「あ、あの、よろしくお願いしますっ」
集まったメンバーたちに向け、春苑 佳澄(jz0098)が緊張した面もちでぺこりと頭を下げた。
が、顔を上げると幾人かの見知った顔が。
「また一緒になりましたね」
淡々と挨拶を返すアートルム(
ja7820)。
「ああ、あのアホ後輩か‥‥」
そしてクジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)の二名は、佳澄が乱入騒ぎを起こした際、その場にいたメンバーだった。
「今度は突撃なんかするなよ? ‥‥したらもう一回殴るからな」
「う‥‥わ、わかってますよー!」
クジョウの言葉に拳骨の痛みを思い出し、脳天を押さえる佳澄。
「神楽坂 紫苑(
ja0526)だ。よろしく頼むな? あまり緊張しないようにな」
切れ長の目を柔和に緩ませ、紫苑が声をかける。
「‥‥‥‥肩の力を抜いて‥‥、三節棍から伝わる‥‥感覚を大切にするといいですよ‥‥」
「は、はい! ありがとうございます!」
糸魚 小舟(
ja4477)も穏やかな微笑を彼女に向けて、そっと力づけた。
「私も、今回が初依頼なんです」
「えっ、そうなんですか?」
功刀 凛(
ja8591)が言うと、佳澄は驚きの声を上げた。
「学年も一緒みたいですし、一緒に頑張りましょう」
「わあ、そうなんだ! うん、頑張ろうね!」
立場の近いものの存在は、互いに心強いものだろう。佳澄の表情もぱっと明るくなる。
「あまり力みすぎず、みんなで頑張りましょう〜」
森林(
ja2378)の言葉にみなうなずき、一行は目的地へと出発した。
●
地下駐車場に足を踏み入れた一行は、注意深く辺りを見回して巣の位置を確認する。
「蜂退治ねえ? 数多いのは、うざいんだが」
紫苑が面倒そうにため息をつく。しかし、口ではそう言いつつも手を抜くつもりはない。その手にはめられた黒の手袋がその証だ。
「どれ、じっとしてろよ? あんまり保たないがないよりマシだろう‥‥」
女王蜂へ接近する役目を担うクジョウとアートルムに、抵抗力を増す聖なる刻印を刻んだ。
「いいか、俺たちの役目は陽動だ」
「女王蜂狙いの人が動きやすいように、私たちが道を作ってあげないとね♪」
鐘田将太郎(
ja0114)と守叉 典子(
ja7370)の二人が佳澄の両脇に立ち、作戦内容を伝える。
武器を握りしめ、今にも突撃しそうな佳澄を将太郎は心配そうに見下ろし、忠告する。
「春苑、真っ先に動きたい気持ちは分かるが、まずは先輩たる俺らの戦い方を見てな」
「え‥‥」
「黙って見てろとは言わん。自分のできる範囲で攻撃すればいい。ただし! ここに来る前みたいな勝手なことはするな。それだけ言っておく」
彼女の起こした騒ぎの報告書に目を通していたこともあり、将太郎はあえて厳しい口調で佳澄に警告した。
「それじゃ、行くぞ!」
将太郎の号令で、彼のほか典子、凛、佳澄が一斉に飛び出す。森林は一歩引き、陽動部隊のサポート役に。
鬼道忍軍であるアートルム、小舟はそれぞれ遁甲し、女王蜂の側面へと回り込む。そしてクジョウ、紫苑の二人も陽動部隊から離れ、柱に身を隠しながら女王蜂へと接近を開始した。
陽動部隊で一歩先んじたのは──まさかというかやはりというか、佳澄だった。
本人は歩調を合わせているつもりでも、やはり気が急いているのだろうか。
「あ、あんまり他の人から離れないでくださいっ!」
後方から森林の警告が飛ぶが、簡単には止まれない。
女王蜂の周辺を飛んでいた働き蜂の群が気配に気づき、あたかも一個の生物であるかのようにまとまって陽動部隊へと飛来する。
「ええーいっ!」
佳澄はその群の先頭に向かって、気合いと共に棍を叩きつける。鋭い一撃が蜂を数匹まとめて潰した。
だが、相手は総勢五十匹の多勢である。一撃くらいでどうにかなるわけもなく、佳澄はあっという間に働き蜂の群に囲まれてしまった。
それを見て凛がヨーヨーを顕現し、蜂の群へと投げつける。見た目はあれだが、立派に戦闘用の武器だ。佳澄の間近にいた蜂の頭をはじき飛ばし、敵の注意をこちらにも向ける。
森林も和弓で援護射撃をし、働き蜂の群を散らす。その隙に将太郎と典子が佳澄に合流した。
「真っ先に飛び出すなって言ったろうが!」
「ご、ごめんなさい」
将太郎は厳しく叱責しながらも、佳澄をかばうようにして彼女の前に立った。
「さてと、味方のためにも派手に暴れますか♪」
典子も大太刀を抜くと、ほかのメンバーより一歩前にでてより多くの蜂を引きつける構えだ。
「後ろからのサポートはお任せください」
背後からは森林が声をかける。
そして、少し離れた位置の凛も、佳澄と目が合うと笑顔を返してくれた。
(仲間と戦うって、こういうことなんだ‥‥!)
頼もしい味方に囲まれて、佳澄は密かな感動を味わっていた。
働き蜂の一体一体は小さく、攻撃をまともに当てれば確実に仕留められるが、全ての敵を近づけさせずに捌くのは至難の業だ。
そんな中で、典子は傍らの佳澄の動きがまだ危なっかしいこともあり、あえて派手に動いて敵を引きつけていた。
当然、敵の攻撃を全て躱すことは出来ない。
典子が背中にずきりと痛みを感じた瞬間、一瞬だけぐにゃりと視界が歪んだ。
「‥‥!?」
すぐに正気を取り戻す。しかしその一瞬の間に彼女の眼前にいた働き蜂の群が集まり、巨大な──女王蜂よりも巨大な一匹の怪物となっていた。
「いつの間に‥‥!」
見上げるような巨大な敵に、しかしひるむ彼女ではない。すぐさま大太刀を振りかぶり、敵に向かって叩きつけた。
「うわっと!」
その一撃を受けたのは、将太郎である。
「守叉さん!? ‥‥くそっ、『幻惑』か!」
蜂の攻撃そのものは大した威力はないが、その針に仕込まれた幻惑の毒は恐ろしい。なにしろ、味方が強力なら強力なだけ、脅威となって返ってくるのだから。
将太郎に、さらにヨーヨーの一撃が迫る。凛だ。
だが、これは何とか躱した。
凛は針の攻撃を受けないように、できるだけ動き回っていたのだが、それでも敵の数が多すぎて、全てを回避することはできなかったのだ。
幸い、『幻惑』の効果時間は短く、典子も凛もすぐに我に返った。
やや離れた位置から味方を援護する森林の耳元で、カチカチという音が聞こえた。
それが威嚇音であると気づいた次には、働き蜂の大顎によって二の腕を切り裂かれていた。
「くっ‥‥!」
痛みに顔をゆがめながらも、ピストルを顕現させて至近距離から蜂を撃ち抜く。
彼の位置まで敵が来ているということは、前方の四名にはそれ以上に敵が群がっているということだ。
陽動部隊に狙い通り働き蜂が集まっているのを、女王蜂の側面からアートルムと小舟が確認していた。
息を潜め、気配を殺す二人の周りに働き蜂の姿はない。
同様に、女王蜂の周囲にも働き蜂の姿が消えている。巣から絶えず飛び出していく影はあるが、それらは陽動部隊の元へ補充として送り込まれていくものたちだ。
アートルムは背後の小舟を振り返り、そっとうなずく。
小舟も無言でうなずきを返した。
(‥‥この方は信頼できる)
この依頼が初顔合わせの二人だが、出発前のブリーフィングでのアートルムの態度に、小舟はそう感想を抱いていた。
彼の指示を受けることに、戸惑いはない。
二人は息を合わせ、女王蜂の元へと一気に距離を詰めた。
まずは小舟が、苦無の一投を投じる。聖なる刻印を受けていない彼女は女王蜂の目を見ずに、遠目から確認していた記憶だけでそこを狙った。
その一撃は狙い通り、その巨大な複眼の一端を捉える。体液が吹き出し、女王蜂が身をよじった。
間髪入れずにアートルムが距離を詰め、鉤爪で女王蜂の体躯を薙いだ。
女王蜂がさらに身をよじり、アートルムの視界に複眼が映り込む。だが事前に刻まれた刻印の力か、彼が魅了に囚われることはなかった。
鬼道忍軍の二人が攻撃を仕掛けたのを確認し、クジョウと紫苑も動いた。女王蜂への攻撃は彼らが本命だ。
眼をのぞき込まないように注意しつつ、紫苑が和弓による一撃を放つ。天界の加護を受けた彼の攻撃はディアボロに有効だ。
「もらった評価以上の働きをさせてもらうぜ‥‥我が聖なる力を舐めるなよ」
クジョウはブルウィップを居合い刀の様に腰に構え、敵の顔面めがけて高速で振り抜く。アウルを乗せた衝撃派が弧を描き、狙い通りに女王蜂の複眼を深く抉った。
クゥーウウゥゥゥウ‥‥。
駐車場内に、女王蜂の発した悲鳴が響きわたった。
そのとき、佳澄は指示に従って働き蜂を相手に戦っていたところだった。
そこへ響いた女王蜂の悲鳴。彼女は思わず声のした方へ視線を向けてしまう。それは、あまりにも不用意な行動だった。
女王蜂の複眼は大きく傷つけられていたが、その眼が完全に潰れたというわけではなかったのだ。
「‥‥‥‥ふぁ」
唐突に、佳澄の動きが止まる。
「春苑!」
異変に気づいた将太郎が声をかけたが、一手遅かった。
佳澄はくるりと身体の向きを変えて将太郎を見たが、それは明らかに彼の声を聞いての行動ではなく。
次には三節棍を構えると、将太郎に打ちかかってきた。
思いの外鋭い打ち込みを躱しきれず、肩口をしたたかに叩かれる。
「ぐぅっ‥‥!」
新人撃退士とはいえ、阿修羅である彼女の攻撃力は侮れない。といって本来は味方である彼女に反撃することもできない。
アートルムは、佳澄の異変を遠目から確認していた。
まだ息がある女王蜂へ追撃しようと再接近する中で、ふと機転を利かせて身につけていたマフラーを外し、広げる。
(上手く行くでしょうか‥‥)
そしてそのマフラーを、女王蜂の複眼に覆い被せた。本来ならマフラー程度では複眼全体を隠せないが、その大半を破壊された今ならば隠しきることが出来た。
果たして、その効果があったのか。
佳澄は大きく身体をふるわせると、糸の切れた操り人形のように膝から崩れた。
「春苑さん!」
背後から駆け寄った凛が彼女の身体を抱き止める。
「あ、あれ‥‥?」
頭を振ってぼやけた意識をはっきりさせた佳澄は、自分がなにをしていたのかを思い出そうとする。
「あ、もしかして、あたし‥‥今」
「まだ戦闘中だ。しっかりしろ!」
だが将太郎に叱咤されて、まだ敵はいるのだということに気づく。凛に礼を言って立ち上がると再び武器を握りしめ、働き蜂に向かっていった。
クゥーウウゥゥゥウ‥‥。
紫苑の放つアウルの矢が再び女王蜂を捉え、甲高い悲鳴を響かせる。
巣から新たに働き蜂が出現するが、紫苑を狙うその動きは小舟が遮った。
アートルムは女王蜂の複眼を鉤爪でさらに抉り、厄介な特殊能力を封じ込めていく。
攻撃手段でもある働き蜂の大半を陽動部隊によって引き離され、特殊能力をもほぼ封じられた女王蜂に、あらがう術は残されていなかった。
最後はクジョウが鞭を一閃させる。
鞭先が女王蜂の首を捉え、そのまま首から上をはじき飛ばした。
悲鳴が止み、女王蜂が動かなくなる。
「浄化完了。さて、あとは残存の掃討か」
陽動部隊の方にはまだ多数の働き蜂がいる。クジョウたちは彼らを援護すべく駆けだした。
結果からいえば、この後は苦戦するような事態は起こらなかった。
女王蜂が死んだとたん、働き蜂の行動に意思が感じられなくなり、複数で一度に襲ってくるようなことがなくなったからだ。
「ほらほら、あたしはまだまだ元気よ〜、かかってきなさい!」
大太刀を振り回す典子の周囲には相変わらず多数の蜂が飛び交ってはいるものの、反撃は散発的なものにとどまっていた。
逆に言うと、経験の浅い佳澄や凛にとっては、この状況は戦闘に慣れるには絶好のシチュエーションである。先輩撃退士たちの援護を受けながら、二人も順調に敵を倒していった。
巣から新しい蜂が出現することもなくなり、敵の数はあっという間に減らされていく。
凛が華麗な回し蹴りで働き蜂を蹴りとばし、残す敵はわずかとなる。
「よし、最後の一匹っ」
佳澄が眼前を飛び回る蜂に狙いを定めていると、討ちもらしの一匹が背後から‥‥。
だが、その細い首筋に針が刺さる前に、森林が遠距離からの一撃でそいつを仕留めた。
正真正銘最後の一匹となった蜂を佳澄が叩きつぶし、討伐は無事完了したのだった。
●
「皆、大丈夫か? 見せてみろよ」
紫苑が全員の状態を見て回り、回復を施す。皆なにかしらの負傷は負っていたが、彼の回復でほとんどのものは全快した。
「敵を素早く倒すのもいいが、数人で協力した方が効果的な時もあるぞ? まあ、慣れてないんだから、焦りすぎるなよ」
「はい」
腕に負った怪我を診てもらいながらの紫苑の忠告に、佳澄は素直にうなずいた。
負傷が残ったのは積極的に敵を引きつけていた典子と、幻惑や魅了にかかっていた味方になぜか片端から狙われた将太郎くらいだ。
「あの‥‥鐘田先輩、すみませんでした」
まだ腫れの残る肩をさすっている将太郎に、佳澄が頭を下げる。
「いや。それよりも初めての戦闘、どうだった? 自信、失くしたか?」
「それは‥‥」
「どうあれ、これが撃退士の仕事だ。覚えておくんだな。‥‥戦闘中は、厳しくしてすまん」
「い、いえ。そんな!」
逆に頭を下げられて、佳澄は慌てた。
そこへ典子と凛がやってきて、同じように将太郎に謝罪する。
その後で、典子が佳澄と凛の肩に手をおいて、言った。
「間違いは誰にでもあるけど、それに気づかず正せなければ成長なんて出来ないわ、お互いにね♪」
「守叉先輩‥‥?」
軽い口調だったが、その言葉は佳澄にはやけに重く響いた。
「初依頼、お疲れさまでした〜」
「お疲れさまでした」
森林とアートルムもやってきて、佳澄を労った。
「これなら、先生方も見直してくださるのではないでしょうか?」
「そうだといいんですけど‥‥」
「‥‥信頼を得られるかは‥‥、日々の行動の積み重ねだと‥‥自分を省みて‥‥、思います‥‥。これからも‥‥頑張ってください‥‥」
「糸魚先輩、ありがとうございます」
穏やかな微笑をたたえ、小舟も激励する。
「春苑さん、お疲れさまでした!」
「功刀さん、‥‥えへへ、お疲れさま!」
凛が佳澄に声をかけると、やっと少しは気がほぐれたのか、佳澄も気安い笑顔になった。
(天魔退治って言うのは、仕事よりも生き方に近い)
クジョウは少し離れた位置で、佳澄に目を向けていた。
正直なところ、この依頼を始める前は彼女を撃退士として──仲間として扱っていいのか考える部分も彼にはあった。
だが、こうして協力して依頼をひとつ終えることが出来た今、その答えも出たようだ。
(お前は‥‥まあ、いいんじゃないかね?)
こうして今回の依頼は無事達成され、春苑 佳澄への心配も杞憂として処理された。
とはいえ、これはまだ最初の一歩。
新人撃退士がこの先どんな存在になっていくか‥‥それはまだ、誰にもわからない。