◆祈りの光は海へ、魂のきらめきは空へ
山の頂上付近。
ゆるやかな傾斜の山だからか、源流である湧水池はそれなりに広く、流れ行く水の早さも緩やかで、上流から灯籠を流しても流れに呑まれることはない。
池の淵では、でにぎわっていた。例年よりも増えた人々手に持つ灯籠に込める思いも、浮かべる表情も千差万別だ。
「お父さんと弟が元気で過ごせますように。それと――お母さんに会えますように」
灯籠に込めた思いを、切ない声で祈るように読み上げるのは鷹野あきら(
jc1550)だ。
一見少年に間違える容姿だが、活発で明るい少女だ。いつもの明るい笑顔はなく、ただ切なげに、寂しげに灯籠に込めた文字を見つめている。
天魔に襲われ命を落とした父と双子の弟。
悪魔の力を行使してあきらを守り、その後に行方を眩ませた母。
家族連れも少なくないこの場所で、あきらは明るい茶色の双眸を伏せる。
「……お父さんと弟の星、どこにあるのかな」
ぐっと堪えるように見上げた無数の星が散る夜空。
人は死ぬと星になると誰かが言った。なれば、大切な家族の魂はどこで輝いているのだろう。きっと「あそこだよ」と示されても、この星の海では見つけることはできない。それでも、きっとどこかで見守っていてくれるのだろう。
視線を落として灯籠を流す。どうかこの思いが家族に届きますようにと。見えなくなるまで眺めて、気持ちを切り替えるように笑顔を浮かべた。
「よし! 縁日にいこう!」
悲しいけれど、寂しいけれど、いつまでも落ち込んではいられない。悲しむ人がいるのだから――。
――すべてのひとのさいわいのために。
淡い色を乗せ、とある作家の文言ととももに星杜藤花(
ja0292)が籠めるのは、大切な人の名前とその幸せ。
その隣に立つのは夫である星杜焔(
ja5378)。彼が一番に籠める願いは平和。
魂が巡り、しあわせを探してまた生まれてくるなら……そして愛する息子や、隣で寄り添う妻の為にも、天と人と魔が手を取り合って暮らせる世界を切に望む。
「アウルに覚醒している望が大きくなる頃には、戦わなくていい世界になっていますように」
「これから育っていく命の為にも、大切なことですね」
二人の視線が、足元にいる息子に向けられる。
養子ながらも2人の面影を感じさせる息子には、まだ世界のことはわからない。
短冊の代りに、願いは灯篭に籠めて流す。両親の手から離れた二つの灯篭を追いかけようと池に近づく息子を、焔は軽々と抱え上げた。腕に抱えた小さな命はとても愛おしくて。
「本当に、叶うといいなぁ」
「今日は焔さんの誕生日ですから、きっと叶いますよ」
この世に愛する人が産まれてきた尊い日。そんな素敵な日なのだから、きっと。
「改めてお誕生日おめでとうございます。これ、作ってみたんです……二十歳の記念に」
ほんわりと花が浮かぶような微笑みで、藤花はプレゼントであるお手製の枕を差し出す。可愛らしラッピングされたプレゼントに焔は破顔した。
「ありがとう。とてもいい夢が見られそうだよ」
望が焔の腕の中でプレゼントの枕をもふもふと触る。抱き心地がよかったのか、そのまますやり。
その様子を見て、星の名を賜った夫婦は愛おしげな眼差しを向けるのだった。
「天の川 水面流るる 想い星 彼方の君に 届け給う」
唄うは願い。籠めるは追悼。馴染んだ和装をはためかせ、淡く照らされる小柄な少女の姿は儚い。
「あたしは、元気です」
そっと流した灯籠へ添えられた言葉は、今は亡き両親へ。
深森木葉(jd1711)の足は自然と、流れていく灯籠を追って歩き出す。
失ったぬくもりを求めるかのように。すれ違う家族連れと同じく、隣で微笑む両親の姿を求めるように。
夜の真っ暗な川に流れる数え切れないほどの灯籠は、夜空に輝く天の川のように美しい。けれど、それを眺めていると胸が締め付けられる。甘く切ない痛み。家族の優しい思い出と、悲しい記憶が小さな心を苛む。
やがて川幅が広がっていくと、自分の灯籠はたくさんの灯籠に紛れてもうわからない。それを残念に思う気持ちと、両親ならきっと自分の灯籠を見つけてくれるだろうと言う根拠もない確信を抱く。
「……七夕ゼリーなるものをいただきましょうか」
ほんの少しだけ吹っ切れたように、木葉は下駄を鳴らして歩き出した。
和紙に描かれるのは、淡い色の水彩画。
朝顔、桔梗、睡蓮、向日葵……そして百合に鬼灯。夜色の髪を持つ少女が灯篭に描くのは夏の花々だ。優しい光に照らされた、淡くも華やかな想い。
文字で伝えるより、絵に想いを込めた方が俺らしいのだと、描き手である樒和紗(
jb6970)は云う。
躊躇うことなく筆で描きすすめていくその腕前に、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は流石だと、澄んだ紫紺と常盤の瞳を細めて感心した。
「まあ、これくらいしか得意なこともありませんしね」
「でも、それだけ綺麗な灯篭なら、織姫や彦星だってお願い叶えてくれるでしょ」
むしろ可愛いハトコの願いを叶えてやってほしいぐらいだ。
――家族が元気でありますよう。
そう祈りを籠められた灯篭は一際鮮やかな色彩を持ったまま流れていく。
「……竜胆兄は書かないのですか?」
流してから、和紗は竜胆がまったく灯篭に手を付けていないことに気付いた。けれど彼は「僕はいいや」と何も書いていない灯篭を弄ぶ。和紗が受けとりに行ったときに傍にいたらついうっかり受け取ってしまったのだ。
「願いは自力で叶えるさ」
あまり願掛けは好かないのだろう。さっぱりとした返事に、和紗は納得したようだ。
「なら俺に貸してください」
返答する間も意図を訪ねる間もなく。和紗はまっさらな灯篭に再び筆を走らせた。さらさらと筆が通った道が描いたのは、露草だ。
「それ、誰の分?」
「竜胆兄も心配な彼の分ですよ」
そう言われて思い浮かぶのは、なんでも独りで抱え込んでしまう困った友人だ。そしてその友人が真っ先に出てきたことに、なんとも言えない気持ちになる。
完成した露草の色は、深い憂いを孕んだ紺青色。彼の、瞳の色。
「素直じゃないですね」
「僕はいつでも素直だよ……!」
口では拗ねつつも、確かに彼のことはほうっておけなかった。だからこそ、灯篭が流れる様は見届ける。
露草。
花言葉は尊敬と……密かな恋。
選んだ花に意味はあるのか、ないのか。水面揺れる紺青が、何かの暗示に思えて仕方ない。
考えないようにしよう。そう結論を出し、見えなくなった灯篭から視線を離す。このまま縁日に行こうかと思い「何が食べたい?」と尋ねる。
「たこ焼き」
1秒にも満たない即答。ブレないハトコ様だと、竜胆は苦笑した。
まだまだ花より団子?
夜空に瞬く星たちは、同じように見えて一つ一つが全く違うもだ。
綺麗で儚いもの。強い光を放つもの、弱々しくも輝くもの。それらは人の命と大差ないものだと、エル・ジェフェ・ベック(
jc1398)は思う。
「星と俺たちって、にてるよな」
呟かれた言葉、手にした灯籠。書かれた文字は「尊敬する父親へ」上手いといえないけれど、思いは誰にも負けないぐらいに籠められている。
澄み切った水面に浮かべれば、他の灯籠と同じようにゆっくりと下流へ流れ出す。
「親父……母ちゃんは元気に仕事を続けてるよ。兄ぃたちは最近皆に迷惑はかけていない」
灯籠を見送りながらも語られるのは近況。
俺を見習ったのかもしんねぇな。と合間に軽口を叩いてはほんの少しだけ寂しげに、マイアミの真っ青な海を思い浮かばせるマリンブルーの双眸を細めた。
「そして朗報。弟が一人できた。あいつは俺よりも頭いいから偉くなるかもな」
流した灯籠はもう遠い。自分の声は父親に届いているのだろうか?
「――最後に一つ。ピンチはチャンス。スターの証だ。……じゃあな」
己を奮い立たせるための言葉を最後に投げかける。とうとう自分の灯籠は他に紛れてわからなくなった。
◆星空に紡ぐ恋物語
中流。灯篭が流れる川が普段くらい夜の山を明るく照らし出す。橋の周辺は言わずもがな、たくさんのカップルたちが往来していた。
この人の多さを華子=マーヴェリック(
jc0898)はあまり予測できていなかった。
人混みに流されかけている華子を見て、佐藤としお(
ja2489)はその華奢な手をとる。はぐれたらなかなか見つからないだろうと予測してのことだ。
「転ばないように気を付けて」
「は、はいっ。ありがとうございます」
思い人である彼の行動に、華子は頬が熱くなるのを感じて俯く。幸い、この場を照らす光は橙色交じりで赤い顔はあまり目立たなかった
としおはなんでもないことのように彼女の手を引いて、比較的人の流れが緩やかな道を通って橋の上へ。欄干で立ち止まると、手を放した。離れた手のぬくもりを、少しだけ残念に思いながらも彼女は川に目を向ける。
「とても、綺麗ですね」
「うん。川も、星もすごくキレイだ」
感嘆しながらも、華子は周りを盗み見る。やはりというか当然というか、カップルばかり。あとはナンパ狙いの独り身がちらほらと。甘い雰囲気や熱っぽい様子に充てられて、恥ずかしくなってくる。
「あ、あのねっ、この前の依頼でこんな事があったんです……っ」
沈黙を誤魔化すため、華子はそんな話を始めた。としおは微笑みながらも話を聞く。
二人の距離は微妙に空いている。本当はこの祭りにかこつけて告白をするつもりだった華子。気合を入れて白地に青い花の浴衣を着こんできた。けれど、いざこうして話していると、この距離の心地よさも再認識すると同時に、こうして過ごせる時間を失いたくないとも願う。
一方としおも、華子の思いは薄々感づいていた。しかし、自分から何かをするつもりはない。……否、できないといったほうが正しいのか。
彼等撃退士は、いつ何があって、何が起こってもおかしくない。だからこそ、彼女の気持ちを受け入れるのに躊躇いの気持ちのほうが大きい。それは、としお自身が華子を心から大切に思っているからだ。大切な人を悲しませるのはヒーローの本意ではない。その代りではないけれど、一緒にこうして過ごせる時間を、他愛もない話で微笑みあえる日々を大切にしよう。
ゆらゆらと揺れる二人の距離は、天の川に揺らめいて――。
ゆるりゆらり。
流れていく灯篭の流れはとてもゆっくりで、流れていく時間だけでなく、星の瞬きすら遅く感じさせる。
その空間を杷野ゆかり(
ja3378)はとてもありがたく感じていた。
「……綺麗ね。ずっと眺めていたいぐらい」
「ほんと綺麗だ。月も明るすぎねぇし、塩梅いいねぇ」
月の光が強すぎれば、星はその光に負けて輝きを失う。点喰縁(
ja7176)は隣に立つゆかりと星空を視界に入れて、目を細める。
最近は撃退士として忙しく、恋人同士共にいられる時間は目に見えて減っていた。こうしてゆっくりと景色を眺めることそのものが、とても久しぶりかもしれない。
そんな愛おしい時間を噛みしめていると、普段の寂しさも同時に思い出す。けれどそれを中々口に出せないでいた。代わりにそれとなく寄り添ってみると、縁は綺麗に結い上げた髪を崩さないように優しく頭を撫でる。
「あ、そうだ。少し後ろ向いてくれね?」
髪に触れたことで何かを思い出したのか、懐に手を忍ばせながら縁は言う。ゆかりは首を傾げながらも従った。
縁の懐から取り出されたのは、縁お手製の簪だ。木製の軸に輪状の飾り部分。飾りには小菊の文様が彫られていて、シンプルながらも洒落た逸品。
それをそっとゆかりの髪に差し入れる。
「……簪かしら?」
「ちょっとしたサプライズだ」
一瞬きょとんとしたあと、ゆかりは簪に振れる。溢れる愛しさを顔に出さないように堪えるものの、笑みは隠しきれない。ありがとうと伝えるだけで精一杯。
このまま勢いで「好き」と言ってしまおうか。けれどいざ口を開いても、金魚のようにはくはくと唇が開閉するだけだ。言葉が空気を震わせられない。
「ん? どーした?」
何かを伝えたいとがんばっているのはわかる。ちゃんと聞こうと目を見て微笑めば、ぼふんっと音を立ててしまうぐらいの勢いでゆかりの顔は真っ赤に染まる。そしてとうとう羞恥に耐え切れなくなったのか――、
「やっぱり今日は駄目! 無理!」
「ゆかり!?」
突然叫んで下流へと走り出してしまう。周りはなんだなんだと視線を向けるが、縁は構っていられない。慌てて恋人の後を追いかけて行った。
全国的ともいえる行事、七夕。
織姫と彦星の恋物語を加えたイベントでなされる村興しに、六道鈴音(
ja4192)は嘆息する。
「今夜は晴れてよかったねぇ」
橋の欄干に寄りかかり、誰にともなく鈴音は投げかける。
せっかくの七夕。年に一度の逢瀬なのだ。晴れてくれなければ哀れと言うもの。
夜空を飾る星々と川を流れる灯籠の星空を、意志の強さを伺わせる漆黒の瞳に写し、二つの星空や、星空に挟まれた橋を行き交う人々をぼんやりと眺める。
「流石にカップルが多いよねぇ……」
デートスポットであるだけに、ほんの少しだけ一人がむなしい。
時折一人の彼女へ声をかけようとする男は居たのだけれど、本人の目力の強さのせいか声をかけられる前に諦められてしまうことを……鈴音は知る由もない。
「さーてと、縁日に行って焼きそばでも食べるかなっ!」
感じ始めた空腹に、鈴音は体を伸ばしてから歩き出した。
織姫と彦星は、年に一度しか会うことができない。
橋の中央。二人で手を取り合ってみて、その寂しさと悲しみを想像する。その上で、こうして毎日傍にいられるというのはこの上なく幸せなことなのではないだろうか――。
「でも、七夕に会える事がきっと凄く楽しみで、その日の為に生きてるのかもしれない」
生きる糧というものか。会いたいから、そのために頑張れる。といつもの豆知識を語る時とは違い、憂いを帯びたような声音で浪風悠人(
ja3452)は語り始める。
川を流れる灯篭が照らす横顔を見ながら、妻である浪風威鈴(
ja8371)はその話に耳を傾ける。それはやはり、少しばかり自分には難しい話だ。
撃退士である以上、天魔と戦うときは命がけ。自分の命より、人命救助を優先しなければならないときだってある。便利屋紛いの依頼で危険にさらされたりなど、日常茶飯事といっていいだろう。
「もちろん威鈴と離れなきゃならないときもある」
「うん……さみしい、ね」
離れるのは寂しい。それがたとえ一時でも。
悠人は空を見上げながら「でもね」と続ける。
「帰ってきた時に笑顔で迎えられるから、ああ帰る場所があるんだってまた絶対帰って来たいって思えから――だから戦えるんだ」
守るべきものがあって、それが心から守りたいと思えるもので、そのために頑張れる。それはとても尊いことだ。
「俺は彦星じゃないから、ずっとそばにいる」
たとえ一時離れることになっても絶対に帰ってくると。
言葉が途切れた。それは威鈴が考える時間。たくさん出てくる思いを、どう言葉にしようか迷う時間だ。
「ボクは……信じることが……できるよ」
頭はあまりよくない。一緒になって戦うことはできない。大けがをして帰ってきたときなんてあまり役に立てないかもしれない。それでも――
「悠人は、帰ってきて……くれるから」
どんな大怪我をしても、いつだってちゃんと帰ってきてくれたから。だから信じられる。あまり怪我をされるのはやっぱりいやだけれど。
重ねていた手に力を込めて、ふわりと笑う。
「色んな…お話して、くれるもん……ボクと居て楽しい…って言ってくれる…だから、ボクも……嬉しいし楽しい」
待ってるよ。
帰る場所になるよ。
稚拙な言葉で並べられた気持は、悠人には届いている。手を引いて、抱き寄せて。何も言わずとも二人は空を見上げる。
流れ星に、幸福を祈るために――。
東西にわかれて手を取り合う、織姫と彦星の伝承を借りたおまじない。それは、たとえ離れ離れでも心は繋がっている。という意味合いで広められている。
遠距離恋愛中のカップルには特に受けがいいらしいとかなんとか。
「東西に分かれて、ここで手を繋ぐと愛が深まるそうですよ? やってみます? 」
そんな道行くカップルからそんな話を聞いた駿河紗雪(
ja7147)は萌木色の双眸を煌かせる。乙女としては、恋に関するおまじないを試してみたくなるものだ。
「んー……紗雪がやりたいならいいよ」
繋いだ手を一時的にとはいえ離すのは、藤井雪彦(
jb4731)には躊躇われる。けれどそんな愛しい恋人の頼みを断れるはずもなく、苦笑気味に承諾した。
互いに背を向けて二歩。後ろ手に繋いでいた手が解け、絡めた指先が離れる直前、自然と紗雪の歩みが止まり、雪彦も気配でそれを感じて静止する。
「どうしたの?」
離れそうな指を無意識のうちに絡め、雪彦は問う。
振り返った紗雪の瞳は微かに潤んでいるようにも見えた。照れ臭そうに、そして少し申し訳なさそうにはにかんで。
「やっぱり無理……とか言って良いですかね?」
この表情で、この言葉。ときめかない男はいるのか。少なくとも雪彦はノックアウトだ。離れかけていた手を引いて、掻き抱くように愛しい恋人を腕に閉じ込めた。紗雪も安堵して抱きしめ返す。
「うん……離したくないし、何があっても離さない……」
紗雪のぬくもりを感じながら、雪彦は彦星に同情した。年に一度の逢瀬は聞こえはいいし、ロマンチックである。しかし、それを実行しろと言われたら無理な話。
真剣な顔をしている雪彦に、考え込ませてしまったのかと紗雪は不安になる。不安にさせてしまったのだろうかと。
「天の川を渡ってでも……いや、それ以前に絶対に離さないよ!」
彦星と織姫を引き裂いた天帝にだって、引き離させるなんて許さない。きょとんとしている紗雪を微笑んで見つめて、
「ずっと…ずっと一緒に居るね♪」
「……はい。ずっと……一緒です♪」
そんな二人の周りに、紗雪が無意識に発動した花蛍の光だけがふわりふわりと場を包んで。甘く優しい幸せを、周りの人々にもお裾分け。
真似事をして、改めて互いの存在の大きさを知る。
ロマンより、ともに歩んでいけることが何よりも大事なのだから。
◆陽気な祭囃子は笑い声と共に
夏の稼ぎ時と言えば、祭りの縁日は代表格。
祭りは自然と人は高揚するもので、財布の紐もいつもよりは緩くなる。楽しんで楽しんでもらって稼げるのならば、自然とやる気もでる。
「あー! 破けた!」
「もう一回!」
残念そうに、しかし楽しそうに声をあげるのは、破けた金魚すくいのポイをもった子供たち。
「そんな激しくやったらいくらポイがあっても足りねぇぞ」
鐘田将太郎(
ja0114)はけらけらと笑い、ポイの中心を指で軽く叩いて強度を確かめてから新しいものを手渡す。
そして金魚に夢中になる子供たちを眺め微笑ましい気持ちになる――が。
「ねー、私白と赤の金魚がほしー」
「OK! こんなの楽勝」
なんて会話をしながら小銭を渡してくるカップルには、とても殺意を覚える。
元々恋愛祈願系のお祭り。そのせいかカップルが多い。多すぎる。嫉妬の炎で熱中症になってしまいそうだ。
「おうおう、彼女にイイとこ見せられたら出目金もサービスしてやんよ」
しかし今はバイト中。ここで噴火したらバイト代はパー。
比較的薄そうな気がするポイを渡して冷やかしを投げるだけに留めるのだった。
山も賑わってはいるけれど、山の麓にある神社も負けてはない。
縁結びの神様に出会い祈願をする者や願掛け、灯篭を貰いに来る者でごった返している。急遽雇い入れた巫女や催事のバイトも大忙し。
祭りごとの手伝いに奔走する学園生徒の中には、黄昏ひりょ(
jb3452)の姿もあった。
近場の縁日のヘルプをしたり、神社の氏子たちの代役を任されたりと大活躍していた。手際の良さに驚かれつつ、経験を聞かれて、去年もこうして縁日の手伝いをしていたことを思い出す。
「もう一年近くか……」
子供たちの目の前で注文されたものを作りながら、ひりょは独りごちる。
彼の手で出来上がったのはふわふわの、今にも浮いて飛ばされそうな甘いわたがし。受け取った子供たちはとても嬉しそう。
その笑顔は、ひりょも楽しませてくれる。
……一年前から今日まで、後悔が多かった。けれど、後悔ばかりに捕らわれてはいけない。大事なのは後悔からどう教訓を得るのか。
同じような事を繰り返さぬよう、日々精進しよう。 過ぎた日々は決して消えない、無かった事には出来ないのだから。
「また、来年も皆でこの日を迎えられますように」
願いの言葉は、祭囃子と共に空へと溶けて行った。
縁日では子供が無邪気に走り回っている。
その中に、甚平を纏って財布を手に走り回る子鬼の姿があった。秋野=桜蓮・紫苑(
jb8416)だ。
たこ焼き、焼きそば、お好み焼き。かき氷にチョコバナナ。小さな腕にいっぱい抱えてご満悦。
「あとは七夕ゼリーじゃ!」
季節の果物を星の形に切り取り、涼しげな青いゼリーに閉じ込めた通称、七夕ゼリー。祭りに託けて土産物にしてしまおうとちょっとした野望込みの一品である。
祭りの噂を聞いたときから楽しみにしていた品なだけに、屋台を探す足もはずむ。広い縁日で、案外それは早く見つかった。というのも、聞き覚えのある声に目を向けたら見つけた……と言った方が早いのか。
「あったけえ夜ですし、冷たいデザートを楽しむのに悪くねぇですぜ! あ、アツアツなカップルさんの仲までは冷せねぇから安心してくだせぇ!」
氷の上で冷やされている七夕ゼリーが並ぶ屋台の前で、百目鬼揺籠(
jb8361)が声を張り上げていたからだ。
「七夕ゼリーは見た目もとっても綺麗でさ! 天の川に負けてませんぜ?」
割った竹で作った細長い入れ物に入ったゼリーは、今まさに夜空を飾る天の川を彷彿とさせる。
バイト慣れしているだけあって、雑踏の中でもよく通る声に足を止めるお客が多い。そして軽快な売り文句は、笑いを産み、自然と購買意欲を刺激する。
「百目鬼の兄さん!」
「おや、紫苑サンじゃねぇですか。楽しんでますかぃ?」
兄と慕う百目鬼を見つけて駆け寄り抱きつこうとするが、抱えている食べ物たちを思い出して踏み止まった。
それらを見て心から楽しんでいるのは明白。あつあつのたこ焼きも一口あーんして貰い、楽しさのお裾分け。
「ああ丁度いい、ちょっとそこでサクラしなせぇ」
自腹で氷の上の七夕ゼリーを、竹で作ったスプーンとともに差し出す。サクラという名目での甘やかしだ。「百目鬼の兄さんせこい!」と笑う紫苑には即座に一口放り込んでおいた。
ゼリーの爽やかな甘さと、フルーツの濃厚な甘さが口に広がり、紫苑は言われなくてもとても美味しそうに食べ始める。
そんな紫苑見て、子供たちが惹きこまれてくる。限られた小銭を握りしめて。「おいしい?」と尋ねられ、笑顔で「給食で余ったら戦争になるほどおいしい!」と返している。
次第に笑顔が溢れる周囲。
いつも通りのバイトではあるものの、子鬼がいるだけでも楽しさが違う。半分こ!と口に入れてもらったチョコバナナも、いつもより美味しいものだった。
縁日の隠れた名物には、大串というものがある。
ちょっとお高値の具材を普通の焼き鳥の三倍ぐらいの大きさの串に刺して焼く。海老だったり大粒のホタテだったりと、普通の焼き鳥と違う具材もある。
その大きさからか、カップルが二人一本で食べるという場面も珍しくない。恋人と来ることが出来ずに、大串の屋台でバイトすることになったRehni Nam(
ja5283)の心境は些か複雑だ。
「微笑ましくはあるんですけれど……」
なんだかんだと言っても、やっぱり寂しい。けれど寂しがってもいられない。次に合えた時にたくさん甘えられるのだから。
「「おねーさん! ホタテくーださい!」」
やって来たのは可愛らしい双子。
「はい。タレとお塩どっちがいいですか?」
「タレ!」「塩レモン!」
息ぴったりに別々の注文をした双子に苦笑。けれど双子が持っているのは一本分の小銭だけ。一触即発。
喧嘩にならないようにと、レフニーはまだ味を付けていないホタテを一本渡し、タレと塩レモンの調味料を別の器で渡す。
「仲良く食べてくださいね」
「「ありがとー!」」
ほんの少しの気遣いで、双子の平穏は守られたのだった。
目指すは屋台全制覇!
「縁日だなんて、わくわくするなぁ!」
赤い浴衣を纏う大狗のとう(
ja3056)は、美味しいものと楽しそうなものが視界いっぱいに広がる光景に漆のように艶やかな瞳を輝かせている。彼女に尻尾があればぶんぶんとふっているだろうことは容易に想像できるほどに、わくわくしているのは伝わった。
その手に繋がれているのは、フリルなどをあしらい、ゴシック風の赤と黒の浴衣を纏う紅鬼姫(
ja0444)だ。彼女もまた、友人との久々の外出が嬉しいのか身に纏う雰囲気は柔らかい。
本当はもう一人来るはずだったけれど、残念ながら留守番だ。腹ペコ毛玉の遺言の為、赤の色彩を纏う二人の少女は行く。
「お誘いしておいて何ですが……鬼姫、固形物は好きではありませんの」
食べやすいゼリーや、綿菓子に冷やされた水あめなどを中心に食べる。その傍ら、なんでも美味しそうに食べるのとうを不思議そうに見つめた。
焼きそばタコ焼きお好み焼き。大串やじゃがバターにオムレツ。もちろん鬼姫が食べているものも一緒に。たくさん食べている彼女を見ているだけで鬼姫の腹も満たされるを通り越して膨れてしまいそう。
食べるだけでなく、射的やくじ引き、金魚すくいなどの遊びも忘れない。もちろん、お土産の食べ物もたくさん買い込んでいく。
「のとう、美味しいですの? 楽しいですの?」
普段は残忍な光さえ見せるカーマインの瞳は、友人の楽しそうな様子を写して瞬く。
「とっても美味しいぜ! それに、すっごく楽しい!」
鬼姫がいるからもっと楽しい、と満面の笑みで付け加えられ、鬼姫の頬が少し緩んだ。その姿にますますのとうも破顔し、また縁日めぐりを再開する。
「鬼姫、あれも買おう!」
回っている間に見つけたのは鬼灯の提灯。自分たちのお土産用にと手に取った。
「お揃い、ですの」
「いっししし! 雅、ってやつだな!」
ゆらゆら揺れる、お揃いの提灯。ならんで揺らして、笑い合う。
提灯を持って道中見つけたお化け屋敷にいくと面白いかもしれない。そんな鬼姫の提案に、のとうは冷汗を流して視線を泳がせる。怖いのはあまり得意ではないのだ。
「ほら、あれだ。残念な留守番っ子も連れて遊びに来るまでのお楽しみ……的な?」
「ふふ、ではまた今度、ですの」
ぐいぐいと手を引いてお化け屋敷から遠ざかろうとするのとう。鬼姫はくすくすと笑いながらも、今回はと大人しく従った。
即興で立てられたにしては、すこし本格的なお化け屋敷。地域活性の為の力の入れ具合がうかがえるが、子供たちにはすこし刺激が強すぎたのかもしれない。
時折、泣いて動けなくなった子供や、親とはぐれた子供も発生している。
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)は、そんな子供たちの救助に当たっていた。
「ほら、出口はすぐだから頑張ってください」
漆黒の着物に、鬼灯の柄。神々しささえ感じる気品を持つ少女は、たとえお化け役だったとしても子供には救世主に見えただろう。
「大丈夫。堂々と歩いていると怖くなくなるのです」
目線を合わせ、気品さえ感じる声音でレティシアは子供をうながす。道中で明るい話をしなるべく笑顔で出られるようにと。泣き顔よりも、笑顔で思い出を持ち帰れるようにという気遣いからだ。
ほどなくして明かりが見た。出口に到着すると、子供は先に待っていた父親に駆け寄っていく。一人で大丈夫だったかと心配する父に、子は「きれーな子にたすけてもらったの!」と背後を指差す。
けれど、レティシアの姿はもうない。幽霊よろしく、物質透過ですでに壁の向こう。幽霊に化かされたのかもなと冗談交じりに父は笑った。
日が落ちてから、だいぶ時間が経っている。
子供たちはちらほらと家に帰りはじめ、残っているのはカップルや大人ばかり。けれど、山の方はまだまだこれからだろう。
縁日で買った林檎飴に口を付けて、クラリス・プランツ(
jc1378)は空から祭りを見下ろしていた。
山の頂上付近から、中流、そして縁日の合間を流れる川。暗い森は、灯篭流れる川を鮮明に浮かび上がらせ、大規模な天の川を大地に刻んでいた。
天と地。相反する位置にある物に刻まれた、幻想的な光景に見入る。
「これが天の川か……」
呟き、一年に一度しか逢えない二人のことを思い出す。今夜は無事に会えただろうかと。
そして、もう二度と会えない大切な人を想い、願う。
「いつかまたどこかで……」
叶わぬこととはわかっている。けれど、一年一度のこの日ぐらい、星に願ってもいいだろう。
生命力溢れる常盤色の双眸は、満天の星空を写し込む。
その願いに寄り添うよう、流れ星が一瞬だけ――星空を奔った。