●
冥界帝国先遣隊所属、情報管制艦『グリーンアンテナ』でスワ(
ja1215)は旗艦を見つめた。
J・Sは偵察部隊が捕獲した地球人だった。特殊な方法で記憶を操作し先遣隊司令官として利用しているのだ。
(経歴を考えると、分からないでもないですけれどねー?)
その為傍ではラリサが必要なケアを行い、重ねてスワが監視している。
「さて、他にも仕事は山積みですよー?」
スワは艦をステルス化し宇宙塵(デブリ)の中に紛れ込ませる。
遊撃隊のアクト大佐(
jb0525)はレーダーでそれを見届け、指示を出す。
「情報部隊の報告があるまで交替で休息をとるように」
彼の任務は主力部隊の側面をサポートすることだ。
「さて、敵の戦力はどれほどのものか……」
冥界帝国側から見れば未知の領域。
まずは目立つ行動で動揺を誘い、その間に準備を整えるのである。
Drクロウ(
ja0427)もまた自軍に待機を命じた。
幾人かの部下に指示を出し、それからは悠然と椅子に身体を預ける。
(どちらの動きが早いか。お手並み拝見と行こうか)
その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
●
小惑星イバラキは破壊されたが、コロニー『クオンガーラ』は一応健在だった。
「まったくこんな事になるなんて!」
クオンガーラにあるラーメン店【麺処トシ】の店長トシ(
ja2489)が唸る。
店員のリュウ(
jb6175)がトシに尋ねた。
「おい、どうするんだ? 店長」
何処か他人事の様な冷静さである。
「このままじゃラーメンなんて作ってる場合じゃない! とにかくショウを呼び戻そう」
携帯電話で出前に出ているショウ(
jc0586)を呼び出す。
「まぁったく、どうなってんだかねぇ〜」
街頭テレビを見ていたショウが、携帯のコールに慌てて応じる。
「は? スグ帰れ? いやまだ丼が……はいはい、今行きますよ〜……」
ショウが溜息をつく。
「たぁく、なんて日だ」
顔を揃えた二人の前で、トシが切り出した。
「堅気になっていた僕達だが、ここは仕方がない。もう一度僕についてきてくれるか?」
その顔はかつて太陽系外縁部に名を馳せた宇宙海賊の物に戻っている。
「まぁ行くっつーならついてくほかしかたねぇしな」
ショウが白い角帽子を脱ぎ、名残惜しそうにカウンターに置いた。
リュウも頷き、厨房の中で屈みこむ。
「何はともあれ火の元の始末は忘れずにだ……二次災害は恐いよね」
火の元OK。
「よし。では行こう!」
三人の男たちは店の奥へと駆けこんで行った。
お尋ね者の宇宙海賊キャプテン・ルビィ(
ja0841)は、画面を流れる情報を目で追い呟いた。
「気にいらねェな」
陰気な男の声が応じる。
『世の中というのはそういうものだ』
「ああそうだ。けど何もしないのは性にあわねェ。アイエス、通信の発信元は探れるか」
以前とある惑星で偶然見つけた『エリュシヲン号』の付属AIは、面倒くさそうに答える。
『調べてどうする。エリュシヲン一隻でどうなるものでもないだろうに』
ルビィは苦笑いした。昔、死闘を演じた旧敵にどこか似ているAIとこうして旅しているのも不思議なものだ。
「良いから調べろよ。後は俺が考える」
だがこれをチャンスと考える者もいた。
目深にかぶった海賊帽を押し上げ、ギィネシアヌ(
ja5565)がニヤリと笑う。
「甘いこと言って宇宙海賊なんぞ出来るワケないぜ! 目の前に旨そうなエサがあんのに、ボケっとしてる場合じゃねえな!」
骸骨の眼帯も笑っている。深紅のマントをなびかせ、女吸血鬼と恐れられる海賊は行動を開始した。混乱に乗じて物資をかっぱらうのだ。相手が統合軍だろうが侵略者だろうがお構いなしだ。
「全速前進! 帆を上げろ!!」
宇宙空間を奔る帆船型高速艇『BB(ブラッド・バット)』が、赤い帆を上げた。
●
破滅か、従属か。
統合軍は圧倒的な戦力差の前に第三の道を探しあぐねていた。
「だからってじっとしてるのは性に合わないのよねェ……」
400m級宇宙戦艦『デビルブリンガー』の艦橋で、ブラックリリー大佐 (
ja0422)が画面を見据えていた。虚空は侵略者を示す紅点に埋め尽くされている。
「ま、もう少し様子を見るしかないかしらァ?」
通信兵が僚艦からの入電を告げ、画面には補給艦『塞』の艦長レイシ(
ja0388)が映る。
『弾薬と推進剤、並びに食糧を補給可能です』
「助かるわァ。開戦したらそんなヒマないかもしれないしねェ」
レイシは、静かに敬礼の手を下ろした。
『ところでこれは半ば個人的なお願いになるのですが。可能であれば『プリン』という単語を発信願います。もし何か敵に反応がありましたら、その敵の位置や特徴を詳しく教えて下さい』
「プリン? なんだかよく分からないけどォ、できるだけやってみるわねェ」
大佐は首をかしげつつも了承した。
大通信を終えると、レイシは暗号電文を一通送信した。
『投網完了』
「……間に合えばいいのですが」
冥界帝国軍の示した刻限までもう幾らも無い。
一方、暗号電文を受け取ったのは。
「ハァイ、こちら『嘘つきばあさん号』どうぞー」
軽い調子でオミ(
ja5823)がヘッドセットをひっかける。
「っと、暗号電文か。どれどれ……おーい艦長、協力者からの連絡だぜ」
「お、見つかったか?」
艦長のシュウヤ(
ja6837)が身を乗り出す。
「や、残念ながらそれはまだだな」
シュウヤの斜め後方には黙って腕組みしているハルヒサ(
ja6843)、その頭の上には艦のマスコットこももんが(
ja2617)がのっかっていた。
「あ、オミ、ついでにこの区域の市場調査の結果も宜しくな!」
「あのですね、通信士の仕事範囲、広すぎませんかね……?」
そこに試作プリンを手に、ユウマ(
ja6901)が入って来た。
「市場調査なんか関係ない。俺が美味いと言うたプリンは確実に売れるんや。価格設定なんぞはカンサイ人のDNAが導き出してくれるわ!」
そう断言しつつ、この仕事に引きずり込んだオミの隣の席に座りこむ。
「と思うんやけど実際どうかねカズオミくんや」
「せやな、良い線行ってますぜユウマさんや」
オミが画面を切り替え、それを覗き込むユウマの頭に、軟らかい物がぶつかる。
「きゅいっ ぷりんっ!」
「新しいの持って来なくてええん? じゃあこれな」
飛んで来たマスコットにプリンを分け与える。
「いいなー。俺もプリン食べたいー」
キヨセ(
ja3082)が椅子の上でエビ反りになっていた。
「ちゃんとお取り置きしてますよ!」
「やったー! オミ優しいから好きだよー」
彼らは『宇宙プリン』を商う貿易船の乗組員だ。艦長シュウヤが、親友のハルヒサを迎え入れたことから芋づる式に増えた格好だ。
かつてジュリアン総統が地球統合政府に反旗を翻した際に彼を支えた……支え、た……参謀長こそハルヒサだ。
地球統合軍による攻撃は旗艦を破壊、総統は行方不明となった。それ以来、ハルヒサはシュウヤの仕事を手伝いながら行方を探している。
そして見つけたあの仮面の男。
「ハルヒサさん、やっぱそう思うやんな」
同じく転がりこんだ元パイロット、ユウマが目を輝かせる。
「恐らくは。ところでキヨセ殿、プリンを食べ終わったらオミ殿と交替で通信管理をお願いします」
「えー……あ、うん、やっとくー」
本来キヨセはこももんがより働かない。ゴロゴロしているのが仕事と艦長のシュウヤに言い切っている程だ。だがなんとなく、ハルヒサには逆らってはいけないような気がした。
(なんかやばいよねー)
キヨセはプリンをかきこみ、持ち場につく。
その時、タイムリミットが訪れた。画面が仮面の男を映し出す。
『時間だ。君達の選択は実に残念だよ』
そう言って薄い笑いを浮かべる死神の使い。
「……見つけましたよ」
<○><○>
「……?」
J・Sは一瞬身震いする。
「如何なさいました?」
「いやなんでもない」
ラリサを片手で制止し、進軍命令を下す。ついに冥界軍先遣隊が侵攻を開始した。
●
両陣営が動き出す。
ブラックリリー大佐が戦場を前に自らを、そして自軍の将兵を鼓舞する。
「はーい、皆さん本日も頑張りましょうォ。一番戦果を上げた班には特別給与と有給の用意をしているから今回も一攫千金を狙って行きましょうォ……きゃはァ♪」
さすが名前がブラック、戦果二番以下は有給ナシか!
「あとMS部隊も準備しておくのよォ♪」
MSとは、モビル云々でも魔法少女でもなく、ましてや物語の筆記者のことでもなく、Mサイズのソルジャーの略である。
MS部隊のアツシ(
ja0941)は、愛機のコクピットで闘志を燃やしていた。
「借りってのは返す為にあるんだ」
そこに困惑しきった女の声。
『なんかおかしくね? 私大根農家なんですけど?』
――私の名はヨシコ・タナカ(
ja0715)、しがない大根農家よ。
私をたしょ……黄昏の魔女と呼ぶ者もあるけど、うるせぇ鼻に大根ねじ込むぞ。
ある日のこと、尋ねて来たハg……友人がこう言ったの。
<俺の左腕になってくれないか?>
消費者が生産者に真剣な瞳で訴えるのに理由あるのかしら? だから私はこう言ったの。
「うるせえハゲ」
回想終わり。ヨシコは叫んだ。
『だから何でロボットに乗ってるのよお!!』
『安心しろヨシコ! 俺がついてるからな』
隣のMSが親指を立てて見せる。
――俺の名前はコトブキ・ウメガエ(
ja2303)、しがないロボット乗りさ。
エースパイロット? ……ははっそう呼ぶ奴もいるな。いるんだよ。信じろよ。
ある日のこと、尋ねて来たダチがこう言った。
<俺の右腕になってくれないか?>
男が男に真剣な瞳で頼む他に理由なんているか? だから俺はこう言ったのさ。
「水臭いぜアッスィ、親友だろ?」
……そう思ってた時期が俺にもありました。
まあそれでもヨシコと双璧なら悪くはないさ。何より俺は! 親友を信じる!
その瞬間、激しい衝撃が機体を襲う。
『ふごぉ……!?』
なんかむかついたヨシコ機がコトブキ機に腹パンをかましていた。
突然アツシが顔を上げる。
「感じる……!!」
冥界軍事件の際、アツシはかつての仲間が敵方に居る事を知った。きっと今も奴らは生きている。
「ハルヒサ、ユーマ、お前達はこの手で落とす!」
一方帝国軍のスワは収集した情報を分析、司令官宛にそれらを送りつつ、更に調査を続ける。
「さて、腕を振るわせてもらいますかねー?」
何処からか『プリン』という単語が発信されていた。
「流石ハルヒサさんですねー?」
太陽系の事前調査に訪れた際に、スワは『嘘つきばあさん号』から密かに情報提供を受けた。返礼はこの単語に反応する者の情報。だが最も怪しいと思われた仮面の男は特に反応を示さず、素性は謎のままだ。
「ひとまずは本人に近付く所からですねー?」
スワはその内容を暗号電文で送信した。
オミは直ぐに電文を解読した。
「だ、そうだ。大きな戦闘が始まると、嗜好品の売れ行きが鈍るからな。ちゃっちゃと決着つけてくれ」
悪戯っぽく笑うオミの傍らで、突然何かを感じ取ったユウマが表情を険しくする。
「また俺の前に立ち塞がるんかアツシ……ッ!」
彼らはまたもこの空域で遭遇したのだ。
「俺が出る!」
「はいはい、気ぃつけてな」
オミに見送られながら、ユウマは艦橋を後にする。
アクト大佐率いる高速艦隊は先遣隊とは別途行動していた。
「敵防衛艦隊の集結ポイントを迂回、補給路を叩く」
そこで索敵班が、民間の貿易船の姿を捉えた。
「偽装船の可能性もあるか」
そう判断したアクト大佐が撃墜の指示を出そうとした時、別の艦船の報告が届いた。
「大型補給艦を発見しました!」
「よし、そちらを優先して沈める」
狙われたのはレイシの塞だった。
「こんな所にまで来ていたのですね。でもこの艦はそう簡単に落とせません」
前線に出る事を想定し、技術士官であったレイシが装甲艦を改修した艦である。攻撃力は皆無に等しい代わりに、防御と搭載量を限界まで強化した特別仕様だ。
「私たちが盾となって彼らを引き付けます。この間に本隊をお願いします!」
レイシの凛とした声が響く。
とはいえ、冥界軍の火力は並々ならぬものだった。
「あらァ、補給部隊さん大変ねェ。MS部隊、応援に行って貰えるかしらァ?」
ブラックリリー大佐がアツシ達を出す。
「行くぜ、【蒼い三連星】!!」
続くヨシコの絶叫。
「今回私フレイヤとか名乗ってないし珍しく調子づいてないんですけどお!? ハゲって言ったの怒ってるの!? ごめん! 思わず本心ポロリしてごめん! だから降ろしてっていうか何か加速してぎゃああああ!」
飛び出した三機は直ぐに補給船に到達した。そこにユウマの機体も現れたのだ。
「毎日がスリルと土下座の日々RankUp中やで、元冥王軍!」
「ユウマか、お前は俺が倒す!」
アツシが突出。コトブキの機体がアツシの足元にあった。
「俺を踏み台にしたぁ!?」
だが互いにどっこいどっこ……もとい。手の内を知り尽くした者同士、中々決着はつかない。というかヨシコとコトブキは見てるだけ。
「っち、このままじゃラチがあかねぇ、合体だ!」
「「は?」」
アツシの掛け声と共に光に包まれたヨシコ機とコトブキ機が変形し、アツシ機の左腕と右腕になる。
「ちょっとぉ、なんで左腕なの!?」
「なくね? 物理的な右腕って普通なくね!?」
それぞれの抗議の声をアツシは軽く無視。
「一気に決めてやるぜ、クロスマグナムで! 照準よし!!」
合体した両腕が、今度は真っ直ぐにユウマ機を狙って突き進む。
「照準とか以前にノー視界ですけど!? しかも相手! 相手おかしいだろ!? 復讐は何も生まないよ、ましてや毛根は生まれいや何でもないですっていやああああ!!!」
コトブキの叫び声が虚空を流れていった。
「その両腕はまさかお前ら……!」
ユウマは大根を手に微笑む娘と、その娘の腹パンを喰らう青年のビジョンを見た。
「お前らを撃つなんて……俺には……」
といいつつ指はしっかり赤いボタンをグッと押し。
「恨みは全然ないが主命やし諦めてな。喰らえサンシャインビーム!!」
「ぎゃああああ」
どーん。コトブキ機撃墜。
「わははは! 敦志の手はよう知っt」
どーん。ヨシコ機命中。
「くそう!! 俺の仲間達を! よくもおぉぉ!!」
アツシが涙に濡れた顔で叫ぶ。えーと誰のせいだ。
「かくなる上はこの身を持って!!」
背負っていた必殺の『断河剣』が出る。だが両腕はない。腕が無いなら股に挟めばいいじゃない。
「ふっ、お前となら相打ちも悪くないぜ」
アツシ機はユウマ機にぶつかっていく。
「なんかめっちゃ嫌やこの絵面ァ!!」
ユウマ機が咄嗟に足を出すと、見事『断河剣』の柄に届く。それに伴い剣先は跳ね返り、勢いよくアツシ機の頭部を削った。
「またこれかぁああ!!」
「わはははは、ええ気味や!!」
どーん。ぶつかった互いの機体が爆発する。
ユウマは母艦に回収された。
「おうお帰りー」
「今気がついたん。総統おらんとか誰に新しい機体買うて貰たらいいん……」
鰹節守としっかりと握り締め、ユウマがオミに問う。
「ですから帰還して頂きましょう。そう、地の果て宇宙の果てまで追いつめてでも」
ハルヒサの微笑に、オミは総統に少しばかり同情したくなった。
●
「何だと?」
ヒデトー総統(
ja4230)はグラスを揺らす手を止めた。
「だーかーらー。冥界帝国の先遣隊が、とうとう太陽系に到達したのだ」
副官の金目の娘が繰り返す。
「ついに見つけたぞ、我が故郷の敵よ!」
彼の故郷ヒモテイン星はJ・Sの先遣隊によって滅ぼされた。復讐を期して大宇宙を彷徨い続ける事幾星霜、ようやくここに再会。
「名前が悪い。いずれ滅びるは必定と思っていた」
「何か言ったかね、シャオチン」
「なんでもない」
「では全艦、J・S旗艦に向けて突撃!」
「と言っても本艦だけだがな!」
副官の突っ込みを無視し、復讐に燃える男は虚空を睨む。
戦艦が去った後の空間が揺らぎ、デブリとしか見えない物体が姿を露わした。
アメン・アシャレヌウ。隠されたものという名を持つ船の艦橋に、トナカイマスクの人物が立つ。
「これは面白いことになって来たものだな」
自称宇宙エンターテイナー(
ja0776)、その素性を知る者は無く、その本心を知る者も無く。
隠蔽と偽装に特化したこの船でただ己の興味のままに宇宙を渡る者。
そんな彼の信条は「純粋に生を愉しめ」ということのみ。今、過剰なまでの物量が集う冥王星は、彼の興味を引いた。
「では私もひとつ、盛り上げに参ろうか」
船の輪郭は再び揺らぎ、不可視状態となった。
その頃『嘘つきばあさん号』はスワの誘導で、帝国軍先遣隊の旗艦に接近しつつあった。
「まいど! 宇宙プリンの試食いかがっすかー?」
「きゅぃっ」
営業スマイルのシュウヤの傍らには、こももんが。
「宇宙プリン?」
応じたラリサが眉をひそめる。
「おや、ご存じない? コラーゲン・ヒアルロン酸・プラセンタを高密度で配合、別名若返りの菓子とも呼ばれる宇宙プリンですよ!」
ラリサの片眉が僅かに動いたのを、熟練商人は見逃さなかった。
「食べればマイナス十歳肌、お試しパックがなんと今なら三十分以内だけ特別に無料に!」
こういう商品は大抵、お試しの後が高くつくのだが。
「そ、そうね。必要かどうかはともかく、スワの紹介なら」
乗船が許可された。
「……コモモンガ、プリンは後であげますから頭によだれを垂らさないように」
「だ、だいじょぶきゅぃ!」
屈んでいたハルヒサが腰を上げる。これも劇的な再会の為。
「それはなにをするものきゅぃ?」
「後のお楽しみです」
ハルヒサは頭上にマスコットを乗せたまま、ポケットにワイヤーや手錠をしまい込む。キヨセが欠伸混じりで尋ねた。
「はるひー、ほんとにじゅりりんいるのー?」
「恐らくは」
「ふーん? ま、いっか。留守番とか暇だしー」
二人と一匹(?)はシャトルに乗り込んだ。
護衛と共に出迎えたラリサに、ハルヒサとキヨセは営業スマイル満開でプリンを差し出した。
「「貴女に!」」
「本当に効くの?」
ラリサは疑わしそうな目でプリンを見る。
「それはもう。これまでにもご愛用者は……」
営業トークを立て板に急流状態で語るハルヒサ。
「そうね……とりあえず試すぐらいなら……」
「わーいやったー! これふつーに美味しいから。ほら、あーんしてあげるね」
キヨセがスプーンで試食用プリンを掬って差し出す。
「でもラリサちゃん、そんなに若返り肌しなくても超綺麗じゃんねー」
「そ、そうかしら? お上手ね、地球人の商人って皆そうなの?」
「俺ってほんとのことしか言わないよー?」
こうしてキヨセがラリサを引きつけている間に、こももんががこっそりと艦内に潜り込む。
あちらこちらを駆け巡り、突然開けた場所に辿りついた。そこには仮面の男が。
「つーかまえたっ! きゅぃっ」
狙い的中。顔に貼りつく柔らかい物体に、仮面の男が呻いた。
「ぶっ、な、なんだこれは!?」
「ハルおにーさん、こっちきゅぃっ!」
テレパシーで呼び寄せられ、ハルヒサが辿りつく。
「お久しぶりです総統。まさか忘れたとは……」
そこまで言ったところで、床が大きく傾いた。
「あっごめーん。でもなんかさー暇だったしー。でもなにも壊してないよーまじで」
キヨセが勝手にそこらのスイッチに触りまくっていた。絶対何か壊した感じだ。
「何なんだね、君達は。ラリサ、どういうことだねこれは」
「申し訳ありません、地球の商人です。何か情報を得られないかと思いまして……」
仮面の男は二人を見ても何の反応も示さない。
「キヨセ殿」
「はーい」
二人は同時にスプーンを構え、別途用意したプリンを同時に差し出した。
「これでも思い出しませんか?」
「じゅりりん、ほらあーんv」
その時、再び大きく床が揺れる。二人の差し出したスプーンが、殆ど前歯を突き破る勢いで仮面の男の口に突っ込んだ。
「!?」
下手したら死ぬわ!
だが咄嗟に二本のスプーンを噛んで止めた仮面の男。その噛む力が、仮面に影響した。
バリン。
仮面が割れ、懐かしい顔が現れる。
「私は……一体……?」
「わーいじゅりりんー、ひさしぶりー!」
「この方は頂いて行きますよ」
ハルヒサがそう言って振り返ると、ラリサはプリンの箱を抱えて脱出装置に潜り込んだところだった。
「その男はもう用済みよ」
高笑いと共にラリサは消えた。
そこに迫る、ヒモテイン。
「見つけた。あの戦艦だ」
ヒデトー総統は積年の恨みを、J・Sの旗艦にぶつけんとしていた。
「ヒモテイン砲、発射用意!」
「だから名前が悪いと思うのだが」
副官が操作すると、総統の前にトリガーが現れる。
「地球の諸君、その無法者は私の獲物だ。譲っていただこう」
そのとき、通信回線が開かれた。
「総統、あっちの船からだ。一応見るか?」
『攻撃停止願いたい、本艦は攻撃の用意なし』
その通信文と共に映るのは、虚ろな眼をして男二人に接待されている金髪の男。
「……モテモテのようだな」
副官がぼそりと呟いた。
「あれはモテなのか!? いや待て、だがあれは羨ましくもなんともないぞ!」
混乱の余り、ヒデトー総統は眩暈を感じる。
「世の中には色々あるみたいだな」
「お前、それで全部終わらせようとしていないか!?」
「というか総統、あれはどうする」
副官が割と冷静に船団を指した。
この間にも帝国軍本隊は、着々と接近していたのだ。
●
報告を受け、ロンブルはさも楽しそうに頷いた。
「宜しい、こちらもその気で参りましょう」
ロンブルが指を鳴らすと、宇宙空間に澄んだ歌声が響き渡る。
歌声の主はコードH‐03K、通称フミカ(
jb7507)。冥界帝国軍の『歌巫女』のひとりだ。彼女達は特別な小型艇に端末として接続され、自軍の兵士の戦意を高揚し、戦闘力を高める歌を歌うのである。
「アナタタチヲ、センメツシマス……」
フミカは何も知らない。知ることを許されていない。ただ命じられるままに、歌声を響かせる。
だが別の『歌』を聞いた者がいた。
「違う、歌っていたのは母なる星なんだ!」
ホムラ(
ja5415)は激しく首を振る。
火星軍のパイロットであり、戦神の名に相応しく火炎の光翼を纏う『アレス』を駆る。
緊急要請を受けて実験段階のブースト航行でこの戦域に到着したのだ。
「誰か、詳しい人を……」
ホムラは混乱の中、データベースで学者を探す。
彼が夢の中で見た物は実在したのだ。地球統合軍により『太陽系完全防衛システム』と名づけられたそれは、各惑星間の重力を利用し衝撃波を生み出す最終兵器だった。
「でも今はこれを使えということなんだ、きっと……!」
その起動スイッチが冥王星にあることまでは解読できた。その矢先に、帝国軍が侵攻してきたのである。
宇宙エンターテイナーは歌声に、満足げに頷く。
「これぞエンターテインメント。これぞ完璧なるショウ。さあ、始めようか」
アメン・アシャレヌウが小惑星イバラキの欠片にとりついた。
「さあ抗ってみせろ」
小惑星は軌道を変え、やがてコロニー『クオンガーラ』に狙いを定める。
「なんかヤバいだろこれ!」
コロニーを飛び立った巨大ロボ『イケメンテイ初号機』のコクピットで、トシが叫んだ。
「……たぁく、なんて日だ。落とせるかねぇ?」
ショウが同二号機で呟くと、同三号機のリュウが不敵に笑う。
「やってみるしかないだろう?」
「よし、じゃあ行くぞ! 【メンカタデ】!!」
初号機から麺のように揺れながら動くビームが伸び、小惑星の欠片を捉える。
「上手くいった! 続けて行くぞ、【ラッシャイ】!!」
掛け声と共に三機が流星のように動いた。二号機の手には、岡持ちそっくりの巨大なハンマーが握られている。
「よし来た、【ラップハニジュウ】!!」
強烈な一撃が小惑星の進行方向前面を打ち、速度が落ちる。
「リュウ!!」
「任せろ! 【テンクウオトシ】!!」
三号機が麺の湯切りの捻りで、強力な手刀を振り下ろす!
連続技【ラッシャイ】のパワーに小惑星が粉々に砕け散った。
「これでコロニーは大丈夫なはずだ……!」
三機は親指を立て、お互いの健闘をたたえ合う。
だが予想外の事態が起こっていた。
「なんですって! イバラキに……!?」
ホムラはようやく探し当てた宇宙考古学者から、冥王星の遺跡が小惑星イバラキで見つかったことを知らされたのだ。
だが既にイバラキは粉砕され、欠片が漂うのみ。
「なんということだ……!!」
ホムラの震える拳が、暫くしてピタリと止まった。
「歌……? あの時の歌が……」
粉砕された小惑星が『歌っていた』。
「あそこにスイッチが!?」
小惑星は母星の重力の懐に真っ直ぐ突っ込んで行く。
「一か八か……!」
ホムラはアレスを人型タイプに変形させ、必殺の攻撃形態フォボス&ダイモスを起動する。
アレスが纏う揺らめく炎が螺旋を描き、小惑星の後を追った。
「こんなに破壊されてあの部分が残ったのも、理由がある筈だ……!」
長いような一瞬のような時。
やがて小惑星の欠片が真っ赤に燃え、冥王星に吸い込まれて行った。
それから暫く後。
激しい宇宙嵐が冥王星から放たれたのだ。
宇宙エンターテイナーは、遠ざかる船から拍手を送る。
「これは参ったね。このような手があったとは!」
彼にとって己の行動が成功するかどうかは二の次。誰かが阻止するならその過程もまた楽しい。
壮大な宇宙空間でちっぽけな人間が何かをなし得た事、それが面白ければいいのだ。
そして余波は思わぬところに届いていた。
「コレハ……ナニ……」
歌巫女フミカは混乱していた。
精神感応力の鋭い歌巫女は、エンターテイナーの喜悦、ラーメン屋の熱い思い、そして冥王星の怒りの声を聞いていた。
それは戦いに生き、他者を侵略することしか知らない冥界帝国軍にはない『感情』の嵐だった。
「地球の歌ってすごいね……。もっと聴いて、歌ってみたい」
フミカの唇から、教えられた歌ではない、頭の中に浮かんだ未だ聞いた事のない旋律がこぼれ始める。
●
Drクロウがふと微笑を洩らした。帝国軍は歌巫女の乱心に動揺している。
「そう。誰もが戦を望むと思わぬ事だ」
各所に潜伏させていた同士に暗号を送る。
「帝国軍の補給ルートを公開する。彼らに罪は無い、拿捕という形でこれを確保願いたし」
彼は戦線を拡大し続ける帝国のやり方に疑問を抱き続けていた。今この混乱ぶりを本国に持ち帰って民衆に知らしめんと決意したのだ。
「よーし、お宝盗り放題なのぜ♪」
この機を逃さず、ギィネシアヌは帝国軍の補給艦に取りつく。
高速帆船『BB』は変形し、マントをなびかせた吸血鬼のような人型に代わっていた。
「ま、後で救命艇ぐらいは呼べるようにしてやるか」
場合によっては、助けに来た船からも略奪ができる。女海賊は容赦がなかった。
帝国軍本隊の旗艦では、ロンブルが楽しそうに笑っていた。
「これはこれは。歌巫女に将校まで狂わせるとは」
ロンブルは笑いながら、全空域に向けて自らの映像を送らせる。
「初めまして、私は冥界帝国軍太陽系侵略軍司令官ロンブル。正直、これほどの抵抗を受けたのは初めてですよ」
その姿を睨むのは宇宙海賊ルビィ。
「アイツが親玉か。気に食わねぇな」
彼が信ずるののは、自らの旗のみ。自由こそ彼の命。彼の生きざま。
『何かおかしなことを考えていないか?』
AIの問いに笑って答える。
「男なら死ぬと分かっていても、負けると分かっていても戦わなけりゃならねえ時があるんだよ」
『それは愚かなことだ』
だがAIは一瞬沈黙し、そして続けた。
『だが生きるとはそういうものかもしれない』
ルビィの駆る戦艦が、主砲を発射する。
それに合わせるように、ヒデトー総統の声が響いた。
「ヒモテイン砲、発射!」
最大火力で放たれる主砲。それはロンブル、そして脇に控える美女に向けて。
「我が故郷(と私)の恨み、思い知れ!」
悲しい砲火がロンブルの旗艦に突き刺さる。
が。
「はーっはっはっは!!」
ロンブルの高笑いが響き、旗艦の外郭が失せる。そして戦艦はハリネズミのように砲真を纏う真の姿を現したのだった。
「愚かな地球人よ、思い知るのです」
ヒデトー総統は全てを諦めた。
「ヒモテインの再興、それが私の悲願だった……もういい。私は十分に戦った」
「諦めるのか、らしくもない」
副官が画面に映る美女を指さしていた。
「直ぐにあのぐらいにばいーんばいーんになってやるから、ここは撤退するのだ」
総統は目を見張り『そりゃ無理だろう』というように首を振った。
「むきーっ私は諦めないからな!!」
副官は恐るべき回避操作で戦域を離脱する。
尤も、これにはDrクロウの配下の手助けもあったのだ。
「何故撃たない?」
ロンブルの問いにラリサが青ざめた顔で報告する。
「歌巫女の支援が失われて、兵が戦闘行為を継続できないのですわ」
被せるようにアクト大佐が画面に映った。
「将軍、降伏か逃亡か、私とていずれも好みませんが。降伏は性に合いません、離脱しましょう」
そう告げると、アクト大佐は戦域の一画に放火を集中させる。
ロンブル将軍はやはり笑っていた。
「今回は楽しませて貰いました。また気が向いたら立ち寄るとしましょう」
大船団はアクト大佐の切り開いた一角から離脱して行った。
こうしてラーメンとプリンが太陽系を掬った、いや救ったのであった。
「で、俺達は何処へ行けばいい訳?」
母艦から誤って発射されたシャトルの中で、オミがユウマに尋ねる。
ハルヒサ達が帰還するためにシュウヤが用意していたものだが、彼らは混乱の中行方不明だ。
「総統にまた会ったら、新しい機体買ってもらうん。それまで宇宙旅行を楽しもか」
「そうだな、久々の休暇と洒落こみますか」
戦闘の傷跡は小さくないが、人々は逞しく乗り越えていくだろう。
それが生きるということなのだから。
<完>