●囮に釣られろ!
外では学生、一般客が入り乱れ出店が立ち並ぶ学園祭真っ最中の久遠ヶ原学園。
そんな喧騒に疲れ静かな所を求めてか、2人の男性が階段を上っていく。
「ああ、此処は静かですね」
「そうだね。それにしても此処って何処かな? 道に迷っちゃったかも……でも、まだボクは学園の地図とか覚えてないし、どうしよう……」
翡翠 龍斗(
ja7594)と夜咲 紫電(
jb1385)だ。
龍斗は気弱な振りをしているのか小さめな声で呟き、紫電は男子用学生服を着込み目元を前髪で隠していた。
そんな2人の背後へと巨大な影が伸びてきた。
「「ぅお二人様、ぐぉあんぬぁあい!」」
「うわっ?」
「――ひっっ!?」
野太い二つの声と共に龍斗と紫電の体は脇腹から抱えられて、連れ去られた。
あえて、もう一度言おう。脇腹から胸を掴むようにして、だ。
ワッショイわっしょい! と神輿を担ぐような男達の声を聞きながら、龍斗は大きく声が出ないように注意をし……紫電は顔を赤くしたり叫びそうになるのを必死に堪えるのだった。
そんな2人は益荒男達によって喫茶店となっている教室へと連れて行かれるのであった。
途中、一般人が歩いていたが益荒男達は我が道を行くと言った感じに一般人を押し退けていく。
「ちょっと君、ぶつかっておいて謝罪も無しなの?」
一般人が怒りながら益荒男達に叫んだが強面の視線に射抜かれて何も言えずトボトボと階段へと去って行った。
益荒男達の野太い声が教室に消え、ドンドコと太鼓が聞こえ始める頃……階段から顔を覗かせる者達が居た。
彼らの持つスマホからは布越しではあるが、野太い男の叫び声と太鼓の音が聞こえる。
「なんでこんな事を考えたんだろう?」
言ってはならない言葉を一般人を装っていた八辻 鴉坤(
ja7362)は呟く。
それを皮切りにして仲間達が口を開く。
「益荒男かあ……面白そうじゃん?」
豪快に笑う七曜 除夜(
jb1448)だが、太鼓によって声がかき消されているのが幸いだろう。
隣ではアレーシャ・V・チェレンコフ(
jb0467)が首を傾げて悩んでいる。
「益荒男って別に強面のことじゃなかったと思うけど。確か宮仕えの男の人のことだっけ?」
「それもあります。ですが、益荒男とはりっぱな男。勇気のある強い男のこと。弱い人を虐めて楽しむ者達では決して無いのです……!」
別の意味を答えながら、田中 匡弘(
ja6801)が拳を握り締める。そんな彼はアフロマン。
スマホから聞こえる声に最近アレのサイズがAAの65と発覚した氷雨 静(
ja4221)がゲッソリとする。
「おもてなしの心がまるでありません。メイドとして見過ごす訳には参りません」
小さくても夢が広がっている彼女のメイド魂に火が付いた様だ。
デジカメの調整をしていたグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が顔を上げる。
「少なからずこういう事をする人は居るって事か。何にせよ、これは見過ごす訳にはいかないね」
「さあ、ではそろそろ近づいていこうか?」
中津 謳華(
ja4212)が言うと、彼らは階段を上がり教室に向けてこっそりと歩き出すのだった。
●連れ込まれた喫茶店で
「ぐぉちゅうむぉんはぬぁんにいたしましょぉうかああぁぁ!」
暗い室内で太鼓が打ち鳴らされる中、野太い声と共に益荒男が畳に座らせた龍斗と紫電に問い掛ける。
「あの、太鼓の音を止めてもらえませんか……大きい声が出せないので」
「聞こえんぬぁぁ! もっと大きな声ですぁべれぇ!!」
小さい声で喋る龍斗だがその声は太鼓にかき消され、益荒男が野太く叫ぶ。
唾が物凄く顔に当たる……。
「ケーキ、ありますか……?」
「クンェェキどぅぁあ? そんなもんは此処にはぬあぁい! あるのは御茶と堅焼き煎餅どぁけどあぁ!」
紫電が怯えながら言うと、茶葉が物凄い事になっている緑茶が入った湯飲みと石の様に硬そうな煎餅が出された。
どんな堅焼き煎餅か気になっていた紫電は、嬉しい表情を顔に出さないようにしながらそれを齧ってみた。
……歯が砕けそうなほど硬かった。そして物凄く醤油の味が舌に残るほど辛かった。これは煎餅と言う名の食べ物ではない。
煎餅と言う名の武器だ! 片手に持ちながら紫電は口を押さえ歯の痛みを堪える。
「ぐぁっはっは! 脆い、脆いぬおぉ! ごくごく、ぶふぁえあ!!」
野太く笑いながら2人の周囲の益荒男達はその煎餅と言う名の武器を齧ると、紙のように千切り噛み砕いた。
こいつら本当に人間か……?
そんな時、龍斗が気弱だがこれだけは許せないと言った表情を見せながら立ち上がった。
「此処本当に喫茶店なんですか? 僕は帰らせてもらいます」
「あ、待ってよ」
紫電も立ち上がると出口へと向かう為に歩き出した……が、益荒男が出口を塞いでいた。
「ぅお客さん、食ぅい逃げはいけぬぇずぇぇぇぇ!!」
「……これって詐欺や恐喝と同じですよ? お金は、払いません」
「おぉいおい! 無銭飲食かぁあ? だくぁらすぁっさと払うもん払えって言ってるんどぅあよ!」
「だから、何を言ってるのか分からないんですけど……」
「むぉっと大きいくぉえで喋るぇえええい!」
「おらおら、持ってるんどぅあろぉ?!」
(――っ!? が、ガマン。ガマンだよボクっ!)
荒い口調で益荒男が叫びながら龍斗の肩を掴んだ。そしてもう一人は紫電の持っているであろう財布を探ろうと尻を掴む。
その瞬間、扉が開け放たれ激しいカメラのフラッシュが放たれた。
「パパラッチゴールドォォオ! 証拠は押さえました! さぁ大人しくするのです!」
カメラを構えた匡弘とグラルスが開け放たれた入口の扉の前に立っていた。
「誰どぁ、貴様るぁは!?」
「今の貴様らに、男を名乗る資格は無い……!」
「ふっふっふ、知らないならば答えてあげよう! 天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、益荒男モドキを倒せとボクを呼ぶ! そう、ボク! 参上!!」
謳華が腕を組み益荒男を流し目で見ると共に、イリス・レイバルド(
jb0442)が決めポーズを取りながら、前へと飛び出した。
いきなり扉を開けてやってきた人物に頭が追いつかないのか益荒男達の動きが鈍い。
「そこまでだよ。この店への苦情は生徒会にも届いてる、大人しくしてもらうよ」
改めて説明としてグラルスが言う。直後、尻を掴んでいた益荒男へと紫電が前髪を払うとこう囁いた。
「ボクってさぁ、マッチョな男性って大好きなんだよねー……」
「ウホッ」
その台詞に声を掛けられた益荒男はゴリラの様な鳴き声を上げる……え、この益荒男もしかして。
更に龍斗が自分の肩を掴んでいる男を見る。
「声が小さいって言ってたよな? 僕が……いや、俺が大きな声出すとこうなるんだ」
直後、龍斗の口から張り裂けんばかりの叫び声が放たれ、益荒男達の耳を貫く。
咆哮を皮切りに、愚かにも益荒男を名乗ったこの強面達へのお仕置きが幕を開けた……。
●制裁! 制裁! 制裁!
「生徒会くわっ! 一旦引くずおぇあ!!」
唾を飛ばしながら叫び益荒男達は窓から飛び降りようとした……。
「さあ、お仕置きの時間です」
しかし静達が何時の間にか窓の前に陣取り、逃げられないよう道を塞いでいた。
「窓は無理どぉあ! 廊下だ、るぉうくあに逃げぅ――おぉ!」
「足元がお留守だ」
叫んだ益荒男は呻き声を上げ足を押さえて倒れ伏した。龍斗が足の甲を踏み抜いたようだ。
「本当の益荒男と言うモノをその躯に刻み付けて差し上げましょう。ホォオオ、ホワッチャー!」
方向転換した瞬間、益荒男の一人へと匡弘が構えたヌンチャクを振り回し、殴りつけた。
その攻撃に倒れ伏した仲間に驚き、同様が走った瞬間……メイドなアレーシャが巨大な凧型の盾を振り翳し、殴りつけた。
打ち所が良かったのか、力を使ったのか益荒男は呻き、床に倒れた。
だが仲間を犠牲にする事で残りの益荒男は廊下に飛び出る事に成功し、急いで階下に下りて人の中に隠れようと走り出す。
途中、益荒男の1人が背後からの見えない風の渦に巻き込まれてグルグルと回った。
またもう1人は反対側の扉から逃げようと飛び出した。
しかし、飛び出した瞬間に謳華の拳が益荒男に命中した。
「部屋から決して逃がさん」
「っくぅ! ぅおまえるぁ! すまんぅぅ!!」
散っていく仲間達に涙しながらも、益荒男は階段を目指す。しかし益荒男達が階段で目にしたもの、それは防火扉だった。
イリスが喫茶前でドヤ顔をしている所を見ると彼女が仕掛けたのだろう。
「さあさ益荒男諸君、益荒男ならばあたしのものだ。そうでないのなら刀の錆にしてやろう♪」
大降りの刀を携えた除夜が近づいてくる。その間、益荒男達は窓の外を見る……しかし廊下から見える地面は教室側から見えるプールではなくアスファルトが見えた。
このままアイキャンフライしたらただでは済まないだろう。
「さ、もう逃げられないよ。男装は得意中の得意だけど……アレはちょっとダメだったさ」
どうやら益荒男も意図的ではないが掴んだ場所が掴んだ場所だったので、心成しか紫電は怒っているように見える。
その証拠に彼女が構えるランスは益荒男達に狙いを定めていた。
だがそれよりも先にイリスが飛び出し、持っている武器で殴りつけた!
ピコッという心地よい音が響いた。どう見てもピコハンだった。
しかし、殴られた益荒男の髪は火が付き燃えていた。
「くぉうなったら、俺は逃ぃげるっ!」
「う、うおおぉぉっ!」
残る2人の益荒男達も極限に達し、片方は襲い掛かり片方は窓からアイキャンフライしようとする。
それに対し、グラルスが前へと出ると手を翳す。
「あくまで抵抗するつもりか、それなら……。血玉の腕よ、彼の者を縛れ。ブラッドストーン・ハンド!」
グラルスの呼び掛けに応える様に血のように赤い斑点の付いた半透明の腕が襲い掛かる益荒男を掴むと動きを封じる。
更に窓から飛び降りようとする益荒男へと鴉坤が審判の鎖を使い、体を拘束した。
「ぐぬおぉぉ、放せ! 放すぇええええ!!」
拘束された益荒男の叫びは閉ざされた廊下に響き渡った。
「取り敢えずそこに正座☆」
蒸し暑い室内の窓が開かれ、少し肌寒い空気が入る中……8人の益荒男達は正座で座らされた。
益荒男達は全員ボロボロになっており、褌も焼け焦げてたりした。
「お前さんたち、本当に脳筋だな。せめて、進級試験でカンニング対策に動いた奴の顔は覚えておいた方が良いんじゃないか?」
そんな彼らを見ながら龍斗が呆れながら溜息を吐く。
傍らでは除夜が豪快な笑みを浮かべて益荒男達を見ていた。
「でも、益荒男喫茶って言うのは楽しそうだから否定する気はないよね」
「文化祭、楽しくないの? ……愚痴ぐらいなら聞いてあげられるよ?」
鴉坤が言うと悔しそうに強面の顔を益荒男は歪め震える。
その態度に聞き訳がないと感じたのか、匡弘がオイルライターの火をつける。
「ふぅ……聞き分けが無いようでしたら、俺のソウルメイトになって漢とは何かを一から勉強するのも良いでしょう」
我慢の限界に達したのか、益荒男は遂に口を開いた。
「ぅ俺るぁは……、俺るぁはぅお前達みたいに強くもぬぁい! そしてくぁおも怖いだけどぅあ! どぁから文化祭どぇ、相手が出来るわけがぬぁい!!」
「……貴様らは阿呆か?」
益荒男達の魂の訴えだった。しかし謳華は一蹴した。
「益荒男を名乗るならば顔や力でなく、心意気で人を動かさんか!」
「「お、おぉお……」」
まるで目が覚めたと言わんばかりに、益荒男達の瞳から鱗が零れ落ちる。
その内の1人の肩を鴉坤がポンと叩く。
「きっとまだ大丈夫、やり直そうよ」
「う、う……うおおおおおっ!!」
瞬間、益荒男達は声を大にして泣き出した。優しさが身に染みたのだろう。
しばらくし泣き終えた頃には益荒男達の瞳は輝いていた。
その瞳はまるで……そう、小学生時代に草茫々の河川敷で雨水が染みこんでパリパリになったアレな本を見つけた少年のように光り輝いていた。
……いや、意味分からないから。
「反省しているみたいだけど、ただ……ちゃんと罰は受けなさいよ」
「罪を償って、益荒男の本質を分かりなさい。自分達は私たちの為に身を粉にして働くのだと」
菩薩のような笑みを浮かべ除夜が言い、アレーシャが益荒男に妙な洗脳を行い始める。
そんな中、静がそれに気づかずにおもてなしの本質を語り続ける。
「あなた方はおもてなしの心がまるで分かっていません。そもそもおもてなしとは――くどくど」
「男性らしさを広めるのなら――くどくど」
「「おむぉとぇのぁすぃ……益荒男、本質……どぁんすぇいらすぃさ……」」
フラフラと益荒男達は立ち上がる。
「くどくど――って、どうしたんですか? え、これが欲しいんですか?」
語っていた静へ近づくと益荒男達は彼女が持っていた中古のメイド服を受け取る。
ミニスカタイプで正統派メイド服派の静には邪道と思えたが中古にはそれしかなかったから仕方ないんだもん。
それを益荒男達は着ていく、恐る恐る鴉坤がトレイを差し出す。
「配膳用にシルバートレイあるけど、使う?」
すると、益荒男はそれを受け取った。
「お客さん達のおくぁげで目が覚めむぁしとぁ……くぉれからはメイド服を着ぃて接待をします。どぁから、見てください。益荒男ダンス……メイド版ぅを!」
その後からの記憶は彼らの中から途切れた。
●目覚めると
外から楽しい声が聞こえる。
起き上がるとそこが保健室である事に気がついた。
いったい何が起きたのだろう……。そう思っていると、ガクガクとベッドの下で蹲っているイリスに気がついた。
「感謝の気持ちのはずなのに、こわいよこわいよ……あれはこわいよ、女の子……可愛い女の子を愛でて回復したいよ……」
何があったのかは分からない、そう思った瞬間。彼らの頭を何かがフラッシュバックした。
リンボーダンスの火の棒を越えるような体勢で脚に力を込めたメイド服の益荒男。
動く度にヒラヒラとスカートが揺れ、チラリチラリと白い物が視界に映る。
思い出すに連れ、彼らの体は震え……歯がカチカチと鳴る。
「う、うわあああぁぁぁぁ!!」
耐え切れず、誰かが悲鳴を上げた。
これは、思い出してはいけなかった記憶なのだ……。
数時間後、強面の女装メイドが喫茶店で御持て成しをして、歓迎の踊りとして益荒男ダンスというものを踊ると言う噂が広まった。
だけど御持て成しも確りしており、何時の間にか生徒会にも届出が行われていたとか……。
そして、訪れた者達に強烈な記憶を残していったのであった……。