1
「さあ、聞き込み開始だよ!」
「おばちゃんもやったるで! ああ、気を抜くと膨れてまう!」
金髪を尻尾のように振る犬乃 さんぽ(
ja1272)と、気合を入れて『化けた』ミセスダイナマイトボディー(ja1529)。
調査項目は第六料理研究部(第六研)の活動事情だ。
だが、調査はいきなり行き詰っていた!
「おかしいなぁ。みんな『第六料理研究部なんて知らない』だなんて」
「もしかしたら、第六研は表に出てないただの料理研究部なのかもしれんな。けど、何か引っかかるんよなー」
「ボクは第六研のデータを当たってみるよ。申請された部活なら記録されてるはずだし」
「せやな。マイナーなだけかもしれんし、通称が正式名称より有名なだけかもしれんしな」
「それに、料理研究部の聞き込みは飽きちゃったよ。変なトコばっかなんだもん。ニンジャ料理だー! とか言って得体のしれない丸薬売ってるとか『ソビエト軍レーション再現研究部』とか。ホント、おかしな部活多いよね」
ゲロマズと有名な戦場糧食を再現して何になるのだろうか。そして誰が食べるのだろうか。
きっと、気にしてはいけないに違いない。
●
2
その頃、同じ情報班に属するシエル・ウェスト(
jb6351)は――
『ニンジャ食 二百久遠』と豪快な毛筆で書かれた看板の前に立ち尽くしていた。
「なあ、お嬢ちゃん。ニンジャの料理いらんか?」
「ニンジャ!? 何でこんなところにニンジャでありますか!?」
第七研で購入したホットサンドを買い食いしている間に、シエルはやたらと人通りのない校舎の片隅にいた。どうやらチーズに夢中になりすぎていたらしい。
そこに突如現れたニンジャである。覆面を被った黒装束の男。これがニンジャでなければ変質者か撃退士だ。
「ニンジャは忍ぶものだからな。で、ニンジャ名物兵糧丸はいらんかね?」
分かるような分からないことを言い、怪しげな丸薬を差し出す。
「これが、料理でありますか?」
「応。伊賀に代々伝わる伝統の兵糧丸に甲賀と尾手と風魔の秘伝、ゲルマンニンジャの粋を極めた――」
「遠慮するであります!」
シエルが力いっぱい拒否する。何せニンジャが兵糧丸と言い張る丸い物体は、バレーボール程のサイズなのだ。食えるかこんなもん。
「むー。やはり課題は小型化か。流行に乗って中にちいずを入れたのが失敗だったのかもしれん」
「……チーズで、ありますか?」
「人気なので入れてみたが、やはり流行など――」
「……チーズ」
ニンジャ販売員の話など、既にシエルの耳には入っていなかった。
目の前に、チーズの入った食べ物らしきものがある。
だが、それはバレーボール大で、なおかつ色も赤と黄と紫のマダラ状になっているのだ。
でもチーズ。中にチーズ。
迷う。ものすごく、迷う。
「く、ください」
「二百円だ! やった! やったぞ! 生まれて初めての売り上げだ!」
ニンジャの歓声は、やはりシエルには届いていなかった。
一口齧った瞬間、あまりに邪悪な味に彼女は気を失ってしまったから。
「むう。やはり血威豆(ちいず)はダメだったか。アフリカ奥地で取れる貴重な豆だったのだが……次は味見しよう」
そそくさと荷物を片付け、撤収の準備をする。見た所リアクション芸人の類だが、彼女もまた撃退士なのだろう。放っておいても死なないはずだ。そもそも人体に害のあるものは混ぜていないし。たぶん。
●
3
葛葉アキラ(
jb7705)は、光纏し、戦場を舞い踊っていた。
戦場とは、放課後の第七料理研究部だ。
開店するなるなりなだれこむ人・人・人。矢継ぎ早に飛んでくる注文や、気の短い生徒からの催促のクレーム。
(嘘やろ。あの子、これを昨日まで一人で回しとったんか!?)
配膳係を買って出た萬木 直(
ja3084)も戸惑っているようだ。彼が劣っているのではない。この店がおかしいのだ。依頼人の話では、これでも暇になったらしい。
「かといって、アルバイトの仕事テキトーにやるワケにはあかんしな」
「ええ。我々は潜入捜査員ですから。もし敵に露見してしまえば作戦は失敗。最悪の場合、証拠を残さぬよう自爆しなければならない可能性も――」
「あるかい! ンな可能性!」
あまりの忙しさにテンパっているのだろう。責任感が妙な方向に向かう仲間にツッコミを入れ、阻霊符を展開する。
地獄のような忙しさにてんやわんやする二人。そんな中、情報収集に当たっていたさんぽから連絡が入った。
『第六研のジョブ構成が分かったよ! 部員は四名。全員鬼道忍軍。通称、ニンジャ料理研究部。よく分かんないけどシエルちゃんもやられたみたい! 顔写真送っとくから確認しといてね!』
インカムから聞こえてきた報告に息を呑む。ニンジャ、第六研、倒れた仲間。
「食い逃げだけではなく仲間まで……」
「ギッタギタにしたる!」
物陰で携帯電話を確認し、容姿を頭に叩き込む。店内で張っている仲間たちも同じだろう。
そのままアキラは業務に戻り、料理の内容について質問してくる客の対応をする。
その時だった。
食器が割れる激しい音がカフェに響き渡った。
「も、申し訳ありません」
「いや、こっちも悪かったでニンジャ。あー、みなさんもすいませんでニンジャ!」
目をやると、直と客が互いに頭を下げている。
どうやら提供時に何らかのトラブルがあったらしい。手を滑らせたのだろうか。
だが、アキラには何か引っかかっていた。まず、語尾からして怪しい。
直も同様だ。下げた頭で隠れた瞳は、警戒を緩めていない。
そして、二人の予感は的中することになる。
『消えた! 消えたで御座る!』
『音に気を取られている一瞬だった。今から追跡するよ』
インカムから聞こえたのは、張り込みをしていた静馬 源一(
jb2368)とイスル イェーガー(
jb1632)の声。
「ここはうちが見とく! 追いかけるのは頼んだで!」
「了解しました! 御武運を」
食器を割った相手は怪しい。だが、確実にクロとは言いきれない。仕事をしながら監視するのならば、弓を得意とするアキラが残るのが得策と思えた。
「さあ、頼んだで。こっちはこっちで大忙しやけどな」
にわかに騒ぎ出した生徒たちを尻目に、アキラは静かに呟くのだった。
●
4
迂闊だったで御座る。こんな古典的な手に引っかかってしまうとは!
源一が小さく舌打ちする。
送られてきた画像と、消えた生徒の顔は別人だった。恐らく、忍術で姿を変えているのだろう。イスルの冥魔認識にも引っかからなかったので、間違いなく犯人はニンジャだ。
「たしか、あなたは鼻が利くんでしたよね?」
一緒に飛び出したイスルが質問を投げかける。
「モチのロンで御座るよ! 特に食い物にかけてはこの静馬源一、ここほれワンワンと……って誰が犬で御座るか!」
「なら、臭いを頼りに追って下さい。こちらは地図から推測して待ち伏せします」
「なるほど。挟み撃ちで御座るな! 渾身のボケをスルーされたのは悲しいで御座るが、作戦には乗ったで御座る!」
途端に源一は凄まじいスピードで駆け出していく。
仲間を見送りながらイスルは携帯電話を取り出し相棒に連絡した。
「一人追跡に向かわせた。そっちも手筈通りに頼むよ」
『あいよ! 任せとき!』
頼りになる返事を耳にし、イスルもまた追跡に走るのだった。
●
「ククク。まさか犯人がニンジャだとは誰も思うまい」
作戦会議の時点で大方の目論見がバレていることにも気づかず、第六研副部長のニンジャ・B(本名)は静かに笑った。
ここまで逃げればもう安全だ。建物の陰に隠れ、遁甲の術を解く。
スキルで他人に化け、服装を変え、そして隙を見て術で姿を消す。
あのような大忙しの店で、犯行が露見する可能性はまさにゼロの完璧な作戦だった。
ただし、今日までは!
「そこで御座るな!」
後ろから鋭く呼び止める声。さしものニンジャも犬並の鼻まではごまかせなかったのだ。
「チーズ、トマト、バジル、ニンニク、バター。プンプン匂うで御座る!」
「くっ……」
慌てて駆け出すニンジャB。こうなれば複雑な校舎裏の構造を利用して撒くしかなかった。こちらは狭い裏道だってすでに調べているのだ。
だが、ニンジャBは知らなかった。裏道まで調べているのが、自分だけでないことを。
校舎と校舎の隙間、人一人が通れるのがやっとの道を立ち塞がる者がいた。
ほっそりとした体格の男だ。
「邪魔だ、どけい!」
怒鳴り、術を発動する。相手は細身。高速機動の勢いで吹き飛ばしてしまうか。
(否ッ!)
撃退士に外見は関係ない。相手が『不動』のスキルを持っていれば、逆に弾き飛ばされてしまう。
(ならば、避けるのみ)
腰を深く落とし、高く、高く跳躍する。
何故だろうか――
立ち塞がった無表情な男は、僅か……ほんの僅かではあるが――
笑っているような気がした。
まるで、「引っかかったな」とでも言うかのように。
「逃がさないよっ! 忍影シャドウ☆バインド!」
跳躍が最高点に達した瞬間だった。
校舎の中から不気味な影が伸び、ニンジャBを縛り付けた。
「う、動けぬっ!」
「動けてたまるもんかっ。ボクのとっておきだよ」
窓から顔を出したのは金髪の少女(本当は少年)だった。
勢いが殺された。姿勢制御もできない。
そのまま地面に背中から叩きつけられる。
そして、その上から落ちてきたのは――
「どーーん!」
巨大な、豚の尻だった。
●
「さー、吐いてもらうよー? キミは第六料理研究部の部員だね?」
さんぽの尋問に、なんだかマニアックな縛られ方をしたニンジャBは黙秘を貫こうとした。
「言いたくなければ言わせるだけだ。旧海軍の拷問ならいくつか知っている」
普段の礼儀正しさが嘘のように、直が厳しくニンジャBを睨み付ける。
「生爪を剥がされたことがあるか? なに、そんなに怯えるな。大丈夫だ。両手両足二十枚あるんだ。五枚や六枚剥がされても平気だろう?」
「ひぃぃ」
「ちなみに歯は三十二本。無論、我々に慈悲はないで御座るよォー? サヨナラとむせび泣きながら腹筋が爆発四散するまで許してあげぬで御座るゥー」
「いやああっ。ケダモノォー!」
恐ろしげな言葉に反して、直と源一が持っているのは鳥の羽だ。爪や歯を抜くペンチではない。だが、これからどのような拷問が待っているのかをニンジャBは理解しているようだった。
「二人とも甘い」
くすぐり拷問を開始しようとした二人を遮ったのは、先程まで意識を失っていたシエルだった。
何か変なものを食べたのか、体の色が赤と紫と黄色のマダラになっている。
「……さっきは世話になったな」
シエルが耳元で低く囁き、ニンジャBの覆面をゆっくりとはずす。
そして、冷たい表情で告げた。
「吐かなければ、お前の口に『コイツ』をねじこむ」
シエルが持っていたのは、バレーボール大の謎の球体。先程の兵糧丸だった。彼女の目は本気だ。本気と書いてマジだ。
「……ぜ、全部話します」
怯えきったニンジャBには、もはや抵抗する意思は残されていなかった。
●
5
「ニンジャ料理研究部がやられたようだな」
「だが、奴らは我らがサバイバル料理研究部四天王の中でも一番の小者」
「四天王の面汚しよ」
一時間後。
暗い部屋で、三人の男が含み笑いをしている。密偵から第六研の壊滅の情報が届いたのは先程だった。
「しかし、許せぬのは第七の部長よな」
「あいつ、去年までは世紀末料理研究会とか言って荒野に種もみ植えてたのにな」
「ズルいよね。すっげー美人の先輩と二人きりで繁盛店を切り盛りしてるとか」
深く、深くため息をつく。羨ましいことこの上なかった。
彼らの動機はたった一つ。
男のしっとである。去年まで自分らと同じ日陰者だった男が、今ではウハウハの売り上げと美人のウェイトレスつきなのが許せなかったのだ。
「ククク。誰も想像していなかったろうな。まさか悪評を広める共犯者がいるとは、な」
「四天王の固い絆。決して共犯者のことを漏らしはしない」
「俺はゲロっちゃうけどね」
再び、三人揃って含み笑いをする。
その時だった。
「はーっはっはっは! おばちゃん、聞かせてもらったでー!」
部屋に明かりがつき、高笑いがソビエトレーション再現研究部(正式名称、第八料理研究部)の部室に響き渡る。
直後、なだれ込んできたのは七人の撃退士!
「今の会話はラジオで絶賛生放送中や! もう言い逃れはでけへんで! あんたらのことは洗いざらい第六研がゲロッたからなぁっ!」
謎の機材を担いだ人外の巨女が高らかに宣言する。
「さあ、みんな! ド派手な捕り物や! 悪党に情けは無用! リスナーのみんなが楽しめるように、大暴れしたるでー!」
こうして――
抵抗するまでもなく残りの四天王も御用となったのであった。
●
えぴろーぐ
「これ、は」
第七研究部の部室で、部長が静かに感嘆の声を上げる。
「どや? タバスコは無料でついてたみたいやけど、これも中々オツなモンやろ?」
得意げに言ったのはアキラだ。彼女はアルバイトをしながら、来店客と話し、新メニューのヒントを探っていたのだ。
「我がホットサンドにサルサソースがこんなにも合うとは! トマトとトマト! チーズとトマト! 肉とトマト! これは運命の四兄弟のマリアージュ! うぬは食の世紀末救世主かッッ!!」
「世紀末とっくに終わっとるわ。でも、これなら別添えで出すだけで客単価を上げれるし、味のバリエーションもできる。起死回生の新メニューとはいかんけど、助けになる思てな」
「むう、感謝だ。捕えた悪党どもの教育も間もなく終わるであろうし、どうにか再びやっていけそうだ」
ちなみに食器を落とした男も共犯だったため、アキラが直々にふん縛って部長に突き出した。彼ら悪党軍団は、風紀委員に突き出される代わりに一年間のタダ働きで許されることが決まっている。本来ならば食材にされていたらしいが、直の冷静な説得によって減刑されたようだ。彼がいなければ差し出された悪党どもは無残に飛び散っていた可能性さえある。
「ほな、ウチは客引きに行ってくるで! 部長さんらも気張りな」
「依頼は捕縛だけのはずだが。それに、事件解決が早かったお蔭で売り上げも致命的なところまでは――」
「ちゃうって! ウチはこの店はおいしいって思ったからやっとるんや! 他のみんなも同じやで!」
そう言って、光纏しながらアキラが駆けていく。自慢の舞いで客を引き連れてくるのだろう。
ラジオからは、景気のいい関西弁で第七料理研究部のホットサンドがどれほど美味いかが熱く語られていた。
「気持ちのいい連中だ」
これから先の料理人生。多くの嫉妬や困難が待ち構えているだろう。
だが、今日の思い出があればどんな試練も乗り越えられる気がした。
「ありがとう、撃退士たちよ」
静かに、呟く。
自分も撃退士であることなど、やはり覚えていなかった。