●待機
暗がりに身を顰め、ジュリアン・白川(jz0089)は参加メンバーのデータを思い返す。
麻生 遊夜(
ja1838)。近接戦闘を好む、ある意味正統派ファイター。恐らく8人の中でも『実技訓練らしい』行動が予想されるタイプだ。
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。専攻を変えている。どこまで複合技を使いこなせるか、お手並み拝見というところか。
星杜 焔(
ja5378)。抜きんでた元々の体力が厄介だ。何を考えているのか判らない面も相まって、強敵となるだろう。
ギィネシアヌ(
ja5565)。闘争心旺盛な彼女は、優男顔を嫌っている。こちらの顔を重点的に狙ってくる恐れが高いか?
夜来野 遥久(
ja6843)。敵に回すと厄介だが、味方にすると面倒な男。考えがさっぱり読めないその1。
アスハ・ロットハール(
ja8432)。考えが読めないその2。敵味方どちらかすら予測が難しい。全力で遊びたいという希望は確実だが……。
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)。一見柔和なイメージだが、中々に侮れないという裏情報もある。どう出て来るか楽しみではある。
黒神 未来(
jb9907)。情報によると格闘技を好むらしい。今回は彼女も近接戦闘を仕掛けて来るか。
専攻はインフィルトレイター3名、アストラルヴァンガード2名、ディバインナイト、ナイトウォーカー、ダアト各1名。
配置は判らないが、使って来るスキルは予測可能だ。
開始時間になる。
足音から東側は最低4名。ならば西側は同数、上手くすればそれ以下。
(……なんだこの悪寒は?)
白川は僅かに身震いすると『侵入』を使い西北方面へ。
●西側開始
未来は気合を入れて会場へやってきた。
「模擬戦や! 負けへんで!」
だが用意された武器に、普段愛用しているギターや格闘用武器はない。
「……しゃあない、何とかしよ」
銃器よりはましだろうと、コンバットナイフを取り上げる。
ジェンティアンは西南の砂利山の陰に身を顰めた。
(白川センセと模擬戦とか、貴重な体験? って聞いて来たけど)
気になるのはその後で。
(俺達が勝ったら、寸志もらえるんだよね。で、センセが勝ったら、その懐の大きさで労いのご飯奢ってくれるはずだよね)
何それ白川、踏んだり蹴ったり。
(よしとりあえず、出来るだけ頑張るー)
打合わせ通り、ジェンティアンは『生命探知』で白川の居場所を探る。
東側では遥久が同様に行動しているはずだ。
だが、発見の連絡はない。そしてジェンティアンの探知にも、東側の4人の存在しかかからない。
「探知負けしたかな……?」
ジェンティアンは西側の味方に肩をすくめて見せる。
遊夜が頷いた。
「なら、こっちから仕掛けて行くしかないやな」
寧ろ嬉しそうだ。
足音を消して砂利山を上がり、頂上付近で身を伏せて索敵。すぐに近付く人影を発見した。
「ハッハー、全力全開か、こりゃ面白い」
舌舐めずりをするような表情で踊り出る。
「出オチ上等ォ! 正面突破だァ!」
\ヒャッハー!/
「あーあ、行っちゃった」
見上げるジェンティアンに、エイルズレトラが声をかけた。
「僕が援護に行きます。宜しくお願いします」
「了解〜」
エイルズレトラはヒリュウを呼び出す。
ジェンティアンがそれに合わせて『星の輝き』を使用した。
光背を背負って飛び出すヒリュウ、しかし反応はない。
その間にエイルズレトラと未来は砂利山を越えて、先の物陰に身を隠す。
「んー、と。じゃあ僕は暫く様子見かな」
ジェンティアンは座りこむと、ゲーム機を取り出した。様子見という名のサボりである。
「最クオ、欲しかったなぁ」
チャラリラ〜♪
時々星の輝きで辺りを照らしながら、ジェンティアンはゲームに興じる。
「何をやってんだか」
鋭敏聴覚が捉えたゲーム音に、遊夜が思わず苦笑い。
だが白川が真っ直ぐ自分に向かって来るのを見て、瞳に光が閃いた。
「センセーの実力、目に焼き付けさせてもらうぜぃ」
ただ突っ込んだだけではない、味方が揃うまでの時間稼ぎの覚悟だ。
「やはり最初は君か」
白川がハンドガンを構える。狙いは足元。
対する遊夜は、実は体力を捨て回避に賭けている。
「当てられたらそれまで……良いスリルだ」
素早い動きで初撃をかわし、牽制の銃撃。白川が身を翻し、砂利山に身を隠す。
「倒れるまで相手してくれや、センセー」
ケラケラと楽しそうに笑いながらも、慎重に近づいていく遊夜。回り込むと同時に、ナイフを突き込む。
だが刃は弾かれた。
「そう来ると思ったよ」
白川のナイフが光る。息つく暇もなく、銃が火を噴いた。
「いいね、やはりこうでなくては!」
だがその銃弾は遊夜の肩近くをすり抜け、背後のドラム缶に当たって音を立てる。
「拳銃ですか、当たる気がしませんね。……まあ、他の武器だともっと当たる気がしませんが」
エイルズレトラの声だった。
「流石にそう簡単にはいかないな」
白川がふと笑う。
その瞬間、轟音が響いた。
●東側開始
ハンドガンを両手に、ギィネシアヌが邪悪な微笑を浮かべる。
「ジュリリンって呼ぶと怒られるであろうな」
別にそんなことはないだろうか、続く言葉には怒るというより脱力するかもしれない。
「俺の目的はあれなのぜ。ジュリー先生を、剥く」
ちょっと待て。それが18歳の乙女の目的なのか。
ちなみに白川が感じた悪寒の原因はもうひとつ。
「……で、確保した後は好きにして良いのですよね?」
コンバットナイフに遥久の楽しげな笑顔が映った。
焔はそんな2人をにこにこと眺める。
(白川先生はすごいな〜大勢の学生を一度に相手するなんて〜流石の実技教師だね〜)
焔は大真面目だ。今回は不利かもしれないと思いつつ、メイン専攻で挑む。
小天使の翼で砂利山を越えれば音はしないだろうが、天井までの高さが低い。天辺でもたつきそうだ。
だが思案している間に、西側から物音が響いて来た。
「えっ……?」
白川は中央でただ待ってはいなかった。片方ずつ対戦し潰して行く作戦なのだ。つまり下手すると、西側にやられるということだ。
アスハが立つ。
「全力で遊ばずに、何が賭け師か」
やおら対戦ライフルを取り出し、砂利山を撃ち始めるアスハ。
焔の笑顔がひきつる。確かに魔具使用は禁止されてはいないし、人に向けてもいない。だが常識で考えればわかるだろう!
しかし敵も予測済だった。砂利の下から出てきたのは鉄板。ご丁寧にV兵器にも耐える代物。
「まあ……こんなもの、か」
アスハはすぐにライフルを諦め、発煙手榴弾を取り出すと力いっぱい放り投げたのだ。
たちまち周囲は煙に満たされる。
「これは……通常戦闘ではなかなか体験できませんね」
遥久がさも楽しそうに笑う。
「成程な。これでお互いが見えないのぜ」
ニヤリと笑い、ギィネシアヌが真っ先に飛びだした。
狙うは……
「尻に『紅弾:悪食タル蛇(※アシッドショット)』をお見舞いする! 尻を曝け出して果たしてダンディに振る舞えるものかな……フフフのフ!」
これが18歳の乙女の以下略。
「へ、変態だぁ〜」
ギィネシアヌの目論見に笑顔を強張らせて戦慄する焔。
「どうしよう、お嫁さんがお世話になってる先生だし……模擬戦での負傷ならともかく、お尻はひどいのだ〜……」
焔はいざというときには盾となるべく、後を追う。
●煙幕の中
白川は『緑火眼』を『索敵』に変える。ここに至って生命探知を警戒する必要はない。
「それにしても誰だ、無茶をする……」
遊夜の姿は既に見えない。恐らく物陰に隠れたのだろう。
煙幕の中ドラム缶の陰で周囲を窺う白川を、ヒリュウの目を通してエイルズレトラが確認した。
「先生の動きは、手に取るように見えていますよ」
慎重にドラム缶を回り込み、白川の側面に出るエイルズレトラ。
放った弾丸がドラム缶に跳ねる。白川は即座に屈みこみ、応戦する。
「ふふ、そんな攻撃、止まって見えますよ」
実際は片手を持って行かれたのだが、致命傷ではない。
「もしかして、僕が逃げ回るだけの腰抜けだと思ってませんか? 失敬な、人間は本当のことを指摘されるのが一番ショックなんですよ」
敢えて挑発するように声をかけ、気付いた仲間が集まるのを待つ。
「よっしゃ、もろたでぇ〜!!」
ハイドアンドシークで気配を消していた未来が踊り出た。
「何ッ!?」
声を上げたのはエイルズレトラだった。
背後から近寄った未来は、エイルズレトラを背後から羽交い締めにし、そのまま仰け反り地面に叩きつける。
見事にバックドロップが決まり、一瞬動きの止まったエイルズレトラの脳天にナイフでインクをつける。
「いや……待ってください、どう見ても白川先生と体格が違う……」
ルール上アウトのエイルズレトラが、一応抗議する。
「て、うわ! 間違えた! ごめーん!」
てへぺろ。未来、どう見ても故意。
要するに今回やりたかった事はバックドロップで。相手は誰でも良かった訳で。
その頃遊夜は回り込んだ砂利山の上に伏せていた。
「ちっとまぁ初心に帰ってみたんが、やはり良いな」
多くの強力な武器をも使いこなしてきたが、シンプルな拳銃とナイフは、まさに自分の身体で戦っているという感覚を与えてくれる。
「ま、センセには悪いが、勝負は勝負だぜ。最後まで楽しませてもらう!」
砂利山の上で足に力を籠める。
ジェンティアンはようやくゲーム画面から顔を上げた。
「ん? ……煙? しょうがない、皆頑張ってるみたいだしちょっと手伝うか」
ナイフで砂利山を削って足場を作り、登った山の頂上付近で暫し考え込む。
「ん、でもこのまま頭を出したらさ、ヘッドショット受けそうだよね」
一発退場はできれば避けたいところだ。
「よし、じゃあ……」
ジェンティアンはまたも星の輝きで周囲を照らす。その光源から少し離れた場所から砂利山を越える。
但し、尻 か ら。
ついうっかり目を向けた遊夜。しかも夜目を切るタイミングがほんの一瞬遅れてしまった。
「うおっ……!?」
哀れ、砂利山を転げ落ちる遊夜が最後に見た物は、輝くジェンティアンの尻……。
光に照らされ、煙の中おぼろげに人影が浮かび上がる。
「何なのだあれは」
「ひゃー!?」
白川、容赦なく尻を撃つ。だが危機は自分にも迫っていた。
「尻は貰ったのぜ、ジュリー先生ッ!!」
「はぁ!?」
思わず白川の声が裏返る。いつの間にかギィネシアヌが接近。
「覚悟するのぜ!」
喜色満面、叫ぶや否や、『紅弾:悪食タル蛇』を撃ち込む。狙いは尻。腐食効果にズボンの一部があえなく垂れ下がる。
だが本当の地獄はここからだった。
●そして誰も……
勝ち誇るギィネシアヌの高笑いが響いた。
ようやく追いついた焔が、暫し恍惚の表情で立ちすくむ。
「ああ……ペイント弾のオレンジが飛び散るさま、たまらないね」
エイルズレトラの脳天に、砂利山のジェンティアンの尻に、ドラム缶に。
「これが赤かったら……ケチャップだったらいいのに……」
美味しそうだとでもいうのか。
そこでギィネシアヌと焔は突然、がくりと膝をつく。
「眠ったまま、楽に、な」
アスハがスリープミストを発動していたのだ。
「裏切りか……!」
ギィネシアヌは咄嗟にハンドガンを向けた。だが、強烈な眠気にその手がだらりと下がる。
アスハは素早く近寄ると、模擬戦用ナイフを細い首筋に当てた。
「まずはひとり」
次にドラム缶の上に静かに上り、飛びおりざまに未来に襲いかかる。
「きゃーーーーーー!!!、この人痴漢です!」
未来の凄まじい叫び声。
女子は自分とギィネシアヌしかいない。これを利用しない手はない!
そして叫びつつナイフを相手の肩に。だが敵は痴漢というよりは首狩り族で……。
「もうひとり」
怯むことなく未来の首筋にナイフを当てた。
「痴漢……変態……」
眠っていたはずの焔が目を見開いた。やおら膝立ちになると、マシンガンを連射する。
「変態は滅びろーー!!!」
見事にアスハの身を貫いたかと思われた銃弾は、その手前ではじけ飛んだ。
アスハはフッと笑い、オレンジ色に染まったビニール傘を放り投げる。
「こいつがなければ即死だった」
だが流石にビニール傘では、マシンガンを完全に防ぐ事は叶わず。少しよろめくも残った片足に力を籠め、瞬間移動で懐に入ると、焔の首にナイフを当てた。
「またひとり……いいから全員、首置いてけ」
///<◎>(カッ
こうして次々と首を狩り続け、(ルール的に)全員が動かなくなった。
否、あとひとり。
「ハルヒサ! 人生で最高の狩りにしよう!」
アスハは笑顔でそう言うと、最後に自分の首にナイフを当てた。
煙幕が薄まりゆく中、無言のままアスハに敬礼する遥久の姿が浮かび上がる。
白川は障害物の陰で素早く上着を脱ぎ、腰に巻く。対抗判定という名の蔵倫発動により、2T目で腐食は止まっていた。残念だったな!
「何を考えているのだ……!!」
ある意味全員に対してのコメント。そして最後に、一番わからない遥久が残った。
敬礼の手が降り、顔がゆっくり白川を向く。
<●><●>
「やっと二人きりになれましたね……」
心底嬉しそうな、輝く笑顔。
<○><○>
ほとんどホラーだ。
白川は無言のままハンドガンを構える。遥久も同様だ。
四肢を犠牲にし真っ直ぐ向かって来る遥久は、倒れ込みながら執念でナイフを振り上げ、足を刺す。
その上で自分の長身を以前負傷した白川の左肩にもたせかけて自由を奪い、ナイフを回し柄側を白川の額へ……
「君は優しいね」
汚れを避けた事が伝わったらしい。
薄い笑いを浮かべた白川のナイフは、容赦なく遥久の喉元にオレンジ色の筋をつけていた。
集まった一同を前に、白川が呆れ顔で言った。
「色々な意味で油断禁物、ということかね。私もいい勉強になったよ」
だがそれもいいだろうとも思うのだ。
日々、心を殺さねば対処できないような戦いに赴く学生達だ。偶にはこんな風に、思いきり羽目を外す機会も必要だろう。
「結果として寸志なしにはなるがね」
ニヤリと笑う白川に、アスハが重々しく頷いた。
「流石教官だった、な……ではその寸志の予算で鰻でも食べつつ、反省会でもどうだろう」
即座に遥久が素晴らしい笑顔を向ける。
「反省をしつつ食事の席で交流をも深める、大変良い提案ですね」
「うわ―、鰻! おなか減ってたんよねえ〜!」
万歳する未来。
「おお、太っ腹だねぃ」
遊夜、ギィネシアヌ、ジェンティアン、エイルズレトラも口元が笑っている。
「先生、ありがとうございます! 鰻のお店なら任せてください〜」
「な、何だって……?」
舌の肥えた焔のお薦めでは、寸志の予算など遥かに超えてしまうだろう。
「何、あくまでも提案、だ」
そう言いながらアスハが『まさか断らないよな?』という目を向けた。
結局、模擬戦より遥かに高度な連携により、恐怖の反省会へ追い込まれて行く白川であった……。
<了>