●
浮き輪を膨らませる手を止め、マリー・ゴールド(
jc1045)は慌てて海に目を凝らす。
「えっ、ディアボロ? 折角、あそ……平和な海ですのに」
幼い顔立ちに似合わぬ眩いビキニ姿で遊ぶ気満々だったが、仕方がない。慌てて装備を整えるが、慌て過ぎて浮き輪がはまったままなのはご愛嬌か。
龍崎海(
ja0565)も少し残念そうに一瞬だけ顔を曇らせた。
「海で遊べる時間もあるかなってことで、いろいろ用意していたんだけどなぁ」
名前の通り、海に親しむことを好む海だったが、水中メガネやアクアラング、フィン、その他の道具はひとまずそのままにしておくしかなさそうだ。
既に意識は周囲の状況を把握すべく働いている。撃退署員も人々を誘導し始めていた。
迫り来る異形を前に、小田切ルビィ(
ja0841)は首を傾げる。
「……何で連中はトーテムポールみてぇに縦に連結してやがんだ?」
逢見仙也(
jc1616)は全体を見て思った。
「蛸と烏賊は狼に泳がせるより、自分で泳いだほう早いんじゃ?」
陽波 透次(
ja0280)は更に突っ込んだ。
「全体的に海産物なのに、何故足は犬なんだろう……」
Rehni Nam(
ja5283)は遠い目をした。
「舞鶴ェ……」
要するに、撃退士達にとっては相手の見た目に多少の違いはあれど、日常茶飯事の範疇だった。
最近学園に来たばかりの稲田四季(
jc1489)も話には聞いている。
「あたし、まだ来たばっかりだけどさー、大八木先輩も中山先輩も、いっつもこんなことしてんだよねー? 偉いよねー」
「…………」
中山律紀は返す言葉がなかった。好んでやっている訳ではない、と、ここで言ったとして何になるだろう。
律紀の背中に鐘田将太郎(
ja0114)の拳が励ますように当てられる。
「中山、戦闘のサポートと回復、任せるからな。ちゃっちゃと倒して舞鶴の海を満喫だ!」
「了解! 稲田さんも、無理はしないでね」
「はぁーい」
綺麗に手入れされたネイルの手が、茶目っ気たっぷりに敬礼する。
華子=マーヴェリック(
jc0898)日傘の陰で手を翳した。
「何だか騒がしくなってきましたね?」
「せっかく遊びに来たのに……」
大きな溜息をついて、佐藤 としお(
ja2489)は海のならず者を恨めしそうに眺める。
とはいえ、今回はこれも依頼のうち。
「まあ、愚痴ってても仕方がないね。とっとと終わらせて遊びましょう!」
ライフルを具現化したとしおを見て、華子がぱっと表情を明るくした。
「わかりました! アレはこの海のイベントですよね?」
「はは……まあそんな感じかな?」
「楽しいからって夢中になって、熱中症にならないようにしてくださいね?」
屈託のない笑顔で冷たい飲み物を差し出す華子。完全に射的か何かと勘違いしているようだ。
「としおさん、頑張って〜♪」
ひらひらと手を振って見送った。
魚に躓きかけた大八木 梨香を歌音 テンペスト(
jb5186)が抱きとめた。触手のように腕を絡め、不必要にがっしりと。
「危ないですわ、お姉様!」
なにが。という突っ込みはともかくとして。
「あ、有難うございます、歌音さん……?」
眼鏡がない梨香には歌音の表情がイマイチ見えていない。歌音は食べかけのアイスをパクリといただき、ようやく手を離した。
「お姉様! あたしの活躍を見てて下さいましっ」
眼鏡がない梨香には以下略。
「あ。私もすぐに行きますから、無理はしないでくださいね!」
知らないことは幸せだ。
荷物置き場に戻ってきたところで、久留島 華蓮(
jb5982)が梨香の鞄を手渡してくれた。
「有難うございます、華連先輩」
「うん、警備だからこういうこともあるよね……」
華蓮は軽く溜息をつきながら、スケッチブックを片付ける。
「そうですね。役に立ったと思えば……?」
「それでも用心の為の警備が役に立つとは皮肉ですね」
雫(
ja1894)の言う通りだった。だが元より準備に手抜かりはない。
こうなった以上、やるべきことを果たすしかないのだ。
「余程ここは運が悪いのか。タイミングが、思いっきり地元の期待裏切ってるよなぁ」
礼野 智美(
ja3600)が今にも駆け出そうと足に力を込める。全身が金色の輝きに包まれた。
「空気の読めない天魔にはとっとと退場願いましょうか」
ぱっと砂が散る。と思った時には、その姿は敵に向かっていた。
撃退士達はこんな調子だが、当然一般の海水浴客達はそうもいかない。
「み……水着のお姉さん達が去っていく……」
大学部2年、若杉 英斗(
ja4230)。欲望に忠実な男。
水着姿でキャッキャと戯れるお嬢さんたちをがっつり観察するつもりで依頼に参加したが、その楽しいひとときはあっという間に終わってしまった。
悲鳴を上げ、一斉に逃げだす人の波が小さな体にぶつかった。
「うーふーふー♪ ……あっ!!」
幸せそうに砂浜に出て来た白野 小梅(
jb4012)の顔色が、一瞬にして青ざめる。
その目が捉えるのは、スローモーションのようにコーンから滑り落ちていくメロン味のソフトクリーム。
「……このうらみ……はらさでおくべきか……」
砂浜に落ちた悲しき残骸を前に、小梅は立ちあがる。
こうして私怨に強化された使命感が、ふたりを燃え上がらせた。
「「おのれディアボロ! 絶対にゆるさないっ!!」」
●
異形をスコープに収め、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は岩場に身を伏せた。
「我々が呼ばれるからには、只事ではないと思っていたんだがな」
冗談ではなく、本気でそう思っている元軍人だった。
「何にせよ目の前の敵を倒すまでだ。遠慮はいらん、さっさと片付けてやる!」
「引きつけて一斉に仕掛けるぜ!」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)の目は何処か愉悦を感じさせる。
こちらはさすがに遊びがメインだとは思っていたが、依頼である以上準備は怠らない。
ふたりは敵のテリトリーであるだろう海への突入は避け、これまでの経験から正確に距離と接近タイミングを予測。一撃を叩きこむタイミングを息を殺して待ち構える。
透次が駆け出す。
「ともあれ、一般の人達を巻き込まないようにしないと……」
足元には無数の魚が転がり、苦しそうにもがいている。黒井 明斗(
jb0525)は生ある存在が苦しむこと自体に胸を痛める。
「こんなに沢山……少しの間、我慢してて下さい」
急いで敵を片付ければ、いくらかは海に戻してやれるはず。己にそう言い聞かせ、一刻も早い討伐に意識を切り替える。
「こっちだ、化け物!」
透次は『鳳凰臨』で敵の意識を自分に向けさせる。同時に『幻月符』を叩きつけ、ショックを与えた。
ざざざざざ。
太い触手が水面に現れ、透次を殴りつけた。と見えたが、ボロボロになったスクールジャケットだけが波間に漂う。
「動きは遅いな」
充分に距離を取り、透次は行けると判断する。砂浜にこれ以上接近させる訳にはいかないのだ。
それを見てエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はヒリュウのダイヤを召喚、見えない中空の床を駆けて敵に接近する。
「逃げ遅れた人がいないか念のために捜してください」
命じられたヒリュウはひと鳴きすると、躊躇することなく海に飛び込む。幸い、周囲に人は見当たらない。
「さて随分と大きなディアボロですが。つまり攻撃が当たりやすいということです」
ヒリュウと呼吸を合わせ、水中と空中からディアボロに攻撃。
上空からその様子を撮影しているのはルビィだった。
「どっかで見たような、面白ぇ敵だしな。その雄姿(?)、記録しておいてやらねぇと。さて、次は料理してやるぜ!」
デジカメを大剣に持ち替え、渾身の封砲をイカっぽい頭部から真下に向けて発射。
「うっ、これは……!」
焦げた表面から、何故か香ばしい香りが漂う。何というトラップ。
「いや、騙されるな!! これはまやかしだ……!!」
黒百合(
ja0422)は海中からの伏兵を警戒し、『遁甲の術』で回り込む。
「……見た目は食べられそうよねェ……まァ、元は死体だから食べないけどォ……」
しかも焼けたらいい匂い。
「挑戦的よねェ……じゃあまるごと消し炭にやるわァ……」
白槍を構えた微笑む死神がふたりに。分身は間近から獣の身体に槍を突き入れ、黒百合本体は笑いながら雷光を吐き出した。
ぐらり。
不自然にディアボロの巨体が傾ぐ。
「それにしても、変なトーテムポールですねぇ。ま、まあ良いのです、所詮はディアボロですし!」
Rehniは顔をふるふると振ると、敵に向き直りざまコメットを叩きこみ、後の様子を確認する。
イカ、タコ、獣の足がそれぞれ妙な動きをしているように見えた。が、今一つ確信は持てない。
「重圧は効いているようですけど、何か妙にタフですし……」
上空から海が声をかける。
「見た目の通りの集合体だったら、分離して分散する可能性もあるから確認しておこう」
逃げ遅れた人の探索に使用した生命探知はまだ残してある。ディアボロを探ると、どうやら全体が一個の個体という訳ではないようだ。
「それぞれが別の生命体か……」
その情報は全員に伝達される。
●
青地に小花柄が涼しげなサマーワンピースの裾を翻し、樒 和紗(
jb6970)が自虐的に微笑む。
「ああ……ディアボロのトーテムポールですか……作った悪魔は俺の洋服並のセンスですね」
和紗は和装はともかく、慣れない洋装のコーディーネートに自信がない。……さすがに見た物が精神攻撃を受けるレベルの服装というのもどうなのかとは思うが。
ともかく一般の海水浴客に馴染むよう、今回のワンピースはあらゆる意味で信頼している砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)に見立てを頼んだ。
そのジェンティアンは小さな子供を抱きかかえて海の方から走って来る。
「はいはい、もう泣かなくていいからねー?」
砂浜で崩れ落ちそうになりながら子供を受け取る母親に笑顔を見せ、落ちつかせる。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
和紗が顔を覗き込むと、何度も母親は頷いた。
「はい、はい、有難うございます」
「良かった。ではあちらの撃退署員の人の所まで走れますか? 大丈夫、後ろは俺達が護りますので」
必死で駆けていく親子を見送り、また海に向かう。
目前には仲間の攻撃を受け苦し紛れに触手を振りまわすディアボロ。海に潜ろうとしているようだ。すぐ傍に浮かんだ小さなゴムボートが、波に呑まれそうになっている。
「危ない!」
和紗は叫び、咄嗟にジェンティアンを突き飛ばした。全力だ。
「ちょ、え、和紗ッ!?」
ゴムボートの向こうに盛大な水しぶきが上がる。
「こっちへ!」
和紗は思い切り紐を引き、ゴムボートを砂浜に引き揚げた。
「大丈夫?」
「ありがとう、お姉ちゃん!!」
小さな兄弟が無事なのを確認し、和紗は笑顔を見せた。
「あああぁぁぁ!!」
その背後ではジェンティアンが触手に巻かれながら海に沈んで行く……。
「あれは大丈夫だろうな」
仙也は上空でジェンティアンの雄姿(?)を確認し、頷いた。
「それよりも海岸だ」
念のために阻霊符は使用したまま、降下。
そこでは四季が奮戦していた。
「ああほら、早く皆のとこにいこ? 荷物なんか置いていけー!」
パラソルの下やボートの陰に逃げ込んだ人々に声をかけて回っている。
ディアボロ退治は熟練の撃退士に任せるとして、万が一ということもある。少なくともディアボロが見えないところまでは逃げてもらわねば。
「まあ……そうは言ったって、ないと困る物もあるもんねー。手伝うから早く逃げよ? あっ、ほら、魚とか拾ってる場合じゃないっしょー?」
「大変そうだな、手伝おう」
「あーお願い、助かるー」
仙也が加わり、海岸の人々は無事に全員が高台へと上がった。
一方、見捨てられたジェンティアンは必死だった。
海中で鳳凰を召喚、鋭い爪と嘴で触手を突かせ、自らも隙を見てヴァルキリージャベリンを叩きこんだ。千切れた触手が海中を踊るのを避けながら、死に物狂いで砂浜の方へ戻っていく。
「はぁはぁ……危なかった……」
色んな意味で。裂けた衣服から覗く腿に、赤く大きな吸盤の跡が痛々しい。
「竜胆兄、無事でしたか」
「ちょっと和紗! 何てことしてくれるの!?」
そうは言ってみたものの、眩しい笑顔には逆らえそうもない。
「絶対、悪いと思ってないでしょ?」
「竜胆兄なら大丈夫と思っていましたから」
そう言って差し出される手を握り、ジェンティアンは肩をすくめるしかないのだ。
●
1本、また1本。千切れた触手が波間に浮かぶ。
エイルズレトラは確信した。
「触手が欠けたところは身体が固定できないようです。連結に触手を使っているのでしょうね」
そうと分かれば、徹底的に叩くまで。
エイルズレトラはアウルのトランプ人形を呼び出し、触手の隙間を攻撃させる。
たまらず身を捩るディアボロのイカ頭部分が不自然に揺れていた。見れば、千切れかけの触手にヒリュウが興味津々の様子で齧りついている。
「ああ、こら、ダイヤ! 駄目じゃないですか、そんなばっちいモノ食べちゃあ」
叱られたヒリュウは少し残念そうに戻ってきた。
大鎌を構えた将太郎が思わず苦笑する。
「ばっちいか。ま、これだけどでかいイカとタコだと、アンモニア臭漂ってそうだなあ……。臭くなくてもコイツらは食えねんだけど」
見回せば、海に突き出た岩場が近い。そこには高火力の遠距離攻撃ができる仲間が潜んでいる。射程に入るまで引きずって行くのが前衛の仕事だ。
「よし、食えねえモンは即、処分! いくぜ!」
智美は敵を追い立てるように矢を射かける。
「もう少し、陸地に近付いて来い……!」
浅瀬に入れば、直接斬りつけに行くつもりだ。
「お手伝いします!」
マリーが並んで魔法書を開く。腰の浮き輪がちょうどよい肘置きになるのは意外な利点だ。
「これ以上暴れるのは許しませんよ! それでなくても遊びが台無しです」
後半、本音が漏れているが、マリーも『天使顕現』でカオスレートを天界寄りに帰る本気ぶりだ。
既に毛の生えた足がほとんど見える程に迫っており、タコ部分の触手は巨体を支えるように延びている。
歌音はヒリュウを呼びだし、高らかに宣言した。
「触手はもう古い。触手を倒して新たな時代を切り開く!」
これぞヒリュウ革命、今こそてっぺん取ってやる。などと意味不明な供述を繰り返しつつ、歌音が生まれる前の出来事が元ネタらしい。歌音、年齢詐称疑惑。
それはともかく、かなり真面目に触手にヒリュウをけしかける。
「大八木さん、そっち、危ないから」
華蓮がのたうつ触手の行方を睨み、梨香を力いっぱい引っ張る。
「わ! す、すみません」
盾と槍を構えた梨香は、小柄な華蓮の意外な力に驚く。危ない目には遭わせない、という意思の力だった。
梨香はその気持ちが嬉しくて、華蓮に笑顔を向ける。
「有難うございます。でも結構これでも丈夫ですから」
「無理は禁物だよ。それにしても」
華蓮が軽く眉をひそめた。撃退士に追い立てられて、ディアボロは岩場に迫りつつある。
「こんなに綺麗な海岸なんだし。まだスケッチ終わってないから景観壊さないで欲しいな」
「そうですね……観光にも影響が出そうです。早く何とかしないと」
岩場ではエカテリーナとラファルが待機している。
「もう少しだぜ、早く来いよ!」
その背後で黄昏シロ(
jb5973)は不安げな表情で伸びあがったり、辺りを見回したりしている。
(主、どこ?)
必死で探し求めているのは主の姿。一緒に来たはずだが、騒ぎの中はぐれてしまったのだ。
(どこ、どこ?)
これまでほとんど単独行動の経験はない。声の出せないシロには叫ぶことも、人に尋ねることもできない。
不安の余りパニックになりそうな自分自身を、なんとかなだめる。
(みんな困ってる。こういう時主ならどうするだろう?)
そのとき、ラファルが光纏。
「引き付けて〜撃て!! 『多弾頭式亜重力ミサイル「グラビトン」発射!!』」
アウルのミサイルが空へ向かって射出され、天空で折り返すとディアボロに向けて降下し炸裂。その衝撃に、獣の足が膝を折る。
「よし、効いているな。続けて行くぞ、弾幕を切らすな!」
エカテリーナがすかさずアウル炸裂閃光で敵を吹き飛ばす。
その猛攻に、敵の姿に、シロも覚悟を決めた。
『助太刀します』
弓を構えると思い切り引き絞り、強い矢を放つ。
「もう一息だ、行くぜ!」
崖の縁まで身を乗り出したラファルが、両手の指先からアウル式の火炎が噴き出して敵を焼く。
背後から追い立てられ、正面から猛攻を受け、巨大ディアボロの継ぎ目が大きく口を開けた。ついに触手の連結が途切れたのだ。
雫が飛び出し、大剣を振り上げる。
「スキュラの成り損ないかな? ともかくチャンスね」
『地すり残月』の光跡の先で、タコの腹部がボロリと落ちた。続いてイカの頭部も。後には手負いのケルベロスが唸り声をあげていた。
「これであとは各個撃破ですね」
「波打ち際まで来たなら任せてください」
智美が真っ直ぐ駆け寄る先にはイカ。エンペラをバタバタさせて砂を巻き上げている。
「イカの弱点、というのはわかりませんが」
白銀の曲刀が日光を反射してきらめいた。炎を纏う切っ先が胴を貫く。
僅かに残った触手が鞭のようにしなり、智美を狙う。
智美を弾き飛ばすと見えた瞬間、触手は僅かに逸れて智美は飛び退いた。
「危ないですよっ、と!」
回避射撃を決めてとしおがライフルを構え直す。
「としおさん、すごいです〜♪」
隣では華子が日傘を差しかけてころころと笑っていた。
ケルベロスには黒百合が接近して行く。
「どの首から行こうかしらねェ……♪」
楽しそうに笑いながら、槍の切っ先を順に巡らせる。
「やっぱり真ん中かしらァ……?」
白い雷光が放たれ、真ん中の首を吹き飛ばす。当然、ケルベロスは怒り狂って蹴爪を振り上げた。
「そうはさせない!」
滑り込んだ英斗が蹴爪を立てで受け止める。その間に黒百合は態勢を立て直す。
「助かるわァ。じゃあ次、左の首を貰うわよォ」
「では同時に右を狙います。セイクリッドインパクト!!」
手にしたフローティングシールドが白銀に燃え上がり、無数の刃が飛びゆく。
「燃えろ、俺のアウル!! 斬り裂け、『飛龍』!!」
毛に覆われたケルベロスの身体がついに首を失って倒れた。
そして残るタコの運命は。
「アイスの恨み、思い知れぇ!!」
小梅がつま先立ちで不自然なほどに身体を逸らし、びしぃっと起き上がりつつあるタコを指さした。その背後には筋骨隆々の炎の猫魔人の姿。
「消し炭だぁ! ニャンコ・ザ・ヘルファイヤー!」
猫魔人が口から物凄い焔を吐き出し、タコは真っ赤に燃え上がる。
「トドメだぁ! ニャンコ・ザ・ズームパンチ!」
『オラオラオラオラオラァ……!!』
巨大猫が今度は肉球を繰り出した。
どッ……!
遂にタコは水飛沫をあげて倒れた。
「やれやれだぜぇ」
幼女は邪悪な表情で肩をすくめた。歌音がぶつぶつ呟きながら、タコの前に座りこんでいる。
「触手の次は粘液……いや、時代はタコの墨……」
こうしてディアボロは見事倒れたのである。
●
ようやく海辺が静かになった。Rehniは思い切り伸びをする。
「何とか片付いて良かったのです」
一般人の被害は、転んですり向いた人が数人いた程度。撃退士達も酷い怪我はしていない。
上々の成果と言えよう。
「あら? なんでしょう」
明斗が大きなバケツを手に、海辺を走りまわっている。
「例え何分の一かでも、生きていてください……!」
打ち上げられた魚のうち生きている物を拾っては海に帰しているのだ。
明斗の必死さに、Rehniもお散歩を中断して手伝うことにした。
「命には違いないですしね」
バケツを抱えて梨香が恐る恐る尋ねた。
「死んでしまった物はどうしましょう」
明斗はその分については食材に提供しようと提案する。
「命を頂くこと自体を否定するわけではありませんから。無駄になるより良いはずです」
「そうですね。有難く頂きましょう」
「お姉様ー!」
歌音がバケツを下げて走ってきた。
「歌音さん、どうしてウェディングドレス……」
海辺でウェディングというのもなくはない、のだが。物凄く浮いている。
「これ、差し上げます。あたしの精いっぱいの気持ちです……!」
少し恥ずかしそうにバケツの中身を次々と梨香の手に乗せて行く歌音。それはフナムシだったりアメフラシだったりウミウシだったり。
「え? あの、えと……?」
嫌がらせなのか本気なのか分からず、梨香はよくわからないあれこれを手に茫然と立ちつくす。
「そうだ大八木さん。言い忘れてた」
華蓮がクスッと笑って見上げる。
「水着、自分で選んだの? 似合ってるよ」
「えっ、そうですか? 有難うございます!」
と嬉しそうに振り向いた梨香の目に映ったのは、小柄なのに黒のやや際どいビキニがバッチリ似合っている華蓮の姿だった。
「あ、はは、華蓮先輩もとっても素敵です……」
「有難う。さ、これあっちに持って行こう」
魚のバケツを下げて並んで歩きだす。
その先では、バーベキューの準備が整っていた。
「せっかくだしねェ……食べきれない分は埋めるしかないけどォ……」
黒百合がシンプルに塩をまぶして焼いたアジをひっくり返す。
雫もサヨリやタコの焼け具合をじっと見つめている。
「打ちあがった魚介も放置するよりは食べた方が無駄になりませんからね」
どうにも海産物ディアボロを見てから、イカやタコを食べたくて仕方が無くなったのだ。
それはルビィも同じだった。
「鮮度が下がらねえ内にどんどん焼くぜ……!」
水着に着替えたルビィは、下ごしらえを終えた魚を手際良く並べて行く。いい匂いに刺激された食欲が、早く早くとせき立てて来る。
海は大量の魚を見て、これを有効活用できないかと考えた。つまり。
「折角ですから観光客の皆さんに戻って頂いて、食べて頂きましょう。もし可能なら、海の家の人にも手伝って貰って」
「焼き上がった物を無料で配れば、お客さんを呼び戻せるかも知れませんね」
雫の提案に、仙也も同意する。
「それはいい案だと思います。ではどんどん焼いて行きましょう」
仙也は状態の良い御魚を選び、綺麗に砂を払って、串を差していく。それを順に火にかけて暫くすると、じゅわっと脂が滴り落ちる。
呼び込みの声よりも、匂いが何よりの集客になるはずだ。
それが証拠に、エイルズレトラが網の上をじっと見つめるヒリュウの鼻面を撫でて言った。
「少しだけでいいので、分けてもらうことはできますか」
「どうぞ。ついでにその辺りを飛んで宣伝してもらえるといいかもしれませんね」
仙也が程良く焼けた串を選んで、手渡した。
ばっちくない、美味しい魚をヒリュウのご褒美に。
海はさっきまでの騒ぎが嘘のように穏やかだった。
「やっと海を満喫できるな!」
将太郎が律紀とハイタッチ。
「良かった〜! あと今回はフンドシじゃなくていいんですか?」
「安心しな。水着はフツーのがいいんだ」
漢の友情、褌の絆。だが流石に大勢の前では恥ずかしいと悟った将太郎だった。
「そうですか? 鐘田さんは似合いますけどね」
律紀が屈託なく笑う。その頭を押さえて、将太郎は海に押しこもうとする。
「こいつ!」
「わーっ、タンマ!! いや俺、真剣に褒めてるんですよ!!」
じゃれている男どものすぐ傍を、浮き輪装備のマリーが気持ちよさそうにぱちゃぱちゃと通り過ぎる。
「ふふっ、気持ちいい♪」
そこに小波が押し寄せ、マリーはずるずると流される。
「え、あれ……あぶ……がぼっ……」
浮き輪の中を何処までも落ち込んで行くマリーの腕を、将太郎が掴んで引き上げた。
「おいっ大丈夫か? なんか随分と器用な溺れ方してるな!」
「がぼ……はあ、し、死ぬかと思いました……!」
というマリーの膝辺りまでしか水はなかった。
流れていった浮き輪を拾って戻ってきた律紀の目に、パーカーを脱ぎ捨てる四季が。
「じゃーん! 日焼け止めもばっちりだよ!!」
ハイウェストの鮮やかな水着が砂浜に眩い。今日ばかりはメイクが落ちるのもヘアスタイルが崩れるのも我慢我慢。
「おもいっきり遊ぶよ! うりゃーっ!!」
「おい、飛び込む前に準備運動はしろよ?」
将太郎はいつの間にか、皆のお兄さん状態である。
その光景を少し離れた海の家から、眼鏡装備で眺める英斗。
「これも警備ですし。うん」
でもできれば、男は要らない。というか邪魔。勿論、言葉にはしないけれども。
日陰になっている小屋の中では、幾人かが休んでいる。
ラファルは先刻までの元気はどこへやら、かき氷をつつきながら半ば目を閉じていた。
「ったく、この暑い中動きすぎじゃん」
まるで自分が温度障害を喰らったかのようだ。
「うっ冷たい……!」
こめかみを押さえ、それでも顔が笑ってしまう。一仕事終えた後の楽しみだ。
シロは初めての単独行動での戦闘で、心底疲れ切っていた。
さすがに空腹に耐えかね、やきそばを食べながらぼんやりとこれまでを振り返る。
(主、どこに……あっ!)
ようやく携帯電話の存在を思い出したのだ。指を忙しく動かしているうちに、頬に赤みが差してくる。単独行動をやり遂げた、その興奮が今になってシロの胸を高鳴らせていたのだ。メールでなら、きっとこの気持ちも主の元に届くだろう。
華子がトレイを持ってとしおの前に座った。
「としおさん、お待たせしました〜♪ お好きなラーメンですよ! お疲れを癒してくださいね」
「ありがとうございます!」
早速割りばしを手に、ラーメンをすする。
「うん、海で食べるラーメンはまた美味しいね!」
「良かったです♪」
小梅はメロンのソフトクリームを舐めてご満悦である。頑張ったご褒美にと、新しい物をおまけしてもらったのだ。
思い切り動いた後では、甘さが一層嬉しい。
だから小梅は思ったのだ。
「んーふーふー♪ これを食べたらもう一回、ディアボロが来てもいいのよ!」
その言葉を聞いた訳ではないが、エカテリーナはいつものスーツ姿でまだ砂浜を巡回していた。
目は相変わらず鋭く、浜辺から水平線の方までくまなく見渡す。
(敵を倒し、安全を確認してこそ任務を終えたと言える。敵は一体とは限らんからな)
時には息抜きをという気遣いも含めた依頼もあるのだが、彼女の辞書に休息の文字はないようだ。
金の髪を海風に遊ばせながら、砂をものともしない足取りで歩いて行く。
そこで前方から歩いて来る智美と目が合い、互いに黙礼した。
智美も一般客が今日だけでも安心して遊べるようにと、警護を続けている。その姿を見せる事が重要だと考えるからだ。
とはいえ、その手にはタコ焼きが。
何となくエカテリーナの視線を感じ、智美は真面目な顔のままで説明する。
「疲労回復の目的もあるんですが、ここで何かを買うことも復興の一助になるかと思いましたので」
「成程な。一理ある」
エカテリーナも頷いた。
このタコ焼きを焼いたのは、和紗だった。
「たこ焼きが食べたいです。寧ろ自分で焼きたいです」
そう呟くと、MY千枚通しを光らせたものである。
食べたいと言っても元々少食なので自分が食べる分は僅かだ。どうせならと、海の家の一角を借りて皆にふるまう分を焼き始めた。
暑い中、何処か楽しそうにタコ焼きをひっくり返す和紗を、ジェンティアンは微笑みながら見守る。
「あー……活き活きしてるね」
粉物が大好きな和紗には、千枚通しがよく似合う。アツアツのタコ焼きをほおばり、ジェンティアンは腰を上げた。
「竜胆兄?」
「うん、和紗が頑張って焼いてるから、売る手伝いでもしようかなと思ってね」
ジェンティアンの軽いウィンクに、和紗も笑顔で応えた。
「……と、こんなもんかね?」
ルビィはデジカメを構え、皆の素の表情を写真に残す。
この一瞬、この一日が、本当にかけがえのないものだと思うからだ。
そして、美しく入り組んだ舞鶴の海の光景も。
「この景色も、ずっと変わらないでいて欲しいもんだぜ」
穏やかな波が押し寄せ、優しく砂浜を洗っていく。
この平穏がなるべく長く続きますように。
人々の願いのように、白いカモメが空へと舞い上がっていった。
<了>