●調理班・行動開始
家庭科実習室に運び込まれた卵を、神喰 茜(
ja0200)は思わず見上げた。
「うわぁ…。2トントラックいっぱいの卵って、よくそんなに…ホントに食べ切れるのこれ?」
ホントに食べ切って貰う。何故ならそれが今回のミッションだからだ。
とはいえ、1つの棚がスーパーの卵売場の陳列ケースなんて目じゃないような大きさだ。それがずらりと並んでいる様は、壮観である。
茜の表情も上手く画面に収めながら、島田寛子(
ja8234)がシャッターを切る。これから始まるという雰囲気が、不思議とよく伝わる写真が吐きだされた。
「みなさん、本日は宜しくお願いします」
大八木 梨香(jz0061)が、卵の棚の傍でお辞儀した。事前に申請のあった材料を読み上げ、担当を確認する。いつものお下げではなくひと纏めに編んだ髪をお団子にしていた。
イアン・J・アルビス(
ja0084)が、撮影班として一同に声をかけた。
「自然な表情を撮りますから、不意打ちもご容赦ください」
なるべくカメラを意識しないでもらいたいので、愛用のデジタルカメラはまだポケットの中だ。
OKの返事と共に、調理班は各々卵を取り散らばって行く。
まだそれほど気温の高い時期でも無かったため、前夜のうちに運び込まれた卵は、扱いやすい常温に保たれている。
「はい、ちょっとここ通るよ〜」
大城・博志(
ja0179)が、巨大な鍋を運び込んだ。中身は昆布を一晩水につけた出汁である。
「せっかくの好意だ卵主役でやるぜ!」
調理台の一角を陣取った。作成するのは茶碗蒸し。食器棚から煎茶茶碗を取り出し並べて行く。その中に大きめの丼鉢が混じっているのは、気のせいや間違いではなさそうだ。
鼻歌交じりに、慣れた手つきで卵をボウルに割り入れた。
カメラを手にした並木坂・マオ(
ja0317)が、その姿をビデオに収める。
「卵って美味しいよねー。アタシも大好き!」
今回は新聞部に所属する者として撮影に専念するつもりだが、つい本音がポロリと漏れる。
(ダメ、お仕事お仕事!)
己に言い聞かせるが、思わず生唾が湧きでてくる。振り切るように、カメラを構え直しナレーション。
「現在お料理中でーす」
カメラが捉えたのは、緋伝 璃狗(
ja0014)と隣で米をとぐ月島 祐希(
ja0829)。璃狗は水の入った鍋を火にかけつつ、卵を次々と手にとっては空洞側に小さな穴を開けていく。半熟卵の量産体制である。
「そのまま食してもいいし、他にも応用利くからな」
まず半熟卵の一部をジッパー付きの袋に入れた調味料につけて寝かせ、味付け卵を仕込む。
祐希がわざとそっけない口をきいた。
「お前の料理なんて想像できねーから、本当に料理できるかお手並み拝見だ」
「よし、後でごめんなさいさせてやるからな」
実はそんな冗談も祐希にとっては楽しいのだ。愛用の包丁まで持参した璃狗が、料理が不得手なはずがないことは当然判っている。
(べ、別に料理の話題でもっと仲良くとかじゃねーんだからなっ!)
洗い終えた米をセッティングするツンデレ少年。もう一種作るのは親子丼だ。受け取った材料を並べると、手早く下ごしらえを始める。
楯清十郎(
ja2990)は、申請しておいた鶏挽肉と生姜を冷蔵庫から取り出した。そして卵を手にすると、しげしげと眺める。割ってみると、こんもりと盛り上がった黄身が美しい。
「折角頂いたのですから、美味しく調理して頂きたいですね」
作るのはみんな大好き・卵と鶏のそぼろ丼。ふわふわの食感に仕上げるのがポイントだ。
「本当に美味しい物は、食べるだけで人を笑顔にしてくれるのですよ」
手を動かし続けながらも、興味深そうに他の調理台を見渡す。
(この機会に自分のレパートリーも増やしてみたいかな…)
そこへふらふらと動いて来る紙袋。
一瞬戸惑うが、当然袋が自主的に動いているわけではなく、エヴェリーン・フォングラネルト(
ja1165)の小柄な身体が袋に隠れていた。
「大丈夫ですか?」
清十郎が紙袋をひょいと持ち上げてやる。エヴェリーンがきょとんとした顔で見上げたが、すぐに我に帰った。
「だ、だいじょうぶですー!自分で運べますもん!」
小柄であるというコンプレックスを刺激され、思わず子供っぽいふくれっ面になる。清十郎が笑いながら、じゃあここに置きますね、と向かいの調理台の上に袋を置いた。
ちょっぴり失礼だったかなと反省しつつ、エヴェリーンは袋の中身を取りだす。前日に頑張って焼いた、小ぶりのタルト台が大量に詰まっていた。
作るのはクレームブリュレ。食べやすいように小さめサイズの物をタルト生地に載せて。
(……り、料理経験は無いですけど、レシピ本で予習してきましたし、コピーも持ってきましたし!)
前日は苦闘の末、タルト台も作成した。美味しいと喜んでもらえるよう頑張る気持は、ラージサイズなのだ。
甘い匂いが室内に漂う。クラシカルな白いエプロンが、鍋の前の氷雨 静(
ja4221)に良く似合っていた。
「お菓子作りには慣れています」
卵をたくさん使うお菓子として、今回選んだのはカステラだ。
鍋に入れたはちみつ入り牛乳が程良く温まると、次に卵白を勢いよく泡立てメレンゲを作る。
…余談だが、非常に体力のいるこの作業、撃退士にはまさにうってつけではないだろうか。もっともぼそぼそになってしまう恐れもあるので、逆に力加減が必要なのかもしれないが。
静はメレンゲに材料を次々と混ぜ合わせ、用意した型に流し込む。
「食べ物は絶対に無駄にしません」
道具に残った生地も、丁寧に大事に掬いとる。後は暖めておいたオーブンへ。火加減を見ながら、手際良く辺りを片付ける。
水無月沙羅(
ja0670)は着物に割烹着姿の古風ないでたちだ。優しい手つきは、思わず童心に帰って『おかーさーん』と言いたくなるような姿である。
イアンがカメラを構える。ふと顔を上げた沙羅に、軽く手を上げた。
「いい絵、いただきました」
沙羅はそっと会釈を返し、すぐに作業に戻った。
手早く用意したババロア生地を濡らした型に流し込む。フワっとしっとり程好い甘さが自慢の逸品だ。
冷やし固める時間を考え、早めに用意して冷蔵庫へ入れる。
次に用意するのはほんのり優しい甘さの卵焼きと、甘みが苦手な人向けの出汁巻き卵。
素早く、だが心を籠めて、丁寧に菜箸を操る。
出汁巻き卵が焼ける匂いが、優しく鼻孔をくすぐる。茜が操るのも卵焼き器だ。
「こういう素朴な味があってもいいよね」
割ほぐした卵に、だし汁、みりん、薄口の醤油を適量。焦げつかないように火加減に注意しつつ、ふんわり焼き上げる。
一通りの作業を終え、卵の棚を眺めた。
「あとはー…温泉卵でも作っておく?」
新しい大鍋を取り出す。自分だけでも相当数を使ったつもりだったが、まだまだ卵は残っていた。
●設営班・縁の下の力持ち達
梨香は調理実習室の様子を見届けると、試食会場となる大会議室へ向かった。
集まった面々は、既に机を並べ始めている。
「…卵づくしか。嫌いじゃないが、アレルギー持ちとかは大変だろうな…」
机を運びながら、佐倉 哲平(
ja0650)がぼそりと呟いた。
(…と思ったけど、アレルギー持ってたらそもそもこの場にこないか)
一人自問自答。だが、手は休みなく動いている。
事前に調理担当者には料理の内容を確認してある。料理・デザートを分けて取りやすいよう、充分な間隔をとって、机を配置するつもりだ。
哲平の用意したレイアウト図を確認しながら、笹鳴 十一(
ja0101)も机を運ぶ。
セッティングなどはあまり得意でない分、力仕事を担当するつもりだ。
(俺さんも料理は趣味なんだが…今回ぁ敢えて食べる側に回ろう)
十一は元々料理が得意なのだ。だが今回はまだ見ぬ料理人や新しい発想に期待し、敢えて設営に回った。後の試食に期待すること大である。
「さて、と。椅子の数はこれぐらいですかね」
若杉 英斗(
ja4230)が隣接する物置から運び出した椅子を、仮置きする。
そして用意しておいた雑巾を手に取ると、洗剤を溶かしたバケツの水に浸した。
「ピカピカな机で食べた方がおいしいよな!」
高級卵を使ったあれこれを楽しみにしつつ、楽しげに机を拭き始めた。
「若杉先輩って、よく気がつく方なんですね…私も見習わなくては」
梨香は英斗の段取りの良さに感心するばかりだ。
「きらきら☆非モテ道な自分も真面目にやるときはやるのさ」
それなんですか?と突っ込みつつも英斗から雑巾を借り、拭き掃除を手伝う。
綺麗になった机に、黒葛 琉(
ja3453)がテーブルクロスをふあさー。
「会議机そのままでは余りに味気ないだろう?」
端正な横顔の脳内は、実はこの後の試食のことでいっぱいである。知られたら「ときめきを返せ」と苦情が来るかもしれないが、幸い(?)シンパシーを使えるダァトは設営班にはいなかった。
二階堂 かざね(
ja0536)が反対側からクロスを調節し、動かないように止めて行く。
こちらもメインは試食のつもりであるが、ただ料理の出来上がりをじっと待つのは耐えられず、設営を手伝っている。
その様子を、小田切ルビィ(
ja0841)のカメラが追う。
卵を届けてくれた人に少しでも感謝の気持ちを伝えられる様に、ドキュメント風の取材ビデオを作成するつもりだ。
「なかなか立派に会場できあがりそうだな。じゃ、調理室の方も撮りに行くか」
机がちょっと曲がってる、ときっちり並べ直す英斗の様子を収めると、調理実習室へと移動する。
やがてテーブル配置は完了。
「…飲み物は、取り敢えずお茶があればいいだろう」
哲平が調理内容にあわせ、先に頼んでおいた緑茶と紅茶を取りに行く。
「あとは珈琲だね」
琉も後を追った。お茶類は茶葉も持ちこみ振る舞うつもりだ。
飲み物を並べ終えて時間を見ると、そろそろ食器なども運び込んだ方がよさそうだった。
調理実習室へ向かおうとする足を、かざねはぐっと耐える。
(だめ…!美味しそうな料理を目の当たりにしたら、フライングでたべちゃいそう…!)
自分が誘惑に膝を屈することが明白である以上、試食会まで料理との対面を避けるしかない。
「私はセッティングを仕上げますね」
笑顔をつくって手を振った。
●調理班・完成間近の一幕
卵を前に、楠木 くるみ子(
ja3222)は腕組みする。
「卵料理などあまり知らぬが…久々に卵ボーロでも作ってみるかの」
料理じゃなければお菓子を作ればいいじゃない。そう思ったかどうかは判らないが、巫女装束にきりりと襷掛けのエプロン姿で、卵を割り始める。
「喉も乾きそうじゃし、ミルクセーキも用意するのじゃ」
しかし…成功するか不安じゃ。
不穏な後半部分は聞かなかったことにしたい。
「確か…こうじゃったような…」
こっそりとレシピを見つつ、どうにか作業を進める。くるくると丸められた生地が鉄板に並べられ、オーブンへ。
ボスン!
直後、オーブンの内部から不穏な物音が響いた。
鉄板の上の謎の物体に、くるみ子は思わず固まっている。
「な…なぜじゃ…何故こうなるのじゃ…!」
素早く表れた寛子の手で、コック姿のマペットがパクパクと喋る。
『わしは何も見なかったー!もう一度チャレンジするのじゃ!』
手早く謎の物体は片付けられ、改めて生地が鉄板に載せられる。
おそらく成形時に空気が入りすぎたか、一つずつが大きすぎたのだろう。くるみ子は火加減にも注意しつつ、祈るように焼上がりを待つ。
やがて明るいベルの音が響き、恐る恐る取り出した鉄板にはきれいな狐色に焼き上がったボーロが並んでいた。
ほっとして思わず緩んだくるみ子の表情を、寛子がタイミングよく写真に収める。
星杜 焔(
ja5378)と十八 九十七(
ja4233)は協力して卵を割り、白身と黄身を丁寧に分けた。
追加申請した米粉とバニラビーンズを使い、真っ白の甘さ控えめスポンジと、風味豊かでありながらくどくないカスタードクリームを作成する。
「じゃあカスタードクリームお願いするね〜。俺はスポンジに専念するよ〜」
焔が柔和な笑顔で九十七に声をかけた。カスタードクリーム作成の注意点についても詳しく解説する。
「ええ、わかりましたの。火力を弱めず手早く、焦がさないように、ですねぃ」
火にかけた鍋を、九十七が木べらで手早くかき混ぜる。
「…少し固まってきましたねぃ。……油断すると、不均等に……」
混ぜる。混ぜる。混ぜる。
油断すると焦げてしまうが、火力を弱めるとべったりと糊のような物体ができてしまう。
「この手応えが……クソッタレ、火の回りが…テメェ■■■の癖しやがって、【ピー】して【ピー】して、【ピー】【ピー】ってやるぞゴルァーーー完成だァ!!」
もう既に調理しているとは到底思えない音声に、ビデオ担当のマオはそっとマイクをオフ。当然イアンと寛子もカメラを他へ向けている。
怯えたような視線が集まる中、焔だけは相変わらずにこにこと微笑みながら九十七の作成したカスタードクリームを見て、出来上がりを褒めていた。
周囲の騒ぎに動じる気配も見せず、強羅 龍仁(
ja8161)は腕組みし、目前の卵と対峙する。
「卵料理か……オムレツでも、作るか」
強面の見た目に反し、龍仁は料理を好む。電子タバコを加えたまま卵を割る姿は、ザッツ・男の料理。
だがボウルに割り入れた卵をそのまま混ぜず、卵白のみを泡立ててしっかりとしたメレンゲを作成。そこに卵黄を入れて混ぜ、バターを熱したフライパンに流し入れると箸で寄せ…という一連の動作は実に繊細だった。
黙々とオムレツを作り続ける龍仁。
仕上げにケチャップをかけると、厳つい顔にふと笑みが過った。愛する息子の幼い時を思い出し、目には優しい光が浮かぶ。
そこで、我に返った。
「…しまった、これではお子様ランチではないか…」
どこから取り出したのか、オムレツの上には小さな旗が誇らしげに立っていた。
●試食会・宴の光景
いよいよ試食会の開始時間が迫っていた。
次々と料理や菓子が運び込まれ、セッティングが進む。
料理の一部は会場で取り分けや飾り付けの最終仕上げが行われる。
祐希は味付け卵を釣り糸でカットし、黄身が綺麗に見えるように飾り付けしている。
「ちょお待て、人前に出すんだからもっと見た目にも気ぃ配れ!」
ご飯を豪快に盛り付け、具をぶっかける璃狗に祐希が文句をつけた。璃狗は、淡々と受け流しつつ作業を進める。
祐希も彼の意外な手際の良さは、認めざるを得ない。
「イケメンの上に料理もできるとかくっそー爆発しろっ!」
そんな憎まれ口で、璃狗の技量を間接的に褒めていた。
「あ、こちらちょっと預かっていっていいですか?」
癸乃 紫翠(
ja3832)が祐希と璃狗に声をかける。飾り付けまで済んだ料理を受け取ると、白いクロスをかけたテーブルに載せ、カメラを向けた。
「せっかくですし、どんな料理で美味しくいただいたかお伝えするのも良いでしょう」
気になる所は少し位置を直しつつ、一番美味しそうに見える角度で写真に収めていく。
開始時間になり、試食希望者が集まり始める。
大会議室はいい匂いに満ちていた。
「お昼の後って案外お腹が空いているものですよね…1時からだなんて…なんて丁度良い時間なんでしょう!お昼ご飯を食べ終わったその足で来ちゃいました」
三代 あぬ(
ja6753)が、ふわふわとした足取りで引かれるように入ってきた。
色々謎な点がある発言だが、そんな突っ込みは彼女の幸せそうな笑顔の前にはどうでもよくなってくる。
「わ、…美味しそうなものばかりですね…!」
目をキラキラさせて会場を見渡した。
翡翠色の三つ葉を頂く、親子丼。
黄色と茶色のコントラストも美しい鶏そぼろ丼には、食べやすいようスプーンが添えられている。
とろりと輝く黄身が、今にも溢れ出しそうな味付け卵。
程良い焦げ目の出汁巻き卵に、鮮やかな金色の卵焼き。
周囲を普通サイズの煎茶茶碗に囲まれた、丼にいっぱいの6人前はありそうな茶碗蒸し。
何故か小旗がたてられた、ふんわりオムレツ。
それらが並べられたのはおかず専用テーブルで、デザート用のテーブルは別に用意されている。
涼しげに輝くババロアに、ふわりと甘い香りを漂わせる焼きたてカステラ。
大きなボウルには山盛りの卵ボーロ…×3。
「で、出来すぎたのじゃ…」
くるみ子がボウルを持ち暫し佇む。2回目以降見事成功したのはいいが、分量が尋常ではなかった。
(余るようなら、お土産で持って帰るのじゃ)
そっとボウルのひとつを物影に置くのだった。
鐘田将太郎(
ja0114)は、デザートが揃うのをじっと待っていた。
その眼の前で、エヴェリーンがクレームブリュレの表面をバーナーで炙る。
服にもエプロンにも、苦闘の名残のクリームがくっついている。だがタルトに乗ったクレームブリュレは、いかにも手を伸ばしたくなる魅力を放っていた。
扱い慣れない道具の上に、将太郎の視線が注がれ一層緊張が高まる。
やや危なっかしい手つきながらも、どうにか仕上げが進む。
「で…できました…!」
完成と同時に、思わずエヴェリーンは手近の椅子に座り込んでしまった。
丁寧に合掌した将太郎が、早速手を伸ばし一口サイズのタルトを頬張る。パリパリのカラメルとカスタードクリームが絶品である。
「んー、高級卵使っているだけあって美味いっ♪」
思わず声が出た。
それを見て、エヴェリーンも微笑む。
「良かった、喜んでもらえたのです!」
安心すると、今度は自分の空腹に気がついた。
よく考えれば朝からずっと調理室で頑張っていたのだ。自分も試食に参加すべくいそいそと立ち上がる。
「タマゴー食べるのだーニンジャらしくいっぱい食べるのだー!」
卵に惹かれてニンジャ見参!
レナ(
ja5022)の認識ではニンジャと言えば扮装だ!タマゴのコスプレ(というか着ぐるみか?)でご機嫌である。
「タマゴのー国からーやってきたー、タマゴの使者だーばん…ちがうー!レナちゃんなのだー」
謎の歌を口ずさみながら、場内を見渡す。
1日6個食べるというおじさんを倣ってか、一番の目標であるゆで卵を探しているのだ。
「ゆで卵なのだー!」
目を輝かせて、焔が運んできた物に飛び付いた。
早速、目にも眩しい白い殻に手を伸ばし、机の角にこつんとぶつける。が、直後に目をパチクリさせる。
「…なんだかちがうのだ…!」
それは、鯛焼き器の卵型版用のような道具を使って、先程の米粉のスポンジの表面を軽く焼いたお菓子だった。一口かじると、中には九十七渾身のカスタードクリームが黄身のように収まっている。とても不思議なお菓子だった。
「これは〜ゆで卵ちゃん。こっちの目玉焼きちゃんもどうかな〜?」
カスタードクリームがたっぷり入ったロールケーキを輪切りにして並べた様子は、確かに目玉焼きにそっくりだった。
「タマゴ〜タマゴ〜タマゴタマゴ〜♪」
ロールケーキを頬張りながら、レナはご満悦。
「でかいな。がちょうの卵か!?」
『ゆで卵ちゃん』を頬張った英斗が呟いた。まあダチョウサイズじゃなくて良かったかもしれない。
「そっかぁ、こういう発想ぁなかったなぁ」
お菓子をつまみながら、十一が感心したような声を上げた。ロールケーキを切り分けていた焔を捕まえて、メモを取りながら熱心に質問している。清十郎もそこに加わり、味見しつつ耳を傾けた。
焔としても工夫したお菓子に興味を持たれるのは悪い気はしないだろう。丁寧に作り方を説明している。
気がつくと会場はかなり混雑していた。
博志は、自分が作った茶碗蒸しの残りを数える。
(…撮影班の分、分けておくか)
参加メンバーの人数分は確実に作ったつもりだが、このペースではあっという間になくなりそうだ。お盆に載せるのを見た沙羅が、持ち運びしやすいよう用意しておいたババロアを取り出す。
「これもどうぞ」
結局、調理担当者それぞれが自作分を取り分け、撮影班の分を確保した。
その間にも、料理もお菓子もどんどんはけて行く。
「どれも美味いな、うめー!」
底なし胃袋かと思う程、将太郎はどんどん平らげている。全種制覇が目的か、先に菓子類を総なめにし、次に料理類に手を伸ばす。本日一番のお目当ての親子丼にたどり着く頃には、ひたすら無言で全神経を味覚に集中し、味わいつくすかのようである。
はっきり全種制覇を目指すのは十一と清十郎だ。だが彼らは寧ろ研究目的なので、少量を真剣に味わう。十一は鶏そぼろ丼を口に運びながら、清十郎にも質問していた。
エヴェリーンは、見たこともない程大きなプリンから目を逸らすことができなかった。渋い器に盛り付けられ、白いホイップの上には珍しいハーブが飾られている。わくわくしながら、そっとスプーンですくい口に運ぶ。
ビデオカメラを構えたマオが、次の展開を予想して思わず噴き出しそうになりながら声をかけた。
「お味はどうですかー?」
「甘くないですっ?!」
異国で育った彼女がショックを受けたのも仕方がない。それはプリンではなく、茶碗蒸しだったからだ。珍しいハーブは三つ葉で、良く見れば具が入っているのだが、信じ切っていれば見た目で判断することは難しいだろう。
「でも…これはこれでおいしいのです。他にもめずらしいものがいただけそうですね!」
ぱくぱくと茶碗蒸しを食べるエヴェリーン。
思わぬ良いシーンが撮れて、マオも満足そうだ。そのカメラが次に捉えたのは、爽やかすぎる笑顔。
紅茶をいれたカップを片手に、カメラ目線の琉だった。
「栄養のある卵が沢山食べられると聞いたものでね」
その紅茶よりも輝く琥珀の髪に、海のように青く輝く瞳。そこだけ特殊効果をかけたように無駄にキラキラしているように見える。
己の容姿を客観視した結果、菓子類が似合うかとも考えたが、美形ならば何を食べても美形なのだよ!という押し切りで、結局目の前にはほぼ全種の食べ物が並んでいる。
そう、例え鶏そぼろ丼でも美形らしく食べて見せようではないか!
果たしてこの映像は養鶏農家の方々に喜ばれるのだろうか…いやきっと奥さんも、ひょっとしたらお嬢さんもいる!
マオは無理やり納得することにした。
用意した飲み物が足りているかさりげなくチェックしながら、哲平は会場内を見回した。
それからおもむろに、親子丼と出汁巻き卵のテーブルへと歩み寄る。
(緋伝はともかく、水無月の料理は美味い筈なので期待できるな)
友人達の担当の分を確保。取り分けてもらい、テーブルにつく。
(お…結構旨いじゃないか)
表情こそ普段のままのクールさだが、次々と箸が動く様子からして友人の料理の技量に対する評価を、一部改めたことは疑いないだろう。
「うまー!」
感極まったような、かざねの声が響いた。つまみ食いを耐え抜いた『お菓子部長』としては、解放された今は欲望のままに突っ走るしかない。
がっちり確保したデザート類を一口食べるごとに、泣かんばかりのリアクション。感情の波の趣くままに立ち上がり、くるくるとその場で回転する。白銀のツインテールが、水平に広がった。
「かざねこぷたー!」
必殺技炸裂。これが素なのが、ある意味すごい子である。
そしてすとんと腰かけると、再びお菓子を口に運ぶのだった。
(ま、まぶしい…若さ!!)
滾る食欲、輝く笑顔。そんなみんなの元気な顔に、寛子お姉さんは少しばかり圧され気味だ。
それでも撮って撮って撮りまくった。
カメラが吐きだす写真の余白には、カラーペンでメッセージを書き込んでもらう。
「食べ終わった後でいいからねー!」
そして次の笑顔を探して回る。
出汁巻き卵を切り分けた後、茜は親子丼と茶碗蒸しを確保した。
「ん、おいしいね♪」
綺麗に平らげた後は、ババロアとロールケーキを目指す。
(体重のことはまぁ、どうせ動いたし問題ないよね)
乙女には、多少言い訳めいたフォローが必要なようであった。だが、そんなことは全く気にしない乙女もいる。
「…なんて幸せな一時…農家の方にもお料理を作ってくださった方にも感謝なのです…」
ほうっ、ととろけそうなため息をついたのは、あぬ。頬にはお約束のようにご飯が一粒。
目に入ったものは片端から取り分け、口に運ぶ。細い身体のいったいどこに入るのか不思議な程、全くペースを落とさず食べ続ける。
余りの小気味よい食べっぷりと素晴らしい笑顔に、イアンが思わずシャッターを切る。
(ここまで狙い通りのいい画が撮れるとは…彼女には撃退士以外の道もありそうだ)
主に芸人的な意味で。勿論、当人にはそれは言わない。
イアンが立ち去った後、向かいに腰かけた英斗を見てあぬの目に再び光が宿る。
「ワカさま、それなんですか…!」
白米だけを盛り付けた丼に、英斗が嬉しげに卵をぱかんと割り入れた。
「高級卵でぜいたくにやってみたかったんだ…」
高級TKG…たまごかけごはんである。確かにこれぞシンプルの極みだろう。いかにも美味しそうにかきこむ。
「おいしかった!大満足だ」
その後あぬが白米と卵を確保に走ったことは、言うまでもない。
●笑顔のお届け物
「恵まれない苦学生には渡りに船な試食会だぜ。養鶏農家のおっさん(?)達には足向けて寝らんねぇな」
ルビィが映像をチェックしながら呟いた。
丼を旨そうにかきこむ男子学生、ミルクセーキ片手にカステラを頬張る笑顔の女子学生。
皆、最高にいい笑顔をしている。
調理担当者達は卵をどんなふうに生かすか、それぞれ工夫を語った。美味しい卵を美味しくみんなに味わってもらいたい。その気持ちが、画面を通じて伝わってくる。
自分が撮影した物に、クラブの後輩であるマオが撮影した物を併せてチェック。時系列に沿って見飽きない程度の長さに編集し、インタビューの邪魔にならないBGMをつけた。
最後にはマオが撮影したシーンを入れた。記念写真のように、皆が集まったところだ。
こうして1本の映像作品が完成する。
寛子は、メッセージの書き込まれた写真をスキャナーでパソコンに取り込んだ。
生真面目な璃狗の写真には生真面目な文字で「美味い卵、ありがとう」。
将太郎が合掌する姿には「ごちそうさま」と添えられている。
割烹着の沙羅は、丁寧な字でびっしりメッセージを書き込んでいた。
「卵という命の源を調理して美味しく頂きました。この感謝の気持ちを糧に、もっと頑張ろうと思います。卵…ありがとうございました」
プチタルトを手に満面の笑みを浮かべたエヴェリーンの文字は、たどたどしくもシンプルに「幸せなのです〜!」と一言。
琉が端正な顔で丼片手にカメラ目線。
「お蔭で栄養あるもの食えたし、これからも色々と頑張ります」
柔和な笑みを浮かべた白いエプロン姿の静は「ただ一言、美味しいです!」と添えた。
活字ではない、手書きの文字だからこそ伝わるものもあるだろう。
見やすくレイアウトしたそれらを、まとめてプリントアウトする。
『吟味』という言葉がぴったりくる真剣な表情で、出汁巻き卵に箸をつける十一と清十郎。
焔が切り分けたロールケーキを頬張る茜と梨香。
祐希は戦闘態勢のような表情で、親子丼に三つ葉を載せている。
人物を映した紫翠の写真は、綺麗に映えるようにわざと背景をぼかしてあった。
それに解説をつけた料理の写真を加え、ミニアルバムにまとめる。
対象的に、イアンが撮った作品にはコミカルな表情が多い。
念願のゆで卵の代わりに味付け卵を頬張って満足げなレナ。
九十七はヤバい状態のちょっと前、カスタードクリームを混ぜてはじめた所である。
小旗を立てた旨そうなオムレツと龍仁は、一見異色の取り合わせだ。
美味しい顔のインパクトは、やはりあぬが最強かもしれない。
その後ろには丼と卵を持って通りかかる英斗が写っている。
くるみ子は大盛りの卵ボーロをこちらに見せて笑っていた。
撮影者の個性が集まって、試食会の賑やかさが伝わる記録が出来上がる。
封筒には、マオが添え書きした。
『美味しいものを作ってる人って、世界で一番偉いと思います。感謝!』
かわいらしくリボンでラッピングされたボーロと共に、梨香はそれを受け取った。
「必ず先方へお送りします。皆さん、ご協力本当にありがとうございました」
…私もとても楽しかったです。
最後に一言付け加え、微笑んだ。
<了>