夜闇の中で異彩を放つものが、存在した。
猫耳!
メガネ!
メイド服!
首輪!
さらにメイド服の下に紺スク水を着込み、畳みかけると言わんばかりに悪魔の羽を顕現させている。
「これで完璧だにゃー。ご主人様、よろしく頼むぞ」
一切の冗談を含まない真顔でリンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)が亀山 淳紅(
ja2261)に見事な一礼をした。
その歪みねえ腰の折り方は、メイドと言うよりは執……いや、何これ。マジで何これ。
「リンドさん、ソレ……駄目やと思います」
「駄目かどうかはやってみねば……あ、いたにゃー」
「早!?」
まさかの開始三十秒。草葉と闇に遮られよく見えないが、首が三つで手が四本など変質者以外有り得ない。
「ハアハア」
気配に気づいた変質者が、ゆっくりと淳紅たちのもとに近づいてくる。
敵は、何故か天使の羽の生えたリュックを背負っていた。
「くっ、この圧力。天使の羽に悪魔の力……光と闇が合わさって最強に見えるにゃー」
「着眼点そこ!?」
「ですが、ご主人様だけは必ずこのリンドが守ってみせよう、にゃー」
「……あ、なんかその呼び方いいかも」
頭のウサミミ(スーツと合わせて4000久遠)をひくつかせ、頬を染める淳紅。
「ハア……ハア」
その様子に何やら感じるものがあったようで、変質者の体が僅かに膨張する。
「これはチャンス?」
相手は二人に見入っている。アピールするなら今しかない。
「よく分からないが、打ち合わせ通りやればいいのだな」
リンドも相手の隙に気付いたようで身構える。
まず動いたのは、淳紅だった。
「ほら、這いつくばれよ。ジブン、メイド?やろ? だったら跪けよ、なァ!」
淳紅は、首輪に繋がれた縄を引っ張り、リンドを強引に四つん這いにさせたのだ。
「にゃー。乱暴は止めて下さいにゃー(棒読み)」
ドSご主人様に弱気メイド。それは、最強の組み合わせ。
(どや!)
完璧な演技に変質者も爆発四散は間違いないと、相手を見やる。
だが。
「ハンッ」
「鼻で笑われた!?」
無念。女装バニーガールと謎の猫耳合成生物では萌えには程遠い何かだったようだ。
怒りに悶えた変質者が淳紅へと襲い掛かる。突然の事に反応できず組み伏せられてしまう。
「ペロペロペロ」
「ひぃっ、気持ち悪! 助け、リンドさ……っ」
押し倒された淳紅を変質者が執拗なまでに舐め回した時だった。
「貴様!」
恐怖する友を見て、リンドの口から怒りが溢れる。考えるより先に体が動いていた。
放たれたのは、強烈な回し蹴り。錐もみ回転で吹っ飛ぶ変質者。
「さ、さすがやな」
「……大丈夫か?」
「うん。ちょっと擦りむいた程度やけど」
見ると、淳紅の肘からはうっすらと血が流れていた。
「まったく……これ以上傷を増やすでない。御主のような柔な人間に付いた傷は見るに堪えんのだ」
それだけ言って、リンドが傷口に唇をそっと寄せる。
「ひゃっ」
「動くな。血を吸い出している。生憎、治癒の術は知らんのでな」
「そうじゃなくて、くすぐった……ひぁっ……くぅん」
不思議なことに、先程の変質者の時と違って不快感はない。ただ、胸が爆発するような高鳴りだけが淳紅の全てだった。
「あ……あぁっ」
身悶えするような未知の感触に妙な声を上げる淳紅。
人知れず変質者が爆発しているのに気付いたのは、三分後だった。
●
その頃。ところ変わってロリコンビ。
「もう触手はイヤじゃー!」
ハルシオン(
jb2740)は全裸の変質者から伸びる触手を必死に叩き落としていた。
「なんだか前回もこんなことが。いかん、いかんぞ」
この斡旋所で受けた依頼ではいじられポジションが固定してしまうのではないか。それだけは絶対に回避したかった。
「ならば、攻めに回るのみ!」
覚悟を決め、『必殺技』を見せつける為の構えを取る。
これを食らえば、男であろうと女であろうと変質者であろうと萌え殺せる自信があった。
色気と属性の究極融合。
常人であろうと爆散しかねない究極奥義。
「ゆくぞっ。覚悟せいっ!」
――その名もッ!
「ハルちゃん危ないっ」
見る者全てが魅了される最強の技を放とうとしたその時。
遮ったのは、コンビを組んでいた焔・楓(
ja7214)だった。彼女は小さな体に不似合なサイズのショットガンを変質者へと放ったのだ。
「え、えー?」
構えのポーズのままハルが硬直する。
「危なかったのだー♪ ケガはない?」
楓の口調に悪意はない。
よほど急いだのか、引っかかった木々がタンクトップを引き裂き、彼女はほぼ半裸になっていた。見えてはいけない部分がギリギリの所で隠れている。
「あ、ああ。ありがとう。大丈夫なのじゃ」
混乱しながらも吹き飛ばされて地面に倒れ伏す変質者を踏みつける。相手は踏まれて喜んでいるようだ。キモい。
「あれ? なんか大きくなってるよ? なんなのかな? コレ」
「ああ、ソレは……知らないほうが幸せじゃ」
「ふーん。じゃあとりあえず撃つね」
言うが早いか、楓が引き金を引く。
銃声とともに、数多の散弾が――
変質者の股間に突き刺さった。
「ギャアア!」
アレを吹き飛ばされた変質者が悲鳴を上げる。
「あれ? 吹き飛ばしたのにもう大きくなってるよ? でも、それなら戻るより早く攻撃すれば」
ズドン。ズルッ。
パァン。ニョキッ。
グチャア。ビクンッ。
生えては潰され、生えては潰され、生えては潰され。
やめてあげてよ。変質者のライフはもう0よ。などと言う言葉がハルの脳裏に浮かび上がる。
「ふぇぇ。何これ? 返り血? 体液? べとべとで苦いよぉ……あ、飲んじゃった」
その言葉が引き金になったのか、それとも終わりなき激痛に生きることを諦めたのか――
とうとう、変質者が自爆した。
「うう、もうイヤじゃあー!!」
顔面に生臭い体液を付着させ、涙目でハルが叫ぶ。
その羞恥と涙が潜んでいた変質者を爆発させたことには、彼女自身さえ気づいていなかった。巻き込まれ系美少女は正義なのである。
●
「暗いのは、怖いです……」
本城 猛(
jb8327)は泣きそう人間である。
暗闇の中で仲間とはぐれ、森の中を歩いていた。
着込んでいたチャイナ服は森の中を歩いたせいで擦り切れ、破れ、露出した肌の割合がエラい事になっていた。
「こんな時、あの人がいれば」
心細さを紛らわせるため、敬愛する男性の顔を思い浮かべる。
どうして今は一緒じゃなかったのだろう。寂しくて悲しくて仕方がない。
今にも涙がこぼれそうなその時――
「ホモォ!」
ブリッジ状態でカサカサと、頭が三つの変質者が迫りくる! 女性のような顔つきをしており、その表皮と肉は明らかに腐っていた。
名づけるなら、腐女子。
「で、出たぁっ!」
事前情報では斬っても無駄らしい。ならばと、偶然道端に落ちていた丸太で腐女子を殴りつける。
「凄ェ! さすが撃退士!」
と、言ったのは通りすがりの仮免木こりのモブ矢エイジ。誰だお前というツッコミはパニックに陥る猛からは出てこず、ただ震えるだけだ。
「ホモォ……」
案の定、ディアボロ相手に意味はなかった。元気溌剌にブリッジ体勢のまま、猛の周囲を這いずりまわる。
余りの異様。細身の体を縮め、端正な顔にうっすらと涙が浮かんでしまう。
「ホモット!」
「も、もっと聞かせろって?」
どういうわけか、腐女子は猛の前の学校(男子校)での話を聞きたいようだった。
恐怖のままに口にしそうになる。だが、相手の欲望を満たすために会長を売り渡すような真似はまっぴらだ。
「そうだ。こんな時は」
出発前に、当の会長からもらったアドバイスが頭に浮かぶ。猛には意味が分からなかったが、疑いなどない。
子犬のように震えながらも、しっかりと相手を見据え『その言葉』を口にする。
「あなたは、間違っている。正しい腐女子は、『びーえる』を遠くから眺めて愛でるものですよ!」
「ホ、ホモォ!?」
猛の言葉に狼狽する腐女子。三つの頭を抱え、苦痛に顔を歪めている。
ぶつかりあうのは自らの欲望と、正しく美しい腐女子の理想。
相反する感情が相克し合った結果――
彼女は、矛盾の中で爆裂四散した。
「うぅ。もう帰る! さっさと帰ってこの衣装を堪能していただくんだから……ってもうボロボロだー!」
●
和風ゴスで身を包んだ紀浦 梓遠(
ja8860)は、どう見ても女性にしか見えなかった。
どこか怯えた様子は、変質者の加虐心を大いにくすぐり、たまらなく興奮させるだろう。
「オトコノコォ!」
「や、やだぁ……なんて言うと思ったかこの野郎!!」
予想通り茂みから躍り出た変質者を一刀のもとに両断する。さすがに縦一文字に真っ二つにされては再生できないはずだ。
だが、彼の予想に反し、真っ二つにされた変質者は、何と……
増えた。
二匹に。
斬り口が再生し、そこから増えたのだ。プラナリアみたいに。
「え、え……えぇー!?」
湧き上がる恐怖。ホラー映画さながらのグロテスクな再生シーンは、何の心構えも無しに見るにはショッキングすぎた。
「オトコノコォ!」
独自の嗅覚で女装した梓遠の性別を見抜いたのだろう。変質者達は歓喜の声を上げ、彼にじり寄る。
「お、お前なんかに、こんな恰好する気持ちが……」
ショックから立ち直るにはもう数秒の時間が必要だった。その隙に変質者達の八本の腕が、梓遠の耳を、首を、腰をまさぐりだす。
「い、イヤ……イヤァァ!」
口から出たとは黄色い悲鳴。羞恥で意識が朦朧とし、涙目になる。
そんな彼を救ったのは、一条の鞭だった。
「アア!」
痛いのか気持ちいいのか微妙に判断しづらい叫びを変質者の片割れが上げ、崩れ落ちる。そこにいたのはメイド服を着た銀髪の少女、微風(
ja8893)だった。
「こんばんは。ご主人様」
優雅な一礼。つられてもう一人の変質者も礼を返す。
「不束者ではありますけれど、精一杯のご奉仕をさせて頂きに参りました。受けて頂けますか?」
優雅な微笑みに、変質者が何度も頷いた。
「畏まりました。それでは――」
そう言って、微風が取り出したのは――
鎖付きの手錠だった。
抵抗のない変質者にかちゃりと嵌めて、後ろ手に縛り上げる。
「ふふ。こうするとご主人様は……喜ぶんですよね?」
心底楽しそうに、少女が微笑む。
そこから先は、新世界だった。
微風の鞭が唸り、背を叩き、土足が後頭部を踏み躙る!
「ノォ!」
「あら。まだ足りませんか? 言葉が通じないのはもどかしいですね。では蝋燭など」
「ノォー!」
「こうですか? これがイイのですか? ご主人様?」
四つん這いにされ、踏まれ、弄られ、叩かれ、蝋燭を垂らされるとたまらず変質者が悲鳴を上げた。
「アッー!」
ノーマルだった変質者も、アレにナニをねじ込まれたのを最後に、とうとう『何か』に目覚めてしまったようだ。
故に、彼はその身を爆散させてしまった。
「あら、果ててくださったようですね。ですが、服がべとべとですね」
自爆した変質者の体液も最悪だったが、実はそれ以上に恐ろしい光景が彼女の背後で広がっていた。
「オレの弟に何してんのかな? ちょっと教えてくれよ」
変質者の顔面を執拗に殴打しているのは、人格交替を果たした梓遠の兄、ノイスだった。
「三つも口がついてんのはただの飾り? オレの弟を泣かせた罪、その命で贖ってもらうからな? この△×野郎!」
そう言いながら彼が取り出したのは、チェーンソー。
「剣で駄目なら、コイツでどうだ? バラバラにすれば再生できないだろう」
彼の顔に浮かぶのは、どこか狂気さえ孕んだうっすらとした微笑みだった。
「ギャアア!」
壮絶な痛みに変質者の口から悲鳴がほとばしる。
……ここから先はお見せできません。ご了承ください。
●
(そういえば、虫が幼虫から成虫になる時に形変えるのも変態っていうよねー)
などと考えながら、胸元を開いてパタパタと煽ぐのは碓氷 千隼(
jb2108)だ。
「って、これで釣れたら本当に情けな……出た!?」
いらんことを言うと現実になるのがこの世の運命。
千隼の前に現れた変質者は――
シンプルに全裸だった。
「ただの変態だー!」
「ヘン、タイ?」
「その姿が変態以外の何なのよ!」
「ヘン、タイ……?」
千隼の叫びに、何か思いついた変質者が奇妙なポーズをとる。
「ヘン・タイ!」
そしてその瞬間。
彼の体を真っ白な繭が覆い――
光と共に――
新たな姿へと――
「『変態』したーっ!?」
その姿は、まさに別の生物への変態。
変質者と違い、彼の頭は一つしかない。だが、その頭部はマンチカンそっくりの物へと変化していた。
そして、力漲る筋骨隆々の男性型ボディ。もちろん、全裸なのは外せない。
変質者が変態し、新たに生まれ変わった姿。
その名もッッ!
マン・チカン・マン!
「チカンマン!」
マンチカンマンが雄叫びを上げ、恐るべき敏捷さで千隼の背後に回り込み、臀部を揉みしだく。そのいやらしさは変態前に比べ、なんと四倍!
「ひぁっ……って、よくもォ!」
だが、ここで崩れる千隼ではない。
乙女のお尻を触った痴漢は死すべしと、不屈の闘志が溢れ出す。
恐怖を乗り越えた乙女の反応は速かった。
尻を揉むチカンマンの手を取り、力任せに目の前へと引き寄せる。
「天国を、見せてあげる」
もはやヤケクソを通り越して、彼女は完全に開き直っていた。手を離した瞬間に飛び上り、スカートから覗くフトモモで痴漢マンの頭部を挟み込む。
「チジョップ!」
「誰が痴女よ! 妙な鳴き声……上げてるんじゃ、ないッ!」
生足で挟み込んだまま、そのまま地面とキスさせてやる。凄まじい衝撃が痴漢男を襲ったはずだが、何故か相手は幸せそうだった。絶対領域の中の神秘が見えたからだろう。
そのまま体勢を変え、今度は頸部をカモシカのような見事な脚で締め付ける。
「どう? 現役女学生のフトモモの味は?」
「いい匂い、だった……」
死の間際、人としての意識が一瞬だけ戻ったのだろうか。やけに流暢な日本語で呻いた後、そのまま爆散する。彼は、この世に未練など無いとばかりに幸福な表情をしていた。
ただ一人残されたのは、白濁液を全身に浴びた千隼だけ。
「うぅ……もうヤだ」
人生について考え直しつつ、彼女は涙目でぺたんとしゃがみこむしかできなかった。
先程までの獰猛さとのギャップに、最後に残っていた七人目の変質者が爆発したのは、やはり本人さえも気づいていなかった。
●
かくして、平和は訪れた。
だが、この世に悪魔がいる限り、必ずや第二第三の変質者が現れるだろう。
その時もまたきっと、彼らが立ち上がってくれるに違いない。
「もう二度とやりたくないです」
はい、聞こえません。
最後に、労いの意味を込めて撃退士たちのシャワーシーンで締め――ようと思ったらコードに抵触する為、別のカットで締めさせていただきます。
「チカンマン!」
お前かよ。