●遠ざかる軽トラ
滑走路の真ん中に立ったレナ(
ja5022)は、嘆息した。
「空港って広いのだ…」
真っすぐ見通せる2500Mを目にする機会は、そうあるものではない。
「空港での戦闘…手に汗握るアクション……ロマンだよねえ」
のんびりした口調で、大上 ことり(
ja0871)が目を輝かせる。
勿論ふたりとも任務を忘れている訳ではない。
「しっかりディアボロ退治してみんなを守らないといけないのだ!忍者としてみんなの平和を守って見せるのだ!」
忍者の定義に少々誤解はあるが、レナの気合は本物だ。
ことりもうなずいた。
「ロマンだけど、それに浸ってもいられないや。早くディアボロを片付けちゃわないと」
おっとりした印象からは想像できないが、最高の結果に最短距離でたどり着くことを是としている。
鳳 静矢(
ja3856)が笑った。
「一般人、特に軽トラックに乗っている老夫婦は必ず無事に帰さねばね」
彼には策がひとつあった。携帯電話を取り出す。
「実家に戻られたみたいですけど、どこまでフラグは回収したんでしょうか…?」
涼やかな表情のまま、紫藤 真奈(
ja0598)が独り言。
井川和久、またの名をフラグ先輩。所謂死亡フラグを乱立させる、不幸体質の持ち主だ。
真奈はかつての依頼で、彼がフラグの1本を盛大に散らせた現場を見届けたうちの一人だった。
「あの人があの有名な『フラグ先輩』か。今回もまた…随分と厄介なことになったもんだなぁ」
麻生 遊夜(
ja1838)が苦笑いを浮かべた。
「ああ、まったく」
長い黒髪を風になびかせながら、御巫 黎那(
ja6230)が同意する。
「帰省中に騒動に巻き込まれるなど災難以上の何物でもないね。同情しないこともない」
そう言いつつも、赤い瞳にも口調にも特に感情はこもっていない。
彼女には今何をすべきか、それが全てだからだ。
遠ざかる軽トラックは、15分もあればディアボロを引き連れて戻ってくる。
「んじゃ静矢さん、あと宜しく!」
遊夜がヘッドセットをはめ、走る。
片手を上げ応える静矢の耳に、井川の声が届く。
「助かる、有難う。上手く連中を片付けたら、何か旨いものでもみんなで…」
相変わらずのフラグ体質だ。静矢が丁重にその言葉を遮り、作戦を説明する。
戻る際にこちらの指定したルートを通ってもらう。
そこに阻霊陣つきのワイヤーを仕掛け、槍を持った骸骨―学園での呼称はパイクボーン―が通過した際に引き上げ、足元を掬うのだ。
だがその案を井川が強く否定した。
「連中がワイヤーなんかで足止めできるか!」
阻霊陣は物体を強化する訳ではなく透過能力を無効化するだけだ。
千切られたワイヤーがどこへ飛ぶかも、反動がどれ程になるかもわからない。
逆に足止めできる程の強度ならば、仕掛けた者がワイヤーごと引き摺られる危険すらあるのだ。
「車、用意できましたあ!」
そこにのんびりした声と共に、1台の車が突進してくる。
小型トラックにリフトが据え付けられたマーシャリングカーだった。航空機に誘導灯で合図を送るのに使われる作業車である。
ブレーキ音と共に停止した車の荷台に、鼬 アクア(
ja6565)が飛び乗る。
「準備おーけーなのだぞ!」
「れっつ、グランドハンドリングー♪」
アクアが荷台枠に足をかけた。ことりが車を移動させる。
●近づく軽トラ
「俺は久遠ヶ原学園高等部3年、麻生遊夜。特技は手品だけど、今は皆さんにお見せできないっすね、残念!」
立つのは滑走路に取り残された飛行機の前である。
乗客たちは、当然のことながらパニック状態だった。
遊夜は管制塔を通じて、超短波通信で会話をつないでもらったのだ。
機長や乗務員が幾ら説得したとして、所詮は一般人。天魔に対しては何ら打つ手を持たないことは誰もが知っている。
そこで遊夜が直接、撃退士が助けが来たことを伝えて乗客を落ちつかせている。
「さあて今からディアボロ退治しちゃいます。我々がカッコよく活躍するところをお見せできなくて申し訳ないですが、ゆっくりしててくださいねー!あ、スチュワーデスさん、ジュースとおつまみ配っちゃってー!」
努めて明るく、遊夜は言葉をつなぐ。
焦燥感に駆られた乗客は、非常扉を勝手に開けて逃げ出しかねない。そこにディアボロが襲いかかったら、ひとたまりもないだろう。
とにかく今は、大人しくしていてもらわねばならない。
その頃には、こちらに戻ってくる軽トラが見えていた。
「鳳さん、こちらに敵の意識を向けさせることを目的にしよう」
ワイヤーの端を握り、龍崎海(
ja0565)が提案する。
低めにワイヤーを張り、全部でなくとも数体の足元にかかったらすぐ下ろす。
それぐらいならば反動を食らうこともないだろう。
空港ビルに近い側で静矢が反対の端を握る。ワイヤーには阻霊陣を添えて。
「さて…上手くかかるかな?」
真奈、黎那は少し距離を取った位置に立つ。
レナはワイヤーを持つ静矢のやや前で柔軟運動。いつでも、どこにでも飛びだせるように。
軽トラがスピードを上げる。
フロントガラス越しに、目をつぶり手を合わせるおばあさんと、必死の形相でハンドルを握るおじいさんが見える。
屈みこんだ静矢と海が頷き、軽トラックが過ぎさまに膝の高さまでワイヤーを上げた。
先頭を走る1体は駆け抜けた。後続がワイヤーを引きちぎったが、そのまま地面に下げるだけで力に逆らわず流す。
千切れたワイヤーが絡み、4体のパイクボーン達が蜘蛛の糸を厭う人間のように足を止めた。
追手を減らした軽トラは減速し、転回。
ことりが車を並走させる。暫くはスピードの調整を図る。
安全に飛び移るには、1メートルぐらいまで近づく必要があるだろう。
「スピード、このくらいで大丈夫かなあ?」
徐々に幅寄せ。あと2メートル、あと1メートル。
おじいさんお願い、あと少し、まっすぐキープして走って!
荷台に軽い振動を感じる。サイドミラーを見ると、アクアが見事に飛び移っていた。
「アクアちゃん、成功!わたしは空港ビル近くの飛行機のところへいくね」
ことりは報告を終えるとハンドルを切る。
「乗客の人も不安だと思うから、護衛に当たりたいんだ」
●対決
アクアは荷台の上に散らばる骨をじっと見つめている。
その気になれば目の前の髑髏を叩くことはできる。
だがこいつの指示を受けないパイクボーンがどういう動きをするか判らない以上、まずは敵の数を減らすことが先決だ。
(少し位なら壊しても怒られないと思うのだ。それに、もしガソリンが切れたら下のも追い付くのだぞ。そうなると、私も怪我するのだぞ。…うむ、満場一致なのだ)
アクアは独り言と脳内会議で決定した。
「ただ待つだけというのも暇なのだぞ…武器を持つ手だけでも壊しておいた方がいいと思うのだぞ」
だが井川は意外なことを言った。
「あー暇には、ならないかな」
その言葉が終わるや否や、足元に散らばる骨が集まり始めた。脛が立ち、大腿骨と骨盤が乗る。
「俺ひとりで大変だったんだ。あとヨロシクね」
「了解。展開・開放なのだぞ♪」
アクアがスクロールを開く。
背骨がカーブを描いて積み上がり、アバラ骨が伸び…
「よし、今だ!」
スクロールから飛び出す光球が、首なし骸骨の胸に命中!
光が弾けるように拡散し、骨はまたバラバラと荷台に崩れ落ちた。
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槍を構える4体のパイクボーン達を、撃退士が迎え撃つ。
新たな敵を警戒しているのか、足取りは慎重だ。
正面に立つ静矢の身体から、滲むように紫色の光が溢れだす。
近づく敵の姿に、心が高揚するのが判る。
「狙い通りだな…喰らえ、紫鳳翔!」
太刀が帯びる紫の光が翼を広げた鳥となり、敵を薙ぎ払った。
手前の2体が、それぞれ片足を吹き飛ばされ膝をつく。
それを合図に、本格的な攻撃開始。
片足になった2体が、手にした槍に力を込め、静矢に猛烈な一撃。
即座に盾を実体化させるが、肩の骨が軋む。凄まじい攻撃力だ。
敵の後背に海と真奈が駆け出した。
「まずは一体に集中攻撃して数的優位を作ろう。そうすれば、進路妨害がし易くなる」
海がスクロールから牽制の光を放つ。接近したら槍を使うつもりだ。
(頭蓋骨を刺すか柄で胸骨部を叩くか、どっちが効果的かな?)
だが彼には、彼にしかできない大事な役目がある。
展開によっては、攻撃は他のメンバーに任せなければならないだろう。
真奈が小柄な体にアウルを漲らせ、加速。
海の放つ光球を避けた敵の隙を、衝く。跳躍の勢いのままに、光を纏う刀が一体の脳天を叩き割る。
崩れ落ちる骨に、容赦ない一撃。髑髏はいくつもの欠片となり、静かになった。
「これで止まればいいけど…どうでしょうね」
片足パイクボーンの残りが、槍を構え直す。
黒い焔を纏う黎那が、回り込んだ。アウルを込めたハンドアックスを胸に叩き込む。
全身の骨をバラバラと撒き散らし、崩れ落ちる骸骨。頂上に載る髑髏に、惜し気もなく渾身の追撃。
眉間からひび割れた髑髏は、粉々に砕け散った。
「これで2体目かな」
黎那を包む黒い焔の揺らめきは、何かが笑っているようだった。
レナは敢えて、無傷の1体を狙った。敵の意識を逸らすためだ。
「マジック苦無アタックなのだ!」
命中力を増した苦無が、着実に胸骨を狙う。だが、一撃で相手をバラバラにすることはできなかった。
パイクボーンは猛然と駆け出すと、槍に力を込めレナを狙う。
身軽ということは衝撃に耐える力に劣るということでもある。槍の穂先が、左わき腹を掠めた。
「レナさん!」
海が駆け寄る。
盾を実体化させ、攻撃を緩和。肩に激痛が走ったが、なんとか耐える。
それよりもレナの出血が酷かった。手を当て、癒しの応急処置を施す。
「大丈夫ですか」
強いまなざしのまま、レナは身体を起こす。
「大丈夫なのだ!レナちゃんは撃退士、絶対にみんなを守るのだ!」
敵をこちらに近づかせてはならない。
ことりは金色の光を纏って駆け出した。
リボルバーが無傷のパイクボーンを狙う。弾丸は胸骨に当たり、散りゆく花のように光を撒き散らす。
数に勝る一斉攻撃に、残る2体の敵がようやく動きを止めた。
●ラストラン
息つく暇もなかった。インカムを通じて、井川の声が響く。
「燃料が限界だ、この直線で停まる。おじいさん達を頼む!」
滑走路を軽トラがスピードを上げて接近するのが見えた。
後ろを走るパイクボーンが追いすがるが、その距離は多少開いている。
レナが凄まじい爆発力でダッシュ。
「ビビっとアウルの力が足に来る!忍者の力が発動なのだ!びゅーん!」
軽トラとすれ違い、パイクボーンの正面に。
即座に放たれた苦無は胸を逸れ、敵の肩を砕いた。相手はそのままレナを弾き飛ばす。
「そちらには行かせん!」
腕を拾い、軽トラックを追おうとするパイクボーンに、静矢が必殺の衝撃波。
空を裂く轟音と共に、骨がバラバラに宙を舞う。
髑髏の眉間に葬送の花のように光を散らし、ことりの銃弾が炸裂した。
ほぼ同時に、乾いた音をたて軽トラックが滑走路上で動きを止めた。
それは、離陸準備中の飛行機の正面だった。
(一番ヤバい所に停まったか)
内心を微塵も現さない口調で、マイクに向かう。
「えー、もうじき当機は快適な空の旅へと飛び立ちまーす!ということで、最後の仕上げに俺も参加しますので、通信は機長にお返しします、オーバー?」
駆け出す遊夜の黒い瞳が赤く変化し、身の周りを赤黒い霧が踊る。
時折形作られた影は、不吉な衣を纏う死神のように…。
車が停止すると、髑髏はあっさりと荷台から離れた。が、転がっていた骨も見る間に骸骨を形作り、立ち上がりながらじりじりと遠ざかり、最後は器用に身を翻した。
それを追ってアクアが飛び降りると、潰し損ねた腕が巨大な鎌を振るった。
「つう…ッ!」
その重い攻撃に、ぱっと赤い花のような鮮血が散る。
2撃目を防いだのは、駆け寄る遊夜の銃弾。
ウォーサイスは、己の膝を撃ち抜いた相手に向き直る。
続けて2発、3発。連続で打ち込まれる正確な射撃に、さしもの敵も姿勢を崩す。
そのまま接近戦に持ち込むべく懐に飛び込もうとする遊夜を、鎌が薙ぐ。
「クッ!」
顔を庇った左腕に激痛。
だが、腕はまだついている。問題ない。
そのままゼロ距離から、握ったダガーを叩き込む。
同時に、姿勢を立て直したアクアが眼前に魔方陣を展開する。現れたのは、黒く煌く剣。
「お迎えなのだ!」
剣は敵の頭部を貫き、幻のように消えた。
その一瞬の後、ウォーサイスの全身は崩れ、粉々になった髑髏がアスファルトの上に散らばった。
●戦いすんで
ようやく全てのディアボロが倒れた。
一番酷い手傷を負ったレナを、海が癒す。
自身を含め5名が怪我をしているが、大したことはない。
一般人に被害が出なかったのは幸いだった。
滑走路もほぼ無傷だ。まずは大成功と言える成果だろう。
「今できるのはここまでです。後は学園できちんと治してもらいましょう」
静矢が老夫婦に声をかけていた。
「今回は協力して頂き有難うございました」
海もねぎらいの言葉をかけながら、持参した暖かいお茶を手渡す。
おじいさんは、逆に興奮していた。
「『であぼろ』と戦こうたなんて、ワシぐらいやわなあ!」
がははと笑う姿は元気そうだ。…後にどっと疲れが来るかもしれないが。
アクアがおじいさんに元気よく声をかけた。
「お爺ちゃん、ここら辺に大盛りで有名なお店とかないのか?おなか減ったのだぞ♪」
お嬢ちゃんは元気やなあ〜よっしゃー、みんな奢ったるでえ〜!という、危険な台詞を吐くおじいさん。彼は知らなかった。アクアの胃袋が、異次元へとつながっていることを…。
荷台の上でぐったりする井川に、真奈が声をかけた。
「井川さんは帰省中でも仕事するんですね」
聞き覚えのあるクールな声に、井川は怯えたような表情をする。
「で、どこまで回収できたんですか?」
勿論、いわゆる死亡フラグのことだ。
「え…えーと…あとは、サッカー…かな…ははは」
「早めに回収してくださいね。行く先々でこれでは、命がいくつあっても足りませんよ」
がっくり。項垂れる井川。
レナがぴょんぴょんと荷台に飛び付きながら言った。
「井川さんは漫画の主人公みたいなのだ!」
そんなことないよ、と照れたような笑みを浮かべる。
「だって、行く先で事件に巻き込まれる体質なのだ」
そっちかー!という突っ込みの声が響く。
その声に思わず噴き出しながらも、遊夜は、足元に転がる骨に向き直る。
もしかしたらこれも、本来は静かに眠っていた誰かなのかもしれない。
だからといって犠牲になった人たちに、許してやってくれとは言えないが…。
ともかく、仇はいつかきっととる。だから今は静かに眠って欲しい。
そう、祈った。
<了>