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マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/05/15


みんなの思い出



オープニング



 舞鶴の海風もいつしか、頬を優しく撫でる暖かなものになっていた。
 だが埠頭の岸壁は、ずっと不気味な赤い樹木に覆われたままだ。
 撃退署所属の撃退士・四方は、相変わらず生真面目な調子で切り出した。
「皆さんには今回もお世話になります」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
 中山律紀 (jz0021) ら久遠ヶ原学園の撃退士達が軽く一礼する。

 先日の出動で、この地のゲートの主、悪魔カダの存在が確認できた。
 公務員撃退士達はその後も調査を続け、ゲート付近の様子を探っている。
 一方で、ゲートの出現が確認できたのが昨年の夏の終わり頃。そろそろ悪魔による魂の吸収が始まっていてもおかしくない。
 なるべく急いで悪魔を撃退、もしくはゲートコアを破壊する必要があるだろう。
 そこで四方らは上部組織にかけあい、何とか人員をかき集めた。久遠ヶ原学園にも人員派遣の要請を出した。
 しかし時期が悪かったのだ。
 この規模のゲートならば充分な人員をつぎ込めば、力押しで制圧することも可能だろう。
 だが撃退庁も、久遠ヶ原学園も、日本各地での大規模な天魔との戦いに人員を派遣している。舞鶴ゲートの対応に割ける人員は、必ずしも充分とはいえなかった。
 しかも面倒なことに、ここでは強力なヴァニタスも守りについている。

「まともに突っ込んで行っては、ゲート内部に侵入するのは難しいでしょう」
 四方らの調査によると、ゲートの入口はおよそ4mと狭い。
 一方で、カダはかなりの巨体である。実際にそうするかどうかは別にして、カダが入口に立ち塞がっているだけで、単純に物理的な意味でゲートに入れないのだ。
 そこでまず、撃退署の面々がカダを誘き出し、ゲート入口から引き離す。
 次に久遠ヶ原学園の撃退士が伏兵として側面から攻撃を仕掛ければ、恐らくヴァニタスも出て来ざるを得ないはずだ。
「前に使った手ですね……もう一度引っかかってくれるでしょうか」
 律紀が思案気に言った。
「だからこそ、という面もあります。今回はそれをもう一段階増やす訳です」
 つまり、久遠ヶ原の学生を二隊に分ける。
 これまでの経緯から、ヴァニタスはどうやら久遠ヶ原の学生相手と見れば機会さえ許せば仕掛けて来る。カダとヴァニタスをゲートから引き離し、そこで残しておいた一隊が、コアを狙いに行くのだ。
 万一サキュバスがそれを察知しても、どちらか一隊しか追えないだろうという訳だ。
「わかりました。では、こちらの班分けは俺達の方で」
「よろしくお願いします」
 今回も囮に使って申し訳ない。四方は重ねて、頭を下げた。




 カダが体をくねらせると、苛立ちを表すかのように水が跳ねた。
 何度追い返しても、原住民どもは懲りずにやって来る。カダにとっては煩わしい限りだ。
 いっそ急いで収穫を済ませるかとも考えた。だが今の熟成具合では収穫分を上納し、そこから再分配される分け前は、カダ自身がゲートを開く為に使った分を僅かに上回る程度だろうと思われた。
 ヴァニタスを二体も失って、それではなんの旨味もない。
 奴らはここに仲間が捕まっている間は、何度でもやって来る。守る側の勝利は守り切る事だけだ。その厄介さがカダを苛立たせていたのだ。
「カダ様」
 女の声に、カダは水面に顔を出す。
 借り物のヴァニタス、サキュバス・ラリサ (jz0240) が水辺から覗きこんでいた。
「私に少し策がありますの。お耳を拝借できますかしら?」
「……言ってみるがいい」
「作って頂きたいディアボロがあるのですわ。カダ様のお力なら容易いことでしょう」
 カダが無言で先を促す。
「彼らの目的は、力なき同朋を救出すること。そこが泣き所になると思いますわ」
 嫣然と微笑む女の目には、底知れぬ悪意が宿っていた。




 斥候ディアボロを排除し、撃退士の一団が進む。端からぶつかるつもりなのだから斥候などどうでもいいのだが、いつも通りの行動を演出しなくてはならない。
 やがて珊瑚樹が途切れ、埠頭のコンクリートに妖しい光の魔方陣のような物が浮かび上がる。ゲートの入口だ。
 珊瑚樹の陰に潜む撃退士達に、光信機を通して戦闘の激しい物音が届く。それに、公務員撃退士達の呪詛の声が混じった。
『くっそ、悪魔め……!!』
『今は倒すしかない! 作戦は続行だ!!』
「どうしました? 何があったんですか!」
 暫くの間の後にようやく四方の悔しげな声が応答した。
『申し訳ありません、作戦は一部変更です。新手のディアボロが……!』

 漏れ聞こえる通信の内容に、息を顰めひたすら耐える。
 倒せば人の姿に戻るディアボロを前面に立てて引きこもる。何という悪辣な策だろう。
 それでも助かる人がいるならば、すぐにでも手伝いに出て行きたい。
 しかしコアを破壊しなければ、彼らを救うこともできないのだ。
 だから今は機会を待つ。
 カダ、そしてこの地にいるはずのヴァニタスはまだゲートから出てこない。
 ゲート内では撃退士と言えど、満足に動くことは困難だ。
 それでも……。
(カダは任せるとして、ヴァニタスはこちらで引き受けるしかないか……!)
 覚悟を決め、一歩を踏み出すタイミングを計る。


リプレイ本文



 時間の流れは余りにも遅く思えた。
(長い間、待たせてしまった。今日で……終わらせる)
 巌瀬 紘司(ja0207)は囚われてる人々を思い、決意を新たにする。そして静かに瞑目し、光信機から届く音に耳を傾けた。
 舞鶴ゲートの主、悪魔カダを別班が入口から引ひ離すまでこちらは動くことはできない。
 息を顰め珊瑚樹の林に潜む撃退士達。
「今回はまた、美しくないことをして下さいましたわね……!」
 形の良い唇を引き結び、桜井・L・瑞穂(ja0027)が呻く。
 自分達が見捨てることができない、場合によっては倒すことを躊躇するかもしれないディアボロ。悪辣な策に、胸の内に熱い怒りが炎と燃える。
 恐らくこれを考えたのは、サキュバス・ラリサ (jz0240)。今のところ姿が見えないのは、ゲートの内部に控えているのか。
 神谷春樹(jb7335)はその可能性が高いと判断する。
「以前ラリサは人質を魅了して利用しました。魅了はかなり強力です。聖なる刻印を持っている方がいれば、お願いできれば助かるのですが」
「いいよ、任せて」
 アサニエル(jb5431)が低く囁く。若菜 白兎(ja2109)もこくこくと頷いた。
 白兎の小さな体が僅かに震えている。
(わたしたちだけじゃない……たくさんの人たちが今、頑張ってる)
 恐らくゲートの中にも罠はあるだろう。本音を言えば、怖い。だが、白兎はその怖さを押しこめる。
(皆の頑張りを無駄にしないためにも、やり遂げてみせるの)
 一度だけぎゅっと目をつぶり、覚悟を決める。

 光通信機を通して中山律紀 (jz0021)が紘司を呼んだ。
 応答すると、激しい物音と共に、待ち望んでいた言葉が届く。
『カダは釣れた。後はコアをよろしく……!』
 その瞬間、互いの視線が交錯した。

 アサニエルが口元に不敵な笑みを浮かべる。
「どれ、本丸の攻略といこうかね。ああ、その前に」
 間下 慈(jb2391)を手招きし、魅了に対抗できるよう聖なる刻印を施す。
「ありがたいですね、お色気には弱いもので」
 普段通りの緩い笑顔で頭を掻く。
 だがその内心には、秘めた固い決意があった。
(奥居さん、ハンザキさん……本当の決着をつける時ですね)
 慈の故郷、滋賀を発端に、多くの人を殺め悲しませてきたヴァニタス達。その主であるカダの究極の目的である舞鶴ゲートを破壊すれば、長い戦いにようやく決着がつくのだ。
「……さぁ、行きましょうか」
 白兎に聖なる刻印をかけてもらい、春樹が頷く。
「必ず、成功させましょう」
 慈と春樹が、ほぼ同時に飛び出した。

 妖しい光が不思議な文様を浮かび上がらせる。
 蛇体はそこから数メートル先でうねる。カダだ。
 別班の仲間たちが半包囲の形で攻撃を仕掛け、少しずつゲートの入口から引き離している。
 仲間の無事を祈りつつ、その狭い入口へ真っ直ぐ突き進んで行く。




 2人ずつ同時に飛び込み、後続の為に脇へ避ける。
 ゲートの内部は薄暗かった。どことなく湿り気を帯びた空気の中、鍾乳洞のように伸びる大小の柱が作る陰に身を隠す。
 瑞穂が生命探知を使い敵の配置を探る。撃退士の脚力ならば瞬時に横切れる程の広さしかないゲート内だが、不思議な威圧感が満ちていた。
「――捉えましたわ」
 ほとんど声に出さず、瑞穂の唇が言葉を紡ぐ。指を折り、およその位置を示す。
 生命探知は見えない存在の在り処を感知できるが、それが『何か』までは分からない。慈が索敵で瑞穂が指示した箇所を確認する。
「同じ高さに弓1体と槍2体……弓2体と槍1体、そしてラリサさんは上ですね」
 柱の隙間から垣間見える手がかりを元に、対象を特定。
 こちらから把握しにくいのと同様、ラリサからも入口付近を直接確認することは難しいらしかった。
 そもそもカダがそこにいるはずなので、油断していたのかもしれない。ならば先手を取れる。
 白兎は胸元に紋章を抱き締め、きっと前を見つめる。
「行けるか?」
 紘司の気遣うような声に強張った精いっぱいの笑みを返す。
 呼吸を合わせ、狙いを定める。慈が再度索敵を使い、警戒に当たる敵の姿を知らせる。
「3……2……1……今です!」
 合図と共に同時に放ったコメットが、サントール目がけて勢いよく伸びて行った。
 ゲートの中の時が流れ出す。

 クロスする火線に巻き込み、サントールの内2体に軽傷、奥の弓持ちにはそれなりの痛手を負わせた。
 だがタフなサントールは倒れる様子はない。
 白兎がぷるぷると首を振る。
「速攻でコア狙いたかったですけど……やっぱり守備も厚い」
 本来ならコメットを同時に喰らわせれば、もう少しダメージが通るだろう。
 だがゲート内では撃退士の能力が制限される為、相対的にディアボロが強くなっているのだ。
「少し数を減らさないととても……」
 コアに近づくのは難しい。白兎の感じたことは、皆も同様だった。

 その間にも蹄の音を反響させ、槍を構えたサントールが2体こちらへ接近する。
「おっと、動くのは待ってもらおうかね」
 目前に迫る1体にアサニエルが審判の鎖を使い、足止めする。
「できれば弓持ちを何とかしたかったんだけどね」
「流石にその位の知能はあるということか」
 紘司がもう1体を足止めしながら言った。
 弓持ちの1体は柱の隙間を駆け抜け、少し開けたところでこちらを向いた。
 半人半馬のディアボロは表情を変えはしないが、どこか勝ち誇ったような気配が漂う。
 と思った瞬間、引き絞られた弓から放たれた矢が飛んで来た。
「と……、どこを狙ってるんでしょうね?」
 咄嗟に柱の陰に身を隠しつつ、慈が怪訝な顔をする。
 狙えば掠るぐらいは可能なはずだ。だが矢は思いの外高い所へ。
「そうか! 皆さん、少し下がってください!」
 慈の警告とほぼ同時に、打ち砕かれた尖った柱が音を立てて落ちて来た。こちらの前進を阻むつもりだろう。

 紘司が弓を具現化し移動。
「あれが指揮をとっているのかも知れんな。先に倒そう」
 射程ギリギリに位置を定め、柱の陰から狙う。弓持ちも同様に弓を構えていた。
 紘司は好機と考え、そのまま矢を放つ。
 手応えはあった。しかし紘司自身は結果を目視できなかった。
 崩れる柱、赤く染まる視界。
 ほんの一瞬だけ意識を失っていた紘司を、アサニエルが癒す。
「へばるには早いよ。まだまだ働いてもらうさね」
「……すまない。弓持ちはどうなった?」
 自分が癒されるという珍しい経験に、紘司が僅かに眉を顰める。
 そのとき慈の声が響いた。
「弓持ち一体撃破!」
 それは味方を鼓舞するようでもあり、敵に対し優位を示すようでもあった。
 だが真意は別の所に。
(うまくいくといいのですが……)
 それを口には出さず、慈は銃を構え直す。




 手前に出ていたサントール2体は足止めされており、倒すのにそう手間はかからなかった。
 3体のサントールが倒れたのを確認し、撃退士の一団は慎重に中央の円柱に近づく。
 その足元を貫くように、上方から鋭い矢が突き立った。
「本当に、あなた達のしつこさには感心するわね」
 女の声が矢より鋭く撃退士達を刺した。サキュバス・ラリサだ。
 円柱の頂上に仁王立ちし、こちらを見下ろしていた。傍らには2体の弓持ちが控えている。
「ちゃんとした服を着てくださいー! はれんちです!」
 慈がまともにラリサを見ないよう、視線を逸らす。肌が透けて見えるような薄物しか纏っていないのは、相変わらずだ。
 そっと白兎が慈に耳打ちする。
「行きますね。よろしくお願いします」
「気をつけてくださいね。なるべく援護しますから」
 慈は何気ない風で円柱を見上げる振りを続けながら白兎に答えた。

 白兎は陽光の翼を広げ、ふわりと舞いあがった。
 そのまま真っ直ぐにラリサに向かっていく。
「馬鹿ね。真正面から来て何とかなると思っているの?」
 ラリサが鼻で笑い、合図を送る。即座に弓持ちのサントールが1体、鏃を白兎に向ける。
 小柄な白兎の身体目がけて、強い矢が襲いかかる。
「なんの、させませんよっ!」
 慈の回避射撃が僅かに進路を歪め、白兎は僅かに身を捻るだけで矢を回避する。
 それを見て残り1体の弓持ちが地上へ向けて矢を射始めた。地上からは円柱の縁が邪魔で、そのサントールを攻撃できない。余り広くない円柱の頂上にに弓持ちを2体配置したのはその為なのだろう。
 ラリサはただ、コアを守り切ればいいのだ。
 白兎が本来怖がりな自分に言い聞かせるように声を上げた。
「絶対に諦めません。ここまで来たんですから!」
 煌めく水の矢が幾筋も伸びて、白兎を狙うサントールを貫こうとする。
 白兎の位置からはもう、ラリサの背後のコアが見えていた。そしてコアの向こう、よじ登って来る人影も。
(そう、わたしは囮。わたしの頑張りは無駄になんかならないから。でもいそいで、今のうちに……!)
 小柄な体で必死に矢を避けながら、白兎は祈るように心の中で呼びかけた。


 円柱を登り切った春樹の目に、何度も煮え湯を飲まされた女の姿が目に入った。
 本当ならば、まずはラリサと決着をつけたい。
 だが春樹は目的を過たず、なすべき事を己に言い聞かせる。
(まずはコアの破壊を優先するんだ)
 円柱の頂上に身を伏せ、コアを見据える。
 幸いラリサはまだ春樹に気付いていないようだ。
(今だ……!)
 祈るように槍を構える。放たれた弾丸のように、踊り出た春樹は真っ直ぐコアを貫く……かと見えた。
 その瞬間、1体のサントールが己の身体を楯にコアを守りに入った。
「何……!」
 ラリサはディアボロに命じていたのだろう。『命に代えてもコアを守れ』と。
 春樹はすぐに槍を抜き、身を低くして移動する。
 それまで身を隠していた瑞穂が、別の場所から乗り込んだ。
 瑞穂の足元には幻影の花が咲き乱れ、手元には花に彩られた輝く槍が出現する。
 光に煽られた瑞穂の表情は、強い怒りに満ちていた。
「貴方達の悪趣味な演劇を見せられたせいで、わたくし気分が優れませんの」
 だがその心の内はあくまでも冷静だった。会話で時間を稼ぎ、春樹がコアを狙うチャンスを確保するのだ。
 それに万が一春樹が魅了されれば、すぐに正気に戻さねばならない。
「ふふ、私達は舞台を用意しただけ。踊ったのはあなた達の勝手ね、ミズホ」
 ラリサが嫣然と微笑む。だがその目には残忍な光が宿っていた。
 瑞穂はその言葉に激昂したように、ラリサに光の槍を叩きつける。
 ラリサは大仰に身体を逸らして槍を避けると、円柱の縁からふわりと宙に浮かぶ。
「まさかカダ様を引き摺り出すとは思わなかったけれど。そこは褒めて差し上げてよ?」
 耳障りな高笑いが響く。




 地上を1体の弓持ちが牽制し、宙を舞う白兎をもう1体の弓持ちが狙う。
 春樹は一度槍持ちのサントールの視界から逃れ、円柱の壁を走りコアを叩くタイミングを計っている。
 瑞穂は自分がラリサを引きつけておくしかないと、改めて覚悟を決めた。
「では今度は貴方が踊って下さいな。イリーナの分まで!」
 かつての戦いで対峙し、瑞穂の攻撃を受けて致命傷を負ったラリサの妹の名を、口にする。
 彼女は止めを刺される前に、自ら命を絶った。
 それを潔いと思う向きもあるだろう。だが瑞穂は何処か納得がいかなかった。
 そしてラリサも妹の死に怒りを覚えていた。
 最後まで足掻いてこその生だと。潔い死など欺瞞だと。
 奇妙なことに、仇同士ともいうべき瑞穂とラリサは『生き抜く』という点で信念を同じくしていたのだ。
「随分とイリーナに思い入れがあるようね。でも私はあの娘ほど甘くはないわよ」
 ラリサの鞭が鋭く空を切る。
「ならば、何処までも生き、足掻いてみせなさいな!」
 火花を散らすように視線が交錯する。

 しかし、それはあまり長くは続かなかった。
 ほんの一瞬、宙に浮いたラリサの身体が何か衝撃を喰らって揺れたように見えた。
「どうしましたの? 今更怖気づいたなど認めませんわよ!」
 瑞穂の厳しい声がヴァニタスを打つ。
「……やったわね」
 ラリサの赤い唇から洩れたのは、苦々しげな呟き。
 憎しみも露わに鞭をしごくと、瑞穂を見据え宙を蹴った。
「でも私は諦めないわよ」
 蝙蝠に似た翼をグライダーのように広げ、真っ直ぐに、矢のように突っ込んでくるラリサを、微塵も揺るがず迎え撃つ瑞穂。
 白い光がラリサの腿を打ち、しなる赤い鞭が瑞穂の気に入りのワンピースの肩口を切り裂く。
 だがその次にヴァニタスがとった行動は、予想外だった。
「生き抜いて、またお前達の前に立ち塞がって見せるわ。覚えておきなさい!」
 瑞穂の脇をすり抜けたラリサは、そのままコアに向かって飛んでいく。
 その意図に気付いた春樹が、慌ててコアに駆け寄り槍を突き立てた。
「ラリサ! また逃げるのか、主を捨てて!」
「……カダ様は私の主ではないわ。また会いましょう、坊や」
 ラリサは意外なほど優雅に笑って見せた。
 その次の瞬間。
 ラリサの身体はするりとコアの中に吸い込まれるように消えて行った……。


 ほんの僅かの間、春樹は戸惑っていた。
 だがすぐさま槍を引き抜き、振り被ると再度コアにつき刺す。
 呆気なくコアは砕け散り、木漏れ日が揺れるような光が円柱から地面へと降り注ぐ。
 それを確認し、白兎が声をかけた。
「残りのサントールを、全部やっつけるの!」
 瑞穂もすぐに応じる。
「挟み撃ちにしますわよ!」
 残ったサントールは命令を下す存在を失って動揺していた。
 白兎と瑞穂に追い立てられ、地面へと転げ落ちて行く有様だ。
「また会いましょう、か。望むところだ」
 春樹は一度だけコアの残骸を睨みつけ、すぐに踵を返した。

 落ちてきたサントールに止めを刺し、紘司が顔を上げる。
「これはいったい?」
「コアは破壊しました。……ラリサは逃げて行きましたが」
 報告に安堵が広がった。
「どうにかこうにか、何とかなったって感じだね」
 アサニエルが天を仰ぎ、ふぅ、と大きく息をつく。
 慈が険しい目で俯く春樹の肩を、軽く叩いた。
「……命あってこその武勲です、退きますよ」
 因縁浅からぬ敵を撃ちそびれた悔しさを、慈はよく知っている。
 だが最初の目的を無事に果たしたのだ、ラリサはそのおまけでしかない。生きていればいずれまたチャンスもあるだろう。
「何処かで勝手に死ぬことは許しませんわよ、ラリサ」
 円柱を見上げて瑞穂が呟いた。

 白兎がふわりと降りて来たのを確認し、紘司が促した。
「行こう。外が気になる。もしカダに手こずっているようなら、支援が必要だろう」
「だね。それにコアを壊したんだ、ぐずぐずしてて閉じ込められるなんてあたしはご免だよ」
 アサニエルのあながち冗談とも思えない言葉に、全員がゲートの外へと急ぐ。


 ゲートがコアを失えば、結界はやがて消えて行くだろう。
 だが。
(本当の意味で元に戻るには、まだこれから……か)
 再びこの地に戻ってくる人々の為に、何ができるのか。
 紘司は思いを馳せるのだった。


<了>


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 祈りの煌めき・若菜 白兎(ja2109)
 揺れぬ覚悟・神谷春樹(jb7335)
重体: −
面白かった!:7人

ラッキースケベの現人神・
桜井・L・瑞穂(ja0027)

卒業 女 アストラルヴァンガード
揺るがぬ光輝・
巌瀬 紘司(ja0207)

大学部5年115組 男 アストラルヴァンガード
祈りの煌めき・
若菜 白兎(ja2109)

中等部1年8組 女 アストラルヴァンガード
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター