*
黒夜(
jb0668)は言う。
なんつーか、不思議な光景だったな。
何でレガ(jz0135)が婆ちゃん達に応援されてるんだ? って、はじめはわけわかんなかったし。
●
「ほれ、そこだべぇ! ずばっとやっちめぇ!」
「やっちゃんあんまり口開けっとぉ、入れ歯飛んでくよぉ?」
「そったら一大事だんねぇあっはっは!」
老婆達のもとへ、鈴代 征治(
ja1305)が駆け寄って声を掛けた。
「お待たせしました。撃退士ですっ」
「あんれぇ、まぁたげきたいしーさんが来なさったねぇ」
「にぅ?」
また、と言われて狗猫 魅依(
jb6919)は首を傾げた。この地へ派遣されてきた撃退士は自分たちだけのはずだ。
「‥‥レガだ」
道の先を見て、君田 夢野(
ja0561)が呟くように言った。
「まだ埼玉におったんか。案外働き者さんやね」
「ってことは、あっちはサーバントか」
蛇蝎神 黒龍(
jb3200)の言葉を黒夜が引き取った。
「‥‥あれは悪魔ですね。危害を加えられなくて良かった」
征治が老婆達にあっさりとレガの正体を告げたが、老婆たちはまったく戸惑う様子も見せない。
「へぇ、悪魔?」
「なんもされんかったけどねぇ」
「こんなばあちゃん食べても美味しくないんだべぇ、あっはっは!」
「婆ちゃんたち元気いいな‥‥」
逆に黒夜が若干戸惑い気味である。
「危ないから離れた方がいいですよ」
夢野は静かにそれだけ告げて、前に進む。
「そうそう、お婆ちゃん物飛んでくるからせめて何かの陰にでも!」
亀山 絳輝(
ja2258)が老婆達に、畑の中に建つ物置を示した。
黒龍は道を駆けながら、レガに向け意思を飛ばした。
レガがサーバントを殲滅しようとしているのは明白だ。こちらの目的もそれは同じ。
(それなら、一緒にやった方がええんとちゃいます?)
早い話が共闘だ。相手に断る理由もない、と思えたが──。
──やりたければ勝手にやるといい
レガの返答は、そんな素っ気ないものだった。
「レガ、利害は一致するな?」
夢野が、こちらは口頭で言った。
「来るなと言っても戦わせてもらうぞ、撃退士(おれたち)は撃退士(おれたち)の仕事をする」
まるでレガの返答をあらかじめ承知していたかのように一方的に言い放つと、和弓の弦を引き絞り、放った。レガは一瞬笑った様な表情を見せた後、再び戦いへと没頭していった。
*
蛇蝎神 黒龍は言う。
不思議な光景──確かに今はそうかもしれんね。
でも、ボクはこれを何時もの光景にしたいんや。
人と天魔と撃退士が行き交い認め合う世界をな。
ボクからしたらこの事が三峯で悪魔と共闘する起因になったと思うし、大きな前進やったね。
でもレガの写真、使うことになるとは思わんかったわ。一枚撮らせてもらうんやったなぁ‥‥。
●
夢野は舗装された道の中央に立ち、矢を射かけながら戦いの様子を探る。
サーバントは後続が詰めかけてきており、数は両手の指に余る。レガは畑の方に誘い込むように動きながら拳で相手をしているが、三つ叉のサーバントは金属質のボディが示すとおり耐久力が高いのか、レガと言えども破竹の勢いとはいかないようだ。
(こりゃ、花見の時とは具合が違うな)
それでも、あっちは放っておいてもどうせ死なないだろ、と軽く思える程度の余裕はあった。それよりこちらのことだ。
夢野はこちらに向かってくる個体を優先して狙い、意識を彼自身に向ける。敵の一体が胴体をぐにゃりと折り曲げて、白く輝く光弾を射出してくる。
「おっと!」
夢野は飛び退いて避けた。光弾はそのまま舗装路を舐めるように後方へ飛ぶ。
もちろんそこには征治がいる。彼は咄嗟に顕現したワイヤーでもって光弾を受け止め、弾き飛ばした。
「僕達が絶対に守ります。安心してください」
「あれまぁ。どうすんべぇうめちゃん、あたし惚れちゃいそうだよ」
「やめたげなぁ、こんなしわくちゃ婆にしな作られてもかぁわいそうだぁあっはっは!」
「あっはっは!」
「はいお婆ちゃん危ないから、ね」
あくまで陽気な老婆たちを絳輝が誘導していた。
レガは今は地面に降り、直近のサーバントに格闘戦を仕掛けていた。
「なかなかいいぞ!」
ブラックウルフ・ヴィアがサーバントを攪乱するように動き回ってレガを援護している。レガは活き活きとサーバントを殴り、蹴り飛ばしていたが、よく見ればその脇腹が血に染まっている。
(もしかして、この前の怪我が残っとったんか)
黒龍はその様子に気づいたが、彼の横に並ぶことはしない。
(勝手にやらせてもらうで。‥‥それで、ボクたちと共闘する楽しさを知ってもらうんや)
*
狗猫 魅依は言う。
サーバントは他の人とか、レガに気を取られているみたいだったよ。
とにゃれば、ナイトウォーカーの出番‥‥
せっかく三人もいるし、派手に決めたいよにぇ。
‥‥んぅ、あのブラックウルフの仔はにぇ、触りたかったの。
●
「ここならとりあえず安全かな」
腰をさすっていた老婆を抱えてその場に降ろした絳輝は、大げさに手を振る彼女らに抑えるようにジェスチャーしてから戦場へと舞い戻る。それを見て、征治も動き出した。
夢野は距離を取っていることもあり、最前線にいるのは未だにレガとヴィアだけだ。レガは三つ叉の胴体を両腕でつかむと、膂力でもって振り回し周りを蹴散らす。それでもすぐに新手が彼に殺到していた。
「そろそろ面倒だ」
レガは左手を前に出しながら、低く後方へ飛んだ。しかしその瞬間を待ちかまえていたかのように、正面の一体が両肩──のように見える所──から雷撃を撃ち出した。
「‥‥ぐっ!?」
雷撃を浴びたレガの動きが止まった。広げた翼を縛るかのように、電気の帯が絡みついている。
レガを狙っていた三つ叉が一斉に身体を折り曲げ、光弾の発射姿勢にはいる。
「──レガ!」
想像していなかった光景に、夢野は思わず叫んだ。
派手な爆発音は、しかしサーバントの群れの中心から響いた。
花火のように舞い散る炎の中で、突如の攻撃を受けた敵がまるで鍵をかけられたかのように動きを固くする。
敵の右側面から姿を現した黒夜が、反対側をみた。
「黒!」
「はいな」
左に漂っていた黒霧がふいに一カ所に集まって無数の剣となった。剣は意思を持って飛び、サーバントに襲いかかる。霧の後には黒龍が不敵な笑みを浮かべていた。
奇襲を受けて、サーバントはレガへの砲撃を中断し、散開しようとした。
だが此方の攻撃はまだ終わっていない。ナイトウォーカーは三人いるのだ。
魅依は黒夜たちとタイミングを合わせ、正面やや右から群れの中央を狙った。
「ぶっとべぇ!」
サーバントからすれば、彼女が生み出した花火は槍のつぶてであるように感じたことだろう。
魅依のファイアワークスに巻き込まれた三つ叉は、まさしく彼女の言葉通りにぶっとんだ。
一拍の間を置いて征治が駆け込んできた。ディバインランスを握る両手に、光と闇を纏わせて。
「でやあっ!」
花火から逃れたサーバントの一体に、混沌の片鱗を叩き込む。三つ叉の一本が根本から砕け、バランスを崩した独楽のように不安定にくるくる回った。
それで活動を停止したわけではなく、回転が止まると征治に向き直る。叉の根本には目らしきパーツがあって、それが自分を見ていると征治は感じた。
だが反撃が来る前に、前方で一際規模の大きい爆発が起きた。目の前の敵も巻き込まれて吹き飛ぶ。征治の所には風だけが来た。
レガが態勢を立て直して範囲魔法を放ったのだ。征治を巻き込まなかったのは意図的か、たまたまだったのか。
一瞬、目があったような気がした。しかし征治は何も言わずすぐ顔を背けると、槍を構えなおして残った敵に向けて突撃した。
相次ぐ範囲攻撃でサーバントの数は一気に半減した。生き残ったものが反撃に移る。
うち一体が、とがった身体の先を舗装路の中央に打ち込んだ。全身が小刻みに震え始めたと思ったのもつかの間、すぐに周囲の地面が地震のように揺れだしたのを、撃退士たちも感じることになる。
「‥‥んに?」
魅依はサーバントの一体に狙われているところだった。光弾に道化人形から生み出した刃を撃ち込んで方向を逸らさせようとしながら、横へ飛んで躱す。
だが起きあがろうとしたところで揺れでバランスを崩した。接近され、硬い胴体に殴り飛ばされて魅依は地面を転がった。
「っく、なんだこの揺れ‥‥」
黒夜も揺れに捕まり、身体の自由をいくらか奪われていた。彼女の元には二体のサーバントが向かってくる。
ワイヤーを繰り出し、黒夜は敵の動きを止めようと試みる。細い糸が三つ叉に絡みついて食い込んだが、浮遊する敵はそのままの状態で黒夜に迫り、胴体を叩きつけようとした。
獣のうなり声が風に乗って聞こえ、次の瞬間三つ叉は地面に引き倒されていた。
「‥‥ヴィア!?」
レガのディアボロである狼は、飛びついた三つ叉の根本に噛みついていた。鋭い牙が金属質の敵の身体も易々と喰い破り、その動きを止める。黒夜の方を振り向きもせずにそこから駆け去っていった。
「黒夜ちゃん! 無事か?」
直後に、彼女を気遣う声がして、黒龍が駆けつけてきた。黒夜に迫るもう一体を背後から刀で斬り伏せつつ、彼女を守るように前に立つ。
「ああ‥‥大丈夫だ、黒」
(助けてくれた‥‥って訳じゃないんだろうけど)
潜行状態に入ったのだろう、狼の姿を敢えて探すことはせずに、黒夜はその手に残る毛皮の手触りを、ほんの少しだけ思い返した。
地震を引き起こしていた個体の元へ征治が辿り着いた。低く鋭く飛び上がり、槍を突き込んで敵を地面から引きはがす。
絳輝は倒れていた魅依へと回復を施した。アウルの光に包まれた後、魅依はゆっくりと目を開けて、ぱっと跳ねるように起きた。
「大丈夫か?」
「みぃー‥‥平気」
自分自身でも回復スキルを使うと、魅依は後方からの援護に回った。
●
*
君田 夢野は言う。
婆ちゃんたちの声援はずっと続いてた。俺たちにも、レガにも、分け隔てなくな。
‥‥個人的に、老婆とレガの組み合わせってのは胸に刺さるものがある。
あいつは、なにを思って戦っていたんだろう‥‥な。
*
その後、敵の数は順調に減っていった。攻撃を積極的に引き受けていた征治の負傷は嵩んだが、彼自身と絳輝の回復で重傷には至らなかった。
黒夜や黒龍の元にも向かっていくサーバントはいたが、夢野がフォローすることで集中的に狙われることはなかった。
そしてレガは、全身に怪我を負いながらも最後まで前線で躍動し続けていた。
道の上に畑の上に、二十体のサーバント──の残骸が転がっている。
レガの方はと言うと、スーツはボロボロに裂け、身体のあちこちから血が滲んでいる。脇腹の辺りは不自然な色になっていた。
「ひどい怪我やな‥‥前のも残っとったんか?」
黒龍が進み出て、レガの傷をわずかばかり癒す。続いて、その後方に佇む狼も。
スキルの付加効果によって、一時的に彼らの気配は希薄になった。黒龍は、今日のところはそのまま立ち去ってくれればいい──と思った。
だが、レガは口を開いた。
「さて‥‥どうするね?」
まだ続けるか、と問うたのだ。
黒龍の回復の後でも、レガの様子はほとんど変化がない。それだけ傷が深いのは明らかだった。こちらも消耗しているとはいえ、好機では、ある。
だが、さして間をおかずに黒夜がぶっきらぼうに言った。
「ウチらが受けた依頼は、サーバントの討伐と民間人‥‥あの婆ちゃん達の保護なんでな。おたくの邪魔をしに来たわけじゃねー」
「にぅ?」
魅依はヴィアの前に屈み込んで、その目を覗き込む。その様子に敵意が感じられないせいか、ヴィアは微動だにせず静かに魅依を見返した。
「みぅん♪」
どう受け取ったのか、魅依はヴィアの首に取り付いてわしゃわしゃと毛皮を撫で始めた。
夢野や征治は無言でレガを見返していた。緊張感はまだ途切れずにあったが──。
「やぁ、終わったみたいだんべぇ」
「ご苦労さんやねぇ、あんたたちぃ! ほれ、飴でも舐めっか?」
「急いで出てきたもんでぇ、たいしたもんないけどねぇ。お煎餅はさっきあたしら食べちまったしなぁあっはっは!」
老婆たちがやってきて、それぞれに荷物を漁り出す。老婆たちは相手の反応などお構いなしにその手に菓子を押しつけていく。──もちろん、レガにさえも。
「なんだ、これは」
「甘くてうめぇよぉ」
棒つきキャンディをしげしげ眺めるレガ。身体から漲っていた緊張はあっという間に消えた。
夢野は、なおも無言でその様子を眺めていたが、やがて堪えきれなくなったように口を開いた。
「レガ、俺はお前が分からなくなってきた」
「うん?」
「お前は闘争を求め、俺達と死合い続けている。だけど、触れ合う人の警戒心を解き、惹き付けるような魅力もそこにある」
口にするほど戸惑うように、夢野は言った。お前は、一体、何なのかと。
「お前は‥‥俺達の敵か? それとも、それ以外の何かか?」
レガは夢野に向き直り、言った。
「根本が違うのさ。私と君では」
「‥‥根本?」
「私は君を友だと思うこともできる。だがそれは私達が敵である事実を覆す理由にはならない。考慮の必要もない」
迷う様子もなく、まっすぐに夢野を見る。
「なぁに、喧嘩かい? 若ぇ子は元気だねぇ」
「へぇ、うちおいで。茶ぁ淹れてあげるから」
老婆達が臆せず二人の間に入り込んだ。一人が夢野の手を取ったが、レガはその前に踵を返した。
「私は遠慮しよう。‥‥行くぞ、ヴィア」
ヴィアは全身を震わせてじゃれついていた魅依から逃れると、レガを追いかけていく。
その様子を、征治は鋭く見据えていた。
●
レガが去った後、絳輝は一行と離れて端末を取り出した。かすかに震える手で発信を選ぶ。
『──何かね』
返事があった。絳輝はすぅ、と息を吸い込む。
「数ヶ月、めいっぱい考えた。
人を殺し
戦いで笑って
酒を飲んで花を愛でた
そんなお前が好きだ。
いつか最後の戦いが来るとしても、
そのとき私はお前に武器を向けるのではなく
お前の隣で武器をとりたい」
どうだ、重いだろ。すまないな。
絳輝は笑った。
笑った後で、胸を抑えて。そこにある確かな想いを──声に。
「連れて行って、レガ」
電話の向こうで、ほころぶような笑いが微かに聞こえた。
*
亀山 絳輝は言う。
結局あの後いいともダメとも言われないまま電話切れたんだがどういうことだ!
秩父の大規模戦にはあいつ出てこなかったし連絡取れないし!
女の一大決心だぞ! 早く返事よこせバカやろーばかやろーばかやろー(エコー)
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鈴代 征治は言う。
‥‥レガ。あいつは危険だ。
学園生の中にはすでに奴に感化され共感しつつある者が出てきている。
あの時は民間人もいたから見逃したが‥‥。
早く倒さなければ、マズいことになるぞ。