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教室には既に大量のバラが届いていた。ロジー・ビィ(
jb6232)が目を輝かせる。
「美しくて華やかで。でも何処か孤高な感じもする、薔薇……。あたしも大好きですの」
樒 和紗(
jb6970)も静かに頷く。
「バラ薫るカフェとは素敵ですね。これだけのバラを集めての本格的なものは、そうできることではないでしょう」
ロジーはことに好きな白バラを眺めて、ほうと溜息をついた。
「あたし、精いっぱい努めさせていただきますわね!」
「話術は巧みとは言えませんが、誠心誠意努め上げましょう」
星杜 藤花(
ja0292)はバラ園で頑張ったこともあり、バラを無駄にしない為の依頼と聞けば素通りできなかった。
が、その実態は逆転喫茶。
「……気合い、いれて、いきます! ……しか、ないですよね……」
気恥ずかしそうにへにゃりと夫の背中に隠れる。
一方で星杜 焔(
ja5378)はといえば。
「メイド……か……」
ぷるぷる小刻みに震えながら、笑顔のままで回想モード。
思い出すのは入学直後の歓迎旅行。
大阪でジャンクパーツを買い漁り過ぎて資金難。何故かその分を稼ぐために、男の娘カフェでアルバイトをする羽目に。
「あれが初めての女装であったね……まさか……大学生になってまで女装してるとか……あの頃は思ってなかったよね……」
だがあのときに仕込まれたメイクその他の女装技術は、その後何かと役立った。
そして今回もおそらくは。
梨香はやや固い笑顔で、花見月 レギ(
ja9841)、Дмитрий(
jb2758)、リーガン エマーソン(
jb5029)に挨拶する。
「きょ、今日は宜しくお願い致します」
……噛んだ。
「先日の薔薇を扱うと聞いたから……及ばずながら、助力をさせて頂く、よ。新歓も、盛り上がると、いいな」
レギの穏やかな笑みは、相変わらず。バラも恥じらうエキゾチックな美貌である。
が。
(執事さん……のほうが、良かったんじゃないでしょうか……!)
それは他の二名も同じこと。
「執事喫茶か……慣れぬ仕事ではあるが逆に興味深くもあるな。良き経験にもなるだろう。懸命に努めさせてもらおう」
折り目正しい紳士的な態度で、髭の良く似合うリーガン。もしや、重要な点を見落としているのではないかと思われたが。
「……いや女装は色々とあれではあるが」
乾いた大人の諦念が、溜息と共にふっと漏れた。
一方、僧形のでっけえイケオジは、素晴らしい笑顔で白い歯を輝かせる。
「メイド役か。任せろ!」
梨香の眩暈は、眩しすぎたからというわけでもなさそうだ。
しかし梨香の動揺は、御剣 正宗(
jc1380)を前にして一層大きくなる。
「まさにボクの為にあるような仕事だな……」
正宗はその名前の通りれっきとした男子だが、華奢でなんとも可愛らしい顔立ちをしている。そう、いわゆる「男の娘」なのだ。
「今更ですが、久遠ヶ原学園ってなんなんでしょうね……」
それでも梨香は依頼について、自分の考えを説明し始めた。
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まず、焔が意見を出した。
「まず状態のいいバラと、そうでないバラを仕分けたほうがいいとおもうのだ〜」
全てを加工に回す訳ではない、少なくとも固い蕾の物は冷蔵ケースから出さない方がいいだろう。
「加工するのが勿体無いですけれど、長くもたせる為には仕方がありませんわね」
ロジーは開いてしまったバラを、少し残念そうに取り分けた。
藤花は手袋の手でなるべく優しく花に触れる。
「ポプリを作りたいのですけど、時間が足りないかもしれないですね……」
乾燥させるだけなら方法はあるだろうが、香りをなじませるにはどんなに急いでも1ヶ月ぐらいはかかってしまう。
「とりあえず早く乾燥させるには、電子レンジを使うといいぞ!」
Дмитрийの良く通る声が響いた。
「耐熱容器にシリカゲルを入れて、蓋をしないで加熱するみたいだぞ!」
後ろ手にスマホが握り締められているのはご愛敬。インターネットって便利よね!
ロジーはそれをそっと見ないふりでフォロー。
「耐熱容器にシリカゲルを入れ、その上に薔薇を。花を傷めないようにしつつ上からもシリカゲルを振掛け花を埋めて。ラップなどはせずに電子レンジで加熱すれば、上手くいくと思いますわ」
しかし梨香が残念そうに大量のバラを眺める。
「可能な限り材料を集めてみますけれど……」
予算の都合、取り寄せの時間。梨香の眉間に皺が寄った。
「シリカゲルがなくともなんとかなるはずです」
和紗が直接レンジにかける方法を提案し、ひとまず乾燥はクリア。
「口に入れていい花なら、色々使いたいんだけどね〜」
考えこんでいる焔に、正宗が首を傾げた。
「栽培してる所も見たんだろ。……どうだった?」
「それがね〜やっぱり切り花用は、完全に無農薬という訳にはいかないのだよ〜」
「……でも全部じゃないんだろ……?」
正宗は焔同様、前回も参加した梨香に尋ねた。
「ああ、大丈夫です。こちらのケースの花は、食用に使える分ですね」
切り花用ほどの量はないが、何とかなりそうだ。
「よかった〜当日使いきる分量でいいから充分だよ〜じゃあこっちは俺が担当するね〜」
バラの砂糖漬けに、バラのジャム。お花を使った料理のアイデアが次々湧いてきて、焔は嬉しそうだ。
「あ、藤花ちゃん〜?」
「もちろんお手伝いします」
ふたりは手早くバラの花を外し、洗浄の処理を進めていく。
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そして当日。
教室の続き部屋には、大量のお菓子がすでに用意されている。
客席側は工夫が施され、教室にしては随分と上品な雰囲気になっていた。
「本来は机や椅子なども、もう少し上質な物を集めたかったのだが」
リーガンはまだ不本意そうである。
休業日の喫茶店から借りて来た机や椅子に、かき集めたレースのカーテン。
「それでも随分と見違えましたわ」
テーブルクロスをかけて、ロジーが微笑んだ。
そして小さなブーケをテーブルに。帰りにはゲストに持ち帰ってもらうという趣向だ。
そして最後の問題。
「……覚悟を決めてはいるが、どういうが需要あるのかは真剣に悩むぞ」
リーガンは腕組みをして、吊り下げられた衣装に唸る。
隣でДмитрийも唸っていた。
「正統派ロングスカートのメイド服、か……」
用意されていたのは、上品でクラシカルな黒のロングスカートのもの。
「俺のタッパだと迫力がありすぎるだろう。そこで軽やかに、ミニスカートで美脚をアピールしようと思うぞ!」
リーガンはその言葉を黙殺した。というよりも、巻き込まれたくなかった。
だが当人はノリノリだ。
「もちろん、ニーソで絶対領域は確保するぞ! スカートの中身は見えても安心、カボチャパンツだ!」
取り出したのはバラエティーショップ系のメイド服。手早く纏えば腕はむき出し、手首にはフリルのついたカフス。
「どうだ、愛らしいだろう!」
それをレギが黙って見つめていた。
「おう、あんた、俺の魅惑の姿に心でも奪われたか?」
豪快に笑うが相手はやはり押し黙ったまま。
レギは不安を感じていた。
今回の目的は新入生の歓迎だ。このような姿を見せて、新入生が精神的に汚染されるのは忍びない、と……。
「とり君、多少の修正は受け入れてもらえないだろう、か」
まあレギ自身の美意識からいっても、現状許されざるは、ニーソの布地を突き破り \コンニチハ/ している脛の剛毛。
「君の意志を否定するものではない、よ。けれど唯着ているだけ、というのも芸がないと思う」
ガーン!
Дмитрийは思い知らされた。
「確かに、外側だけ着飾ってもダメだな、内面からメイドになりきらなければ……よし、全身つるっつるになるまで剃ってくれ! 腕も足も胸も背中も、すべてだ!」
バーン!
かぼちゃパンツに、何故か胸元には大事なところを隠すブツを身に付けた大男。
腕を頭の後ろで組み、片足を机に乗せて挑発的に動いて見せる。
「ああ、申し訳ないのだけど。動くと、手元が狂う、から」
レギが全く動じないので、ちょっと寂しいДмитрий。だが、直後、絶叫が響き渡る。
「うん……剃るよりも、確実だから、ね」
レギは毛抜きで丁寧に、一本一本処理を進める。手先は元々器用な性質だが、イノベーション的な作業がなんだか妙に楽しそうだ。
「ま、努力は認めるけど……」
それを見つめる正宗は、膝が隠れる長さのワンピースタイプ。何の違和感もなく、当然剛毛などあり得ないつるつるの美しい足がすんなりと伸びている。
「…………」
正宗の隣でぷるぷる震えているのは、ささっと着替えを済ませた焔だった。
(こわいよね……何が何だかわからないぐらいに、こわいよね……)
焔はエプロンのリボンやフリルのボリュームでうまく体型をカバーし、ロングウィッグで顔や首筋を隠した可愛いメイド姿。身長180センチを除けば、大変に可愛らしかった。
リーガンは首を振り、覚悟を決める。
「これも仕事だ。ならば全力を尽くすしかないだろう。私は私のやりかたで行く」
ドレスを掴む男の横顔にはもう、迷いはなかった。……いや、それもどうなんだ。
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「お帰りなさいませ。お嬢様」
恭しく一礼する、黒のフロックコート姿の執事は和沙だ。
「まずはこちらをどうぞ」
品よく微笑むグラスコード眼鏡の執事は、ロジー。
銀の髪をきちんと後でみつあみに、丈の短いイートンコートにカマーバンドをきりりと締め、胸元にはチーフの代わりに小振りの白バラ。
差し出したのは真紅のバラを一輪。
「少々失礼を」
胸元に飾れば、優雅な香りがゲストを別世界へ誘う。
ウィングカラーのシャツにアスコットタイを綺麗に締めた和沙が、白い手袋でそっと先を促した。
襟足で束ねた髪は黒々と艶やかに、磨き上げた靴で床を踏む。
「御用がありましたらお申しつけください」
必要以上は語らぬ寡黙な執事。とはいえ、ある意味いつもの和紗ではある。
それが証拠に、僅かな客の反応も聞き逃さず、相手が呼ぶよりも先に静かに接近。
「俺に御用ではありませんか? 召し上がりたい物を何なりと」
驚く新入生も、いつかそれがスキルの『鋭敏聴覚』や『侵入』によるものと知るだろう。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
焔はニコニコと微笑みながら『紳士的対応』。
ロジーが書いたお勧めメニューには、焔自慢のお菓子の一覧。
ゲストの注文を内心でわくわくしながら待っている。自分の用意した食べ物で、誰かが笑顔になることが何よりの喜び。
そしてそんな焔を支えるのが、藤花の喜び。
「大八木先輩、こうなったら腹を決めないといけませんからね。焔さんもメイド姿で頑張っていますし……」
「そうですね。なんだか皆さんを見ていたら頑張れそうな気がしてきました」
梨香も焔に倣って『紳士的対応』でゲストを出迎える。
「私にもあればいいのですが」
藤花はほんのりと微笑み、それでも自分のやれる範囲で頑張ろうと思う。
いつもより少し、背筋を伸ばして。きりりとした自分をイメージして。
ふわふわの髪を後ろで一本のみつあみにまとめ、フットマンの衣装を身につけた藤花は、銀のトレイでお茶のセットを運ぶ。
「失礼致します、旦那様、お嬢様」
静かな動作でお茶を注ぐ。ひとつひとつ心を籠めて作った、卵白とグラニュー糖で加工したバラの花びらを浮かべれば、その彩りにゲストが溜息を漏らした。
「バラの砂糖漬けですよ。お気に召しましたでしょうか」
そっとすすめるお茶受けのクッキーにもバラの花びら。部屋には花の香りが満ちている。
正宗は日ごろ鍛え上げた女子力をいかんなく発揮し、可愛いメイドさんぶりをアピールしていた。
恐らくほとんどのゲストは「この子だけは性別逆転じゃないんだ」と思ったことだろう。
女の子の中で育った正宗にとっては、女の子の衣装や仕草の方が親しみやすい。だが男である以上、それを不自然にしないために人知れず努力を続けているのだ。そう、生来の女の子よりもずっと必死で。
「何か御用がありましたらお申しつけくださいね」
普段から手入れを欠かさない肌も髪も愛らしく。
そんな正宗だったが、異変を察知し軽くお辞儀をしてその場を下がる。
「お帰りなさいませ、御主人様ぁ」
「ぎゃあああああ!?」
つるつるボディになったДмитрийのウィンク炸裂。手厚い接客に、ゲストが悲鳴をあげる。
イイ反応だ!
調子に乗ったオッサンがますます接近。と思った瞬間、銀のトレイが「縦に」叩きつけられた。
「ドミィちゃん、ご主人様が怯えていらっしゃいます」
うふふと微笑みながら、正宗は脳天を抱える剛腕メイドを引きずっていった。
お茶を飲み、落ちついたゲストの傍に、影のようにレギが寄り添う。
「もし良ければ、ですが……」
ロングドレスを着ていてもどこか女性には見えない、かといって男性とも思えない不思議な雰囲気。自身を客観的に見つめ、見苦しくないように身なりを整えた。
「ドライフラワーを使って、小物を作られてみては?」
オリジナルのブーケや、ポプリの入ったサシェなど。ハート型や丸型の見本は、藤花が作った。それから丁度お守りのようにポケットに忍ばせられるサイズも。
香りがいつも貴方の傍にありますように、と……。
レギは手先の器用さを生かして、とても楽しそうに作業を指導していた。
その間にリーガンがそれぞれのテーブルの花を綺麗に包み、リボンをかけて待っていた。
帰ろうとするゲストを呼びとめる。
「これは今日の記念に。乾燥した部屋につるしておけばドライフラワーにもなる」
髭のメイドは洗練された仕草で花束を差し出した。
学園での日々には辛いこともあるだろう。
そんなときにはこの花が、今の真新しい気持ちを思い出させてくれるように。
それはリーガンの、そして今日この場に集まった全員の願い。
部屋を出てゆく新入生たちは、最後に和紗の見送りを受ける。
「いってらっしゃいませ」
穏やかな、見守るような微笑み。
いってらっしゃい、貴方の進むべき道へ――。
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全てのゲストを見送った後、藤花が改めてお茶を運んでくる。
「お疲れ様です。みなさんもいかがですか?」
リーガンがローズティーを受け取り、ゆっくりと味わう。
「いい思い出になっていればいいのだが。まあ、徒花ではあったがな」
「ええと……たまにはこういうのも楽しいものですしね」
藤花は控えめに、しかし断固とした調子でにっこり笑ってカメラを構えた。
ややこわばった笑顔で、梨香は呟く。
「本当に、この学園にいると驚くことばかりです」
「でも女性陣の執事は和むね〜」
そう言う焔の方がでかいけど可愛い。
「あ、大八木。またこういう依頼、よろしく」
ぺしっと手を合わせる正宗は、もっと可愛い。
「……私ももっと努力が必要ですね」
「そうだ、努力は大事だぞ!!」
背後でДмитрийがくねくねと身体をくねらせてそう言った。
新入生にも、そして在学生にも。
エールと共に、思い出のバラをささげよう。
<了>