●準備中
「ひゃっはー!」
「俺達は成人だー!」
真新しい着物やスーツを振り乱しながら、成人達は叫ぶような笑い声を上げ学園の敷地内を走って行く。
「あ、あれ病気か何なのか。いやー焦ったぜ、いい年した大人が俺らよりガキみてーなのって洒落になんねーよ」
校舎から顔を出しながら、七瀬 晃(
ja2627)は軽く苦笑しながら外の様子を見る。
同じように顔を出していたNicolas huit(
ja2921)(ニコラ・ユィット)もちょっぴり可哀想な瞳で成人達を見る。
「もう大人だというのに、子供のような事をする……大人ならしっかりするしないとなー?」
その背後では、この騒ぎの特効薬となる『ランチキオサエール』を様々な形で使用する為の準備が進められていた。
ハリセン、水に混ぜて水鉄砲と水風船と霧吹き、自前の本、トンファー、ロープ、タオル、いろんな物に薬は使用されていく。
ちなみにニコラは大量の湿布を薬水に浸し、晃はピコピコハンマーに塗付けていた。
そして唯一の成人である大城・博志(
ja0179)は……濡れていた上にテカリと輝いていた。
どうやら頭から薬入りの水を被った上に、吸水ポリマー仕様の服の上から更にラップを巻いて保湿対策を万全にしたようだ。
「よし、じゃあ行こうか!」
柄杓とバケツを持った博志の合図と共に、彼らは武器を取ると横一列に並んで入口に立つと軽く息を吸い込み……扉を開ける。
乱痴気騒ぎを起こす成人達を押さえる者、治した成人達を保護する者、無事な成人達を護衛する者。各々の役割を果たす為に行動を開始した。
●未成人無双
扉を開けると乱痴気騒ぎの成人達が一斉に校舎を見る。
「ひゃっはー、校舎が開いたぜーー!」
「中でも暴れるぜー!」
叫びながら開いた扉目掛けて走っていく。
そこに入口から水が放たれ、数名の成人へとかかった。
直後、軽い呻き声を上げて水がかかった成人達は倒れた。
そして入口からはラップを巻いた全身ずぶ濡れの男性が出てきた。
「来るが良い、新人共! 成人の何たるかを先人としてぶちまけてやる!」
そう言うと博志はバケツの柄杓を掴み、水をぶちまける。
「この水は危険だ!? 逃げろー!」
叫びながら成人達はこの場から逃げるように方向転換を行い、バラバラに散らばって行く。
そんな中、先頭を走る成人の頭へと心地良い音が響き、吹き飛ばされた。
同時にピコッという心地良い音と、ビシャという打撃音が響き渡った。
「未成年の主張! 他人に迷惑掛けずに騒げ!」
「いえい、100人の乱痴気さんをびしばし元に戻しますですよぅ」
「よっしゃあ! 敵は成人100人だあ!」
そこにはハリセンを手にしたルーネ(
ja3012)、濡れた本(角がちょっと赤くなっている)を持った大崎優希(
ja3762)、ピコハンを持った晃が立っていた。
だが所詮は女子供だ、複数でかかれば問題は無いだろう。
「ひゃっはー! 押し潰れろーー!」
「はいよ、ごめんなー!」
晃が私物のローラースケートで押し迫る成人の波へと突入すると、ピコハンでもぐら叩きの様に頭を叩いていく。
叩かれた成人達はバタリと倒れ、それらに引っかかり複数の成人が転ぶ。
その隙に、打ち水をする様に博志が柄杓で成人達に水をかけると、倒れる成人が増えた。
「くそっ、集まり過ぎてる! もっとバラバラになって逃げるぞー!」
「8人撃破ー! 次は何処行けばいい?」
ブレーキをかけ、バラバラに移動したり倒されたりして減る成人達へと向き直る晃が片耳に付けたイヤホンマイクで指示を聞く。
すると、イヤホンから虎綱・ガーフィールド(
ja3547)による指示が送られた。
『節度と分別を持って行動できてこその大人で御座ろうに……。七瀬殿は機動力があるのでそのまま逃げた成人達を追ってくだされ』
「分ったぜ! 早く成人達を戻してやらないといけないよな!」
そう言って優希とルーネが頷くのを見ると、晃は急いでローラースケートを蹴るように成人を追いかける。
晃を見送りながら、陣形が乱れた成人達へと優希が本を構え突撃する。
「乱痴気さん達に、大人になっても教育的指導なのですっ」
「ひゃ――ふげっ!?」
腰まである蒼い髪を揺らしながら、優希は叫ぼうとする成人を本で叩くとそのまま別の成人の側頭部目掛けて本を振り被る。
若干乾いてきたら、持っている霧吹きで再び湿らせ、叩くのを継続する。
ドスッやらゴスッといった打撃音が響くと同時に、霧吹きで濡らした水とは明らかに違う色の紅色の液体が本を染めていくが……そこは気にしないでおこう。と言うか、気にしたら負けだ。
その近くでは散らばって行く成人達を逃さないように、ルーネがハリセンで成人の頭を叩くと勇猛果敢に腰に手を当てながら成人達を見る。
「さあ、来るなら来なさい! 私が相手をしてあげます!!」
その誘いに乗る様に成人達がルーネ目掛けて全方位から襲い掛かってくる。
だがルーネは、襲い掛かる成人の顔を踏み台にし高く跳び上がった。
「お、俺を踏み台にしただとぉ!?」
「このままハリセン無双突入です!」
そして、空中で懐からもう1本のハリセンを取り出すと、二刀流となり地上へ落ちながら2人の成人の頭を叩いた。
更に華麗に地上に舞い降りると、その場で優雅に回転して自分の周りの成人の頭目掛けてハリセンを振るう。
「やらせはせん! やらせはせんぞ!!」
「無駄です。あなた達に私を止める事は出来ません――よ!」
ルーネを止めるべく襲い掛かった成人達の隙間を抜けると、舞踏会でダンスを踊るようにルーネは2本のハリセンを振るう。
バタバタと倒れる成人達を見下ろしながら、ルーネは優希の方を見る。
「ルーネさん……さすがツッコミ隊長なのです」
苦笑しながら、襲い掛かる成人の頭を本で殴り付けた。
●避難部隊の戦い
『校舎付近の成人は鎮圧しました。成人の日のタノシイキネンとしてデジカメでしっかり撮影もしました』
イヤホンから聞こえるグラン(
ja1111)の声と共に、二階堂 かざね(
ja0536)は迫り来る成人へと走り出す。
あと200m程移動したら体育館に到着してしまう。
「この先は通さないんだぞー! かざねこぷたーランチキ返しー!」
言いながらかざねはクルクルとその場で回転を始めると、迫り来る成人数名にトンファーが当たり、倒れて行く。
……薬が効いて気絶したのだと信じたい。
そして、回転が速くなるにつれ、徐々にかざねの銀色のツインテールが回転を始める。
しかも回転を始めたかざねこぷたーから水滴が放たれて行く。
もしかしたら薬を髪に付けていたのかも知れないが気のせいかも知れない。
「横から進めー! 回転して動けないはずだ!」
「な、なんでそれを知ってるのですかー!?」
そんな時、彼らが来た方から声が聞こえ、それに従うようにして成人達は回転するかざねを横切る様にして体育館へと走っていく。
しかし片側を走っていた成人達へと横から水風船が放たれた。
「こんな状況じゃのんびりとはしてられないから、ちょっとばかり荒っぽくいくよ!」
この台詞と共にソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が飛び出し、水風船を大量に投げ、牽制目的で水鉄砲を撃ち出しす。
しかも接近してきた成人には、濡れタオルを取り出して叩く様にして横からの一撃を打ち込んだ。
そしてそんな状況を、ニコラが用意した薬付き湿布を頭に貼って正気に戻った成人達を連れて体育館へと移動するグランがこっそりと撮影していく。
「タノシイキネンがまたひとつ増えましたね。正気に戻ったときが楽しみです……さあ、行きますよ」
そう言って、乱痴気成人達にばれない内に保護対象を体育館へとグランは連れて行くのだった。
グランが連れた保護対象を体育館へと入れると八角 日和(
ja4931)が案内係と言う風に元気良く。
「えーっと、ひいふうみい……体育館、9名様はいりまーす」
内側のバリケードを解除し、正常に戻った成人達を入れている所に虎綱から連絡が入る。
『八角殿、乱痴気成人達が近づいてきているでござる。早めの収容をよろしく頼むでござる』
「わ、わかったよ。皆さん早く入ってくださーい!」
慌てながらも日和は収容されていく成人達を入れていく。だが、このままでは間に合わない。
だったら起こす行動は一つ。覚悟を決めたのか日和はパーカーのポケットから水風船を取り出し、片手に水鉄砲を構える。
「ここは通さないぞーっ!」
「援護するで御座る! ……緊急事態故、お許しくだされ」
体育館の屋根から虎綱も高出力の水鉄砲を構えると、空と地上の同時攻撃が行われた。
しかし、直接叩くなどの攻撃よりも威力が弱いのかすぐには倒れずに徐々に近づいてくる。
「まるでゾンビで御座るな」
そんな状況に虎綱はそう呟く。
「お前もこっちに来いよ、成人だろー!」
「背も高いし、立派に成人だろー! 祝おうぜ、ひゃっはー!」
「そ、某はまだ、15だぁぁぁぁ!!」
成人の言葉に怒りを燃やし、はりせんを構えると虎綱は屋根から飛び降り、群がる成人達の頭を殴り付けた。
パシンパシンといい音を放ちながらも、成人達は徐々に徐々にと体育館へと迫ってくる。
「わわっ、体育館、そろそろやばいかも! だ、誰か助けてーっ!!」
慌てながら日和は、マイクに向けて無双班にSOSを送る。
その瞬間、ローラースケートを滑走させながら晃が現れた。
「真打登場だぜー!」
元気に大声を上げながら、晃は体育館目掛けて移動をしながら、成人達の頭を叩いていく。
「ひゃ、ぐはっ!? は、早い……だとぉ!?」
「ス、スロゥリィ!? お、俺がスローリーだと!?」
何処かで聞いたような台詞を叫びながら成人達は倒れていく。
その上、逃げようとした成人達はいつの間にか張られたロープによって囲まれていた。
「さあ、暴行を加える皆さんと新成人の勇姿をバッチリ撮影しますよ」
どうやら、カメラを構えているグランがロープを張ったようだ。
ランチキオサエールの効果なのだろうか、成人達は一向にロープへと近づかない。
「さすが、ランチキオサルルー……ランチキチオサユール??」
粗方片付けて応援に来た仲間達の中でニコラが薬の感想に驚くが、上手く舌が回らず発音出来ない。
ちなみに湿布を持つニコラは着ている白衣と相まって、保険委員のようだった。
「さて、それでは一気に片付けるとしましょうか」
「少しでも勢いがある方が拡散する筈。痛かったら、ごめんねー!」
「十歳にも満たない生徒が通う学園で酒盛りされたいので御座るか!?」
ルーネの合図と共に、ソフィアと虎綱が全力投擲で水風船を投げる。
ソフィアの水風船は浅い弧を描きながら顔面に当てて破裂と共に背後へと拡散させ、虎綱は大きく弧を描き宙を舞う中でダガーを投げて破裂させて雨のように降らせた。
それと共に無双班が最後の鎮圧を行うためにロープの中へと入り込もうと――。
「おや、あれは……大城君でしょうか?」
グランの一言が聞こえ、そっちを見ると……博志が居た。
それも、何時ものラフな格好を更にラフにした服装で走っていた。
まあ要するに、パンいちスタイルという自由溢れるスタイルだった。
「ひゃっはー、俺も成人だー! 体は清い成人だーー!」
「……とりあえず、後で見せる為に撮っておきましょう」
「チョコ、美味しいです」
グランがとりあえずその姿をカメラに収め、かざねがちょっと現実逃避しようとポケットに入ったチョコを食べる。
同時に、彼らの心に博志の姿が思い出される。
『俺が噛まれて感染した場合は、手加減無用だ。遠慮なくやってくれ』
頭の中の博志が妙にきらきら輝くポーズで思い出されるのは今の姿とのギャップだろう。
「えーっと遠慮なく、博志を治そうと思いますので!」
「「異議なし」」
ニコラの提案に他の仲間達も同調し、彼らは博志と残り少なくなった乱痴気成人を元に戻すために、ロープの中へと入ったのだった。
●静寂の後の……
「気を付けてはいたんだ、気を付けてはいたんだけど……噛まれたら頭の中が太陽になったんだ」
仲間に囲まれながら、博志はその場で正座をさせられていた。
この様子を見た所、どうやらランチキオサエールのお陰で元に戻ったようだ。
良く見ると、体育館前で100人の新成人達が教師にお説教をされているのが見える。
時折、グランが撮影した映像が教師によって表示させられ、呻き声が上がる。
とってもタノシイキネンのようだ。
「こういう騒ぎって毎年起こってるの? あたしが成人する年からはこの時期はイタリアに帰ろうかな……」
「……俺は8年後かあ、成人式……あんな風にはなりたくねーよなぁ。大人ってなんなんだろ」
「あはははは、大人に早くなりたいのかわからないもんですね……」
溜息と共にソフィアが呟くと、晃と優希が反応する。
だけど、この騒ぎは終わったのだ。
「私、体育館で保護してる人達にお菓子をあげてきます。いいですよね」
答えを聞かずにかざねはそのまま体育館へと走り出した。
「え、でもかざねん、掃除しないとダメだよ? ……行っちゃった」
「何、八角殿。片付けをする人員なら100名もおるではないですか」
そう日和に言いながら、虎綱が後ろを指差す。
「大人でなくとも、片付けまでやってようやくお祭りの終了で御座るよ」
それを見て、日和は納得したように頷いた。
こうして、100人の新成人達による清掃作業が始まった。
ちなみに一部成人は、ニコラによる治療が行われていた。やはり鈍器レベルの物があったのだろう。
そんな中、グランは撮影をしながらある事を考える。
(「この胡散臭い事件の真相はどうなんでしょうね。今度時間があったら過去の成人の日の記録や対策を調べて事件の背景を調べましょう」)
同時に、こうもタイミング良く出されたこの騒ぎの特効薬にも不信感を抱いていた。
だが、この事件は終わったのだ。何事もなく残りの時間は過ぎて行くのだ……だが、本当に終わったのだろうか?
『噛まれて感染していく』というのは見たからこそ分ったのだ。だがもしかしたら、『空気感染』という感染もあったとしたらどうなるのか?
「……杞憂ですよね。さあ、私も掃除をしますか」
そう言って、グランは下着姿でシクシク言いながら掃除をする博志の姿をカメラに収めると、掃除を開始した。
体育館から聞こえる叫び声と振動を聞かないようにして……。