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マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/10/25


みんなの思い出



オープニング


 秋の気配が日に日に濃くなっていく。
 久遠ヶ原学園では、進級試験のシーズンでもある。
「試験もあるんだけどなあ……」
 中山律紀(jz0021)はパソコンの前で頬杖をついたまま、既に小一時間じっとしていた。
 高等部3年生の律紀にとって、今回の試験を無事に通過すれば晴れて大学生である。無事に通過したい、という気持ちも大きい。
 だが。
 一応新聞同好会に所属する身としては、任された空白を埋めるという大事な役割もあった。
 それが例え、姉の半ば命令によるものであったとしても……。

「あ〜あ、何かいいネタないかなあ」
 カチカチとマウスを操作し、何となくネットサーフィンを始める。
 どう見ても逃避行動だが、今回はこれが幸いした。
 何となく目に入ったのは新聞社のサイトだった。
 学生スポーツの有力選手達のコメントなどが並んでいるのを読み進めるうちに、ふと律紀は思いついたのだ。
「そうだ、これで行こう!」
 進級を控えた撃退士へのインタビューである。
 この1年間を振り返って、どんな気持ちで新しい学年を迎えるか。
 平凡な1年だったなら久遠ヶ原学園の撃退士の「普通の学生」としての一面も垣間見える。
 何か大きな出来事があったなら、「撃退士らしい」内容となるだろう。
 どちらも学園の「今」を伝える大事な記録となるはずだ。

 一度こうと決めると、律紀の行動は早い。

『個別インタビューの協力者募集』

 数日後、斡旋所にはこんな依頼が張り出されていた。


リプレイ本文

 突然大きな声が響く。
「写真は事務所を通してもらうよー!!」
「あ、今日はどうも有難うね」
 部屋に飛び込んできた少女(jb5278)に、中山律紀(jz0021)が顔を上げた。
「えっと、まず名……」
「この1年間のことだっけ?」
 聞いちゃいねえ。
「あたしは過去は振り返らない主義なのだ!」
 ばばーん!!
「え? えっと、あの……」
「それで来年も思いっ切り駆け抜けちゃうよ!」
 ででーん!!
「よーっしインタビュー終わり! それじゃーおもしろい記事に期待してるねー!」
「え、あの、ちょっと!?」
 律紀は茫然と小さな背中を見送る。


●お兄ちゃんの背中を追って
 中等部2年5組、メリー(jb3287)

 メリーが行儀よくお辞儀した。
「今日は宜しくね。この一年……」
 律紀の言葉は遮られる。
「お兄ちゃんの事を語って欲しいって聞いたのです!」
「え?」
 輝く瞳には何の迷いもない。
「メリーのお兄ちゃんは格好良いのです! あと、優しくて紳士なのです! お兄ちゃんはもうすぐ、大学生になるのです!」
 頷く律紀。
「へえ、俺と一緒だね」
「メリーもうドキドキが止まらないのです!」
 律紀が同学年? だからどうした!
「完璧なお兄ちゃんが更に無敵なお兄ちゃんになるのです!」
 メリーの頬が紅潮する。
 兄の掌が大きくて暖かいこと。
 その掌で頭を撫でられる幸福のこと。
 抱きついた背中が安心できること。
「外では照れてそっけないですけど、メリーはちゃんとわかっているのです!」
 妹って面白いな、等と律紀が思った時だった。
「あ、お兄ちゃんの写真見るのです? メリーいつも持ち歩いているのですよ!」
「え……」
 写っていた青年は血まみれだ。
「これは一緒に戦闘に行った時のなのです! 戦闘中のお兄ちゃんも凛々しい上に雄々しくて逞しいのです!」
 痛々しい写真が続く。アスヴァンの律紀が、ちょっとコレやばくない? と思う姿もちらほら。
「攻撃を受けたお兄ちゃんはセクシーで色気が凄いのです! 本当にお兄ちゃんはどんな時も格好良いのです!」
 やべえ。この子やべえ。
 律紀は笑顔を浮かべ、この辺りはカットだな、と思う。


●優雅で華麗な1年でした
 大学部3年15組 クリスティーナ アップルトン(ja9941)

 金髪美人は、戸口でいきなりポーズをとった。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
 綺麗な青い瞳がひたと律紀を見つめる。
「中山さん、ごきげんよう、ですわ」
 クリスティーナは向かい合う椅子で長い脚を組んだ。
「協力者募集ときいて、ひと肌ぬぎにまいりました。 ……と言っても、OKなのは水着まで、ですわよ?」
 ゴン。
 律紀がカメラを握ったまま、額を机に打ちつけた。
「脱ぐってそういう意味じゃ……」
「あら写真ですの? お勧めのをお持ちしましたわよ。ほら」
「えーと、立派なスイカですね」
 敢えて刺激的な本体から目を逸らす。だが台詞が微妙に危険だ。
「遠慮は不要ですわ。水着ピンナップとか載っていた方が、新聞の反響もよろしいのではなくて?」
 スポーツ新聞か? そう思いつつ、インタビュー開始。
「そうですわね。それはもう華麗で優雅な一年間でしたわ」
 目を細め、クリスティーナが微笑む。
 彼女は双子の妹と一緒に『黄金色カフェ・MAPLE』という喫茶店を営む。厨房担当は妹で、クリスティーナは給仕担当だ。適材適所という奴らしい。
「もうすぐ学園祭も近いですし、中山さんも今度ぜひいらしてくださいね」
「はい、お邪魔します!」
「でも私としては、これまでの一年間よりも、これからの一年間を語りたいですわね」
「抱負ですか」
 クリスティーナはキッと表情を改めた。
「そろそろ学園のみなさんも私の素晴らしさに気づいてよい頃ですわ!」
 律紀が思わず身を引く。
「私のファンクラブなど、とっくに出来ていて当然ですのに、いまだそういった話をききませんわね!」
 身を乗り出すと見事な谷間が。
「そ、それは……意外ですね」
「きっとアピールが足りないのですわ! 今後はもっともっと私の華麗さを……」
 近い、近い! 
「あのすみません、次の方との約束が」
「えっ!? 私、まだぜんぜん語っておりませんわよ。もうちょっと……中山さん!」
 年上女性へのトラウマが重なりそうな律紀である。


●前進あるのみ!
 高等部1年2組 瀬波 有火(jb5278)

 ドドドド。小柄な少女が突進してきた。
「TAKE2いってみよー!」
 律紀が咄嗟に受け防御を使う勢いだ。
「あのね、さっきのことお友達に話したら『こいつバカなのああバカだったわ』みたいな顔されたの! 失礼しちゃうよまったくもう!」
 インタビューが決まり「やーん有火さんってばもしかして有名人!?」となり、「あっサインの練習しといた方がいいかなー?」からの、冒頭。
「というわけで! あたしは過去は振り返らない主義なのだ!!」
「……」
 無言の律紀。
「あっやめてお友達といっしょの目で見ないで! 仕方ないじゃない、ほら、このつぶらな瞳は前側にしかついてないでしょ?」
 バカではないけど馬っぽい理屈である。ブリンカー要るんじゃないのか。
「えっとあと、新しい学年に向けてだっけ? んー、今年はちょっと足りなかったと思うの。こう、勢いとか?」
「いや、充分だよね」
「だから次の1年は、もっとばしゅーん! で ずががががー! ってかんじにしたいかな?」
 律紀は眩暈を覚えた。これ記事になるのか。
 だが有火はさっさと立ち上がる。
「なんと言っても! 華の! 高校! 二年生ですから! それじゃ今度こそ、記事楽しみにしてるね! ばいばーい!」
 豆台風はあっという間に去っていった。


●手放すまいと誓う
 高等部3年12組 巫 聖羅(ja3916)

「ああ、いつも姉がお邪魔して!」
 律紀は聖羅の自己紹介で、姉が彼女の兄と同好の士であることを思い出した。
 聖羅は少し面白そうに律紀を見る。
(兄さんも取材する時はこんな感じなのかしら……?) 
 聖羅が協力しようと思い立ったのは兄の事もあったのだ。
「俺、何か変かな?」
「いいえ」
 印象的な紅玉の瞳が、笑みを湛える。
「そうね、私にとっては色々な転機があった年だったわね。特に一番の転機は……」
 表情が引き締まる。
「――使徒・前田走矢を倒した事、かしら」
 目を閉じると静かな教室が血生臭い戦場に変じる。
 赤い、赤い瞳。笑う、嗤う使徒。
 傷らしい傷を与えることも叶わず、自分の未熟さを嫌でも思い知る。それでも。
「戦って生き残った経験は自分にとって掛け替えのない財産となっているわ」
 あのとき何よりも恐れたのは、聖羅の中にも流れる『人外の血』だった。
 或る日それは目覚め、聖羅を『人外』にしてしまうのではないか。
 ……あの使徒のように。
「結局私は最後まで彼が人を捨てた理由を認める事が出来無かったわ」
 考えて考え抜いて辿りついたのは……逃げずに向きあう事。
 人としての思いを手放すことなく、人として生き抜いて行く事。
「私はどんなことがあっても、大事な物を捨てたりしないと今なら言えるわ。でなければ戦った意味が無いもの」
「巫さんなら、大丈夫じゃないかな」
 律紀は唯そう言って、眩しそうに目を細めた。
 言葉だけではなく。まっすぐに前を見る聖羅には、邪念をも寄せつけない強さがあった。


●新たな道
 大学部3年14組 地領院 恋(ja8071)

「振り返ってみるのも悪くない、か」
 恋の静かな瞳が窓の外を見遣った。
「そうだね、昔から向こう見ずだが。思い切りの良い作戦をガンガン行使してくるところは尊敬している。中二病治んねぇのもまぁ、魅力の一つでは……」
 ふと律紀の表情に気付き、恋が苦笑いした。
「ああ悪い、これは弟の話だな」
「弟さんは参謀タイプ?」
 姉とは同年代の恋だ。弟がいると聞くと、なんだか律紀も親近感が湧く。
「あとは妹もいる。妹の方はしっかりしてきた感じでな」
 妹の変化には複雑な思いもある。何かこの1年で闘う人間の顔になってきたようだ。
「嬉しくもあり、心配でもあるな……ってアタシか! アタシはこの1年は比較的穏やかだった、かな」
 不意に恋の瞳の色が翳る。
「追いかけてた使徒との戦いが終わってからなんだか一息ついてしまってさ」
 妹を助ける為に使徒になった男。自身が初めて「敵」として対峙した相手だった。
「でもずっと考えてる。同じ境遇だったなら、アタシも使徒になることを選んだんじゃないかって」
 その発想に胸が冷える。
 恋は軽く頭を振って続けた。
「でもね、少し戦いから遠ざかってたら、なんだか撃退士ではない道も少しだけ見えてきた、気がしている」
 恋の中には戦を求める衝動が潜む。
 だがそれは、過酷な戦いの後の癒しの時間により薄れてきたようにも思えた。
「戦うのが怖い、とたまに感じることは変化だね。でも、弟と妹がここにいる限りは戦うよ。撃退士としてね」
 こんなところかな、と席を立つ恋が律紀に紙袋を差し出した。最近評判の洋菓子店のものだ。
「これは……?」
「お姉さんとでも食べるといいよ」
 びっくりしたように恋を見た律紀だったが、すぐに笑顔になる。
「地領院さんは優しいんですね」
 それは菓子のことだけではない。分かっているはずだが、恋は無言のまま背中を向けた。


●立ち上がる意思
 高等部2年3組 葛山 帆乃夏(jb6152)

「……ん、普通の話しかできないけど、良いの?」
 帆乃夏が首を傾げた。
「そういうのも聞いてみたいんだ。宜しくね」
「私の話なんて面白いのかなぁ。私はアウルの力の使い方を学びに学園に来た口でさ……ううん、怖かったのよ、この力が」
 戦う覚悟も、戦わない覚悟もできないまま、ただ『アウルが発現した』だけで日常が変わる。
「出動してもさ、私より強い人ばかりじゃない。出来る事なんてあるのかな、って思ってたんだけれど」
 帆乃夏が少し言葉を切った。
「でも最近は少しずつ変わってきたかな。やっぱりさ、逃げてばかりじゃダメなんだよね。今年女の子だけで梅を見に行ったの、依頼でね……」
 現れたのは強すぎる敵。幾度向かって行っても、届かない。
 舞い散る梅の下、疲れ果てて転がって空を見上げた。
 自分は充分頑張った。きっと自分より強い皆が何とかしてくれる……。
 でも。
「もう一度って。もう一度だけ、動ける間だけ頑張ってみようって思ったんだ」
 帆乃夏は微笑む。
「今は立ち上がって良かったと思ってるよ」
 1人じゃない事を知り、自分にもやれることがあると知った。次は皆を守れる力をつけて行きたいと思う。
「最近お父さんから手紙が来たんだ。元気かじゃなくて、ちゃんと毎日練習してるか勉強してるか、だって」
 厳しく時に反発もした父。でも今は、父が帆乃夏の事を気にかけていると分かる。
「……こんなんでよかったのかな」
「うん。良い話を有難う」
「そうだ、取材とかしてるなら詳しいでしょ? 今度可愛い服を売ってる場所を教えてよ」
 帆乃夏の真っ直ぐな背中は強くしなやかな意思を感じさせた。


●未来を掴む
 大学部4年7組 月居 愁也(ja6837)

 ドカリと腰掛け、赤い髪の青年が快活に笑う。
「進級できりゃ俺も大学部5年か。10年生までいるんだっけ? すげえな久遠ヶ原!」
 律紀もつられて笑った。
「で、俺の話? 最初は普通の大学行ってたんだぜ、これでも」
 乗り気でない進学後、アウルに覚醒したことがばれ、親戚の陰謀で厄介払いの久遠ヶ原というルートらしい。
「面倒臭えし逃げようと思ったら親友ついてきてさー。そのせいで殴り合いの大喧嘩もしたし。あいつ、適正あるの黙ってたんだぜ、ひどくね?」
「面白いお友達ですね」
 面白いで済まないんだがそれはさておき。
「最初は『なんで撃退士やってんだろ』って悩んだな……『撃退士として何をしたいのか』を自覚したのはあの時かな」
 京都で遭った、力を欲し人に絶望し、使徒になった男。力の意義を問う言葉は愁也の心に何かを燃えあがらせた。
「今、学園で眠ってる使徒がいてね。無罪放免と行かないのは分かってても、どうしても助けたかった」
 目に浮かぶ、親を探す迷子のような顔。
「俺さ、将来国家撃退士になりたいんだ」
 国家撃退士は危険な任務を拒否できず、一般的には不人気な進路だ。
「でもさ、誰かが助けてって手を伸ばしてるなら、俺はどこまでも行って掴みたいんだ」
 あの使徒が人を捨てた事をあの世で悔しがるような。
 眠ってるあの子が目覚めて、心から笑えるような。
「そんな未来を作れたらいいなって思うよ。学ぶことまだまだたくさんあるし、勉強好きじゃねえけどやるしかねえなってね」
 愁也の目には優しく、強い光があった。
 が、不意に囁き声になる。
「……ところで俺が言うのもアレだけど、お姉さん大丈夫?」
「ハハ……俺と同学年は回避して欲しいんですけど」
「そっか……」
「気の毒そうに見ないでください、まだ」
 愁也は笑いながら律紀の背中を幾度か叩いた。


●手に入れた縁
 初等部1年15組 紫苑(jb8416)

 部屋を窺う小さな影。
「り、りー……りつきの兄さん、でいいですかぃ? 俺は、えーっと、紫苑ちゃんですぜー! よろしくお願ぇしやさっ!」
「こちらこそ宜しくね!」
 律紀の持つカメラを見て、紫苑がふにゃりと笑った。
「写真? 学園内の新聞なら、大丈夫でさ」
 容姿の事を気にしているらしい。外では色々辛いこともあったのだろう。
「俺まだ来てから季節全部まわってねぇですけど、色んなことあったんですぜ」
 まだ幼い子供のこと、話はあちらへ飛びこちらへ戻る。
「最初に、旦那が子供にならねぇかって言ってくれやした。次に、友達ができやした。そのまた次に……」
 兄さんだのじいちゃんだのが増えるごとに、紫苑の顔が明るくなる。
「旦那はこの前、娘だって言ってくれたんでさ。おとーさんって、呼んでもいいんでさ」
「旦那?」
 東北の風変わりな天使の話は聞いていたが、そこまでは知らなかった。
「そっか。じゃあこれからはお父さんといられるね」
「そうですねぃ……おとーさんもとりあえず一休みって言ってやしたし、俺も色んな場所に行ってみてぇかもしれやせん」
 紫苑が何か楽しい計画を打ち明けるように囁く。
「こんな俺でもおとーさんができたんですぜ。したら、どっかであう人とは、また同じくれぇ素敵なもんになれるかもしれやせん」

 紫苑が『親』を取り戻したのも色々な人の力によるもの。出会いが繋いで行く不思議。
「今回だってほら、りつきの兄さんと会えやしたぜ」
「うん。そうだね」
 律紀が片手を出す。小さな手がおずおずと差し出された。
「今日は有難うね」
 紫苑の手をしっかり握る。

 今日は皆が、誰かとの関わりの大切さを教えてくれた。
 大事に覚えておこう。そして語って行こう。

「……あ、葛山さん!」
 服装の事は、クリスティーナに頼めばいいと気付いたのだ。
(これも縁だよね)
 律紀は荷物を急いでかき集め、部屋を飛び出して行った。


<了>


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
女子力(物理)・
地領院 恋(ja8071)

卒業 女 アストラルヴァンガード
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
バイオアルカ・
瀬波 有火(jb5278)

大学部2年3組 女 阿修羅
梅花を仰ぐ六乙女・
葛山 帆乃夏(jb6152)

大学部3年38組 女 アカシックレコーダー:タイプA
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー