「敵の陣容は報告通り、か」
天風 静流(
ja0373)が用意した双眼鏡で覗くと、神ヶ島 鈴歌(
jb9935)はむぅ、とほっぺに力を入れた。
「また、銀仮面さんなのですねぇ〜」
「最近、この辺りは銀騎士やエンジェルスライムの出現が多いですよね」
エルム(
ja6475)は報告書の内容を思い出しながら呟く。「巣でもあるのでしょうか」
眉根を寄せたのは春苑 佳澄(jz0098)。
「伊勢崎市の敵は一掃したはずなのに‥‥」
(佳澄君からの連絡‥‥それに、またこの個体群。これだけ続けば偶然とは考えにくいが‥‥確証がな)
「憂い事は後でたっぷり聞いてやる」
静流の沈思黙考を断ち切るように、川内 日菜子(
jb7813)が言った。
「今は目の前が最優先だ」
「‥‥ああ、集中するとしよう」
「しかし、発見できてよかったな」
礼野 智美(
ja3600)は含みのない感想を口にした。
「この先は民家があるし‥‥橋の上、で戦闘か?」
「今のところ敵は全員橋を渡っているようですし、橋を通さないように迎え撃つしかないでしょうね」
「そうですね‥‥一般人に被害を及ぼすわけにはいかない」
鈴代 征治(
ja1305)の言葉に智美は頷いた。
「佳澄お姉ちゃん! 最近見ないから心配したのですぅ〜‥‥」
「わっ?」
鈴歌がタックルするように抱きつくと、佳澄は少々面食らいながらも鈴歌の頭を優しく撫でた。
「あたしも会えなくて悲しかったよぉ」
歌音 テンペスト(
jb5186)もついでに飛びつく。
「この間のお水でお腹壊してたの? それとも失恋? いずれにしても傷心ならあたしの胸に飛び込んでおいでねんっ」
「あはは‥‥ありがと、歌音ちゃん」
Gカップの谷間を見せつける歌音に、佳澄は笑顔を返した。
「佳澄ちゃんは、後方からの援護をお願いするのねん」
「えっ?」
「万一あたしたちが突破されても、佳澄ちゃんなら食い止められるの」
「う、うん。わかった!」
既に棍を顕現していた佳澄は戸惑いつつも歌音の要請を受け入れた。
「この戦いが終わったら、一緒に伊勢崎もんじゃ食べに行こうね!」
歌音は言い残し、佳澄を置いて前方へ向かった。
●
「礼野さん、よろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いします」
敵との距離を詰めながら、征治と智美は互いに絆を交わす。
「正面切っての戦闘ね! こういうのは久しぶりだわ!」
雪室 チルル(
ja0220)は気持ちを逸らせつつも、一行と歩調は合わせて橋を渡っていた。
「あの亀のような敵は新顔だな」
静流が言うと、チルルはぽんと手を打った。
「亀がネギ背負ってやってきたってやつね!」
ふと空をみる。「‥‥なんか違う?」
*
戦闘域に入る。最初に動いたのは静流だった。
弓の最大射程から亀を狙う。カオスレート差も相まって、一番端にいた亀の頭をアウルの矢が一撃で粉々にした。
すると、ほかの亀が反応する。30m以上はある間合いから、反撃の矢を射掛けてきた。
「射程はあるようだね」
「ならば‥‥」
日菜子は矢を払いのけた。痛みで逆に自身のアウルを呼び醒ますと、距離をものともせず、一気に敵前へと突き進む。焼け焦げた匂いと残像を残して日菜子は敵陣正面に降り立った。
同じようにして、エルムが日菜子の隣に立つ。
「我流で磨いてきた剣技の成果を見せるとき‥‥!」
愛刀・雪華が銀色の煌めきを放つ。二人は身構えた。
*
「先頭が突っ込んだ! あたいたちも‥‥って、あれ?」
二列目にいたチルルは、負けずに突っ込むべく気勢を上げようとしたところで、足が動かなくなっていることに気づく。
いつの間にか、彼女の足元が蜘蛛の巣のような網に絡め取られていたのだ。
「先ほどの矢ですか? これは厄介ですね‥‥」
征治が近づき、チルルに抵抗力を増す刻印をうつ。
「先に行きます。動けるようになったら追いついてきてください」
「あ、ちょっと‥‥もう!」
地団駄を踏もうにも動けないチルルを残し、征治たちは先へ進んだ。
*
日菜子とエルムは敵のただ中にいた。
彼女たちの使った力は、彼女たち自身の機動性を問題としない。『攻撃を受けた』という事実がアウルに働きかけ、常態とは異なる力を発揮するからだ。
故に彼女らは瞬きをする間にそこにいた──後続を置き去りにして。
日菜子の正面にいるのはボウタートルではなく、その手前にいたエンジェルスライムだ。
スライムはねとつく触手を日菜子に伸ばす。
「触るな!」
アウルの燃えさかる右手で触手を打ち払い、日菜子は先を見た。
このまま敵陣を突破して後方に抜け、後続と挟み撃ちにする。それが彼女の狙いだ。
すう、と息を吸い、次の一歩を踏み出そうとしたそのとき、背中にしびれるような痛みを感じた。
「‥‥うっ!?」
後方に回り込んだスライムが触手を揺らめかせている。日菜子の顔色が変わった。
(麻痺毒、か!)
エルムもまた、スライムの攻撃を躱し切れなかった。敵はばらけず一団で動いており、少数で敵前に立つということはすなわち波状攻撃を受けるということにほかならなかったのだ。
(銀騎士‥‥どこにいるの?)
敵の中心戦力であろう銀仮面の姿を探すが、周りの敵が多すぎて気配を察せない。
彼女の受けた毒は日菜子と異なり、動きを制限される麻痺ではなく、視界を制限される認識障害だった。
「川内さん、隣にいますか?」
声で日菜子の位置を確認する。
「ああ、私はここだ!」
「それなら!」
今の状況なら彼女以外はすべて敵。正面、そして右手に向かって鋭く『雪華』を振るう。いずれからも手応えがあった。
だが、攻撃は止まない。背中に、肩に、次々とはじけるような痛みを覚え、徐々に体が重くなる。
(このままでは)
負の思考がよぎった瞬間、腹部に熱。
何か太いもので貫かれた。エルムは顔を歪める。
(銀騎士‥‥)
暗い視界にぼんやりと甲冑姿の輪郭を認めながら、意識は闇に。
「くっ‥‥このおぉっ!」
隣でくずおれる仲間に手を差し伸べることさえままならない。日菜子は叫んだ。
*
「囲まれている‥‥まずいな」
二匹目の亀を打ち抜いたところで、静流は弓を降ろし、身構える。
「スレイプニル!」
歌音が喚び出した召喚獣を急かした。馬竜は速度を上げる。
敵前に達したスレイプニルはそのまま陣中を切り裂こうとしたが。
「ぐぬぬ‥‥中心に美少女がいて攻撃させ辛いのねん」
結局、隊列の端を攻撃するにとどまった。
「準備完了ですぅ〜!」
エルムたちと同様『逆風を行く者』を活性化させた鈴歌は、静流と共に一気に橋上を駆け、前線へ。
「せめてあたいのおニューの弓を受けてみろ!」
束縛から逃れたチルルはまだ前線に届かず、弓での援護。
「俺たちも早く合流しないとだな」
智美は征治を促す。スライムの状態異常を抑える手段を講じているのは、メンバーの中で彼しかいない。
「ええ‥‥」
征治の胸中は騒ぐ。
時間にしてほんの十数秒。進軍のずれはしかし、決定的なものでありはしなかったか、と。
●
日菜子の元に一部の味方が追いついた。だが、既に傷だらけの日菜子を癒す力を持つ者はこの中にはいない。
「川内君!」
静流の声は戦いの音に紛れた。スライムに四方を囲まれていた日菜子はその中に呑み込まれるようにして声もなくひざをつき、倒れる。
もちろんそれで終わりはしない。たどり着いたばかりの静流、鈴歌の周りにも敵が群がっていく。
静流はスライムの攻撃をいなしながら、亀に狙いを定めた。まだ数歩先にいるが、一息で詰められる場所だ。
「そこは私の間合いだよ」
薙刀を振りだし踏み込もうとする直前、自分のすぐ横にも亀が一匹立っていることに気がつく。
「いつの間に‥‥」
静流は目標を瞬時に切り替え、何故かこちらを向いていない亀を横に薙いだ。
過去幾度となく立ち会った銀仮面が、今日も鈴歌の前に立つ。鋭い突きが彼女をかすめ、柔肌に傷を刻む。
「っ‥‥強い‥‥でも負けられないのですぅ〜!」
反撃しようと大鎌を構える鈴歌だったが、直後にまったく意識外の方向から斬撃を浴びて地面を転がった。
「えっ‥‥」
鈴歌は驚愕する。自分を斬りつけたのは間違いなく静流だった。
(これは、幻惑の‥‥!)
スライムの毒が静流をも蝕んでいたのだ。
「距離をとらないと‥‥」
激痛に耐えながら静流から離れようとする鈴歌だったが、そこへ亀が転がるようにして突っ込んできた。
「あうっ!」
押し戻された鈴歌は、静流の先で銀仮面が槍を構えているのを見る。
閃光が迸り、静流と鈴歌をまとめて呑み込んだ。
ようやく征治と智美が前線に追いついた。立っているのは既に静流のみだ。
征治はまだ正気でない静流に聖なる刻印をうつと後方の智美に呼びかけた。
「まずはスライムをなんとかしましょう」
「わかりました!」
智美は槍を構え、征治との絆の力を乗せた連撃を直近のスライムにたたき込む。エルムの攻撃によって既に傷ついていたスライムは溶け落ちるようにして地面に崩れた。
「あたい、参上!」
一手遅れて、チルル。後方支援の佳澄を除けば結局最後になってしまった。
「遅れを取り戻すわよ!」
チルルは大剣を振り抜いて、敵陣中央に向け衝撃波を放つ。銀仮面の鎧が冷やされて表面に白い華が咲いた。
だが、それだけでは敵の動きは止まらない。
「前後に並ばないように気をつけてください!」
征治の注意は、銀仮面の範囲攻撃を警戒してのことだ。智美などはもとより征治の斜め後方を維持するように意識していた。
一方で、橋の上は戦場としては横幅が不十分だ。さらに彼らは万が一川に落とされれば復帰は難しいとも考えて、端に立たないよう申し合わせもしていた。
これだけでも、完全に列にならないようにするのは難しい。加えて撃退士にとって予想外だったのは亀の動きだった。
新手である亀は後方での援護が役割だと予測した。だが実際には彼らは銀仮面と足並みを揃えて進軍し、さらにここへきて前に飛び出してきたのだ。
「‥‥こいつ、何を!?」
弓をしまい込んだ亀は、先ほど鈴歌にしたときのように転がりながら征治に体当たりする。一歩後退した征治は、智美、そして静流と自分が一直線に立つ状況に気づいた。
「しまっ‥‥!」
間髪を入れる隙もなく、三人は銀仮面の閃光に呑み込まれた。
●
「佳澄ちゃん、橋の外には敵はいない?」
最後方に立つ佳澄を歌音が顧みる。
「それは大丈夫だけど‥‥歌音ちゃん‥‥」
歌音は佳澄のすぐ近くにいたが、息も絶え絶えだった。前線のスレイプニルと生命力を共有しているからだ。
「なら、こいつらを全部倒せばあたしたちの勝ちだお」
そう言って気丈に笑ったが、直後に膝から崩れる。
「歌音ちゃん!」
「佳澄ちゃん、もんじゃ‥‥一緒に‥‥」
歌音は意識を失い、召喚獣も消え失せた。
「スライム、これで三つ!」
敵を叩き伏せた智美は気勢を上げる。
側面に銀仮面が回り込んでくる。対応しきれず、槍先が彼女を捉えた。
「く、そ‥‥」
突き刺さった槍の穂に手を掛け、顔を歪ませてもがいたが、引き抜くだけの力は残されていなかった。
悔しさだけが、脳裏に刻まれていく。
絆の加護が失われたことで、征治は智美が意識を手放したことを知った。
圧倒的不利だが、撤退するという意識は征治にもチルルにもなかった。戦闘不能者を回収できないし、何よりここを突破されれば次は──。
打開策を考える余裕もないままに、タートルに押し出された征治に銀仮面が迫る。
今日何度目かの閃光の直撃を浴びて、彼の意識もまた白濁に呑まれた。
チルルがスライムをようやく一掃したが、銀仮面は二体とも健在だ。
「やああーっ!」
後方から、棍を手に佳澄が突っ込んでくる。やけっぱちの無謀な突撃でしかなかったが、チルルは咄嗟に動きを合わせた。
突撃を隠れ蓑に使う。その手にアウルを集中させ、儚くも鋭い氷剣をその手に。
「くらえ、あたいの最強奥義!」
銀仮面を右から袈裟切りにする。氷剣は、甲冑を飴でも溶かすかのようにたやすく切り裂き、胴の付近まで達したところで消滅した。
「どうだっ‥‥!」
チルルは銀仮面を見上げた。がらんどうの鎧の中をさらしたまま、表情を宿さない無機質な仮面がこちらを見返してきた。
──まだ動く。
背後からドン、と衝撃があった。腹から血にまみれた槍の先端が飛び出している。
それが、チルルが意識を失う前に見た最後の光景だった。
*
佳澄も程なく地に伏した。撃退士がそれ以上抵抗してこないことを確認すると、銀仮面は何事もなかったかのように、橋の先へ向かって進み始めた。
●
「はっ!」
目を覚ました鈴歌は、そこが橋の上ではなく白壁の室内であることに気づく。
「鈴歌ちゃん、目が覚めた?」
聞き慣れた声。佳澄が側にいる。鈴歌は首を動かそうとした。
「‥‥いたっ」
「動かないで、鈴歌ちゃんが一番傷がひどかったんだから」
覗き込んできた佳澄もまた、あちこちに治療の後があった。
「あたし、もう行かなくちゃ」
「どこへ‥‥?」
鈴歌の問いに、佳澄は困ったような顔をして「えっと‥‥内緒」と言った。
ふと寒気を感じて、鈴歌は体を起こす。
「だめだよ、寝てないと」
「佳澄お姉ちゃん!」
声を無視して呼びかける。
「私たちは弱い‥‥独りで強くなるのは難しい‥‥だから仲間と共に強くなろうとするのではないですぅ〜? 一緒に強くなりましょぉ〜?」
佳澄は答えず、痛みに顔をしかめた鈴歌をベッドに寝かせる。
「またね」
そして、病室を出ていった。
(胸騒ぎがするですぅ〜‥‥光人お兄ちゃん‥‥)
*
病室の外で静流とエルムが待っていた。エルムが問う。
「サーバントの第一発見者は春苑さんだったと聞きましたが‥‥どうしてあんな場所に?」
「それは‥‥えっと、お仕事があって‥‥」
「学園の仕事ですか?」
「そうじゃないんだけど‥‥あんまり喋っちゃいけないってたて、じゃない、言われてるから」
「たて?」
「あの、あれです、秘密主義、的な!」
佳澄が慌てているのをみて、静流が言葉を挟む。
「守秘義務、だね。仕事の中身を掘り下げようという気はないが‥‥何故、学園以外の仕事を?」
佳澄は静流の目を見た。
「あたし、強くなりたいんです。‥‥静流さんみたいに」
「強く‥‥か」
静流は優しく包むように微笑む。
「そもそも何を以て強さと為すか‥‥かな。強さと言ってもいろいろだ。佳澄君にとっての強さとは何だろうね。そして強さを手に入れて何をしたい?」
今はピンとこないかもしれないが、心に留めておくのもいいだろう。そう言うと佳澄はぺこりと頭を下げ、通り過ぎていった。
「私だって‥‥まだまださ」
静流の呟きは、エルムの耳にだけ届いた。
●
埼玉県北部で民家が襲われ、一般人十数名が行方不明になった。
(強くなかったら‥‥守りたいものを守ることもできない)
図らずも今日、撃退士達はそれを証明したのだ。
佳澄は学園に戻らなかった。