●まずは情報収集を
築25年のボロアパートの鉄製の階段を登り、真ん中の部屋に備え付けの扉に付いているベルを鳴らすと反応は無かった。
しかし、硝子越しに誰かがもぞもぞしている所を見ると、魚住 衣月(jz0174)は扉の直ぐ近くまでは来ているようだ。
『しくしくしく、お外は怖いのですよぉ〜……だから出る気は無いのですよぉ〜……』
めそめそと言う声が扉越しに聞こえ、衣月は顔を見せる気は無いようだった。
そこで平地 千華(
jb5018)が前に出て、優しく声をかけた。
「あの……平地 千華と言います。すぐにとは言わないから後で気分転換にお話しませんか?」
そうして一拍置いてみたが、衣月からの返事はまったく無かった。
今は仕方ない。周りがそう思いながら、階段を降りる中で千華は手に持っていたお菓子をドアノブに掛ける。
「買ってきたお菓子ドアノブに掛けておくから……」
「おっ。お前達が引き受けてくれるのか?」
喫茶店に入ってきた6人の少女に勘十郎は片手を挙げ、笑う。
やるからには絶対に痴漢を捕まえる。どうやらそんな想いがあるのか、6人の背には炎が見えた。
そして、直ぐに役割分担を決め、彼女達は行動に移った。
「それでは、マスター。色々とお話を聞きたいのですが、よろしいですわね?」
カウンター前に立っていたアンネローゼ(
jb5643)が千華と共に勘十郎へと痴漢被害の話を聞き始めた。
まず最初に聞きたいのは被害内容と他の被害者の有無だった。
そんな事件が無かったかを勘十郎は指を顎に当てながら、此処近辺の出来事を思い出そうとしている。
「うーむ、すまないな。あまり聞いた覚えは無い……っと、そう言えばひとつ気になる出来事はあったな」
「気になる事……ですか?」
千華が首を傾げながら、勘十郎に尋ねた。
「ああ、良く来る常連の女性なんだけど、数日前に来た時は少し寝癖が目立っていたんだけど……この間、店に来た時は綺麗なストレートになっていたんだ。どうしたのかと話題で出してみたが、愛想笑いしか返って来なかったんだよな」
「「髪……」」「ですの?」「ですか?」
勘十郎のその証言に、アンネローゼと千華は顔を見合わせる。
そこで少しアンネローゼは考え、思った事を勘十郎に向けて言った。
「如月さん、お客様にも話を聞いてみたいのでお手伝いをしながら聞いてみてもよろしいですの?」
「ああ、それは助かる。丁度人手が足りないところだったから渡りに舟だ」
そうしてアンネローゼは手伝いをしながら客に話をする事にし、千華は……。
「じゃあ、私は周辺の聞き込みをする事にするよ。まあ、派手な聞き込みは避けるからね」
「気をつけて行って来い」
勘十郎に見送られながら、千華は喫茶店の扉を開けるのだった。
「痴漢さんに初めて会うのですが、どんな方なのでしょう〜?」
校門を抜けながら、日雀 雪(
jb5406)がおっとりとした口調で先を歩く折田 京(
jb5538)に語りかけた。
「痴漢か……。旅してた時に物好きに手を出されたりはしたが……」
自分の体験を思い出しながら、京は呟く。
更に続けて、善意の再調教済みと呟いているが、雪は分からず首を傾げる。
暫く校舎への道を歩いていると、学生を見かけ始めた。
「どなたから、お話を聞きましょうか〜?」
「そうですね……、髪が長い人に話を聞いてみましょうか?」
「そうですね〜」
そうして2人は聞き込みを開始し始めた。
だがそれと言った有力な情報は得られず、学生の被害は無いのだろうか……そう思い始め、最後に近くを歩いていたサラサラとした髪の女性に話を聞いてみる事にした。
すると……。
「え、もしかしてあれ……あ、すみません。秘密にと言われているので、その……」
「私もバイトしていて……。怖いのでどの辺りに出るのか知りたいんです」
言い辛そうにする学生へと京がお願いすると、少し考え……話すくらいはと言って、話をし始めた。
「衣月ちゃぁん。返事をしなくてもいいからぁ、話を聞いてねぇ」
一人、アムル・アムリタ・アールマティ(
jb2503)が衣月のアパートの部屋の前に立つとお話を始めた。
扉の近くにある格子付きの窓に動く影が見えたからきっと衣月は直ぐ近くに居るだろう。
「えっとぉ、ボク達はマスターさんのお願いで痴漢さん捕まえに行くよぉ。だからねぇ、捕まえたらまたお店に行こぉ」
『そ、それは無理なのですよぉ〜……、女の命もこんな風にされてしまいましたし〜……色々怖かったのですよぉ〜……』
アムルへとドア越しから震える声で衣月が言う。
そんな彼女にそれを聞くのは少し酷な事ではないかと考えたが、アムルは訊ねる事にした。
「それでぇ、痴漢さんに遭った状況とかぁ……具体的にナニされたのか聞きたいんだよねぇ」
アムルはそう言うが、何でナニと言うところで頬を赤らめるのでしょうかこの子は……。
少し感覚が空き、遭った状況を語りながら鍵が開き衣月が顔を見せようとした……がすぐに扉が閉められた。
『うぅ〜……や、やっぱり無理なのですよぉ〜……ダメなのですよぉ〜……!』
「残念……でも、痴漢さんを捕まえたらまた来るねぇ」
そう言うと、アムルは軽快に階段を鳴らしながらその場を離れて行った。
「女性に一生物の傷を負わせるとは許せませんね。早く捕まえて魚住様に安心していただかなくては」
女の命がぁ〜……と言う言葉を素直に受け止めながら、リリィ・ロズレ(
jb3073)は喫茶店の休憩室を借りて、パソコンと格闘をしていた。
画面には喫茶店周辺の地図がアップされており、地図上にはマーカーが幾つか留められている。
リリィがキーボードを叩いているとスマホが鳴り、着信を知らせる。
「はい、はい……そうですか。分かりました」
通話を終了するとリリィはすぐにマウスを操作し、新しくマーカーを突き立てた。
どうやらそれらのマーカーは全て痴漢に遭った場所という事らしい。
その中から今回の犯人と同一と思われる事件を抽出する為に、彼女はパソコンを操作する。
「皆様の情報を元に、同一の事件だけを拾い上げた結果が……これです」
エンターキーをタンッと鳴らすと、地図上からはマーカーが幾つか消えて行き、両手で足りるくらいのマーカーの数だけが残った。
すると、ある共通点が分かった。
「なるほど……被害者の女性は皆、場所はまちまちですが……必ずと言っていいほどにここを通っていますね」
そう言いながら、リリィはマウスをぐりぐりと回しながら、マーカーの中のある路地を指すのだった。
そして、同時に気づいた事があった。
「女の命って……そういう事だったのですか」
●痴漢を捕まえる
夜の帳が落ち、空を茜色から黒色へと染め上げ辺りは夕方から夜へと変化する。
そんな夜の路地をアンネローゼが一人歩く。電信柱の街灯が切れているのか、周囲は暗く先も分からないほどだった。
『もう少しで路地です』
耳に付けたイヤホンマイクからリリィの声が聞こえ、心の中で相槌を打つ。
自身の靴音、民家から聞こえるテレビの笑い声、春だが肌寒い空気、暗いからかそんな感覚が研ぎ澄まされていく気がした。
そんな中に新しい音が混ざってきた。荒い息遣い……シャキンシャキンという金属の擦り合わされる音。
『こっちでも聞こえたよ』
『うん、ボクも行動に移るねぇ』
『頑張ってください、アンネローゼさん』
イヤホン越しに仲間達が言い、静かに彼女は歩き出した。
暗い路地の先からコートを着た男が歩いてくる。しかし、特に目立った事をする様子は無かった。
擦違い、気にしない様にしてアンネローゼは歩いて行く。
数歩歩いた所で、イヤホンからリリィの声が響いた。
『振り返りました、今です!』
「わかりましたわ!」
男が振り返り、アンネローゼの髪を掴もうとする瞬間、彼女は不可視にしていた翼を顕現させ空へと飛び上がった。
同時に男に向けて懐中電灯が当てられ、顔を見られるのを恐れてか男は腕で顔を隠して逃げ出した。
「逃がしませんよ!」
視線を引き付ける声でリリィは男に向け大声を出し、つい男は振り返った。
その隙に、逃げる方向を塞ぐように翼を広げたアムルが地上に降り立つ。
「逃がさないよぉ」
前も後ろも逃げる事が出来ない男だったが、結果は呆気無かった。
「これで終わりですわ」
上から声がしたと思った瞬間、自分が逃したアンネローゼが降って来たのだった。
「う……っ!」
「さて、ショウダウンの時間だ」
倒れた男を逃げさせない為に脅しの為にナイフを構えた京が言った。
捕まえた男を警察に渡す前にひとまず明かりのある場所へと連れていくと、5人は取り囲む様にして立っていた。
街灯の元に晒された男は何と言うか、普通にイケメンであり持ち物を漁ると散髪用の道具一式と理容師免許が出てきた。
どうやら捕まった男は理容師だったようだ……予想通り。
捕まったからか暴れる様子も無く男は静かにしていた。そこに千華が近づき、問い掛けるように話しかけた。
「どうして、こんな事をしたんですか?」
「髪がね、ボサボサだったんだよ……綺麗な顔をしてるのに、髪がボサボサになってて台無しになってたんだよ……それが許せなかったんだ。それに感謝してるから被害にあった事だけしか喋らなかったんだ……、きみの桜色の髪も綺麗だよね、良かったら切らせてくれないか?」
……行き過ぎた善意のようだった。そして千華の髪を舐める様に見て熱い視線を送った。
イケメンであっても何か背筋に怖気が走り、千華は後ろへと下がる。
同時に反省させる為に軽く半殺しを行おうと拳を握った所で、雪が間に入った。
「それはあまりにも可哀想です〜っ……」
そして、男へ振り返ると持っていたハリセンで頭を叩いた。
それはそれは心地の良いスパンという音だった。
「もうしちゃめーですよ〜?」
おっとりとした微笑みを男に向けていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
どうやら捕まえた時に電話した警察が来たようだ。
●引き篭もりを引き出そう
一日置いて、朝になってから6人は再び衣月の部屋の前に立っていた。
「と言う訳でぇ、痴漢さんは無事に逮捕したよぉ。だから、一緒にお店に行こうよぉ」
笑顔でアムルが言い、衣月に店に行く事を誘う。
隣ではアンネローゼが手に持っている紙袋を扉へと向ける。
「恥かしいようでしたら、帽子やカツラを貸して差し上げますわ」
「ですから、姿を見せてください〜」
「マスター様も心配していましたので、一緒に行きませんか?」
他にも声には出さないが出てくれる事を信じているのか、温かい視線を扉に向ける。
そして中からは、あぅ〜……とか、はぅぁ〜……とか言う悩んでいる苦悩の声が暫く響いた。
それからチェーンがかけられる音がし、鍵が開けられ中から手が伸びてきた。
『ぼ、帽子を貸してくださぃ〜……』
「わかりましたわ。はい、使ってくださいませ」
アンネローゼから帽子を受け取ると再び扉が閉まり、奥に行く足音が聞こえ……再び扉が開けられた。
「お、お待たせしましたですよぉ〜……」
中から、何時もの地味な格好に帽子を深く被った衣月が姿を現した。
……あ、良く見ると口元に千華が持ってきたお菓子の食べかすが少し付いていた。
●痴漢にあった結果
「おっ、やっと来たか魚住。お前達も連れ出す事が出来たんだな」
喫茶店に辿り着くと勘十郎がすぐに気づき、片手を上げた。
店内はまだ営業間もないからか客はまだ居ないのが幸いだ。
「うぅ〜……やっぱり無理なのですよぉ〜……、店長〜……家に帰りたいのですよぉ〜……」
そう言うと衣月は直ぐに逃げ出そうとドアの方に振り返る。
しかしそれを逃すまいとアルムとアンネローゼが腕を掴んだ。
「だいじょぉぶ! 変な風になってるならぁ、ボクらがちゃんと綺麗に直してあげるからぁ……ね」
「もっと美しく飾り立てて差し上げますわ」
2人の悪魔は妖艶に笑い、対する衣月は顔を蒼ざめさせる。
「は、放してくださいぃ〜……!」
そして……じたばたと暴れていた衣月の頭から帽子が零れ落ちた。
すると、帽子の中に収められていた髪は勢いをとりもどすかの様に一気に広がった。
彼女の髪は三つ編みを解いたとしても緩いパーマをかけたような髪だった。
それがサラサラとした茶髪となっており、とても艶やかな光沢を放っていた。
「み、見ないでくださいですよぉ〜……!」
拘束されている為、隠す事が出来ない衣月は顔を真っ赤にする。
どうやらこれがあの痴漢にされた事のようであった。
「うわ……、すごく綺麗だよ」
残念な風にされていたのかと思っていた千華だったが、予想外の結果に驚きの声を漏らす。
「ほう」
勘十郎も同じ様な反応をする。
拘束していたアムルとアンネローゼは、目を光らせた。
「これは、飾り立てると輝きますわね」
「ボクらで改造したいね」
このままだと何かすごい事をされそうな気がしつつがくがくしている衣月の髪へと、雪が髪飾りを付けた。
綺麗に弧を描いた三日月の髪飾りだ。
「やっぱり、とっても素敵ですよ〜。良かったら、貰ってくれますか〜?」
「え、あ、その……あ、ありがとうですよぉ〜……」
照れながら雪に言うと、力を抜いた衣月の身体は呆気無く持ち上げられ、休憩室まで連れて行かれた。
数十分後、衣月のなんとも情け無い悲鳴が聞こえた。
「髪の価値と言われても、私には分かりかないな」
少し離れた場所で独り言で京が呟いていたがそれが雪の耳に届いたらしく、おっとりとした笑みを向ける。
「京さんの髪とーっても綺麗ですよ〜?」
「そ、そうですか……ありがとう、ございます」
軽く頬を赤らめ、京は雪に礼を言うのだった。
こうして、痴漢騒ぎは収まり、女性達が襲われる心配は無くなった。
痴漢は行き過ぎた善意であんな行動に出たのだろうが、綺麗な髪は女性の憧れの一つであるのだった。
本当、髪フェチの痴漢でよかったと誰かは思うのであった。