●甘い蜜に釣られた蝶
この日、高時給に釣られた25名の撃退士達は喫茶店へとやって来た。
重い重圧感のある木製の扉を開けると……カランカランというベルが鳴る。
それと同時に深い珈琲の香りが漂い、珈琲愛好家だったなら一度飲んでどんな味かと味わってみたいだろう。
「あー? 誰だ、まだ開店前だぞ――ふぁあぁ」
すると奥から、髪を掻きながらオッサンが1人欠伸をしながらやって来た。
このオッサンが喫茶店の店長だろう。
「この店の店長でしょうか? 私達は斡旋所からの紹介で来たのですが」
代表して水無月沙羅(
ja0670)が話しかけると、眠そうにしていた目蓋を開けて店長は彼らを見渡した。
何というか……品定めといった感じに見えるのは何故だろう。
「ふむ……なるほど、お前達。今日は頼んだ!」
笑いながら店長は彼らに激を送る……が、次の行動に表情は固まった。
「そして今日から着てもらう制服はコレだ!」
求人誌には制服は貸与するとだけ書かれていた、しかしどんな制服かは書かれていなかった……。
というか、書いてたら絶対高時給に釣られなかっただろう。
何故なら、上は普通なのに下はホットパンツだったからだ。
「さ、早く着替えて接客練習だ。着替えた着替えた!」
(…………あの、帰っていいですか?)
25人の心が重なった瞬間だった。
●至福、ホットパンツ天国
「うぅ……宮子。こんな辱めを受けることになるとは思いませんでしたわよ……!」
「あ、あれ。普通の喫茶店のバイトだと思ってたんだけどな?」
一筋の汗を零しながら、猫野・宮子(
ja0024)は呟く。その隣では、桜井・L・瑞穂(
ja0027)がしゃがみ込んで泣き言を洩らす。
そんな2人の格好は喫茶店の制服だ。
上は普通の白シャツに黒ベストだが、履物がホットパンツという変な制服だ。
あとしゃがみ込んでいる瑞穂の尻が強調されて店長が熱い眼差しを送っている。
「こうなったら……魔法少女で頑張るにゃ♪」
そう言いながら宮子は何処からとも無く猫耳と尻尾を取り出すと装★着。
猫耳ホットパンツ魔法少女になった宮子に向け、店長サムズアップ。
「猫耳尻尾付きか……斬新だが、アリだな!」
(これも戯れよォ……しっかり優しい店員さんを演じてあげるからねェ♪)
心の中で黒百合(
ja0422)が呟きながら、白手袋の手で白いサイハイサックスを太股まで上げるとパチンというゴムの音と共に止める。
若く小柄なお尻を包むホットパンツは彼女には少し大きいのか隙間が見える。
その近くでは、備え付けの鏡に自分を映しながら制服姿を見るポラリス(
ja8467)が居た。
「思ってたより可愛いじゃなーい。この衣装も持って帰りたいくらいだわ」
小柄な体型ながらも伸びた脚線美がホットパンツによって長く魅せられる。
そんな彼女へと声がかけられる。
「欲しいなら持ち帰っても構わないぜ。広めようホットパンツの輪」
……店長がホットパンツ愛好家を見るように頷いていた。
あ、ちなみにここは女性更衣室だから。
結果……黒百合とポラリスによって店長は袋叩きにされた。
「何なのです、あの衣装?! あれで人前に立つとか絶対ごめんなのです!」
厨房の中、Rehni Nam(
ja5283)は地団駄を踏み締めながら吼える。
しかし受けてしまったバイトはキッチリこなすしかない。そんな訳で彼女は制服を着ていた。
だけど、ホットパンツを穿くなんて許せない! だからレフニーは……スパッツを穿いた上にホットパンツを穿いたのだ。
店長が見たらきっと残念がるだろう。
「まあ、風変わりなステテコを穿くのは変ですよね……ですが、制服は制服です」
そう自分に言い聞かせるように沙羅が呟く。
そんな彼女も律儀にホットパンツを穿き……何故か胸にサラシを巻いて半被を着ている。お祭り系衣装と勘違いしてるのかも知れない。
「さすがに気にならないと言えば嘘になるけど……まぁやるしかないか」
「でも、何でここの制服ホットパンツなんだろう?」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)の諦めた言葉に疑問を抱いた滅炎 雷(
ja4615)が呟く。
……本当、何でだろうね?
ちなみにそんな2人も制服を着用し、雷の方は髪と一体化するような猫耳を付けている。
引き締まったグラルスの尻がとてもセクシーで、雷の柔らかそうなお尻は魅惑的だった。
「うむ、これなら動きやすく涼しいな」
最後の着替えを終えた鳳 静矢(
ja3856)が厨房へと入ってきた。
一斉に仲間達が視線を送った瞬間。彼らは固まった。
((へ、変態だーーーーっ!!))
いや、変態ではないのだろうが、静矢が着た改造制服はシースルーのタンクトップに黒くエナメルの光り輝くホットパンツ、階級小さめ短めコック帽に……前掛け型の白いエプロンだ。
一昔前に流行った芸人に居たような服装だった。
「どうした、皆?」
首を傾げるが理由は良く分かっていないようだ。何か精神が可笑しくなる呪いでもあるんじゃないのか、ここは……。
そんな事を思いそうになった所に何故か傷だらけの店長が暖簾を上げて顔を見せた。
「……うん、ナイスホットパンツ!」
一様に彼らを見渡し、一瞬レフニーを見て残念そうな表情を見せたが何故だろう。まあ、サムズアップすると店長は別の場所を見る為に去って行った。
「わぁ、先輩。制服良く似合っててかっこいい、一緒に頑張ろうね……あ」
「さんぽちゃん? キミも来てたのね。そう言われると逆に恥かしくなるのだけれど……しかし、似合ってるわね」
犬乃 さんぽ(
ja1272)が暮居 凪(
ja0503)に気づき話しかけるが、ホットパンツに気づき恥かしくなったのか顔を背ける。
反対に凪のほうは……さんぽの男性らしからぬ制服の似合いっぷりに感嘆する。
そんな彼女の制服の丈は短いのか胸が強調されない代わりに、臍がチラリと見えてしまう。
凪のそれを真似るようにさんぽも臍をチラ魅せしたり、ピッタリと張り付いて魅せるパンツラインを晒そうと決意した。
(うんうん、良い心がけだ……)
そんな事を考えながら店長は感慨深く頷く。そんな店長に青木 凛子(
ja5657)が近づく。
ピッチリとしたホットパンツの制服姿に膝上近くまであるヒールの高いロングブーツを履いた西部風(?)だ。
「悩める無精髭の男性ってワイルドだわ」
妖艶な流し目で店長を見詰める凛子の狙いは……給料アップだろう。
そしてそんな誘惑に店長は……。
「ちょっ、馬鹿……そんな目で見られると、恥かしいだろ!」
意外と初心だったのか、顔を赤くして逃げていった。
「バイト! バイトー! え? ホットパンツ? まわしよりは露出が少ないですね!」
ウキウキしながら、これからする接客練習を待ちながら丁嵐 桜(
ja6549)はくるくると回る。
その度に、彼女のホットパンツはお尻に喰い込む。
動きやすさを重視して、サイズ一回り小さくした物を履いているようだ。
その為、お尻がはみ出そうになり本当にまわしのようになってしまいそうになる。
近くでは同じ様なピッチリとしたホットパンツを穿いた折原スゥズ(
ja7715)がテーブルのセッティングを行っている。
むっちりとしたお尻を頑張って包んでいるからホットパンツが物凄く弾けそうになっている。
(撃退士としての動きが活発さを増す昨今、自らの鍛錬の為に必要な物……それは久遠! いずれ来る実践の為、がっつり稼がせて頂きます!)
キリッとした表情でいるスゥズだが、Yシャツで抑えられたけしからんおっぱいは今にも弾けそうだ。
『ホットパンツ……まぁ別に気にしないけど☆』
声を女性らしくしながら、御手洗 紘人(
ja2549)ことチェリーは着替え終えた制服姿で回る。
黒のホットパンツを着用し、その上に白の超ミニスカを穿き……襟と縁、袖口に黒いラインが付いたYシャツを着て、白い蝶ネクタイを付けた改造制服だ。
『ホットパンツを見せるの良いけど……やっぱりチラリズム?』
「そんなのチラリズムじゃねー!」
てへぺろと言う風に言った瞬間、店長が叫びながらチェリーへと襲い掛かりスカートを剥ぎ取ろうとする。
ホットパンツ好きにとってその服装はあまりにも邪道過ぎたのだろう。というか、スパッツも認めないけど女の子だから我慢しただけだし!
店長の手がスカートを剥ぎ取ろうとした瞬間、チェリーは銃口を口の中に押し付けた。
『これ以上は別途追加料金が発生しま〜す☆』
追加料金……それはセクハラを行った者の命という事だろう。
恐る恐る店長はチェリーのスカートから手を離すと……トボトボと離れ……カウンターで泣き崩れた。
「脱がせろよ……脱がせろよぉ……うっうっ」
とりあえず、店長は放って置くとして……そろそろ実験台の皆さんに手伝ってもらう頃だろう。
●殴られても諦めない馬鹿
「いらっしゃいませ! こちらの席へどうぞ!」
「この店のオススメはあるかのぅ?」
桜の案内で席に座るとザラーム・シャムス・カダル(
ja7518)が訊ねる。
その問い掛けに桜は悩み始める……が、すぐに答えが出る。
「全部オススメです!」
「ほう、ではホットパンツを所望してみるか」
そうザラームは冗談で言ったのだろう……冗談、だよね?
するとすぐに店長がバラの花束を差し出すかのようなポーズで、ホットパンツを差し出した。
「お美しいお嬢さん。貴方が望むなら俺は幾らでもホットパンツを差し出しましょう」
「ふむ……この店主もいい趣味をしておるではないか、のぅ?」
「はい、いいですよね! ホットパンツ、やっぱりボクはピッチリ派なんですよ!」
謎カミングアウトをする桜を見ながらザラームは、普段着のタンクトップと白衣にホットパンツを組み合わせた。
「褐色、ホットパンツ、白衣……だと! 罵ってくれぇ! あ、あとその穿いたホットパンツを後で売ってくれ!」
何か店長が興奮し始めた。駄目だこいつ早く何とかしないと……。
そんなアレ過ぎる光景が背後で広がる中、二階堂 かざね(
ja0536)はバンバンとテーブルを叩き要求をする。
「パフェをくれたまえ!」
「申し訳ありません、パフェはこちらでは取り扱ってはおりません」
「……え、ないの? んー、じゃあケーキ! イチゴの乗ってるやつ! 後、紅茶ね!」
そう喜々としてかざねは凪に要求するが、困った顔をする。
どうやら、ケーキも無いようだ。
「え、スイーツないの!? むぅ。次来る時にはメニューに加えるようあの奇妙な店長に伝えてくださいです」
「かしこまりました。……というか、次あるのかなこの店」
かざねの要求を聞き、凪は不安そうに呟く。とりあえず、それは聞かなかった事にして……。
「とりあえず、甘そうなバナナジュースとー……エビフライのカレーを貰おうかっ!」
「かしこまりました」
対面の席では神城 朔耶(
ja5843)が座っており、サンドイッチとオレンジジュースを注文してさんぽと凪が厨房にオーダーを伝えに行くのが見えた。
同じ部活という事もあって相席は大丈夫だろう。
「どのような物が出てくるのか楽しみなのですよ〜」
「シェフの腕に期待させてもらいますよっ」
そんな風に楽しそうに話しながら接客態度などを見たり、かざねがツインテをもふもふいじる。
「見るのです、包丁の極意を! 包丁一閃!! そして中華は火力が命!」
そんな中、厨房から光が漏れ……レフニーの元気のいい掛け声が聞こえる。
厨房では一種の戦場になっているのだろう。
「くっ! サンドイッチだろう! だったら、ホット(パンツ)サンドでも良いじゃないか!」
「そのサンドは食べれる物じゃないじゃないですか! 現実を見るのです!」
「と言うか、何だそのホットパンツにスパッツは! せめてスパッツを脱ぎたまえ、勢いあまって直穿きだったら高値で買い取るか――ごふぁっ!?」
バキャ。という何かがめり込む音が厨房から聞こえる……その後から、店長の声が聞こえないのは何故だろう。
しばらくすると、頼んだメニューをさんぽと凪の2人が持ってきた。
「バナナジュースとエビフライカレーお待たせしました」
「サンドイッチとオレンジジュースお待たせだよ」
キンキンに冷えたバナナジュースと揚げたてのエビフライが乗った美味しそうなカレーがかざねの前に置かれる。
朔耶の方にもゆで卵とマヨネーズの黄色とハムとキュウリとレタスが挟まれたサンドイッチと絞りたての新鮮さが目立つ濃橙色のオレンジジュースが置かれる。
「それじゃあ、いただきます」
「さあ、食べるぞー! おお、この海老のプリプリ感! 衣のサクサク感が素晴らしいじゃないですか!!」
合掌して朔耶は食事を食べ始める。対面でもかざねが美味しそうにカレーを食べるのが見え、エビフライのサクサクとした歯ごたえが美味しそうだ。
卵を食べ終えると、ハムサラダを食べ始める……パンがふんわりとして、キュウリとレタスのシャキシャキ感がした。
(料理という名の殺人兵器を思ってたのですが……美味しいですね)
「この水を少なめに炊いたご飯の硬さがカレーに合うんですよねー! それにこのカレーの深みは数日物ですね!」
満足しながらサンドイッチを食べ終えると、朔耶はジュースを飲み始める。
オレンジ特有の甘さと苦さが冷たく冷やされて喉をすり抜けていく。
「こ、このバナナジュースは……甘い! けど美味いー、このザラザラ感がまた!」
どうやらバナナ特有の濃厚な甘さと少しの酸味、牛乳と氷を混ぜてミキシングされているからか砕かれた氷も美味しいのかも知れない。
食べ物に集中しながら、2人は……厨房から体を生やし頭に銀のトレイを突き刺した店長の姿を見ないようにしているのだった。
「いらっしゃいませェ、お客様ァ。ようこそ入らして下さいましたァ♪」
黒百合がとっても素敵な笑顔を浮かべながら、店に入ってきたお客様を出迎える。
何と言うか、喫茶店ではなく黒魔術の儀式場に招かれたような気がするがなんだかその笑みが可愛く見えてしまう。
しかし、黒百合の案内を無視するかのごとくギャルっぽい派手な衣装に身を包んだ菊開 すみれ(
ja6392)がズカズカと4人掛けのテーブルへと歩いていく。
短いスカートがヒラヒラして今にも中が見えそうだ。
というか、トレイを突き刺した店長が覗き込んでるぞ! あ、踏まれた。
「お客様ァ、お席の移動をお願いできませんかァ?」
「え? こっちは客なんだけど? それより、注文いい?」
怒りを店長を踏む事で堪えながら黒百合は、すみれに席の移動を頼むが携帯を弄くりながらその頼みを無視する。
しかも片手間でメニューを覗き込み、決めたのかテーブルに投げると口を開いた。
「BLTサンドちょうだい。辛いのイヤだからマスタードは入れないでよ」
「も、申し訳ございませぇん。当店ではその様な商品は取り扱ってはおりませんので、諦めてくださいィ」
「は? BLTサンドないとか、マジありえないんですけど? 店長どいつよ?!」
どうやら矛先を店長に向けようとするタイプのクレーマーのようだ。
何時ものすみれらしからぬ行動だ。
「あァ、店長はいま……私の足の下に居るわァ」
「くっ……ホットパンツを穿いた少女に踏みつけられるなんて……夢のような状況だ!」
「は……きゃっ!? ちょ、だ、大丈夫で――はっ、演技演技……チョー受けるんですけどー!」
……どうやら厄介そうな客を演じているだけだったようだ。
「……どう考えてもただの変態やん、店長。それはともかく、あたしは今から鬼教官になる!」
哀れな目で店長を見ていた九条 穂積(
ja0026)が竹刀片手で、宮子と瑞穂の前に立つ。
一応水着モデルをした時に見かけた事がある筈だから初対面ではないだろう。
「いらっしゃいませにゃ♪ こちらの席へどうぞにゃよ〜♪」
「あぁ、恥かしい……でも、でも、あぁ、注目されていますわぁ……!」
魔法少女状態になっている宮子はノリノリにお客様への対応を行っているが、瑞穂の方は羞恥心を抱きしゃがみ込んでいる。
ちなみにボロボロに踏みつけられている店長がそのしゃがみ込んでいるホットパンツに熱い視線を注いでいる。
この屈んだ時に出来るむっちりした喰い込みがいいんだよ。とか呟いているが……誰か口を封じてあげてください。
「例えどんな無理難題いうお客様がおってもお客様は神様やで! 執事のあたしがおるからにはスタッフに妥協は許さへんで!!」
無理難題言うお客様=店長と仮定しているのか、穂積は竹刀で床を叩くと2人を見る。
そんな穂積の肩と瑞穂の肩に店長が手を置く。
「ならば、スタッフの心意気を知ろうじゃないか! さあ、キミも今すぐホットパンツを穿くんだ!!」
「はははっこやつめはははっ……穿けるかー!」
「店長、訴えられたくなければお止め下さいな?」
「お触りはメッ、にゃよ!」
「え、肩ポンだけでもセクハラ発言!?」
三方向からの冷たい視線に店長涙目。だけど、店長諦めない!
「これはセクハラなんかじゃないんだー!」
「あたしの体を自由にしてえぇんは将来の主人と旦那様だけや!」
「あべしっ!」
穂積へと襲い掛かる店長へと、彼女の握る竹刀は振り下ろされた。
「珈琲以外全部欲しいの」
そう若菜 白兎(
ja2109)が白いホットパンツとそれに付いた兎の尻尾のような飾りを揺らしながら店員に注文したのが数十分前。
そして、白兎の前のテーブルにははみ出そうなほどに料理の載った皿があった。
「お腹を壊さないように注意して下さいね」
「大丈夫なの」
ウェイトレスだけでは持って行けない量なので沙羅も手伝って持ってきたが、食べる相手があまりにも小柄過ぎたので張り切って作った分心配となる。
だけど満面の笑顔を料理に向け、白兎は手を合わせると……いただきます。と言って、食べ始めた。
その近くの床で店長が山盛りのご飯を食べながら周囲を血走った目で見つめている。
……何か寒気がした。きっとホットパンツの少女を見ながらだとご飯が何杯でも食べれるぜと言いたいのだろう。
客の迷惑になりそうだが雇われている手前、沙羅は何も出来なかった。
しかし彼女は誓う、主任としてスタッフとなったからにはこの店を改革すると……!
手始めにホットパンツの不要を訴えよう。
そう彼女は心に誓うのだった。
ちなみに決意し遠くの空に向かって拳を握る沙羅の背後では、ホールスタッフの女性達に店長が蹴りを叩き込まれているのは言うまでもない。
「ちょ、なにこれ美味しいじゃない!」
頼んだナポリタンのケチャップとは違った味わいに舌鼓を打ちながら雨宮アカリ(
ja4010)は美味しさに驚く。
黒色サテンの艶光するドレスに着かないようにナポリタンをなおも食べる。
上に乗った半熟の目玉焼きの黄身がトロリと混ざりこんで味に深みが増していく。
昔ながらのウインナーの柔らかな食感、炒められて甘味が出た玉ねぎのシャクシャク感。
すべて残さず食べ終え、口をナプキンで拭くと近くに居たスタッフのスゥズを呼び止める。
「この料理を作ったシェフに是非お礼が言いたいわぁ。お手数だけれど呼んで下さる?」
「はーい、かしこまりましたーっ☆」
DJとしての経験を生かした状態で彼女は軽快なトークでお客を楽しませていたようだ。
ナポリタンの集中していたアカリの耳にもそんな感じのトークが聞こえた覚えがある。
それからシェフが来るのを待ちながらアカリは出されたお冷に口をつける。
表面に水滴が着いているが、水は冷たく口の中を綺麗に流していく。
「お待たせしました、この料理を作ったシェフです」
と、後ろから近づいてきていたらしく、背後から声がかけられた。
「シェフ、とても素晴らしい料理でし――ブフゥーッ!? げほげほっ」
水がアカリの口から霧となり、シェフ静矢へと吹き付けられた。
水も滴る良い男だ。とりあえず、咽る彼女のドレスがバッサリと開いた背中をポンポンと叩きながら静矢は声をかける。
「おや、雨宮さん……何かな?」
「し、静矢さん……そんな格好で何やってるのよぉ……」
「ん? 伝統的な料理人の衣装と聞いたのだが……」
まあ、そんな服装の料理人は海の家になら居そうだよね。
そんなまじめな表情の静矢に呆れ返りながら、アカリは感心するのだった。
「何をやるにも本気なのねぇ……恐れ入ったわぁ全く」
揚げ立てなのかトンカツは噛む度に衣がサクサクとし、肉が噛み応えたっぷりで噛む度に肉汁が口の中に染み込んで来た。
そして、備え付けの千切りキャベツは瑞々しくシャクシャクとし、甘さを感じられる。
(美味しいですね……っと、視線に慣れさせてあげないと)
トンカツ定食を頬張っていた舞草 鉞子(
ja3804)だったが、視線を店員達へと向ける。
厨房での仕事がひと段落着いたのか、雷がまかないとしてカツカレーやフレンチトーストを作ってホールスタッフの人達に配っているのが見えた。
「勢いとノリで作ってみました〜!」
喜びながらスゥズがカツカレーを頬張るのが見え、店長が動いているのが見えた。
男性にしては体の筋肉が少ないからか、女性のように見える雷だったりするからか……店長がついお尻を撫でてしまっているのが見えた。
「なに!? なにが起こったの!?」
突然の事で驚き、飛跳ねると慌てて辺りを見渡す。
しかし、店長はその場には既に居らず……鉞子に声をかけていた。
「そこの素敵なデニム生地のホットパンツを穿いたお嬢さん。俺の為にホットパンツを穿き続けてくれないか」
「ご飯が美味しかったからまた客として来ますが……そんな気は全くありませんからね」
「ちくしょう!」
すっぱりと振られ、店長は落ち込みその場で項垂れた。所謂、「orz」ポーズだ。
それを見ながら鉞子は足を組み替えながら、バナナジュースを飲むのだった。
その仕草を落ち込みながらもやっぱり店長は見ていた。
「……しかし、いっそ清々しいほどの変態だね。犯罪にならないギリギリで止めている……んだろうかアレ」
サンドイッチを食べ終え、食後の珈琲に口を付けながら御巫 黎那(
ja6230)は呟く。
どうやら、隅の席に座りずっと店長を観察していたようだ。
ちなみに給料が上がるという事で、彼女はホットパンツを穿いている。
(珈琲の味も悪くない……というよりも、コクと深みがあって美味いと思う。……やはり店長が何とかならないと駄目すぎるなこの店は)
そう思っていると、お冷を持ってきたポラリスが近づいてきた。
ニコニコと笑いながら、誰かと話をしたいと言うオーラが滲み出ている。
「ねえ、あなたはこの夏は水着で行くの? それとも浴衣?」
「今はまだ分からないな。きみはどうするんだ?」
「え、私はねー」
楽しそうに話しかけるポラリスに対し、黎那はどこか詰まらなさそうな表情を浮かべながら珈琲を啜る。
そんな彼女達のホットパンツ姿を何時の間にか移動していた店長がローアングルでデジカメで撮影する。
……炎の様に赤く冷めた眼差しで黎那は店長を見下した。そしてローアングルで撮影され続けていても気づかないポラリスに少しだけ、同情した。
(くっ! まさか、紅茶が無いなんて……いや、あったとしてもティーパックだと思いますが……)
心の中で絶望しながら、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)はメニューを見る。
諦めて、カーディスは注文を決めると近くのスタッフを呼び止めた。
「すみません、注文良いですか?」
『は〜い――あ、カーさん。こんにちわっ☆ 意外と見知った顔が多いね〜』
「こんにちわ、チェリーさん。何の違和感もありませんね。っとオレンジジュースと何かオススメを貰えませんか?」
『は〜い、かしこまりました☆ でも、可愛いチェリーをダーリンに見せたかったな〜』
そう言って、チェリーは厨房に注文を伝えに行った。
しばらくすると、オレンジジュースとホットサンドがカーディスの前へと届けられた。
「それではいただいてみますか」
ホットサンドを食べると、初めに表面の焼かれたパンのサクリとした食感……ハムの肉厚と塩味、チーズの濃厚な味わいが口の中で一体となる。
もきゅもきゅと食べながら、カーディスは感嘆する。
(これは美味しいです……ん、あれ……は?)
店長が居た。ホットパンツに熱い視線を注ぐ店長が居た……あ、気づかれて蹴られた。フライパンで殴られた。
「ホットパンツに熱い視線を注いでなにが悪いんだ! この喰い込みが良いんじゃないか! 俺は絶対に普通の制服として広めるぞ!」
(ホットパンツを……普通の制服と言い切る……だと!? この久遠ヶ原は濃い人ではないと生き残れない所なのでしょうか?)
少しカーディスは不安になるのだった。
そして、叫ぶ店長の顔面ギリギリへと凛子が蹴り上げるのだった。
「あら、ごめんなさい。いらしたのに気づかなくて」
●報酬はちゃんと払うから
「喫茶店で本当に必要なのは、心から安らげる雰囲気と真心こもったサービスではないでしょうか?」
喫茶店が再開する前日、店長へと沙羅が言った。
数日かけて、真心こもった調理で料理とドリンクをグレードアップさせ、他のスタッフのレベルも上げる事に成功した結果、沙羅はついに行動に移したのだ。
「……それは、どういう事だ」
「ですから、言わせていただきます。ホットパンツは不要です……お願いですから、止めてください」
そう言って沙羅はDOGEZAをする。
心からの懇願だという事を知らせる為だ。
「や、やだいやだい! ホットパンツじゃなきゃいやなんだい! 認めないと給料払わないぞ!」
……なんで駄々っ子っぽくなってるんだよこのオッサン。
それに反応したのは……グラルスだった。足元まで歩き冷たく見下すと……。
「貴方の言動には少々目に余るものがあるので、これは報告させてもらいますね」
「くっ、だったら……だったら、力づくで分からせてやるよぉ!」
店長は漢の生き様を見せるのだった……。
その日、喫茶店が再開し馴染みの客やカップルなどが入ってきたりした。
「「いらっしゃいませー」」
と、従業員達の明るい挨拶と美味しい料理でこの店は繁盛するだろう。
制服は白いYシャツ、黒ベスト、そして男性は黒いスラックス。女性は黒いプリーツスカートというゴシックながらも今風のデザインの制服だった。
そして、その場には……店長は居なかった。
……あの、何か掃除用具入れの扉が力いっぱい釘打たれて閉鎖されているのですが、何かあったのですか?
「カツカレーあがりましたー!」
沙羅の胸の名札には店長代理と書かれていた……あ、乗っ取った?
こうして、ホットパンツ喫茶店は普通の喫茶店へと生まれ変わり、真心のこもった接客と美味しい料理でおもてなしをする店となったのでした……。
めでたし、めでたし――バキッ!
完結しようとしてた瞬間、掃除用具入れの扉の一部が砕かれ手が伸びた。
『まだだ、まだ終わらん! 終わらせて溜まるものか! ホットパンツが駄目だったら今度はアレだ! あれなんだーー!!』
……どうやら、店長の欲望はまだまだ尽きないらしい。