街路樹もすっかり葉が落ちて、寒風に為すすべもなく枝を揺らしている。
そんな冬の大通りを、小鹿 あけび(
jc1037)は下を向いて歩いていた。
(クリスマスは毎年、家族そろってケーキを食べてたのに‥‥。父さん、母さんのバカ‥‥)
自然、ほっぺが膨らむのも無理ないことである。
とはいえ、いじけてばかりもいられない。今日はせっかくの依頼だ。
(クリスマス会を盛り上げて、みんなが笑顔になってくれたらいいな)
●
普段は会議や集会に使われるのであろう殺風景な広間で、クリスマスを楽しむのにふさわしい場所となるようきらきらしたモールや綿であちこち飾り付けが行われている。
「はい、これ追加ね」
「ああ」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が壁の高いところにモールを貼り付けていた凪(
jc1035)の足下に新しく大きな段ボールを置いた。
「力仕事は男手に振ってくれたらいいよ。ああ、テーブルはどう並べたらいいの?」
広間の奥はステージになっていて、そこに二メートルほどの高さのツリーがあった。
「ほら、このオーナメントをあの辺に飾ろうと思うのよ」
「あ、じゃあこれも一緒に飾ったらどうでしょう?」
六道 鈴音(
ja4192)は春苑 佳澄(jz0098)とツリーの飾り付け。
「やっぱりツリーはキラキラが大事よね!」
下の方はだいぶ飾りが充実してきて、後は背伸びでは届かない辺りをどうしようかと鈴音は首を巡らせる、
「隅野さん、ひさしぶりっ!」
広間に入ってきた隅野 花枝を見つけて呼び止めた。
「春苑さんは学園で会えるけど、隅野さんは機会がないとなかなか会えないもんね」
「六道さん、久しぶり。来てくれたんだね」
花枝も作業の手を止めて応えた。
「ところで、ツリーの上の方を飾りたいんだけど‥‥脚立ないかな?」
「あると思うけど‥‥どこかで使ってるかな」
「僕がやりますよ」
声がかかったので振り向くと、天宮 佳槻(
jb1989)が手を出していた。
「一応、飛べますから」
佳槻は鈴音が持っていた大きな星を受け取ると翼で舞い上がり、ツリーのてっぺんに丁寧に乗せたのだった。
傍では、夏木 夕乃(
ja9092)がせっせと手を動かしている。
「何作ってるの?」
「バルーンアートです。これがツリーに、トナカイに‥‥」
夕乃はすでにできあがっているものを佳澄に見せた。
「わ、可愛い‥‥わっと!」
「後ろ通るぜー」
バルーンに見入っていた佳澄の後ろを、地堂 光(
jb4992)が駆けるようにすり抜けて──行こうとして、立ち止まった。
「あれ、、あんた確か‥‥」
光は花枝の方を見ている。
「花枝ちゃん? 光くんと会ってるとしたら、文化祭かなあ。学園に遊びに来たし」
「お、そうそう。会ったっていうか、見かけたんでな。俺の幼なじみが案内したり顔真っ赤にしたりしてるときに」
光はいたずらっぽく笑って作業に戻っていく。続いて楯岡 光人がメモ紙片手にやってきた。
「お疲れさまです、楯岡さん」
「買い出しをお願いしたいのですが、どなたか手が空いている方は?」
鈴音が挨拶したが、彼女とて暇というわけではない。
「すみません〜、楯岡さんはこちらでしょうかぁ〜?」
そこへ、神ヶ島 鈴歌(
jb9935)が入ってきた。
「鈴歌ちゃん、楯岡さんなら丁度そこにいるよ」
「あ、光人お兄ちゃん♪ お料理で足りない材料があるので、買い出しにお付き合いお願いしますぅ〜♪」
「‥‥確かに、この中では私が一番暇そうですね」
楯岡は鈴歌から買い出しのメモを受け取って目を通すと、自分のメモごと彼女へと返した。
「では、二人で行きましょう」
そう言ってから、ふと思い出したように付け加える。「妹が悪漢に襲われたら助ける役もしないといけませんしね」
「あはは、頑張ってくださいね!」
「お兄ちゃん、よろしくお願いしますぅ〜♪」
佳澄に激励され、嬉しそうな鈴歌に手を引かれて楯岡は広間を出ていった。
*
「サラダはこれでよし‥‥そろそろお肉をカットしましょうか」
こちらは厨房。木嶋香里(
jb7748)がホイルの包みを開くと、こんがり焼けたローストビーフが湯気を立ち上らせる。包丁で薄くカットしていくと、中はしっとりと美しいピンク色だった。
「七面鳥もいい感じよォ‥‥。あと三十分ってところかしらァ‥‥?」
複数台設置されているオーブンの傍で、黒百合(
ja0422)が丸焼きの様子を伝えた。
香里の向かい側では鳳 静矢(
ja3856)がおにぎりを握っていた。
「さすが、お上手ですね」
「ありがとう。子供たちが喜んでくれるといいんだが」
静矢が作っているものは、玉子焼きや唐揚げなど、子供が好んで食べるものばかりだ。
「サンドイッチは、これでいいだろうか‥‥?」
二人に声をかけたのは、比那風 莉月(
jb8381)。
大皿にきれいにカットされたサンドイッチを並べている。
「ええ、素敵だと思います♪」
「そうか‥‥弟の為に磨いた料理スキルが役に立つとは‥‥」
莉月は手元に置いてあったコーラの栓をあけると、ぐいと飲んだ。
御笠 結架(
jc0825)はスポンジケーキにクリームを塗っている。
丁寧に手を動かしながら、結架は熱心になにやら呟いている。
「美味しくなぁれ、嬉しくなぁれ、皆の笑顔が溢れる様に、です♪」
立派なクリスマスケーキを前にした子供たちの笑顔を想像しながら、料理に魔法をかけているのだった。
志堂 龍実(
ja9408)がオーブンを開けると、香ばしく焼き色がついたパイが取り出された。
「いい匂いだな‥‥」
莉月が鼻をひくつかせる。
「ああ、いいリンゴがあったから、アップルパイを作ってみたんだ」
龍実がパイに粉砂糖を振りかけると、パイに雪が積もったように白く染まった。
「これでクリスマスデザートらしくなったかな」
「次、オーブン‥‥いいか?」
莉月がそう聞いたので、龍実はそちらを見やる。
「ああ。そっちは何を焼くんだ?」
「クッキーをな‥‥」
すでに天板に並べられた生地は、どれも可愛らしい動物の形をしていた。
「いい感じじゃないか。子供たちが喜びそうだ」
「そうだといいな‥‥」
「そうねェ、せっかくだから楽しませないとねぇ‥‥♪」
莉月と龍実の横から、黒百合が天板を覗き込む。
「でもどうせならァ、ちょっとは変わったことをしたいわよねェ‥‥アハァ♪」
彼女はなにやら企み顔で笑うのだった。
香里が切り分けたローストビーフを盛りつけ終えた頃、通用口の扉が開き、鈴歌が入ってきた。
「買い出し終わりですぅ〜♪ 材料が全部あるか、確認して下さいなぁ〜♪」
「はい、今いきますね」
香里が鈴歌の元へ向かう。
すると、置かれたままの料理のそばに、なにやらちっちゃなペンギンがぴょこぴょこ、ぴょこり。
翼の先をそーっと伸ばして、ローストビーフを一切れ、つまみ取った。
「美味いみゅぅ〜〜」
ペンギン姿の東雲みゅう(
jb7012)は、口に入れたお肉の美味しさに、思わずその場を転げ回る!
が、ふと気がつくと‥‥香里がみゅうを見下ろしていた。
「こら、つまみ食いは駄目ですよ」
「みゅう‥‥ごめんなさい」
素直に謝るみゅうに、香里は優しく言った。
「クリスマス会が始まったら、たくさん食べられますよ♪ お手伝いに来てくれたんですか?」
「はっ、そうだった! みゅうはね、お手伝いに来たの!」
「それじゃあ、出来上がってる料理を運んでもらえますか?」
「わかったのだぁ〜〜!」
ペンギンの翼で料理の乗ったお皿を器用に持つと、みゅうはぺたぺたと厨房を出ていくのだった。
*
殺風景だ立った広間は今や、赤と緑を中心に色とりどりのモールや星、夕乃のバルーンなどに飾りたてられていた。
テーブルには真っ白なクロスが引かれ、完成した料理が次々と並べられていく。
料理を終えた静矢は、クロスの端をぴんと伸ばして皺をなくす作業に集中していた。
「皺があると、見栄えも悪いが物を置きにくくなるしな」
一枚の写真のように整ったテーブルに、満足そうな静矢。
「ああ、ところで。交換会用のプレゼントは、いつ出せばいいのかな」
「それなら、今でもいいですよ」
壁際に休息用の椅子を並べながら、花枝が答えた。
「そうか。では持ってこよう‥‥台車か何かあるといいのだが」
「台車?」
*
静矢は抱えきれない量のおもちゃやら何やらを花枝の前に積み上げた。
「これで全部だ」
「ひ、ひとつでいいんですよ!?」
交換会なんですから、と戸惑う花枝だが、静矢は意に介さない。
「子供たちへのプレゼントに、付けてあげてくれればいいさ。せっかくだからな」
「は、はあ‥‥ありがとうございます」
結局、最後は礼を言って大量のプレゼントを預かったのだった。
*
「あとは、招待客を待つばかりか」
黙々と作業を続けていた凪は、自分の仕事を一通り終えてふと。
「クリスマス会か。まぁ‥‥こんな時勢、それ位しないと、やってられないしな」
「私が小さい頃はこういうイベントって縁がなかったな」
青空・アルベール(
ja0732)が呟くように言った。
彼は子供たちに配るために用意されたお菓子入りの靴下に、ひとつずつ彼らの名前を縫いつけている。
「賑やかに楽しく過ごせるのはすごく素敵だな‥‥楽しい日になるといいね」
「あたしも、クリスマスを大勢で祝うのは初めてだわ」
オリガ・メルツァロヴァ(
jb7706)は、思い出したかのように配膳の手を止めて言った。
「ここに来る前は、深い森の奥に住んでいたから‥‥」
「私も小さい頃はお爺ちゃんと二人暮らしだったからな。クリスマスらしいクリスマスを過ごした記憶はないが」
青空は懐かしそうに言う。
「サンタさんは何故か、毎年来てたな‥‥」
「お爺さん、そこはしっかりなさってたんですね」
佳澄が相づちを打つ。──が、青空はピンと来ないという顔をした。
「ん? いや、お爺ちゃんとは特に何もしなかったけどサンタさんは来てた、という話だぞ?」
「え、だからつまり──」
佳澄は指先をくるくる回して、それからしまったという顔をした。
「あ」
「さて、春苑ちゃんは向こうを手伝ってもらおうかな」
滑るようにジェンティアンが間に入った。佳澄に背中を向かせて、小声でささやく。
「信じられる人は、信じていていいのさ。‥‥ね?」
佳澄はこくこく頷いて、ぎくしゃくとそこを離れていった。
残された青空はぽかんとしている。
「え、サンタさん‥‥いるよね?」
●
パーティーの時間になり、招待されていた家族が会場に続々と足を運んでくる。
「わあー」「すごーい!」
子供たちは、きらめく会場内をきょろきょろ見回し‥‥中には、我慢しきれずに走り出すものもいる。
当然、そういう子は前なんか見ていないので、あっという間に転ぶ。絨毯の上に柔らかい鼻をめいっぱいぶつけそうになったところを、光がひょいとすくい上げた。
「おっと、気を付けろよな」
状況が飲み込めず目を白黒させている子供を立たせる。
「ほら、あっちでお菓子配ってるぞ」
子供はまた夢中になって走っていった。
「光くん、お見事!」
「ああいうのは慣れっこだからな‥‥性分ってヤツだ」
佳澄に誉められ、光は照れくさそうに頭を掻いた。
会場には、すでに複数の「サンタさん」がいた。
「さあおいでっ! 子供たちにプレゼントがあるよ!」
青空はサンタの格好で、元気に呼びかける。ヒリュウも喚んで周りをくるりと飛ばせると、子供たちは自然と集まってきた。
「ようこそ、君の名前はなにかな?」
そうやって聞いては、名前を縫いつけたお菓子入りの靴下をプレゼントに。
その向こうではサラ=ブラックバーン(
jc0977)も、子供たちにクッキーの詰め合わせを配っている。
「フィンランドから飛んできました、サンタさんです」
本当にフィンランド出身というわけではないが、地で金髪碧眼の彼女の言葉はそれなりに信憑性をあった。
さらにもう一人、風変わりなサンタもいた。
「カボチャだ!」「かぼちゃだー!」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)扮するサンタは、首から下は確かにサンタだが、顔は南瓜のマスクで隠されていた。
「なんでかぼちゃなのー?」
そう聞かれてもカボチャサンタは答えず、子供の前で手を開くが、そこにはなにも乗っていない。
子供がそこを覗き込むと、一度グー、パー。
「あれ!?」
するとそこにはキャンディが一つ。
もう一度やるとキャンディが二つ。
子供に手を出させ、そこに持っていたキャンディを──ざらざらといくつも落として見せた。
子供たちがわっと湧く。賞賛を浴びたカボチャサンタは立ち上がって大仰に礼をすると、くるりと一回転。
と思ったらふらふらよろめいてずっこけ、立ち上がろうとしてマスクをテーブルにぶっつけた。
ひょうきんな仕草に子供も大人もすっかり引き込まれ、彼の周りにはしばらく人だかりが出来ていた。
*
そのころ、平野 尚矢・勇矢の双子も、母親の有香に手を引かれて会場にやってきた。
彼らは有香の手をこれでもかと引っ張りながら、ぐいぐい先に進んでいく。
「そんなに急がんでも、逃げやしないよ」
彼らの曾祖母である小野 八重子は、杖をつきながらゆっくり後を追う。
そんな彼女にジェンティアンが近づいて、自然な仕草ですい、と手を差し伸べた。
「ようこそいらっしゃいました。お手をどうぞ、お嬢さん」
さわやかな微笑を向けられて、八重子は訝しげに見上げる。
「こんなばあさん捕まえてお嬢さんって、よく言うね」
「レディに歳は関係ありませんよ」
ジェンティアンはさも当然、と言い切った。その微笑が幾らも揺らがないのを見て、八重子は相好を崩す。
「じゃあお言葉に甘えるかね。ふふ、こんなイケメンにエスコートされるなんて、長生きはするもんだね」
「光栄です」
八重子の手を恭しく取って、ジェンティアンはゆっくりと彼女を導いた。
一足先に中へ入った双子はきょろきょろあちこち見渡し進む。
「サンタいるぞ、ユウ!」「カボチャもいるね」
無邪気にはしゃぐナオと、なにやら戸惑い気味のユウはやがて、テーブルの傍でドリンクを並べている佳槻に気がついた。
「兄ちゃん、こんばんは!」
駆け寄ってきた二人に挨拶された佳槻は「今晩は」と会釈をした。
「今日は屋台の人じゃないの?」
答える代わりに、佳槻はグラスを手にとって二人に見せた。
「今日はこれです」
彼が用意していたのは、三色に分かれた不思議なジュースだった。二人は目をまん丸にして覗き込む。
「すげー!」「すげー‥‥」
「飲むときは、かき混ぜて下さいね」
「ナオ、ユウ!」
母親の有香が追いついてきた。佳槻を認めて「あら、確か‥‥」と呟く。
「どうも」
佳槻は幾らかぞんざいに会釈を返した。
ナオがジュースをかき混ぜて、ストローを口に含む。
「あ、美味い」率直な感想を口にした。「兄ちゃんって、本当は何屋さんなんだ?」
一方、ナオは青空たちサンタが場を盛り上げているのを眺めている。
「ねえ」
佳槻を見上げ、納得がいかないような面もちで聞いてきた。
「あそこにいるのって、本物じゃないよね。サンタさんって、本当にいるのかな?」
佳槻は平静を保ったまま、答えた。
「サンタはいますよ。あの中にも、本物がいるかもしれませんね」
「でも、俺が聞いたことのあるサンタとは違うんだけど‥‥」
「初代のサンタは、もう亡くなりましたが」
しれっとすごいことを言う佳槻。
「誰かを喜ばせたいというその精神は世界中の人に受け継がれて、クリスマスになると世界中にサンタが現れるのです」
「ほら、兄ちゃんも言ってるじゃんか」
ナオはストローをじゅるじゅるさせながらユウの肩をたたいた。ジュースは結局彼一人で飲んでしまった。
佳槻は新しいグラスをユウに渡してやる。
「あそこにフィンランドからきたサンタがいますよ。話を聞いてきたらどうですか?」
サラの方を指し示した。
「その方のおっしゃるとおりです」
本場フィンランドからやってきたサンタ(政府未公認)・サラは二人に大きく頷いて見せた。
「サンタさんは沢山います。皆で力を合わせてプレゼントを配るのですよ?」
二人に合わせて屈み込み、勇気づけるように笑顔を向ける。
クッキーの袋を一つずつ手渡しながら。
「子供は世界中にいますから」
今日もこれから、ほかにもサンタさんがやってきます──サラがそう言うと、双子は顔を見合わせた。
*
「これ、かわいーね」
女の子たちがツリーの傍に並べられたバルーンを手にとって見ている。
「ふふ、ありがとう」
「おねえちゃんが作ったの?」
夕乃は得意げに頷いた。「そうだよー、何かリクエストがあるなら、作ってあげようか?」
女の子たちはクリスマスの定番アイテムが並べられたバルーンをもう一度見て、言った。
「サンタさんはー?」
「それは、ダメです。今日のメインゲストですから‥‥べ、べつに難しいからじゃないんですからねっ」
子供らに見上げられて、あわててそう付け加える夕乃だった。
「はい、どうぞ。いっぱい食べて、楽しんでいって下さいね♪」
香里はパーティーが始まっても希望者に料理を取り分けたりと、もっぱらホスト側として働き続けていた。
「香里ちゃん、お疲れさま!」
「ずっと働いてない? 大丈夫?」
佳澄と花枝が傍まで来て労う。
「私も楽しんでますから、ご心配なく♪」
*
招待客──とくに子供たちは、立ち入り禁止の控え室。
「多少着膨れさせた方がサンタらしいですかね‥‥?」
「‥‥綿、もっと詰める?」
八重咲堂 夕刻(
jb1033)は、オリガをお手伝いにして準備に余念がない。
「本で見たサンタさんは、もっと立派なおなかをしていたもの」
夕刻はそのままだとほっそりとたおやかな初老の紳士だ。
綿やら布やらを衣装の下にめいっぱい詰めて、元から用意していた長い白髭を取り付ける。夕刻は一歩離れてオリガに向き直った。
「ほっほっほ。‥‥どうでしょう?」
口調もそれらしく変え、にこやかに笑ってみせると、オリガは満足げに頷いた。
「そう、そうね。きっとそんな感じだと思うの」
「さあ、では行きましょう‥‥行くとしようかのう」
「ええ、きっと皆、喜んでくれるわ」
●
「やっほー、みんな! クリスマスパーティーを楽しんでるかなっ?」
ステージに新たなミニスカサンタが現れた。
「サンタさんの見習いをしている川澄文歌(
jb7507)です。よろしくねっ」
彼女の挨拶に、子供たちはざわめいた。
「サンタさんって、見習いがいるんだ!」「修行とかするの?」
「それは秘密です」
口々に飛ぶ質問を封じて、文歌は会場全体に呼びかけた。
「さあ、これからまた、素敵なサンタさんがやって来るよ。‥‥まずは、窓に注目!」
文歌が合図すると、蛍光灯の明かりが一段暗くなった。
電源を切った只野黒子(
ja0049)はそのまま素早く窓際へ移動すると、カーテンを引き、窓を開け放つ。子供も大人も暗い窓の外を見る。
「なあに?」「何もいないよ」
口をとがらせる子供の肩に、鈴音がそっと手を掛ける。
「ほら、もうすぐだよ! よく見て‥‥」
視線を上の方へ誘導してやると、誰かが叫んだ。
「あっ!」「いた!」
公民館の屋根よりもさらに高いところで、トナカイ──の様な動物が、そりを引いている。
そこにはもちろん人影があり、こちらを目指して降りてくるのだ!
「こっち、こっち!」
子供たちに大声で誘導される中、トナカイとそりと人は、開け放たれた窓からパーティー会場へと乗り込んだのだった。
黒子がまた明かりをつけた。
(うむ、完璧な登場じゃな)
白蛇(
jb0889)は最大限の自己評価とともにそりから降り立った。
トナカイは彼女の司──スレイプニルである。
借り物のそりは飛びも浮かびもしないので、どうしたかといえば彼女が自分の力で支えていた。少々腕が疲れたが、その分インパクトは十分だろう。
子供たちは目をいっぱいに広げてこちらを見ている──が、大歓迎かと思えばそうでもないようだ。
「サンタさん‥‥?」
「思ってたのと違うね」
実際の年齢はともかくとして、白蛇の外見は少女同然だ。だが、もちろんその程度のことは折り込み済みである。
「戸惑うのも無理はない、だがわしは紛う事なきさんたくろーす‥‥の、孫娘じゃ」
にこと呼ぶがよい、と胸を張る白蛇。
「ええと、じゃあ‥‥にこちゃんの、おじいちゃんは?」
誰かが聞いた。「今日は来ない?」
「ふふふ、さてどうかのう?」
白蛇が意味ありげに口の端をつり上げる。すると──。
「なんと、こりゃいかん‥‥ここには暖炉がないのう」
どこからか老人の声が響いて、子供たちは辺りを見回した。
「だあれ?」「どこにいるの?」
声は白蛇を取り囲む子供たちの、後ろから聞こえる。
「わしは暖炉がない部屋には入れないんじゃ。ただ──いい子たちが輪を作ってくれたら、入れるかもしれんのう」
子供たちが顔を見合わせる中、オリガがすっと進み出る。
「さあ、皆。手をつないで」
ステージの方へ呼び寄せて、全員で輪っかを作らせた。
「いいわ」
「目を瞑って三秒、数えるんじゃよ‥‥こらこら瞑ったフリではプレゼントはあげられないのう」
子供たちが全員、しっかりと目を閉じたのを確認して、オリガは数えた。
「1、2‥‥3」
「メリークリスマース」
輪っかの中から声がして、子供たちがびっくりして目を開ける。
誰もが絵本やなにかで見たような、そのままのサンタクロースが、白髭の奥の口元を柔和にほころばせてそこに立っていたのだった。
白髭サンタは子供たちの頭を順繰りに撫でていく。
「すげー、本物だ!」
ナオは素直に喜んでいたが、ユウはそれでもまだ不安そうにして見上げてきた。
「‥‥本当に、本物?」
サンタはユウの前に屈み込むと、懐から一枚のはがきを彼に手渡した。
ユウははがきを見て、固まる。
「どうした?」
ナオが覗き込んで、素っ頓狂な声を出した。
「あっ、これ、父さんからじゃん!」
海外赴任から滅多に帰ってこない父親からの、クリスマスカードだった。
「皆には、内緒じゃよ」
サンタは双子にウインクして見せた。
「さあ、今日はまだサンタが来ておるようじゃぞ」
白髭サンタが窓の外を示すと、皆が一斉に見る。(黒子が素早く照明を調節した)
暗い夜の闇を、光を纏って降りてくる女性の姿があった。
フィルグリント ウルスマギナ(
jc0986)は背中の翼をはためかせ、サンタというよりはまるで神の御使いであるかのように厳粛な空気とともに降り立つ。
周りがその様子に息を呑むなか、フィルグリントは閉じていた瞼を開き、蒼色の瞳でゆっくりと見渡す。
「お姉さんも‥‥サンタさんなの?」
「ええ、サンタの新しい形なんですよ」
にっこり微笑んだ。
さらに、関羽(
jc0689)もサンタクロースの出で立ちで現れた。立派な髭は彼の自前だ。
「わしの肩に乗りたいものはいるかな?」
子供たちから見れば天を突くような偉丈夫。最初は怖がっていた子たちも、最後は我先にと肩に乗りたがった。
「さあ、それではケーキを切りましょうか」
香里がケーキカット用のナイフを持ち出すのを見て、結架が声を掛けた。
「私が焼いたものも、よろしくお願いします」
「はい、お任せください♪ 結架さんは演奏、頑張って下さいね♪」
結架はその手にバイオリンを持っていた。
ステージの端にピアノが設置されている。あけびはその椅子に座って出番を待っていた。
(みんな楽しそうにしてる。あたしも、盛り上げるために頑張らなくちゃ)
ピアノの鍵盤をなぞっていると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
「川澄さん、御笠さん、よろしくお願いします」
文歌はクラリネットを構えている。その隣に結架が並んだ。
あけびは鍵盤に両手を添える。
三人呼吸を合わせ、演奏が始まった。
耳に馴染んだ曲がステージから流れてくる。
「クリスマスソングですね」
エイルズレトラがケーキを口に運びつつ言った。そういえば、カボチャサンタはいつの間にか姿を消している。
フィルグリントがステージへ向かい、演奏中の三人に目配せすると、曲に合わせて美しい声で歌い始めた。
「さぁ、みんな一緒に歌おうよ♪」
文歌が一旦、楽器から口を離し、呼びかける。
ジェンティアンも立ち上がり周りを促すように、朗らかな笑顔とともに歌声を重ねると、彼らに背中を押されるように、子供たちも一緒になって口ずさみ始める。
それからしばらくは、会場に沢山の歌声が響いていた。
●
「それでは、プレゼントの交換会を始めたいと思います」
会場の照明が落とされ、静矢と光がテーブルに置かれていたキャンドルライトに火を灯していく。緩やかで幻想的な雰囲気が辺りを満たした。
「みなさんに一つずつ、袋を渡していきます。明かりがついたら、開けて下さいね」
一人一人にプレゼントの入った包みが渡されていく。静矢の提供品があるので、子供たちへのものは一回り大きい包みだった。
「それじゃ、開けてみて下さい!」
「毛糸の手袋だ!」
「私のは‥‥オルゴールね」
「写真立てか。何を飾ろうか?」
皆自分の包みを開けて、見せ合い始めている。
黒百合が開けた包みからは。
「お守り‥‥ねェ?」
「僕も同じでした。安全祈願、とありますね」
エイルズレトラと二人、顔を見合わせる。
「お二人は無茶が多いですから。心配した方がいらしたのでは?」
黒子が何食わぬ顔でそう言った。
「わあ、くまさんだ。箱を持ってる」
「‥‥箱、開けてみるといいですよ」
白いテディベアを引き当てた子供を見つけて、結架がそっと耳打ちする。
「え? ‥‥あ、何か入ってる!」
小箱の中に、ハンカチが入っていた。子供がはしゃぐのを見て、結架も自然と笑顔になった。
「あっ、写真集だね。‥‥わ、可愛い!」
佳澄が引き当てたのは、愛らしい子猫の写真集だった。
「誰のプレゼントだろう?」
「‥‥俺のだ」
と答えたのは、凪であった。
「小さな生命、嫌いなものはなかなか居ないだろうと思ったが‥‥気に入らなかったか?」
「あ、いえ、すごく嬉しいです!」
ただ、ちょっと組み合わせが予想外でびっくりしてしまっただけである。
「ん、これ‥‥ポテトチップス?」
「はっ、それはなんと、超限定品のポテチなのだぁぁ〜〜!」
女性が包みを開けて首を傾げていると、みゅうが大声を上げた。
「みゅうも手放したくなかったけど、この日のために、大奮発しちゃったのだ!」
どうやらこれは彼女のプレゼントのようだ。
「うーん、じゃあ、ここで皆で食べちゃおっか?」
女性はそういうと、ギザギザのところから袋を開けようとした。
「ちょっと待つのだぁ〜! 皆で食べるなら、パーティー開けにするの!」
みゅうは袋をひったくると、袋を背面のつなぎ目から大きく開き、テーブルの上に置く。
「これでよし。パーティー開けは皆が幸せになれる魔法の開け方なのだ!」
ちなみに超限定品のポテチはとても美味しかったそうな。
楯岡の元にも、プレゼントが届けられた。銀色のマフラーに、鈴が添えられている。
「これは‥‥聞かなくても、誰からかわかりますね」
鈴を取り出すと、それは歌うようにしてからころと音を鳴らした。
「ナオは、何もらったんだい」
「サッカーボール! ばーちゃんは?」
「あたしは、文庫本だね。きれいな栞が挟まってるよ」
八重子と尚矢が喜んでくれているのを見て、龍実はほっと息を吐く。
「皆が平和に過ごせる未来にしなきゃな」
子供たちもお年寄りも笑って過ごせる、そんな当たり前の将来を‥‥その為に、自分は頑張っている。
沢山の人々の笑顔に囲まれて、龍実はまた強く心に誓うのだった。
●
料理も残り少なくなり、お開きの時間が近づいて来た頃。
「さてェ‥‥皆、ちょっといいかしらァ」
窓の手前で、黒百合が呼んだ。光纏した彼女もまた、サンタクロースの衣装に身を包んでいる。
「最後に、ちょっとしたプレゼントォ‥‥上着を着たら、こちらへ来てくれるゥ‥‥?」
窓の外を見て、子供たちがあっと歓声を上げた。
「花火だー!」
「ささやかではあるけれど、冬花火と洒落込みましょォ‥‥♪」
*
広間の外の小さな庭で、色とりどりの炎の華が咲いている。
莉月も手持ち花火の炎を眺めながら‥‥今日何本目かのコーラの栓を開けた。
ふと気づくと子供が一人、彼のことをじっと見ている。
「どうかしたか?」
「たんさんは、飲んじゃダメって、ママが言ってた」
「ああ‥‥」
莉月は表情を変えず、答えた。
「だが‥‥私の体液はコーラなんだ‥‥」
子供は目をしばたたかせると、「じゃあ、仕方ないね」と真顔で頷き、駆け去っていった。
「終わった花火は、この水を張ったバケツに入れていってね!」
鈴音が招待客に呼びかけている。
「皆楽しんでくれたようで、よかったな!」
青空は幾分興奮した様子で言った。
「サンタの演出もすごかったしなー。本物が紛れていてもおかしくないくらいだったな」
「もしかしたら、本当に紛れていたのかもしれませんよ」
青空にそう言ったのは、夕刻である。
「あれ? ところで、白髭のサンタさんは‥‥」
気がついたらいなくなっていたが、いつ帰ってしまったのだろう?
夕刻は何も言わず、ただ穏やかな笑みを浮かべていた。
「‥‥あれ?」
あけびがふと手を開くと、小さな粒がふわりと乗った。
「もしかして‥‥」
「雪、ですね!」
結架があけびの手元を覗き、文歌は空を仰ぎ見る。
「雪花火っていうのも、オツねェ‥‥♪」
黒百合は残してあった線香花火に火をつけて、火花に白い粒が飲み込まれる様を楽しんだ。
(サンタさんが居るかどうかを決めるのは、誰かじゃ無くて自分だと思うのです)
自らの掌にも雪の粒を乗せながら、結架は思った。
いつか魔法が消える日が来るとしても、今日という日の思い出は、きっと消えずに残るだろう。
子供たちにも、家族にも、そして自分自身にも。
またいつかの冬の日に、きっと懐かしく思い出せるはずだ。