●初動
到着地点から目的地までの途上、阻霊陣を使う消防の撃退士と遭遇した。
「久遠ヶ原学園から来ました。あとはこちらで。お忙しいでしょうから元の隊に合流してください」
近づいた冴島 悠騎(
ja0302)が阻霊符を見せて声をかけた。
睡眠術から覚めたばかりの人々の手当てや、付近の事故車両に閉じ込められた人の救助。消防隊にもやるべき任務が山積みなのだ。
「助かります。トラックの運転手は既に救助ずみです。阻霊陣発動後もサーバントが執拗に荷台を攻撃しているので、少年はまだ中にいるはずです」
現在の情報が簡潔にやり取りされ、相手はすぐに別の任務へと駆け出して行く。
目的地点まで、およそ300M。新田原 護(
ja0410)は状況を整理する。
「救出対象は小学生、しかもアウルの力に覚醒したばかりで暴走している状態、推定される最悪の状態は負傷で動けない状態か。これはアラモ砦よろしく陽介を徹底的に護衛して篭城するしかないかな?」
「ともかく敵との初遭遇がコレだとトラウマになりそうだからな〜さっさと解決してやらにゃ〜〜。
変な性癖やその他諸々に苦しむ事になりかねんしな」
緊迫感とは無縁の口調で大城・博志(
ja0179)が頷く。
変な性癖って何だろう…。鐘田将太郎(
ja0114)は敢えてその疑問点を無視した。
「ものすごく怖がってるだろうな。早く救出して、おふくろさんとじいさんのところに帰してやりたいよ」
今回、将太郎の主な役割は戦いよりも少年との関わりだ。それは自身にとっても大事な経験となるだろう。
予め撃ち合わせた内容を再確認し、頷き合う。
撃退士達が一斉に駆け出した。
「俺達が絶対に助けてやるからな…」
大太刀を構えた柊 夜鈴(
ja1014)の腕が、藍色の霧に包まれていく。
アトリアーナ(
ja1403)はウォーハンマーの感触を確かめるように握り直した。
自分は話すのは苦手だから、それは得意な人に任せる。その分、子供に危害を加える存在の排除に専念するのだ。
(…絶対に、この子は守ってみせる)
そう自分の心に誓ったから。
「わはー、鬼ごっこの鬼さん退治なんだね。悪い鬼さんは御仕置きなんだなー♪」
鈴蘭(
ja5235)が金の髪を風に委ねながら奔る。悪い、と表現しているが、善悪の明確な基準が彼女の中にあるわけではない。戦って倒すべき敵がそこにいる。ただそれだけだ。
「時間稼ぎ兼ねつつ叩き潰す。シンプルでいいじゃない」
鈴蘭の意図を知ってか知らずか、悠騎が隣を駆けつつ淡々と答えた。
住宅街の道路が、高速道路の側道に交差する。
金属に重い物がぶつかる、激しい物音がここまで聞こえてくる。
角に建つビルから窺うと、果たして目的のトラックと2体のサイレンが確認できた。
いつでも飛びだせるように全身に力を籠め、アトリアーナと悠騎が言った。
「…保護、お願いするの。こっちは受け持つの」
「頼んだわよ。こっちもこっちで出来るだけ早く終わらせるからさ」
「必ず助けます」
簡潔な、しかし強い意志を秘めた御堂・玲獅(
ja0388)の言葉。
「いました、陽介君はやはりあのトラックの中のようです」
生き物の存在を感知する彼女の能力が、そう告げた。
その言葉を待ち受けたように、飛び出す者たち。
「救助担当、陽介を頼む!攻撃担当、目標サイレン!救助対象に近づけず短期決戦にて撃破を!」
護が叫ぶと同時に、ストライクショットの痛撃を全弾撃ち込む。
その一弾が腹を掠め、一体のサーバントが赤い飛沫と五色の羽根を虚空に散らした。
「ヒャッハーー!汚物は消毒だァァァァァ〜〜!」
博志がこれでもかというアウル全開・俺の名前を言ってみろォ!の自己アピール状態で、もう一体の化鳥に向かって電撃を放った。
言葉の意味を理解したはずもないが、突然の攻撃に驚いたように敵が大きな翼を広げ、浮上。
鈴蘭の放つ鋭い一矢が、逃げることを許すまじと撃ち込まれた。
「あははは、鬼さん見つけた、手の鳴る方にー、なんだねー♪」
これ見よがしの攻撃に、そのアウルの強い発動に、化鳥は当面の敵をこちらと認識した。
作戦の第一段階は成功だ。
その隙に将太郎と玲獅がトラックの後方に回り込むと、素早く扉を開け荷台に乗りこんだ。
●籠の中
扉を閉めると、荷台の中は薄暗かった。
運転席との境目の小窓から差し込む光は、積み上げられた荷物に遮られ物影には届かない。
(できるならじっくり話をして気持ちを落ち着かせたいもんだが…怪我しているから難しいな。落ち着いたら、アウル発動を抑えることができると思うんだが…)
「長谷川陽介君?いたら返事してください」
警戒心を少しでも解こうとショートスピアを仕舞い、玲獅がそっと声をかける。
…返事がない。
そのとき、衝撃音と共に荷台が大きく揺れた。外の戦いで化鳥が足場にでもしたか、左手上部が拉げ、光が差し込む。
同時に、耳を覆いたくなるような凄まじい化鳥の鳴き声。まさにサイレンだ。
「う…いやだああああああ!!!!!」
叫び声のした方を見ると、丸まって屈みこむ小さな背中が見えた。
「陽介君?助けに来ました」
相手を驚かさないように、細心の注意を払って玲獅が傍に屈みこむ。いきなり手を触れたりはしない。
「やだよおおー!おかあさーん、おじいちゃーん!」
顔もあげず、頭を抱えたまま少年は荷台の床で泣き叫ぶ。
背中には無数の生々しい爪跡。消防の撃退士がたどり着くまでに、ずいぶんと傷めつけられたようだ。相当痛むはずだが、今は恐怖が勝るらしい。
いたたまれず、玲獅が手を伸ばし癒しの光を放つ。だがその光すら今の少年には脅威だった。
何かわめきながら蛙が飛びだすように逃げ出そうとするのを、玲獅がしっかりと抱きとめる。もがく少年の指が当たり、白い頬に細い血の筋が走った。だが、構わず傷の手当てを続ける。
近づいた将太郎が陽介の両手をしっかりと握る。少年の手をすっぽり覆う程の大きな掌から、人の熱が伝わって行く。
「聞いてくれ。俺達はお前を助けにきたんだ。怖かっただろう?もう大丈夫だ。
撃退士の俺達がお前を守る。だから、落ち着いて」
ようやく少年の目が、まともに二人をとらえた。まだ興奮状態からは冷めきっていないように、しゃくりあげながらオウム返しに呟く。
「げき…たいし…?」
「そうだ、撃退士だ。もう背中、痛くないだろう?ゆっくり、大きく息してみろ」
少年は言われた通りに息をしようとする。ようやく落ち着きつつあるようだった。
「ほんとだ…背中、痛くない」
「よかった、もう大丈夫ですよ。すぐにお母さんに会えますから、もう少し頑張ってくださいね」
玲獅の笑顔に、少しはにかんだように微笑む。
「あ、お姉ちゃん…顔に…」
さっき暴れた陽介の爪が当たった傷だった。
「大丈夫ですよ。後で治しますから」
陽介によかったらどうぞとスポーツドリンクを握らせ、玲獅自身は盾を手にした。
「いいか陽介、目をつぶって千まで数えてるんだ。外の化け物は、お前が怖がったりしなければ襲ってこない。お前はどうやら化け物にびっくりして、アウルに目覚めてしまったみたいだな」
少年が腑に落ちないと言いたげな顔をする。
「アウル…?何それ」
「簡単に言うと、超能力者?…まあ、そんな感じだ。とにかく詳しい説明は後でゆっくり、な」
頭をぽんぽんと叩かれ、少年は目をつぶって数を数えはじめた。
将太郎は、やっと落ち着いた少年に戦闘を見せたくなかったのだ。
破れた天井から青い空が見えた。
そこに時折よぎる、艶やかな翼を警戒し、トンファーを握り締める。
(陽介の身体の痛み、心の痛み、恐怖を思い知りやがれ…!)
●籠の外
宙を舞う手負いのサイレンが、凄まじい鳴き声を上げながら降下してきた。
そのまま陽介達のいる荷台を蹴り、その勢いを使って急転回。メリメリと音を立てて、荷台の一部が裂ける。
「ええい!音響爆雷か!撃て!撃て!とにかく陽介から引き離し、こちらに惹きつける!攻撃の手を休めるな!命中率が落ちても数撃てばあたる!」
護が気勢を上げながら、矢を番える。こちらの精神を逆撫でする化鳥の叫び声を振り切るように。そして何よりも、自分の闘志が荷台の中の少年に伝わり、彼が力強く立ち上がる助けとなるように。今の自分には、それしかできないからだ。
「戦っていうのは楽しいねえ。護るべき命がなければだけどな!そう言う意味では、邪魔なんだよ。サイレン!」
手傷を負いながらも致命傷には至っていない化鳥は、滑空しながら鈴蘭に向かって真っ直ぐ向かってきた。嫌悪感を抱かせるけたたましい鳴き声に、うっかりすると気を取られそうになる。
「あは、リリーが鬼の番だね。鬼に捕まった子供はね、喰われてしまうんだよー♪」
残酷に宣言すると、まだあどけなさの残る青い瞳がきらりと光る。
苛立ちを掻き立てる鳴き声を物ともせず、足を狙った渾身の矢は狙い通りに突き刺さった。
血と羽根と怨嗟の声を辺りに撒き散らしながらもまだ羽ばたきを止めようとしないサイレンに、アトリアーナが迫る。ウォーハンマーが紫の焔に包まれ、天界の下僕・サーバントを冥魔の力を纏った阿修羅の必殺の一撃が沈めた。
「…まずは一匹なの」
赤いリボンに彩られた銀の髪が、その肩をさらりと流れていった。
その間にもう一体が、近くのビルの壁を蹴る。その進む先は、陽介達のいるトラックだった。
「いかせない!」
酷い鳴き声に一瞬眉をひそめた悠騎だったが、すぐさま気を取り直す。満を持して放たれたエナジーアローが翼を掠め、サイレンは慌てて向きを変えた。重い身体はビルの傍ではすぐに浮上できず、じたばたと足掻くように羽ばたく。
近くにいた護が、体当たり覚悟の上で回り込んだ。
「やらせるか!零距離なら!」
まさに刺し違え。
護の銃弾が至近距離でサイレンの腹に撃ち込まれるが、同時に鋭い爪が彼の肩を切り裂いた。
反動に仰け反る護、浮上するサイレン。
護と敵との距離が開くタイミングを見計らいながら、博志が眼前に魔方陣を展開する。
「IYA−−−吼えよ、焦く炎よ」
轟音と共に魔方陣から灼熱の砲弾が射出され、化鳥の片翼が千切れて吹き飛んだ。
最早飛ぶことも姿勢を維持することもできずに、落下の速度を落とすだけの必死の羽ばたき。
「バラバラにしてやるよ……」
夜鈴が身に纏う藍色の霧が、激しくうねり、踊る。
アウルの爆発に任すまま、振るった大太刀がサイレンの首を撥ね飛ばす。
「…さすがに首落とせば死ぬのか?」
刀を油断なく構え、反撃に備える。
だがアスファルトの路面に落ちたサーバントの動きは、既に断末魔のそれであった。
●撃退士たち
荷台の中と外での、それぞれの戦いが終わった。
思いのほか元気そうに飛び降りた少年を見て、アトリアーナはやっと安堵した。
「…良かった、助ける事ができて…」
少年の目の高さに屈みこみ、博志が笑顔を見せた。差し出した手を、陽介がおずおずと握り返す。
「良く頑張ったな、もう大丈夫だ」
「ありがとう、おじさん」
「おじさ…?…ま、いいけどね…」
博志がかくん、と首を傾けた。子供とは、無垢ゆえに残酷な存在なのである。
「はぅー、疲れたのか?疲れたなら美味しい飴玉でも舐めるといいんだよー♪」
鈴蘭がポケットから色とりどりの包み紙にくるまれた飴玉を取り出し、おどけるように一つを自分の口に放り込む。
「お、いいね。さーて何が出るかな、何が出るかな…陽介は何の味が好きかな?」
博志が受け取った掌の中でシャッフルするようにゆすり、陽介の手の上にひとつ、ふたつ落とした。さすが年の功、上手く少年の気分を明るくさせていく。
「あ…ありがとう」
手の中に飴を握り締めながら、そっと窺うように顔を上げる。
陽介はようやく、彼らの顔を一人ずつ見回すことができるようになった。
「作戦終了、撤収するぞ。被害状況確認。…新しい撃退士が生まれるかは陽介の心次第だな」
学園に報告を入れる護の肩に、赤い広がりが滲むのを認め、思わず陽介が声をあげた。
「あ、お兄ちゃん!怪我したの?」
「ん?ああこれか、大したことはない。気にするな」
「治癒しておきましょう」
玲獅がそっとかざした手から、淡くやさしい光が溢れた。
「それが…アウルの力?」
「そうです、私はこういうことが得意なんですよ」
陽介は道路に倒れて動かなくなった化鳥達に視線を移す。ついさっきまであんなに怖かった化け物。それをこの人たちはやっつけてしまった。
「あの化け物…あいつらを倒したのも?」
将太郎が何気ない風を装いつつ、陽介の反応を見ながら慎重に説明した。
「そうだ。みんなお前と同じようにアウルを持ってる。でも得意分野はそれぞれ違う。だから仲間と協力して、化け物たちを倒すんだ」
「そうなんだ…撃退士、ってすごいね。…でも怪我もするんだよね。お兄ちゃん達は怖くないの?」
一番年齢が近いと思われる鈴蘭を、ちらりとうかがう。
こちらは飴玉を口の中で転がしながら、興味深そうにサイレンを爪先でつついたりしている。
「もしぼくだったら…ちょっと、怖いかな」
聞こえるか聞こえない程の小さな声で呟いた。
「急にいろんなことがあってビックリしたよね」
悠騎が明るく笑って見せた。少年が理解できるよう、言葉を選んで説明する。
「ま、難しい話は置いといて…君は、君にとって大事な人を守る力の才能があるの。それがアウルが発現するってことよ」
「…自分としては、陽介がいつか仲間になってくれるなら嬉しいが」
護のぶっきらぼうな口調に、陽介が顔を上げた。
「本当に?…ぼくでもなれるのかな。『撃退士』に」
「その気になったら、学園へ来ればいいさ」
将太郎がポン、と陽介の頭に手を置く。
「とりあえずはおふくろさん達の所へ帰って、元気な顔を見せてやろう」
母親に抱き締められる陽介の傍らで、祖父らしい男性が何度も頭を下げていた。
「助けてくれてありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
立ち去り際に少年が、考え考え言葉をつなぐ。
「…アウルの力っていうのを、もっと色々調べて、考えてみるよ。ぼくも誰かを助けられるかもしれないんだよね」
手を振る少年に、撃退士達も手を振って応えた。
一つの命、そしてその心が救えたのだ。静かな達成感が胸に満ちる。
だが北には、数多の命を奪おうとしている存在があるのだ。持てる力で、それらを退けなければならない。
彼らを次の戦場が待っていた。
<了>