体育館の扉が凄まじい勢いで蹴破られた。
激しい轟音とともに、はじけ飛んだ鉄扉が、吹き飛び、回転し、転がっていく。
「嫉妬竜騎兵ガルライザー参上! 偽メイドロボ! 大人しく降ふ――ギャアアア!」
敵へと向けたキメ台詞を中断させたのは、巨大な爆音だった。
巨大な火球ガル・ゼーガイア(
jb3531)の体を包み、飲み込んだのだ。
「こ、ここは背後で爆発させるだけだって……」
「……ごめん。手が滑った」
黒こげになったガルが文句を言う。だが、魔法を放った滅炎 雷(
ja4615)は全く悪びれない謝罪をするだけだ。
「……なんだこいつら」
「ダアトっぽいのはメイド服を着ているニャ。ご主人様とそういうプレイニャ?」
「新手の変質者? うらやまけしからんですぅ」
音に気付いて現れたメイドロボが自分の事を棚に上げて好き勝手言う。その数、合計三体。
だが、焦げながら痙攣するガルは、人知れずニヤリと笑みを浮かべていた。
――計算通り、ッス。
メイドロボの背後では小柄な体の女装少年、鴉乃宮 歌音(
ja0427)が窓のカギをこじ開け、潜入を果たしていた。
騒ぎを起こし、侵入する。初歩の陽動だったが、どうやら成功したようだ。実はガル自身も大げさに苦しんでいるだけでほぼダメージはない。キメ台詞を最後まで言いきれなかったのは口惜しいが。
「騒がせてすまない。こちらはメイドロボ研究会から来た交渉役だ。可能な限り事態収拾を図りたい」
歌音が身を隠すのを確認し、外から新田原 護(JA0410)たちが入ってくる。
「こちらは便宜をはかる準備はあります、よ?」
護に続いた紫園路 一輝(
ja3602)の声が止まる。演技ではない。演技ならもっとマシなことをする。
体育館に入ってきた他のメンバーも同様だ。誰もが言葉を失い、体育館の中心、メイドロボたちを凝視して硬直していた。
●
その時の様子を、その場にいた桃々(
jb8781)はこう語る。
「――恐怖? バカなこと言ってはいけませんわ。
私たちもいっぱしの撃退士ですもの。
多くの化け物を見てきました。修羅場を潜ってきたつもりでした。簡単に怯え、狼狽するわけがありません。
あるハズ……なかったんです。
……けどね」
歴戦の撃退士さえも恐怖する彼女たちが見た『モノ』。
それは――
「最初に目に入ったのは、そう――スク水でしたわ。スキンヘッドの巨漢が……スク水を着てましたの。
後になって知ったんですけど、コスプレ……ってヤツだったらしいですね。
けれど、それだけじゃなかったんです。本当に恐ろしかったのは」
そう。なんと、その巨漢が装備していたのは――
――メイド・カチューシャッッ!!!
「SAN値チェック? 特殊抵抗判定? ハハッ。情けない話、私は駄目でした。ほとんど全員失敗したと思いますよ。
『混乱』してしまって……そこまでですね。覚えてるのは。
けど、あの時だけは思いましたよ。
撃退士、辞めるかァ〜って」
●
交渉を隠れて見守っていた仁良井 叶伊(
ja0618)の胸中に焦りがよぎる。
歌音が侵入した場所から体育倉庫へは、体育館内を横切り、メイドロボをやり過ごさねばならない。
それには、仲間がメイドロボの注意をひきつける必要があるのだ。
だが、仲間のほとんどは敵の異様な外見にショックを受け、動けないでいた。
(打って出るか。いや)
焦っては駄目だ。叶伊が出るのは戦闘が始まってから。最高のタイミングを掴むことで、迅速に無力化させる。
(今はその時じゃない。彼らもプロだ。やってくれるはず)
叶伊は表情一つ変えないまま、仲間を信じて身を潜め続けることにした。
●
撃退士たちを恐怖させたのは、スク水メイドだけではなかった。
さらにもう一人は、ブルマメイド。そして最後の一人はスネ毛を露わにしたミニスカメイド。
「せめて脛毛だけは……」
追い詰められてもヨウカの仮面は脱ぎ捨てずに混乱する一輝。
だが、ただ一人動じない者がいた。
「素晴らしいです。その筋肉と露出のアンビバレーション。まるでコキュートスに咲く一輪のラフレシア!」
地獄絵図の中、ゲルダ グリューニング(
jb7318)だけはカメラを持ってメイドロボどもを撮影していた。フラッシュが瞬き、シャッター音が連続で響き渡る。
「何してるニャ?」
猫耳とブルマにメイドカチューシャを装備したモヒカンメイドロボが問いかける。
「実は私もメイドロボ。皆様のお姿を撮影するのが趣……使命なのです」
「ほう、ならば任務に励むがよい」
何やら気を良くしたメイドリーダーがくねくねポーズをとる。
露出度高めのメイド服から、胸の谷間を強調する姿は気の弱い者が見たら死ぬかもしれない。
「そ、そうだ。我々もメイドロボ。研究会の部長からお前らを止めるように言いつかってきた」
どうにか混乱状態から抜け出した護が声を絞り出す。
だが――!
「男がメイドロボとか正気の沙汰じゃないですぅ! どう見てもあなたは男ですぅ!」
スク水メイドが野太い声で護のメイド服を否定した。
このまま叩き潰してやろうか。と、薄暗い衝動が胸をよぎる。
「気持ちはわかるけど、やめておきましょう。私もプライドが汚された気分ですけど……」
殺意に目覚めそうになった護を、正気に戻ったヨウカが嗜める。
「ああ、分かっている。そこまで自分を見失ってはいない」
どうやら他のメンバーも続々と正気に返っているようだ。ガルも「大丈夫だ。俺は正気に戻った」と自信満々である。
「とにかく、メイドロボの話は置いておいて、交渉役なのは事実だ。我々には君たちの要求を聞く準備がある」
「ほう」
メイド・リーダーの目が細まった。ようやく第一段階をクリアできたようだ。
「話し合いは食事でもしながらやろうじゃないか。新型のメイドロボは有機物をエネルギーにすると聞いたぞ」
「そうそう。おかしも用意したんですよ」
護の言葉に反応し、雷とヨウカがどこからともなくビニールシートと紙箱を広げた。中に入っているのは、色とりどりのケーキ。
さらに、桃々が水筒から人数分の紅茶を注ぎ、配置していく。
ごくり、と唾を呑むメイドロボ。
「ふむ。仕方ないな。本来我々がもてなす立場ではあるが、今回ばかりはご相伴にあずかろう」
敵味方問わず車座になり、いただきます、と手を合わせる。
これで第二段階もクリア。
スイーツに舌鼓を打つメイドロボ達の視界を避けながら歌音が体育倉庫の中に忍び込んだのは、撃退士たちしか気づかなかった。
●
「乱暴をして申し訳ありません。ご主人様」
クラシックなメイド服を着たアフロの黒人が、沈痛そうな面持ちで人質たちに謝っている。
人質たちは、例外なく絶望の眼差しで虚空を見つめていた。当然だろう。メイドロボとして雇ったのが、『アレ』だったのだから。
歌音は息を殺して物陰から弓をつがえた。
手加減はするし、撃退士ならば死にはしないだろう。慈悲をかければ人質に被害が及ぶ。
――今だ。
まさに矢を解き放とうとした瞬間だった。
「曲者ッ!」
ほんの先程まで謝罪していたクラシカル・メイドが振り向きざまにナイフを投げつけてきたのだ!
●
体育倉庫で騒ぎが起きつつあることなど知らず、交渉班は必死に時間を稼ごうとしていた。
「人権って、どの程度の事を指すの? 詳しく教えてくれないと分らないよ?」
食事を摂りながら雷が口を開く。
「まずは総理を出すニャン! メイドロボに新しく人権を与えるなら憲法改正が必要ニャン!」
「国民投票も必要ですぅ。総理のほかにも有力な国会議員との交渉の場も欲しいですぅ」
メイドロボたちの要求は一事が万事非現実的なものだった。張り倒したいところだが、護と雷、そして一輝扮するヨウカはのらりくらりとかわしていく。
完全に撮影係と化したゲルダのおだてにも気を良くしているようだ。ちなみに、ゲルダはメイドロボには目もくれず、パーティメンバーの姿ばかり撮影しているのは秘密である。
さすが百戦錬磨の撃退士たち。己を見失わず、任務を遂行する。プロの鑑だった。
ただ、一人を除いて。
その男の異常には、誰も気づいていなかった。本人でさえも。
メンバーの中に、混乱から回復できなかった者がいたのだ。
「気に入らねぇ」
吐き捨てるように呟いたのは、ガルだった。
「お前らメイドロボだろ!? 旨そうに食ってんじゃねーよ! 本物なら真似る動作のみで絶食だろうが!
あと、自我に目覚めたばっかだっつーのに、感情ありすぎ! 台詞は基本棒読みで表情も基本無表情であるべきだろ!
それに人質なんてもっての他! 戦闘力はあっても良いが自衛かご主人を救う場合のみ限定! 普通に戦うメイドなどメイドじゃねぇ! ただの戦闘ロボだ! というかご主人様を人質ってメイドの風上にも置けねーよクソッタレー!」
すっくと立ち上がり、ガルが熱っぽく妄言をまき散らす。彼は悪くない。悪いのはバステとダイス目である。
なおもまき散らされる狂気の暴言。仲間の不調に気付かなかった失態に、撃退士たちが歯噛みする。
交渉の失敗を危惧する撃退士たちだったが……ロボたちは違った。
「そこまでメイドロボに詳しいだニャんて」
「きっと、この人こそ、私のご主人様ですぅ」
人質にされたご主人様は三人。そしてメイドロボは五体。
つまり、二名は野良メイドだったのだ。
尊敬の眼差しでガルを見つめるスク水と猫耳ブルマ。メイド・リーダーも満足そうにガルを見つめている。
「どうか、この者たちをもらってほしい」
「私、何でもできるニャン! お料理、洗濯、夜の添い寝も!」
「料理は私も得意ですぅ。今は『ホカホカのお稲荷さん』しかありませんけど……お召し上がりくださいですぅ」
「やめろおおおおお!! 話が通じねええ!!」
顔を赤らめガルに近づいてくるムキムキメイド。お稲荷さんの恐怖にガルがさらなる狂気に陥る。
ちなみに、ゲルダはそのホラームービーさながらの光景も嬉々として撮っていた。
メイドロボがにじりより、今まさにガルが汚されようとしたとき――!
「そこまでだ。外道ロボども」
幼くも鋭い声が体育館に響き渡った。
頬にうっすらを切り傷を負ったメイド服少年、歌音だ。
「人質は窓から逃がしたよ。見張りも拘束してある。お前たちの暴虐もこれまでだ」
人質は、外で待機していた桃々の召喚獣に先導され、既に安全な場所に逃げ込んでいた。
つまり、撃退士たちを縛る枷はもはや存在しない。
歌音の言葉が合図だった。
今まで限界のストレスが溜まっていた撃退士たちが一斉に動き出す。
その瞬間だった。
「伏兵には気付かなかったようですネ!」
外から警戒していたメイドロボが体育館の入り口で攻撃魔法を放とうと構えていたのだ。
「人質を奪われたのなら、新しい人質を手に入れるまでデス!」
ダアトである雷には理解できた。敵が放とうとしているのは、かなり高位の範囲スキルだ。
どうやら味方もろとも駆逐するつもりなのだろう。
――しかし!
「……伏兵が自分たちだけのものだと思わないでほしいですね」
伏兵メイドが術を放つことはなかった。
「そ、そんな。ぐふっ」
お決まりのセリフととも伏兵メイドが地に倒れ伏す。
代わりに立っていたのは、叶伊だった。
そのまま裂帛の気合とともに足を踏み込み、戦場へと距離を詰める。
「怪我をしても、文句を言わないでくださいね」
叶伊のチェーンが自らの意志を持った蛇のようにうねり、メイドロボたちに襲い掛かる。
巻き込まれたのは反応が遅れたブルマとスク水。拘束され、引き倒された仲間を見て、リーダーに一瞬のスキができる。
それを見逃すヨウカではない!
「ごめんね。こっちもお仕事なの」
無防備な腹部に叩き込まれたのは、拳の一撃。
限界まで威力を突き詰めた阿修羅のボディブローは、分厚い筋肉の鎧をいとも簡単に貫いた。
「が……はっ」
がくりと崩れ落ちるメイドリーダー。そこに追撃をかけたのは、雷が異界より呼び出した幾本もの異形の腕だった。
「これでリーダーは止まった。君たちはどうするの?」
「こんな鎖、引きちぎってやるニャン!」
「こんな所で諦められないですぅ!」
問いかける雷の言葉も、メイドロボたちには届かない。
撃退士たちの胸には、もはや怒りより憐みしか感じられなかった。
催眠術にかけられ、暴挙に及ぶ。しかも、それを自分たちの意志と信じて。
止めるには倒すしかない。だが、傷つけるのは忍びない。わずかな同情が芽生えた瞬間だった。
「夢とは覚めるものだ。それが悪夢でもな」
護が、銃把でメイドロボたちを順番に殴りつけた。まさに問答無用。計算された一撃は、的確にロボたちの意識を奪う。
「そこは呪いのメイドマンと少しだけ分かりあえるシーンだとボクは思うのですの」
「依頼は人質の救出と犯人の無力化だろう。下手な情は不要だ。さあ、改めて縛り上げて風紀委員に引き渡そうか」
桃々のツッコミもどこ吹く風で護が銃をホルスターにしまう。どうやら不毛な交渉で相当ストレスが溜まっていたらしい。
「うう。お稲荷さんが……お稲荷さんがァ……」
戦いの終わった体育館には、ガルの呻きとカメラのシャッター音だけが響き渡っていた。
●
かくして戦いは終わった。
正気に返ったメイドロボたちは己の罪を悔い、個の人間として奉仕活動に精を出しているらしい。
もうメイドロボはこりごりだとのことだ。
「さて、ここからが本当の仕事だ」
メイドロボ研究会の前で、護が静かに呟く。
「全力の演技を見せたってのに、あんなメイドで馬鹿にしてくれた礼はしないとね」
一輝も息を吐くような小声で強く応える。役者としてのプライドが傷つけられたのに相当お怒りのようだ。
他の仲間も同様。人質は無傷ではあったが、洗脳された部員は軽い怪我を負ったのだから当然だ。
責任は取らせねばならない。
「動くな! 柊木楓。今回のことで風紀委員に出頭してもらう! お稲荷さんの恨みッ!」
ドアを蹴破り、撃退士たちが突入する。
――しかし。
「皆さんに改めて依頼があります」
そこにいたのは、もう一人の依頼人。佐藤モカ子だけだった。
彼女は口元をチョコパイで汚しつつも、真剣なまなざしで撃退士をじっと見つめていた。
「依頼内容は、逃げた悪党の拘束です」
そう言って、モカ子が机の上に置かれた手紙を開く。
そこには、『旅に出ます。探さないでください。柊木』と書かれていた。
「生死は問いません。やってくれますか?」
モカ子の言葉に、撃退士たちの体から光纏もしていないのに黒いオーラが立ち上る。
「ツケは払ってもらわないとね」
「領収書も準備しておきますわ」
「ああ、どうやって『拘束』しようか」
歌音の言葉に、くすくすと笑いながら桃々が答える。雷も同様だ。
本気になった撃退士は、誰にも止められない。
因果応報。どうやら、今度は主犯こそが地獄を見る番らしかった。
おしまい。