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マスター:白城海
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/05/24


みんなの思い出



オープニング

 例え天魔が跳梁跋扈していようと、いつの時代も悪ガキどもの行動は変わらない。
 やるなと言われればやるし、行くなと言われれば、どうしても行ってしまう。

 榊原優馬も、そんなよくいる悪ガキどもの一員だった。
 情勢不安とは言え、学校の裏山に悪魔など出るわけがない。そうタカをくくって毎日のように行われる「探検ごっこ」。
 優馬たちにとって、大人たちの「むやみやたらに出歩くな」という警告は、探検を盛り上げるためのスパイスにしか過ぎなかった。

 禁止されるからこそ、燃える。いるはずのない天魔に怯えるからこそ、スリルがある。
 悪ガキたちにとって、毎日の探検ごっこは世界中のどんなゲームソフトより興奮する最高の遊びだったのだ。

「……あれ?」
 初夏の日差しが木々の間を差し込む昼下がり。いつもの五人で探検に勤しんでいる中、優馬は一つの違和感に気付いた。
「どうした、ユウ?」
「あそこの木の根元。何か掘った跡があるんだよ。しかも、かなり新しい」
 友人のケイゴの問いかけに、優馬は地面の一点を指さす。そこだけ土の色が違い、少しだけ盛り上がっていた。

「誰か、何か埋めたのかな」
「イノシシとかいるのかな。聞いたことないけど」
「モグラかもよ?」
「いや、実はこの山には悪魔が住んでんだよ。友達の友達が言ってたぜ」
 友人たちが好き勝手なことを喋る中、優馬は地面を掘り返していた。
 何故かはわからない。気付けば、そうしていたのだ。

 数十センチも掘らないうちに、指が固いものに触れる。

「え? マジで何か出てきたの?」
 友人たちが優馬を囲み、急かす。優馬が慎重に土を払うと、出てきたのは――

「オルゴール?」
 優馬が掘り出したのは、箱状のオルゴールだった。
 ゼンマイを巻き、フタを開けてみると、よく知ったメロディーが流れてくる。
 アップテンポで、荒野をバイクで駆け抜けるようなイメージ。オルゴールに落とし込むにはいささか不似合とも取れる曲調。
 小さなころ、作曲家の父が子守唄代わりにピアノで弾いてくれていた曲だった。母が「そんな派手な曲じゃ眠れないわよ」と苦笑いしていたのを今でも覚えている。

「あ、これ知ってる。靴のCMで流れてるやつだ。オレも好きだぜ、この曲」
『ルディとシオン』と名付けられたそれは、発表から数年経った今でもテレビのCMなどで流れるヒットナンバーだ。友人たちが知っていてもおかしくはない。
 何となく恥ずかしくて、父が作曲したものとは誰にも伝えていないが。

「……父さん」
 音楽を聴き、優馬の心にひた隠しにしていた生傷が浮かび上がる。
 彼の父は、二か月前に失踪していた。打ち合わせのために都心に行き、その帰りに煙のように消えてしまったのだ。
 不意に父の事を思い出し、涙が出そうになる。

「どうした、ユウちゃん?」
「何でもない。これ、貰っていいかな」
「何言ってんだよ。駄目に決まってんだろ。拾ったのバレたら、怒られるじゃ済まねーぞ。ってかオレが欲しいくらいだよ」
「……だよね」
 ケイゴの言うことはもっともだった。ただでさえ優馬たちは大人の警告を無視して山に入り込んでいる。
 もし、オルゴールが見つかってしまえば、盗んだことも言いつけを破ったこともばれてしまうだろう。

 仕方なくオルゴールを地面に埋めなおす。

 この時の彼らは知らなかった。
 この出来事が、恐るべき惨事を生み出すことなど。
 そして、『何者』かが、優馬たちをじっと見ていたことを。

 ●

 どことも知れない暗闇の中――

「あー、ヤバい。ボスに怒られる」
 ゴシックパンク・ファッションに身を包んだ十歳ほどの少女が、長い金髪を抱えて呻いていた。
 目を見張るほどの美少女ではあるが、彼女は人間ではない。
 透き通るような白い肌から伸びる黒い羽。彼女は悪魔なのだ。

「どうなさいました? クォお嬢様」
「ディアボロがどっか行っちゃったのよ。どういう訳か完全に行方不明」
「……それは、困りましたな」
 問いかけてきた配下のナッツも、答えを聞いてため息をつく。
 彼女らのボスは、数字に厳しい。
 魂のノルマ。ディアボロの管理。食料や備品の在庫。「モノが壊れることはあっても、なくなることはありえない」が口癖で、悪魔の中でもトップクラスに神経質なのだ。無駄とも思えるほどに。
 上役の性格のせいか、配下であるクォの戦力なども事細かに報告する必要があった。たとえディアボロの一匹、人肉の一グラム、スプーンの一本であろうと誤差は許さず、何か不備があれば数時間にも及ぶ説教が待っている。

「それでお嬢様。そのディアボロはどのようなもので?」
「戦闘調整したケモノっぽいヤツ。とは言っても強さ自体は大したことないわ。破壊衝動に従って暴れまわるだけ。自我も完全に消したはずだし、何で気配の一つも感じられないのよ……」
「どこぞで野垂れ死んでいるのかもしれませんな。強力な撃退士と鉢合わせてしまったとか」
「うわ、それ最悪」
 現実問題、今の彼女たちに迷子のディアボロを見つける手段はない。
 どこからか人間をさらってこっそり帳尻を合わせるか、素直にボスに報告するかである。消えたディアボロは、もはや見捨てるつもりだった。

「ああ、もう! 素体も最悪だと、ディアボロになっても最悪なのね」
「素体? そのディアボロが人間だったころを知っているので?」
 ナッツが疑問を投げかけると、クォが皮肉気な笑みを浮かべて答える。

「『ルディとシオン』の作曲者よ。あたし、あの曲が大ッッッッ嫌いなの。ムカつくから二度と音楽が作れない体にしてやったってワケ」

 その笑みは、まさに『悪魔』の名が相応しい程に、歪んでいた。

 ●

 斡旋所に、緊急の依頼が飛び込んできた。

『連続小学生殺傷事件』。

 被害者は、とある地方都市の住宅街に住む小学五年生の男子が三人。うち二人が重体。一人は軽傷。
 周囲に不審者の目撃情報はなく、ドアや窓がこじ開けられた形跡はなし。
 軽傷の少年の話では、巨大な獣が壁をすり抜けて入ってきた、とのことだ。

 警察の調査の結果、天魔による事件と断定。捜査権限は撃退士へと移された。

「どうも資料を見る限り、子供たちの歯切れが悪いと言うか、本人たちも襲われた理由がよく分かっていないというか。仲良しグループの一員が集中的に狙われているから、何か法則性はあると思うんですけどね……」
 資料を読みながら、斡旋所の男がつぶやく。

「今回の事件は、調査に関しては警察の力を借りる段取りが出来ています。みなさんは撃退士視点での指示を出し、迅速に目標を発見・討伐することです。それではどうぞよろしくお願いします」


リプレイ本文

 警察からの報告書を読み終えた撃退士たちは、一つの推論を下した。

『オルゴールに触れた、もしくは聞いた者が狙われた』のではないか、と。

「確か、この辺のはずなんだけどな」
 地図を眺めながら、観沢 遥斗(jb9502)が周囲を見回す。
 オルゴールが埋まった座標は地図に入力されている。報告によると、手つかずのはずである。
 アウルの力を持たない警察官を現場に派遣するのは余りにも危険すぎるからだ。

「あ、タブンここダよー。掘り返した後があるネー」
 長田・E・勇太(jb9116)がインカム越しに全員に報告する。
 彼の言葉を合図に、裏山に向かった全員が配置についた。

 周囲に魔の気配は感じられない。
 だがおそらく、オルゴールを掘れば現れるはずだ。
 完全防備、六人がかりでの待ち伏せ。いかに天魔と言えど、ただではすまないだろう。

「簡単な仕事ね。欠伸が出るほどに」
 零那(ja0485)がぼやくが、大なり小なりこの場にいる全員には似たような気持ちはあった。

 サーチ・アンド・デストロイ。どこにでもある下級ディアボロの始末。

 簡単な仕事のはずだった。

――だが。

「オルゴール、ナイよ?」
 エリックの困惑した言葉に、撃退士に動揺が走る。
 真新しい堀り跡は、どれだけ掘っても何も出てこなかったのだ。

 何故、どうして。

 彼らの疑問に答えられる者は、ここにはいなかった。

 ●

 一方、南條 侑(jb9620)と姫路 恵(jb8918)は小学校の応接室で、児童たちの聞き込みをしていた。応接テーブルの向かいには、三人の少年と担任教師が座っている。
 何故学校でかと言えば、理由は簡単。現場での戦闘に巻き込まれない程度には距離が離れていて、なおかつもし奇襲に遭っても数分以内に裏山組が駆けつけられるからだ。ちなみに、他の学校関係者はすでに避難させている。 

「というわけで、俺達はオルゴールを触れたか聞いた人間が襲われてる可能性を考えてる。何か覚えはないか?」
「覚えっていっても。オルゴールに触ったのは僕だけです。聞いたのは全員だけど」
 侑の問いかけに優馬が頭を掻いて答える。嘘や隠し事は感じられない。
 ただ、一つ妙な事があった。
 もう一人の無傷の少年、圭吾の様子がおかしかったのだ。所在なさげに視線を動かし、今にも泣きそうな表情を浮かべている。

「どうしたのですか? 圭吾さん。何か気付いたことがあるなら、仰って下さい。些細なことでも構いませんから」
 恵が優しく問いかける。すると、圭吾は体を震わせ、小さな声を絞り出した。

「オレだ。オレが悪いんだ」
「ど、どうしたんだよ!?」
「知らなかったんだ! あのオルゴールがそんなにヤバいモノだったなんて! どうしよう、オレのせいだ。オレのせいでみんなが大怪我を」
 声を荒げた圭吾には、恐怖と後悔の念が浮かんでいた。

「きっと、取り返しに来たんだ。だから、みんな狙われて……!」
 圭吾が喚く中、侑と恵に通信が入った。仲間のジョン・ドゥ(jb9083)からだ。
『悪い。こっちはハズレだ。オルゴールはなかった。どうも、誰かが掘り返したみたいなんだよ。とりあえず今からそっち戻るわ』

 堀り返された跡。存在しないオルゴール。狼狽する圭吾。
「まさか!?」
 確か、圭吾はオルゴールを見て言ったはずだ。

『拾ったのバレたら、怒られるじゃ済まねーぞ。ってかオレが欲しいくらいだよ』と。

「掘り返したのか?」
 侑の言葉に、圭吾が無言で頷く。
 ならば話は変わってくる。

 恐らく、『探検ごっこ』をしていた際、少年たちはディアボロに姿を見られていたのだ。だが、圭吾単独で掘り返した際は、偶然にも相手は留守だった。
 戻ったディアボロだが、あるべき場所にオルゴールが無い。だから、考えた。『探検ごっこ』に来た五人の誰かが盗んだに違いない、と。

 敵の狙いはオルゴールを聞いた者ではなかった。
 オルゴールそのものだったのだ。

「事情が変わった。合流を急いでくれ」
『了解、すぐに向かう。五分待ってくれ』
 侑の声音に、事態が危険な方向に動き出しているのに気付いたのだろう。ジョンが強い声で応答し、通信が切れる。

「それで、圭吾。オルゴールはどこに?」
「オレの部屋。机の中」
 報告書によると、圭吾の自宅は全力疾走すれば往復で五分程。
 仲間と合流して、チームを護衛とオルゴール回収に分ける。そしてオルゴールをダシに人気が無い場所に敵を誘導する。手が少々遅れたが、被害は最小限に抑えられるはずだ。

 なのに、何だというのだろう。

 侑、そして恵の胸には、例えようもない嫌な予感が渦巻いていた。

「恵。圭吾に変化する準備をって、もう化けてるのか」
「勿論です。これは完全なカンなのですが……来ますから。圭吾さんたちはこれを」
 恵が少年たちに向けて、大きめの帽子と久遠ヶ原学園制式のジャケットを放り投げる。狙いはオルゴールを盗んだ容疑者である彼らだ。変装すれば多少はマシになるに違いない。
 人目があるにも関わらず、自分の服を脱ぎ捨て、あらかじめ準備していた子供服に着替える。人命がかかった緊急事態だ。羞恥心など感じている場合ではない。

――悪い予感は、必ず当たるのだから。

 変装が終わった直後だった。

「来るぞっ!」
 轟音とともに窓ガラスを突き破り、全長二メートルほどの獣が応接室に飛び込んできた。
 黒い毛並みの、邪悪な形相を浮かべた狂獣。
 巨大な牙を光らせ、身体を沈めて二人を威嚇するように睨みつけている。
 訓練を積んできた二人には瞬時に理解できた。

――敵わない、と。

 八人全員でかかれば数分以内に蹴散らせる自信がある。だが、今の彼らはたったの二人。撃退士の最大の武器である『多人数での連携戦闘』を封じられている以上、勝ち目は皆無だった。

 侑たちを睨み付けながら、ディアボロはじりじりと距離を詰めてくる。

「どうする? 答えは一つだけどな」
「どうしましょう。一つしかないですけど」

 目の前には太刀打ちできない敵。
 背後には無力な生身の人間が四人。

 彼らを見捨てれば、二人は簡単に逃げおおせるだろう。

 だが、そんな道を選ぶつもりは毛頭なかった。

「死ぬかもしれないぞ?」
「それはお互い様です」

 死ぬのは怖い。
 だが、何より恐ろしいのは……

 力なき者を犠牲にし、自分だけが生き残ることだった。

「絶対に、守り抜こう」
「ええ」
 目を合わせ、頷く。
 その直後。二人が左右に跳んだ。

「オルゴールはこっちだ!」
 恵が少年の声色でディアボロを牽制する。同時に、侑が四人を扉の外へと誘導していく。
 本来なら二人で足止めしたかった。だがもし相手が撃退士を無視した場合、逃げた四人は無防備なまま襲われてしまう。最後の防壁は必要だった。

「カエセ。カエセェ」
 オルゴールという単語に反応し、ディアボロが恵に襲い掛かる。
「今から取りに行くから、ちょっと待っててくれよ! 必ず返すからさ!」
 駄目で元々で放った言葉に、ディアボロの動きが止まる。
 だが、止まったのは一瞬。すぐさま凶暴な瞳で恵を睨み付け、爪を振るう。応接机が粉々に砕け、破片が周囲に撒き散らされた。

(会話は、通じない。ここは時間を稼ぐしか)
 魔獣としての破壊衝動と、オルゴールへの執着が混ざり合い、もはや相手は自分が何をしているのかもわかっていないのだろう。

 仲間が到着するまで、あと三分。
 だが、撃退士と天魔による高速戦闘では、三分は気が遠くなるほどの長い時間だ。

(こんな攻撃を何十回も躱し続けれるの?)
 恵が自問する間にも、ディアボロは獣に相応しい敏捷さで彼女に爪を振るい、牙を剥く。
 その全てを必死に回避し、あるいは受ける。

 恐らく、彼女の体力が続くのは一分が限度。

「……それでも、やってみせます。己の力の限界まで」
 死ぬかもしれない。だが、死ぬわけにはいかない。
 こんな所でくたばるために彼女は力を身に付けたわけではないのだから。

 ●

「後は頼んだ。国道に出たら全力で突っ走れ」
「は、はい」
 侑の言葉と共に、担任教師が自家用車のロックを解除する。四人は慌てて乗り込んでいるが、そのわずかな間さえも侑にはもどかしく感じられた。
 車のエンジンがかかる。

 その瞬間だった。

「カエセェ!」
 校舎の壁をすり抜けて、ディアボロが真っ直ぐ車へと突っ込んできたのだ。

(恵が、やられた!?)
 一瞬の狼狽が反応を遅らせる。迎撃が間に合わない。車は発進しつつあるが、十分な加速がつく前に攻撃を受けてしまうだろう。

 魔獣が地を踏み込み、跳躍する。
 宙で体制を整え、鋼をも引き裂く爪が振りかぶられる。

 必中の一撃。小回りの利かない車に、逃れるすべはない。
 永劫にも思える一瞬。迎撃も回避も不可能。

(ならば!)
 方法はたった一つ。
 彼は、車両を守るため、自らの身を盾にした。

「ぐあぁっ!」
 胸元から腹部にかけて三本の爪で深く抉られる。
 突進の勢いと堅爪の威力で侑の体が地面に叩きつけられる。だが、その隙に車は加速し、離脱しようとしていた。
 ディアボロが怒り狂い、咆哮する。
 不可視の衝撃波で侑の体が吹き飛ばされるが、車は咆哮の射程外だ。
「カエ、セ。カエセ!」
 ディアボロが車と追跡しようと体を沈める。
 だが、今にも飛び出そうとしたディアボロを止めたのは――

 炎を纏った、胡蝶扇!

「まだ、死んじゃ、いない」
 最後の力で侑が己の武器を放ったのだ。もう、指一本動きそうにない。

 ディアボロが、再び吼える。
 体が紙切れのように吹き飛ばされ、顔面から地面に激突してしまう。受け身を取る力さえ残されていなかった。
 トドメを刺そうと、敵が大きく口を開け、近づいてくる。

(無垢なる人を守れて死ぬのなら……)
 絶対的な死を目の前にして、僅かな諦めが胸をよぎる。

 巨大な口が侑の視界を覆い――

――そして。

「させません!」
 割り込んだのは、地を這うような軌道で滑空する飛龍だった。アレクシア・エンフィールド(ja3291)の召喚獣がディアボロに体当たりをぶちかましたのだ。
 高速の突撃に体勢を崩すディアボロ。その瞬間、激しい銃声が鳴り響いた。

「何、この子供向け番組みたいなダルい登場タイミング。私らはヒーローじゃないっての」
 二丁拳銃で弾丸をまき散らしながら零那がぼやく。出来すぎた登場シーンに呆れた笑いさえ漏れそうだった。ただ、言葉とは裏腹に彼女が放った弾丸は確実にディアボロの機動力を削いでいる。

「……間に合った。その事実が大事」
 物陰で狙撃銃を構えた矢野 胡桃(ja2617)が静かに呟く。

「遅れた分はシゴトで取り戻スよ」
 飛び出してきたエリックが近距離で拳銃をぶっ放す。

「お前達はチビどもを守り抜いた。次は俺達がお前を守る番だ。だから……今は安心して寝てろ」
 遥斗が大地を蹴り、雷の剣をディアボロへと突き立てた。紫電が疾り、魔獣の喉から苦悶が漏れる。

「さぁ、踊ろうぜ! ルディとシオンを口遊んでさ!」
 炸裂する爆音。巧みに死角を移動しながら、陰陽術を放ったのはジョンだ。反撃で何人かが傷を負うが、着実にダメージを与えていく。

「オオ……オオォ」
「何だ?」
 爆圧から立ち直ったディアボロは、大型の管楽器のような唸り声を上げていた。始めは威嚇かと思われたが、違う。唸り声は高低があり、長短があった。
「これは……まさか」
 胡桃が、小さく呟く。ひび割れて、音程は外れていて、テンポは滅茶苦茶。だが、獣の声帯が奏でるメロディーは間違いなく『ルディとシオン』だった。

「何だこれ。イメージが、流れ込んでくる?」
 傷ついたディアボロが口ずさむ『ルディとシオン』は、聞くに堪えないほど下手糞だというのに、撃退士たちの心を揺さぶる何かがあった。


 オルゴールを誰かに届けたかった。大切な人がいた気がするから。
 だけど自分は何も思い出せない。届けたかった者の顔も、名前も。
 届けたい。分からない。だから、守った。守り続けようとした。

 
「……もしかして」
 戦いのにも関わらず、胡桃の頭に一つの想像が浮かぶ。
 調書にもあった優馬の家族構成。行方不明の父。ルディとシオンの作曲者。
 全てが、魔獣の奏でるメロディーで繋がっていく。
「まさか……そんな」
 力が、抜ける。引き金から指が離れそうになる。

 誰もが同じ気持ちに陥り、戦意を失いそうになった中、動いたのは零那だった。

「どうでもいいわ。そんなモン」
 ただ吐き捨て、弾丸を見舞う。目の前のディアボロが人間だったころの執着などに興味はない。あるのは人里で暴れたという事実だけだ。
「どうでもいいってのは反対だが、やるしかないよな」
 静かに、だが決意を持って遥斗が直剣を振るう。


 全ての記憶は失った。けれど心は消えていない。
 大事な誰かに贈るもの。執着だけが、己の全て。
 もはや人には戻れない。ならば――想いに縋って生きるのみ。


「あなたが誰にそのオルゴールを渡したかったのかは分かりません。だけど……もう、見ていられません。だから……」
 アレクシアが頭を振り、飛龍に最後の命令を下す。
 弾丸が、刃が、召喚獣が、たった一つの妄執に突き動かされる哀れなディアボロに襲い掛かる。傷つくたびに唸り声には魂が宿り、心が削られるようだった。
 楽曲はクライマックスに達し、そして――

「……おやすみなさい」

 胡桃の引き金を最後に、幕は――下ろされた。

 ●

「いいのか? 埋め直しちまって」
「残酷な真実など、辛いだけですよ。何も知らないほうが、幸せです」
 遥斗の問いに、アレクシアが答えた。
 全てが終わった後、一部のメンバーは再び裏山に戻ってきていた。今度は、圭吾から回収したオルゴールを携えて。

「『For Dear My Son』って底に刻まレてルね」
「あのディアボロは、父親……優馬君の。これは、墓標の代わりよ」
 行方不明の『ルディとシオン』の作曲者、優馬の父を思いながら、胡桃が苦い顔で呟いた。
 
 侑と恵は一命をとりとめたが、一日経った今でも意識を取り戻さない。
 校舎は半壊し、少年は心に傷を負った。圭吾の愚かな行いが、友人や見知らぬ撃退士に大けがをさせる羽目になったのだから。その事実は今後の友人関係を脅かしかねなかったし、永遠の後悔となるだろう。

「……もっと上手くやれたのかもな」
「ベストを尽くした。はずなのですけど」
 重い空気が場を支配し、誰もが無言で沈み込む。

「――♪」
 沈黙を破ったのは、今まで無言で穴を掘っていたジョンの鼻歌だった。
 アップテンポで、荒野をバイクで駆け抜けるようなイメージの楽曲。

『ルディとシオン』。

「歌えよ。それが弔いだ」
 ジョンに促され、続いたのはアレクシアだった。
 他の者も自らの想いを乗せてメロディーを口ずさむ。
 悪魔に運命を狂わされた父の魂に、捧げるように。 

「せめて、安らかに眠れますように」
 アレクシアの願いは、鎮魂歌には不似合いな音楽に乗せて、初夏の風へと溶けていく。

 天へと向かい、どこまでも。どこまでも。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 撃退士・姫路 恵(jb8918)
 その心は決して折れない・南條 侑(jb9620)
重体: 撃退士・姫路 恵(jb8918)
   <ダメージによる戦闘不能>という理由により『重体』となる
 その心は決して折れない・南條 侑(jb9620)
   <ダメージによる戦闘不能>という理由により『重体』となる
面白かった!:1人

撃退士・
卯左見 零那(ja0485)

大学部8年313組 女 インフィルトレイター
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
不正の器・
アレクシア・エンフィールド(ja3291)

大学部4年290組 女 バハムートテイマー
撃退士・
姫路 恵(jb8918)

大学部2年252組 女 鬼道忍軍
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師
BBA恐怖症・
長田・E・勇太(jb9116)

大学部2年247組 男 阿修羅
2人の浴衣の思い出・
観沢 遥斗(jb9502)

大学部3年145組 男 アカシックレコーダー:タイプB
その心は決して折れない・
南條 侑(jb9620)

大学部2年61組 男 陰陽師