており、乗降客の大部分は商店街に立ち寄らずに帰宅する。近郊住宅に住む人々は、週末に自家用車で大規模なショッピングセンターに行ってしまうからだ。
昔は夕方ともなれば買い物かごを下げた奥さん達が賑やかに行き交っていた商店街は、徒歩圏のお年寄りが立ち寄るだけになっていた。地方のベッドタウンでは比較的よくあるケースではある。
「いや、この度は本当に有難うございます」
ポロシャツ姿の若い男が笑顔で近寄ってきた。商店会の青年部の代表だという男は、久井忠志(
ja9301)に右手を差し出す。どうやらリーダーと思われたらしい。
「いえ、こちらこそ。宜しくお願いします」
忠志は鋭い目つきに似合わぬ形に口元を歪め、丁寧に相手の手を握り返す。
(復興の手伝いか……。スマイルの練習をしておいて良かった)
生真面目な性格ゆえか、事前に積み重ねていた努力が早々に実ったようである。
「伺ってた空き店舗は、ここでいいですかね」
駅から近い一つの店舗のシャッターが上げられる。中はほとんど空っぽだが、元は食品を扱う店だったようで、綺麗に片付いた調理場が静かに埃をかぶっていた。
Rehni Nam(
ja5283)と鳳 優希(
ja3762)が中をざっと見渡し、OKを出す。
二人のパフォーマンスは下調べなどが必要になる為、後半の担当だ。早速準備に取り掛かる。
商店街を一通り歩いて、雀原 麦子(
ja1553)が戻って来る。
「少しは活気が取り戻せるように頑張ってみましょうか♪」
話に聞く通り、どこか寂しい商店街である。だが何かきっかけがあれば、活気は戻るはずだ。
店舗の奥の部屋には、事前に頼んであった品々が積み上げてあった。麦子はそれらを点検し、必要な順に並べる。
「はいはいみんな、ちゃちゃっとこれに着替えてね〜」
結城 馨(
ja0037)は衣装を広げ、感心したように眺めた。
「なるほど……これが和風メイド服というものですか」
着物風ひざ丈ワンピースに、飾り帯のようなリボンが後ろについたベルト、白いエプロン。大人しめの可愛らしいデザインである。
「けっこうかわいいよねっ!よし、イベント告知がんばるよっ」
早速着替えて、下妻ユーカリ(
ja0593)はその場でくるりと回って見せた。ふんわりとした風情を、渋めのデザインが程良く引き立てる。
麦子は、大八木 梨香(jz0061)に演技指導という名目で無理難題をふっかけている。
「男性層をターゲットに、よろしく♪チラシを渡す時は上目づかいに、そっと手を添えてね」
チラシを手にした梨香の肩は、ふるふると小刻みに震えていた。
「……麦子先輩、いくら私が世事に疎いとはいえ、それが何かおかしいということはわかります……!」
梨香の見た目は、メイドというより『女中さん』である。それも昭和初期の推理小説で、立派な洋館を訪れた探偵にお茶を出した後、最初の殺人事件で遺体を発見して腰を抜かす女中さん。そういうレトロでちょっと残念な雰囲気だ。
だが麦子はそんなことはお構いなしに、部屋の隅に鎮座している大きな布袋を開けた。
中から出てきたのは、巨大なピンクのウサギの頭。そう、この残暑厳しい折、果敢にも麦子は着ぐるみに挑戦するのだ。中には注意書きが入っている。
『水分補給は忘れずに行ってください。初心者の方は30分以内に交替してください』
……どうやら想像以上に危険な任務のようである。
どうにか身支度を整えると、外に出る。
そこには日傘をさした羽空 ユウ(
jb0015)と、巫女装束にきちんと身を包んだ神城 朔耶(
ja5843)が待っていた。
「暑い、けど…依頼、だから」
ユウが伏し目がちに呟いた。世話役の男性に、少し商店街を案内して貰っていたのだという。
「では参りましょうか。沢山の人達に来てもらえるよう精一杯頑張りましょう!」
朔耶が大きな木箱を載せた代車に手をかける。商店会が用意した大きな案内看板を抱えた忠志が、先に立って歩き始めた。
●歌って踊ろう
普段の長菱駅前は、平日の昼間にはバスを待つ人がぽつりぽつりとベンチに座っているだけだという。だが今は夏休み中ということもあってか、子供を連れた若い夫婦や、友達と何かしら買いに行く小中学生の姿も見られた。
そこに、明るい歌声が響き、人々が何事かとそちらを見る。
『電車おりたら 目の前だ
肉も 魚も 野菜も 安い
ちょっと一服 コーヒー飲んで
すてきなひと時 味わおう♪』
作詞作曲ユーカリのミラクルソング【ぼくとわたしの長菱商店街】である。(自称)未来のスーパーアイドル・ユーカリが、駅前広場を目一杯に動き回り、歌い踊る。
『おさおさ おさびし商店街 ぼくとわたしの商店街
おさおさ おさびし商店街 みんな笑顔の商店街♪』
連呼されると商店街の名前が嫌でも頭に残る。響きはともかく、効果は絶大だ。
自然と手拍子が湧きおこる。
口を半開きにしてぼーっと見上げる小学生の頭を撫で、ユーカリはふわりと身を翻す。
『あそこのお店は なに屋さん
とても とても とっても ふしぎ
ちょっと覗いて 扉を開けて
ゆかいなひと時 すぎてゆく♪』
歌い終えると、あちらこちらから拍手が沸き起こった。世話役の男も、群衆の後ろで力いっぱい手を打ちつける。
梨香は観客と一緒になって拍手をしていた。この場に居る理由を一瞬忘れていたのだが、ハッと気づいてチラシを手に振り向く。
「あら……麦子先輩……?」
さっきまで子供相手に愛想を振りまいていた、ウサギの姿が消えていた。
ウサギは頭を外し麦子になり、植え込みの陰でだれている。
「あー流石に暑いわ……ダイエットにはなると思うけど……」
酒屋で借り受けたビール瓶のジャグリングに、アクロバット。およそ普通の人間では不可能な着ぐるみの連続技に、子供たちは大受けだった。
だが、はしゃぐ子供は恐ろしい。慣れたが最後、いきなり頭突きで襲いかかってきたり、背後からジャンピングキックをお見舞いしたり。まさに『中の人などいない!』状態である。
こうなったら最後、着ぐるみは敗走するしかない。
「あっ先輩、こんなところに!……大丈夫ですか?」
麦子を見つけた梨香が少し心配そうに声をかけてきた。麦子の眼が光る。
「梨香ちゃ〜ん、ちょっとこっち来て。怖くないから、ほら足をこっちに……」
「あっ先輩、ちょっとなにするんですか!?やめてください!きゃああああ!」
どういう早業か、麦子は自分の着ぐるみを梨香に纏わせると、疾風のように駆けて行った。
「……大丈夫か?」
悲鳴を聞いて駆けつけた忠志が、ウサギの頭を拾い上げ、呆れたように梨香を見た。
「商店街でイベントをすることになっていまして」
馨がチラシを手に、笑顔を向ける。ターゲットは主に、親子連れだ。子供の前ではしゃがみこみ、取り出した風船で小さな動物など作って見せる。目を輝かせて受け取る子供に、イベントの日時をしっかり伝達。
「お友達も誘って来てねーお姉ちゃんとの約束だからね?」
指切りまでして、強調した。それからその子の親にチラシを渡す。
「セールもありますので、宜しければ」
チラシ配りは単に枚数を配ればいいというものではない。いかに相手に印象付け、足を運ばせるきっかけを作るか。その為には子供に『行きたい』と言わせるのが一番だ。
「ありがとうございましたー」
受け取ってくれた人に、丁寧に礼をするのも忘れない。そして馨は、素早く次の親子連れを捕まえる。なんという計画的チラシ配り。
一人の子供が上空を指差す。
「あのおじさん……空を飛んでる!」
まだおじさんと言われる年齢ではない忠志が、スキル『小天使の翼』で空を横切った。これは嫌でも目立つ。
高度を下げると、何人もの子供が駆け寄る。普段なら彼の目つきにおびえて逃げ出すところだが、子供にとって空を飛べる人間は憧れの存在だ。
追いかけて駆け出す子供に強く手を引かれ、一人の母親が躓いた。忠志はそれを見るとさっと舞い降り、若い母親を支えた。
「失礼、お怪我はありませんか」
こちらは逆に、忠志の鋭い目つきが功を奏した。空から舞い降りて来た男が、気遣わしげに眉を潜めて覗き込む。
「えっ、あ…はい!」
奥さんのハート鷲掴みである。
朔耶は商店街に近い位置に机を置いた。白い布で覆った上には、『御神籤』と書かれた木の筒がある。朔耶が修業先から借り受けてきたものだ。
「御神籤でも如何ですか?」
御神籤。日本人ならば心動かされずにはいられない響き。巫女装束の朔耶が笑顔で呼びかけると、数人が足を止めた。丁寧に手渡されたみくじ箋を開き、一喜一憂する人々。結果の吉凶で大いに盛り上がる。
一通り行き渡ると、ユーカリの歌が終わるのを待って進み出る。持参した飾り物を身に付け、手には幣束。先刻の笑顔とうってかわって、どこか厳しい程の真剣な表情。
「まだまだ未熟の身ですが……皆様の無病息災を願って舞わせていただきます」
しゃらん。身に付けた飾り物が涼しげな音を立てる。
神楽にあわせ、優雅に舞い始めた。
(……どのような苦難が待っていようとも、必ず乗り越えられる。皆様が力を合わせれば……)
心からの祈りを籠めた踊りが終わると、ベンチに座るおじいさんおばあさんが一生懸命手を叩いてくれた。心からの想いは、声に出さずとも伝わるのかもしれない。
おじいさんおばあさんに混じって、日傘の陰でユウがぱちぱちと手を叩いた。
青い空を見上げる。広場の賑やかな音が収まると、蝉たちの大合唱が駅前に響いた。
「……蝉時雨、が、心地良いの」
隣に座るおばあさんが微笑んだ。
「まだこの辺りは、都会に比べたら自然が残ってるからねえ。いくら便利でも、緑が少ない所には住めないねえ」
周囲の自然の素晴らしさ、ほんの少し前までどこにでもあった、優しくゆっくりと流れる時間。ユウは、精一杯それを受け止める。
●寄ってらっしゃい見てらっしゃい
そろそろ日も西に傾く頃、インド舞踊のように華やかな衣装を身に付けた優希が駅前広場に現れた。足取り軽やかに踊り始めると、アクセサリーが夕日を照り返してキラキラ光る。思わず目を奪われた通行人に、チラシを手渡す。
「料理パフォーマンスですよー。是非、来て下さいなのー☆」
こうして誘導された観客が集まるのは、空き店舗の前。準備を整え、フリルいっぱいのエプロンを身に付けたRehniがスタンバイしている。
戻ってきた優希が準備を整えると、揃って一礼。
「ユキちゃん、補助よろしくですよ!」
「はいはいはいはい、行くよー? レフママ〜?」
優希がおもむろに、数本の人参を放り投げる。
「包丁一閃!」
Rehniが目にもとまらぬスピードで包丁を振るうと、人参は見事な銀杏切りで宙を舞う。
「うりゃりゃりゃ、キャッチなのー☆」
大小の片手鍋を器用に操り、優希が全て受け止めた。中身が見えるように傾けると、観客の間にどよめきが広がる。
次々に投げられる野菜や果物は短冊切り、乱切り、千切り、半月切りと自由自在。
その間、Rehniと優希は食材だけでなく言葉も投げ合う。
「この大きなガラスのお皿は〜!」
「骨董の○○さんより提供ですのー☆」
事前交渉で、宣伝用に調理器具や盛り皿を借り受けていたのだ。当然食材も、商店街で調達。新鮮な野菜や果物は切り口も鮮やか、皿の上に華やかに並ぶ。
二人がフィニッシュでポーズを決めると、場は拍手で包まれた。
ユーカリが用意したフレッシュジュースを配って回る。近くの喫茶店で聞きこんできた、オリジナルのミックスジュース。看板メニューだというそれは、程良い甘さと爽やかさが夏の暑さを紛らせる。改めてその美味さに人々は唸った。
「ジュースも良いけどビールもいかが♪」
麦子が酒屋の前に並べたイスで、グラスを掲げた。見知らぬおじさんたちとビールを酌み交わし、いい気分。心地よい風が吹き抜け、気分はちょっとしたビアガーデンだ。
その賑わいを商店会の代表がじっと見つめていた。
ユウが近付き、自作の地図を手渡す。ついさっきまで商店街をずっと歩いて回っていた。
(自分が買う事、想定して、考える……一番、の筈)
買い物客の気持ちになってそれぞれの店舗に立ち寄り、店主と会話する。本来会話自体が苦手なユウにとっては、大変な労力を要した。
喫茶店では、お勧めメニューについて話を聞いた。イベント時に少量をお試し価格で出してみることを提案する。
雑貨屋では、アンティークな飾り物を見つけた。
「此れ。清の時代に伝わった、主家復興の為に泣く泣く嫁いだ、花嫁の輿入れ道具―の、模造品」
途中まで驚き顔で聞いていた店主が、最後の一言に苦笑い。そこにユウは生真面目に説明を入れる。人間というのは曰くつきの品が好きだ。どういう品物か、面白おかしく話すのもありだろう。そういう交流が、人に足を向けさせるのだと。
そうやって歩き回った結果、地元民の目線とは違う地図が出来上がった。慣れないと歩きにくい場所、見通しの悪い場所。防災マップにも転用できそうだった。
「……思わぬ、効果?」
今日の集大成ともいえる地図だ。それを差し出して、自分の考えを言葉を探しつつ伝える。
「イベント、一過性。ここ、人、の、触れあい、ある。大型店、と、違う、良い点、伸ばす、一番」
馨もその場に加わる。
「スタンプラリーの景品には、子供が喜ぶ物があると良いと思います。大人は子供が連れて来てくれますから」
忠志はそれに加え、共通の駐車場を用意するなど、今の時代に対応することも提案した。
「この調子で、継続して人が来るような商店街作りを目指してください」
世話役は、考え込むように地図に目を落とした。
●そして久遠ヶ原
数日後、ジュリアン・白川(jz0089)の元に、荷物が届いた。
送り主は長菱商店街の代表名。中からは書類の束が出てくる。
「……ふむ、中々力の入ったパフォーマンスだったようだな」
書類をめくりながら、白川が呟く。それはパフォーマンスの評価書だった。
学生達は知らなかった。
商店会の世話役が、駅前の子供を連れた奥さんが、道端でおしゃべりするおばあさんが、そして酒屋のおじさんが、実は採点係だったことを。事前に依頼された人々が、パフォーマンスが商店街のイベントとしてふさわしいかをチェックしていたのだ。
概ね好評なその内容に、白川は満足そうに頷く。
『とても素敵なパフォーマンスでした。是非とも引き続き宜しくお願い致します』
手紙の最後には【ぼくとわたしの長菱商店街】を、今後イメージソングとして使用したい旨も添えられていた。
<了>