「自分たちは久遠ヶ原学園の撃退士で御座る! 必ず助けるで御座るから、落ち着いて指示に従ってほしいで御座る!」
光纏した静馬 源一(
jb2368)が小さな体を目一杯に伸ばし、声高に叫んだ。
(修行で身に着けた力、戦い以外にも……人々を守るためにだって使えるで御座る!)
「撃退士は一人じゃありません。安心してください。動ける方はこちらへ。避難坑があります」
雫(
ja1894)が静かに、だがはっきりとした口調で避難坑へと誘導する。
水無瀬 快晴(
jb0745)は、岩に足を潰された乗客を救い出し、担いで安全地帯へと運んでいる。
(よかったで御座る。拙者だけじゃ、なかった)
表情には出さず、静馬が安堵する。本当は、怖かった。閉じ込められたトンネルで、酸素もなく、爆発の危機さえ迫っている。自分一人で何ができるのだろうと不安だったのだ。
震えそうな足を無理矢理押さえつける。
彼が力を身に付けたのは、戦う力を持たぬ人々を守る為なのだから。
●
避難坑の出口は、土砂で塞がれていた。
「扉ならば破壊できるが、土砂となるとな」
完全に閉じ込められた現状を確認し、電子煙草をくわえた皇 夜空(
ja7624)が静かに呟く。
鉄扉ならば破壊できるが、土塊を吹き飛ばすのは困難だ。切っても無駄、叩いてもその部分に穴が開くだけ。
「けど、ここなら爆発の危険はない。治療に専念できる。それだけでも良しとするべきだ」
翡翠 龍斗(
ja7594)が最愛の相手に目をやり、軽く頭を下げる。
「すまない。せっかくの旅行なのに」
「いいえ。龍斗さまのお力になれるだけでいいのです。謝らないでください」
重傷患者に治療を施しながら、雪が小さく微笑む。
怪我人に回復魔法を施しているが、傷が酷すぎて焼け石に水だった。だが、無意味ではない。迅速な手当と治癒魔法が無ければ失血死していたのは事実だ。
「けど、このままだとジリ貧ね。普通の人に対して回復魔法は効果が薄いから……すぐにちゃんとした病院に連れてかないと、危険よ」
同じく治癒に専念していたアサニエルが警告する。運転手の顔面は血まみれで、肋骨が折れている状況だった。この場での治療には限界がある。
「急がないと。助けてあげないと……!」
「落ち着きな。ここで俺らが冷静さを失っちゃ、台無しだろ?」
焦りをあらわにする雫に、トンネルの方から声が飛んでくる。体中を泥まみれにした青年。生き埋めになっていた向坂 玲治(
ja6214)だった。
「まだ生き残りがいたのか」
「頑丈なのが取柄でね。バスのエンジンは切って消火剤をブチ撒いといた。これで爆発の危険性はなくなったワケ、だが」
「問題は酸素と脱出口ですわね。怪我人の問題もありますし、救助を待つわけにはいかないでしょう。あたしが透過して偵察に行ってまいりますわ」
言うが早いか駆け出そうとするロジーだったが、龍斗が彼女を止める。
「待て。時間が惜しいので説明は省くが、この事件、天魔が関わっている可能性がある」
「りゅとにぃ……それ、本気?」
「本気だ。なので外に出た際は索敵も任せていいだろうか」
「……分かりましたわ」
ロジーが外へと向かい、快晴が阻霊符の準備をする。彼女の報告次第では即座に活性化させるつもりだった。
●
(おかしいですわ)
透過能力で内部を探索するロジーは、違和感を感じていた。
崩れているのは、土砂だけではない。明らかに外部から持ち込まれた鉄骨なども混じっていたのだ。
崩落させて殺すのではなく、閉じ込めるための仕掛け。避難坑側も、バスの反対側も同じだ。明らかに人為的に破壊されている。
さらに、外には恐るべき光景が広がっていた。
「……天魔!?」
トンネルの外、豪雨の中、数百メールほど向こう。ディアボロかサーバントかは分からないが、魔の気配をまとった獣の群れがゆっくりとこちらに向かっていたのだ。
ほとんどの敵のサイズは、小さい。猫ほどの大きさだ。だが、数が尋常ではなかった。数えられないほどの化け物が、こちらへと進軍してきていたのだ。
●
一般人を癒し手二人に任せ、トンネルの中で作戦会議が始まった。
「出口からは天魔……なら、後ろの土砂をどうにかするしかないですね」
「背後の崩落はトンネルの真ん中だ。取り除けば、支えを失ったトンネルそのものが潰れる可能性がある」
雫の案に龍斗が静かに首を振る。
「けど、このままだと、奴らが侵入してくるで御座るよ」
静馬の不安ももっともだった。阻霊符を展開しているお蔭で、敵の侵入はない。だが、雨音に混じってカリカリと削るような音が僅かに聞こえていた。
「デカいのが物質透過で乗客を皆殺しにして魂を回収。んで、小さいのが穴を開けて、バラバラにした死体を運び出すって算段か? ってことは敵は悪魔か。胸糞悪いな、おい」
玲治が吐き捨てるように首を振る。
僅かな穴さえあれば、敵は湯水のように侵入してくる。一匹一匹は雑魚だとしても、数十にも及ぶ数は脅威だ。一般人全員を守りきるのは不可能と言ってもいい。
前の土砂を除去すれば大量のディアボロ。後ろを除去すればトンネル崩落。避難坑側は土砂除去のための作業スペースが存在しない。
怪我人の限界も、そろそろ近いだろう。進むも地獄。守るも地獄。
そんな絶望的な状況の中、一人だけ動く男がいた。
「一体、何を……?」
「侵入してきた敵が火でも吹いたら、気化したガソリンで全滅だ。ガソリンの比重は空気より重い。穴を穿っておけば、引火の確率は減るだろう? まあ、ガソリンそのものに着火されたらどうしようもないがな」
雫の言葉に男――龍斗が淡々と答えた。
言葉とともに拳が放たれ、岩にめり込む。だが、その奥にあったのは、鉄骨だった。しかも、ただの鉄ではなく何らかの特殊合金製のようで、砕くどころか痛みに表情を歪める羽目になる。
「やめてくださいませ! いくら撃退士でも、骨が持ちませんわ!」
「関係ない。俺はただ、撃ち貫くのみ。なに、利き腕はディアボロとの戦いのために残しておくので問題ない」
そう言い、龍斗がさらに拳を放つ。見る間に拳が血に染まるが、彼の覚悟は変わらなかった。
そんな彼の姿を見て、快晴が小さく呟いた。
「バスを、吹き飛ばそう。気化したガソリンさえどうにかできれば……だけど」
快晴の言葉に、撃退士たち全員が苦い顔をする。拳で土くれを突いても、穴が開くだけ。だが、バスを媒介にし、土砂を一気に吹き飛ばせば道は出来る。だが、二次災害の可能性があり、ディアボロ侵入のおまけつきだ。リスクが高すぎて口に出す気にもなれなかったのだ。
だが、快晴は自信ありげに宣言した。
「大丈夫。全員の力があれば。だって、俺達は――撃退士なんだから」
全員の目を見つめ、言い放った瞬間だった。
鋭い音とともに、トンネルに拳大の穴が穿たれた。
「穴は開けたぞ。それで、策があるんだろう? 言ってくれ」
「もはや退路は無い。此処で張らなきゃ素人もいいとこ。君たちもプロなら覚悟を決めるんだな」
血まみれの拳を拭う龍斗に、夜空が同意する。
穴の向こうには、闇に輝く異形の瞳と無数の唸り声。時間は、残されていなかった。
●
数分後。撃退士は『最後の手段』に打って出るために動き始めていた。
「雫殿。拙者は……拙者の膂力では、足を引っ張るだけで御座る。けど、一般人の方々は自分と玲治殿で必ず守るで御座るから。雫殿、お頼み申したで御座るよ!」
「……大丈夫。やってみせます」
どうしてだろうか。静馬に握られた拳から、溢れんばかりの力が湧き出るようだった。
自分の失われた記憶に関係あるのだろうか。この身に代えても人々を救い出したかった。
横転し、車体の半分が土砂に埋まったバスの前には、雫と、龍斗と、ロジーが横並びになり、その後ろには快晴がトロンボーンを両手に抱えて佇んでいる。
ロールスロイスには、重傷患者と子どもを積み込んだアサニエルがハンドルをしっかり握り、後部座席では雪が治療を続けている。車の横では、夜空が愛用のワイヤーをいつでも放てるように構えていた。
最後尾の静馬と玲治は避難坑の前に陣取り、ディアボロの一匹たりとも通さない構えだ。
雫が大きく息を吸う。小さな体に秘められた凄まじいまでのパワーを解き放つため、静かに大剣を構える。
「こちらも準備出来ている」
「合図は任せましたわ」
龍斗が無傷の利き手を握り締め、ロジーが精神を集中しアウルを練り始める。
自分たちなら、出来る。
バスさえ吹き飛ばせば、道さえ作れば、全てを救い出せる。
「……誰も、死なせない」
静かな決意とともに、雫が動いた。自身の体を支点として、独楽のように回転を始める。技術もも何もない。ただ、威力だけを突き詰めた一撃を放つために。
自身の身長より巨大な大剣の重さと回転力に、体が持って行かれそうになる。だが、コントロールを失う訳にはいかなかった。
もっと速く、もっと疾く。
回転はさらに速度を増し、やがて最高点へと達した。
「今だッ! 俺の全部を、持って行け!」
叫びとともに、龍斗が拳を打ち込む。
「絶対に、救けてみせます!」
同時に、ロジーの手からも光の奔流が放たれた。
烈風の拳。光の暴風。
そして、剣の竜巻。全てが同時にバスへと叩き込まれる。
龍斗の拳から奇妙な音がした。知った事か。さらに足を踏み込み、腕をねじ込む。
ロジーは全力を放出したせいで、アウルが尽きそうだった。負けるものか。吹き飛びそうになる意識を引き留め、さらに光が強まる。
――雫殿、お頼み申したで御座るよ!
雫の脳裏に、仲間の声が蘇った。
その瞬間、無意識に体が動き、流れるような動きで二撃目が叩き込まれる。歴戦の撃退士ですら追えない程の速度。超速の連撃。
直後、バスは周囲の土砂を巻き込み、砲弾のような勢いで横滑りに吹き飛んでいく。
外の雨は、止んでいた。
道が開けた瞬間、トロンボーンの低い音色が鳴り響く。そして。音楽を合図としてロールスロイスが土砂を乗り越え、ディアボロの群れへと突っ込んでいく。
このままでは襲われるだけだろう。だが、車に並走する黒い影がそれを許さない。
「EXAM、システムスタンバイ」
立ち塞がる小型ディアボロを斬り裂く影。その名は、皇夜空。
鋼色が唸り、空気を裂いて獲物を斬り、断ち、裂き、絶ち、穿ち、潰し、屠り尽くす。
彼の目的は、重傷患者を乗せた車を無事に通すこと。魔物の血で生者の為の道を生み出す事だった。
「怒れる剣でバスを潰そうかとも思っていたが、こちらも悪くないな。何せ貴様ら化け物を思う存分潰せるんだからな。さあ、どいつから餌食になりたい?」
うっすらと狂気をはらんだ笑みを浮かべ、夜空は雨の降りしきる道路を黒塗りの車とともに駆け抜ける。立ち塞がるディアボロどもを、紙屑のように解体しながら。
●
車が脱出するのを見送りながら、快晴が戦場を移動しながら演奏を続ける。
彼が奏でる曲は、眠りの魔曲。たとえ魔の眷属であろうと、この音色には逆らえはしない。
トンネルに残った撃退士の使命は、彼が演奏を終えるまでディアボロを食い止めることだった。
全ての敵を眠らせて、その隙にトンネルから脱出する。全滅させる必要はない。
それが、快晴が提案した最終手段だった。
「例え両手が砕けようとも、まだ足が残っている!」
龍斗が飛びかかってくるディアボロを相手に回し蹴りを放つ。
「しまった! 抜けられた!」
敵の数が膨大なせいで、数多のディアボロが前衛の脇をすり抜けていく。
だが。
「悪いな。ここは工事中。通行止めだぜ?」
避難坑の前に立ち塞がるのは、向坂玲治だった。
肉の壁となり、扉を守る盾となる。抜けてきたディアボロが彼の腕に噛みつくが、掠り傷だ。
だが、小型ディアボロの数はみるみると増えていく。体中にまとわりつく魔物が、爪を立て、牙を剥き、容赦なく玲治の体をズタズタに傷つけていく。
「このっ、離れるで御座る!」
囮となった玲治から、源一がディアボロを一匹一匹引き剥がし、確実に始末していく。
「落ち着いて確実に、な。俺は絶対倒れねぇ。お前は絶対仕留め損ねねぇ。なあ、簡単な理屈だろ?」
声に苦悶を交えながらも、余裕は崩さない。コンビを組んだ以上は、相棒を信じ抜く。それが勝利への最上の道だと信じているからだ。
雫とロジーが前を凌ぎ、龍斗が快晴を庇い、玲治と源一が最後の壁となる。鉄壁の布陣、最高の連携。誰もが傷を負いながらも、絶対に負けるつもりはなかった。
楽曲が、最高潮へと達する。雪崩のように襲い掛かってきていたディアボロの動きが徐々に鈍っていき――
やがて、全ての動きが止まった。
「今だっ! 殿は俺がやる。傷は派手だが見た目ほど酷くねぇ。まだ行けるぜ」
全身が細かい傷で覆われ、血で真っ赤に染まった玲治が告げると、源一が扉を開けて一般人を呼び出す。
「静かに、音を立てないように行くで御座る」
残された軽傷の一般人たちは、トンネル内に踏み込んでくる。何人かは惨状に悲鳴を上げそうになるが、どうにか自制に成功したようだ。
足音を殺し、寝息を立てるディアボロに触れないようにゆっくりと進む。
「ここから出さえすれば、相手は追ってきません」
ロジーが一般人たちに告げる。先に逃げた車をディアボロは追いかけなかった。恐らく、トンネルの中の人間を襲えとしてか命令されていないのだ。
一歩、二歩、三歩。
出口までの十数メートルが、はるかに遠く感じる。
それでも、人々は歩みを止めない。そこに希望があるから。撃退士たちが作ってくれた、道があるから。
トンネルを、抜けた。だが、まだ気は抜けない。
一般人を囲うように、撃退士たちが警戒を続ける。
一メートル。十メートル。五十メートル。百メートル。
やがて、魔獣の姿は視界から姿を消し、かわりに見えたのは、曇天を飛ぶヘリの姿だった。
車で脱出した班が救援を呼んでいたのだ。
「助……かった?」
安堵と、感謝の入り混じった一般人の声を、確かに撃退士の耳は捉えていた。
●
死者0名。
それが、撃退士たちがもたらした結果だった。
増援により、現場のディアボロは迅速に処理された。瀕死の運転手は意識を取り戻し、足を潰された女の子は再び走れるようになるらしい。
事件は、無事に解決した。撃退士たちには感謝状が贈られ、臨時の依頼として多くの報酬が与えられた。
一件落着、と言えるだろう。
だが、疑問が残る。
トンネル崩落。ディアボロの襲撃。近くに悪魔のゲートがあるのではないか。
撃退局は調査班を作成し、周囲の探索に当たるらしい。
新たな戦いの予感を感じながらも、撃退士たちはつかの間の休息と、
――良かった。助けられて。
と言う、安息感に身を任せるのであった。