●テスト当日
プレイヤー達がそれぞれサイトにアクセスした。
只野黒子(
ja0049)はキャラクター作成画面まで辿りつき、暫し手を止めた。
「成程、キャラクター作成の自由度は高いようですね」
カタカタカタ。キャラのプロフィールが順調に決まって行く。
星杜 焔(
ja5378)は忙しい家事の合間を縫って画面に向かう。
「ゲームで遊べると聞いてホイホイされたんだよ〜遊んでお金貰えるって楽しいねえ〜」
自宅で参加できるテストは、色んな意味でうってつけだった。
「演歌歌手育成ゲームか〜やったことないやつだ〜新しいね〜」
画面には男女の選択画面。
「やっぱり可愛いアバターが作れる方が楽しそうだよね〜」
迷わず女。だが。
「演歌か〜……演歌は怨歌だって小さい頃聞いたな〜」
何やら妙な知識の元に、詳細を入力する。
一方、若菜の自室に集まる者達。
桐生 凪(
ja3398)が持参した包みを若菜に差し出す。
「これ、依頼は依頼なんだけど……何もないのは失礼かなって」
「わー、ありがとう! 後でみんなで頂こうね♪」
受け取った箱の中から顔を覗かせるのはウサギをモチーフにしたチョコソースのミルクプリン。
若菜はいそいそと冷蔵庫にしまいこんだ。
凪は大きなディスプレイに表示された画像に目を止める。
「え、演歌とは……また渋いですね」
類似のゲームはゲームセンター等で見たことはあるが、ジャンルがニッチすぎる。
「えっと私、ゲームとか詳しくないのでお役にたてるか分からないですけど、一生懸命がんばろうとおもうのですぅ……」
御堂島流紗(
jb3866)は持ち込んだ大量のお菓子をテーブルにならべていた。のほほんと、まるでお花見のような雰囲気である。
「せっかくの機会ですし、皆さんと仲良くのんびり楽しみたいと思いますぅ」
「良かった、俺もよくわかんないしな。一緒に頑張ろうぜ!!」
自前のノートパソコンの電源を入れ、千葉 真一(
ja0070)が笑顔を見せた。
内容は正直さっぱり分からない。だが初心者が詰まるポイント等は、今後の開発に役立つだろう。
真一は、画面を見据える梨香にこそっと声をかけた。
「大八木も結構付き合い良いんだな。ちょっと意外だったぜ。ちなみにどんな感じで始めたんだ?」
「あ、千葉さん……」
こういうとき、友人がいるのは心強い。
「取り敢えずキャラクター作成は終わった……みたいです」
「なるほど。自分をイメージするなら、まぁやり易くはあるな」
画面には梨香のアバターのようなキャラがいた。確かに作成は早いが、少し照れくさくもある。
「せっかくゲームなんだし、俺は少し捻ってみようかな」
カタカタ。
若杉 英斗(
ja4230)は若菜の近くに座を占め、爽やかに眼鏡を光らせた。
「よりよいゲームを完成させるため、全力でガンバリますね!」
どうせテストなら無難なプレイではなく、尖ったプレイを。問題点が生じれば今の時点で潰せるだろう。
そうして依頼人の好感度アップを狙っているとかいないとか……。
若菜がデータ確認の可能な運営用画面を覗き込み、笑いを堪える様に肩を震わせた。
「な、何かみんな、すごいね……! じゃあ始めよっか!」
ゲームスタート!
●1ヶ月目
駆け出し演歌歌手たちがそれぞれ行動を開始する。
爽やかな笑顔でレッスンに現れたのは火河 清志(ひかわ きよし)、一見細身だがしっかりと鍛えた身体と少し母性本能をくすぐる不器用さ、可愛げのあるルックスが特徴的な19歳だ。
『宜しくお願いします!』
真っ直ぐな視線と、真っ直ぐな歌声。中々の逸材である。
「うーん、まずはやっぱりレッスンで能力アップかな」
真一が唸る。正統派歌手として人気を上げるには、顔・歌・雰囲気は捨てがたい。その分トークなどが不得意になってしまったので、キャラの個性と割り切ることにした。『不器用キャラ』で通すのである。
一方で、目立つルックスで話題をさらう美少女歌手がいた。
『みんなー! 舞矢を応援してねー☆』
画面ではミニスカ悩殺衣装の三田舞矢(みたまいや)が笑顔で手を振っている。
演歌歌手には見えない、ちょっとムチムチな健康美を誇る18歳。
「いいか! まずは顔だ! かわいいは正義だっ!」
英斗が力説する。
メインターゲットは美少女大好きオタク。オタクの購買力にモノを言わせて、とにかく話題性で売り出す戦略である。
「稼げなきゃ! 売れなきゃ生き残れないのだ!」
「若杉先輩……」
梨香の顔が引きつっている。この人こんな人だったんだーって顔である。
「大八木さん、甘いな。歌の実力は二の次、三の次なのだっ!! まあ歌詞を覚えるぐらいの練習はするけどね! あ、なんなら一緒にグラビア撮影してもいいよ!」
「えっ」
地味〜な西陣みやこ(20)が自信なさげに肩をすくめた。
●2ヶ月目
あどけない顔にピンクのゴスロリ着物がよく似合う17歳、桃色流紗(とうしょくるしゃ)が、ミニコンサートを終えた握手会で笑顔を振りまく。
『みなさん、きょうは流紗に会いに来てくれてありがとうなのですぅ〜♪』
元々のルックスと歌唱力に、レッスンを積んで、衣装を整えて。『キュン萌えピンク演歌歌手』路線で流紗は頑張ることにした。
「そんな感じでプロモーション掛けて〜、今までにない層に訴えかけていくとかそんなイメージでプレイしていくのですぅ〜」
お客の反応は上々だ。『流紗のですぅ〜節』の売り上げもじわじわと伸びている。
「レアキャラ含めてカードコンプリートとかは基本で、ガチ勢の証明では無いと思うのですぅ。戦略戦術レベルで語れるようになって一人前と聞いてましたけど違いますの?」
別の画面に表示した、SNSの類似ゲームのデータを示し、ほんわかと微笑む。
「え? えーと……まあうん、テストだから、そこまでやりこみは難しいかなって思うけどね、ははは」
若菜は笑ってごまかす。開発としてはゲームを丸裸にされるようなこの手のサイトは参考になることはあるが、脅威でもある。
「ところで山本さん、この枕営業ってなんですの?」
「そーゆーのは真に受けちゃダメ!! 握手で充分だから!!」
尖った設定のゲームも世の中にはあるようだ。
●3ヶ月目
そろそろ秋の気配が漂う頃、物悲しい歌が音質の悪いラジオから流れて来る。
♪三十路峠に さしかかったねと
笑うあなたが 杯に映る
ねぇ 本当は 愛していたの
握る拳に 震える涙
『中々上手いねぇ。『紫蘇巻き杏の悲恋酒』だっけ?』
『杏(あんず)ちゃんっていうらしいよ。若く見えるけど30歳なんだってさ。色々苦労したみたいだねえ』
赤ちょうちんの下で、酔客達が噂する。
「すごいね……色々と細かい設定もできるんだね……」
焔が嬉しそうに今月の予定を決める。
少し影のある杏は、標準体型でありながら隠れ巨乳。着物には苦しいが、偶にドレスになると恥ずかしげな仕草がまたマニアの心をくすぐるようだ。
「演歌は歌唱力あってなんぼだしね〜あと商売するならコネと運は必須でしょ〜」
ここでポイントは無くなったが、焔は修正しない。顔は化粧でどうとでもなると潔く割り振りゼロである。
「あとトークは〜コミュ障でも運がよけりゃギャグだと思って貰える……し……」
自分で言ってて自分で傷つく焔。アバターは時に残酷である。
●4ヶ月目
だがこの頃、ガード下の赤ちょうちんに集まる男たちの心をしっかりと掴んでいた歌があった。
『お、権ちゃん来たよ』
『待ってたんだよ、今日もアレ頼むよ!』
暖簾をくぐって顔を出したのは、大場権三郎。痩身に哀愁を背負った55歳である。
『こりゃどうも、いつもお世話になっております』
ギターを抱えて頭を下げる。その姿は歌手というよりも、外回りの営業担当という風情だ。
それもそのはず、長年靴の底を削り身を削り尽くしてきた会社をリストラされ、人生の再スタートを賭けたという経歴が、権三郎の全身から滲みでているのだ。
だが自身は愚痴をこぼさず、ひたすら聞き役に徹し、請われれば哀愁漂う『サラリーは涙の味』を歌う。リストラに対する悲哀だけでなく、サビあたりに籠めた雑草精神を力強く訴える持ち歌は、同年代の共感と希望を巻き起こし、静かなブームとなっていた。
どさ周りで聞きこんだ仕事の多忙度や各社内部の諍い、営業の愚痴から異業種間交流、需給ギャップに関わるネタまでを収集し、データベース化。名刺を貰えばその会社の業績から株価情報まで調べ上げ、トークのネタにも活用する。
その間にも各種トレーニングは欠かさず、「少し歌のうまい素人」であった歌の実力も着実にアップしている。
「そろそろ頃合いですね」
黒子は冷徹に最終地点を見極めていた。
「衣装代を確保しましょう。緩んだ体も見栄えがするようになってきましたし」
権三郎を浸透させる期間は完了。そろそろサラリーマンの星として盛り上げる時期である。
●5ヶ月目
凪はウサギちゃんのカバーをつけたスマホを見つめる。
「うーん、こういうゲームだと普通はオーディションを受けるんだと思うんですけど……どさ周りってやっぱり重要な感じなのかな。演歌歌手ですし」
十勝 アマミ(とかち あまみ)15歳、歌のうまさが売りの少女歌手もバランスよく実力をつけてきていた。
ほかのプレイヤーの動向を元にイベント発生条件の割り出し。これに時間を要したが、およそは分かってきた。こう見えて凪は、ガチのゲーマーなのである。
「年齢を若く設定すると、発生するイベントが変わったりもするみたい? 結構細かく作ってあるなあ」
実はアバターが案外可愛かった。ウサギが飛びはねている着物が凪の心をくすぐる。
「えーい、思い切っていっちゃおう!」
イベントをこなしてコツコツ資金を溜めた頃に、ついこういった物を買ってしまう罠が待っているのだ。
『資金に困ってたりする?』
イベント先で出会った舞矢が、声をかけて来た。
『じゃあ次のお仕事には、アマミちゃんも招待しちゃうね!』
ウィンクする舞矢(英斗)に引っ張られて、アマミとみやこ(梨香)は何故かグラビア撮影に。
凪は苦笑いしながら、梨香の肩を慰めるように叩いた。
「あの、大八木先輩……大丈夫です?」
「…………」
うっかり自分を反映したアバターなんぞ作るものじゃない。梨香は顔を覆うしかなかった。
だが実は、ゲームど素人の梨香の割り振りが意外な効果を発揮していた。
運振り70。世間を舐めた願望がコバンザメ属性をキャラに付与、目立つ舞矢にくっついて顔を売ることに成功していたのだ。
「んー、さすがにこれは調整が必要かなあ?」
若菜が苦笑いする。
●6ヶ月目
地道な活動あり、トリックプレイあり。
泣いても笑っても今月で『黄白歌合戦』の出場歌手が決まる。
権三郎の『サラリーは涙の味』、杏の『紫蘇巻き杏の悲恋酒』は順調に有線放送でのリクエストを伸ばしている。
清志は息子、いや孫のようだとおば様達に受け、『任侠旅烏』で披露する殺陣もどきの振りには、大きな拍手や掛け声がかかる。
アマミの『羊蹄山の麓より』は年齢の割に確かな歌唱力が好評だ。
流紗の『流紗のですぅ〜節』は一見ネタソングのようでいて、覚えやすいメロディーと特徴のある振り付けが、忘年会の隠し芸にぴったりと言われている。
舞矢は『キラリ☆にくじゃが恋歌』をひっさげて、あちこちのイベントでひっぱりだこだ。
♪一人待つ食卓〜 貴方はまだ帰らない〜
♪でも大丈夫〜 にくじゃがは〜 冷めてもおいしいの〜
ここにも「男が作って欲しい手料理」を仕込む辺り、計算は完璧。
梨香は結局歌を仕上げるまでに時間がかかり、『追いかけて都大路』の浸透度は微妙なところである。
全員、自分なりにベストを尽くした。後は審判を待つばかりである。
●あれから5年経ちました
カラカラ……。引き戸の開く音に、女将の杏が笑顔を向ける。
「いらっしゃい……あら、大場さん」
「やあ、お邪魔しますよ」
年齢こそ初老に達したものの、以前よりむしろ生き生きとした顔を覗かせる権三郎。
「いつものでいいかしら?」
「うん」
冷たいおしぼりで顔を拭き、ふと顔を上げる。
「女将、悪いけどテレビいいですか」
「ああもうそんな時間ですね」
いそいそとお通しを並べ、杏がテレビのスイッチを入れる。
賑やかな音楽と共に『あの人は今!』というタイトルが現れた。
舞台袖で、かつての西陣みやこ、今は芸能事務所勤務の梨香が低い声でささやく。
「遅いじゃないですか三田舞矢さん、疾風の名が泣きますよ」
「ごめんねー! 久しぶりだから迷っちゃった☆」
「久しぶりだな! 元気そうで何よりだ!」
清志が股旅姿で親指を立てる。今や時代劇役者としても順調だ。
舞台の上では、ゲストのアマミが黒地に波兎の衣装で持ち歌を熱唱。それを雛壇で流紗がニコニコ笑顔を浮かべて見守っている。
「もう5年になるんですね〜。お仕事も順調そうですねえ」
「いやいやこれでも大変ですよ」
かつて『黄白』出場を勝ち取った権三郎は、下積み時代の経験を生かし、今や『歌う実業家』と異名を取るまでになった。
杏はアピール下手から『黄白』こそ逃したものの、権三郎の支援を得て、小料理屋の女将として立ち働いている。どうやらこちらの方が性に合っているようだ。
もう一人、その年の『黄白』に出場したのは舞矢だった。今年で消えると思う芸能人ランキング1位上等とばかりに旋風を巻き起こし、そのまま疾風のように駆け抜けて失速、今や伝説の演歌歌手と言われていた。梨香は強運を生かして裏方で働いており、今日の番組に舞矢を呼んだのだ。
アマミと清志はその後着々と実力をつけており、あと何年かすれば『黄白』常連となるだろう。
流紗は持ち前のゆるいキャラで、しぶとく雛段アイドルとしての地位を獲得している。
「そう言えば久しぶりに女将の歌が聞きたいですね」
「あら〜お恥ずかしい〜」
杏がほんのり頬を染め、持ち歌『紫蘇巻き杏の悲恋酒』を流し始めた。
♪あぁ 別れは突然なのね
あぁ あんなに共にいたのに
雪の上で寒さ堪えた かんずり
醤油で溺死した 蛸の沖漬け
紫蘇巻き杏 酸っぱかった
あなたへの 気持ち
今はこれが わたしにお似合いね
いつかまた 砂糖に浸かりたい
あぁ あん あん 杏の悲恋酒……♪
「あのさあ。何でこうなんの?」
若菜が腕組みをして唸る。
「でもプログラム上不可能なことはできませんよね?」
凪が困ったように首を傾げた。
全員がレアなルートをつきまくり、何やら妙なテスト結果となったようだ。
「でも意外な楽しみ方も売りになると思います!」
英斗が力説するも、若菜は頭を抱えて叫んだ。
「開始日はもう決まってんのよーーー!!」
結局その後、タイトルを改め『演歌人生遊戯』として発表されたゲームは、それまでソシャゲに縁の無かった中高年の心を掴み、地味〜に続いたという話である。
<了>