公園の入り口は人でごった返していた。文 銀海(
jb0005)が早速、一般人を避難させるべくそこへ向かっていく。
「危ないので一度避難してください! これはショーじゃありません、下手をすれば大怪我ですよ!」
花見気分で気が大きくなっているのか、なかなかそこから離れようとしないものも多い。銀海は大声で危機感をあおりながら、順番に入り口から離れるように誘導していく。
公園内には紫色の奇妙な生物が多数はびこり、草木に取り付いては腐敗させていた。
「ええい、桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿という言葉を知らんのか!」
亀山 絳輝(
ja2258)は憤慨した。「とりあえず人と花を守るぞ!」言い放ち、ずかずかと進んでいく。
「楽しいお花見を邪魔するのはダメなのですぅ〜!」
神ヶ島 鈴歌(
jb9935)は大鎌を振るってナメクジを薙ぎ払いながら、まだ一般人が残っている方へ向かい、避難を呼びかける。
「桜も、皆さんも絶対に守って見せますぅ〜♪ 公園の外へ向かって移動してくださいですぅ〜♪」
(毎年毎年、懲りない連中だ‥‥)
〆垣 侘助(
ja4323)は無表情にナメクジを見つめている。
「何故毎年この時期になると桜を狙う敵が出てくるんだ」
そうですね(正座)
──ともかく、ほとんど唯一彼が執着している植物の危機である。侘助も敵を一掃すべく愛用の巨大ハサミを手に敵の掃討に向かう。
「‥‥本当にあいつなんだな」
黒夜(
jb0668)は、公園の中央で一足先に暴れている男──悪魔レガ(jz0135)の姿に呟いた。
「だいたい一年ぶりか‥‥結構律儀なヤツなのな」
「ヘンなヤツだよな」
隣で君田 夢野(
ja0561)が苦笑した。
「せっかくの花見日和に無粋な客もあったもんだ。とっとと片づけて──、一年来の約束を果たそうか」
●
絳輝は敵を払いのけつつレガの元へ向かった。
「レガ! あいつ等から先にやってくれないか?」
「ん‥‥?」
ナメクジの群に混じって、箱に手足が生えたようなサーバントが数匹、耳障りな音を立てながら公園に入ってきている。
「せっかくの桜が腐っては困るではないか」
「あっちの方が固そうでな」
絳輝はサーバントに親指を向ける。
「良いじゃないか、どうせお前お金持ってきてないだろ」
酒とつまみ代は奢るから! ──と言うと、レガはちょうど手に持っていたナメクジを地面に叩きつけた。。
「よかろう。だがそう言うならば桜はしっかり護れよ」
「さて‥‥」
絳輝はレガの代わりに残った紫色のナメクジを改めて見る。
「塩ぶっかけてやりたいほど多いな‥‥」
げっそりとしつつ、剣を振り出した。
箱型の所には侘助がいた。
距離を取り、衝撃波で敵を打つ。相手は長槍の先端を向けると、反撃しようと突っ込んでくる。
(‥‥うるさいな)
側に寄れば寄るほど敵の駆動音はけたたましく、侘助は集中力が乱されるのを感じる。
そこへ、レガが突っ込んできた。手近な一体を殴りつけ、蹴り飛ばす。
「ふん、言うほど固くもないぞ、絳輝!」
いきいきとして声を上げつつ楽しそうだ。
(なら、俺は別のを狙うか)
侘助は結果的にしばらくの間、悪魔と肩を並べて戦うことになった。
*
ナメクジはあちこちに散って桜を襲っている。公園内でもっとも大きな桜の周りにも例外なく集まってきていた。
そこにはレガの唯一の手勢であるブラックウルフがいて守備に当たっていたが、彼にできることはナメクジを前足で地道にプチプチつぶすことくらいだった。
「ヴィア〜! 大丈夫ですぅ〜?」
数の暴力に押されつつあったが、そこへ一般人の避難を終えた鈴歌が、自ら付けた狼の名を呼びながら駆けつけた。
「では少しの間一緒にがんばりましょぉ〜♪」
‥‥とはいえ、鈴歌もやれることと言えば鎌でナメクジをさくさく切り刻むくらいである。
なにぶん大きな木は目立つのか、向かってくるナメクジの数が多い。
「うぅ〜! 数が多いのですぅ〜!」
鈴歌たちの後ろへ回り込むように、ナメクジが数匹幹に取り付いた。
「あっ、ダメですぅ〜!」
鈴歌の悲鳴に近い声は、直後に響いた数発の爆発音にかき消される。それと同時に彼女の周りで炎が爆ぜて、ナメクジがまとめて消し飛んだ。
「──っと、大丈夫か?」
黒夜がファイアワークスで群れていたナメクジを一掃したのだ。
「ちゃんと桜は避けといたから‥‥それと、おたくもな」
鈴歌と桜はもちろん、ヴィアも無傷であった。
*
「やっと避難誘導の目処がついた」
銀海が公園の入り口から中に入ってきた。「私も戦闘に加わるよ」
「一人増えたくらいでは大して変わらん」
戦闘が始まった頃とは異なり、レガはつまらなさそうだった。何しろ敵の数が多い。
「面倒だ。まとめて吹き飛ばしてもいいか」
もちろん黒夜がやったように桜は器用に避けて‥‥なんてことをしそうには見えない。銀海は色めき立った。
「ちょっと待ってほしい。そんなことをしたら桜が木っ端微塵になってしまうよ」
「でかいのを何本か残しておけばいいだろう」
「──やれやれ」
夢野がため息を吐きつつ、進み出る。
「飽きてきたヤツがいるみたいだし、ソッコーで片づけるぞ。連中は俺がおびき寄せるから、俺に巻き込んで一掃してくれ」
「いいのか?」
「──俺がタンマって言うまではな」
夢野はなるべく木々から離れた土の上に立ち、歌い始める。
特別な魔力の込められた風に乗って公園内に広がると、桜の木に取り付いていたナメクジがまずは一匹、先端をもたげてそちらを見た。
次いで一匹、また一匹と、ナメクジが桜から離れ、夢野に群がっていく。特殊抵抗の低い相手にはまさに入れ食いであった。
が、いかに雑魚とは言っても敵の総突撃を受ける格好になった夢野は‥‥。
「これ結構痛いな‥‥おい、早くしてくれ!」
なんか魔装も痛んできてるし、ちょっとシャレにならないかも。
「わかった。本来のパワーは出さない様に気を付けるが‥‥我慢してくれよ!」
銀海が手を滑るように動かすと、彼の清流のような青いオーラが光を増した。夢野を中心とした範囲に群がるナメクジに一斉に強烈な圧力をかけると、柔らかな物体はあえなくぶちぶちと潰れていった。
「大丈夫か?」
「ああ‥‥なんとかな」
当然だが潰れることなく耐えきった夢野の周りには、範囲から逃れていたナメクジがまだ群がろうとしている。
レガが右手の指をこすりながらうきうきと銀海の前に出た。
「よし、次は私の番だな」
「タンマだ、タンマ! お前絶対手加減とかしないだろ!」
‥‥夢野は逃げ出した。
そんな夢野の体を張った作戦も実り、比較的早期のうちに公園から敵は一掃された。
「いくつか太い枝を折られている木もあるな‥‥だが、サーバントはもういないようだ」
公園内をぐるりと見回ってきた侘助がそう報告した。
「ふむ。ではようやく‥‥」
「花見、だな!」
レガの腕と台詞を取り、絳輝が嬉々として言うのだった。
●
「買い出し部隊到着っ!」
コンビニの袋を両手に抱えた絳輝たちが戻ってきた。
「花見の誘いなら事前に連絡くれれば良かったんだ。全然電話かかってこないし‥‥」
絳輝はぶつぶつ言いながらも買ってきたものを並べていく。
夢野は自分で用意してきたパックを取り出した。
「俺も成人したんでな。今年はこれだ」
「何かね」
「ジャパニーズ・オサケってやつだ。お前も折角だし酔ってけよ」
「ふむ?」
二つあるパックの片方をレガに差し出すと、レガは首を傾げつつ受け取った。
一方、侘助は買い出しの袋の中身を出してしまうと、立ち上がった。
「ん‥‥君は帰るのかね?」
レガが呼び止めと、侘助は無表情のまま口を開く。
「まだ、やることがある‥‥あんたたちは楽しんでいくといい」
「私は参加してもいいかな?」
入れ替わりにそう言ったのは銀海。
「アルコールは苦手だから、こっちだけどね」
彼はその手にジュースのボトルを持っている。レガは頷いた。
「私が拒む理由はないさ」
一団から離れると、侘助は端末を取り出す。
「まずは公園の管理者に連絡をするか‥‥」
傷ついた桜のケアをしなければいけない。彼からすれば、ここからが大事な仕事なのだった。
*
「よし、みんな飲み物持ったか?」
「中等部の君たちは、私と同じでいいかな?」
「ありがとうございますぅ〜♪」
というわけで、侘助以外の五人と一人と一匹は、一本の桜の木の下でめいめい紙コップを手にしていた。
「レガ、乾杯の音頭を頼む」
「なんだと?」
ピンときていないレガの耳に顔を寄せ、絳輝が乾杯の流儀を教えてやる。
「ふむ‥‥こうか」
レガは紙コップを突き上げた。
「乾杯」
「かんぱーい!」
コップの中の日本酒を一気飲みしたレガは僅かに顔をしかめた。
「ずいぶん変わった味だな」
「慣れればそれが良くなるのさ──と言っても、俺もまだそんなに飲んじゃいないが」
夢野は苦笑するともう一つパックを差し出す。
「それとも、お前はコッチが好きか?」
緑茶だった。
「ほう‥‥もらおう」
「そういえば、茶は上手く淹れられるようになったのか?」
それを見て黒夜が聞くと、レガは苦笑した。
「折を見て試してはいるが、意外と難しい」
緑茶のパックにストローを突き立てたレガは、まだ残っている酒のパックを見た。隣では銀海がジュースを手に、鈴歌が調達してきたお花見弁当に箸を伸ばしている。
「これは、君にやろう」
「いや‥‥私は、アルコールが苦手なんだと」
銀海は断固拒否。
「慣れれば良くなるらしいぞ」
「慣れる前にひどいことになってしまうよ‥‥」
何かトラウマなことでもあったのか、遠い目をする。結局、どれだけ勧められても銀海がアルコールを口にすることはなかった。
「ヴィア、きれいな桜なのですぅ〜♪」
鈴歌は離れて座っている狼の所まで行って、一緒に桜を見上げた。
共闘の礼を言っても、狼はただそこに座っている。鈴歌は構わず、ねぎらうようにして首筋を撫でてやっていた。
「まさか花見の誘いも来るとはな」
「また来年来いと言ったのは君たちではなかったかな」
レガに言い返され、黒夜は自分の頬をひっかいた。「ん‥‥そうだったかな」
「きれいだろ、桜」
黒夜は頭上を見上げた。薄く色づいた花弁は樹木いっぱいに広がって、空間を包み込むようだ。
「きっと、おたくに桜のことを教えた人は、この景色を見て欲しかったんじゃないのかな‥‥」
「散る様は勿論美しいが、この花が咲き誇る様は一層尊い」
絳輝が二人に並び、謡う様な口調で言った。
「‥‥だろう?」
「ああ」レガは頷いた。「悪くない」
「いつも敵でも今日は友。桜の下に敵は無しという事だな」
「ははっ‥‥そうだな」
銀海が言い、夢野は愉快そうに酒をあおるのだった。
「ところで‥‥ウチもこいつを撫でてもいいか?」
さっきから気になっていたらしく、時折ヴィアと戯れている鈴歌の方を気にしていた黒夜は、意を決した風で聞く。
「好きにしたまえ。私が言わない限りは暴れたりはしない」
「そうか‥‥じゃあ、遠慮なく‥‥」
黒夜はそっとヴィアの背中に触れた。
「あ‥‥ごわごわしてるな」
*
「ヴィアに花冠のプレゼントなのですぅ〜♪」
鈴歌は桜の花びらをあしらった花冠をヴィアの頭に乗っけた。
「想い出に写真撮っちゃいましょぉ〜」
「ああ、ウチが撮るよ」
(全く嫌がらないので)ヴィアを撫で続けていた黒夜はその声で顔を上げて立ち上がり、カメラをかざした。
「さて‥‥コンビニでプリント、できたっけかな」
「ああ‥‥楽しいなぁ、くくっ」
夢野はなんだかぐにゃぐにゃし始めている。
「様子がおかしいな、お前は」
「そろそろお酒は止めておいた方がいいかもね」
相変わらずジュースしか飲んでいない銀海にコップを取り上げられても愉快そうだ。
「レガ、俺はな‥‥お前のことが嫌いじゃないんだ。謂わば男惚れって奴だな」
またくつくつと笑う。かと思えば悲しげに眉尻を下げた。
「だけど、なぁ‥‥共存しようって言うには、また来年もって言うには、お前は少しやりすぎたよ」
夢野は目を閉じる。瞼に浮かぶのは荒廃した群馬の光景か、はたまた老婆の後ろ姿か。
「俺は、戦うのと同じくらい平和が好きだからさ‥‥」
だから、お前のことは倒さなきゃいけない──と、若干舌足らずな調子で夢野は言った。
「私は平和は好かん。退屈だからな」
ごろりと大の字に寝転がった夢野に、レガは言い放つ。そこが二人の、決定的な指向の違い。
「せめて暗澹気分よりは、愉しく死合いたいナァ‥‥」
「殺し合うのは、愉しいぞ。生きている実感があるからな」
夢見心地の夢野は、返事をしない。
「やれやれ‥‥大丈夫かい?」
銀海が眠り込んだ夢野の様子を見ているのを後目に、レガは立ち上がった。
「もう行くのか」
「ああ、桜は十分楽しんだ」
「レガ」
絳輝はレガの側へ寄ると、サングラスをはずした。
「私を傍においてみる気はないか」
「‥‥ほう?」
レガは面白いことを聞いたとばかり、絳輝を見る。
「私は‥‥そうだな、毎日お前が楽しんで健康になれる食事メニューが作れるぞ。部屋も驚くくらい綺麗にしといてやろう。闘い‥‥は、努力する。めいっぱい」
睨めつける様な悪魔の視線に臆することなく、アピールをして。
「退屈はさせないさ‥‥どうだ?」
にひ、と笑った。
レガは絳輝のことを存分に眺め回すと、言った。
「君には無理だ」
「‥‥無理って何だ」
「私の元に来ると言うことは、人を殺すということだ。君にできるかね、絳輝」
さらに追い打ちをかけるように、レガは告げる。
「あの女はその覚悟があった。だから下僕にしたのだ」
「私は‥‥!」
抗弁を聞く気はないとばかり、レガは背中を向けた。
「君は優しい女に見える。無理はしないことだ」
レガは歩き出す。そこへ、公園の外から黒夜が駆けてきた。
「なんだ、帰るのか? ──じゃあ、これ」
懐から紙包みを取り出し、レガに手渡す。
「今日撮った写真、プリントしたからさ。よかったら」
レガは中の写真をぱらぱらとめくるように眺める。
「貰っておこう。──では、またな」
軽く手を挙げ、あっさりと去っていく。
「ヴィア、またなのですぅ〜!」
主の後を追いかけていく狼の背に、鈴歌の声が飛んでいた。
次に会うのはいつ、どんな時であろうか。
●
侘助は公園内で黙々と作業を続けていた。
腐食し落ちてしまった枝は後で焼却するために拾い集め、傷ついた桜は腐食部分を切断して断面に防腐剤を塗布していく。
「この木は支柱を作った方がいいな‥‥」
また別の桜の元に行くと、絳輝がいた。
「木とて生き物だ。多少は効くはずだが‥‥」
傷ついた桜にヒールを施すと、優しいアウルの光が一時的に木を覆っていく。
「花見は終わったのか」
「‥‥ああ。楽しかったぞ」
その割に、絳輝のテンションがおとなしい様に思えたが、侘助は特に触れなかった。
「手伝うぞ」
「‥‥なら、頼む」
二人は黙々と桜の修復作業を続けていった。