●作戦開始
京の町は静まり返っていた。
滋賀県から国道一号線を西に走り、河原町五条で北へ折れる。
「今回の主目的は住民救出、それと……白川先生の方の案件も同時に解決、か」
佐藤 としお(
ja2489)は事前に話し合って決めたことを改めて自分の中で整理している。雫(
ja1894)が頷いた。
「時間との勝負になりそうですね」
年齢に似つかわしくない厳つい表情で、新田原 護(
ja0410)が呟く。
「今回の作戦目標は百貨店にいる人員と民家にいるだろう真弓ちゃんの保護。しかも激戦区からの敵斥候付きの増援も想定か。普通なら、とっとと見捨てて撤退と言いたいが、見捨てることができないのが我々だからな」
普段はおっとりしているエルレーン・バルハザード(
ja0889)が、強い口調で言い切る。
「ひとりでもたくさんの人が守れるなら…やるよ!私達しかそれができないんだもの」
「小さなことからコツコツと。住民を救出することでザインエルに渡る力も減るわけだし」
装甲車のハンドルを握る龍崎海(
ja0565)は冷静に状況を分析し、判断する。だが行動は同じである。
助手席で道案内をするジュリアン・白川(jz0089)は、皆の会話を聞きどこか楽しそうだ。
「ところで新田原君、真弓ちゃんは……まあいいか。ともかく諸君には期待しているよ」
四条河原町の交差点手前、やや南寄りの河原町通に海は装甲車を停める。
地下街入口からは少し離れているが、脱出時に阻霊符を使用した場合、向かってくる敵に装甲車が破壊される恐れがあった。それを防ぐためだ。
鞄を肩に、中津 謳華(
ja4212)が立ち上がる。
「……弱きを護るは武人の定め。一つ、護りに往くとしよう」
装甲車の扉を開け、撃退士達は一斉に飛び出した。
「白川先生モ厄介な依頼を持ってきてくれたものデス」
フィーネ・ヤフコ・シュペーナー(
ja7905)はそっと溜息をついた。
装甲車を降り、四条河原町の南西角の建物に駆け込む。
「まあ…皆さんの言う通り一人多く救えるかもしれナイ命が増えたと思えバ、そう悪くはないのかもしれまセン。なんにしても、やることは一つ、デショウ?」
隣でイヴ・クロノフィル(
ja7941)が、こくりと頷いた。
「ん、お仕事、頑張るの」
建物の二階へ上がり、非常口から外部通路へ。邪魔なガラスを叩き割る。
その位置からは装甲車も、皆が降りて行った地下道への入り口もよく見渡せた。
「……こちらは、準備完了。いつでも、大丈夫、なの」
イヴが光信機で仲間に呼び掛けた。
●救出作戦その二
「白川先生達も気を付けて!」
エルレーンの声を背に、駆け出した三人。目的地を知っている白川に、護と海がついて行く形だ。
護からしてみれば、こんな作戦に白スーツ・革靴姿の白川の思考は理解不能だが、とりあえず移動の障害にはならないようだ。長い筒状のプラスチックケースを肩に、ほとんど足音も立てずに町屋の陰を縫うように走る。
ある小路を折れた所で、格子戸を開けて中へ駆け込む。
滑らかな敷石を踏み、緑が涼しげな坪庭を通り抜けた奥で、漸く立ち止まった。
「池永邸だ」
「では自分が」
護が開錠スキルを駆使して、玄関の鍵を開けた。
「さて、何処にいるかね……家の中に居るとは思うが」
「探してみます」
海が生命探知で周辺の生命の気配を探る。
「……二階に反応がありますね」
「素晴らしいね、助かる」
薄暗い建物内の細く急な階段を上がると、文机に伏している背中が見えた。白川が駆け寄り肩を揺する。
「真弓さん、しっかり!」
女が夢見るように目を開いた。
「あ……白川さん……?お久しぶりです」
「全く呑気なことで。立てますか」
白川に背負われて降りてきた姿を見て、階下で警戒に当たっていた護が軽く眉を寄せる。
「池永真弓『ちゃん』だよ、新田原君」
どう見ても妙齢の女性だった。護が光信機を手にする。
「……関係者各位へ、真弓ちゃ……さんを確保した。これより脱出する」
格子戸から外を伺う。今度は護が先頭だ。
「先生、その方を頼みますよ。護衛しますからね」
「悪いが任せるよ」
絵を抱いた真弓を、白川が抱き上げる。撃退士にとって辛い重さではないが、両手が塞がる以上戦闘は不可能だ。
殿を海が護衛し、一斉に走り出した。
辻に差し掛かる度に、護が持参した手鏡で敵の姿が無いかを確認する。
順調に四条河原町に近づいていた矢先、3人の耳に嫌な鳴き声が響いた。
護が空を睨む。
「装甲車まで無事につければいいが」
「やはり、そう楽には行かないか」
海の言う通りだった。
怪鳥が嫌な鳴き声を上げ、上空を旋回し始めた。こちらに気づいたようだ。
その声に呼び寄せられるように複数の黒い獣が接近する。
海の護符から陰陽を現す白と黒の珠が躍り出て、螺旋を描きながら敵にぶつかる。サーバントが一体、路面に叩きつけられた。
その隙にショートボウを活性化させた護が、上空の怪鳥を狙う。あれが増援を呼ぶなら、先に潰さねば。
アウルを籠めた鋭い一矢が突き立つ。姿勢を崩し高度を下げる所へ、止めの矢。
だが、建物の屋根伝いに駆けてきた黒狐が首を一振り。蒼炎が護を襲った。
別の一体が距離を詰めてくる。
襲撃の気配。真弓に覆い被さる白川の背中はがら空きだ。
咄嗟にブロンズシールドを活性化させた海が、サーバントに対峙し身構えた。眉一筋動かすことなく、炎を己が身で受け止める。
攻撃中の敵に生じた隙を、護は見逃さない。振り下ろした戦槌が黒狐の背骨を打ち砕いた。
「見事だね、部長。怪我の方は大丈夫かな」
「問題ないよ。真弓さんの方はどうでしょうか」
「大丈夫だ。車に急ごう」
再び護を先頭に、走り出す。
●救出作戦その一
湿っぽい地下道をエルレーン、雫、としお、謳華の四人が全力で走る。
事前の交信で百貨店にいる撃退士とは連絡が取れている。としおは実務上だけでなく、彼らの心情を慮る。
(いつまで待てばいいのか分らないってのは心理的にキツイよね……)
彼らは相当疲弊していたが、それでも救援に力を得て、こちらが頼んだ物をかき集めてくれたらしい。
地下道の左右には、地上へと続く階段が口を開けていた。今の所、敵には気付かれていないようだ。
やがてひときわ明るい光が漏れるのが見えた。D百貨店への入り口である。
中には、生気のない顔をした人々が座り込んでいた。
移動式の陳列棚の天板を剥がした物が準備されている。これに一般人載せれば、素早く脱出できるという段取りだ。
だが大人十二人となると、重量も相当だ。全力で牽引して途中で壊れては元も子もない。
余裕を見て六人ずつ二台に載せることになったが、そのままではバランスが悪く不安定だ。
「少々心苦しいが、仕方あるまい。暫く我慢してもらおう」
毛布を敷いた上に座らせ、謳華が持参したロープで固定して行く。
謳華ととしおが牽引用のロープを手にし、エルレーンと雫は、少し先に立って敵の気配を探りながら進む。
先にいた二人の撃退士も、細心の注意を払って荷台を地下道まで押し出した。
「もうちょっとだからね……がんばって!」
エルレーンが気遣って声をかける。もどかしい行程だった。
やがて四条河原町が近いことを示す表示が目に入る。
そのときだった。
「前方15m左手、います」
雫が簡潔に事実を述べる。と同時に、エルレーンがいち早く躍り出た。
階段に向かって、双刀を振り下ろすと同時に『影縛の術』で敵の動きを封じる。
地下道に響き渡る短い獣の声。通路の奥から、地下道の進行方向から、黒い狐の姿が次々と跳び出す。
「あいつは火炎で攻撃してきます、気をつけてッ!」
腕に包帯を巻いたディバインナイトが、楯を展開。荷台を背に防御態勢を取る。もう一人のアストラルヴァンガードは、後方を警戒する。
「ごめんね、疲れてるのに…でも、あいつらは私たちが片付けるからね!」
エルレーンが敵の行動を阻害する靄を発生させた。少しでも攻撃を逸らさねば。
黒狐が首を振ると、青い火炎が噴き出した。先陣を切ったエルレーンと、すぐ後方の雫を、熱波が襲う。
敵の行動をある程度封じたとはいえ、後背に荷台を庇う以上、思うような回避行動はとれない。
まともに攻撃を食らってしまった。
「悪いけど…あなたの相手なんか、してる場合じゃないの!」
負傷を物ともせず、エルレーンが叫ぶ。双剣から噴き出した焔の蛇が、黒狐に襲いかかった。
「燃えちゃえっ、じゃまっけな天魔ぁッ!」
弾かれるように吹き飛ぶ仲間の身体を飛び越え、黒い影が突進してくる。
「急ぎましょう。時間を掛けると相手の物量に押し潰されます」
額から流れる血を拭いもせず、雫が構えたフランベルジェに念を籠める。
眩く輝く光が弾け飛び、サーバントの群れを蹴散らす。その軌跡は地を這う三日月のように残像を残した。
異常な光景のはずだったがが、地下道の戦闘を目にしても荷台の上の人々は無関心なように見えた。騒いで暴れられるよりはましだったが…。
「じっとしててくださいね」
そっと声をかけ、としおは前線の加勢に向かった。
謳華は踏みとどまる。いわば最終防衛ラインだ。
「……中津荒神流に敗北はない。必ず護りぬいてみせよう」
雫とエルレーンの繰り出す刃をかいくぐり、獣が跳ねる。
としおが敢えてその前に身を晒し、敵の注意を逸らす。
獣の吐く焔がとしおに伸びた。すんでのところで致命傷を避ける。そのまま壁を蹴って敵の後背に跳ぶと、身を翻しざま勢いを乗せた大剣を振るった。黒狐が吹き飛ぶ。
だが1体を凌ぐ間に、次が現れる。
「俺の目の黒い内は、好きにはさせられんな……!」
サーバントが焔を吐くのとほぼ同時に、謳華が半身に構えた姿勢から、メタルレガースで覆われた脚を振り抜く。常人の目では追えない早業。生じた衝撃波の牙が、敵を切り裂いた。
だがそれに威力を減じられたとはいえ、サーバントの射程の長い攻撃は謳華の身を焼いた。引けば、後ろの一般人に被害が及ぶ。
怯む様子も見せず、あくまでも平静。襲い来る敵を迎え撃つ。
やがて敵の襲撃が収まった。
狭い階段に荷台は捨て、一般人の列の前後を守りながら地上を目指す。
●陽動作戦
イヴの光信機に地下街から通信が入る。要救助者を全員確保。
「わかった……こっちに、まかせて」
イヴが小柄な身体に似合わぬ長大な弓を構える。狙う先には、宙を舞う怪鳥。
「なるべく、一撃で、仕留める」
放たれた強烈な矢が、真っ直ぐ怪鳥に向かって飛んでゆく。
見えない場所からの襲撃に、サーバントは慌てふためいたように羽ばたき、鋭い声を上げた。
呼応するように、大きな翼を広げた猛禽が周囲のビルから湧きだす。
「出ましたネ。そのままこちらにきなサイ」
フィーネの金の瞳が、番えた矢の先の獲物を捉えた。イヴとの連携で、確実にサーバントを仕留めて行く。
足元の道路を見遣る。そこここから現れた黒い狐が、彼女たちのいる建物に集まって来た。
これでいい。この隙に、救出班は装甲車に乗れるはずだ。
だが猛禽の一羽が、どうやら多人数の気配に気づいたらしい。地下への入り口を覆う屋根にとまると、一際大きな声で鳴いた。その声に黒い獣が頭をめぐらす。
「貴方たちの相手は私たちデス。もう少しゆっくりしていってモ、いいじゃないですカ?」
フィーネの矢が、獣に突き立つ。
次々と集まって来るサーバント相手に、休む間もなくフィーネとイヴは奮闘を続ける。
たった二人で、どれだけいるのか判らない数の敵を相手にするのだ。そのうち、敵は自分達の所にたどり着くだろう。
永遠とも思われる時間が経過し、漸く光信機が吉報を知らせる。
フィーネが微笑むと、イヴを抱き上げた。背には、神々しい光を放つ白い翼。
「こういう映画ありましたネ……。実際やる日が来るとは思いまセンでしたガ。覚悟はいいデスカ?」
ビルの窓枠を蹴って宙に躍り出る。
だが敵を引きつけ身を晒した以上、数の暴力は如何ともしがたい。自在に宙を舞うサーバントに、ひと固まりで飛ぶ二人は翻弄される。
滑空してきた怪鳥が、体当たりした。フィーネは歯を食いしばり、イヴを抱く手に力を籠める。
路面に足をつけるや否や、体勢を立て直すより先に、炎が二人を襲う。
ここで倒れるわけにはいかない。
支え合うように足を踏み出したフィーネとイヴの背後で、身体を撃ち抜かれた狐が跳ね跳ぶ。
装甲車の傍でピストルを構えている護だった。
「早くこちらへ」
そのときだ。
凄まじい轟音と共に、青い焔が間近の路面を舐めて行く。
その勢いの前には、黒狐の吐く焔などせいぜいマッチ程度にしか感じられない。
「サブラヒナイトか、面倒だな」
四条通に、大弓を引き絞った鎧武者の立ち姿があった。
●希望へ続く道
フィーネとイヴを護が押し上げ、謳華が引き上げ車内に放り込んだ。
その間にもサブラヒナイトの放つ矢が、車体を掠めて飛ぶ。
「こちらへ、怪我を診ます」
ボロボロのフィーネとイヴを海が気遣った。幸い命に別条はなさそうだ。
「OK、出発してください!」
としおの声に、運転席に待機する雫がアクセルを踏み込む。
今回、主目的は救助だ。余計な危険を冒す必要はない。
強化タイヤが路面と擦れて煙が出るかという勢いで、装甲車は飛び出した。
真弓を支えながら、白川が言った。
「雫君、中々思い切りの良いドライビングだが……技量に対する自信の程はどうなのかね」
「大丈夫です。実車の経験は余り在りませんが、ゲームセンターで良く経験を積みましたから」
……車は走り出した。今更その点を追及しても無益である。
装甲車の銃眼から覗き見ると、サーバント達との距離が少しずつ離れて行くのが判った。
もう大丈夫だ。
救出された一般人の様子をチェックする海の口から、独り言が漏れた。
「この消耗、何時まで救助ができるのか」
雫が、車内を伺う。
座り込む人々。その弱々しい姿に、かつての自分が重なる。
(今回の様に昔の私も救助されたのですね……私は、私を助けてくれた人の様になれたのでしょうか?)
赤い瞳が、きっと前を見据える。
彼女は確かに今、車中の人々を希望へと導いていた。
真弓が一同に頭を下げた。
「本当に有難うございます。僅かですが後程お礼をさせてくださいね」
エルレーンが真弓の抱えた筒を見つめる。
「はぅはぅ……どんな絵だか見たいの、見せてぇ」
本物を見てみたかった。真弓が笑顔になる。
「喜んで。皆様は絵の恩人でもあるのですから」
さらりと広げられた一枚の掛け軸。周りの者も覗きこんだ。
今にも動き出しそうな程鮮やかで、体温が感じられるほど艶めかしい、天女の姿が現れる。
「美しいね。だがこれも天使の一種かね?余り見つめると、感情を吸われるかも知れんよ」
冗談とも本気ともつかない白川の言葉に、真弓が微笑む。その面差しは、絵姿の天女にどこか似ていた。
<了>