●暗闇病院
「夜の病院って思っていたより不気味だね。……後で夢に出てきそうだよ」
「こんな気味悪いとこ、わざわざ来たがる意味がわからないのだ……」
開け放たれた病院の門を前にグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が腕を組んで震える仕草を取り、青空・アルベール(
ja0732)は、そう言いながら同じように身を震わせる。
それを頭にライトを取り付けていた或瀬院 涅槃(
ja0828)の耳に聞こえたのか、話題に入る。
「普通は夏の肝試しって言うのが定石だろうが、こんな冬にってのは珍しいな」
「でも、軽い気持ちで心霊スポットに来ちゃダメなのになぁ〜」
腕を組み、うんうんと頷きながら雅喜(
ja0963)はまだ見ぬ酔っ払い達に文句を言う。
そんな時、二台の車がライトを照らしながらこちらへと近づいてくるのが見え、久遠 仁刀(
ja2464)とと鳴上悠(
ja3452)の2人が手を上げながら近づく。
門の前で車が停車すると、その車がパトカーである事に気付く……どうやら事前にサイレンを鳴らさないで来るように撃退士の権限を使い依頼したのだろう。
そこに近づいた仁刀とグラルスの指示に前のパトカーの車内に居た警官2人は応え、車のランプを消すと明かりは病院敷地内にある5人組の乗っていた車が病院玄関を照らすだけとなった。
「それでは、俺達は行ってくるので待っていてください」
『ご武運をお祈りします』
悠がそう言うと、警官は敬礼し窓を閉める。
同時に一同は支給されたヘッドライトの明かりを点けると……病院玄関目指して走り出した!
吹き抜けの暗い室内でマントを羽織った貴族のような男が一人、血のように真っ赤なワインを飲んでいた。
これでクラッシックの曲が流れていたら優雅だったりするだろう……だがここは廃墟であり、男は貴族でも無いのだから。
ふと、ワインを飲もうとした手が止まる。
「今日は来客が多い日だ……、しかし1階までなら今は大目に見ておこう」
そう呟くと、男は今度こそワインを飲むのだった。
●暗闇霊安室
病院入口を守るようにして、2体のグールが病院玄関を右往左往と歩いている。
そこへ8つの明かりが疾走しエントランスへと突入してきた。
突入してきた存在へとグールが振り返ろうとした瞬間。
「――ふっ!」
軽い呼吸と共に仁刀が床を踏み付け、自分を軸に携えた大太刀を振りグールの膝を狙う。
グールの足に命中すると共に骨が砕ける音が響き、同時に桐原 雅(
ja1822)が放った回し蹴りがもう1体のグールの首へとめり込む。
しかし、死体であるグールに痛みも感じるはずも無く、フラフラと起き上がり始める。
だがその間に8人は戦う準備を整え、グールと向き合う。
同時に月夜見 雛姫(
ja5241)が周囲に投げた数個のケミカルライトの明かりがエントランスを照らす。
そのお陰で標的を捉え易くなり、2体のグールへと的確に魔法と銃の遠距離攻撃が放たれた。
硝煙の臭いと共にグールへと弾丸が撃ち込まれ、腐った肉体を穿ち肉を削ぎ落とし骨を砕いていき、魔法が生み出した光の玉がグールへと放たれると腐った肉を灰へと変えていく。
「行きます!」
そこへ悠がグールへと向かい、右手に持った刀を横に振るう。
白刃はグールの首に吸い込まれ、肉と骨を斬る感触と共に頭と胴体を分断した。
分断された胴体は仰向けになるようにして倒れ、頭は口をパクパクさせながら宙を舞い……地面へと落ちた。
そこに雛姫の構えた二挺拳銃が落ちた頭へと放たれ、頭は木っ端微塵となる。
「もう一体!」
その台詞と共に雅喜が苦無を逆手に構えると、グールの懐に潜り込み……胸の中心に苦無を突き立てた。
グールはそれから逃れようと腕を動かし雅喜を殴りつけるが、痛みを堪えながら雅喜はそのまま苦無をより深く刺し込む……彼の手に肉を突き刺す感触が伝わる。
そして、暫くするとグールは動かなくなり……活動を停止した。
超高輝度の為に数分しか持たないらしく、戦いが終わりと共にエントランスを照らしたケミカルライトの明かりは消え、あたりは再び闇に包まれる。
そんな中、8人は再びヘッドライト等の照明のスイッチを付けると前面を照らす。
「それじゃあ、先を進むか」
仁刀の合図と共に彼らはエントランスを進む。
本当に夏の肝試しには持って来いと言える様なエントランスを歩き、通路を少し歩くとすぐに階段は見つかり、静かに一段一段下りていく。
辺りは虫の音一つ無い静寂だからか、静かに下りてはいるが靴の音が響く。
そして、地下まで下りるとグラルスがヘッドライトの明かりを絞りこっそりと角から奥を覗くと、腐った臭いと共にぼろぼろのナース服を着たグールがペタリペタリと歩いているのが見えた。
『がえじでぇぇぇ、ガルデ……がえじでぐだざぃぃぃ』
嗚咽の様に、懇願する様に聞こえる声と共にペタリペタリと音がし、ガチャリという音が聞こえる。
どうやら倉庫を開けている動作なのだろう。
時間差でもう一度開く音が聞こえるのはもう1体も開けているからだろう。
「……居ますね。準備は大丈夫ですか?」
アルベール、雅、仁刀に問い掛けると彼らは頷き、悠が懐から白紙のカルテを取り出し仁刀と雛姫からもカルテを受け取り3枚持つ。
そして、悠は飛び出すと同時に3枚のカルテを掲げる。
「カルテならココにありますよ!」
『あぁぁぁ、がえじでぇぇ……ガ、ルデ、がえ、じでぇぇぇぇ!』
それに誘われるようにして、ヘッドライトが照らす前面からグールが2体ペタリペタリと歩き近づいてくるのが見えた。
向かってくるグールへと……グールが向かってくる通路をアルベール、雅、仁刀の3人は通り抜ける為に走り出す。
近づいてくる者達に反応するようにグールは腕を振り上げ腐った腕で殴りつけようとする。
「邪魔だ」
仁刀がそう言って、鞘に収まった大太刀で前方のグールを突き壁に押し当てると共に素早く走り抜け、もう1体のグールへとアルベールがリボルバーを構えると走りながら弾丸を撃ち出す。
「グール、予想以上に酷い。私駄目かも。可愛いもの愛でたい系撃退士なので……」
足に弾丸が命中すると共に、吹き飛んだ腐肉と密閉された地下通路に満たされた腐臭にアルベールの顔は蒼くなっている。
そして、足を撃たれバランスを崩したグールが進路上に倒れこもうとした為、雅は腕で軽く受け流すと共に霊安室から距離をとる為に向こうへと蹴り飛ばすと同時に3人はそのまま霊安室へと飛び込む様に入った。。
霊安室に入った3人を追いかけようとグール2体は奥に体を向けようとする。
そんな時に、悠が再び3枚のカルテを頭上に掲げた。
「如何しましたか? カルテは要らないのですか?」
『ぅああぁぁ、ガルデ。ガルデェェェ』
よっぽどカルテが大事なのかゆっくりとだが確実に振り返り、5人が立つ階段側へとグールは歩き出した。
「助けに来たぞ」
ぶっきらぼうに仁刀がそう言いながら扉を開けると、霊安室独特の臭いと酒臭い臭いが感じられ仁刀は顔を顰める。
「よー、お前らも肝試しにきてるのかー?」
「うそ〜、こんな寒いのによくやってられるわねぇ〜!」
しかも、内数名は酔いが回っているからかゲラゲラ笑いながら霊安室に入ってきた3人に手を振る。
どうやらまったく扉の外での出来事に気付いていないようだ……。
「これだから酔っ払いは……」
軽い頭痛を感じながら雅は頭を押さえる……そんな時、比較的酔っていない男性が近づく。
「あ、あんたら、助けに……来てくれたのか?」
「あんたは話が通じそうだな」
仁刀がそう言うと男性が頷く。どうやらその男性が電話をしてきたハルなのだろう。
他の男女は酔っ払っているから陽気だが、ハルだけはこの事態に気付いているのか顔面蒼白だ。
「5人は保護したから、後は通路のグールを倒すだけだよね」
「廊下に出ると危険だから、ボク達が戻ってくるまで部屋の中で待っててくれるかな?」
雅がそう言うと酔っ払っている男女が酒臭い息を吐きながら近づく。
「そんなの知るかよ〜、そろそろ帰ろうと思ってるんだから邪魔すんなよな〜!」
「そうよそうよー、明日も仕事があるんらからねー!」
「だから待つのだ! 良い大人が、こんなとこで! 命を疎かにするんじゃねーのだっ!」
そう言って扉を開けて外に出ようとする……それを止める為にアルベールは怒鳴る。
だが、その瞬間、男を部屋に戻す為に雅の蹴りが放たれた。
軽い呻き声と共に、部屋から出ようとした男の意識はブラックアウト、同時に周囲が静まり返る。
「待っててくれるかな?」
「あ、ああ……よろしく頼む」
気絶した男を抱えてハルがそう言うと、雅は扉を閉めた。
ちなみに後ろでそれを見たアルベールががくがく震えていた。
「さあ、カルテはココですよ。早く取りに来てください!」
「このグール、病院関係者なのかな。だとしたら死んだ後も利用されてるって事……か」
こちらへ誘う悠とグールに哀れみを抱くグラルスの声と共に弾丸と魔法が放たれる。
追い討ちを掛けるように雛姫の二挺拳銃から弾丸が放たれ、頭部に命中し頭頂部を削る。
だがそれらの攻撃を受けながらも、カルテへの執着が強いのかグールは前へと進んでくる。
そこへ苦無で接近戦を行おうと雅喜が飛び出す、そんな彼にグールが上げた腕を振り下ろそうとする。
「危ないってんだ!」
涅槃の叫びと共にリボルバーから炸裂音が響き渡り、振り下ろされようとした腕の肘、肩にと順番に弾丸が撃ち込まれ反対側へと腕が捻じ曲がった。
更にそこへ背後から雅が近づくと、足払いでグールを転ばすとアルベールが銃を撃った。
ビクンビクンとグールの体は跳ねたが弾が尽きると共に動きは収まった。
「あとは目の前のグールだけですね〜」
『ガ、ルデ、……ガルデェェェェ』
そう言いながら雅喜が苦無をグール目掛けて投げ、腐った体に突き刺さる。
そして背後から仁刀が鞘を横一文字に振り被ると共に、悠が刀を縦一文字に振り下ろした。
鞘がグールに喰い込み骨の砕ける音が響き渡り、刃が頭の先からグールを真っ二つにする。
ベチャリと肉が地面に落ちる音と共に周囲は静けさを取り戻した。
●暗闇伯爵
「飲酒運転の件も含めて、警察できつく注意をしておいて欲しいよ」
「きっと警察の人もわかってると思います。雅さん、それよりも今は……」
パトカーに乗せられ、その場を離れていく5人組を見ながら雅はうんざりした顔で呟く。
そんな彼女に雛姫がフォローを入れるように励まし、病院に向き直る。
同じように仲間達も病院に向き直ると……再び中へと入っていった。
暗闇の中、ワインを飲み終え軽く目を閉じていた男は何かに気付くように目を開く。
「まだ帰らないところを見ると……そうだな、少し遊んでやろうか」
鋭い牙を光らせながら、男は椅子から立ち上がると部屋から出る為に歩き出した。
命知らずな未熟者達と遊ぶ為に……。
「えーっと、病室にあったりするものですよね……あ、ありました」
ペンライトで地面を照らしながら雛姫は病室の一室でナースコールを探し、目当ての物を見つける事が出来たようだ。
「見取り図見つけたよ」
「見つかりましたか、アルベール君……階段は」
「こっちの階段は良さそうだね」
アルベールの呼びかけにグラルス、雅が近づくと、共に古ぼけた病院内の案内板を見る。
涅槃は少しヘッドライトの位置が合わないのか、再度調整を行う。
仁刀は万が一の事を考えているのか、静かに周囲に気を配っていた。
悠は酔っ払い達が持っていた焦げたカルテを見ている。何か失踪事件で分る事が無いかと考えているようだ。
それから一通り終えてからの相談の結果、2階へはどこから上がるか、グールと如何戦うか、ヴァンパイアに会ったら如何するかを決め、準備は万全となり、階段を上る為に歩き出そうとする。
だが、歩き出した瞬間……8人は――死んだ。
成す術も無く首をへし折られた者、心臓を一突きで貫かれて絶命した者、血を全身から抜き取られた者、切り刻まれてバラバラになった者、そんな普通じゃない死に方を彼らは……する。
気が付くと、8人は全身が震え階段から遠ざかっていた。
それぞれが自分達の生を感じると同時に、今見たものは一体何だったのかと息を呑もうとした瞬間。
「これが君達が私に挑もうとした時になる結末だ、解るかね撃退士諸君?」
カツカツと乾いた靴音が2階から降りてくるのが聞こえる。
もしかすると、今見たものは下りてくる人物が何らかの方法で見せたものなのかも知れない。
「それにもし、私に挑んだとしても今の君達ではほんの少しの傷を負わすだけだろう。代償として半数以上は再起不能となるがね」
そう言いながら、靴音の主は1階へと姿を現した。
貴族のような衣装と、黒いマント、立派なカイゼル髭を生やした紳士のような男性だった。だが、これは……。
「こいつがヴァンパイア……、今までの相手とは感じが全然違うね」
震えながらも何とか声を出しながらグラルスはヴァンパイアを見る。
と言うよりも目を離した瞬間、この世から消されてしまう。そんな気さえもした。
「ヴァンパイア……こんな所で何してるんだ?」
「し……失踪事件の犯人はあなたですか?」
「何、この廃墟を仮住まいとさせて貰っているだけだ。そして人間の出来事なぞ知る訳が無い」
雅喜と悠が問い掛けた返答は、あっさりと返って周囲は静かになる。
戦うべきか……逃げるべきか、8人はそれぞれ考えを心で考えながら、時間が過ぎていく。
実際には余り時間は経っていないのだろうが、彼らにはそう感じられた。
だが、次の瞬間――。
「皆さん! 目を閉じててください!!」
そう叫ぶと共に雛姫が閃光弾放った。直後、周囲は強烈な光に包み込まれる。
そして、彼らは悔しさを胸に秘めながら、病院を逃げるように飛び出した。
背後からはヴァンパイアが追ってくる気配なんて無く、何の障害にもならないそう言ってるかのようであり、単に遊ばれただけだと言う事に逃げ延びた後で彼らは気付くだろう。
……こうして、酔っ払い5人組の救出は無事に成功に終わった。
だが、伯爵のようなヴァンパイアはこのままあの病院に居座り続けるのだろう。
そんな悔しさが、彼らには残るのだった……。