「‥‥‥‥‥‥あれ?」
東條 雅也(
jb9625)は己の日常を顧みる。
そういえばここの所、依頼のない日は読書と剣の稽古くらいしかしていない。
あまり他人をとやかく言えないような‥‥。
(‥‥まぁ、俺は良いとして)
あ、脇に置いた。
「見識を広げることは必要ですね。見識が無いのと、あってしないのは別ですから」
「学園生活の楽しみ方‥‥そうねェ‥‥」
黒百合(
ja0422)はちょっと悪巧み風な笑みを浮かべる。
「ここの生徒らしい楽しみ方はァ‥‥」
「あー‥‥俺がついていけるレベルにしておいてくれよな」
何かを察した獅号 了(jz0252)が言うと、黒百合は肩をすくめた。
「‥‥まァ、普通の学園生活の楽しみ方にしましょうかァ‥‥♪」
「初めましてですね、どぉぞ宜しくお願いします」
にこやかに挨拶した百目鬼 揺籠(
jb8361)から、リュミエチカはちょっと警戒するように一歩引いた。
「やあ、狐サンに聞いてたとおりの方ですねぇ」
揺籠は気にした様子もなく、からから笑った。
「狐?」
「そこでだるそうにしてる兄さんのことですよ」
獅号が聞くと、揺籠は恒河沙 那由汰(
jb6459)のことを示した。
「妖怪仲間の後輩、ってとこですかねぇ。今日は彼に連れられてきたんです」
「チカちゃんは相変わらず可愛いしぃ、了ちゃんは相変わらず逞しいわぁ!」
マリア(
jb9408)は嬉しそうにしなを作った。
「‥‥そりゃどうも」
獅号はちょっと勢いに押されている。
「もーお、アタシったら、どっちを選んだらイイのかしらン!!」
言いながらリュミエチカの前にかがみ込むと、どこからともなく花束を取り出し渡すのだった。
*
「チカちゃんは、お洒落に興味ないの?」
「‥‥別に」
ふい、とマリアから顔を背けた。
「人間ってのは容姿を重視するもんだ。おめぇが変な格好をしてると一緒にいる了が周りから迫害されるが‥‥それでもいいのか?」
「‥‥そうなの?」
(ま、了なら気にしねぇだろうがな)
内心そう思ったが、黙っておく。
「お洒落も意外と大事なのよぉ? 初めて会った相手なら、まずは見た目を見るしかないでしょ?」
苦笑しつつ、マリアが続ける。
「チカちゃんも、もう少しだけ‥‥外見をお洒落にしてみるのも良いかもぉ。ふふっ、簡単なコトよン♪」
眉をひそめるリュミエチカに、ウインクした。
*
マリアがしたことは、リュミエチカのボサボサの髪を洗ってトリートメントする事だった。
「丁寧に、優し〜くブラッシングして‥‥リボンは何色が良いかしらン?」
リュミエチカに選ばせた赤いリボンで、髪をツーサイドアップにまとめる。
「そして‥‥仕上げにコレ」
「む」
「じっとしてねン」
リュミエチカの口元で、ちょいちょいと手を動かす。
「ね、チカちゃん」
マリアは語りかけた。
「お友達を沢山作りたいなら‥‥『自分から声を掛ける』こと。挨拶で良いの。毎日の『おはよう』が毎日の『距離の近さ』になっていく‥‥ホントよ?」
「自分から‥‥」
「ハイ、できたわ」
マリアはリュミエチカから身体を放した。
「さ、皆とお買い物に行ってらっしゃい。それで今よりもっと素敵になって帰ってきて、アタシに見せてねン」
*
「‥‥お」
「へえ、ちょっと印象変わったな」
天険 突破(
jb0947)が戻ってきたリュミエチカを一目見て言った。
「変じゃない?」
「よく似合ってますの、リュミエチカ」
橋場・R・アトリアーナ(
ja1403)が微笑む。
「リップくれぇでもその年頃なら十分ですよ。‥‥あとはも少し笑顔が欲しいですかねぇ」
揺籠が言うと、リュミエチカは口元をむずむず動かした。
「‥‥難しい」
「ま、その辺はおいおいって事にしますか」
●
服飾店の立ち並ぶ一角へやってくる。
「金の事は気にしねぇでいい。今日はスポンサー様がついてるからな。なぁじいさん?」
「誰がじいさんですかぃおにーさんと呼びなせぇ」
那由汰の言葉に揺籠は憤慨した。
「あー、まあ服代くらいは俺が出すさ」
「へェ、太っ腹じゃないのォ‥‥♪」
獅号が言うと、何を考えているのか、黒百合がニタリと笑った。
*
まずは女性向けのブランドショップへ。
「こういうのは俺もよくわかんねえから任せる」
突破は潔く白旗をあげた。
「‥‥リュミエチカ、折角なので選んでみるのですの」
アトリアーナが見ると、リュミエチカは口を半開きにしていた。
「色がいっぱいありすぎて、くらくらする」
「サングラス、役に立ってへんなあ」
黒神 未来(
jb9907)が残念そうに言った。
「やはり、可愛らしい服が似合うと思いますの」
「そうねェ‥‥これとかどうかしらァ?」
黒百合が取り上げた、フリルがふんだんにあしらわれた服を二人でリュミエチカに当てる。
「こっちの方がいいんじゃねぇです?」
「揺籠‥‥てめぇはダメだ」
彼の提示した淡い色合いのワンピースは那由汰にあっさり却下された。
「あんまり奇抜なのはやめとくか‥‥」
那由汰自身もすいすいと幾つかの服を取り上げていく。
「よし、ちょっと着て見ろ」
那由汰が幾つかコーディネートした服は、女子中高生が好みそうなポップなものや、可愛らしいデザインのものできれいにまとめられていた。
「ええやん、似合っとるで」
未来に誉められると、リュミエチカは恥ずかしいのか、横を向く。
「リョー、どうですか」
アトリアーナが聞くと、獅号は頭をポリポリ掻いた。
「ああ、なんか女子っぽく見えるな」
「おめぇ‥‥もうちょっとまともな感想はねぇのか」
那由汰はため息をついた。
「せっかくだから、獅号さんに似合うものをチカに選んでもらおうぜ」
「‥‥俺のを?」
「そうだよ、獅号さんが着る服だよ」
突破がそんなことを言ったので、男性用のフロアにも向かう。
「こっちの方が、色が少ない」
リュミエチカが安心したように言った。
那由汰はここでも幾つかの服を見繕っていた。値段は見てない。
「狐サン幾ら何でもこりゃ高ぇ‥‥」
値札を見つけて揺籠は渋い顔をする。
「つーか、てめえそれ自分のじゃねえんですかい‥‥?」
「あぁ?」
獅号向けと思われる服に混じって、明らかに系統の違う革ジャンが入っていた。なお一番高い。
「服の一着や二着でガタガタ言うなよ、ケチくせぇな‥‥」
「そもそも今着てるのと何が違うのかちっともわかんねぇんですが」
沢山の服の前で困惑しているリュミエチカの元へ黒百合がやってきた。
「リュミエチカちゃん、これも着てみてくれるゥ‥‥?」
「‥‥いいけど」
巫女服。
「動きにくい」
メイド服。
「これは、さっきのと似てる」「いや‥‥そうか?」
セーラー服。
「よく分かんない‥‥似合ってるの?」
「とても似合ってるわよォ‥‥♪」
「つーか、どこのコスプレコーナーで見つけてきたんだ」
「あらァ、保護者がおかんむりだしィ‥‥この辺にしておくとしましょうかァ‥‥」
黒百合はとても楽しそうだった。
●
雅也はゲームセンターへと案内した。
「クレーンゲームでぬいぐるみを取るとか‥‥あと、女の子が喜びそうなのはあの辺ですかね」
彼が示した先には、プリントシール機がいくつも並んでいる。
「なあ‥‥俺、ちょっと中見てきていいか?」
突破が奥へと入って行くと、リュミエチカは、その背中を首を伸ばして見送った。
「何か、興味のあるものはありますか」
「‥‥よく、わかんない」
「今は、『寂しい』が満たされてしまったから、無欲なんですよね」
雅也は言った。
「でも、与えられるものを待つだけの生活じゃ、駄目ですから‥‥またアメリカに渡る獅号選手に、今日はこんなことをしたって、報告できるようなことを探しましょう」
ね、と微笑みかける雅也に、リュミエチカはしばらく口をぱくぱくさせた。その様子を見て雅也は、はたと思い当たる。
「そういえば‥‥俺、きちんと自己紹介をしてませんでしたね」
随分長い付き合いになったが、何しろ成り行きが成り行きだ。
「東條雅也です。よろしく、リュミエチカ」
「‥‥マサヤ」
差し出された手に、リュミエチカは遠慮がちに指先を乗せた。
「おりゃーっ!」
突破は新作レースゲームの筐体に収まって、全力でゲームを楽しんでいた。
「おっ、来たな。なあ、誰か対戦しないか?」
シートに座ったまま呼びかける。リュミエチカは口を小さく開けて、ゲーム画面に見入っている。
その肩を揺籠がぽんと叩いた。
「楽しいことってぇのは、自分から飛びこまねぇことにゃ始まりません」
「やってみてぇならそう言やいいだろうが」
「狐サンはきついですねぇ。でもま、そういうことですよ」
リュミエチカは突破の方へ歩み出て、呟く。「‥‥やってもいい?」
突破はすぐににかっと笑った。
「よし、やろうぜ!」
3コイン分の勝負は全部突破がぶっちぎったが、リュミエチカは最後までハンドルをしっかり握りしめていた。
●
「うお、このたい焼き美味いな‥‥俺が舐めてた」
ゲーセンを出た後は、買い食いをしながら街を歩く。
「スポーツは野球しかしらへん、と?」
リュミエチカがこっくり頷くと、未来は「それはえらいこっちゃ!」と大仰に驚いた。
「ほな、他のスポーツも教えんとなあ」
「そうねェ‥‥身体を動かすのは嫌いじゃないみたいだしィ‥‥」
黒百合はちらと考えて。
「スイミングなんてどうかしらァ?」
*
「アトリ、これきつい」
「水着はそういうものですの」
一行は室内プールへやってきた。リュミエチカは水着を着るのは初めてらしく、しきりにお尻のあたりを気にしている。
「水に入ったことはあるのかしらァ‥‥?」
「このくらいの深さなら、歩ける」
「透過能力を使う、ってことかしらねェ‥‥?」
つまり、泳いだことはないのだった。
「ぜん、ぷぁ、ぜん進ま、あぷ、ない」
「しゃべると水飲むわよォ」
黒百合に腕を引かれて、ばた足の基本からやることになった。
「泳ぐの、難しい」
「初めてならこんなもんやろ」
肩で息をするリュミエチカを未来が慰めた。
「水泳はトレーニングにもいいぞ。泳げるようになったら、教えてくれ」
獅号が言うと、雅也が頷いた。
「報告すること、一つできましたね」
「やるスポーツもええけど、見るスポーツってのもええやろ?」
次はうちの番やな、と未来。
「着替えたら、案内するで!」
●
リングの中央で、相手が突っ伏して倒れる。と、遅れてゴングが鳴った。
「‥‥今の何?」
「試合開始の合図だな」
リュミエチカははてと首を傾げた。
「始まる前に殴っても、いいの?」
「んーまあ‥‥プロレスだからな」
学園の部活の一つ『真久遠プロレス』。
未来が一行を前に試合を行っている。リングネーム『メデューサ黒神』は、どうやらヒール(悪役)のようだ。
倒れている相手の顔のあたりをこするように削ると、観客席からブーイングが起きた。
「‥‥今のは?」
「卑怯なことはするな、って非難してるのさ」
未来はふてぶてしく胸を反らせるとリングを降りた。パイプ椅子を掴むと、バチンと音を立ててアピール。
「お、こっち来るな」
獅号の言うとおり、未来は最前列のリュミエチカの目の前までやってきた。そして椅子を振り上げる!
「‥‥なっ」
──振り下ろす直前、復活した対戦相手が未来を引きずり倒した。
「あれも演出だよ。‥‥本気で反撃とかするなよ、チカ」
リングへ戻った二人は息詰まる攻防のあと、決着の時へ。大の字に寝ころんだ未来の上へ、美しいムーンサルトプレスが決まる。
ふらふらと起きあがった未来を捕らえ、最後は頭から叩きつけてそのまま1、2、3!
ゴングが盛大に打ち鳴らされ、試合終了を告げた。
*
「どやった? 面白かったやろ?」
戻ってきた未来は頬を上気させながらリュミエチカに尋ねた。
「‥‥よくわかんなかった」
「ありゃ、そうか‥‥なるべくお約束っぽい展開にしたんやけどなあ」
「逆に、こいつはそのお約束がわかんないからな」
「でも、飛んだり跳ねたりして楽しそうだった」
しょんぼりした未来だが、リュミエチカの言葉にまた顔を明るくする。
「お? せやったらリュミエチカくんは見るよりやる方が向いてるかもしれへんな!」
よかったら今度は教えたるで、と未来が笑っていると、試合後に外に出ていた突破が戻ってきた。
「よう、野球場の使用許可とってきたぜ。せっかくプロ野球選手がいるんだからな」
「ヤキュー、するの?」
それを聞いて、リュミエチカは肩をそわつかせる。
「おお、御用とお急ぎでないメンバーは是非ご一緒に、ってな!」
「うちも野球やってたんよ。せやから獅号さんとは是非やりたいわ」
未来が言った。
「へえ、ポジションは?」
「うちも投手や。左投げ左打ちやで」
それから一行はグラウンドへ移動して、獅号を交えて日が暮れるまで、野球に興じたのだった。
●
「俺のお勧めは、野球のマネージャーだな。もちろん選手でもいいと思うけど」
獅号さんのやってることに近いことがいいだろ? と突破は言う。
「さて、俺はそろそろ──」
すでに日が落ち掛かっている。獅号は時計を見た。
「おっと、待ちな」
那由汰が呼び止め、獅号を手招きした。
「‥‥なんだ?」
リュミエチカに背を向けて、那由汰は小さな箱を差し出した。
「渡してやんな」
それはサングラスだった。女性用の、今日買った服にも似合うデザインだ。
「いつまでも男性用って訳にもいかねぇだろ」
「お前が渡せばいいんじゃないか?」
獅号はそう言ったが、那由汰は無理矢理箱を押しつけた。
「ガキは好きな奴から貰うのが一番なんだよ」
獅号は不意をつかれたような顔をした後、笑った。
*
「また俺で手伝えることがあったら言ってくれ」
突破は胸を叩いた。
「自信持っていくんですぜ、ここへ来たときのように、これからも」
揺籠はリュミエチカにそんな言葉を贈る。
「これからも了と一緒にいてぇなら、毎日本を読んで知識を蓄えな」
那由汰はぶっきらぼうに言い、本を一冊手渡した。「何でもいいからな」
「読書も面白いですよ。俺は今推理小説にはまってます‥‥読んでみますか?」
雅也も続いて言った。
獅号が帰るのに合わせて、一行も解散となった。
「‥‥おやすみなさい」
リュミエチカは最後に、そう挨拶をした。
●
リュミエチカの部屋に、アトリアーナがついてきた。
「ぬいぐるみを一緒に作ると、約束しましたの」
初心者用の本を開きながら、一行程ずつ丁寧に教えていく。
「‥‥こうやって作って、今度リョーが来たときにビックリさせてあげるといいと思いますの」
自分も手を動かしながらアトリアーナは言ったが、返事がない。
「‥‥リュミエチカ?」
見ると、うつうつと船を漕いでいた。
今日の出来事は、彼女がこれまで経験しなかったことばかりだったのだろう。
「疲れてしまいましたか」
今日はここまでにしておこう。リュミエチカの手から針をとる。
「これからは、沢山一緒に遊べますの」
背中に毛布を掛けてやる。
おやすみなさい。
また、明日。