●
「うーん、なかなか入り込める場所がないなー」
制服姿の少女が駅の周辺をうろうろしている。
「さすがに人混みをかき分けて、っていうのは難しいだろうし、警察の人とかいたら捕まっちゃうし‥‥」
辺りを見回すと、鉄柵で仕切られた先には電車の気配のない線路。
「そうか、電車止まってるんだっけ」
少女は悪巧みの顔になると、柵へ向かって近づいていった。
●
「久遠ヶ原学園からきた撃退士です。道をあけてください」
駅前への道を塞いでいる人たちに向けアートルム(
ja7820)が声をかけると、おお、と歓声のような声があがってゆっくりと道があけられていく。
人垣の先頭には立ち入り禁止のテープが貼られ、数名の警官が立っていた。
「恐れ入りますが、安全のためもう少し遠くへの避難誘導をお願いできますか?」
御堂・玲獅(
ja0388)は彼らに向かって身分証を提示し、そう要請した。
このあたりまで戦闘が及ぶことは考えにくいが、万が一ということもある。それに興奮した野次馬が飛び出してこないとも限らないのだ。
天魔は報告通り、駅の改札口前にそびえるようにして生えていた。
そいつはある程度の範囲に人が立ち入らない限りは行動しないらしく、見ているだけなら町の景観のために植えられている樹木と変わりなく見える。ただし、すこぶる邪魔な位置だが。
「まったく、こんなところに出やがってめんどくせぇじゃねぇか‥‥さっさと伐採焼却してやる」
「駅の真ん中に出てくるなんて、すごく迷惑だね〜。被害が出る前にさくっと倒しちゃおう!」
御暁 零斗(
ja0548)と高瀬 颯真(
ja6220)が、口々に言う。
「しかし、どこから出てきたのだろう‥‥身を隠せるタイプでもないと思うが」
天風 静流(
ja0373)は率直な疑問を口にし、
「おとなしく大地に根を張っていれば良かったものを」
アスハ=タツヒラ(
ja8432)はこれから討伐される運命の天魔を哀れむかのようにつぶやいた。
「今度は樹木の天魔、ねえ‥‥いいだろう! 誇り高きディバインナイトの名に賭けて! 私が貴様を滅ぼそうッ!」
ラグナ・グラウシード(
ja3538)が高らかに声をあげ、そして戦いが始まった。
天魔に向かって真っ先に飛び出したのは、颯真。ラグナ、零斗も各々武器を構えて敵に向かってつっこんでいく。
クジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)は愛用の鞭をいったんしまい、ショートソードを手にそれに続いた。
彼らが選択したのは、施設への被害を最低限に抑えるため、あえて敵の射程内にとどまり続ける作戦。
天魔も迫る敵の存在を察知したらしい。枝に繁った葉が風もないのにざわざわと鳴り、早送りのビデオを見ているかのように枝先が急速に成長を始める。
同時に三本の枝が触手と化す。うなりをあげて先をいく三名に襲いかかった。
「ふん! それしきの攻撃‥‥防いでみせるさ!」
ラグナは防御陣を展開してその一撃を受け止める。
「痛ってーな!」
躱しきれず、頬に軽い切り傷を作った颯真は普段とは調子の違うののしり声をあげながらも、ショートソードで枝先を切り落とす。零斗は攻撃を躱すと烈風の忍術書で枝を切りとばすと、さらに幹へとむかって突き進んだ。
接近するメンバーたちの間隙を縫って、アウルの矢が一筋、天魔の幹をとらえる。静流だ。
射程ギリギリから、存分に気を練った一撃が樹木の外皮をしこたまはぎ取り、色の薄い内皮を露出させた。
外見上は完全に植物である天魔に感情があるかはわからないが、まるで痛みに反応したかのように一本の枝が鋭く伸びて、静流の方へ向かっていく。
だが枝は伸びきる前に、狼の牙によって中程から断ち切られた。
状況を注意深く観察していたアスハの「餓狼咆哮」──強力な魔法の一撃だった。
アートルムが中距離から援護を行い、負傷者が出れば玲獅が向かう。連携のとれた動きで、状況は撃退士が優勢になりつつあった。広場の外の野次馬も要請通り後退させられ、おとなしくなっている。
油断は禁物、されど順調──メンバーにそんな思いが芽生え始める。
そのとき、異変が起こった。
駅舎脇、線路と道路を隔てる鉄柵を飛び越えて、何者かが飛び込んできたのだ。
その人物は撃退士からすれば見慣れた格好──久遠ヶ原学園の女子制服を身につけていた。
であるならば、彼女も撃退士‥‥だが、増援があるなどという話は聞いていない。
「待ってください! あなたは‥‥」
一番近くにいたアートルムが声を掛けるが、少女はその声を無視して天魔へとつっこんでいく。
加速しつつその身を沈め、右腕をひいてなにがしかのポーズをとった。
「くらえ、春苑流‥‥って、うわわっ」
が、天魔も易々と近づけさせるはずもなく、木の実のつぶてを浴びて少女はたたらを踏んだ。
その避け方はどう見ても素人のそれである。おまけに何の武器も持っているように見えず、光纏もしていない。
「おいおい、素人がなにやってんだよ!」
その様子を見た颯真が咎めると、少女は反論した。
「素人じゃないよ! 私だって、撃退士なんだから!」
「は? 武器も持ってないやつは撃退士とは言えないだろ?」
「武器なんかなくったって──」
少女は触手の一撃を何とか躱すと、枝の先を素手でつかんだ。
クジョウが阻霊符を発動していたため、つかむことは出来る。だが、彼女が引っ張ろうとねじろうと、細い枝先には何のダメージも与えられない。
「な、なんで!? あたしだって、アウルの力があるのに!」
戸惑う少女の手から、枝が抜ける。再び少女に向けて振りあげられた。
しかしその直後、生み出された烈風によって、枝ははじけ飛ぶ。
雷のごとき勢いで少女へと接近した零斗が枝を排除すると、少女の眼前にたつ。
そして彼女の頬をためらいなく張った。
ぱあん、と乾いた音がひびく。
痛みよりも驚きで、ぽかんと口を開けた少女に向かって、零斗は一気にまくし立てた。
「てめぇみたいなアウルがあるからって何でも出来ると思ってる、雛にすらなってねぇ卵がまじめにやってる連中の邪魔すんなよ? 邪魔すんならてめぇは俺の敵だ! 人の為に戦ってるやつの邪魔をするなら、てめぇは人類の敵だ!」
目をぎらつかせ、本気の殺気を込めて少女を見据える。
「てめぇは一体どっちだ? 俺の敵か? 人々を守る味方か? 好きな方を選びな」
「──わ」
反論か恭順か、少女が口を開こうとしたそのとき。
再び伸びてきた別の枝が、少女の胴に巻き付いた。
「ぅうわわわぁああっ!?」
枝が巻き上げられ、少女は上空へ持ち上げられてしまう。頭を下にされてスカートがめくれあがった。
「わぁっ、ちょ、見ないで、見るなー!」
少女は必死になってスカートを押さえ、下着を隠そうと奮闘しているが、実際にはそれどころではない。すでに五メートルほどの高さまで持ち上げられており、あそこから叩きつけられでもしたら撃退士の身体能力があってもただではすまない。
「ちっ、めんどくせぇな‥‥!」
歯がみする零斗。彼の元にも枝が迫ってきており、少女の方ばかり見てはいられない。
「大丈夫か?! 今‥‥助ける!」
幹に近づいていたラグナが対応に動き、少女をとらえている枝を付け根近くから断ち切った。
枝の拘束を解かれた少女は、頭から真っ逆さまに地上へ。
‥‥激突する寸前、今度は枝ではなく鞭が彼女を絡めとった。
「うひゃあっ!」
クジョウの操る鞭によって落下のスピードが殺され、少女はみっともなく尻餅はついたものの、特に怪我を負うこともなく地上に降りることができた。
「あ、あの‥‥」
「力も意思もあるっつうんならやっちまえ‥‥ただし責任もつくぞ」
戸惑いがちに何か言おうとした少女にそう言い放つと、クジョウはまた天魔に向かっていく。
代わりに、アスハとアートルムの二人が近づいてきた。
「自分の無力さを思い知ったか?」
「今のままでは、あなたは天魔には立ち向かえません。話を聞いてください」
肝を冷やしたことで、少しは冷静になったのだろう。少女は二人の言葉にうなずいたのだった。
「これが、V兵器というものです」
天魔の攻撃範囲外へ移動した後で、アートルムが改めて手裏剣を顕現させてみせると、少女は目を丸くした。
「これがなければ、アウルの力があっても天魔には対抗できません」
「なにもないまま突っ込むのは自殺志願者としか思えない。‥‥ここでおとなしく見学してるんだな」
アスハの言葉に、少女はなにか言いたそうな顔をする。
「夢があるなら、功を焦るな。さもなきゃ、ロクなことにならないぞ?」
しかしアスハに続けてそう言われると、なにも口にすることが出来なくなった。
少女がおとなしくなったことを確認し、二人は戦いの中に戻っていく。
少女は道路の縁石にぺたりと腰を下ろし、無言でそれを見送った。
「乱入者の説得、完了しました」
「お疲れさまでした」
戦線に戻ってきたアートルムに、玲獅がねぎらいの言葉をかけた。
「さて、闘争だな」
アスハもピストルを構えなおす。
彼らが少女の説得に当たっていた間も、ほかのメンバーは天魔との戦いを続けていた。
もっとも天魔に肉薄し続けるのはラグナ。
大剣を巧みに振り回し、天魔の攻撃を巧みに防ぎ。
「くたばれ‥‥リア充ッ!」
非モテの怨念を込め、太い幹に痛撃を加える。‥‥八つ当たりもいいところだが、威力に変わりはない。
颯真は高々と跳躍し、高所に生える枝を次々と刈り取っていく。敵の反撃はシールドではじき返す。
「そんな攻撃きかねぇーよ!!」
普段のおっとりとした空気はどこへやら、荒々しい啖呵を切って見せた。
クジョウはショートソードをしまいこみ、鞭をふるって樹木に攻撃する。音速を超える鞭先がしなり、幹の外皮を次々とはぎ取っていく。
「さぁて、それじゃぁ伐採タイムの開始といこうか」
零斗も武器を双剣に持ち変えると、そのまま幹を駆けあがって枝を切り払っていく。
もちろん、天魔もただ刈られるばかりではない。無事な枝を振り回し、木の実のつぶてをとばし、白い花からは毒性のある花粉をとばして抵抗した。
負傷者も出たが、その都度玲獅が落ち着いて対応する。ここへきて、戦いの趨勢は決定的なものになってきた。
だが、なかなかとどめの一撃には至らない。何しろ巨木であり、動物とは違って感情表現をしないのでどの程度のダメージを与えているのかもいまいちつかめないのだ。
「流石に頑丈だな‥‥ならば、動かなくなるまで打ち込むのみ」
弓での援護を続けていた静流も武器を持ち変え、巨木への距離を詰めていく。
枝先に攻撃手段が集中していることを見抜いたメンバーによって、ついには天魔の姿が雄々しい大樹から剪定された街路樹のような、みすぼらしいものになっていた。
だが、まだ動く気配がある以上、攻撃の手は止められない。
とどめの一撃は、ラグナと静流。
「これで終わりだ‥‥滅せよ、邪なる天魔よ!」
ラグナが気合いも高らかに大剣を突き立て、さらに静流が斧槍を振りかぶって幹に叩きつける。
度重なる攻撃を受け続けた天魔はついに、メキメキと音を立てながらその巨躯を大地に横たえ、動かなくなったのだった。
「浄化完了‥‥いろいろあったがな」
武器を納め、つぶやくクジョウの視線の隅に──体育座りで戦況を眺める少女の姿が映っていた。
●
天魔の処理は後詰めの処理班に任せ、メンバーは戦闘に乱入してきた少女──春苑佳澄の事情聴取を行った。
彼女が何者なのか、どういうつもりで危険な戦場に突っ込んできたのか。彼女が言い分を一通り話し終わった後、最初に待っていたのは‥‥。
「うぎゅっ」
クジョウの拳骨だった。
目の端に涙を浮かべて脳天をさする佳澄だが、抗議はしない。
「一人で突っ走るな、アホ後輩が。死にに行くなら力を持ってからだ」
右手を振りつつ、クジョウが言う。
「意気は買うが、それだけでは‥‥な」
静流もそれに同調した。
「てめぇの夢をかなえたけりゃそれ相応の力を手に入れてからやればいい」
戦闘中かなりきつい態度をとった零斗も、ややぶっきらぼうな態度ながら一応のフォローをする。
佳澄は答えず、うなだれてしまう。それを見て、ラグナが彼女の前に。紳士的な態度で、優しく諭す。
「天魔を倒そうという気持ちが本当なら、学ばなければならないことがたくさんあるよ‥‥お嬢さん」
穏やかにほほえみを浮かべつつ。
「そうしてこそ、初めて‥‥君のおばあ様が伝えてくれた力も生きるはず。君は学ぶべきだ。だって──」
心細げな瞳が、ラグナを映した。
「誰かを‥‥君やまわりの大切な人たちを護るために戦ってきたのだろう、おばあ様は?」
「う‥‥」
なにがきっかけとなったのか。
「う、う〜、うぐっ、うぇえ‥‥」
佳澄は堰を切ったように泣き出してしまったのだった。
「あの、みなさん‥‥どうも、すみませんでした」
しばらくたってようやく泣きやんだ佳澄は、全員に謝罪した。
「こちらこそ、戦闘中はひどいこと言っちゃってごめんね」
颯真が答えると、佳澄は肩をびくりとふるわせて彼を見る。
「え? あの‥‥」
「俺、敵を前にすると、ちょっと口が悪くなっちゃって‥‥」
戦闘中とは違い、脳天気な笑顔を浮かべる颯真に、佳澄は目をぱちくりとさせた。
「それでは、これで」
アートルムが佳澄に別れの挨拶をする。
とはいえ、これは一時的なものだ。
彼女はすすみ、彼らは戻る──行き先はどちらも同じ。
久遠ヶ原学園だ。
「あ、あのっ」
メンバーの背中に向かって、佳澄が声をかける。
「先輩方。これから、よろしくお願いしますっ」
深々とお辞儀。
あるものは足を止めて振り返り、あるものは軽く手を挙げてそれに応えた。
彼女の、初めての物語は、これでおしまい。
これからは久遠ヶ原で紡がれる、幾重にも重なる物語の一節となり、続いていくだろう。彼らと──数多の撃退士たちとともに。