●集まった人数
雲ひとつ無い青い空、透き通った蒼い海、足元には柔らかくサラサラとした砂。
今日は絶好のBBQ大会日和だった。
そんな中で、受付嬢をしていたポニーテールが似合う水着の女性が物凄く申し訳なさそうな顔をしていた。
「まさかここまで参加される方が居ないなんて……」
呟きながら、大会に参加してくれた人を見る。
四人だった。もう一度いうが……四人だった。
五十人が活動できそうなほどの大きさに仕切られた会場は寒々しいまでに人が居らず、中央に居る受付嬢を含めた五人だけだった。
「ママー、アレなに」
「しっ、見ちゃいけません!」
海水浴に来たであろう子供が指差し、母親が近づけさせないようにと去って行く。
物凄く、居た堪れなかった。
「……ほんっとうにごめんなさい!」
ポニーテールが尻尾のようにブンブン揺れながら、受付嬢は頭を下げる。
きっと受付嬢も多くはなくとも十人ほどは参加者は来てくれると思っていたのだろう。
「顔を上げてください」
そんな彼女へと新柴 櫂也(
jb3860)が声をかけ、他の三人へと振り返る。
「これだけ素材があるんだ。大会っていう感じの事は出来ないけど、四人で料理を作るということは出来ると思うんだ。夏木さんもどうかな?」
そう言いながら擢也は早朝に釣り上げた魚が入ったクーラーボックスを上げながら、夏木 夕乃(
ja9092)を見る。
夕乃は少し考えるような仕草をしながら、ムムムと唸りながら考え込む表情をするがすぐに結論付いたようだ。
「それでもいいですけど、自分はご飯物のパエリアを作ります!」
敬礼を崩したようなポーズを取りながら、夕乃は一緒に作ることを承諾する。
大会ではないが、美味しいものを作る。その結論に辿り着くと、彼らの行動は早かった。
「私は火起こし担当ですの。炎の魔術師と呼ばれる腕前を見せてあげますわ!」
自信満々に紅華院麗菜(
ja1132)は成長途中の胸を張りながら言う。ちなみに炎の魔術師は自称である。
「私は調理担当で頑張りますわね。しば兄様、麗菜様、夕乃様」
優雅に言いながらリラローズ(
jb3861)は軽くお辞儀をする。
「じゃあ、俺は釣った物だけじゃ足りないだろうから、市場で調達してくるな」
「しば兄様、頑張ってきてくださいね」
リラローズが笑顔で応援すると、擢也は静かに頷きながらサムズアップする。
「自分もパエリアの材料を調達してきます!」
「あ、案内だけですが、私も一緒に行きます」
擢也、夕乃、受付嬢が歩き出し、市場へと向かうのだった。
●食材調達
市場に辿り着くと受付嬢は入口で待機し始め、擢也と夕乃はそれぞれ食材を買い始めた。
ちなみに市場とは古びたアーケード街のような場所に果物店、八百屋、肉屋、魚屋、金物屋、駄菓子屋といった店が軒を連ねる地元民の生活の場といった感じの見せであった。
(「たしか、リラが欲しいと言っていた食材は……」)
出かける前に何が要るかを聞いていた擢也はそれを思い出しながら、八百屋と肉屋を中心に回り始める。
王道食材にパプリカ、エリンギ、ソーセージ、ベーコン、スイートコーンにネギ、ニンニク等を買いこんで行く。
市場の店の人たちは殆どが気さくなようで、おまけとして何種類かの食材も追加してくれた。
「えっと、確か材料は……サフラン、パプリカ、イカ、ムール貝、エビ、鶏肉、ニンニク……」
米やサフランは会場にあるから大丈夫だと考えながら、夕乃はそれらの食材を探し始める。
鶏肉、ニンニク、パプリカは肉屋と八百屋ですぐに見つかった。
そして魚介類の残り三種類も魚屋に行けば売っているはず。だがその予想は少し外れてしまった。
「イカ、エビ。そして最後のムール貝はーっと……あれ?」
イカとエビは見つけたしかしムール貝は見つからなかった。
一応店主に確認を取ってみたところ……。
「あ? ムール貝? ……ああ、イガイか。うちじゃあ取り扱っていないな、すまねぇな」
「そうですか……」
「アサリならあるけどどうでぇ? 少しならおまけするぜぃ」
ビニール袋ぎっしりに詰められた大粒のアサリを見せながら、魚屋は笑う。
そんな店主には悪いと思うが、夕乃はアサリを断ろうとし――。
(「……アサリを使ってみたらどうなるのかな?」)
ふとそんな考えが頭を過ぎり、口にしようとしていた言葉と別の言葉を出した。
「じゃあ、頂きます!」
元気にそう言うと、店主も爽快な笑みを浮かべてアサリとエビとイカを差し出した。
こうして二人とも買い物を終え、市場の出入り口に行くと受付嬢が待っており、三人は会場へと戻り始めた。
「さあ、食材は手に入りました。会場に戻って調理を始めましょう!」
何というか受付嬢さんが物凄くテンションが高めだった。
●調理スタート
「リラ、戻ったよ。準備をよろしく」
「しば兄様、食材採りお疲れさまですの♪」
会場に戻ると擢也は食材をリラローズへと手渡し、自身は設置された調理台の上にまな板を置き、クーラーボックスの中に入れていた早朝釣った魚を捌き始めた。
釣りは運不運がある。だけど、今回は中々に良いのが釣れたと思う。
釣ったシマダイを取り出すと擢也は包丁で鱗を削ぎ落とし、腹に包丁を当て動かして切り開き内臓を取り出す。
一度内臓を洗い流し、用意されている金串に刺すと次の魚の処理に移る。
次の魚はカマスで、同じ様に鱗を削ぎ落とし、内臓を取ると串を刺していく。
「全部塩焼きでいいかもしれないけど、味付けはリラに任せよう。こんな感じでどうかな?」
「ありがとうございます。しば兄様、私も視覚的に食欲をそそるように食べやすく切りますの」
そう言いながら、リラローズは擢也が買い揃えてきた食材を食べ易い一口大のサイズへと切りそろえていく。
たまねぎは皮を剥いて少し厚めの輪切りに切る。
面白そうだったから買ったであろう、お化けしいたけは石突きを取っておく。
にんじんは火が通りにくいことを考え、ちょっとだけ薄く切り、
カラーピーマン……というかパプリカは上と下を切り、中のタネを取り出すとそのまま半分に切る。
ソーセージはそのままで、厚切りベーコンは噛み切るほどの厚さに肉と脂の層が綺麗に見えるように切っていく。
茹でられたスイートコーンは少し力を込めて包丁を振り下ろして輪切りに、そしてエリンギは手で半分に裂いていく。
そして王道食材の王様である肉は、牛・豚・鶏の三種類!
レアでも安心な牛肉はブロックを分厚く切っていき、逆に火が通っていないと危険な豚や鶏は牛よりも少しだけ薄く切って行く。
ある程度下拵えが完了すると擢也がやっていたように金串を取り、これぞBBQといった感じに厚く切った食材を突き刺して行く。
一方、麗菜は火起こしを始めていた。
用意されたBBQコンロ上の三箇所にキャンプファイヤーのように割り箸ほどの大きさの薪を並べて行き、その周囲に木炭を並べ、最後に着火を早めるために並べた薪の中へとくず紙を入れて行く。
「絶妙な火加減を実現しますわ!」
自信満々に言いながら麗菜は燃やした紙を火種とし、三箇所の中心に落とした。
火はすぐにくず紙に燃え移り、薪が段々と黒くなり……最終的に薪は火を点しはじめた。
その火は周囲の木炭を熱し始め、燃える薪の中央では木炭は白くなり始めていた。
そして、そこから発せられる熱は高くタラリと麗菜の頬を汗が走り、地面へと零れて行く。
ある程度すると薪が炭化し、自然に崩れ始め麗菜はつまみで軽く崩れた場所に空気が行き渡るように崩した。
崩された場所の木炭は真っ白く白熱し、中は高温になっていることが判るほど隙間が赤くなっていた。
同じように残りの二箇所も崩し、コンロに広げてると木炭が燃えているのかパチパチと音がした。
これならもう大丈夫だろう。そんな考えを持ちながら、麗菜は用意した網を乗せる。
あとは自然と熱を持ってくれるだろう。
先にパエリア作りを開始した夕乃は食材を刻みつつ、時折BBQコンロの炭の様子を夕乃は見る。
イカを輪切りにし、エビの頭を落として泥が入った管を摘んで抜き、鶏肉を食べやすく切り分ける。
そしてパプリカをある程度の大きさに切り、ニンニクを微塵切りに切って行く。
材料はこれで大丈夫なはずだ。
「よし、炭の準備は完了! えっと、確か順番は……」
慣れない手つきで行動を起こしながら夕乃は片手鍋に水をいれて軽く砂抜きしたアサリとサフランを含んだ調味料を入れるとコンロの上に置いて蓋をした。
次にフライパンを用意して、微塵切りにしたニンニクをオリーブオイルを使い鶏肉を入れて夕乃は炒める。
炭火はじっくりと待つ鍋物系には適しているのか、軽い音を立てながら鶏肉が焼かれていく。
しばらくして表面上が焼かれるとそれらをフライパンから取り出し、次にイカとエビを入れた。
水が油を弾く音がし、ジュワッと言う音が聞こえながら、軟らかかったイカが焼かれて白色になり始め、エビも熱を持ち始めて色が変わり始めて行く。
焦げ目が付かないように焼くと、鶏肉と同じようにフライパンから取り出す。
そして、水研ぎをした米をフライパンに入れるとゆっくりと炒め始めた。
先ほど以上に水が弾ける音がし、湯気が立ち込めながら炒めて行く。
炒めて行くにつれて、オリーブオイルが米に吸われていき米がテカテカと艶を出しはじめて行く。
ある程度炒めて行くと米が透きとおっていき、それを見ながらアサリを茹でていた片手鍋を開けた。
蓋を開くと鍋は沸騰しており、ぐつぐつと煮られてアサリは口を開いていた。
「うん、良い匂い……上手に出来ますように」
祈りながら、夕乃は片手鍋を掴むと中身をフライパンへと入れた。
その中へと炒めた鶏肉とイカ、エビを入れると更にパプリカを加えてフライパンの蓋を閉めた。
このまましばらく煮込んで、その後は蒸らしたら美味しいパエリアの完成のはず。
「これでいいはず……ですよね」
自信無く夕乃は呟いた。
「麗菜様、夕乃様、火のそばはお暑いですから……冷たいものをいただいて一息つかれてくださいね。しば兄様も一息つかれてくださいませ」
あらかた作業が終わった彼らへとリラローズが飲み物を差し出して行く。
一口飲むとミントの爽やかな酸味と炭酸の心地良さが口の中を広がっていく、どうやらミントジュレップと呼ばれる飲み物のようだ。
本当ならば炭酸水とバーボンとミントが織り成すカクテルの一種らしいが、今回は未成年の学生なのでバーボンは使っていないようだ。
と言うよりも使っていたら問答無用で大会は中止となるか補導されていたことだろう。
間違っても未成年の学生にアルコール飲料を出してはいけないのだ。
兎に角、ノンアルコールミントジュレップを飲み干すと彼らは最後の準備を開始する。
そう……BBQの醍醐味である焼きだ!!
●焼いて焼いてバーニング
先ず最初に網の上へと、鶏肉と豚肉を刺した金串をBBQコンロ上の金網へと載せる。
炭の熱で熱くなっていた金網へと生の肉が置かれるとジュッと肉が焼ける音がし、そのまま置くとしばらくしてパチパチと弾ける音がしてきた。
肉が焼け始め、脂が下の炭へと落ちて弾けているのだ。
少し屈んで真横から見てみると、豚肉の白とピンクの層で彩られた豚肉は下から色が変わっていた。
その隣ではプルプルの鳥の皮から脂がポタポタと滴り落ちて、パチパチと弾けながら脂が煙となって昇って行く。
心踊る音を聞きながら、しばらく待ち……軍手をはめた手で熱くなった金串を掴むと肉を網から引き剥がした。
網に焼きついた肉は少し剥がし辛く、重い感触を味わいながら剥がし裏返す。
すると、焼かれた豚肉は美味しそうに色付き、網で焼かれた事がわかる独特の網目模様の焼きあとがつけられていた。
一方で鶏肉を裏返すと、一部皮が網に張り付き脂が弾ける音を立てた。
裏返し、焼きめを見ると焼かれた鶏皮はプルプルがパリパリになっており、皮の熱が逃げていないらしく無数の泡を作っていた。
反対側を焼き終え、一応左右も焼き終え……焼かれた豚肉と鶏肉の串は皿の上へと放射状に置かれて行く。
そしてそれらが焼かれると炭の熱は他の炭へと行き渡り、白黒赤と色付いていた。
そんなBBQコンロへとついに本命であるこれぞBBQという感じに食材が刺さった金串は乗せられていく。
牛肉が網に乗せられると先ほどと同じように焼かれる音が聞こえ、しばらくすると玉葱から滴り落ちてきた水分がジッと音を立て蒸発して行く。
隣では逆さにして置かれたお化けしいたけから水がぐつぐつと溢れ出しはじめ、そこに塩が散らされる。
更に炭の方では擢也が捌いたカマスとイシダイが置かれており、中の水分を蒸発するように表面からぶくっと時折泡を膨らませていた。
しばらくそのままにしてから、串を掴み……裏返すと牛肉は焼かれ、たまねぎは軽くふやけて焦げ目が付いているが美味しそうな姿をしている。
ベーコンは炙られたようにジュワワと脂が泡を作ってぶくぶくしている。そして裏返してしばらくするとパキッと心地良い音とともに串に刺さったソーセージの腹が綺麗に割れて肉汁がてらてらとしていた。
そしてパプリカも網が当たっていた部分が薄っすらと焦げ、エリンギは乾き始めていた。
ジュワッとい水分を弾く音が聞こえながら、焼かれた牛肉の表面に血が溢れて行き……ある程度してから裏返すとパチパチと心地良い破裂音が響く。
一方焼き魚のほうはカマスが美味しそうに焼けており、つぶらな目玉は白く変わり皮に美味しそうな焼き色が入り始めて行き、イシダイは焼かれていくとまかれた塩が乾いていき、粒状の塩が背ビレ尾びれを彩った。
そして良い焼き加減になると串に刺さった焼き物を別の皿へと並べて行く。
所々火が通りきっていないように見えるが、これはソースをかけてもう一度焼くということを考えているようだ。
あとの作業を擢也へとお願いし、リラローズはそれらに使用するソース作りを開始した。
初めにバジルとオリーブオイル、チーズと刻みにんにくをミキサーに放り込むとミキサーを回し始めた。
少しずつ混ぜるにつれて、バジルは刻まれていきオリーブオイルに混ざっていくそしてしばらく混ぜ続けてからミキサーを止めジェノバソースと別名を持つバジルソースを容器へと入れる。
その勢いのまま、ねぎ塩タレにガーリック醤油といったソースを作っていく。
ついでに変わりソースとしてカレーソースを作ったり、クリームチーズと牛乳を混ぜ合わせそこに醤油を少し垂らしたチーズソースも作る。
「焼いた食材を、フォンデュ風にして食べてみてくださいね!」
元気良くそう言うとリラローズはソースの完成を告げた。
ついに食事の開始であった。
●皆で楽しくBBQ
『さあ、料理がもう完成しあとは食べるだけです! そんな時に言うのもなんですが、ゲストの紹介をさせていただきます!!』
何時の間にかステージ上に立っていた受付嬢はマイク片手に語り始める。
いや、大会にもなっていないんだから、ゲストには御帰り願ったらいいのではないのだろうか……。
そんな考えに気づいているのか、受付嬢はどんよりと顔を曇らせる。
『正直なところ、御帰りいただきたいですよ。でも、一応呼んだ手前食べさせてリアクション取ってもらわないといけないってお達しなんですよね……』
ああ、バイトゆえの苦悩というやつか……。可哀想に思いながら彼らは受付嬢を見る。
『ありがとうございます。それではゲストを紹介させていただきます! 先ず最初に偶然海に遊びに来たと言い張る喫茶店のマスターさん!』
『お嬢さん、もう少しその桃を生で見せてもらえないだろうか』
何か何処かで見た事があるような喫茶店のマスターが豹柄のブーメランにエプロンという井出達で最低なことを言っていた。
それを笑顔で回避しながら、次のゲストの紹介に移る。
『犬●家ごっこでもやってろ♪ それでは次は寄食料理研究家のこの方です!』
何でこんな面子なんだろう。ボソッと呟きながら受付嬢は隣に座る人物を紹介する。
昔映画で見た何とかジョーンズみたいな格好のオッサンが網を持っていた。
『今日はミラクルな食材に出会えると聞いたんだがね!』
きっと去年の様な奇抜さを求めていたのだろうが、少しだけ残念な気がした。
そして、次のゲストの紹介に移るために受付嬢は歩く。
『はい、ありがとうございました。それでは最後のゲストは今大会の主催者であるMF社の方です!』
『ど、どうもぉ〜……よろしくおねがいしますですよぉ〜……』
顔見せをしたくないのか、スモークガラスで仕切られた中からは何か聞き覚えがある口調で動画投稿サイトでよく聞く声が聞こえた。
顔出しと声出しはNGなのだろう。あ、喫茶店のマスターが覗こうとしてい……あ、今こいつ「スモークガラスに隠された体って何だかエロイよね」って言ったぞ!
『そして、最後に私こと大会受付係の4人が審査員となっております!』
そう言って締め括ると、何時の間にか観客が集まっており彼らの様子に声を出していた。
どうやら匂いにつられて近隣で泳いでいた海水浴客が集まってきたようだ。
初めにゲストたちは食事の醍醐味であるBBQを味わうために近づいてきた。
参加者である4人とゲスト3人(一名だけはスモークガラスから出てこないようだ)がBBQコンロの前に集まると彼らは思い思いに皿の上に放射状に並べられていた串を掴み、コンロの上へと置いた。
リラローズとしてはフォンデュ風に付けて食べて欲しいと言うのが本音ではある。だが、食べ方は人それぞれのため……彼らは思い思いの食べ方を開始し始めた。
豚串へと塩コショウが振り掛けられたり、鶏串へとニンニク醤油ソースがかけられたりしていく。
塩コショウが熱気に舞い上がり、鼻をむずむずとさせ……ニンニク醤油が炭へと落ちパチパチと爆ぜる音と共に醤油の濃厚な香りを周囲に漂わせる。
お化けしいたけにいたっては、塩が掛かってはいるが……漂ってくる香ばしい匂いに観客による口論が繰り広げられたりもした。
「やっぱり、醤油バターだろ!」
「いや、味噌もうめぇだろ!」
「はぁ!? 砂糖醤油が良いに決まってるだろ!!」
「マヨネーズ万歳!」
「ポン酢もいいだろうが!?」
しいたけの味付けだけでこんなにも白熱した戦いが繰り広げられるとは……恐るべし、しいたけ。
一方で焼き上った焼き魚を皿に置き、バジルソースがかけられた。すると和風だったものが一瞬で洋風へと早変わりした。
そして、王道であるBBQ串は炭にじっくりと焼かれながら……再び裏返されるのを待っていた。
「それでは皆さん、一斉にいただきましょう」
『いただきます!』
それぞれが串や皿を持ち、麗菜が言うと全員が声を揃え食事を開始した。
塩コショウで味付けされた豚串に齧りつくと、塩の辛さと共に豚肉の噛み応えある歯応えと濃厚な脂が口の中に広がる。
豚肉は噛めば噛むほどに脂が広がって行き、口の中で解れながら……一思いに呑み込んだ。
「うん、美味しいね」
その美味しさに笑みを浮かべながら擢也は頷く。
隣では何もかけずに皮がカリカリになるまで焼かれた鶏肉を串から外して皿に乗せたリラローズがニンニク醤油ソースに肉をつける。
醤油に濡らされた鶏肉はプルプルと震えながら、リラローズの口の中へと入って行く。
弾力のある鶏肉とパリッとした皮の食感が口の中に広がると共に、醤油とニンニク独特の味わいが混ざり合って行く。
もにゅもにゅと炭火で焼かれたために硬くならない鶏肉を噛み締めながら、リラローズは笑顔になる。
「ふぅ、美味しいですわ♪」
「リラさんのタレ絶妙ですの。いくらでも食べられてしまいますわ。特にネギ塩ダレが最高ですの」
箸を優雅に使いながら、麗菜は串から取り出した豚肉をネギ塩ダレに付けながら舌鼓を打つ。
その美味しさを感じながら、彼女はネギ塩ダレをかけたお化けしいたけを食べ始める。
肉厚なしいたけに齧りつくと、噛み締めた場所からジュワ〜ッと旨味が混ざったしいたけの水分が口の中に溢れ、麗菜の口はそれを受け切れずに口の端から垂れて行く。
もぎゅもぎゅと生しいたけの食感を味わいながら、少し薄くなったがそれでも美味しいネギ塩の味が口の中に広がる。
ある程度味わい、ゴクリと呑み込むと再びそれに口を付けた。
「パエリアのほうは……うん、良く出来ました!」
嬉しそうに言いながら夕乃は蓋を開け、蒸しあがったパエリアの匂いを嗅ぎつつ試食として一口含む。
サフラン独特の香りが鼻を擽り、口に入れると濃厚なアサリの味が口の中に溢れてくる。
イカの軟らかくそれでいて硬い食感とエビのプリッとした食感、鶏肉の噛み応えのある食感、そしてアサリの煮汁で炊かれたご飯は噛み締めるたびにアサリの濃厚な味が口いっぱいに広がって行く。
その味を噛み締めながら、夕乃は海で見つけた食材のほうにも目を向ける。
「こ、これはまさか……き、君ぃ!」
同じように目を向けていた寄食料理研究家が驚きの声を上げる。
その様子を見て、夕乃は目の前の人物がこの食材がナニであるか知っているのに気づく。
「とりあえず、カニの仲間だと思って頂ければ、はい」
「それはミラクルだ。ではそのカニの仲間が入ったパエリアを頂こうではないか!」
何か妖しげに笑いながら、二人はパエリアを食べるのだった。
一方、これぞBBQといった感じのBBQ串を握り締めながら、喫茶店のマスターは一番上の牛肉にカレーソースを付けると豪快に齧り付いた!
むしゃりと噛み千切ると共に牛肉の肉汁があふれ出し、噛み締めるたびにカレーソースのスパイシーな辛さが口の中に広がって行く。
所謂、巨大な牛肉がごろごろと入ったカレーを味わっている感覚を覚える。
そして次は、一個丸々使用した玉葱だった。
これに対しては何も付けずに横から齧り付いた。
柔らかい食感と共に口の中に焼いた玉葱の甘い味が広がり、トロリとした滑らかな舌触りがした。
じっくりと焼かれたために玉葱の中はトロトロなっていた。
「玉葱独特の甘みとこの柔らかく口の中で蕩ける食感、それがたまらない」
玉葱を味わうと今度はソーセージにチーズソースを付けて食べ始める。
折角なのでここは同じBBQ串を食べている女性に視線を移すことにしよう。
焼き目が付いたソーセージを齧るとパキッと心地良い音と共に熱々の肉の旨味たっぷりの脂がソーセージからあふれ出した。
正直な話、その脂は熱く口を火傷しそうな勢いであり、ハフハフ言いながら口の中で齧ったものを踊らせるように動かしながら噛み締めて行く。
噛み締めるたびにソーセージの肉の旨味と濃厚なチーズの味が口の中に広がって行く。フランスパンと一緒に食べたいくらいである。
そしてあとで洗えば良いということもあり、口からはテカテカとした脂とソーセージの熱で溶けたチーズソースが垂れながら……ソーセージを飲み込む。
その味を噛み締めながら、もう一口と味わって行く。ちなみに観客側からカメラのシャッター音が響いたのは秘密だ。
一方、スモークガラスから顔を出す様子が無いゲストへと受付嬢が洋風となった焼き魚を持って行くと食べているのか、味の感想がやっぱりゆっ●り実況系の人工音声で声が響く。
『焼きたての塩魚の絶妙な塩加減、そしてかけられたジェノバソースのバジルの爽やかな香りとニンニクの濃厚な味が塩魚に新たなアクセントを加えていますよぉ〜……』
更にいうならば魚は朝に擢也が釣ったということもあり、鮮度もバッチリであった。
それからしばらく彼らは思い思いに色んなBBQを味わい、時間は過ぎて行く。
ちなみに商魂逞しいのかスタッフが余ったBBQコンロのレンタルと木炭や食材の販売を行っており、彼らの様子を見ていた観客の何組かはそれらをレンタルして木炭や食材を買って、BBQを始めていた。
『さあ、皆さん。お腹いっぱいになったと思いますので、一応ですが審査員の方たちに評価をしていただきましょう!』
受付嬢がマイク片手に定型文句を言いながら、審査員へと話を振る。
『個人的にはパエリアの玉葱分が足りない感じがしたな。あとソーセージを食べている姿にはむらむらしました』
『何を言ってるんだ! あのパエリアはなかなかお目にかかれない一品だぞ! その素晴らしさを判らないというのか君は!』
『わ、私はジェノバソースが美味しかったと思いますよぉ〜……』
喫茶店のマスターが言う言葉に寄食料理研究家が反論する。ちなみに褒められている夕乃は恥かしそうにする。
……いったいあのパエリアに何が入ってたんだ。
あと喫茶店のマスターがまたも最悪なこと言ってたぞ。
『まあ、どれもこれも素晴らしい評価だったということですね! はい、ありがとうございました!』
このまま続けると埒が明かなくなる。そう理解し、受付嬢はざっくり纏めてそう言うとステージ下に視線を向ける。
参加者四人の大会、けれど周囲には観客たちがBBQを行っている。
誰かが思い描いたものとは少し違うがこれはこれで良いだろう。
『以上でBBQ大会は終了させていただきます。ですが、ここからは大会は関係ないので、皆さん関係なく飲んで食べて騒いでください!』
受付嬢が言うと共に周囲から歓声が沸き起こり、参加者四人の元へと観客たちが集まって行く。
こうして、BBQ大会は終わりを告げたが、まだまだBBQの終わることはない。
夏もBBQもまだまだ続くのだった。