●潜入、敵だらけの廃工場
夜の廃工場。
入口を護るかのように少女の姿をしたエインフェリアが1体、門番のように門の前に立っていた。
一体だけの所を見ると他のエインフェリアは向日葵を追いかけた結果、工場の敷地内に居るのだろう。
それを刺激するかのように矢が通り過ぎ、地面へと突き刺さった。
それに反応するように突き刺さった矢へと視線を移した瞬間、複数の影が一斉に飛び出すとエインフェリアを撃退する。
矢が飛んできた方向からはロングボウを持ったルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)が姿を現した。
「あまり時間がないわね、急ごう!」
「時間との勝負ですけどね、危険は避けたい所です」
大剣を鞘に収めながら、雪室 チルル(
ja0220)が言うとイアン・J・アルビス(
ja0084)が賛同しつつも注意をするように言う。
閉められた門を開けると、12人は廃工場の敷地へと入る。
「サーバントがうろつく廃工場か……相当な数が集まっている。気をつけねばな」
外とは違う気配を感じたのか神凪 宗(
ja0435)は気を引き締める。
その中に取り残されている向日葵を心配してか、水無月沙羅(
ja0670)は拳を握る。
「絶対……。何が何でも向日葵さまを救い出します」
「……向日葵が心配。急ぐの」
沙羅に反応し、橋場 アトリアーナ(
ja1403)も頷くと今すぐにでも飛び出しそうだった。
口には出さないが同じ様に心配をしている桐原 雅(
ja1822)だったが、あせって飛び込むのは危険と心が自制し感覚を研ぎ澄ませる為に目を瞑る。
一方で最悪の想定を考えているアレクシア・エンフィールド(
ja3291)は楽観には出来ないと心で感じていた。
そんな中、気合を入れる為に指を鳴らしながら向坂 玲治(
ja6214)が前に出る
「一先ず出荷場へ移動だな。サクッと見つけて撤収しようぜ」
その言葉に全員が頷くと向日葵の携帯のGPS反応がある場所への移動を開始した。
●隠密、忍び時に大胆に
「うわ……なんかイッパイいますね――」
「状況は良くないようですね……僕の力が、役に立つのな――」
入口の門を閉め建物へと近づく中、エインフェリアの数の多さを理解した丁嵐 桜(
ja6549)が元気イッパイに大声を上げようとしたが、仲間達によって口を塞がれた。
同じ様にレグルス・グラウシード(
ja8064)も大声を上げようとした為に口を塞がれた。
そんな2人の行動に唐沢 完子(
ja8347)は頭を抱えるのだった。
だが、そんな余裕も無くなろうとしていた。
「……気を休めてる時はなさそうですね」
イアンが言うと、少女達の笑い声が外に響くのが聞こえた。
まずは工場までの敵を倒す事から始めるとしよう。
元は搬送車が通る為に造られていた道を3体の大剣を持ったエインフェリアが笑いながら歩く。
そこへ飛び出すようにしてチルル、アトリアーナ、沙羅が飛び出すと共にそれぞれの武器で一斉に攻撃した。
決して正々堂々とは言えない一撃だったが、与えた攻撃は見事にエインフェリア達にダメージを与えた。
しかし一撃で倒す事が出来なかったからか斬られたエインフェリア達は笑いながら、一斉に3人へと大剣を振り下ろした!
その攻撃を3人は武器を構え受け止めるが、体を走る衝撃は大きかった。
3人だけだった場合は危なかっただろう、だがここには……。
「お互い天敵同士、一撃喰らうだけでも痛手な訳だ。身を持って、味わうと良い」
宗が銀と黒の銃を引き抜くと1体に向けて撃った。
更に別の1体が大剣を振り下ろそうとしていた腕を絡め取るように鋼糸が縛り付いていた。
「――援護しよう」
アレクシアだ。だがその彼女を狙うかのごとく工場の屋根から弓を構えるエインフェリアが居た。
「アレクシアさん、危ない!」
完子の叫びに気づき、体を捻らせ方向を変えると彼女の立っていた場所へと矢が突き刺さった。
同時に銃声と共に屋根の上に立っていたエインフェリアが地面へと落ちるのが見えた。
どうやら完子が叫ぶと同時に銃を撃ったようだ。
さらに地面に落ちたエインフェリア目掛けて、ルドルフが矢を放つ。
体制が立てられないエインフェリアの胸に矢は突き刺さり、重力に任せるようにして倒れた。
「燃えろ……消えちゃえよッ!」
レグルスの叫びと共に放たれた魔法はアレクシアが鋼糸で縛りつけるエインフェリアの体を燃やした。
そして桜と玲治がウォーハンマーを構えると、それぞれエインフェリアを懇親の力を込めて殴りつけた。
それらの攻撃を受け、エインフェリア達は倒れ砂のように消え去って行った。
きっと……肉体が無い霊魂だから、そうなったのだろう。
そして屋根にはまだ多くの遠距離のエインフェリア達が居るようだが……あまり周りに関心が無いのかこちらへは来なかった。
「こんなのがエインフェリア? まったく……悪趣味にも程があるんだよ」
消え去っていくエインフェリアを見ながら雅が顔を歪める。
「これだけの数が居れば、建物の中に逃げたくなる気持ちは、わかるな」
宗が呟きながら、工場へと歩き出す。
それに続くように他の仲間達も工場の扉の前へと進んだ。
「いきなり飛び出されてきても洒落になりませんし」
イアンが呟きながら慎重に工場入口の扉を開けようとする。
「っと、ちょっと待った。念の為にこれを……」
だが玲治がそれを止めると、懐から用意していた潤滑油を取り出すと繋ぎ目に油を差し始める。
少し時間を置き、ゆっくりと扉を開くとスムーズに開いた。
このまま油を差さずに開いていたらギギギッという鈍い音がして内外の敵に気づかれていた事だろう。
開けた扉から彼らは工場内に入ると、痕跡が残らないようにゆっくりと扉を閉めた。
室内は鉄と錆びの臭いが染み付いており、空気中にホコリが舞っているのが目で薄っすらと視認できた。
情報によるとここは鉄を溶かす為に使っていた放電炉らしい。
だからこんなにも鉄の焦げた臭いが残っているのだろう。
そして、感覚を研ぎ澄ませた雅は瞳を閉じ、聴覚に意識を集中させるが……周辺にエインフェリアの足音は無かった。
いや、あるにはあるが……それは屋根の上からだ。それも、軽く5は越すほどの足音がした。
このまま外を歩いていたら見つかってしまい、屋根の上からの集中砲火を受けていただろう。
外では見える範囲での敵のみ撃退と断言して正解だったかも知れない。
チルルが用意したヘッドライトの明かりを点けると地面を照らした。
真ん中を歩くルドルフもペンライトを点け、同じ様に地面を照らす。
どうやら地面のホコリに残っているであろう足跡を探しているようだ。
だがそれでも明るすぎたらエインフェリアに見つかる可能性もある。
その為、ライトで照らせない場所をナイトビジョンをかけた雅が確認していく。
また、レグルスは向日葵を探すために生命を感じ取ろうとする。
「僕の力よ……救わなきゃいけない人の姿を見せてくれ!」
静かに小さく叫び、生命を感じ取ろうとする。だがこの部屋の周囲では感じる事はなかった。
それでも一応は確かめておくべきと感じ、炉の中と下を見ていく。
だが中には溶かしていた鉄が固まったであろうくず鉄が落ちているだけだった。
そう簡単に見つかったら苦労はしないだろう。
一方ライトに照らされた地面には誰かが移動したであろう足跡がくっきりと残っているのが見つかった。
その足跡を追っていくとシャッター脇の扉の前で途切れていた。どうやら扉を開けて入っていったのだろう。
このまま扉を開けると軋む音が響きエインフェリア達に気づかれてしまう可能性がある。
そう考え、玲治は再び潤滑油を扉へと差し浸透するのを待つ。
「それじゃあ、行くよ?」
全員の頷きを見て、チルルがノブに当てた手を軽く回すとゆっくりと扉を開けた。
扉は錆びた音を少し立てたが、作業場の中では少女達の笑い声が木霊しておりその声に打ち消されていた。
――アハハ、キャハハハハハ。
どう考えてもエインフェリアは大量に居るだろう。
少し開けた扉から全員が中へ入ると、チルルはゆっくりと扉を閉めた。
作業場の中は、薄暗く材料を置いていたであろう床に固定された巨大な棚、細かな部品を作るために使われていたであろうが工場閉鎖を機に置いて行ったであろう旋盤機、そして作業場の半分を占めるであろう床に敷かれたレールを回転する作業台と巨大な部品を研き加工する為にぶら下げていたであろう大量の鎖。
よく見ると鎖の上には回転装置が付いており、それで作業を効率化させて作業者にやりやすくしていたのだろう。
そんな鎖にぶら下がったエインフェリアが10体ほど楽しそうに遊んでいるように見えた。
昼間の公園だったら微笑ましい光景だったりするが、現在は深夜で場所は廃工場だ。
しかも少女達はサーバント、背中に持った大剣がとっても印象深いです。
そして、明かりを点けたままは危険と判断したのか、ルドルフがペンライト、チルルがヘッドライトの明かりを消すと辺りは暗闇となった。
改めてみると外の方が明るく見えるほどだった。
そして明かりの代わりにアトリアーナと雅がナイトビジョンを掛けると、暗い道を歩き出した。
「これだけ機材が置いてあるんだ、隠れる場所には不自由しねぇな」
静かに歩き、棚の後ろに隠れた玲治が呟く。
前を歩くアトリアーナが他の仲間達を招き、雅が後ろから襲い掛からないか注意しながらゆっくり確実に静かに歩く。
現在戦闘になった場合、向日葵の安否が心配だ。
まっすぐ突っ切ると敵に見つかる為、リスクを回避する為に彼らは少し遠回りとなるがぐるりと回った結果、出荷場へと続くシャッターへと辿り着いた。
「よし、んじゃあ油を差すぜ」
そう言いながら玲治が扉の繋ぎ目に潤滑油を垂らす。
そんな中で、シャッターを背中にして他の仲間達は敵に見つからない事を祈りながら武器を構える。
「それでは、行きます」
沙羅が全員に言うと、静かにゆっくりと扉を開けた。
油が差された扉はゆっくりと開き、集荷場の中へと滑り込むようにして彼らは入っていく。
最後にチルルが中に入ると……扉をゆっくりと閉じた。
「ここに小日向さんが……」
「早く探しましょう、向日葵が居たら良いのですが」
雅が呟くと共に、今にも走り出しそうな沙羅が言う。
出荷場の中はかび臭く、どうやら高く積載された木製のパレットが腐っているのかも知れない。
砕けて吹き抜けになった窓や屋根から月明かりが入り、出荷場を照らし出す。
「……向日葵、何処にいるの?」
返事があるかは分からないがアトリアーナは声に出す。しかし返事をする者は居ない……。
歩きながら完子が携帯電話を操り、GPSの発信位置を拡大する。これで少しは分かりやすくなるはずだ。
近くではレグルスが積み重なったパレットの奥に顔を覗かせ、桜が元気な相撲キャラらしい発想を巡らせようとする。
「しっかし、見つかんねぇな」
ウォーハンマーを背負い直し、玲治が呟く。
「――いっその事、向坂と丁嵐の持っているハンマーで周りを綺麗にしてから探すと言うのはどうだろうか?」
「それはそれで良いかも知れないけど、後が大変ね!」
アレクシアの冗談なのか本気なのか分からない言葉にチルルがそう返す。
そんな時、GPSの情報を得た完子が向日葵の携帯電話を見つけた。
「皆、あったわよ。携帯電話! それと、剣も」
彼女の言葉に近づくと、出荷場のシャッターに近い場所に大剣と明かりがついた携帯電話が置かれていた。
ただし大剣は無残にも砕け、柄が残っている程度であった。
「ひどい、これはもう使えませんね……。でも、回収しておきましょう」
向日葵がいつも持っていた大剣を悲しそうな瞳で見ながら沙羅が近づく。
そんな時、ルドルフが妙な違和感を感じた。
何故折れた大剣がこんな所に置かれているのか、そしてルドルフは暗がりの集荷場を見渡した。
高く詰まれたパレット、大剣が置かれた位置。これはつまり……。
「水無月嬢っ、それは罠だ! 雅嬢、アトリアーナ嬢。パレットの上だ!」
彼女の叫びと共に、パレットの上に雅とアトリアーナが視線を移した。
そして、最後のパレットにチルルがヘッドライトを向けた。
……居た。積まれた3つのパレットの上に、弓を構えたエインフェリアが3体大剣の方に向けて今にも放つ事が出来るように弦を引いていた。
内1体が、気づかれた事に察し大剣に向かおうとしていた沙羅に矢を放った。
だが、矢は彼女に突き刺さる前に間に立ち塞がったイアンの盾に阻まれた。
金属音が響き渡ると共に残る2体のエインフェリアも矢を放った。しかしイアンと沙羅は素早くその場から飛び退く。
瞬間、バキャッという音が聞こえた。暗くてよく分からないが向日葵の携帯電話に矢が突き刺さったのだろう。
同時に雅が二丁拳銃を撃ち放ち、アレクシアが鋼糸を足に絡ませ、完子がリボルバーを撃った。
直後、弓を持ったエインフェリア3体は地面へと落ちた。そしてイアンが阻霊符を発動させ透過能力を無効化させた。
「よくも向日葵の携帯を……!」
「……邪魔なの、退く」
「行きますよー!」
そんなエインフェリアへと怒る沙羅、冷静なアトリアーナ、元気な桜が飛び掛り一斉に攻撃を放つ。
エインフェリア達は反撃する間もなく、一気に捻じ伏せられた。
沙羅が砕けた大剣と壊れた携帯電話を拾う中、ルドルフとチルルが明かりで地面を照らし、アトリアーナと雅が無いとヴィジョンで周囲を見渡した。
すると、地面を這いずるように血の痕が見つかり、それは何処かへと垂れていた。
その痕跡を追うようにして、彼らは移動を開始した。
●捜索、花は何処
「このどちらかに居るはずよ!」
屋根から放たれる矢の雨から走りながら、チルルが叫ぶ。
垂れていた血は途中で途切れ、その先には事務所と食堂があった。
「気をつけろよ!」
「大丈夫ですよ」
「もし見つけたら、電話をしてちょうだい! 早く逃げないと危ないわよっ!」
完子の叫びと共に事務所と食堂の2班に分け、2つの建物へと走り出していった。
会社名が貼られていたガラスは半ば砕け、ほぼ吹き抜けとなった事務所に6人は入る。
玄関だった場所はガラス片やゴミが散乱しており、奥に視線を移すと並べられていた金属製の机が訪れた不良や暴走族に蹴り飛ばされたのか倒れて色んな方向を向いていた。
窓に取り付けられたブラインドがカサカサと音を立てる中、6人は奥へと進む。
床を歩く度にクシャッと音を立て、紙が散乱しているのがわかる。
「向日葵さーん、居ませんかー!」
「……もしかして、返事が出来ないほど怪我を……でも」
桜が口をメガホン代わりにしながら、大きな声で訊ねる。近くでは沙羅が心配そうに向日葵の安否に不安を抱く。
ルドルフは持っているペンライトを翳し、事務所内を小さな明かりで見渡す。
その明かりが外に気づかれないかを心配しながらイアンが外の気配を伺う。
「救わなきゃいけない人の姿を見せてくれ!」
そんな中、静かに叫びレグルスが生命探知を行う。
感じられた生命は……4、つまり……。
その直後、少女の重なり合う笑い声が事務所に響き渡り、4体のエインフェリアが姿を現した。
振り被るように振り下ろされた大剣を完子は後ろに飛び退き回避し、イアンは盾で受け止め、沙羅は大太刀で受けた。
そして弓を引くエインフェリアが矢を打つと同時に桜がウォーハンマーで殴りつけた。
桜の鮮血とエインフェリアを殴りつける打撃音が事務所内に響き渡った。
広い食堂では多くの長机が倒れ、真ん中で折れ、倒れ散乱していた。
きっと食堂に隣接して見える厨房では作業者達への食事が毎日作られていたのだろう。
しかしその影も今は見る影もなく、ただの廃墟があるだけだった。
(向日葵を助けたら、絶望料理を楽しんでみたいの……)
そんな中、アトリアーナは向日葵との思い出を思い出す。
ホコリが舞い散り、吹き抜けの天窓から月明かりが漏れる中……向日葵は片足が折れた長机をベッドにして倒れていた。
眠り姫のように寝ているなら良かっただろう。しかし今の向日葵は横腹から肩を斜めに裂くように服が裂け、長机を伝うように血が垂れ、虚ろな瞳は何も写す事は無く、壊れたレコードのように何かを呟き続けていた。
――ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、タスケテラレナクテゴメンナサイ。
――ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、タスケテラレナクテゴメンナサイ。
呟きながら、少女の瞳からは涙が零れ頬を伝う。
「小日向さん。しっかりして、ボクの声が聞こえる?」
呆然と見ていたがすぐに我に返った雅が近寄り、向日葵を揺する。
それを見ながら、チルルが携帯で完子に連絡を取りながら安心する。
「ようやく見つけたわ! これでひとまずは安心ね!」
「……あとは、駆け抜けるだけなの」
アトリアーナがそう言った直後、秒針が刻む音が聞こえた瞬間。
食堂に響き渡るように泣き叫ぶような悲鳴が聞こえた。
直後、6人の胸に言い表せないような不安が溢れ始めてきた。
幼き日の友の目指す世界が創れるのか? おバカさんのままでいいのか? 自分が助けた者はまた自分の前から消えてしまうのか? 自分は変わりたい、だけど変わる事が出来るのか? また痛い目を見て、今度は生きて帰る事が出来るのか? 親友を捨てて逃げたのに、今度はその親友を殺すのか?
そんな言い表せないような不安が心を侵食し、心が崩れそうになる。
「――ふむ、この感情は……不安か? 久しく感じていなかった情だが……それだけか?」
そんな中で静かにその感情をかみ締めながら同時に、飽きた感情にアレクシアは呟く。
そしてアレクシアは閉じていた目を開くと上を見上げた。
天窓から月明かりを浴びるように、向日葵の頭上に立つようにしてバンシーが……いた。
くせっけのある茶髪を三つ編みにし、顔のそばかすが印象的なバンシーだ。
瞳からは血のように赤く真っ赤な涙を流し、叫ぶように泣いていた。
――アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ……。
「――憂いな。あぁ、嘆きたければ存分に嘆くが良い。その嘆きが、汝の死に添える華となろう」
直後、手をバンシーにかざすアレクシアの周囲から、十三の黒い剣が浮かび上がり……バンシーへと放たれた。
剣はバンシーの体を傷つけ天井に突き刺さっていく。それにより、バンシーの悲鳴は一時的に止んだ。
「よ、要救助者発見だ。さっさと全員でズラかるぜ」
玲治の言葉に頷き、雅とアトリアーナが向日葵を抱えると急いで出口へと駆け出した。
「殿は任せて! 全滅位別に大丈夫よね?」
全員が外に飛び出し、チルルが大剣を構えながら最後に飛び出していった。
そして、バンシーは動かずその場に漂うのだった。
静かになった食堂では静かに時計のカチカチという秒針が走る音が聞こえるだけだった。
「僕の力が、あなたを守れるのならば!」
レグルスが杖を掲げ、小さな光のアウルを桜へと送り込む。
すると桜の肉体は活性化され、矢によって出来た穴が収縮していく。
「ありがとうございます! レグルスさん!」
エインフェリアが振り下ろそうとした大剣をイアンが盾で受ける。
大剣の重圧が腕に掛かるが、それを押し出すように彼は体を突き出す。
そこにルドルフが矢を放ちエインフェリアの動きを妨げる。
瞬間、体が傾いたエインフェリアをイアンが盾で突き飛ばした。
「突破されるつもりはないですから、お引取り願います」
後ろに飛ぶと沙羅が気を体内で練りながら、大太刀を握り締める。
動かない沙羅へとエインフェリアが大剣を振り被るが、完子が別の1体の攻撃を避けながら銃で援護。
「一撃で行かせてもらいます」
練りこんだ気をアウルと共に燃焼させ、それを力とし沙羅は大太刀を振り下ろした。
加速した一閃は大剣を豆腐のように斬り、エインフェリアを両断する。
それを見届けた完子のポケットに入れた携帯電話が振動した。
「皆、向日葵が見つかったわ!」
「こんな気味の悪いところに、長居は無用です」
「だな、生還出来りゃそれで良いんだ」
完子の声にレグルスとルドルフが言い、反応するように全員外へと飛び出した。
正門へと走る中、2班は合流し敵から逃げる為に走り出す。
そんな中、食堂から連れ帰った向日葵に困った事態が発生した。。
「放して! 放してっ! 行かなきゃいけないの! 私は行かなきゃいけないの!!」
アトリアーナと雅に抱えられた向日葵が今まで見た事もないような表情で泣き叫び、食堂に戻ろうとジタバタする。
現在流れている血の量からして意識が混濁しているはず、一体何か彼女を突き動かしているのか……それは分からない。
そんな彼らの背後からはエインフェリアの大群が近づいてくる。このままでは危険だ。
「向日葵、文句は後で聞かせてもらうわ。悪いけど、気絶しててね」
完子が冷たく言うと共に、暴れる向日葵の鳩尾を殴りつけ……意識を刈り取った。
「う、あ……あ」
気絶するまで向日葵の手は食堂へ……いや、バンシーへと向けられていた。
静かに頷きあうと、チルルと宗を殿にして12人は一斉に走り出した。
「近づいたらあたいの剣でバラバラにしてやるわ!」
大剣を構えるチルルを尻目に、エインフェリア達に向け、宗がアウルの力で作り出した土を撒き散らした。
「こういうスキルは足止めに最適だ」
呟きながら、土を払い除けるエインフェリアを見て彼らは急いでその場を放たれる為に疾走を始めた。
●時計、罅割れた心
数時間後、向日葵は病室のベッドの上に寝かされていた。
眠る彼女の肩には包帯が見える所からして、どうやら直行で病院に向かい治療を受けたのだろう。
そして今、一同は向日葵が目覚めるのを待っていた。
一同所々に包帯が巻かれており、逃げる際に攻撃を受けた事が分かった。
中でも備え付けのイスでルドルフが具合を悪そうに項垂れ、チルルとアレクシアに看病をされていた。
どうやら彼女は傷の他にも自身の光纏の影響でこうなっているらしい。
「……ん」
そんな中、向日葵の目蓋が動き呻くように口から声が漏れると……ゆっくりと閉じられた目蓋が開かれた。
目覚めた向日葵に沙羅が飛びつく様にしてその小さな体を抱きしめた。
「良かった、向日葵……目覚めて良かったです。傷の具合は? 痛みは? 大丈夫ですか?」
涙を流しながら沙羅が矢継ぎ早に問い掛ける。
抱きしめられながら、向日葵が視線を周囲に向け自分が助けられた事に気づく。
それを少し苦しそうと思ったアトリアーナは沙羅の肩に手を置き、向日葵から離れるように告げる。
「……皆さん、ありがとうございました……でも、私は助かっちゃいけなかったんです……」
静かに向日葵は自身を戒めるように呟く。脱出する際の暴れようが無いところを見ると冷静にはなっているようだ。
それはまるで自身の死を望んでいたかのようであった。
静まり返った病室でアレクシアが口を開いた。
「時に小日向と言ったか。端的に聞くが――汝はアレを、見た事があるのか?」
アレとはつまりバンシーの事をさしているのだろう。その言葉に向日葵は口を閉ざし……静かに涙を流す。
何も聞けない、そう思っていたが……向日葵は静かに口を開いた。
「あのバンシーに使われた少女は……私の――」
――親友でした。
そう呟くと向日葵の目蓋は閉じた。
静かになった病室で、彼らは静かに何かの始まりを感じるのだった。