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思えば奇妙な依頼であった。
雪の積もる街をあちこち走りまわらされ、見つかるのは次の指示。
だが怒りだす者は誰もいなかった。
(学園長直々の依頼だけはある、ということかな)
龍崎海(
ja0565)はこの先で待っているだろう相手がどんな奴だろうかと、思いをはせる。
六道 琴音(
jb3515)はといえば、手紙と地図だけが出てきた菓子箱を覗き込み、怒るどころか小さく笑っていた。
「ふふっ。なんだか宝探しみたいで楽しいですね」
「宝探し、ねえ……」
狩野 峰雪(
ja0345)が穏やかに微笑し、首を傾げた。
「はい。昔、妹と宝の地図を描いて遊んでいたのを思い出します」
「そう思うとあの学園長らしい、とも言えるかな」
夜来野 遥久(
ja6843)が地図と手紙を広げた。
「それにしても勘合といえば、随分と昔の貿易手段です。今回は真正の使者であることの証明手段と思われますが」
土地勘のある加倉 一臣(
ja5823)と月居 愁也(
ja6837)も覗きこみ、行き先を確認する。
「次は江別駅前、が」
「今度はわかりやすい場所だな、急ごうぜ」
峰雪は後をついて行きながら考え続ける。
(封書を手渡す……それにこれだけの手間をかけるということは、なにか学園長からの特別な依頼、ということかな)
そして到着した交番には、これまでのプリントアウトした物とは明らかに違う、雑な男文字のメモが残されていたのだ。
琴音がびっくりしたように眼を見開く。
「ディアボロ!? 私達も浄水場に急がないと!」
巨大結界が長く居座っているため、この辺りでは行く先のある人はほとんどが逃げ出している。それでも色々な事情で残った人々がおり、ライフラインも、それを守るための専門職の人も必要だ。
それはわかっているが、約束を放り出して飛び出して言った相手に好意的にはなれないフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)だった。
「手間を増やしおって……先に行って足を止める。後詰は任せるぞ」
言うなり翼を広げ、今にも飛び出しそうな勢いだ。
「まあここまで来たんだ、せっかくなら皆で行ってみるさ」
ロベル・ラシュルー(
ja4646)はそう言って苦笑した。
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地図を頼りに浄水場に到着。柵で囲われた建物前には一面に雪が積もっている。
「あれか」
ロベルが指さす先に、タコ……ではなくタコ坊主のような男がいた。
白い雪の中、禿頭から湯気をたてて、自分と同じぐらいの大きさのクマ型ディアボロと対峙している。
遠近感がつかめない雪景色だったが前方に建物に迫りつつある2体がおり、その大きさと同じなら、体高2mほどか。
「待ち合わせに遅れちゃったかしらー?」
一臣が軽く声をかけながら到着を知らせる。と同時に、フィオナ、峰雪が即座に行動する。
「大人しく冬眠できない『穴持たず』には、久遠ヶ原式の熊送りと参りますか」
峰雪、海、琴音はそれぞれ阻霊符に力を籠めた。
建物がディアボロの激突に耐えられるとは思えなかったが、中に人がいるのならせめて素通りは避けたいところだ。
フィオナは雪原をホバリングするように低い位置を飛びながら、敵を目指す。
「今しばらく耐えろ。直に増援が来る」
男に声をかけると、そのまま真っ直ぐ先へ。
続けてロベルと琴音は禿頭の男の元に駆けつけた。
「お待たせしました。久遠ヶ原の者です。ご無事ですか?」
「おう、来てくれたか!」
琴音の声に、男が目を逸らさないままニヤリと笑う。30歳ぐらいに見える顔は、血にまみれて凄みが漂っていた。流血デスマッチの悪役プロレスラーという体だ。
「ほらこっちだ」
ロベルは挑発で敵の意識を逸らし、間合いを見計らって封砲を放つ。黒い炎に包まれたディアボロは、吠え声を上げるとロベルに向き直った。
「よしよし、暫く俺が遊んでやるからな」
男の傷の具合はわからないが、暫くひとりで戦っていたのだ。ほんの少しの間でも、休んで回復して貰いたい。
ロベルはその為に敵を引きつけるつもりだった。
目前のディアボロは男との戦いとロベルの一撃で、肩や腹から血を流している。だがまだまだ致命傷には至っていないようだ。かなりタフらしい。
雪を跳ね上げ、ロベルに向かって突っ込んでくる。スピードはかなりのもので、振り上げた爪は鋭かった。
「……チッ!」
姿勢を低くして身構えたロベルだったが、激痛が身体を軋ませる。踏みとどまった頃には、敵は再び距離を取っていた。
「気をつけろよ! そいつは見た目より素早い!」
「ああ、よくわかったよ」
男に軽く手を上げて応え、ロベルは薄く笑う。
「要するに近づかなければいい訳だろう」
赤い熱を放つ黒い大剣を構えなおし、ディアボロを狙った。封砲が尽きるまでは接近を許さずに一方的に仕掛けることにする。
フィオナは背中を向けて建物を目指すディアボロを睨みつける。
一見して、雑魚敵らしく見えた。強敵と戦った後の虚脱感は如何ともし難いが、結局のところこの空虚さを僅かなりとも埋めるのは、やはり戦いなのだ。
意識を集中し、赤光の魔力球を顕現。『真・円卓の武威』を近いほうの敵のすぐ目前で炸裂させる。できればもう1体も巻き込みたかったが、さすがに範囲外だった。
ディアボロの動きが遅くなる。見えない重圧が動きを阻害しているのだ。
それを確認して峰雪が追いつき、アウルで作りだした蔓で後ろから首を縛り上げる。
「本来はか弱い後衛なのでね。悪いけれど背後から失礼するよ」
そこに全力で飛行してきた海が到着、前に回り込んで力を籠め、掌底を見舞う。
「ここから先は進ませないぞ」
言葉よりも強い意思が瞳に宿っている。
クマは引き摺られた跡を残し、建物から強引に引き離された。
突然現れた敵に熊そっくりの牙を剥き出し、ディアボロは怒り狂う。
僅かに眉を吊り上げ、フィオナは氷柱のような声で呟いた。
「これ以上我に獣臭い息を吐きかけるな……気分が悪い」
ディアボロは尚も唸りながら、雪の上で身構えている。
その間に、愁也は雪の上を猛然ともう1体の敵を目指して突き進んでいた。
「だから熊鍋にならねえクマはただの無駄っつってんだろ!」
道産子としてここは譲れないポイントらしい。
門から近い敵は、既に押さえられている。だがその分、こちらは先へ進もうとしていた。鈍重そうな見た目に反し、意外にも足が早い。見る間に建物に接近して行く。
「加倉、頼むぞ」
「お任せあれ」
先に進みPDW KG89を構えた一臣に声をかけ、遥久は全力移動で愁也を追う。
全力移動で接近する分、初手では何もできない。一臣の支援に頼るのが得策だった。
「ちょっと痛いのでいきますか!」
一臣はそう言って目を細め、スターショットの一撃を見舞う。カオスレートが天界に寄ったアウルの弾丸は、ディアボロにとって大きなダメージとなるはずだ。
その間に敵の前には、愁也と遥久がなんとか回り込む。
「まずはここから立ち退いてもらうか!」
建物を背中に、身を呈して庇うつもりだ。
グワァアアア!
ディアボロは肩に受けた傷に怒り狂い、重い爪を愁也目がけて降り下ろす。
愁也はフルーレティシールドを構え、姿勢を低くして敵を睨みつけた。
(頼むぜ、加倉さん!)
いざとなったら受ける覚悟だが、万一を考えれば一臣の回避射撃の助けを借りる方がいい。
「やらせるか!」
降り下ろそうとする腕を狙う。だが敵は一臣からは遠く、前に回った愁也たちの細かな様子は一臣からは敵の向こう側にあり視認が難しい。
重い一撃を受け、愁也が雪の上で足を滑らせる。
「くっそおおおおお!!!」
腕が軋む。だが建物には絶対に近づけない。歯を食いしばって、敵を押し戻そうと踏ん張った。
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俊敏で強力なディアボロとはいえ、動きを封じられてはどうにもならない。
海は建物から充分に引き離した敵を、審判の鎖でその場に縫い止めた。聖なる鎖は更に冥魔の動きを麻痺で鈍らせる。
「少しの間頼むよ、龍崎君」
峰雪は身をかがめ、海に向かって吠えたてる獣の脇へ回り込む。
「大丈夫です」
審判の鎖の射程は短い。麻痺が解けた瞬間には、敵は海に襲い掛かるだろう。
峰雪は充分に距離を取り、狙いを定める。銀色の拳銃からアシッドショットが放たれた。
タフな相手なら少しずつでも弱らせるのが得策だ。
フィオナは白く輝く刃を掲げた。
「獣風情が、打ち合いに剣を抜いてもらえただけでも光栄に思え」
ディアボロの身体を、『真・円卓の武威』によって生じた魔刃が貫いた。
正面の海、側面と背面のフィオナと峰雪。身動きもできないままに、ディアボロは全身を切り刻まれ遂には倒れた。
一臣は回避射撃が尽きるまで、愁也と遥久を援護する。
「今思ったんだけど、これで敵視されたら俺のほうがヤバいんじゃない?」
「大丈夫、加倉さん。死んだフリ!」
「あ、その手があったか!」
愁也の言葉に納得しかけた一臣に、遥久の言葉の刃が突き立つ。
「そのまま死ぬ可能性のほうが高いぞ」
当然ながら、ディアボロにそんな手は効かない。
この間に敵を押しやるように回り込んだ愁也が、盾についた刃を鋭く突き立てた。
2度、3度。『荒死』の猛攻が敵の太い脚を砕かんばかりに炸裂する。
だが大技の引き換えに、愁也の身体にも大きな負担がかかる。
「……悪い、後頼む……!」
「充分だ。下がっていろ」
身動きできない愁也の前に、盾を構えた遥久が立ち塞がる。ディアボロの爪も、受け防御に徹した遥久にはかすり傷しか負わせられない。
ディアボロは足をやられ、得意のヒットアンドアウェイを封じられていて、充分に動けないようだ。更にそこに、遥久は審判の鎖で腕を絡め取る。
「貰った!」
一臣のスターショットが喉元を貫き、ディアボロは声も無くその場に膝をつく。
ロベルの封砲が尽きる。
ディアボロは顔の半分を真っ赤に染めながら、大きく吠えた。
そして次の瞬間、思わぬ行動に出た。唐突に誰もいない方向へ向かって走り出したのだ。
「逃げるのか!」
ロベルは回り込み、側面からウェポンバッシュを打ちこむ。僅かによろめいたディアボロだったが、そのまま雪の上をもがくように走る。
「行かせません!」
琴音が審判の鎖で追いすがるが、敵の動きが早く追いつかない。
「うおおおおおおお!!!!」
突然クマではない吠え声が響いた。
禿頭の男が駆け出し、符を取り出した。『不浄病符』である。ディアボロは足に絡む符に動きを止めたものの、その禍々しい効果は相手にではなく男にかかる。
「少しだけ我慢してくださいね」
琴音は毒と腐敗の効果を受けてもがく男を心配しつつも、まずはディアボロの討伐を優先する。
逃げられては被害が大きくなるばかりだ。
琴音は今度こそ確実に、審判の鎖で動きを封じる。
「ったく、手間かけさせる奴だぜ……!」
ロベルは息を荒げながら、ディアボロの首に思い切り刃を突き立てた。
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全てのディアボロが動かなくなったのを確認し、琴音はそっと息を吐く。
「余り無理をされては……よければ傷を見せてください」
禿頭の男はボロボロになって笑っていた。
「がははは、すまん! 敵を見るとつい、な」
「この辺りではこんな具合にディアボロがよく出るのですか」
「そうだな。まあでけえ結界もあるしな」
遥久の穏やかな誘導にも、男は答えをぼかしてしまった。
(専門は陰陽師か……撃退庁、もしくは他の機関の撃退士?)
一臣は男をどちらでもなさそうだと感じた。かといってフリーランスという風でもない。
やがてそれぞれの傷の手当てが終わり、改めてお互いの顔を見る余裕ができた。
「改めて。ご挨拶が遅くなりましたが、私は久遠ヶ原学園の六道琴音と申します。今日は……」
言いかけた琴音を、フィオナがさりげなく制した。
「学園長から会うように言われた男というのは貴様で間違いないか。であれば、身の証となる物があるはずだが」
敢えて勘合には触れない。互いに知らぬ相手、大事な要件であるほど慎重を期すべきだとフィオナは考えたのだ。
男はぎょろりとむいた目でフィオナを、そして一同を見渡してニヤリと笑った。
「流石、日本随一の撃退士組織だな。戦いぶりといい、見事といわせて貰おうか」
そう言って懐から、勘合を取り出す。琴音が預かっていた物を合わせると、『有無相生』の墨書が浮かび上がる。
峰雪はそっと肩をすくめた。
(やはり値踏みされていたようだね)
男はどちらかといえば大ざっぱなタイプに見える。だがここまで用心深い方法を取るには理由があるのだろう。
(日高地方に天魔を狩る秘密結社的な組織があるとかいう報告書があがっていたが……)
だが自分達からべらべらと喋る必要もない。
琴音は改めて礼儀正しく頭を下げて、封書を手渡した。男はその表を少し眺めただけで、すぐに懐に入れる。
一臣が軽い調子で首を傾げた。
「学園長直々とは……そちら中身は何か特別な通販の品?」
男は自分達を『客人』と呼んだ。ならば招いた側は地元の人間だろう。
「あの案内はあなたが提案したのですか?」
海が、じっと男を見据えながら静かな声で尋ねる。
「学園長が、相手をどれだけ待たせるのかわからない手段を取るとは思えませんので。だとしたらそちらの指定ですね。できれば、何故あんな方法を取ったのか、教えてもらいたいのですが」
これらは全員が聞きたいことだった。
ロベルも少し離れた場所で紫煙を燻らせながら、男を観察する。
男は少し困ったように禿頭を掻く。その顔は意外にも若く見えた。
「まあ、お前達には知る権利があるんだろうなあ……だが俺様も『以前から決まっていた通り』としか言えんのだ」
これ以上は訊いても無駄らしい。フィオナは腕組みし、そう判断した。
「別に連絡役に聞くなとも言われておらんしな。隠すならまたか、と思うだけのことよ」
「がははは、すまんな! ただこれだけは言える。お前達は信用に値する連中だ。また一緒に戦えたらと思うぜ」
男は手を上げると、「あとはそちらに任せる」と言い置いて、走り去ってしまった。
海は空を見上げた。雪が降り出しそうな気配だ。
「仕方ないですね。戻ったら学園長に尋ねるぐらいはできるでしょう。今はこちらの後始末を急ぎましょう」
「そうだね。見たところ大きな被害は出ていないようには見えるけど」
一臣も武器をヒヒイロカネに収納し、連れ立って歩きだす。
建物の中には、避難した一般人がいるはずだ。他に敵がいないかも、一応確認する必要があるだろう。
皆が移動し始める中、遥久は考え込む。
男は単独で動いている訳ではなく、どこかの組織に所属しているのだろう。
ならば今回これほどの手間をかけた理由は、その組織には寧ろ、久遠ヶ原が助力を請う側なのか……?
「どうした?」
愁也が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「……いや。これからもまだ色々ありそうだと思っただけだ」
「そうだな」
吹き抜ける冷たい風の行方を、ふたりは並んで見送った。
<了>