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珊瑚樹に身を隠し、周囲を窺う。
クロエ・キャラハン(
jb1839)は逸る心を押さえ、静かに状況を見定める。
「まだカダはゲートの中に隠れているのかな」
舞鶴での戦いには幾度か関わってきた。
カダという悪魔は尊大そうで慎重な面を持っている。引っ張りだすのは容易ではないだろう。
入口付近には長大な槍を構えたディアボロがたむろしていた。これが魂が抜け切らぬ状態でディアボロ化された人間だ。
「久しぶりの仕事やけど結構ハードそうやな」
古島 忠人(
ja0071)が言う通り、とにかくディアボロを片付けないと始まらないのだ。
だが忠人の顔に、躊躇はない。
「まっ、ウォーミングアップに足りないってことはないやろ!」
ニヤリと笑い、飛び出す為の準備に入る。
短い通信を終え、中山律紀 (jz0021)が振り向いた。
「あの槍で怪我をすると麻痺するみたい。気をつけて!」
鈴代 征治(
ja1305)は少し考え、律紀に呼びかけた。
「中山さん、前衛ではなく仲間の回復に重点を置いて頂いていいですか」
「了解。攻撃の方はお任せします」
強く頷く律紀の頭を、鐘田将太郎(
ja0114)の大きな掌がぐりぐりと撫でた。
「任せておけ。舞鶴戦にケリつけるために俺はここに来たんだ」
弟分の律紀がずっと出動している作戦に、ついて来てやれないこともあった。今回、いよいよ敵の大将と相まみえるチャンスだ。だが将太郎が気合を入れているにはもう一つ理由がある。
(カダ、っていうのか。俺と名前似てるのが気に食わねえ……)
そんな思いもこもった闘気解放。紅蓮の炎が右腕を覆う。
「皆、別動隊も成功できるよう俺達も頑張ろうぜ!」
将太郎の声に、忠人が威勢よく答えた。
「ほな、いっちょぶっ転がしてやるかのっ!」
リカーブクロスボウを構え、将太郎が手前の半魚人の脇腹を射ぬいた。射程外からの攻撃に、ディアボロは危険を感じ足を止める。
「そのまま。動かないでね」
クロエが間が詰まった半魚人の集団目がけ、ファイアワークスを放つ。
半魚人はその一撃で倒れることはなかったが、燃え上がる炎が混乱を招き足並みが乱れた。
上空から、佐藤 七佳(
ja0030)が建御雷を手に舞い降りる。
「長槍ならば間合いに入ってしまえば……」
将太郎の一撃で動きが鈍くなった一体めがけ、流星のように飛びこむ。ディアボロが慌てて槍を立て直すが、動作は鈍い。七佳の刀は穂先をかわし、相手の肩を深く抉る。
それが致命傷になったらしい。棒立ちの半魚人がコンクリートに倒れる鈍い音が響く。
再び上空に舞う七佳の眼下で、身体を覆う鱗が消え、ディアボロはぐったりと横たわる人間の姿になった。
「悪趣味ですね」
征治が呟く。極めて普通の感覚だ。クロエは無言のまま、唇を噛み締める。
「また一般の方々を武器に使うのですか……狡猾な、許しませんよ」
黒井 明斗(
jb0525)の優しい面差しを、憎悪が覆い隠す。感情を押さえ、静かに光信機のスイッチを入れた。
「以前にもここには一般人を使った罠がありました。念のために注意してください」
明斗の言う罠とは、助けた一般人が操られ撃退士を邪魔したことを指す。あのときは珊瑚樹に囚われた人達だった。ディアボロでなくなった人が同じ状況ではないかもしれないが、念には念を。
――いざとなれば、拘束してでも。
苦渋の決断に、明斗は歯を食いしばる。
だがその間にも、残る半魚人はこちらへと押し寄せて来る。その数6体。
人間に戻る存在とはいえ、今は紛うことなく敵なのだ。
「しっかりして。助ける為にも、今は倒すことに専念するべきよ」
七佳が再び舞い降りながら仲間を鼓舞する。
祈るように静かに目を伏せ、すぐに明斗も視線を前に。
「すぐに元に戻します。今は許して下さい」
頷き合うのは征治、そしてクロエ。『絆』の力を得て、征治は不気味な林から踊り出る。
●
上空から舞い降りては確実に一撃を喰らわせ、離脱する七佳。その動きに、半魚人たちは槍を並べ待ちうける。
「中山、もしもの時は頼む」
七佳が包囲されないよう、将太郎が飛び出した。
抵抗力には若干不安は残るが、万が一麻痺する様な事があれば律紀が回復してくれる。
「ほら、こっちだ! すぐ人間に戻してやるからな!」
しなやかに脚を振り上げ、見事なスピードで半魚人の首の付け根を強かに打つ。『雷打蹴』が決まり、半魚人は思わず膝をついた。そして周囲の半魚人の意識が、七佳から将太郎に移る。
「よっしゃ、貰ったで!」
忠人はその隙に遁甲の術で気配を消して接近。
三方から将太郎に群がる半魚人を見て、珊瑚樹から近い方の敵を選び『火遁・火蛇』を見舞った。紅蓮の炎が2体の半魚人を包みこむ。
「あの2体を確実に仕留めましょう。僕は左側を」
明斗が内心の嫌悪感を押し殺し、努めて冷静に弓を引き絞る。提案を受けてクロエも倣う。
「わかった、右は任せて」
重いスナイパーライフルを構え、クロエは狙いを定め引鉄を引く。
連携攻撃の前に、長射程の攻撃方法をもたないディアボロは1体、また1体と倒れて行った。
地面に転がると暫くの後、人間の姿を取り戻す。
だがディアボロ達は、その身体を踏みつけることすら厭わない。
魔女の箒を振るい、白野 小梅(
jb4012)が元気いっぱい跳びはねる。
「ボク、お手伝いにきたよぉ!」
現れた黒猫達が、一斉に半魚人たちの足元目がけて駆け出して行った。
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が召喚したスレイプニルも蒼煙をたなびかせて後を追う。
「まだ召喚獣の扱いには慣れてませんけれど、お手伝いならば」
2人と召喚獣は素早く倒れた人々を抱え上げた。その背中に迫る槍の穂先が、スピアに弾き飛ばされる。
「行ってください。その方達をお願いします」
割り込むように征治が立ち塞がっていた。
「わかりました。お気をつけて!」
エイルズレトラが軽く背中を叩くと、召喚獣は承知した、と言うように喉を鳴らす。
「急いで急いで!」
力持ちの撃退士とはいえ、小梅の小さな体が軽々と大人を運んで行くのは、なかなかの見ものであった。
確実に、ディアボロは数を減らしつつあった。
「まだカダは出てこないの? 意外と気が小さいのかしらね!」
いよいよ訪れた強敵との対決。待ちかねていた雀原 麦子(
ja1553)が、不満そうに鼻を鳴らした。
ゲートに向かって仁王立ちし、大声でカダを呼ばわる。
「約束通りデートのお誘いに来たわよ〜♪ 今日すっぽかしても、何度でもちくちくとまた遊びに来るわよ〜!」
麦子は思いつく限りの語彙で、カダを挑発する。
確かにその声は届いている。そしてカダを苛立たせてもいる。
だが、カダには『出る理由』がなかった。
ゲートの入口は狭く、カダの身体で塞げてしまう。そして撃退士の目標がコアの破壊だとカダにも判っている。
だから戦況が不利になる程、カダがゲート内から出て来るはずはないのだ。
忠人はゲートの入口を気にしつつ、間近の半魚人に毒手を見舞う。
「あかんな、このままやったら別班が突入できん!」
カダを引きずり出す方法を考えあぐねている忠人に、幾本もの槍が突き出される。
「ぬわー! 何でワイばっかり狙うんじゃー!?」
素早く回避しながら、叫ぶ忠人。不意打ちと毒手が決まった為に、厄介な敵と認識されたようだ。
忠人の回避能力は高いが、同時に2本、3本と突きだされては流石に厳しい。
じりじりと、自分でも気付かない間に位置がずれて行く。
「うおっ、これもしかしてヤバ、……うごっ!?」
気付いた時には遅かった。
半魚人たちは連携してゲートの入口に忠人を押しやっていたのだ。カダの放つ魔法攻撃が当たりやすい地点へ。
激しく叩きつけられる水流に揉まれるように、忠人が倒れ込む。ついでに半魚人も2体が巻き込まれたが、今はそれに構っている暇はない。
「つ、つめた……っ!!」
「古島さん、こっちへ!!」
震えあがる忠人を律紀が引っ張り、楯に庇う。
「中山、ここは引き受ける。今のうちに下がるんだ!」
将太郎が尚も忠人に追い縋ろうとする半魚人の槍を、大鎌で絡め、捩じり、掃う。
ついにカダが身を乗り出した。
今なら3人、いや上手く行けば4人を魔法に巻き込める。
ずるり。
カダの上半身がゲートから覗いた。
人の姿を取り戻しつつある半魚人の身体を、今にも巨体が踏みつぶしそうだ。
「まずいですね……」
明斗は引き絞った弓の狙いを決めかねる。
カダにはもう少し出て来てもらう必要がある。だがここでカダを撃てば、またゲートへ引っ込んでしまうだろう。
その迷いを切り裂くのは、七佳の握る黄金の大鎌だった。
「もっとも優先されるのは悪魔を狩ることよ」
ここでカダを討たねば、犠牲者は増え続ける。七佳は迷わず、カダの胴を刈り取るように鎌を振り下ろす。
「小癪な……!!」
カダが三叉戟を突き上げた。その強烈な一撃を七佳は鎌で受け止める。が、流石は悪魔、その力はディアボロの比ではなかった。
「……ッ!」
七佳の身体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「纏めて片付けてくれるわ!」
三叉戟を構え直したカダの身体を覆う鱗が、青い水のように輝いた。
だが次の瞬間、カダはつんのめったように前に押し出される。
「出てきなさいって、言ってんのよ!!」
ゲートギリギリの位置に移動した麦子が、斜め後ろからカダの背中に『餓突』を食らわしたのだ。
流石に数メートル動かすのが精一杯だったが、それで充分だった。カダはゲート外に全身を晒すことになったのだ。
「何ィ!?」
カダは慌ててゲートに戻ろうとする。そこにもう一撃。
麦子が荒い息の下でニヤリと笑う。
「このまま帰っちゃうなんて、あんまりじゃない♪ ……って、まだ隠してたの!?」
麦子目がけて槍が突き出る。カダは背後に3体の半魚人を隠していたのだ。
それでも、これで入口付近の敵は全て表に引っ張り出せた。
律紀は急いで光信機に呼び掛ける。
「カダは釣れた。後はコアをよろしく……!」
この瞬間をじっと待ち続けた仲間に、ゲートは託す。
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カダは焦っていた。
(一か八か、こいつらをゲート内に引きずり込むか……?)
だが、つい先刻まで圧倒的有利な状況を作り出した己の巨体が、今は弱点となっていた。
長い身体は格好の的となっている。自分を守るはずのディアボロは、次々と討たれて行く。
サキュバスの提案は有効だった。人間達は倒れた仲間の姿を見ると、そちらに手を割いた。
しかし作成に充分な時間と力を使えた訳ではないディアボロは、弱すぎたのだ。
「うおおおお、喰らえや!!」
一度下がって傷を癒した忠人が復帰。猛然と駆けつけたかと思うと高く飛びあがり、影縛の術で留めた半魚人の脳天に兜割りを喰らわせる。
「今やで、朦朧としとるからな! 他のも動けんようにしていくで!」
「分かった、そちらも気をつけろよ」
将太郎が力いっぱいに鎌を振るうと、半魚人は身動きもできないままに敢え無く吹き飛ぶ。
「あれがカダか」
視界の端に捕えた悪魔に、将太郎は毒づいた。
「名前が似ているってのは気に食わねえな。仲間に名前間違えられるじゃねえか」
カネダとカダ。確かにちょっと似ているかもしれない。
「はは……鐘田さん、結構余裕ですね」
忠人の後から追い付いた律紀が、倒れた人を担ぎあげた。
それでも今は力を抜く位の方がいいのかもしれない、と思う。救う手段とはいえ、人間に戻る存在に攻撃することのプレッシャーを少しでも軽くできる。
忠人も遁甲の術を使い、再び接近。
「ふはは、お前さんみたいな怖い奴と正面から戦ってたまるかいっ」
カダの真下に転がる人を救いだし、素早く珊瑚樹の林へと離脱する。
中空から戦場を見下ろし、七佳は飽くまでも冷静だった。
悪魔にとってはゲートは糧を得るためのものだ。人間とて他の生命を糧として生きながらえている。そこに違いはない、と思う。だからその行為自体を七佳は否定しない。
「だけど、あたしが生きる為にヒトの社会は必要なものなのよ。その社会に損害を与える行為は容認しないわ」
草食動物が角を振り立て身を守るように、窮鼠が猫を噛むように。
生きる為の戦いを捨てたりはしない。
静かに悪魔を見据える七佳の手の中で、大鎌の輝きが増したようだった。
「故に貴方を斬り捨てるわ」
迷う気配もなく巨体にぶつかっていく。
征治は忠人を助け、珊瑚樹の林に倒れた人を運びこんだ。
「ここであの悪魔を倒せば、別班にとってもかなり楽になるはずです」
「今がチャンスだよね」
クロエも頷く。
光信機のマイクから、抑えた征治の声が仲間に伝わる。
「仕掛けます」
『了解。こちらに引きつけるわ。頑張ってね♪』
麦子の力強い声。カダと間近で対峙し相当疲れているはずだが、そんな素振りも見せない。
「こちらからも援護します」
珊瑚樹の隙間を縫って、明斗が移動する。カダを挟んで、麦子と対になる位置だ。
「カウント始めます。10、9……」
征治が強い両脚に力を籠めて身を沈め、クロエは息を整える。
「……1、GO!」
クロエのライフルが吠える。目を狙った初撃はほんの僅かに逸れたが、カダの動揺を誘う。
その間に駆け出した征治が肉薄。
七佳がつけた傷口を白く輝くスピアで斬りつけ、返す穂先を突き立てた。
「この、原住民ごときが……ッ!!」
怒り狂うカダは征治目がけて三叉戟を振り下ろす。だがそれよりも早く、クロエの次撃が襲いかかる。
「この世界から消えてなくなりなさい!」
敵意、憎悪、そして殺意を練り上げた銃弾が肩の肉を削り取る。
「な……!!」
絆・連想撃。共に闘う仲間を信じ、強い意志を束ねた連撃。
おびただしい体液が溢れ、コンクリートに流れ落ちた。
カダは最後の力を振り絞るように、正面の征治を魔法の水流でなぎ倒す。
そしてすぐにゲートに退くそぶりを見せた。
「逃がさないわ」
七佳は機を逃さなかった。天界の気を乗せた黄金色の大鎌が、悪魔の命の緒を容赦なく断ち切った。
忠人が確認するように言う。
「やったんか……?」
長く伸びた巨体は、既にピクリとも動かなかった。
「当然よね♪ でも思ったより大したことなかったわねえ」
カラカラと笑い、麦子はどこからか取り出した缶ビールを開ける。恐らく珊瑚樹の陰に隠していたのだろう。
「アルコールの摂取は傷には良くないと聞きますが」
明斗が僅かに眉をしかめながら、麦子の傷を癒してやる。
「あら、飲んだ方が回復が早いのよ? それに明斗ちゃんヒールが上手だと思うわ、ねえりっちゃん♪」
いきなり振られた律紀は答えに詰まる。
「ははは……下手ですみません」
「ちゃんと効いてるぞ、安心しろ中山」
将太郎が癒えた腕を強く振って見せた。
学生服を羽織り、征治はゲートの奥を見透かす。
「こちらは任務完了ですが。あちらに支援は不要でしょうか」
その言葉に、律紀は光信機を取り上げた。
<了>