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装甲車に乗る人々の視線を背中に受け、一団は病棟へ向かう。
「大丈夫、まだ十分戦えます」
六道 琴音(
jb3515)が自分に言い聞かせるように呟き、強い瞳で前を見据えた。
連続の出動で疲れがないといえば嘘になる。
だがここで取り残された人を見捨てていけるはずもない。
加倉 一臣(
ja5823)が琴音と力を合わせるかのように頷いた。
「うん、まだ戦える。張り切っていこか!」
やがて建物の向こうで、割れ鐘のような声が響き渡るのが聞こえた。
そっと窺うと、剃髪の男がキツネに似たディアボロを蹴り飛ばしている。
「心温まる動物との触れ合い……と言うには、少々無理がありますかね」
夜来野 遥久(
ja6843)が言う通り、ディアボロは次々と襲い掛かり、天斎と名乗る男の顔は血に汚れ、まるで悪役プロレスラーのような形相だ。
だが声だけは威勢よく、狩野 峰雪(
ja0345)はふと口元をほころばせた。
「何やら前時代的な装いで……」
黒のガクラン風の衣装はどこか懐かしい。だが、さすがに余りのんびりと観察している場合でもなさそうだ。
「なんて、言ってる状況ではなさそうかな」
男もタコ坊主のようだが、厄介なタコ型ディアボロが2体、赤い剣をぬらぬらと光らせて身構えている。
峰雪は僅かに身を沈め、すぐに飛び出す用意をする。
それに気付いた男が叫んだ。
「久遠ヶ原の撃退士だな! 俺がいいと言うまで阻霊符は使うな、理由は後で話す!!」
その言葉に、思わず互いに顔を見合わせる。
どういう経緯からここで戦うことになったのかはわからないが、天斎は自分より後方へ敵を行かせまいと踏ん張っているようだ。
天羽 伊都(
jb2199)が生真面目な表情で考えこんだ。
「あのハ……いや坊主頭があそこで病棟を守っているという事は、守護対象が少なからず近くに居るって事っすね」
天宮 佳槻(
jb1989)は暫し男の様子を観察する。
(いくらディアボロがぶつかれば壁などないに等しいとはいえ……)
透過を防げばほんの一瞬でも間を作ることができるはず。それを敢えて、それもこちらの顔を見た瞬間に封じようとするとは。
「……透過を使う味方がいるってことなのかな」
峰雪の低い呟きに佳槻も頷く。
「そしてその誰かは、救助対象のほうへ向かっている、と」
「だろうな。ま、それは後でゆっくり聞かせてもらうとしようぜ」
小田切ルビィ(
ja0841)が声を上げた。
「何だか分かンねーけど了解したぜ! OKになったらすぐ教えろよ、オッサン!」
「誰がオッサンだ!!」
オッサン声が即座に叫んだ。
今度こそ飛び出そうというとき、琴音が控え目に皆を制した。
「すみません、とにかく敵の足止めが必要だと思うんです。各自の足の早さと魔具の射程を考慮して仕掛ける敵を決めませんか」
敵は今、天斎に注意を向けている。だが後方からバラバラに仕掛ければ、目的を思い出し、何体かが建物に飛び込むかもしれない。
そうなれば攻撃しづらい上に、救助すべき人も危険にさらされるだろう。
アスハ・A・R(
ja8432)がまず初撃を申し出る。
「敵がこちらを認識して動く前に、なるべく多くを巻き込んでみよう、か」
短いやりとりが交わされ、それぞれが出番に備える。
「さて、ここはもう一働きってヤツっすね」
伊都がいつもの威風堂々たる銀獅子の光纏をおさえ、身構えた。
「タコにキツネ……このお代わり分の依頼も終わったら、帰りに鍋でも食べていく、か?」
アスハが飄々とした調子でつけ加えると、伊都はわずかに眉をしかめた。
「キツネを食うっすか? あれは臭いって話っすよ!」
「何、鍋にすれば……な、オミ?」
一臣の返事を待たず、アスハが蒼い光を纏う。
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「この顔ぶれで遊びじゃない戦闘、というのもまた珍しいもの、だな」
アスハが遥久と一臣に言った。いつも通りの口調なのは、いつも通りでいられる連中と一緒だから。
「私はいつでも真剣なつもりですが」
遥久がわかっていながら、小さな笑いを返す。
「それもそう、か」
アスハは敵の配置を見やり、ポイントを探った。
「行くぞ、オミ……傘の準備は万全か?」
「加倉、雨に濡れて格好良さを追求するのも偶には良いと思うぞ」
遥久は一臣の背中を、アスハがかざす手のほうへ押しやる。
「春雨だからね、濡れても……いやいや無理無理無理!!!」
遊んでいるようにしか見えないが、過度の緊張をほぐしている……らしい。
その瞬間、アスハの手から無慈悲な『蒼刻光雨』の光が溢れ出し、全てに分け隔てなく降り注ぐ。
「これが噂の光雨……ワア、キレイダナー!」
一臣の光を失った目が、敵の無残な姿をとらえた。こんなの傘で防げるか!
だがその間にもあわせて『バレットストーム』を放つ。初手は背後からの奇襲になったため、命中率を犠牲にした攻撃も見事に当たる。
天斎目がけて飛びかかろうとしていたキツネが2体、地面に転がった。残りは8体。
だがぼんやりしている暇はない。
タコ頭のディアボロ、ブラッドマスターのうち北側の1体がゆらりと振り向くのを確認し、アスハは弾丸のように飛び出した。
南側の蛸人が振り向く気配を見せたその時、ルビィが突っ込む。
「病人を護れずに何が撃退士だ――病棟には絶対近付けさせねぇ……!!」
ジュノンの紋章を掲げる。銀の孔雀羽根が後光のように浮かび上がり、蛸人に襲い掛かる。
赤い外套は蛸人の身体を覆いつくし、魔法の羽根を遮った。
だがそれでいい。蛸人は攻撃をしかけたルビィを当座の敵と見定める。
「――こっから先は通行止めだぜ。俺を無視する事ぁ許さねぇ……ッ!!」
これで暫くの間は、病棟から敵の意識を逸らすことができる。
蛸人はキツネ達に強い指示を飛ばしたようだ。
半分程が天斎から離れ、病棟を目指そうとする。
その右手から冷気が襲い掛かり、キツネ達は足を止めた。
「いい子だね、しばらくそのままで」
峰雪、遥久が北側から回り込み、『氷の夜想曲』を駆使して病棟手前で2体を足止めする。
それを見て天斎が、自分に群がるキツネを引き剥がすように、爆風を放った。
「気をつけろ、こいつらに噛まれると毒が回る!」
――厄介な。
遥久が僅かに眉を寄せた。
駆けつけたアスハが天斎の傍らに並び立つ。
「連中はここで食い止める」
艶やかな黄色に輝く金属の糸が宙を舞い、キツネを絡め取る。とにかく今は敵の排除が先決だ。
「助かるぜ。さすがの俺様も、ちっとばかり……」
ドッ。
巨体が片膝をついた。まだ気迫で前を睨んではいるが、その顔は蒼白を通り越して土色に近い。
身構えていたキツネが1体、天斎に体当たりを仕掛けてくる。
「行かせませんっ!」
琴音が『審判の鎖』で動きを止めた。
「もう少しだけ頑張ってくださいね。敵は私達が引き受けますから」
「すまん」
琴音の背後で天斎がぜいぜいと喘いでいた。
「ご安心ください。もう1体たりとも近づけはしませんから」
琴音に並んで遥久が盾を構えた。
その目前に、躍り出るキツネ。遥久は前に進み出ると、一歩も引かず体当たりを受け止めた。
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蛸人の前に立ち塞がるルビィが姿勢を低く身構える。
(地面に潜られたら面倒なンだよな……!)
天魔といえど、呼吸をしなければ生きられない。とはいえ、目くらまし程度に利用する可能性は捨てきれない。
佳槻はその隙に蛸人に接近、ルビィに気を取られたのを好機と、『式神・縛』で蛸人の動きを封じる。
「かかりました。これで暫く移動は防げるはずです」
淡々と事実だけを伝えると、すぐさま『四神結界』でルビィの守りを固める。
「ナイスだ、後はタコ殴りだぜ!」
ルビィがニヤリと笑い、大剣を構えた。両腕が光と闇のオーラをそれぞれ纏う。『混沌の片鱗』、天冥の気を大きく傾ける必殺の一撃が、蛸人の身体を袈裟がけに斬り裂く。
とみるや、蛸人は半ば千切れかけた腕を振り上げ、懐に飛び込んで来たルビィの身体を赤い剣で貫いた。
「チィッ……!」
それでも尚、踏みとどまるルビィ。
束縛された蛸人は移動こそできないが、なお並はずれた力を振るう。
佳槻は宙に舞い上がった。
(どうやら回復手段は持たないようだ)
ならば、どれほど固い敵だろうと、当て続ければいつかは倒せる。その前にこちらが倒れなければ。
ルビィと斬り合う敵の意識を逸らすため、佳槻は上空から雷符の攻撃を当て続ける。
敵は弱っている、もう一息だ。
そう思ったときだった。
佳槻は危険な気配に気付く。咄嗟に中空でひねった身体すれすれに、魔法弾が飛んでゆく。
「……!!」
もう1体の北側の蛸人の放った魔法の矢だった。
「ごめん、後はこっちで引きつけるよ!」
声のする方を見ると、PDW SQ17を手にした一臣が二指の敬礼で合図を送っていた。
回避射撃で援護してくれたようだ。
ルビィは動けない敵の足元を狙い、刃を繰り出す。
敵が避けた瞬間、柄の端を左手で下方へ押し、剣先を胸元へ。
「――“Alber:愚者”の一撃、……ってな?」
さしもの蛸人も、ついにその痛撃に崩れ落ちた。
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蛸人の1体を撃破。
残るは蛸人1体と、キツネが4体。
「とにかく北海道を早く開放するっすよ!」
伊都は初手で仲間が敵の目を引いている隙に、素早く建物と建物の交わる最奥部、北西の角へ到達する。
そこから見渡し、仲間の範囲攻撃を逃れたキツネが接近するのを狙って確実に仕留めて行く。
「早く解放して、家族でジンギスカンを堪能するっす!」
自らのルーツがこの地にあると聞いているだけに、思い入れも深いようだ。
そこに、峰雪が近付いて来る。伊都に合図を送って見せる。
「そろそろキツネは大丈夫だと思うんだよ」
戦闘で荒れる前に地面の様子を見てみたが、どうやら建物に入りこんだ敵はいないようだ。
「だからそろそろ、あちらの片付けに回ろうかと思ってね」
指さすのは魔法弓を構えた蛸人だ。
相棒(?)が倒れたために、キツネへの指示と撃退士の対応を単独で担い、その動きは精彩を欠いていた。
それでも迂闊に近寄れば、危険なことには変わりない。
「了解っす、タコも焼いたら旨いっすよね!」
「普通の蛸なら、ね」
苦笑しつつ、峰雪がアシッドショットを放つ。
例え少しずつでも、あの固い守りを削って行けば勝ち目はあるはずだ。
伊都は日本刀を構えて接近、峰雪と敵を挟んだ向かい側に回り込む。
峰雪が意識を逸らした隙に伊都が斬り付け、伊都に向かって打ちおろす赤い刃を峰雪が回避射撃で逸らす。
それも尽きた後は、只管に互いが仕掛けるのみ。
蛸人もかなりタフだったが、峰雪は老獪で、伊都は頑丈だった。
キツネを呼び寄せようとするが、既にまともに動ける物は残っていない。
それでも命じられるままにぶつかって来るキツネを、伊都は敢えて受け止め、吸魂符で自分の力に変えてしまう。
キツネを片付けた後は全員でのタコ殴り状態となり、ついに全ての敵をせん滅することに成功したのだった。
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敵が倒れたのを見届けた天斎は、片手を地面についた。
遥久が近寄り肩に手をかける。
「お疲れさまでした。それにしても、相変わらず豪快な戦いぶりですね」
触れた肩から暖かさが広がり、身体を癒して行く。
「ああ……すまん」
傷が癒えるのを確認し、佳槻が静かな声で尋ねた。
「ところで今更ですが、あなたは?」
敵ではないことは確かだろう。だが公務員撃退士や、フリーランスとも違うようだ。
「以前にも北海道ではあなたに似た雰囲気の人と会いました。事情を説明してもらえると助かるんですけど」
「そうっすよ! ハ、違う、坊主さん。経緯説明を求めるっすよ!」
伊都も続いた。
一臣が天斎の前にかがみ込み、とりなすように言った。
「阻霊符NGってのはね、やっぱ気になるからさ。誰か透過でも?」
琴音がおずおずと尋ねる。
「あの、やはり久遠ヶ原学園の方ではないですよね? 使われていたスキルがあまり見た事がないモノでしたので……」
陰陽師のものに近いが、少し違う。そんな印象があった。
遥久は以前に天斎と会っている。あのとき、天斎はこう言ったのだ。
「『以前から決まっていた通り』と、仰っていましたね」
誰が? 誰と? 何を?
座りこんだまま、暫く一同を見回していた天斎だったが、諦めたように大きく息をついた。
「……お嬢、居るんだろ。出て来いよ」
その声に驚いたように、西側の病棟の扉が小さな音を立てた。
戦闘の緊張がまだ残る一同は、一瞬身構える。
だがそこから出てきたのは、ショートコートのフードを目深にかぶった人影だった。
コートの裾からは健康そうな褐色の腿が覗く。どうやら女性らしい。
「俺は天斎。この辺りで冥魔にちっとばかり抵抗してる組織のモンだ。で、こっちが」
小柄な人影が、フードを払いのけた。
現れたのは、くっきりとしたアーモンド形の大きな緑の瞳。黒い髪。額の赤い印。褐色の肌。
「ミーナ・ヴァルマ。レジスタンスのリーダー、ってことになってるわ」
何人かが息を呑む気配がする。
その緊迫感を和ませようと、アスハは倒したディアボロの黒い尻尾をふさりと天斎の頭に乗せた。
……余計に空気が緊迫したのは気のせいか。
「おい、念のために言っておくがな。俺はハゲじゃないぞ。髭と一緒に剃ってんだよ!」
天斎はぱっぱと払いのける。
峰雪が穏やかな声でミーナに微笑みかけた。
「お嬢さんとは初めまして、だね」
ミーナは明らかに警戒している。
「ま、お前さんらにはホントのことを言うしかないだろ。うちのリーダーはご覧の通り、訳ありだ」
「天斎さん!!」
ミーナの声は半ば悲鳴のようだった。
「お嬢。俺達の力は小さい」
天斎が俯き、自分の頭をなでる。
「俺は最近の出来事で、つくづくと思い知ったよ」
ミーナが俯いた。
そして再び顔を上げたとき、その目には決意が宿っていた。
「……もうわかってると思うけど、私、堕天使なの。でも信じて、人間の敵じゃないわ」
そしてミーナは語った。
元々は充分な庇護を受けられなかったこの地の人間達の、ささやかな抵抗に過ぎないレジスタンスのことを。
天斎のように学園とは異なる方法で能力を開発し、互いに必要以上に群れず、組織の名前も持たず、密かに活動してきたことを。
「私のことを信じてくれなくてもいい。でも、このままじゃいけないって、皆やっとわかりかけてる。ひとりの力でできることには限界があるわ。だから……」
峰雪が片手を差し出した。
「今後は本格的に協力体制を築いていけたら嬉しいな」
ミーナが目を見開いた。
「どうぞよろしく」
峰雪の笑顔をしばらく見つめ、ミーナはおずおずと大きな手を握り返したのだった。
それは小さな出来事に過ぎない。
けれどさざ波がやがて、大きなうねりとなることもある。
この邂逅が何をもたらすのか――それが明らかになるのはもう少し先のこととなる。
<了>