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マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/05/11


みんなの思い出



オープニング


 久遠ヶ原学園大学部のとある一室。
 准教授のジュリアン・白川(jz0089) は、暫くぶりに顔をあわせた上司から意外な言葉をかけられ目を見張った。
「申し訳なかったわ。やはり貴方の言う通りだったかもしれないわね」
 年の頃は30代後半、赤いワンピースに白衣をひっかけ、黒く真っ直ぐなロングヘアーを束ねた上司は、星徹子教授。普段の自信満々な態度はなりを潜め、寄せた眉には苦渋の色が濃く滲んでいた。
「どうしたんですか、急に」
 白川はどこか警戒するように言いながら、星の前のソファに掛ける。
「クー・シー……いえ、池永真弓さんの件よ」
「ああ」
 白川は軽く肩をすくめた。
「終わったことを言っても始まらんでしょう。私もこのような事態はさすがに予想していませんでしたしね」

 池永真弓ことクー・シーは堕天使であるが、京都のある素封家のたっての希望で、長年、特別に学園外で暮らしていた。
 だが春先の京都の災禍――ザインエル再びの襲来――に巻き込まれ、現在は行方が知れない。
 おそらくは居住していた京都市内の屋敷を、ザインエル達が通過するための小規模ゲートの作成に利用されたと推測されているが、後の調査で見つかったのは壊れた発信機だけだったのだ。
 以前から白川は真弓の身柄を学園に移すべきと主張していたが、様々な事情によりそれは実現されないままだった。

「まあ、彼女については今後も捜索は続けることになるでしょう。生きていることだけは……」
 白川はそこで言葉を切った。
 部屋をノックする音が聞こえたからだ。
「どうぞ、入りたまえ」
「失礼します」
 ドアを開けて顔を覗かせたのは、大八木 梨香(jz0061) である。
「実は、少しご相談したいことが……」
 梨香の相談事は小青(jz0167)という、学園に身を寄せているシュトラッサーのことであった。
 正にこの小青の主が天界にいた頃の真弓(クー・シー)である。
 小青は京都にザインエルが最初に襲来した際には、撃退士達の敵として立ちはだかったが、現在では戦いを忌み、「普通の人間の暮らし」になじもうとしているところだ。
 この指導役を、何かと白川に便利に使われている梨香が請け負っている訳だが。

「小青の、名前を変えさせる?」
 白川は梨香の相談に、首を傾げた。
「あ、いえ、変えるという手もあるんじゃないかと、ティンベルさんが……」
 堕天使ティンベルは今の小青の主である。
 戦闘能力はほぼないに等しいティンベルだが、使徒の生命維持には主がいた方が都合がいい。
 この半人前どうしの主従コンビは同じ部屋に寝起きしつつ、学園島に暮らしている。
 ということで、梨香はティンベルの面倒も見ている訳だ。

 小青はかなりの戦闘能力を持った使徒だ。
 その気になれば人類にとって頼もしい戦力ともなるだろうが、人界に続いて天界を裏切るという経緯により、小青は戦いを強く拒むようになっていた。
 だがその名前は学園の記録に「シュトラッサー」として刻まれている。
 実際に彼女に直接傷つけられた撃退士もいれば、彼女が蹂躙した街に知人がいた者もあるだろう。
「ティンベルさんが言うには、肩身が狭いと引き籠るぐらいなら、違う名前をつけたらどうだろうと」
 梨香が言うには、小青があまり外にも出たがらないのは事実らしい。
「小青には聞いてみたのかね?」
「それとなくは。ただ人間だった頃の名前は覚えていなくて、その後はずっと、池永さんがつけてくれた『小青』で過ごしてきたそうです」
 梨香は言葉を切り、考えこむように目を伏せた。

 * * *

「大八木」
「なんですか?」
「幸せってなんだ」
「……は?」
「連中は、幸せに生きろと言った。だが幸せというのが何なのか、私には分からない」
「そうですね……毎日を、好きな人や大事な人と一緒に、穏やかな気持ちで過ごせることでしょうか……?」
「クー・シー様は」
「え?」
「クー・シー様は、あの屋敷で幸せだったのだろうか」
「…………」
「少なくとも、天界よりは好まれたのだろうな」
「そう思いますか」
「だからあそこにいらっしゃるのだろう」

 * * *

 梨香は再び言葉を継いだ。
「なんとなくなんですけど。小青さんは学園でもまだ気持ちが落ちつかないのかな、とは思います」
 使徒の命は長い。
 主の天使が生きている限り、ほとんど永遠といえる程に生きる。
 だが小青の望んだ本来の主は共にいない。
 ままならない状況。梨香にはどうしようもなかった。

「アルバイトを募集しようか」
 だしぬけに白川が言い出し、思わず梨香は顔を上げた。
 いつも通りの胡散臭い笑顔で、白川は話をどんどん進めていく。
「うん、図書館がいい。君の所属する図書館の蔵書点検でもしたまえ。手続きを頼むよ!」
「え?」
 目をぱちくりさせる梨香に、白川は改めて仔細を語ったのだった。


リプレイ本文


 約束の時間より少し早く現れたのは、六道 琴音(jb3515)だった。
「少しお話、いいでしょうか」
 大八木 梨香を見る琴音は真剣そのものだ。
「私達は小青を学園に来るように説得しました。それは池永真弓さんについて、身の安全を保証すると約束したようなモノだと思っています」
 梨香は黙ったままで、目線で先を促す。
「だから、学園に所属していないからという理由で、真弓さんの事を小青に話さないでいるのは、アンフェアな気がします」
 琴音は真っ直ぐ梨香を見据える。
「アンフェア、ですか。学園が小青さんに意地悪する理由は?」
 梨香は小さく息を吐いた。
「誤解があるなら説明が必要ですね」


 梨香は別室に全員を集めた。小青はメールで用事を頼んだので少し遅れて来るという。
「先に私の知っていることをお話しすべきだと思いましたので」

 堕天使である真弓は、監視と、万一危険が及んだ際に捜索するため、発信機の携帯が義務付けられている。
 少し前、その発信機を届けるという名目で、学園生達は小青と共に京都の池永真弓の家を訪れた。
 彼らの調査やその他の状況から、池永邸の隣家に小規模なゲートがあると推測された。
 だが本格的な調査を開始するより先にザインエルが現れ、真弓の発信機は沈黙した。
 大規模作戦の後やっと再調査が可能になったときには、池永邸は無人で、ゲートも消えていたのだ。

「命を奪う気なら連れ去る理由がありません。また、天使達が発信機を”壊すべき物”と思うでしょうか?」
 ……人界を知る存在が天界にいて、真意はわからないが真弓をまだ生かしておくつもりである。状況からはそう推測された。
「それと小青さんには、真弓さんが無事だということはわかるそうです。使徒と天使の間には、そういう繋がりがあるようですね」
 梨香の表情が僅かに和らいだ。
 ならば不確定な情報で小青を混乱させるのは好ましくない。学園はそう考えたのだ。
「小青さんは私達……」
 そこで梨香が小田切 翠蓮(jb2728)を見た。翠蓮は僅かに目を細めて微笑む。
「の、ほとんどよりも、長く生きています。経験や考え方は、見た目通りの子供ではありません」
 小青は人界を、天界を裏切り、多くの人を傷つけた。
 また刃を振るえば、誰かを傷つけるだろう。
 だから『撃退士』になることと同意義の『久遠ヶ原学園への所属』を躊躇っているという。


 梨香は改めて一同を見渡す。
「名前の件も先に話し合ったほうがいいのであれば、今のうちにどうぞ」
 琴音はまだどこか納得できないものを感じていた。
 名前のことに触れ、それが明確になる。
「私には安易な選択のように思えます」
 きっぱりと言い切る。
「確かに小青さんはこれまで多くの人を傷つけたかもしれません。でも、自分のしてきたことに向きあわなくてはならないんです」
 名前を変え、過去を捨てる。琴音にはそれは逃避とみえた。
「そんな逃げの姿勢でどうするんですか」

 月居 愁也(ja6837)が、傍らの夜来野 遥久(ja6843)をちらりと見た。
 頷く親友に促されるように、愁也が口を開く。
「名前を変えて、楽になれるならそれでいいと思うよ。でも『小青』って名前は、真弓さんからの最初のギフトだよな。大切なものなら、手放してほしくはない……って俺は思う」
 小野友真(ja6901)も眉を寄せたまま唸った。
「俺もめっちゃ考えたんやけど。字面可愛いし、すごいあってるし、俺らにとっては名前も含めて、そのまんまが小青なんかなって」
 友真が言葉を切る。
「……上手いこと言えへんけど。読み方変えてみるとか、元の字を使うとか。見方をちょっと変えるだけで、自分も変われるんやないかなって。無理に変えんでも、でも変えてもええ……」
 明るい色の髪をくしゃくしゃかき回す。
「あー、えっとつまり、小青の意見を一番にしたいんや!」
「私も友真殿の意見に賛成ですね」
 遥久が友真を応援するように言った。

 こんなやりとりを、九十九(ja1149)は黙って聞いていた。
 九十九自身は、悪魔や天使がいる学園のこと、使徒も少々珍しい存在にすぎないと思う。
 依頼を受けた理由も使徒が自身と『同郷』らしいということだけで、それほど深い思い入れもなかったが、話を聞く限り小青は結構真面目で真っ直ぐな性格のようだ。
(似合いの名前をつけたってことかねぇ)
 九十九が口を開いた。
「小青。『白蛇伝』の主人公・白素貞の従者の名前さねぇ」
 人間の男と恋に落ちた白素貞を、高名な僧侶が滅ぼそうとする。白素貞の従者の小青は、主を救わんと必死の思いで僧侶に立ち向かう。
「まあ、日本じゃ滅多にないみたいだけど。国によっては改名自体『良くある事』さねぇ」
 本名以外の名で呼び合うことが普通という国もある、と九十九は付け加えた。
 翠蓮も無言で思案する。
(小青殿にとってのクー・シー殿とは『主』以上の――『母親』とも言える存在なのやも知れぬの)
 愁也の言う通り、親が子につける名は、人生最初の贈り物でもある。
 小青は余りにも相応しい名を与えられたため、生き方を縛られているのかもしれない。
「名前を変えた所で過去を消せる訳ではなかろう。だが、新たな一歩を踏み出す切掛けに出来るやもしれぬでな」
 翠蓮がそう言うと、櫟 諏訪(ja1215)がちらりと時計を見上げた。
「とにかく小青さんが本当はどうしたいのか、今日は少しでも教えてもらえたらいいですねー?」
 重い空気を追い払うように、諏訪が穏やかに皆を促した。


 遥久が窓を開けた。カーテンを揺らして初夏の爽やかな風が吹き抜ける。
「虫干しを兼ねて、ですね」
 まずは書架ごとに中身を取り出し、蔵書リストと照合。別の棚の本はとりあえず脇に。本に傷みがないかチェックして、棚に戻す。これが作業の流れだ。
「書物は好きじゃが、さて、未経験の儂でも役に立つかのう……?」
 ひとまず、翠蓮は本を運びだす。
「あの、すみません」
 不意に頭の上から声がかかり、見上げると梨香が物言いたげに翠蓮を見ていた。
 棚の隙間に落ちた本に、あと少し梨香の手が届かない。
「あれを取ればいいのじゃな? お安い御用じゃ」
 翠蓮は長い腕を伸ばして、本を救出した。

「梨香ちゃん学園生活どうよー、謳歌してる? あ、それも貸して」
 友真が積み上げた本を軽々と持ち上げた。
「なあ、女子ちゃん達ってどんな本好きなん?」
「それを私に聞きますか……」
 梨香はひきつった笑いを向けた。
「や、ほら! もっとかる〜い感じで、な? 今日は俺が、肩の力の抜き方を教えt……」
 じーっ。
 梨香ではなく、その後方から友真を見つめる遥久の視線に気づき、友真は言葉を呑み込んだ。
「いや、あれやで。やるべきことはやった上でのほらそれがアレで!」

 作業台では愁也がどんよりと曇った目で座っていた。
「……図書館ってさあ、眠くなる魔法でもかかってんのかね」
 実は友真も欠伸を噛み殺していた。
「この気温、静かな雰囲気。LvMAXのスリープミスト感あるで」
 ふたりは眠気と戦いながら、本のチェックを始めた。
 そうまでして頑張ったのは……。
「普段手に取らない本も多いですし、興味深いですね」
 などと、遥久が愁也と友真に輝く笑顔を向けるからである。
「あ、うん、キョーミ深いよな!」
「すいません、今なんかすっごい、聖なる刻印いただきました!」
 思わず座り直したときだった。
「お前達、驚くほど書物が似合わんな」

 ふたりは同時に振り向いた。
 コンビニの袋を提げた小青が、あきれ顔で立っていた。
「久しぶりですねー? 元気でしたかー?」
 諏訪がいつも以上に穏やかな笑顔で声をかける。
「うん。元気だ。――ああ大八木、これ」
「すみません、助かります」
 小青は梨香に袋を渡す。中身は飲み物のペットボトルだ。
 ――買い物ができるんだ。
 それだけのことで、これまで見守って来た者達は安堵する。
「小青さん、今日はよろしくお願いしますね」
 琴音が声をかけると、小青は頷いて本の山を興味深そうに眺めた。
「私にできることはあるか」
 琴音と並んで座り、チェックに加わる。
 どんな本を読むのかと問えば、まだ新聞を読むにも苦労するので、図鑑などを眺めるのが好きだ、と言った。

 元の棚に戻す作業は、長身の翠蓮と遥久が担当していた。
「儂は小田切翠蓮と云う。宜しくのう」
 その顔を小青はじっと見つめた。
「……古そうだな」
「くくっ、わかるかえ? おんしより古いかもしれぬぞ」
 翠蓮は冗談めかして笑った。
 小青が運んできた本を受け取り、遥久が尋ねる。
「多少はこちらの生活に慣れましたか」
「ああ。あるじ殿のほうが、私よりも大変そうだ」
 主殿とは、取り敢えず主従となった堕天使のことである。
「そういえば一緒に住んでいらっしゃるのでしたね」

 暫く取りとめもない会話を交わした後に、遥久がふと呟いた。
「……学園に来たことを、後悔してはいませんか」
 小青が遥久の横顔を見つめた。

 生きて欲しいと願った。
 その為には呼び寄せるしかなかった。
 それが小青にとっての『幸せ』なのか、今でも確証はもてないでいる。

「お前はもう少し気楽でいいと思うぞ。あいつ程でなくとも」
 小青はそう言って、踵を返す。
「……色々と気苦労が絶えないものですから」
 遥久が思わず苦笑を漏らした。
「へっくし!」
 愁也がくしゃみしている。
「埃がー! お、そろそろ昼か。なあ、いい季節だし、昼飯は外で食おうぜ!」
 小青が「ほらな」とばかり軽く肩をすくめた。


 遅咲きの八重桜が見える場所で、弁当を開く。
「前に約束した花見だぜ! 間に合ってよかったな」
 愁也がうきうきと敷物を広げた。
 本当はもうひとり、居て欲しかった。だが、今は口にしない。
「皆さん良かったらどうぞですよー?」
 諏訪が重箱に詰めたおかずとおにぎりをすすめる。人間だった頃の小青の好物である月餅も。
「お前さー、ちゃんとメシ食ってるか?」
 愁也が取り皿におかずをとりわけ、小青に渡す。
「食べる必要がないんだ」
「でも味はわかんだろ? 旨そうだなと思う物だけでも食えよ。食事ってのはそういうもんだ」
 困ったような顔で皿に手を伸ばす小青が、一瞬驚いて身構える。
 よく見れば、三毛猫が一匹、足元を通り抜けたのだ。
「猫……?」
「ライム、てぇ名前さね」
 九十九が手を伸ばすと、ライムはすぐに駆け寄り膝に飛び乗る。
「よくなついているな」
「実はあっちが本体だそうですよー?」
「えっ!」
 諏訪のどこまで本気かわからない口ぶりに、小青はまじまじとライムを見つめる。

 一息ついた頃、九十九が二胡を静かに奏で始めた。
「懐かしい音色だ」
「弾いてみるかねぃ」
「あ、いや。弾けないんだ」
 小青はしばらく楽に耳を傾け、それからぽつぽつと自分のことを語り始めた。
 物心ついた頃から芝居の一座の下働きをしていた。
 夏も冬も、誰かのつま弾く音曲が流れていた。
「でも嫌いじゃなかった。音楽も、芝居も」
 きいきい声で怒鳴る役者が、ひとたび舞台に上がると絶世の美女となる。
 だが小青の前に現れた天使クー・シーは、役者などとは比べようもなく美しく、畏怖すら感じさせた。
 天使によって使徒として天界に。それからの小青は幸せだった。
「夢のようだった。腹は減らないし、凍えることも無かった。なにより、クー・シー様のお傍にいるのが嬉しかったんだ」
 だからクー・シーの堕天を信じたくなかった。
 主はきっと「誰か」に囚われたのだと。
 主が天界に戻りさえすれば、全ては元通りになるのだと……。

「あの頃に帰りたいのだ。むろんそれが叶わないことも知っている。だからどうすればいいのかわからない」
 目を閉じる。
 二胡の音は物悲しく響き、初めて主と出会ったあの大地を翔る乾いた風を思い出させた。

 翠蓮は煙管片手に、空に向かって煙を吐く。
「小青殿、おんしはこの世界で何を為したい? 望みは何ぞ?」
 小背は首を横に振った。
「例えばじゃ。大切な存在の為に戦う、強くなる為に戦う……それは間違っていると思うかえ?」
「間違っていないと思っていた。だが今はわからない」
「だが『命は“二番目”』であるからの」
 翠蓮は微笑を収める。
「自分の中で命に代えてもと思う何かがあらば、それを求めるもよいのではないか?」
 小青は暫く黙りこんでいた。
 見上げれば若葉の狭間で八重桜が重く揺れている。
「私は幸せだった。幸せということを知った。それはクー・シー様に与えられたものだ。だから私は、あの方の幸せを望む」
 再び正面を見る小青の目に、迷いはなかった。
「大事な方が幸せではないなら、自分も幸せであるはずがない」

 二胡は小青を励ますように響く。
 遥久はわずかに目を伏せた。
 クー・シーが池永真弓として堕天したのは、それが彼女にとって幸せだったからだろう。
 楽しいことばかりではなかったはずだ。
 それでも真弓は自分の道を選んだ。
 自分達に託した言葉は――「使徒を頼む」。
 どの道ずっと一緒にはいられないと、真弓は知っていたのだろう。
 拾った子が自分の手を離れても生きられるようにと――真弓もまた、小青の幸せを願っている。

 友真が紙コップのコーラを小青の目の前に突き出す。
「飲み物はいけるんやろ? 水でもええんやけど、やっぱ美味しいほうがええしな!」
「ありがt……ぶふぉあっ!?」
「あ、炭酸あかんか!?」
 たくさん話を聞きたいと思っていた。
 何がしたいのか教えてくれたら、手助けしようと思っていた。
 ただ笑って欲しいから。
 けれど……。
「俺、なんも知らんかったんやな」
 好きなモノも。昔のことも。
「それはお互い様だ」
 涙をにじませ、それでも小青はコーラを口に含む。
 諏訪がおてふきを差し出した。
「何というか、色々なことが漠然とし過ぎているのですかねー?」
 自由がなかった頃は何も考えられなかっただろう。
 そして天使の傍では、何も考えずにいられた。
 今、好きに生きろと言われても、世界は小青の手に余る。
「足元と、これからの歩く先を見るために。学校に所属するのもいいかもしれませんよー?」
 戦うだけが撃退士ではない。
 こうして理解しようと歩み寄る学園生もいるかもしれない。

 愁也が小青の顔を覗き込んだ。
「あのさ。俺は『自分が自分の生きたいように生きること』が幸せだと思ってんだ」
 水が流れるように、風が吹くように。心の赴くままに生きる。
「そのためならいくらでも助ける。手を貸す。一緒に考える……大事な友達だからな!」
 ニッと笑い、小青の頭を軽くぽんと叩いた。
「小青殿、我々はいつでも貴女の隣にいますよ」
 遥久は名前に力を籠める。
 琴音が小青の背中にそっと手を当てた。――いつかのように。
「皆、応援しています。でも歩くのは自分の足です」
「……わかった。もう少しだけ考える時間をくれないか」
 今少し、『小青』として。
 微かな温もりの先を探るように、使徒は目を閉じた。

<了>


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 万里を翔る音色・九十九(ja1149)
 蒼閃霆公の魂を継ぎし者・夜来野 遥久(ja6843)
 来し方抱き、行く末見つめ・小田切 翠蓮(jb2728)
重体: −
面白かった!:6人

万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
来し方抱き、行く末見つめ・
小田切 翠蓮(jb2728)

大学部6年4組 男 陰陽師
導きの光・
六道 琴音(jb3515)

卒業 女 アストラルヴァンガード