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マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/04/25


みんなの思い出



オープニング

●そのまんますぎる依頼

 うすい雲のかかる空、眠気を誘う陽光。そんな春爛漫のある日のことだった。
 久遠ヶ原学園大学部講師・ジュリアン・白川(jz0089) は、一本の電話に眉間を揉む。
「……だから、学園は便利屋ではないと、いつも言っているだろう?」
 電話の相手は旧知のフリーランス撃退士の女だった。
『あら、でも困ってる人を助けてあげて、自分達も楽しめる。最高の依頼じゃない?』
「一応これでも教鞭をとる身だからね。そこまであからさまなのも……」
 そこで白川が何かを思いついたような表情をする。
「そもそも最高の依頼というなら、君達が受ければいいのではないかね?」
『できればそうしてるわ。でもフリーランスを一同に集めて宴会させたら、かなり大変なことになると思うのよね……それに年齢が色々の方が自然でしょ?』

 京都市東部のとある公園で花見の宴会。これが今回持ち込まれた依頼内容である。
 既に天使達が残した要塞の撤去はほぼ完了し、市内には人が戻りつつあった。
 それでも時折現れるサーバント達や、住めない程に傷んだ建物。まだ市民も花見で浮かれるような状態ではない。
 例年なら遠出して来る近隣の都市の観光客も、まだ出足は鈍かった。
 その公園はかつての結界からも外れていて、公園内の見事な桜の木はどれもいっぱいに花をつけている。
 だがその根元には、普段なら邪魔になる程群れている人達がほとんどいないのだ。
 ――いわゆる風評被害だ。

「だからといって、賑わっているかのように演出するというのは……」
『でも呼び水にはなるかもしれないでしょ? 誰も宴会をしないからやり難いってこともあると思うのよ』
 これぞまさしくサクラ。
『いいじゃない、京都を取り戻すのに頑張ったのは本当だもの。ささやかなご褒美と思いなさいよ』
 電話の向こうの能天気な笑い声に、白川が溜息をついた。


リプレイ本文

●彩の花

 春の夕暮れ。
 桜の木は音もなく花びらを降らせる。
「わー、綺麗!」
 竜見彩華(jb4626)は思わず声を上げた。
 まだ誰もいない一角をデジカメに収め、ふと思いつきヒリュウを呼び出す。
「後でご褒美あげるからね。お願い!」
 ヒリュウは任せておけというようにひと鳴きすると、元気よく飛び出した。
 龍崎海(ja0565)も敷物を抱えた手を止め、暫し見とれる。
「確かにこれを見れば、束の間とはいえ気持ちも明るくなるだろうな」
 海は中山律紀(jz0021)を呼びとめた。
「中山さんは新聞同好会に所属していたはずだね」
「ええ、そうです」
「学園の撃退士ならサーバントも気にならないだろう。学園新聞に掲載してもらうってのはどうだろう」
「いいですね! こっちも記事のネタが……あ、いやなんでも」
 話をしながら敷物を一緒に広げていく。
「僕もお手伝いします」
 黒井 明斗(jb0525)がさっと手を貸す。
「あ、ごめんね。じゃあそっち持って……よいしょ!」
「このお弁当はこの辺りに運んでいいですか」
 忙しく立ち働く肩に、ひらりと花びら。

 小さな紙袋を手に卯月 アリス(jb9358)は霧島零時(jb9234)と並んで、空を覆う桜を見上げた。
「綺麗だわ……」
「いい天気ですね。最高のお花見日和です」
 零時が微笑む。
 アリスの大好きな桜の花を一緒に見ようという随分前からの約束。ようやく心待ちにしていたお花見が実現した。
 アリスが気遣うように零時の手元を見る。
「あの、重くありません?」
 一生懸命作った重箱いっぱいのお弁当が、零時の手で揺れている。
 アリスの紙袋には、手作りの桜のクッキーも。
「平気ですよ。さあ、どこにしましょうか」
 桜の下、二人は楽しげに笑いあう。


 敷物の上に優雅に座り、エルナ ヴァーレ(ja8327)は通って行く人達を眺めていた。
「いやーにっぽんの伝統行事、ハナミができるぐらいになってよかったわねぇ」
 早速、ビールの缶を取り出す。
「とりあえずあるだけ飲むわよー! さ、乾杯よ!」
「乾杯」
 若杉 英斗(ja4230)がコーラのボトルを掲げる。
「いやぁ、桜を見ながらのコーラは最高だねっ!」
 ……隣に優しく微笑む美少女がいてくれれば、もっといいのだけれど。
 流石にそれは口に出すとエルナに殴られそうなので自重する。
「ーーーーっ最高!」
 声にならない声でエルナが言った。
「って、これじゃ足りないわ。皆の分まで飲むのは悪いわね。ああ、そこな少年!」
「えっ」
 手招きすると、カメラを構えた律紀はエルナを見て何やら怯えている。
「ちょっとお酒足りないから、買って来て頂戴」
 やっぱりか! どうもパシリ属性がつきつつある気がする律紀。
「なによ……お金は渡すわよ? あとちょっとぐらいなら買い食いしてもいいわよ」
 エルナは紙幣を律紀に握らせる。
 律義なんだか横柄なんだか親切なんだかわからない。


 並んだ屋台はもういい匂いを漂わせていた。
 鐘田将太郎(ja0114)は賑やかな呼び声を、感慨深い面持ちで聞いている。
(平和なのはいいもんだ)
 桜の優しい色が目にしみる。
「風流だねえ。こんな場所で飲む酒は美味いだろうなあ……ん?」
 屋台の陰に見えた顔に声をかける。
「中山、お前まだ未成年者だろうが」
「あ、鐘田さん」
 律紀が日本酒の小瓶を入れた袋を手に、苦笑いで経緯を説明する。将太郎は呆れ顔になった。
「全く、お前は……それでパシってるのか」
「なんかつい癖で」
 ふと真顔になった律紀の頭を将太郎はくしゃくしゃと撫でる。
「まあいい。あ、俺も焼き鳥買うから」
 タレの焦げる匂い。炭火の暖かさ。ようやくこの地にもありふれた日常が戻りつつある。

 チュイ、チチッ。
 鳥が羽ばたき、桜の花が一輪、藤咲千尋(ja8564)の髪に落ちた。
「あれ? こんなところに小鳥が」
「いたみたいですねー。お土産をくれましたよー?」
 櫟 諏訪(ja1215)は花をとり、千尋に見せる。
「わ、きれい! でもちぎられちゃったんだ、可哀相」
「じゃあここに飾っておきますねー?」
 諏訪は以前にプレゼントした髪飾りに、桜を添える。
「ありがとう、すわくん」
「良く似合いますよー?」
 そう言って、そっと額に唇を寄せる。不意打ちに千尋の頬が見る見る赤くなっていった。
「わわわわ、すわくん……!?」
「さ、お弁当を食べましょうかー」
「う、うん、……あれ」

 そんな場面を偶々見てしまった菊開 すみれ(ja6392)。
 彼氏さん格好良くて素敵だな〜などと微笑ましく見守っていたのだが、独り者には目の毒だ。
(うわあ……恋人同士ってこんなことするんだ)
 そう思った瞬間、千尋が振り向いた。
「あっ」
 なんだか気恥しくなり、すみれは回れ右。
「え、え、すみれちゃん行っちゃうの……?? あれー」

 突然、誰かがすみれの腕を引いた。悲鳴をあげる寸前、アスハ・ロットハール(ja8432)だと気づく。
「申し訳ない、な。彼女が来たので……」
(かかか彼女!?)
 アスハが目くばせする。ふと見ると、二人連れの若い女性がすみれを見ていた。
 状況を察知し話を合わせるすみれ。
「ごめんなさーい、遅くなって」
 アスハが一人ではないことを納得し、二人は立ち去った。
「すまん、な。利用して……だが、スミレならあちらも納得する、だろう」
「ふふ、アスハさんもてるんですね」
(納得する、か。ちょっと自分に自信持っちゃおうかな?)
 すみれはアスハの腕に軽く自分の腕を絡ませた。


●和の花

 ぼんぼりや提灯に照らされた桜は一層華やかに見える。
「本当に綺麗ね……」
 シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)が溜息を漏らした。
「シャンゼリゼ通りのマロニエの並木道も素敵だけれど、こちらも負けていませんわ」
「木に咲く花は何だか優しいですよね」
 シェリアと並んで大八木 梨香(jz0061)も桜を見上げる。
「せめてここは昔のままでよかった……」
 久留島 華蓮(jb5982)も穏やかに頷いた。
「この眺めはずっと残っていて欲しいよね」
 花の下をそぞろ歩く人達の顔は、どれもみな柔らかく優しい。

 一方、シェリアには見る物聞く物が珍しい。
「まあ、皆さんこんな所で座りますの?」
 今日の宴会は任務。自分に言い聞かせてはいるが、初めてのお花見にそわそわしてしまう。
「私達も座りましょうか。どこかいい場所は……」
「梨香! ……オイ、こっち、ってゆうか下」
 足を投げ出した龍騎(jb0719)が、仰け反るようにして見上げていた。
「ねえ、僕と遊んでよ。今日は一人だし」
 よく見れば見事な桜の傍、絶好の場所だ。
「じゃあお邪魔してもいいですか?」
 梨香が笑いながら膝をつくと、龍騎は座る位置を変える。
「イイよ。梨香、ボーっとしてて、いい場所とれないと思ってたんだ」
「あ、はい」
 図星だった。

「ではお邪魔しますわ」
 シェリアが軽く淑女のお辞儀。だが先に敷物に上がった梨香を見て、驚愕する。
「靴を脱ぐんですの!?」
「ええ、その方が気持ちがいいですよ?」
 欧州出身のシェリアには信じがたいことだったが、よく見ると周りも皆、靴を揃えて並べている。
「成程、わかりましたわ」
 敷物から伝わる地面の感触に、シェリアはちょっと複雑そうだ。
「やほー綺麗な桜だよねー。こっちいい?」
 返事を待たずに百々 清世(ja3082)が座り込む。
「こんばんは。お弁当は召し上がりました?」
 笑いながら座を詰める梨香に、ぐっと清世の顔が近付く。
「大八木ちゃんてさー、ちょっと堅苦しくね?」
「えっ」
「せっかく春なんだしさ、髪とかほどいてみ? イメチェンー」
「ひゃあああ!?」
 清世は勝手に梨香のみつあみを片方ほどいてしまう。

 シェリアが華蓮にそっと耳打ちする。
「梨香さんの彼氏さんかしら?」
「……どうかな?」
 華蓮はたぶん違うと思いつつ、くすりと笑った。
「ねー、こっちの方がいいよね」
 清世が同意を求めると、シェリアは反射的にこくこくと頷く。
「邪魔で、お、お弁当が、食べられません」
「ジョシだろ? そこは気合でなんとかしたら?」
 龍騎がまぜっかえす。


 麻倉 弥生(jb4836)の着物の膝に、花びらが一枚。
「弥生さんに桜ってとっても似合うね」
 地領院 夢(jb0762)が感心したように言う。
「そうですか? 有難うございます」
 穏やかに微笑むと、黒髪がさらりと流れる。夢は包みを広げた。
「京都って、実は私はあまり関わってなかったの。でも、綺麗な所なのは知ってたから。こうして来る事ができて嬉しいなっ」
 天使との激戦があったことは勿論聞いている。だが優しい風にはもう、そんな気配もない。
「えっとね、弥生さん和食好きかなって思ったけれど、こういうのも新鮮かなって」
 おずおずと差し出したのは、卵にハムやツナ等色々な種類のサンドイッチ。
「あら美味しそう」
 弥生はそう言って、上品に口に運ぶ。夢は固唾をのんで見守る。
 お姉ちゃんに教わりながら作ったのだから大丈夫。そう思っていても、ドキドキする。
「とっても美味しいです」
「わあ、よかった!」
 夢の顔がふわりと緩んだ。
「夢ちゃんお料理が上手なんですね」
「そうかな? お姉ちゃんのおかげかも」
 互いにふふ、と笑いあう。


●想い花

 踊る花びらを眺めながら、ガート・シュトラウス(jb2508)は地酒の小瓶を傾ける。
「このお酒、うまいさー♪」
 初めての花見酒を満喫していたところに、見知った顔を見つけた。
「あれー、ユメノじゃん」
「ああ、ガートじゃないか。君も来てたんだな」
 交響撃団ファンタジアの団長、君田 夢野(ja0561)だった。
「綺麗に咲いているな」
 並んで座りながら、夢野が言った。その言葉にはどこか憂いが含まれているようで、ガートは敢えてそれには触れずに酒を口に運ぶ。
「ソウイエバ、オレっちが学園に来て、交響撃団に入って、一年以上経つじゃん」
「そうか。もう一年経ったか」
「色々あってあっという間だったさー」
 夢野が桜に語りかけるように呟く。
「こんな機会だ、たまには思い出話にも付き合ってくれよ」
「いいけど。珍しいこともあるもんさー」
 ガートはふわふわと答えた。
「そもそも撃団結成の切欠ってのが京都での戦いでさ……」
 二年。長いようで、あっという間で。
 天界ゲートの影響を受け、廃墟になった街。我武者羅に、只管に、右も左もわからぬままに戦い抜いて来た。
「まー、今でも思うがよくやってきたと思うよ、それだけ必死だったってコトだな」
 ここは駆け出し撃退士だった自分が、様々なものに出会い、そして別れた街なのだ。


 ひと際見事な桜の下に、人の輪ができていた。
 夜来野 遥久(ja6843)のヴァイオリンが心浮き立つ軽快な曲を奏で、仮面をつけた月居 愁也(ja6837)が幾つものミカンを器用に放り投げる。
「よっ! はっ!」
 高く低く、緩急をつけて跳ねるミカンを、半ば口を開けて子供達が見つめていた。
「ほっ、と! はい、どうぞ!」
「お兄ちゃんありがとー!」
 ミカンを受け取り、嬉しそうに手を振る子供達。
「もう怖い奴はいないからな。今度はみんなでここを元気にしようぜ!」
 街が人間の手に戻っても、そこに生活する人々が戻って来なければ復興は叶わない。
「さて、次はっと」
「余り頑張り過ぎると失敗するぞ」
 遥久が気遣う。昨日までずっと猛特訓していたのだ。疲れも溜まっているだろう。
「大丈夫だって!」
 また綺麗な花が咲いていそうな場所を探して移動する。


 黒羽 拓海(jb7256)は一人寂しく花を見上げた。
「やれやれ、ようやく答えが決まったのに肝心の相手が居ないとは……」
 ポケットに入れた指輪がやけに重い。
 幼馴染と一緒に来るはずだった花見だが、上手くいかないものだ。
「仕方ない、桜でも眺めて、この何とも言えん虚しさを紛らわそう」
 提げたお重を開くと見事なお弁当である。拓海のお手製だ。一緒に食べる相手を思って張り切って作ったのも少し虚しい。
 お茶をすすりながら思うのは、一緒に来るはずだった幼馴染の事、そして身内の事。
 高校生になった義妹が制服姿を見に帰って来い、と言っていたことなどをぼんやりと考える。
「あれ? こんな所にいたの」
 律紀が拓海の姿に目を止めた。
 手には焼き鳥、焼き串、たこ焼き、焼きそば、その他諸々。
「あっちで食べない? 今から取材の人来るから、固まってた方が賑やかだし」
「一応今回はサクラのバイトだからな。ほら、行こう」
 将太郎に促され、拓海は諦めて重い腰を上げた。


●宴の花

 アスハとすみれは連れ立ったまま歩いていた。
「はあい、おふたりさん。デート?」
 エルナが悪戯っぽく笑いながら手を振る。
「そちらも、か?」
 アスハがエルナと英斗を見比べた。
「うふ、ひみt」
「違います」
 断言する英斗。
「良かったらこっちで一緒にどうですか」
 誘われ、アスハとすみれが合流となる。
「どうぞ」
 すみれがコップを手渡し、小瓶を掲げる。
「……すまない、じゃあ一献だけ、な」
 アスハは生真面目に酌を受ける。
「こうしてると平和ですよね」
「まだ、随分荒れている場所もあるらしいが、な」
 ふと英斗はアスハに聞いてみたかった事を思い出す。
「アスハさんは、近接戦闘メインだってきいてますけど。バンカーでしたっけ」
「そちらは、確かトンファーだった、かな?」
 近接武器とはいえ随分とイメージが違う。
「良くアレを使えるな、と思う」
「トンファーもいいですよ。是非一度試してください!」
 トンファーの魅力を広めようと力説する英斗。

 一方の女子二人。
「私も道端に咲くすみれではなくこの桜のように輝きたいんです! 素敵な人がいつ現れるのか、占ってください!」
 すみれが懇願すると、エルナは鷹揚に頷いた。
「いいわよ、やってみるわー」
「エルナさんは恋占いができるんですか? へぇ!」
 英斗も思わず膝を乗り出す。
「水晶玉……を忘れ、いや今日はそう、浄化してるから! これを使うわ!」
 ガラス製の酒瓶。きれいな空色だ。
「ち、ちがうわよ! こうしてっ」
 塗りのお弁当箱の蓋に酒を注ぐと、真剣な表情で覗き込む。
(……そんなんでいいんだ)
 英斗が無言で見つめる。
「見えたわ……! へぇー! 運命の相手は意外と近くに居そうよ?」
「本当ですか!」
 すみれがミニスカートも忘れ、四つん這いの様な形で身を乗り出した。ちょっと無防備である。
「そうね、その相手を探すために旅に出たほうがい……じゃなくて」
 むむむ。見えたような気がしたけどこれどうなの。
(いや、大丈夫、あってる。あってるはずだから自分を信じろあたい!)
「自分で自信を持てるものを3つぐらいつくるといい……ってことだと思う?」
 何故疑問形。
 すみれがしょんぼりと座り直す。
「どう思います? 自信を持てるものって何でしょうね?」
「人の好みはそれぞれだからなぁ。菊開さんのこういう所がイイって人も絶対いるでしょ」
「そうなのかなあ……」
「可愛いし、別に無理しなくても今のママでいいでしょ」
 すみれの顔がぱっと明るくなる。
「えっ、可愛いって、本当ですかっ」
「……そうやって自然体で笑っているのが、一番魅力的、かな? 桜梅桃李というし、な。人それぞれ、魅力はある、さ」
「うーん……そうなのかなあ」
 納得したような、しないような。乙女心は複雑である。
 英斗はコーラを手にちらりと別の宴席を見遣る。
(俺にはあっちの方が心配だよ……)
 男ばかりの宴席の律紀、そして華やかな和というよりは、遊ばれている梨香。
(……あの二人には、俺も負けられん)
 シングルの男女がいたからと言って、上手く行くというものではないらしい。


 何やら視線を感じ、梨香が振り向いた。
「どうなさったの?」
 シェリアが釣られて辺りを見る。
「? 何かしら……視線を感じたような」
 そこで目に入ったのは、色鉛筆を手にスケッチブックに向かう華蓮だ。
 華蓮は目を上げたところで、興味深々という風情で自分を見ている梨香に気付く。
「今日もみなさんの似顔絵ですか?」
 華蓮が密かに友人たちの顔を描いているのを前に見ている。
 その筆の鋭さ、優しさは、華蓮の見ている世界を紙に写し取ったようで興味深かった。
「あら、素敵! わたくし華蓮さんの絵、とっても好きですわ」
 シェリアも興味を持ったようだ。
「ん? 今日は花見ついでに花を描きにね……」
 華蓮はさりげなくスケッチブックを立てる。
「後で見せて頂いてもいいですか?」
「うん、後でね。お楽しみに」
 華蓮は抱え込むようにスケッチブックに向かう。実は描かれているのは、桜の花と梨香だった。
(後で見せたらびっくりするかな)
 ちょっとした悪戯を仕込むように、華蓮は丁寧に色鉛筆を走らせる。

 いつしか日は暮れて、闇の中に浮かび上がる桜が凄みを帯びて来る。
「風情があって良いですわね〜。料理も美味しいし桜は綺麗ですし、こんな楽しいピクニックがあったなんて知りませんでした」
 シェリアは舞い散る花びらを掌に受け、それを軽く吹き飛ばす。花弁はひらひらと宙に踊った。
「梨香も食べる? 箸一膳しかないケド。イカ焼きだって。卵じゃんね?」
 龍騎がパックに入ったイカ焼きを物珍しそうに覗き込む。
「イカもちゃんと入ってますよ。お弁当は如何ですか」
「食べたいな。寮のゴハン、味が薄いんだもん」
 イカ焼きを分けて貰いながら、梨香は少し不思議な気持ちがした。
 柔らかな生地の服を格好良く纏った龍騎は、あっという間に大人になったみたいだ。
「ねえ聞いて、屋台で物買うの初めてなんだ。自分で買ったよ、今は怒られないから。綿菓子は買ってもらったコトあるけど」
 そこで言葉を切った龍騎は、どこか遠い目をする。
「桜なんて何度も見たのに。今日の桜は初めてみたいに見えるよ」
「今年の桜は、今年限りって言いますね」
 龍騎が意外そうな顔で梨香を見た。
「花は散って、翌年に咲く花は同じではないからだそうです」
 隣でシェリアも小首を傾げる。
「東洋哲学ですの? でも東洋人は輪廻転生を信じていると聞きましたわ」
「……よくわかんないや」
 梨香が笑う。
「実は私もです」
「変なの」
 同じような会話をいつかかわしたような気もする。けれどこれもまた、今日限りの会話だ。


 諏訪が箸を差し出す。
「はい、千尋ちゃん、あーんですよー?」
「ええっ……あー……ん」
 ぱくり。卵焼きは美味しいはずなのだけど、恥ずかしくて味なんてわからない。
「おいしいですかー?」
 一緒に作ったお弁当の味は、勿論格別だ。
「お、おいしい、よ!」
「じゃあお返ししてくださいねー」
 千尋はどぎまぎしながら唐揚げを可愛く刺したピックを、諏訪の口元に持って行く。
「はい、あーん」
「あーん」
 諏訪はわざと大きく口を開け、千尋の指先も軽く咥える。
「ひゃああ!?」
 指先に触れた柔らかな物に、千尋が声にならない声を上げた。
「お、おいしい……?」
「おいしいですよー、とっても」
 諏訪の笑顔に、千尋は何か引っかかりを感じる。
(この前の依頼で大変だったみたいだけど……無理してないかな)
 いつも隣にいるからこそ気付く、軽い違和感。
 千尋の気持ちを察したように、諏訪がふと真面目な顔になる。
「最近も来ましたけど、京都を取り戻してこうしてのんびりできるようになったのが、つい昨日のことみたいに感じますよー?」
 うん、と頷く千尋。
「本当にお疲れさま、だね」
 今日までかかわってきた皆に。そして貴方に。
 諏訪はまたいつもの笑顔で、千尋の頭を撫でる。
「こういう平和をしっかり守っていきたいですねー? 一緒に頑張りましょうねー!」
「うん、わたしもがんばる! がんばろうね!!」
 約束の指きり。
 この人はわたしよりずっと強い。でも、この人を、この人と過ごす時間を守る力になりたい。
 千尋は自分にもがんばれ、と言い聞かせる。

「今宵はお楽しみですね?」
 不意に仮面の男が現れる。
「きゃっ!?」
「ナイフ投げなど如何でしょう? 見事避けて見せますよ」
 諏訪が噴き出しそうな表情で仮面の愁也を見た。
「じゃあ試してみますよー?」
「当てるなら額の真ん中が狙い目ですよ」
 遥久が涼しい笑顔で愁也を自分の楯の前に固定する。
「ちょ、あぶね!?」
「大丈夫、命中してもこの位のかすり傷すぐに回復してやるから」
「でも痛いだろ!」
 諏訪が容赦なく(当たらないギリギリに)ナイフを投げ、笑いが起きる。

「あまり無茶はしないでくれたまえよ。事件で新聞に載るのは勘弁だ」
 引率役のジュリアン・白川(jz0089)が苦笑いで窘める。
 遥久がヴァイオリンを示し、軽く腰を屈めた。
「デザート代わりと言っては何ですが。リクエストがありましたらどうぞ」
「そうだね、では」
 白川は瞑想曲を希望した。
「……喜んで」
 現世の栄華の儚さ、常世への憧れ。ここにいない誰かに、そして来年の花に届けとばかりに響き渡る。
 その音は道化の仮面に隠した愁也の心をも労わるように。
「……守りたかったな」
 小さな呟きは、誰にも届かず。仮面の下の表情は、誰にも見えず。
「先生、あの二人もどこかで桜を見てるかな」
 膝を抱える優しすぎる青年の肩に、白川は黙って手を置いた。

 その背後から、いきなり清世がかぶさる。
「じゅりりん、飲んでるー? 飲んでねえじゃん、飲めよー」
「……酔っているな?」
「酔ってねぇよ、宅飲みじゃねぇんだからさ。女の子もいるしまだまだ余裕!」
 清世は華桜りりか(jb6883)にひらひらと手を振って見せた。
 湯葉巻きを食べていた海が、白川に顔を向ける。
「先生、帰りの運転は代わりますから、安心してお酒をどうぞ」
「有難う、しかし君は飲まないのかね」
「はい。その分、ご馳走を頂きます」
 このいつも礼儀正しい青年と危険な街中を駆けたのも、つい昨日の様だ。
 その後彼が選んだ道に白川は内心驚いたりもしたが、人間の本質はそう変わるものでもないらしい。
「あ、そーだじゅりりん、ツーショ写メー」
 自撮りモードのピースサインで白川にもたれかかる清世。
「こら重い」
 口ではそう言うものの、清世の明るさはどこか救いの様でもあった。
「ほらもっと笑えー! 飲みはいつでもあるけどさ、ガチのお花見とかあんまりなくない? 記念記念ー!」
 パシャリ。
 その音と同時に、いきなり桜吹雪が降りかかる。
「!?」
 花まみれの白川は、数回フラッシュが光るのを見た。
「わーい成功! いつも以上にお美しいです先生!」
 彩華がVサインを向ける。その横ではひと仕事を終えたヒリュウが、まだ前足に残った花びらをパタパタ振り落としていた。
「わぁ……とても綺麗なの、です」
 りりかがうっとりと目を細める。
 この綺麗な桜を、沢山の人に見て貰いたい。何か自分にもできないだろうか。

 浅茅 いばら(jb8764)は弁当をつつく手を休め、ふと物思いにふける。
 桜の花はただ美しいだけではなく、どこか人を惹き込む力を持っている。
 いばらは古木が自分達を見下ろしているように思えた。
「……そういえば花鎮めの祭りなんてのもあるんやっけ」
「特に夜桜には凄味があるからね。昔はもっと闇も濃い。魅入られてしまうように思ったのだろう」
 白川の言葉に、いばらはふとおかしくなった。
 半分とはいえ悪魔の血を引く自分も、闇の住人のようなもの。
 ならば、お仲間をなだめることもできようか。
「夜の笛は嫌われるんやけどな。……少しでも『魂鎮め』になるなら」

 愛用の竜笛を取り出し、いばらは座を少し離れる。
 高く、低く。物悲しくも美しい笛の音が、夜の闇を滑って行く。
 りりかが躊躇いがちに立ちあがった。
(あたしの踊りが役に立つなら……)
 笛の音に合わせ、唄を口ずさむ。被いた薄衣がふわりと翻った。
 広げた扇に、桜の花がはらり、はらり。
(みんなの気持ちが安らぐように、少しでも笑顔が増えるように……)
 悲しい魂たちよ、あるべき場所へ。
 笛と唄が重なり合い響き合い、桜の花びらが感極まった様にこぼれる。
 りりかは半ば陶然と花と共に舞う。
 かつての舞は、身体の動くままに、自分の為に。
 けれど今、視線に負けず、自分の意思で目的を持って舞っている。
 
 笛の音が途切れ、舞も終わる。それと同時に、一斉に拍手が沸き起こった。
「はぅ……恥かしかったの、です」
「お疲れさん、良い踊りやった」
「素敵な笛、でした」
 いばらのねぎらいに、りりかも微笑みを返した。

 拍手を送りながら、海はふと雅やかなことを思いついた。一句捻ろうという気分になったのだ。
(桜咲き、散りて積もるが、寂しくて、ってか)
 ――花弁が積もる間がないほど人が来てほしい。
 同じ思いを抱いてここに来ている者も多くいるのだろう。
「綺麗でしたね」
 律紀がほう、と溜息をつく。
「なんだかゲートが悪い夢だったみたいだ」
「中山」
「はい?」
「舞鶴では力になれなくてすまない」
 将太郎の突然の言葉に、律紀は目を見張る。
「京都は取り戻せたが、こっちはまだケリついてねえみたいだし。これから何か困ったことがあれば俺に相談しろよ? 力になるから」
「……はい。お願いします」
 律紀はただそう答えた。


●宵の花

 弥生が桜餅を乗せた懐紙を勧める。
「どうぞ。私がよく行くお店の桜餅なんです。凄く美味しいので是非食べてみて下さい」
 夢は目を輝かせて受け取った。
「わあっすごく美味しそう! いただきます」
「おいしいサンドイッチのお礼ですよ」
 微笑みながら、香りのよいお茶を淹れる。
「本当においしい! 京都っていろいろあるのね」
「京都は凄くいいところですよ。風情もあるし人々も温かいし……」
 ふわりと花の様に微笑む弥生は、桜の精のようだった。
「後で枝垂れ桜を見に行きましょう。見事ですよ」
「屋台も見ましょうっ」

 夢と弥生ははぐれないように手を繋いだ。
「こっちですよ」
 優しく手を引く弥生に、アリスが声をかけた。
「ごめんなさい、枝垂れ桜がどちらかご存知ですか?」
 着物姿の弥生ならわかると思ったようだ。
「ご一緒しましょう。あちらです」
「有難う、ございます」
 控え目に零時もついてくる。

 枝垂れ桜は間近で見ると、言葉を失う程の見事さだ。
「何だかドキドキする……」
 夢は思わず弥生の手を握り直した。
「夜の桜ってなんだか神秘的ですね」
 まるでこの世ならぬ物。屋台の匂いがかろうじて、現世に人を繋ぎとめてくれるようだ。

 零時とアリスも揃って見上げる。 
「本当に見事な枝垂桜ですね。こうして一緒に見られてよかったです」
「ええ、とても綺麗だわ……」
 ふと動かした指が、零時の指に触れる。
(あっ……)
 顔が熱くなる。けれど、アリスはほんの少しだけ待ってみた。
 指が優しく、けれどしっかりと捕えられる。
「折角の桜の園ですから、少しこのまま回ってみましょう」
「……ええ」
 少し俯くアリスの頬も桜色に染まっていた。


●悼の花

 やがて撤収の時間になる。
 龍騎はゴミを集めながら、ふと梨香に尋ねる。
「梨香は何で撃退士になったの?」
「どうしたんですか、急に」
 梨香が穏やかに、だが手を止めないままに言った。
「別に。ちょっと聞いてみたいだけ、梨香のコト」
 今度は手を止めて梨香が龍騎を見る。
「そうですね。取り戻したい物があったから、でしょうか」
「それ、取り戻せた?」
「……少しだけ。まだ残っているんです」
「ふうん。取り戻せたらいいね」
「そうですね。頑張ります」
 そう答えてから、もしかしたら龍騎にもそういう物があるのだろうか、と思った。
「あの……」
 だがその時にはもう、龍騎はゴミの袋を手に背中を向けていたのだった。

 片付けを手伝いながら、明斗はまだ手つかずの飲み物に目を止めた。
「これ、僕が買い取ってもいいですか」
「ああ勿論。後は返すだけだからね」
 白川に代金を渡し、明斗が飲み物を抱える。
「先生、時間には帰りますので、少しだけ自由時間を頂いてもいいですか」
「……気をつけたまえよ。何かあったらすぐに連絡しなさい」
 白川は理由を聞かなかった。明斗は軽く頭を下げる。

 桜の巨木を、その上に広がる空を、夢野は見上げた。
(……色々、本当に色々あったなぁ)
 桁外れの強さを持つ大天使との死闘、そして勝利。幾度か刃を交わした『正義の使徒』の言葉。
 そして、取り返しのつかない喪失。
(でも、これからも色々……あるんだよな)
 彼らの事は決して忘れないだろう。そしてこれからも、夢野は前へと進むのだ。
 桜の霊気に当てられて酔ったように、ただただ遠くを見つめて立ちつくす。

 悼む心は明斗にも。
(……本来なら、僕がココで死んでいたんだ……)
 夜風に髪をなびかせ、かつて南大収容所があった空き地を見つめる。
 明斗は持っていた飲み物の蓋を開け、中身を振りまいた。
「鬼島先輩、親衛隊の方々、お久しぶりです」
 この地で失った仲間の存在は、余りに大きかった。
 自分も飲み物を口にし、明斗は誰かに聞かせるように最近の学園の状況を語り続ける。
「まだまだ、戦いは続きますが、きっと平和になります。いや、してみせます」
 宴会の間は、ずっと笑顔だった。今自分のなすべきことは、それだと思ったからだ。
 けれど一瞬たりとも彼らの事を忘れてはいなかった。忘れられるはずもなかった。
 自分の命は、彼らに拾われたのだから。
「この命、決して無駄に致しません。先輩達の分まで、頑張ります」
 深く深く一礼。
 そして真っ直ぐ顔を上げ、明斗はかつての戦場を後にする。
 その先には生者のなすべきことが待っている。


 人気もまばらな夜半、公園ももう閉まる頃。
 ガートは枝垂れ桜の影に身を顰めていた。
 目の前にかざす思い出の指輪の石は、かつて愛した少女の瞳の色。
「オマエとの約束、果たせなくなるかもしれねぇが。大きく道を誤らないよう、見守ってくれ」
 ほんの一瞬、金の髪が黒く染まり、黒い蝙蝠の翼が現れる。
 だがそれも束の間。
 ガートは立ち去り、後は静かな闇があるばかり。


 桜は全ての人の思いを受け止め、涙のように、祝福のように、静かに花びらを散らし続けた。


<了>


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
オシャレでスマート・
百々 清世(ja3082)

大学部8年97組 男 インフィルトレイター
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
泡沫の狭間、標無き旅人・
龍騎(jb0719)

高等部2年1組 男 ナイトウォーカー
絶望に舞うは夢の欠片・
地領院 夢(jb0762)

大学部1年281組 女 ナイトウォーカー
影斬り・
ガート・シュトラウス(jb2508)

卒業 男 鬼道忍軍
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
想いを背負いて・
竜見彩華(jb4626)

大学部1年75組 女 バハムートテイマー
和装の陰陽師・
麻倉 弥生(jb4836)

大学部3年229組 女 陰陽師
見守る瞳・
久留島 華蓮(jb5982)

大学部7年95組 女 アカシックレコーダー:タイプA
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅
いにしへの都の春を彩りて・
霧島零時(jb9234)

大学部2年98組 男 ルインズブレイド
撃退士・
卯月 アリス(jb9358)

高等部3年19組 女 アカシックレコーダー:タイプB