.


マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/12/24


みんなの思い出



オープニング

 ゆらゆらと薄暗い部屋のほとんど真ん中に、重厚で立派な机があり、黒革張りの椅子に男が座っている。

 ──座っているといえば確かにその通りなのだが、両足を机の上に投げ出して、ひどく行儀の悪い座り方だ。
 男は難しい顔で手のひらの中の携帯端末とにらめっこしている。

 端末は起動しており、レガが指先を当ててすいと動かすと、画面もつられて動いた。
 続いて、画面内にいくつか浮かんでいるアイコンの一つをとんと押す。
 一旦画面が暗くなり、何かのアプリが立ち上がって──。


    接続が できません。


 端的なポップアップが出た後、アプリは勝手に終了した。

「‥‥これも使えんではないか」
 レガ(jz0135)は端末を机の上に放り投げた。機械を扱い慣れているものならひやりとするような派手な音がしたが、悪魔は気にもとめない。
「電話とやらも結局できん。何のために寄越したのだ、あれは」

 この端末は、つい先日にとある撃退士から譲られたものだった──電話番号付きで。

 その際に簡単な使い方も教わったレガは、自分のゲートに帰ってきてから実際に使ってみようとした。が、端末はどこにもつながらない。
「壊れているのか? ‥‥それとも、やはり何か暗号を解かなければいけないのか」
 レガは首を傾げる。

 懸命に責務を全うせんとする撃退士諸君なら、ゲートやその結界での戦いの際に貸し出される『光信機』という機械を知っているだろう。
 それでなければ、ゲートなどでは通信が出来ない。
 そして、レガが通話を試みているのはゲート内の自室。

 ということは──まあ、そういうことであった。


 電話そのものは知っていたらしいレガだが、それがどんな仕組みで動いているかなんて事は知るはずもない。
「さて‥‥あれがまだ生きていれば、多少のことは分かったかもしれないが」
 室内を見渡すと、殺風景なそこにレガ以外の人影はない。
 ただし、入り口のすぐ脇に、一匹の狼がたたずんでいる。
 黒い毛皮の狼は行儀よく、微動だにせずにただ、そこにいた。
 レガは狼を一瞥したが、すぐに鼻を鳴らした。
「お前ではどうしようもないな」
 狼はほんの少し目を細めただけだった。

「さて」
 レガは机から脚をおろす。
「どうせ暇だ。分かるものに聞きにいくか」
 椅子から立ち上がり、着ていたスーツの裾を直しながら入り口へ向かうと、狼が主を見上げた。
 軽く訴えるような視線を受け止めて、レガはつと思案する。
「‥‥そうだな、お前も待機ばかりでは鈍るか」
 散歩だ、ついてこい。

 レガが言い残した言葉に従い、狼は静かに悪魔の後を追った。



 先日撃退士たちと戦いを繰り広げた荒れ地を抜け、レガは何の迷いもなく人の住むエリアへと入り込んだ。
 均質な作りの一軒家が整然と並ぶ通りを闊歩する。

 人間の常識で語れば平日の真っ昼間である。住宅街に人影は少ない。
 ときどき主婦らしき女性とすれ違うことはあるが、彼女らはレガと目を合わせようとはせず、通り過ぎてから物珍しそうに様子を伺うか、あからさまに道をはずれていくばかりだった。
 ‥‥スーツの胸をはだけた赤銅肌の男が、縄もつけない大型犬──に、見えなくもない狼を引き連れて歩いているのだから、当然といえばその通りである。

「ふむ」
 少し歩いて、レガはつまらなさそうに呟く。
「ここは駄目だな。もう少し人間が多いところにいくか」

   *

 あまり都会ではない地域のせいか、住宅地を抜けるとしばらくは建物の少ない道を行くことになった。
 車は頻繁に通っていくが、相変わらず人影は少ない。
 やがて一人と一匹の目に、大きなショッピングセンターが見えてきた。遠目に多数の人が流れ動いていく様子も見える。
「さて‥‥」
 レガが遠目からそちらを品定めしていると、それまでおとなしくつき従っていた狼がぐるる、と軽く唸った。
「なんだ?」
 レガは振り向く。
 すると、すぐそこに小さな人間がひとりでいて、よちよちとこちらに向かって来ているのが見えた。
 顔はぷくぷくしていて一目では性別がわかりにくいが、髪が短く刈り込まれているところを見ると、男の子だろうか。
「子供か」
 レガはあまり興味なさそうに一言で評した。
「電話の使い方が分かるようには見えんな。お帰り願え」
 狼は目を細めて了解の意を示すと、首を巡らした。四つ足の狼の頭に届かない背丈の幼子を見下ろす。

「‥‥グワアアッ!」

 低く、鋭い声で一つ吠えた。
 体長二メートルほどはある動物が牙をむき出しにして吠えたらそれだけで怖い。しかもこれはディアボロの咆哮だ。
 その子は、しばらく目を見開いてぽけっと立っていた。
 ──が、ぱちくりと二、三度瞬きをすると、また何事もなかったかのように近づいてくる。
 レガはほう、と小さく唸った。
「お前の声を間近で聞いても逃げださんとは、なかなか肝が据わっているな」
 まったく警戒せずにレガたちの側までやってきたその子は、小さな指で狼を指した。
「わんわん」
 断定口調である。
「何だそれは」
 意味が分からないレガは問い返したが、子供はおかまいなし。
 もう一度「わんわん」と呟くと、狼の毛皮に右手をぺたっと乗せた。
「あー、う!」
 そのまま狼の胴体に顔を押しつけ、嬉しそうにきゃっきゃと笑う。
 狼が首を動かしてレガをみた。少し困っているようだ。
「‥‥私が殺せといえば、君は五秒以内に喰い殺される位置にいるのだが」
 レガは面倒くさそうな様子で子供を脅してみたものの、やはり聞いていない。今度は狼に足をかけ、よじ登ろうとしているようだ。
「ヘンなのに絡まれたな。親はいないのか?」
 周囲を見回すが、相変わらず車は通るが徒歩の人はいない。
「捨て子か?」
 子供の身なりはきちんとしているし、肉付きもいい。捨てられたとしてもせいぜい昨日今日の話だろう──レガは彼なりの常識の範疇でそんなことを考えた。
「領域に連れて帰ってもいいが──とりあえず、今は邪魔だな」
 今日ここまで出てきたのは電話の使い方を知るためだ。
「ん、そうか」
 ふと思い出してレガは端末を取り出した。ゲートの中では失敗したのと同じ操作を、もう一度試してみる。

 そのときとは違って呼び出し中の表示になった。端末を耳に当てると、コール音もはっきり聞こえてくる。
「なんだ、ここでは使えるのか」
 レガは不思議そうに独りごちた。狼の背中に乗ることに成功した子供が「わんわん! わんわん!」と繰り返しながら毛皮を容赦なく引っ張っていた。

   *

 レガが電話をかけた先は、果たして狙ってそうしたものか、久遠ヶ原学園だった。

 当然、大騒ぎになった。


リプレイ本文

「ぁ、レガ(jz0135)さん発見‥‥あららぁ〜、可愛らしい状況ですぅ〜♪」

 状況を確認した神ヶ島 鈴歌(jb9935)は目を細めた。
 赤銅の悪魔と黒い狼、そしてその背中には幼児。
「‥‥撃退士とお花見してたと思ったら、今度は迷子の保護ですか」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は呆れたように。
「あの人、そのうち学園に出入りするようになるんじゃないでしょうね」

「来たか。‥‥見覚えのある顔ばかりだな」
 レガは撃退士をぐるりと見回し、君田 夢野(ja0561)に目を留めた。
「君はまた、ずいぶんボロボロだな」
「‥‥まあな」
 夢野は憮然とした顔で答える。
「ん、もしかしてやり過ぎだったか」
「あー、違う。この前四国でいろいろあったんだ」
 今日は死合うつもりはない、と夢野は片手をあげる。
「‥‥勝手にくたばらんよう、せいぜい気をつけることだ」
 レガは鼻を鳴らし、奥に控えていた軍装の少女を見やった。
「そちらは元気そうだな、どうする」
 気安いが剣呑な挨拶に、マキナ・ベルヴェルク(ja0067)はつと言葉に詰まるが、首を振った。
「私が武威を揮うは、戦場──。無論、あなたがそのつもりだというのなら、是非もありませんが」
「ふふ、堅いことだ」
 拳を下ろした悪魔を見て、マキナは小さく息を吐いた。

「えーと、レ、レ‥‥」
 シュタルク=バルト(jb9737)は何かを思い出そうとしばらく空を見て。
「‥‥まぁいいや。ナントカさん、久しぶりー。人狼さんだよー」
 あっさり放棄したようだった。

「レガ、迷子を保護していただき、ありがとうございます」
 エイルズレトラが礼を述べると、レガは怪訝な顔をする。「‥‥迷子?」
「ええ、迷子ですよ。孤児や捨て子なら、こんな小さな子供は一日だって一人では生きていけませんよ」
「ふむ‥‥確かにずいぶんと身なりはいいようだ」
「この子は親御さんの元に帰らねばなりません。その子をお預かりしたいのですが」
「連れて行くというなら構わんが」
 レガは答えたものの、難しそうな顔。
「こいつがな」
 幼児の首のあたりをむんずと掴み、引っ張り上げる。それまで上機嫌で狼の毛皮に埋もれていた幼児は、そこから引き離された途端、顔をゆがめた。

「泣くんだ」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!」

 耳をつんざく絶叫が辺りにこだまする。

 レガが幼児を狼の背に戻すと、嘘のように泣き声はやんだ。
「うるさくてかなわない。なんとか出来るというのなら、好きにしたまえ」
「なるほど」
 エイルズレトラは耳から手をどけると、幼児に近づいた。
「これならどうでしょう」
 ハートこと召喚獣・ヒリュウを呼び出してみせると、幼児は不思議そうにそちらを見やる。
「おー?」
 興味ありそげな様子で手を伸ばした。
 その隙に後ろに廻ったエイルズレトラが幼児をひょいと抱き上げる──。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!」

 駄目だった。
「困りましたね」
 と、そこへ。

「困っている人がいるなら即参上!」

 声が降ってきた。

「‥‥君は何故そんなところにいるのかね」
「口上は高いところからするのが常識だろう。トウッ!」
 電柱の結構上の方まで登っていた亀山 絳輝(ja2258)は胸を張って答えると、足場を蹴って華麗に着地。
「というわけで久々だな!」

   *

「別に引き離さなくていいんじゃないか?」
 幼児の頭をぽふぽふ撫で、絳輝。
「この子には狼と一緒に待っててもらって、親を連れてくればいいと思うぞ」
 結局、鈴歌とバルトが狼に付き添い、残りのものが手分けして親を捜してくることになった。
「よし、それなら‥‥五分待て!」
 絳輝は周りのものを制して一人で駆け去っていった。

「‥‥変な女だな、あれは」
「この子さ、モフモフしても大丈夫? おっけー?」
 絳輝を見送ったレガに、バルトが声をかけた。
 すでに幼児に背中を蹂躙されている狼が不安そうに(?)レガを見上げる。
「‥‥好きにしろ」
 だがレガがそう答えると、諦めたかのように下を向いた。
「お、ありがとー。いや、やっぱモフりたいんだ。人狼としてはさ」
 バルトは嬉しそうに幼児と一緒になって狼の毛皮を堪能し始めた。
「ああ、この狼、この前の戦いに参加してた子ですか」
 エイルズレトラは狼の正面に立つ。
「子守をしていただいて、ありがとうございます。握手しましょう」
 狼の右前肢を持ち上げ、「よろしく」と握手の体を取った。

「この子、名前はなんです?」
「名前?」
 レガは首を傾げた。「そんなものはないな」
 エイルズレトラは意外そうな顔をする。
「何か名付けてあげたらどうですか?」
 少し考える。「『ロボ』はどうでしょう。強くて賢い狼王にちなんだ名前です」
「私も考えてあげたいですぅ〜!」
 はいっ、と鈴歌が手を挙げた。
 レガは興味が湧いたとばかりにニイと笑う。
「では、考えておきたまえ。出揃ったら、こいつに決めさせよう」
「うー?」
 幼児は大きな眼をぱちくりとさせた。
 

   *

 絳輝が戻ってきた。
「いいもの持ってきたぞ」
 彼女が袋から取り出したのは‥‥ペット用の首輪に、リードだった。
「人界では動物にこれをつけることで、人の友達になるという証になる‥‥付けていいか?」
 レガはリードを軽く引っ張って、それから答えた。
「ふむ‥‥まあいいだろう」


「よし、それじゃ親を探しに行くぞ」
 狼に首輪を装着した絳輝はさも当然とばかりにレガの腕を取る。
「私も行くのか?」
「狼とお前、離しておいた方が戦力分散になるだろ?」
 真顔でそう言った後、すぐにいたずらっぽく笑う。
「嘘だ嘘! 私がお前とデートしたいだけだ」
「余裕があったら、ドーナツ買ってきてくれる? 食べたくなったから」
 バルトが声をかけ、絳輝は任せろ、と応えた。

「私も一緒に行きましょう。‥‥何かあったときのために」
 控えめな調子で、マキナが言った。二人からいくらか距離を保ったまま、後をついてくる。
(‥‥恐らく、何もありはしないのでしょう。彼は、戦狂いではない──そう信じられる程度には、私は彼を見知っている)
 だからといって、気さくに話が出来るほど心を許しているわけでもない。
 いくらか困惑している──感情の揺らぎが少ないマキナには珍しい心理状態を自覚しつつ、背を追って歩いた。



「ん、狼‥‥かわいいね」
 大型ショッピングセンターの少しはずれの辺りで、バルトは狼の首筋の辺りに手を突っ込んでいる。
 バルトの耳がぴくぴくと動く。狼のせなで、毛皮の一角を涎だらけにしていた幼児がその様子に気付き、「わんわん?」といって手を伸ばしてきた。
「わんわんじゃなくて、人狼だよー」
 バルトは手を躱し、代わりにポケットを探る。
「お菓子食べる?」
 残っていたあめ玉を見せてやると、幼児はぽてっとした掌で不器用にそれをつかみ取り、口に運んだ。
「あー、まー」
「僕は、あめ玉も好きですかぁ〜?」
「あまー、すき」
 つたない返事に頬を緩ませながら、鈴歌は幼児のまだ柔らかい髪の毛を梳くように撫でてやっている。
「もう少しで、ママが来るですよぉ〜‥‥」

   *

「広いだけあって、平日でも人が多いですね」
 エイルズレトラはショッピングセンターの人混みを縫うように進む。

 果たして見つけた迷子の預かり所。
「えー‥‥こういう格好のお子さんは、預かってないねえ」
 端末に収めておいた写真を見せると、係りの男は面倒臭そうに言った。
「いえ、こちらが保護しているんです」
 探しているのは親の方だといっても、男は「ああ、そうなの」と眠たげな返事だった。

「随分やる気のない係員でしたね」
 男の話では、つい先ほど迷子を探しに来た母親がいたらしい。
「まずはその人を見つけて、話を聞くとしましょう」

   *

 夢野はセンターの外れに交番があるのを見つけた。
「すまない、迷子を保護しているんだが‥‥」
「迷子?」年若い警官は訝しげに夢野をみた。「どこに?」
「ああ‥‥ちょっと事情があって、連れてはいないんだ」
 言いながら、あの狼を警察に見せてもいいものか、と夢野は思案する。
 首輪も付けて傍目には大型犬の様に見える‥‥といっても、よく見ればそうでないのは明白だし、ディアボロだと分かれば少々面倒なことになるかもしれない。
 あまり融通がきかなさそうな警官に、なんと説明しようかと考えていると、後ろから誰かが勢いよく駆け込んできて、夢野を押しのけた。

「あのっ、こっちのほうで‥‥子供、見ませんでしたか!?」

 年若い女性は肩で息をしながら警官に訴えかけ、それから夢野に気付いて、あら、と言った。

   *

 絳輝は店先に吊された小さなお菓子入りのブーツを手に取り、すぐ後ろの大男を振り返る。
「どうだこれ、かわいくないか?」
「どうだと言われても、なんだそれは」
 明るい店内に若干異風をなびかせるレガは憮然として聞いた。
「クリスマスプレゼント、皆に配ろうと思ってな」
 絳輝は気にせず上機嫌で、ブーツを人数分、取り上げていった。
「仲間の分はこれでよし。後は‥‥」
 きょろきょろと次の店を探す絳輝。
「‥‥親を探すとか、言っていなかったか?」
「ん? 探しているぞ。ついでにお前を案内しているんだ」
「お前の買い物に付き合わされているだけではないか」
 ぶつくさ文句を言いながらも、口ほど嫌ではなさそうに、レガは絳輝について行く。

 その様子を、マキナは一歩引いて見ていた。
 こうしてみれば、随分馴染んでいる。
 戦場で揮う暴虐なまでの力は微塵も感じさせない。異様ではあるが脅威ではない。
 そんな悪魔に絳輝は、いや彼女以外の仲間もまた、当たり前のように接している。
(‥‥敵対するなら、交えるのは力だけで良い)
 彼が倒すべき敵だという認識は、彼女のなかで寸分と動かない。
 だがそれ故に、もどかしさがあった。

 マキナは思う。
 ‥‥あぁ、彼がもっと悪魔らしければ、まだやり易かったと思うのに。

   *

「お前にはこれな」
 絳輝がレガに、買ったばかりのスマホ用カバーを渡した。
「なんか、扱いが雑そうだからなあ。結局、使い方もよくわかってなかったみたいだし」
 唐突に呼び出し音が鳴った。
「いや、これは私だ」
 絳輝は懐から自分の端末を取り出し、耳に当てて二言、三言。
「母親が見つかったそうだぞ。というわけで、戻るか‥‥おっと、ドーナツを頼まれてたんだっけな」
 マキナを追い抜き、また先へ行く。
 レガは絳輝を追っていこうとして──マキナの隣に並んだ。
「あれは、相当に変な女だ。とはいえ、君も大概だがな」
「私が?」
 レガは笑って答える。
「この世界にはこれだけ面白いものがあるというのに、『終焉』を望むと言うではないか」
 マキナは目を伏せた。
「‥‥今を地獄と思えばこそ、駆け抜けて終わらせたい。そう渇望するのです」
 その先に安息があると願えばこそ。

 本当にあるのかは、知らない。あると信じて進むほかはない。

 そんな彼女の思いを知ってか知らずか、レガはもう一度笑った。
「やはり、変な女だ」



 レガたちが戻ってくると、夢野が女性を連れてやって来るところだった。
 女性は狼の上の幼児を認めると駆け寄った。
「蛍子!」
「あららぁ、女の子だったのですねぇ〜♪」
 飽きもせず狼の毛皮を貪っていた幼児は顔を上げる。
「まーま」
 母親が彼女を抱き上げる。
「泣くぞ」
 とレガが言ったが、狼から引き離されても幼児は大人しく母親の胸に収まった。
「レガ、あれが『親』で『子』だ。不思議で面白くて興味深いだろ?」
 絳輝がふは、と笑った。

「この仔の名前、考えたのですぅ〜」
 鈴歌が狼の首筋を撫でながらレガを呼んだ。
「ヴィア‥‥はどうでしょうかぁ〜? ラテン語で『道』という意味ですぅ〜」
 どんな『道』でも駆け抜けていってほしいという思いが込められていると鈴歌は語った。
「ふむ‥‥ロボにヴィアか。呼び易さは大して変わらんな」
 レガは幼児に近づいた。
「君はどちらが好みかね?」
 幼児はレガを見上げ「ぶぁー?」と言った。
「ふむ」レガは頷く。「では、ヴィアにしよう」
 それを聞いて鈴歌は微笑み、「気に入ってくださると嬉しいのですぅ〜♪」といってまた狼──ヴィアを撫でるのだった。

   *

「ところでドーナツの穴って“有”なの? “無”なの?」
 絳輝に頼んでいたドーナツの箱を受け取ったバルトが唐突に口を開く。
「穴と生地のどちらがドーナツをドーナツだと決めているの?」
「何を言っているのかね君は」
 哲学的な問いを口にしていたバルト、やがて押し黙るとドーナツを一口はぐり。
「‥‥美味しいからどうでもいいか」
 あっさりと思考を放棄した。
「ね、ね、君はドーナツ好き?」
 一口分欠けたドーナツをレガに見せる。
「食べたことがないから分からん」
「美味しいから、食べてごらんよ」
 シナモン味のドーナツを押しつけた。

「レガ、今回はありがとうございました」
 エイルズレトラが畏まって礼を言った。
「ふん、まあ退屈は随分紛れたさ」
 軽い調子のレガに、夢野はつと真顔で向き直る。
「‥‥椿さんの命日が、もう遠くないな」
 老婆のヴァニタスが息を引き取ったのは、風の冷たい冬の曇天。十ヶ月ほど前のことだ。
 レガは何も答えず、ただ夢野を見た。
「お前の事は決して嫌いじゃない。むしろ好意すら抱ける方だ。
 だが、お前は小野家の絆を引き裂いた。それは俺にとってお前を斃すには十分すぎる理由だ」
 今日、子供と共にいるレガを見て、彼はそのことを思い出さずにはいられなかった。
「ケリは付ける。それだけは譲れない」
「威勢のいいことを言うのなら、まずは傷を治すことだな」
 レガは泰然とした態度を崩さず、言った。
「全力でくれば、私は全力で応える。戦いは私が生きる意味の半分だ。いつでも受けて立とう」

「次は僕が気絶する前に、攻撃を当てられるといいですね」
「余裕だな奇術士。私の拳で吹き飛んでも受け身を取れるか、次こそ披露してもらおう」
 エイルズレトラの挑発には目を輝かせた。

「お前からのプレゼントはまぁ、電話してきたことでチャラにしてやろう」
 皆に買ってきたプレゼントを配り終えた絳輝はレガに向き直りニヤリと笑うが、「いや、もう一つ」とレガに人差し指を立てて見せる。
「お前とか女じゃない、名前で呼べ。私の名前は『あか(絳)くかがや(輝)く』で、絳輝だ」
「赤は好きな色だな」
 と、レガは答えた。「覚えておこう」

「じゃあね‥‥‥‥ナントカさん」
「ヴィア、またなのですぅ〜♪」

「‥‥ではまた、何れ」
 仲間たちの別れの挨拶に混じって、マキナも端的な言葉を渡す。

 次があるなら、また戦場であろう。
 根本的に行く先の違う二人であれば、対峙すればあとは拳を打ち交わすのみ。

 そのときを思ってか、今は黒焔を纏わぬ偽神の腕が、痛みに似た信号を渡してちり、と震えた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
いつかまた逢う日まで・
亀山 絳輝(ja2258)

大学部6年83組 女 アストラルヴァンガード
食べ物の恨み・
シュタルク=バルト(jb9737)

中等部1年2組 女 アストラルヴァンガード
翠眼に銀の髪、揺らして・
神ヶ島 鈴歌(jb9935)

高等部2年26組 女 阿修羅