●賞味期限の罠
路上に転がる大量の缶詰。
転がって来る缶詰を避けようとして、神楽坂 紫苑(
ja0526)がひっくり返る。
「うわ!!いてて、誰だよ?こんな大量の缶詰ばら撒いた奴。片づけろよ!」
涙目で起き上がりながらも、缶詰は踏みつけていない。さすがの身のこなしだ。
郷田 英雄(
ja0378)は、鈴木と缶詰を交互に眺めながら大きなため息をひとつ。
「何だ、どう考えても自業自得だろ」
愚痴をこぼしながらも、缶詰を拾いはじめた。とりあえず通行の邪魔になるのは事実だ。
「まあまあ、不幸な事故なんだし。可哀そうじゃないか」
久遠 栄(
ja2400)が同じ部活のよしみで、英雄をなだめた。
すみません、すみません、と繰り返しながら鈴木も缶詰を拾い集める。
その姿に霧咲 日陽(
ja6723)は思わず同情してしまった。
「この作業って、実は結構責任重大じゃないです?」
一生懸命転がる缶詰を追いかけて行く。鈴木にはその姿が、女神のように輝いて見えた。
高虎 寧(
ja0416)も、足元の缶を拾い上げる。
「ま、人間睡眠欲も大切だけど食欲もね」
低血圧が災いし、無気力そうな雰囲気。睡眠>食欲の発言からして、寝るのが一番楽なのだろうか。
(やはり人は戦い続けるだけなら消耗する一方なので。食事関係の補給は大切なのよね)
両手に持った缶を、さほど興味を持った様子もなく眺め、軽く振ってみる。
(危険なを食べてお腹壊したら戦う処じゃないしねえ)
こうしてその場にいた面々がかき集めた缶詰が、倉庫の脇に積み上げられた。
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が、鈴木に研究室から電子秤を借りてくるように依頼する。
「まぁ某らも使うものですしの、協力は惜しまぬよ」
扇子片手にのんびり言われ、ほっとしたように鈴木が駆けだした。
その行く手を遮る影…雀原 麦子(
ja1553)!
親しみやすいとってもいい笑顔が、脅しにしか見えないのは何故だろう。
「食料研究機関ならお米くらいあるでしょ?ひ・つ・よ・う・け・い・ひ♪OK?」
だってカレーやシチューを食すのにはご飯が必要。おかずがあるなら米炊こう!素早く飯盒まで調達している。選別は得意そうな者に任せた!
「船頭多くしてなんとやらって言葉もあるしね〜♪」
用意した雀のワンポイントが可愛いエプロンを身につけ、新しいビールの缶を開ける。
「仕方ない、手伝うとしましょうかね」
麻生 遊夜(
ja1838)は、缶詰の山を前に鈴木の情報を整理する。
「まず、期限切れは問題外…っと」
ひとつずつ缶を裏返す。日付を確認し、それからおよその重さに分類。
「カレー・シチューは期限切れシチューとだいたい同じぐらいの重さなんじゃないか?パンは固形、スパゲッティは粘度が高そうだから振れば判るだろ。あとはとりあえずそれ以外、と分けるか」
そこへ電話を終えた鳳 静矢(
ja3856)が声をかけた。
「今、出発した輸送班に連絡を取ってもらった。正規品を選別用に借りたかったのだが、向こうも管理全般を行っていた訳ではなく、担当以上についての持ち出しは許可できないらしい。ただ段ボール箱に賞味期限が書いてあるから、参考になるだろうということだ」
鈴木の運んでいた、コピー用紙や飲料水など様々な表示の箱を除外。『久遠ヶ原学園・携行食糧品』と印刷された、破れた箱をかき集める。成程、管理しやすいよう賞味期限が書いてある。これは有力な情報だ。
正規品の賞味期限は、4種に絞られた。
鈴木が電子秤と米を運んで戻る頃には、賞味期限ごとの分類は終わっていた。
ただし論外の1種を除き、正規品と同じ賞味期限は、中身が明らかに異なる物を含め相当数…。
げんなりとする一同の中で、権現堂 幸桜(
ja3264)が立ち上がり皆を鼓舞した。
「じっとしててもしょうがないよ、パパッと片付けちゃおう!」
困っている人を放っておけない性分なのだ。きびきびとした動作で、カラーの油性ペン片手に正規品と異なる賞味期限の缶を秤に載せて行く。
虎綱は特に軽いと思われる物を選びだしていた。
「パンがギュウギュウに詰まってるわけでもあるまいし。軽いのがパンで間違いなかろう」
この結果、ある程度の絞り込みが進んでいく。
切り開いた段ボールの残骸に、日付と番号を書く。そこに缶が積み上げられた。
1)賞味期限:2007.5.31.(全5缶)
2)同:2014.4.10.―1種。軽い(12缶)
3)同:2014.4.15.―1種。粘度高い(12缶)
4)同:2014.4.29.―粘度高く若干重さが異なる2種(全29缶)
5)同:2014.4.30.―軽く若干重さが異なる2種(全17缶)
6)同:2014.5.01.―1種。粘度高い(全10缶)
7)同:2014.5.02.―1種。軽い(全5缶)
8)同:2014.6.10.―1種。粘度高い(全6缶)
9)同:2014.6.15.―1種。粘度高い(全6缶)
10)同:2014.6.31.―1種。粘度高い(全10缶)
このうち2〜5は、正規品の賞味期限と一致していた。
「まァとりあえず、2と3は正規品で間違いないんだろ」
ぐったりとした様子で座りこんだ英雄が、なげやり気味に言った。
「そう考えていいだろう。とすれば、きちんと量れば4、5も絞り込めるな」
静矢が同意した。
だが、そう甘くはなかった。4、5それぞれの缶を量った結果、詰めた時期が違うせいか、正規品と思われる2、3とは微妙に異なる2グループずつになってしまったのだ。
一か八か缶を開けるしかないのか…!戸惑う一同。
そこを一陣の風が吹き抜けた。ヒールを鳴らし近づいてくる者がいる。
「主婦の出番が来たようね…」
振り向いた遊夜が思わず呟いた。
「オカン…!来てくれたのか…!!」
淡い茶色の長い髪を風に揺らし、青木 凛子(
ja5657)の目がどこか遠くを見つめる。
「…後は任せて、遊ちゃん」
凛子が缶詰の傍らに屈みこんだ。やおら手を伸ばし、缶を取り上げ吟味する。
中身は主婦歴××年の女子高生。スーパーで鍛えた『絶対的主婦勘』が冴え渡る(缶だけに)!
重量比などの理屈では説明のつかない方法で、ファイナルアンサー。
「正しいのはこれとこれよ!」
宇田川 千鶴(
ja1613)はその神業に感動を禁じえない。真似をして振ってみるが、判らない。これが経験の差というものなのだろうか?
「天魔と戦ってて、いざ食事って時に失敗作だったら目も当てられないもんね…明日の平和の為にも、しっかりより分けちゃうから!」
犬乃 さんぽ(
ja1272)が耳を寄せ、缶をコンコンと叩いてみる。
「忍法ニンジャ☆イヤー!」
ニンジャの力を駆使して、失敗作と保存すべき缶詰をより分けちゃうのだ!
…忍者ってそんなんでしたっけ?
それはともかく、凛子の主婦の勘とさんぽのニンジャ的選別は一致し、正規品が分類される。
念のため、非正規品と思われる缶が一つずつ開けられる。
不必要にスパイシーすぎる香りと、あからさまに危ない甘い香りが鼻をついた。
おめでとう、正解です。
梅ヶ枝 寿(
ja2303)が無意味にニヒルな笑みを浮かべ、軍手を嵌める。
「ふっ…俺たちの時代、始まったみたいだ、な…」
その腰には梱包用カラーテープに通したガムテープ。妙に本職めいている。
「いくわよっことぶこ!」
正規品と判断された缶詰を凛子が投げ、受け取った寿が比類なき正確さでダンボールに詰め、ガムテープを貼る。
「くく、バイトで鍛えたこの技…梱包の魔術師とは俺のことよ…!」
誰が呼んだか知らないが、ともかく魔術師の早業で正規品の梱包は完了。6つの段ボール箱が、混ざらないように倉庫へと運び込まれていった。
「よし!仕分けおわりっ!」
幸桜が、油性ペンの蓋をきゅっと締めた。
これで一応、鈴木の依頼は完了。見事正規品を無駄にすることなく、選別に成功した。
だが残された未知なる缶詰達の誘惑に、一同の足はその場から動かない。
●ロシアンルーレット
「これはまた、どれを引いてもヘビーなロシアンルーレット的な?」
初めて遭遇する『ミリメシ』缶を両手に、染 舘羽(
ja3692)が笑っている。
しげしげと眺めるが、一見先ほどの正規品と変わらない。それだけに中身への妄想が膨らむ。
「なんだかマインスイーパーをやる時の気分に似てるな〜〜」
大城・博志(
ja0179)は、分類済みの缶を順に手に取り呟いている。
「気軽な気持ちでやって中身次第で自爆するって感じで」
ロシアンルーレットとか、マインスイーパーとか、およそ食べ物の評価ではない。
まあ、明らかに賞味期限が切れた缶以外は食べられなくはないのだ。
アレにさえ触れなければどうということはない…はず。
「おまたせ〜ご飯炊けたわよ!おかわりもあるからね」
麦子の明るい声が響く。鈴木から奪った米が炊きあがり、暖かい湯気を立てている。
希望者のために、缶を温めるためのお湯も用意されていた。
アーレイ・バーグ(
ja0276)が、黄色いミニドレスでしゃらら〜ん!と決めポーズ。
「さて……ここからが本番ですね!」
鈴木は驚いた。まさか君らはこんなものを食べる気なのか!?
「え、みなさん…これは廃棄処分する分なんで、食べるのは余りお勧めしませんが…」
アストリット・シュリング(
ja7718)は鈴木の言葉に同意だった。
(いったい何を考えて激辛だの激甘だのを作ったのか……)
表情にこそ出さないが、常に平常心を失わない彼女にしては珍しく、内心動揺している。
基本的に「普通の」味付けしか口に合わないアストリットにとって、見た目以外問題ないという筑前煮一択。
「…わたしが食べていたレーションよりはマトモでしょう、多分」
フェリーナ・シーグラム(
ja6845)が、積み上げられた缶を真剣に吟味しながら言った。
彼女の居た所では一体どんなレーションが配給されていたのか気になるところだが、激辛カレーか筑前煮を狙う瞳は鋭い。そこにはある決意が籠っていた。―納豆缶だけは絶対避ける!!
「ごーはんごはんごーはんごはん♪」
気付かないうちに至近距離に居た東城 夜刀彦(
ja6047)の声に、鈴木が驚いて身構える。
心底うれしそうな可憐な笑顔は、明らかに内容を気にしていない。それもそのはず、彼には食にまつわる悲しい過去があるため食べ物を粗末にすることなどあり得ない。
食べ物を好きに処分していいイコールいくら食べてもいいということではないか。ワンダフル!
日谷 月彦(
ja5877)が静かに宣言する。
「…失敗作とはいえ、捨てるのももったいない。何かに使おう…」
「本当に危険なのは日が経ち過ぎたシチューだけなのではないだろうか〜?」
にこにこと笑みを浮かべて、星杜 焔(
ja5378)も缶を手にした。
重さと振った感じから、8、9を筑前煮と予想する。
「まず筑前煮の問題は見た目だけなのだろう?」
パキッという音と共に、缶が開けられる。
だが、よく考えてみて欲しい。
およそこれまでの経緯からして、そんな生易しい物が入っているはずがないではないか。
焔の手元を覗き込んだアストリットとフェリーナが思わず『うっ』と声を漏らした。
缶の中身は―何故か真っ黄色だった。恐る恐る、もう1つの候補を開ける。こちらは緑色。
しかも恐ろしいことに両方共、匂いはちゃんと「煮物」なのだ。
「え〜と、ですね。どうしてもレーションではビタミンが不足しますので、黄色い方はベータカロチン、緑の方は葉酸を強化…って教授が言ってたんです〜!僕が作ったんじゃありません〜!」
説明する鈴木が涙目になる。彼も実物を眼のあたりにしたのは初めてらしい。
だが、焔は全く動じていなかった。取り箸でいくつかの具をより分け、口にする。
「ふむ、確かに味は悪くない。今度ちょっとレシピ聞いていい?」
それを聞いて、アストリットが恐る恐る手を伸ばす。
「……味は普通じゃないか。栄養も良い。これを失敗とはどういうことだ?」
いや、どう考えても成功でもないとは思うのだが。
「これは酒が欲しくなるのだが……酒は無いのか酒は……!」
もりもり食べながら、なんだか無茶を言い始めた。
だがアストリットはまだ17歳。
「私にも筑前煮ちょうだーい!あ、アストリットちゃんにはご飯ね♪」
ビール片手に嬉々として箸を伸ばす麦子(20歳)に、アストリット本気で落涙。
「くっ……なんという拷問……」
だが煮物は放さない。
ほかほかご飯に反応したのは、フェリス・マイヤー(
ja7872)だった。
「やぁだぁご飯じゃなぁい!やふやふー」
食べるの大好き育ちざかり。目指すは一つ…
「鰤カレー♪鰤カレー♪」
白いご飯に、温めた鰤カレーをのっけてご満悦。
「骨とかないよね〜?普通は切り身だもんね〜?あったらヤだなぁ……」
警戒しスプーンで鰤を突き崩しながら、嬉しげに食べ始めた。
焔がこれまた興味深そうに、鰤カレーを覗き込む。
「俺はよく南瓜カレー作るんだよね〜甘い具ってうぇえ?って思われがちだけど意外といけるのだよ。辛口ルーに入れた時はピリッとするけど南瓜の甘みでマイルド〜みたいな感じで」
そこでふと考える。
(辛すぎるカレーとブレンドしてみたらどんな感じだろう?)
…破壊なくして想像なしとは言うが、破壊し過ぎではないだろうか。
そんなことはお構いなしに、フェリスはアストリットの煮物を貰い、カレーを勧める。
(レーションねぇ、懐かしいわぁ)
二人を微笑ましげに眺めるのはジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)。
(傭兵時代たらふく食べたわぁ。たまに美味しいのがあるのよねぇ)
普段は妖艶な光を宿す金の瞳が、見えない遠くを見つめる。
柊 夜鈴(
ja1014)は、正規品を取り除かれた4番の缶を手にした。
「カレーを食べてみたいかも……」
シチューと似た重さなら、カレーの可能性が高い。
お湯で少し温めて、ご飯にかける。スパイシーな香りが鼻孔をくすぐる。
そっと口に運ぶと目も覚めるような刺激的な辛さ。というか…
「何このカレーっ!辛いとかじゃなくて痛い!すごい痛い!」
スプーンを放り投げ、悶絶する夜鈴。実は本来辛い物が苦手なのだ。…何故匂いで気づかない!
喉を掻き毟るように倒れながら、この場に居ない誰かの名を、うわ言のように呟き続けた。
思い切って同じ番号の缶を開けた寧も、果敢に挑戦する。
カレーだけを食べろといってる訳もなし、少しずつご飯と混ぜれば食べられなくもないだろう。
「うーん、眠さが発散されてしまうけどそれはしょうがないわね」
表情一つ変えずに、食べている。
その様子を見て、アーレイが自分のスプーンで夜鈴の残した端っこを掬う。
「……辛さが足りません」
何を言ってるんだ、この女。
やおら、取り出す小鬢は某有名なホットソース。髑髏のキーチェーンがついた、危険物だ。
それをどぼどぼどぼとありったけ。
「やっぱりカレーにはこれですよね♪」
満面の笑みで微笑む。
「皆さんもいかがですか?美味しいですよ〜!」
カレーの使者は黄色い衣装。ちょっといろんな戦隊物の混じった設定と衣装で勧めて回るが、それでなくても危険な物体。一層危なくなった物に誰が手を出すだろう。
「万能調味料ですのに……」
ちょっとしょんぼりするアーレイ。
哀れ、どうやら味覚が崩壊しているらしい。これは久遠ヶ原の保健室で治るものだろうか?
だが誰かがきっと理解してくれるはず!前向きな彼女は次なるターゲットを探し始めた。
焔とは似て非なる発想の静矢が、激辛カレーの缶と激甘パンの缶を両手に持っていた。
「甘すぎと辛すぎ…どうなるか?」
そんな、化学の実験じゃあるまいし。真面目な顔で何を考えているのか。
「うむ……」
一口食べ、無言。
舌は部分によって感じる味覚が違うらしい。
一度に口に入れたことで、おそらく違う場所が同時に刺激されたのだろう。
「食べてみるか?」
「できれば別々が…いいかな…」
すすめられた博志と遊夜も困惑している。
さんぽはかなり迷った挙句に10番の缶を手にしていた。
「食べて処分するの…?どうしよう…食べられるかなこれ」
えいやっと開けたそれは、納豆スパゲティ。凄まじい匂いが辺りを制する。
「ふえぇぇぇぇ!?」
偶々近くにいたフェリーナ、撃沈。無理もない、根っからの日本人でも苦手な人は苦手な納豆だ。異国育ちの彼女には、ほとんど生物兵器に思えることだろう。
「えーと、通常の三倍の栄養価をもつ特別な納豆を使用し…って、だから僕が作ったんじゃないんですってばー!!」
腕に紺色のオーラを淡く漂わせたフェリーナが銃を抜こうとするのを見て、鈴木が逃げ出す。
ニンジャの動きで回り込んださんぽ、必殺の上目づかいでうるうる攻撃。
「鈴木先輩、これ、後はちゃんと食べてくれるんですよね?」
さんぽ、ひどい。
美少女オーラ(男だけど)にたじたじになった鈴木は、思わず缶を受け取ってしまった。
「どれ、ちょっと貸してみろ」
その缶を月彦がひょいと取り上げる。
器に開け、用意した酢を垂らす。酸味が効きすぎず、納豆の香りを殺しすぎないところまで混ぜた所で鈴木に手渡す。
「こんなものだろう、食べてみろ」
…意外といけた。
だがその頃には、納豆スパゲティを狙っていた舘羽とジーナがパカーンと缶を開封。
「なにこれひどい」
スパゲティ好きの舘羽だったが、余りの匂いに大笑い。
涙を流しながらも、ポーチからマイ箸を取り出し、果敢に挑戦。
「おうふ。小口ネギと醤油があれば勝てた」
事実かどうかは判らないが、それが彼女の最後の言葉であった。
一方のジーナ。
「うふふぅ〜なにこの凄まじい臭い〜いやぁん」
色っぽい声を出しながら、相好を崩して食べる食べる食べる食べる。
「おかわり!」
繰り返しながら、舘羽の残りも、鈴木の残りも平らげて行く。
挙句は全種制覇状態の夜刀彦の元へ。
「ねーぇ?ちょと一口ちょーだい!」
お口直しにまた食べる。嫌だなんて言わせない。
「分かりにくいですね…まるでロシアンルーレットです」
6番の缶を見比べている日陽が唸る。
パカンと開けてみたところ、カレー出現。スプーンでそっと一口食べて…悶絶。
「鰤を狙ってたのに…どうせ私の運なんてこんなものですよね…うん、知ってました…」
絶望のあまりしくしく泣きはじめる。カレーで酔っ払ったか?
「それ、食べないならもらっていいですか?」
フェリーナがすかさず声をかけた。
これ以上危険を冒して未知の缶に挑戦するよりは、正体の判った物を口にする方が確実だ!
「え、いいんですか?」
お陰で、目的の鰤カレーにありつけた日陽。ようやく満足げに食べ始める。
(納豆よりは…全然、食べられる…!)
フェリーナの目にうっすらと涙がにじむのは、辛さのためか喜びのためか。
7番(まず確実に激甘パン)を開けてみたのは紫苑。
匂いからして甘い。どうやって作ったらこんなに甘くなるのやら。
「甘いな。まあ、バカップルの砂糖漬けよりは、マシか」
何やらぶつぶつ言いながら、端っこを齧っている。意外と甘みは得意なのだろうか。
その様子を伺っていた虎綱は、紫苑の様子に油断した。
同様に齧ったが…何故か突然立ち上がるとくるくる回り、そのまま吹っ飛んだ。
「おのれぃ…謀ってくれたのう、鈴木ィ…!」
鈴木、まさに濡れ衣。
どうやらこちらは甘みが相当苦手らしい。倒れ伏したまま、己の吐血でダイイングメッセージ。
「砂糖とサッカリンが競演し甘みの極限へと挑戦を行っている…これは…ない」
さらば虎綱。ムチャシヤガッテ…。
そんな危険な激甘パンも、焔と月彦には食材でしかなかった。
「薄切りにして〜ラスクにするとか〜」
「小さく切って、無糖ヨーグルトに少しずつ入れて食べればデザートとしていけるんじゃないか」
処分方法を考えているのだ。
鈴木は料理人達の会話を、感心したようにメモする。
そんな中、ひたすら夜刀彦は食べ続ける。
「甘いも辛いも突きつめるとこんな味になるんだ…何かの料理に活かせないかな」
もぐもぐとひたすら食べる。
静矢が作成した激甘と激辛の奇跡のコラボ、カレーつき甘パンも。
焔と月彦が調整しながらブレンドした、激辛カレー×鰤カレーの混合物も。
危険な甘パンも、恐怖のソースがかかった超激辛カレーも、アストリットが食べきれなかったカラーリング筑前煮も次々と胃へ収めて行く。
細い身体のどこにそんなに入るのか、嬉しそうに次々と平らげて行く。
「でもとりあえず間違って開けた時のシチュー対策に、胃薬は飲んでおこうかな?」
これ以上まだ、例の危険物も食べる気なのか…!
●銀色の爆弾
夜刀彦の活躍(?)のおかげもあり、廃棄予定の缶詰の大部分が片付いた。
最後に残った問題は…『賞味期限:2007.5.31.』の5缶。
くどいようだが、製造年月日ではない。賞味期限だ。
さんぽがニンジャ視力で缶を睨む。
「危険になると、缶膨らんでくるんだよね…」
そう、5缶は明らかに膨らんでいた。
「はっはっはっ!俺の出番が来たようだなっ!今から開けるから下がってなっ!」
栄のくぐもった声が響く。
その姿は完全武装。
雨合羽に花粉対策マスク、実験用ゴーグルにゴム靴、ゴム手袋、ご丁寧に鼻栓まで。
凛子がそっと寿の肩に手を置く。
「お約束、って言葉があるわよ、ね?」
「青木さんやめて!梅ヶ江さんも行っちゃダメ!!」
必死に止める千鶴の腕を振り払い、寿は駆け出す。栄の元へ――!
「さかえんひとりでやらせはせんさ!」
これぞ漢の生き様!
そんなこと知ったことかと、逃亡する面々あり。逆に経年劣化シチューの魔力に捕われ、踏みとどまる面々あり。
「中身どうなってんのか・・・気にはなるやな」
なんだかんだで残る遊夜。
「これ食べる?」
踏みとどまったうちのひとり、舘羽がミントガムを周りに勧めた。納豆の匂い消しにも有効だが、危険物の匂いも誤魔化してくれるかもしれない。皆が次々にガムに手を伸ばす。
まさに危険物処理班の体でビニールシートを地面に広げ、栄と寿が缶を置く。
まずは栄が、比較的ふくらみが少ない(ような気がする)1缶に手をかける。
固唾をのんで見守るギャラリー。頷き合うふたり。
ぱき。ぶしゅしゅ…。
三分の一ほど開いた缶から、油分と水分が混じった物がじわじわと盛り上がってきた。
周囲に溢れだす異臭。
「頭痛え!もう武器になるだろう、これ!」
ギャラリーとして踏みとどまっていた紫苑が、たまらず逃げ出す。他にも数人が逃亡した。
尚も缶を開け続け、最後に放っておいても破裂しそうな缶が2つ残る。
「危険に挑んでこそおとk…おふぅ…!」
噴出したダークマターを正面からもろに浴び、悶絶した寿がビニールシートの上に倒れる。
「だ、大丈夫ですか!?」
日陽が、思わず飛び出した。まさにその瞬間、栄の缶が中身をぶちまける。
「う、うわああ!」
驚きのあまり仰け反り、雨合羽のフードが捲れる。噴き出した物質をかぶった癖のある黒い髪が、傷んだ油でギトギトになる。
「きゃ…!!」
音と叫び声に驚く余り、日陽が尻もちをついた。…倒れた寿の上に。
もう散々である。
「ふへぇ、どろどろだよ……」
両手を振りながら、栄がこぼした。
だが何故だろう、人間は行きつく所まで行くと吹っ切れる瞬間が来るものらしい。
明らかに危険な液体を浴びた栄は何故か、初めの缶を味見してみたい衝動に駆られた。
今まで嗅覚をガードしていたマスクと鼻栓を取って、改めて匂いを嗅ぐ。
暫しの空白。
にもかかわらず、意識を取り戻した栄は、それを口に運ぶ。
魔性に取りつかれた男、栄。
「ぺろっ……これは腐ってる……」
当然すぎる言葉を残し、その場から駆けだして行く。その後、彼の姿を見た者は居ない…。(暫くだけど)
こうして多大な犠牲を払い、全ての缶が開けられた。
後に残るのは謎の物体まみれのビニールシートに、皆が食べた食器類、空いた缶…。
「みんな、散らかしっぱなしじゃダメだよ?」
幸桜がてきぱきと片付けを始める。確かにこの状態で放っておいては何をしに来たのか判らない。
「りょうか〜い!んじゃ私はこっち片付けてくるね」
麦子が空になった飯盒を運んで行く。
日陽はとりあえず髪を水で洗い流し、体操着に着替えて戻ってきた。
「まだ匂う気がします…」
涙目になりながらも、けなげに片付けに参加する。
他の逃げ出した者もバケツやごみ袋を手に戻ってきた。
ホースの水でビニールシートや辺りの道路を洗い流し、匂いはかなりましになった。
ゴミと缶を分けた袋が台車に積み上げられる。
「ありがとう、本当にありがとう。僕ひとりじゃ、こんなの絶対無理でした。助かりました!」
鈴木は何度も礼を言い、台車をゴミ置き場へと運んで行った。
だが彼は気付いていない。捨てるべき缶の数が、本来よりやや少ないことを。
「…何かの役に立つかもしれないしな」
英雄が後ろ手に缶を持ち、呟いた。
「ふふふ…。どこに持っていこかなー」
嬉しそうにほほ笑む千鶴に、凛子がそっともう1缶を手渡す。
「きっともう1つくらい、部活とかで役に立つ時が来るから…」
「罰ゲームとか、な」
遊夜も片手に1缶をもてあそんでいる。
うふふふふふ…。共犯者たちの小さな笑い。
彼らが入手したのは納豆スパゲティの缶。
騒動のテンションが彼らの思考を鈍らせていた。冷静に考えてみれば、疑問が湧いてくるはずだ。
これほどの食糧兵器を次々と生み出す教授の設定した賞味期限が、本当にあてになるだろうか…?
あるいは自室のクローゼットの中で、あるいは部室の片隅で。
銀色の時限爆弾がある日突然、爆発の日を迎えることを、彼らはまだ知らない。
<了>